俺だって撃たれたくない。だが、俺はどこかで「市川に負けるはずもない」と自信過剰になっていたのか?
最悪、自分が撃たれてもいいと思った。
俺だって…こんな状況で…。平静を保てるわけがないだろう…!?
「じゃあ…どうすれば…どうすればよかったんだ!!!」
俺は叫んだ。すると、ユリちゃんが俺に言った。
「飯田先輩……カッとならないで…
だから…上野さんが先輩の代わりに…」
ユリちゃんは涙浮かべ俺に言った。
「じゃあ、ユリちゃんは俺が撃たれても良いって思ったのかよ!?めちゃくちゃいてぇんだぞ!?」
俺はユリちゃんに怒鳴った。何も怒鳴ることなどないのに…。
解っているよ、そんな事…。でももう遅かった。
自分の思っていることをはっきり言って悪いのか?
「…先輩…、私が撃たれても…おんなじ事言っていたんですか…?」
!!!
俺は言い返せなかった。
これ以上言葉を重ねても、逆効果になる。
くそ…。
ーーー9月26日ーーー
22:00 市川コウジ
俺は上野の右足のジーンズを捲った。
骨の下の、ふくらはぎから大量の血液が流れ出している。
「習志野…酒持っているか?」
「アニキ…!?」
「持って来いって俺は言ったよな?」
習志野はやや、驚いている…。
「ああ…酌でもアニキとしようと思って…上等のバーボンならあるぜ」
「…よし。貸せ。」
習志野は舌打ちをしながら、俺にバーボンを渡す。ラベルを乱暴に剥がし、
上野のふくらはぎの銃創に流し込む。
とくとくとくとく…
「あああああああああああ……ッッ!!!!!!」
上野は唸った。無理も無い、何を注がれても激痛は免れない。
「上野さん、横になってください」
上野は察しが付いていたようなのか、あるいは逆らいたくない一心なのか俺の言う通りに
冷たい地面に横になった。俺は上野の身の上に自分のコートをかぶせ、
ポケットからハンカチを取り出して、患部に巻きつけた。
「何を…?」
秋葉は俺に尋ねた。俺の代わりに習志野が声を発する。
「麻酔も兼ねてアルコール消毒、おまけに止血だよ。ゲリラ戦での応急処置だな。
しばらくしたら、こいつは睡魔に襲われて夢の中さ。」
「待ってくれ…」
上野はかすれ声で訴えた。
「ケンイチ…大丈夫?ねぇ…!ケンイチ!」
田沼が上野を心配している。
「いいか…ヨウコ…」
上野がささやく。それも震え切った声で。
「答えを考えるんだ…」
そう…俺が恐れているのはそれなのだ。上野にはそれを察するカが他を逸している。
まだ数時間もタイムリミットが残っているのだ。
俺は腕時計を見る。
「習志野」
「はい」
「セットしてくれたか?」
「……はい」
「そうか、悪いな…こんな事にお前を巻き込んで」
本心だ。習志野は実に優秀な人間だ。
いくつか稼業も残しているのに、俺のゲームに付き合ってくれているのだから…。
「アニキ」
そう言うと、セブンスターを一本俺に差し出し俺のタバコに火を着ける。
「アニキ、俺はアニキのやり方について行くぜ。俺にとってアニキが正義なんだよ」
義理堅い習志野は昔からそうだ。
ーーー9月26日ーーー
22:20 田沼ヨウコ
ヨウコは考えてみた。
どうして市川はこんなゲームを目論んだのか?
習志野とは違い、猟奇的な所も感じられない。
至って紳士なのだ。
異常犯罪者…なわけでもない。
ヨウコは考える。
「まさか…復讐とか…?」
考えられる一番の理由はそれだ。
だとすれば一体誰に?もしかして全員?それにしても
単なる復讐にしたとして、なぜこんな手の込んだ事をするのか?
