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「いやだあああああああああああああああああああああ!!!助けてくれェェェェッ!!!死にたくない!!助けてっ…!!!たすけてくれェェェェェェッ!!!」
「出して!!出してよおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!いやだぁ…!!いやあああああああああああああ!!!!出してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
ーーー9月26日ーーー
17:30 市川コウジ
カチャ。
カチャ。
寂れた廃工場。
俺はそこにあった木箱に腰掛け、拳銃に弾を込める。それはあまりにも、機械的な作業に見えるだろう。
だが俺にとって見れば、決してムダな行為では無い。
カチャ。
カチャ。
そろそろ頃合いだろう。
彼らは目覚める。
俺は立ち上がり、窓際に向かいながらセブンスターを取り出す。
○○区のとある廃工場。
数多く存在する廃工場の中から、俺はなるべく人気(ひとけ)の少ない場所を選んだ。
ツテを使い、根回しをしたから人が来ることはない…大丈夫だろう。
彼らはこんな夕方からいびきを掻いている…。
正直間抜けに思えるし、少し気が抜けそうになる。
だが、それと同時に俺は闘志を抱いた。
カチャ…カチャ…
そうして俺はスミス&ウェッソン?M629にひとつひとつ
命を吹き込んでいた。
左肩が少し軋む。
忘れてはいけない。
俺は自分の腕時計を見た。
ーーー9月26日ーーー
PM17:40 上野ケンイチ
漆黒の意識の海から光が見えた。
上野ケンイチは重い瞼をゆっくり開けた。
「…」
ぼやけて見えるのは、薄暗い光に映る汚れた壁。聞こえるのは風が空を裂く音。
何だか体がだるい…。上野は横たわっていた。
なぜだか…ひどく鉄の臭いがする。
視界がはっきりしてきて上野は異変に気付いた。
!!
自分の手と足に鋼鉄製の手錠がつけられている!!
「 ?!!! ?!!」
声が出ない!ガムテープを口に貼られている!
(どうなっているんだ!?僕は何でこんなところに?!)
ガムテープを繋がれた手で外そうとすると、
「外さないで。殺しますよ。」
その声と同時に、無機質な鉄の音がした。
諦めかけていた時、何かが聞こえる…。
しくしく…
ゆっくりと体を起こし、首を左に向けた。
自分の他にガムテープと拘束具をつけた人間が、自分の他にも3人いる。
泣いている女性。力任せに錠を引き千切ろうとしている男性。
そして小刻みに肩を震わせているのは…まさか…
どうなっているんだ?
ここはどこだ?
なんだこの臭いは?
そこは…吹き抜けの廃工場。錆の臭いが充満している。
「全員目が醒めたようだ…」
暗闇から男の声が聞こえて、コツコツという足音が聞こえてきた。
ーーー9月26日 ?
PM17:50 秋葉ユリ
男の声が聞こえて私は涙が止まった。
私のすぐ右にいる男の人が目覚めたみたい。彼はまだ状況が把握しきれていない。
それもそのはず…
私だってどうしてこんな事になっているのか、皆目見当がつかないんだから…。
私が目覚めると手足が繋がれていて、私の右に一人の男の人、
左に男の人と女の人が横たわっていた。
ガムテープも口に貼られ、声も上げられない。
ここはどこなの!?
どうして私がここにいるの!?
それは私以外の3人の人たちも目覚めたら思うだろう。
そして彼らが目覚めてもその疑問は消えなかった。
コツ…コツ…
奥から足が見えた。黒い靴…黒いズボン…黒いスーツ…そのポケットに手を入れて上半身が見えて…
男の顔が見えた。
顔はやや色黒。髪の毛はストレートで若干茶色がかっている。
二重瞼だけど鋭い眼光を放っている。
「!!!」
一番端の女性は、男の顔を見て驚いているみたい…。
…間違いなくこの男が黒幕なんだわ。
男が言葉を発した。
「ようこそみなさん。はじめまして…私は市川コウジ。24歳の社会人をやっています」
とても温厚な声をしているが、その中に何か狂気を私は感じた…。怖い…。
「なぜ、『ここにこのように縛られているのか?』をみなさんお考えでしょう。
それについては非礼を詫びます。みなさん、各々自身の左腕を見ていただきたい。
注射の跡があるでしょう」
私達は同時に左腕を見た。
確かに何かを注射した跡があった。
「麻酔…?」
一番端の女の人がつぶやく。
そうです。それにより眠らせ、あなたたちにここに運び、両手足に手錠をかけたのは…
私の仕業です…。」
何言っているの…?
あの男は私達を集めた?
「さて…どうやって集めたのか…それはこの際関係ない。
問題なのは『なぜ自分達が集められたのか?』ということです」
市川と名乗ったその男の人は私達の前を歩き始めた。
「それは…みなさんは選ばれた人間だからです」
選ばれた…?そう言うと市川は先ほど目覚めた男の人の前にしゃがみこみ、ゆっくりとガムテープを剥がしていった。
「おっと…まだ言葉を発しないように…ね?」
子供をあやす感じだが、それが逆に怖い。そして私の前にしゃがみこみ、ゆっくり丁寧にガムテープを剥がしていく…。
「選ばれたとはどういうことか?それはみなさんは重要なゲームプレイヤーなんですから」
ゲーム…?
私にはわけが解らなかった。
市川は次の人のところに向かった。
「ただし、命がけのね。…最高に楽しいゲームをね!」
ビリッ!!
勢いよく、男の人のガムテープが剥がされた!
「うああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「失礼。あなたが私を睨むから…ね?」
男の人はキッ!と市川の方を睨んだ。
あれ…?この人…。私は恐る恐る声をかけてしまった。
「い…飯田さん?」
私が声をかけている時市川は最後の人間、恐らく私よりも年上の女性なんだろうか?
その女性のテープを剥がす。
ーーー9月26日ーーー
PM17:55 田沼ヨウコ
ヨウコは恐怖していた。
これは誘拐。
これは監禁。
テレビや映画の中だけの話だと思っていたが、
まさか自分がこんなことに巻き込まれるなんて。
「ゲーム…というのは簡単です。『あなたたちにここから脱出することができるか』。これだけです。」
市川の声。ヨウコは何とも言えぬ思いをしていた。
ふとヨウコが向かいの男を見た。
そこにいたのは、
間違いなく、彼氏の上野ケンイチだった。。。
ーーー9月26日ーーー
PM17:55 飯田ヨシオ
「飯田さん?」
聞き覚えのある声だった。
…ユリちゃんか!?まさか…?
「ユリちゃん…?」
「はい!秋葉ユリです!まさか…こんなところで会うなんて思いませんでした…」
この子は昔、俺のバイト先のコンビニでの後輩だった。
明るくて、優しくて可愛い女の子だった。恐らく、3?4年ぶりだろうか。
正直、忘れていた…。そうだ、ユリちゃんだ…!
「…。これだけです。」
ちっ…
市川とかいう野郎はそう話している。
後輩との感動の再会はこんな錆まみれの廃工場なんて…。
しかし、
イカレてる…!正気の沙汰じゃねぇ。
普通に俺達をこんな廃工場に監禁し、なおかつゲームをしようだと…?
「ルールを説明します。」
市川は続けた。
「このゲームでは私一人対、あなた達四人の複単混合ゲームです。しかし、お互いの勝利条件が違います。
あなた達は『ある方法』でここから脱出する、それがあなた達の勝利条件。それが出来なかったらあなたたちの敗北。」
「映画のつもりか?脱出出来なかったら…敗北したら僕達ははどうなるんだ?」
最後に起きた好青年が質問した。
「申し訳ない…今は私がルールを話している時なんです。質問は後ほどたっぷりと伺いますよ…」
市川はそう青年に言った。
俺はこういう紳士ぶった野郎が大嫌いだ。今度は俺は市川に言う。
「あん?お前に何の権限があるわけ?だいたいこんな錠なんか簡単に…」
「い、飯田さん…」
俺は体中に渾身の力をこめた。
「ふぬぅおおおおぉぉぉぉああああっ!!!」
手と足に架せられたワッパはびくともしない。
…だめだ…はずれねぇ…!