ヨウコは考えていた。
市川について。
はっきり言って面識などない…と思う。
ヨウコは数年前に記憶障害を起こしている。幼少期から高校生までの記憶。
21歳ごろからから今までの記憶はあるのだが、どうしても19歳から21歳までの記憶が
欠如している。
時々、断片的には思い出すのだが潜在意識がまた、闇の中に記憶を戻してしまうのだ。
もしかして…
「さて、みなさん」
市川の言葉で現実に戻る。
ーーー9月26日ーーー
23:00 秋葉ユリ
「早いですがそろそろ就寝しましょう。」
普通に考えてちょっと寝るまで早い…。でも何だか私の体は何故かだるい…。
「実は、お詫びしなければいけません。先ほどのチキンには睡眠薬が盛られていたんですよ」
飯田先輩は言った。
「て…てめぇ…!」
「毒物ではありません。体内には支障をきたすことはないので安心してください。まだ時間はたっぷりあるんです。
脳の活性化には、ちゃんとした睡眠が必要ですからね。風邪をひかないようにちゃんと毛布もありますご安心を」
視界が…
ぼやけて…
目の前が…
真っ黒…
真っ黒…
9月27日
4:00 ゲームスタートから10時間経過。
プレイヤー…上野ケンイチ
秋葉ユリ
飯田ヨシオ
田沼ヨウコ
習志野トオル
市川コウジ
ーーー9月27日ーーー
5:00 市川コウジ
「アニキ」
習志野の声で俺は目が醒めた。
「相変わらず、寝起き良いよなアニキは。充分仮眠は取れたかい?」
確かにお前の寝起きはすさまじく悪い。
俺達は、お互いに1?2時間ずつ仮眠を取った。
「しかしよアニキ。寝ている時は手足の鎖を外すなんて、お人よしにも程があるぜ。
連中が逃げ出したらどうするんだ?」
「ふっ…だからお前がいるんじゃないか」
「……そういうことか」
習志野は拳銃をちらつかせながら、俺に笑いかけた。
「アニキ。案外楽しみにしてんだぜ。このゲーム、結末がどんなだか…」
寝ているときぐらい、枷の無い方がいい。
私が勝つためには、彼らが必要なのだから…。
そろそろ良いだろう。
「習志野、お前…役所のリスト作らなくていいのか?」
「リスト…?あっ!いけね!忘れていたぜ…」
まあいい、そういう所も分かっていた。
「悪いが、今すぐ作りに行ってくれ」
「あ、ああ分かったぜ…すまねぇアニキ、先行くわ」
そう言うと習志野は服を調え、急ぎ足で出口に向かった。
それでいい…習志野。
「アニキ!」
俺は振り向かないで聞いていた。
「馬鹿な真似しやがって…」
習志野の駆けていく音が聞こえて、遠くになって行った…。
「馬鹿な真似…か」
習志野の足音がやがて聞こえなくなった。
さびれた廃工場。そこで地面に眠る4人。
俺は彼らを起こさぬように、足音を消して隅の窓際に向かう。
まだ日もかすかに見せるだけで空には星が残る。ズボンのポケットからセブンスターを取り出し火をつける。
いつだって俺は、これに頼っていた。
「ふー……」
煙は割れた窓に吸い込まれていった。
それに反応するかのように、俺は左肩を押えた。
「みーみーをーつーくーようなー…」
俺は小声でそのメロディを口ずさんだ。
すると、かすかに背後に気配を感じる…!
誰だ?
振り向こうと思ったが、俺は靴の音で判断した。そうか…君か…
俺は
「失礼、起こしてしまいましたか」
と言った。
ーーー9月27日ーーー
5:15 秋葉ユリ
「馬鹿な真似しやがって…」
習志野さんのその言葉で目が醒めた。
市川のそのメロディが懐かしくて、私は起きてしまった。
なぜだろう…、市川には恐怖心を抱いていない自分がいる。
「失礼、起こしてしまいましたか」
「あ、いや…こっちこそ…邪魔しちゃったみたいで…」
市川のタバコを吹く音以外何も聞こえなかった。沈黙…。
「さっきの歌、…私知っています。」
私は話しかけた。
「たしか…5年くらい前に流行りましたよね、その曲」
すると市川は振り返った。
「よくご存知ですね、秋葉さん。」
「はい、あの時は受験勉強しながら聞いていましたもの。そう、その年の2学期あたりはこの曲に思い出があるんです。」
「思い出…ですか?」
私は昔話を話した。
……
……
「そんなことがあったんですか…」
市川は私の昔話を聞き入っていた。
「でも、私おせっかいですよね。小さい頃からよく世話焼くの、しょっちゅうで…」
市川はタバコを吸い、微笑みながら言った。
「その男の子はきっと、感謝していますよ…」
そう言われてなんだか嬉しくなった。目の前には誘拐犯だっていうのに…。
みーみーをーつーくーようなー…サイレンと…
「秋葉さん」
「は、はい!」
急に市川がシリアスになった。
「私の話も聞いてくれますか…?」
私は市川の…市川さんの話を聞いた…。
ーーー9月27日ーーー
7:00 上野ケンイチ
闇が少しずつ晴れていくのと次第に、右足に痛みが甦る。
「うっ!」
上野の目が醒めた。
上半身は何とか起こせるので、両手に力を入れて起きた。