ユリちゃんが小声で止めにはいる。だめなんだよ、ユリちゃん。こんな野郎は調子に乗るから。
「おいてめぇ!こんなことしてただじゃすまないぜ!?よく分かっているのか!?あ?」
俺は市川にそう言った。
ジャキ
何か冷たい鉄のようなものが俺の頭に突きつけられている。
「頭に穴が開いてもいいなら、どうぞ」
ユリちゃんはそれを見たのが初めてなのか、恐怖に慄いている。…俺は違うが。
時間が驚くほど凍りつく。
「…い、いや…俺はいい」
俺はそう言うと市川は軽く笑み、ルールを続けた。
「ある一つの空間に閉じ込められた
若者達が脱出しようとする。ただ、よくある映画と違うのは仕掛けた人間がわかっている…ということ」
犯人は俺達の目の前に…ってことか。
「あなた達には、両手と両足の自由が利かない…その限られた条件の中で
どうやって脱出すればいいのか。ということを考えてもらいたい。」
まるで台詞を言うように、市川は続けた。
「もちろん制限時間はあります。24時間。18時からスタートして明日の18時までに脱出出来なければ
あなた達の負けです。」
脱出つったって漠然としている。俺がそう思った時、
「では…18時になりました。ゲームスタートです。」
9月26日
18:00 ゲームスタート
プレイヤー…上野ケンイチ
秋葉ユリ
飯田ヨシオ
田沼ヨウコ
市川コウジ
ーーー9月26日ーーー
18:00 上野ケンイチ
景気良くゲームスタートの鐘などあるわけもない。
誰も無言のまま、スタートされたこのゲーム。
廃工場の割れたガラスから風が通っている。
「どなたか質問はありますか?」
市川の問いかけに、上野はすかさず質問する。
「脱出するといっても、漠然としすぎている。僕たちは手足も拘束され、犯人であるあなたは拳銃も持っているんだ。
この状況で僕達は本当に脱出できるのか?」
「そうだぜ!てめーの方が有利なんじゃねーのか?」
飯田も乗っかって言う。市川は、廃工場に置かれていたビールケースを椅子代わりにしている。
「良い質問と悪い質問ですね。まずこれだけは言っておきましょう」
市川は自身のジッポライターに、タバコを近づけ火をつけた。
「その気になればあなた達は、簡単にここから脱出出来る。
そしてこの状況はむしろ私の不利なんですよ」
拘束された4人は意味が解らなかった。どうやったら簡単に脱出出来るのか?
そしてなぜ市川が不利なのか?
上野の隣の女性、秋葉は声を震わせ、こう言った。
「ホントに脱出出来るの…?私達。」
「もちろん出来ますよ。ゲームですから。それが出来ないのではゲームの意味がありません。」
市川はタバコの煙を上に撒いて続けた。
「逆に言えば、今ここであなた達を皆殺しにも出来る。しかし、そんなことはしたくない。
あなた達に死んでほしくないのでね。
最も、皆殺しなどで私はそんな外道にはなりたくない。
そもそも私はそんな人種は…もっとも嫌いですから」
市川はややいらだつように話を続ける。
それはエゴイズムの塊のようだ。
「他人の命や心を壊してしまう人間は、絶対に壊れた側の気持ちなど分からない。
そんな人間は私にとって最も憎むべき存在です…!」
市川は吸っていたタバコを噛み千切った。それは上野達4人にまた恐怖感を与える。
地面に落ちたタバコを市川はブーツで踏み消した後、
市川は4人に突拍子もない事を言う。
「そうだ、せっかくのプレイヤー達なのですからお互いに自己紹介してもよろしいのでは?
いわばチームメイト…結束が無ければこのゲームに全員が勝つ事は出来ませんよ」
風で廃工場のガラスが鳴っている。
この空気の中で、誰一人名乗り出るものすらいない。
気分も良くない。
ちょっとでも何かのアクションがあれば、
気が狂ってしまうかもしれない…そんな空気。
「…では、私がしてあげましょう。みなさんは黙っていて構いません」
市川はおもむろに上野の方に歩き出す。
「はじめまして、上野ケンイチさん。現在27歳でT大学院を首席で卒業なされ、有名病院で外科医として勤務されている。
立派なことです。グッドラック…」
コツ…コツ…
市川の冷たい足音が上野の前から消える。そして、
市川は隣に座っている秋葉の前に立つ。「ひっ」と秋葉は肩を硬直させる。
「はじめまして、秋葉ユリさん。現在23歳で駅前のファミリーレストランでウェイトレスをされている。
もう長いこと働いていますね。その前はコンビニ。
…その忍耐力でこのゲームも乗り切ってください。グッドラック…」
そしてコツ…コツ…と音を立てて歩き、隣の飯田の前に立つ。
「飯田ヨシオさん。現在28歳で以前は秋葉さんと同じところで働いていましたが…。
ある諸事情で辞めていますね…。昔は暴力団と結びつきがあったようで?」
刹那、飯田は市川に言い放った。
「う…うるせぇ!!な…なんでそんな事知ってるんだ!?」
「敵に勝つためにはまず、敵の情報をよく知ることです。…まあ良いでしょう」
コツ…コツ…
飯田の隣の女性の前まで市川は歩く。
「田沼ヨウコさん。現在は26歳で職を転々としながら、
劇団に通い将来の夢は女優になること。そして…上野さんの彼女ですね」
!!!
何も知らない秋葉は目を見開き、上野と田沼の顔を交互に見る。
飯田は田沼の方をギロッと見開く。上野は歯を食いしばり田沼を見たが
田沼は下を向いたままだった。。。
ーーー9月26日ーーー
18:30 田沼ヨウコ
「ヨウコ!」
上野の声に不安そうな顔で
「ケンイチ…!」
ヨウコは言った。
上野は田沼に叫んだ。田沼は下を向いたままだ。
「どうして…!?どうして僕達を…?どうしてあなたはこんな事をするんだ!!」
田沼の最愛の上野は、市川に勇敢に怒鳴る。
「答えてくれ!なぜヨウコまで…!?どうして!?どうしてなんだ!!」
市川は静かに上野の方に向く。
「誰も…未来に何が起きるかなんて分からない。」
「な…なんだって…!?」
「例えば自分の行いが相手を深く傷つける事になっても、気づかないことの方が多い」
市川は懐疑的な事を言い始め、田沼は細々と言葉を吐き出した。
「どうして…私達を…?あなたはいったい何がしたいと言うの?」
さらに背中押しのように、秋葉が言う。
「そ…そうよ!何かの腹いせ!?は、はっきり言うけど私はあなたのことなんか知らないし
恨みを持たれる筋合いもないわ!」
「そうだぜ!ユリちゃんの言うとおりだ!俺もあんたのことなんかしらねぇ。だいいち、
俺自体、知ってんのは…ユリちゃんだけで…他の連中なんか知らないぜ」
その言葉に市川は飯田の方に向く。
「果たしてそうだろうか…?飯田さん」
コツコツ…その冷たい足音がまた飯田の前に近づく。
「私は無差別に選んだわけじゃない。現にあなたと秋葉さんは知り合いだった。
…これがヒントですよ?」
ヒント?
最初のヒント…ということだろうか。
「アッ!」
上野が叫んだ。その表情を見届け、市川は視界の闇に消えた。上野は市川に聞こえないように
3人に向けて話した。
「ヨウコ、みんな!…もしかしたら『共通点』ってことかも知れない」
「共通点だと?」
「ああ、現に僕とヨウコは恋人同士。秋葉さんと飯田さんは知り合いだった。つまり、ペアになっているんだ」
確かに…秋葉や田沼が納得する中、飯田は切り返す。
「だからって何なんだよ?ヒントでも何でもねぇじゃん!?
映画の見すぎだよ、それ…。それが脱出出来る事につながるのかよ!?」
切り返され、少々唇を引きながら上野は飯田に諭す。
「だが、何か意味があると思うんだ。市川って男は僕達をココに監禁している。もしこれが突発的な事だったら
その時バラバラにいた4人を集めるはずが無い。本当に無関係な人たちでゲームをすれば良いのだから…」
今回は飯田も市川の話を静かに聞いている。
「それにこんな手錠といい、拳銃といい、とても一日二日で用意できるものじゃない。何か目的があるんだよ。
僕達4人と市川には何かがあるんだ」
「あの…上野さん、何かってなに……?」
秋葉のその台詞はみんなの思っている事を代弁した。
「ああ、それは…きっと、」
秋葉は上野に注目した。
飯田は上野に注目した。
田沼は上野に注目した。
「ごめん、そこまでわかんないんだ。」
ずるっ。
「わかんねぇのかよ」
「それが解ったら苦労はしないよ…」
飯田は舌打ちする。
まるで獣が鳴くように風が通る。
9月と言っても夜には冷える。
廃工場の中だけは異空間に放り込まれたようだ。4人の真正面に見える柱にはガラス面が割れた時計があった。
まだ20分しか経っていないのに、絶望が漂っていた。
廃工場を通る風は冷たく鳴いていた。
ーーー9月26日ーーー
20:00 市川コウジ
セブンスターが俺の喉を汚す。
4人は言葉を無くし、うつむいている。
それでは意味が無い。
それでは俺が勝てないからだ。
そして10本目のゼブンスターを吸い終わると、足元のセブンスターの墓場にこの一本を混ぜた。
「…どうしました、みなさん」
俺の言葉にビクッと反応する秋葉に対し、眼光を鋭く光らせる飯田。
「癪に障る野郎だぜ市川さんよぉ!一体何が目的なんだよ…」
飯田の言葉に俺は言った。
「…あなたこそ癪に障る。事実を根本から理解せず、自分のわがままの通りに事を運ぶタイプですね」
「うるせぇっ!!!」
飯田の怒号が鳴り響く。俺はまたこのスミスを突きつけてやろうとした。
すると、
「待ってくれ、飯田さん、市川さん」
静止したのは上野だった。
「市川さん。さっきあなたは言いましたよね?その気になれば一秒で脱出出来ると」
この男は実に賢い。物事の核に逸早く辿りつくタイプだ。
「そうですよ。何か考えでも?」
「この状況で一秒で脱出出来る方法…つまり今のままで、拘束されても出来る方法がわかったんだ」
この男は実に鋭い。
俺はこの男を選んで正解だった。いやこれには田沼に感謝せねばなるまいがな…。
「ケンイチ!解ったの!?」
「ああ、ヨウコ。だが馬鹿げている結論かもしれないんだけれど…これには」
ガチャン!!
重い鉄の扉が開く音がした。そして俺の聞き慣れた声がする。
「アニキ、持ってきたぜ…古傷は大丈夫か?」
闇の中から見えてきたのは、黒スーツのチンピラ風の男。
「ありがとう、習志野」
習志野トオル。
俺の一つ下の後輩だ。彼とは俺が19歳の秋頃に知り合った。
お互い、傷を負った俺達はすぐに打ち解けた。彼は暴力団と絶縁し、ファイナンス会社を設立した。。
「ここか…なつかしいな…。
ところで俺のスミスは役に立っているのか?せっかくコネ使ってサツから譲ってもらったんだ。有効に使わねぇとよ」
そうだ、この銃は警察が押収した銃で、習志野が裏で警察から横流ししてきたものだ。
この区の警察とは一時的に、我々と協定を結んだ。つまりここで発砲しても、もみ消してくれるのだ。
「へぇ…この4人か、アニキの標的は」
「…まあな」
4人は言葉の出ないままだった。無理も無い。強力な協力者が現れてしまったからだ。
「おいてめーら!アニキからの差し入れだぜ」
「…差し入れ?」
秋葉が口を開く。
「そうだよ、お嬢ちゃん。駅前のフライドチキン屋でチキンを買ってきたぜ。
ありがたく思えよ。」
市川は4人の手に架せられた手錠を外した。
…あっけにとられている4人だった。
ーーー9月26日ーーー
20:30 秋葉ユリ
数時間ぶりに、自分の手が自由になった。
私はその感覚を確かめていた。
食料…?
私達に?
私がキョトンとしていると市川は
「持久戦ですからね、空腹は脳の動きを鈍らせる。」
そういうとチンピラが箱から4つのトレイを取り出した。
その中に適当にチキンを持って順番に私達の前に置いた。幸い私達の手は前で繋がれている為、手でチキンを掴むことが出来た。
あつい!
「おっと、熱いから気をつけな、お嬢ちゃん。出来立てだからよ」
「…いいのか?」
隣の上野さんがつぶやいた。確かに敵に塩を盛られているのだ。
「あのなぁ?俺達をなんかの鬼畜とか外道とかって思っていねぇか?アニキはよ、
てめーらには出来る限りのベストコンディションを保たせようって考えてんの。
ただのチンピラだと思うなよ、この野郎」
十分チンピラだと思うよ…。
「習志野の言うとおりです。私もゲームに参加している。私だけ空腹を避けるのはフェアではない。
睡眠、食事、トイレなどの生理現象もちゃんと平等に与えたい。」
市川はそういうと、箱の中のチキンを一つ手に取り頬張った。
それにつられて、上野さんは左手で恐る恐る口に運ぶ。
「上野さん、左利きだったんですね」
市川はそれとなく上野さんに聞いた。
「ああ…」
上野がチキンを食べる。
「うまい」
次に田沼さんが手を伸ばした。そして私も。
美味しい…。
お肉がとてもジューシーで外の衣もカラッとしている。
ぱくぱく。
もぐもぐ。
ごくん。
私はあっという間に平らげてしまった。
「ふふふ、秋葉さんはフライドチキンが好きみたいですね」
市川が笑った。
不思議なことにこの笑顔は今までの冷徹な笑顔ではなく、何か温かみさえも感じた。
ーーー9月26日ーーー
20:45 田沼ヨウコ
「秋葉さんはフライドチキンが好きみたいですね」
「え…ええ」
ヨウコは顔を赤らせる秋葉を見て、何かを思い出した。
(フライドチキンを食べている男女。
女のほうが多く食べてしまい、男は笑いながらはなす)
なんだこれは…?
しかしその記憶は断片的にしか思い出せない。
ヨウコは潜在的に思い出してはいけない気でいた。
昔のことなど、上野が現れてから幸せいっぱいの日々で忘れてしまった。
耳鳴りがする。
ふと隣に目をやると、飯田の皿のチキンには手をつけられていない。
「あの…」
ヨウコが飯田に声をかけると、飯田はぎょっと振り向いた。
「な、なんだよ」
「あ…その、食べないんですか?冷めちゃいますよ」
「な…なんだよお前は…!俺はいらねぇよ!」
飯田はヨウコにぶっきらぼうに言い放った。そして飯田に火をつけてしまった。
「バカかよ!?てめーらよく食えるよな。市川がああ言っても、実は毒を盛られているかも知れないんだぜ!?」
毒を…?
「アニキ、なんだこのバカは?」
習志野が重い腰を上げた。しかし、すぐさま市川は習志野に待つように
習志野を手で制した。
「…心外ですね」
空気が冷たく重く変わった。
毒…?
先ほどのチキンの後味が吐き気を催す。逆流するそれをヨウコは必死に喉で止めた。
「俺は食わないぜ。これが一番安全だからな…!」
その言葉に習志野が市川に告げる。
「アニキ、ハジいちゃっていいっすか?」
「待て」
習志野の言う「ハジく」。それは説明せずとも4人には分かっていたが飯田はさらに続けた。
「撃ちたきゃ撃てよ!むかつくんだろ!?俺が。
こんなゲームでじわじわやられるんなら、いっそ…一思いに撃てよ!殺してみろよ!」
血の気の多い習志野が反応する。
「この野郎、調子こいてんじゃねぇぞ!!」
習志野は飯田の胸目掛けて、蹴りを放つ。ドッ!と鈍い音と共に、飯田は倒れる。
「きゃあああぁぁっ!!!」
秋葉の叫び声がする。飯田はすぐに起き上がろうとしたが、習志野の二発目の蹴りが再び炸裂する。
そして習志野は、自分の懐に仕舞ってあった拳銃を取り出し、飯田に銃口を向ける。
「口を開けろ…!口を開けろって言ってんだよぉぉぉぉぉっ!!!!」
無理やり飯田の口に銃口を入れ、飯田はもがいている。
「あ!?何だって!?今すぐ殺してくださいってか!?やってやろうじゃねぇか、今すぐブッ殺してやるよぉぉぉぉ!!!」
上野は思った。飯田が殺される。
秋葉は思った。飯田が殺される。
田沼は思った。飯田が殺される。
ジャキ…
習志野の後頭部に市川は自身の拳銃を突きつけた。
「やめろ、習志野。そいつを撃てば、俺がお前を撃つ。」
「何だとアニキ?こいつはあの時、組長のチャ」
「習志野ォッ!!」
市川が怒鳴る。さすがに、習志野にも効いたようだ。
しばしの沈黙の後…
「ちっ…」
習志野は飯田の口から拳銃を抜いた。
「アニキ、こいつはミスキャストじゃねぇのか!?…俺はこんな頭の悪い野郎、虫唾が走るんだよ!」
不安と恐怖だけが周囲を覆う。
ヨウコは目を瞑り、顔を伏せることでしかこの状況を把握出来なかった。
ーーー9月26日ーーー
21:00 飯田ヨシオ
もう嫌だった。この状況が何もかも…!
市川も習志野とか言うチンピラも…この隣の女も…!!
まさか…ユリちゃんにまでこんな姿を見せるとは思わなかった。
そうだ悪夢なんだ。
だから、俺は一刻も早くこの悪夢から目覚めたい。そうだ、夢なんだこれは。
そうでもなければ、よりによって、こんなところで…!
「飯田さん」
市川の冷たい声が響いた。
「私が毒を入れたとでも?」
「あ…ああ思っているぜ。言っておくけどよ、確かにそいつ言うとおり俺を選んだのはミスキャストだぜ。
俺は絶対屈しない。」
さっきは唐突だったから、すくみあがってしまった。だが今は違う。俺は絶対に屈するものか。
ガキの頃から、俺は俺しか信じていなかった。
自分以外の事などどうでもいい…!
自分が負けにさらされることがあってはいけないのだ。
気に食わないことがあれば、実力行使。
俺の正義を誰にも捻じ曲げられてたまるかよ。
「飯田さん、あなたはミスキャストなんかではないよ。」
ぱくっ。
市川は俺のチキンに思い切り齧り付いた。
あっという間に一本平らげた。
「毒は入っていませんよ」
もう一本を俺の口に押し込んだ。
美味い…。
「…これでも?」
市川はジャキッ!と鉄の冷たい音を響かせた。撃てるものならば撃ってみやがれ。
心が折れなければ、俺の勝ちだ。
チャッ!
俺の頭にそれが冷たく当たっていた。
「一度しか言いません、飯田さん。今だけでも前言を撤回してくれませんか…?」
俺は唇を横に広げ、
「嫌だね、バカ野郎」
静寂。
誰も何も発しない。
「解りました、飯田さん。残念です…」
撃てるかよ…?俺が…?てめぇに人の命を奪えるのかよ?
だが次の瞬間、思いもよらぬことが起きた。
確かに俺の額につき付けられていた拳銃は、額から離れ、俺の右の人間に銃口が向いた。
「えっ…」
女のか細い声が聞こえた。
まさか…ユ…
ズガアアァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!
ーーー9月26日ーーー
21:30 上野ケンイチ
「ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!」
まるで獣の断末魔のような声が響き渡る。か弱い人間のだせる声の域を脱していた。
誰しもが飯田が撃たれるであろうと確信しきっていたのかも知れない。その予想は見事に外れ、
まさか自分の足が撃たれてしまったことなど…
一体誰が予想出来ただろう。
痛い。
熱い。
それしか考える事しか出来ない。
痛い。
熱い。
患部を手で押さえ、指の間に通る紅を感じながら激痛に悶える事しか出来ない。
ーーー9月26日ーーー
21:30 田沼ヨウコ
市川の拳銃は矛先を飯田から秋葉を通過して上野が撃たれることになった。
私の愛する人が撃たれた。
銃口は野の右足ふくらはぎに。弾が貫通した。
「ケ…ケン…!」
心の中ではケンイチと呼んでいるものの、すくみあがって唇が思うように動かない。
代わりに止め処なく涙がこみ上げてきて、視界がにじむ。
声にならない泣き声をヨウコはあげていた。
「キャアァァァッッ!!!上野さん!!!」
秋葉は瞳が更に大きくなった。
どうして…?ケンイチが撃たれなければならないのか?
いや、もう赤い血が止め処なく流れているのを見て、失神しそうになるのを必死に抑える。
どうしても手の振るえだけは止まることが無い。
その時、
ヨウコの脳裏に何かビジョンが映し出された。
乱暴そうな男。
泣き叫ぶ少年。
雨の強い夕方…。
だが、それは突如遮られた。
潜在的に遮断された。
現実に戻されたヨウコは、再びこの状況を把握するしかなかった。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
ヨウコは咆哮した。
ーーー9月26日ーーー
21:45 飯田ヨシオ
上野が撃たれた。
もがき苦しんでいる。俺は言った。
「なんで俺を…撃たねぇ…?上野は何も関係ないはずじゃ…」
その通りだ。上野が撃たれる事など誰も想像してなんかいなかった。ところが市川は俺に言った。
「関係無いからですよ」
…!?
「飯田さん、あなたでもさすがに自分の痛みは耐えられる。だが、上野さんはあなたのせいで撃たれた。
あなたに上野さんの無念さ、解りますか?
そして、あなたに人の痛みが…解りますか?」
つまり他人の痛みだと…?