上野の左には順に、秋葉、飯田、田沼が順に眠っていた。配列は昨日と変わらない。
「おはようございます。」
コツコツ…冷たい靴音を鳴らしながら市川が出てきた。
「痛みはどうですか?」
「まだ…ズキズキする…」
上野は自分の傷を確かめようと右足の足元を見た。
ふくらはぎの内側に冷却材を包帯にはさんで、それでもなお膨れていた。
「あなたが…してくれたのか?」
しかし市川はそれにはこたえず、
「即効性のある痛み止めです。どうぞ」
市川はそう言うと、一粒の錠剤を手渡した。
「副作用は…?」
「体に害はありません。ご安心を…。」
ゴクッ。
上野は手渡された錠剤を、市川の一緒に持ってきた水と共に喉に流し込んだ。
なるほど、痛みが抜けていく。
上野は話した。
「市川さん、僕…分かったような気がするんです。」
「何を…?」
「共通点」
市川の唇がゆがんだ。
「しっ…小声でお願いします。」
市川は自分の左耳を上野に差し出した。
「……………」
共通点は合っていた。市川は目を見開いて言った。
「私の見込んだだけはある…!そうです、それが共通点です。」
共通点が合っていた。それは上野にとって紛れもない脱出への兆しだった。
ーーー9月27日ーーー
7:20 飯田ヨシオ
闇から引き戻される…そんな感触だった。
そんな中、ふとある情景が思い出される。
雨のひどい夕方。何者かの絶叫。それは悲鳴だったのか…。
「みなさん、起きてください。」
その言葉は俺を現実に戻した。
視界に映るのは、錆びれた壁。
戻ってきちまった…。またここに。「現実」に…。
俺が上体をあげたとき、すでに市川、ユリちゃん、そして…隣の女が目覚めていた。
「全員起きましたね、朝食にしましょう」
市川だ…。
俺達は昨日と変わらず、両手足に手錠をかけられている。すると、俺達の目の前に
各一つずつトレイが用意されていて、クロワッサン2つとコップに注がれた牛乳があった。
「みなさん、召し上がってください。言っておきますが、
昨日のような睡眠薬は入っていませんのでご安心を。
それに、ちゃんと朝食を摂らないと体に毒ですからね。」
昨日と変わらないテンションで市川が話しかける。
刃向かう気力も無い。
この監禁は確実に俺を蝕んでいる。
思考も、
体力も、
気力も、
精神も、
気迫も、
何もかも…!
パクパク…モグモグ…クチャクチャ…ゴクゴク…
咀嚼する音しか聞こえない。
会話の無い俺達は、肉食動物と何ら変わりない。
うんざりだ、こんな馬鹿げたゲーム…
味も何も感じない。
市川がちらっと時計を見て言った。
「7時半…」
まるで死の宣告だ。
それのみでまた咀嚼の音しか聞こえない。
つまりはあと10時間半でこのゲームは終了する。
終了するまでに抜け出さなければ…
俺達は死ぬ。
「あの」
声が聞こえた。みんな声の主の方を見る。
その声の主は上野だった。
「市川さん、いくつか質問したいんだが…」
「かまいません、どうぞ」
みんなの咀嚼音が止み、代わりに上野の声が始まった。
「市川さん、今から僕の質問に答えてほしい。だが答えられないものは「言えない」で良い…。」
市川はフッと軽く笑みを浮かべて
「良いでしょう。では上野さん、質問をお願いします」
上野は深呼吸しながら言葉を発した。
「あなたは最初に言った。僕達が勝利条件を満たせば脱出出来ると。だが敗北したらどうなるんだ?」
誰もが予想はしていたが、改めて上野は4人を代表して尋ねた。すると
「敗北すれば…生きてここからは出られない。それは昨日私が言いましたよ。」
市川は拳銃を取り出して言った。そしてまたスーツの内ポケットにしまった。
「あなたが敗北すれば…どうなる?」
「私は生きては出られない」
どうなっているんだ。
「このゲームの明確な目的は?」
「…言えない」
核心めいた質問だからか?言えないのは…。
「…なるほど、じゃあ質問を変えます。
あなたは『その気になれば簡単に脱出出来る』と言った。それは本当か?」
市川はタバコに火を付けながら質問に答える。
「本当です。もう一つ言うならば、私はこのゲームで嘘は言っていない。まぁ、確かに昨夜の睡眠薬の件は隠してしまいましたが…それ以外は何も。勝利条件にあなた達が達すれば、潔く錠を解きます。」
俺はつい言ってしまった。
「嘘なんじゃねーのか!?信用できねぇよ」
市川はまた俺に眼光を向ける。しかし…
「飯田さん!」
その声は上野だった。
「恐らく彼は、そんな事はしない…」
あん?
俺は声を荒げた。
「何でだよ!?いい加減目を覚ませよ!
手足を繋がれて、拳銃突きつけられて、チキンに睡眠薬盛られて、こんなイカれたゲーム考えるくらいだぜ?
俺達をいたぶり、じわじわと殺していくんだよ!」
「ゲームだからさ」
上野は間髪入れず答えた。
「ここまで用意周到にしている…そんな泥を塗るようなことはしない」
更に続けた。
「僕の通っていた大学で学んだんだが…
猟奇殺人者や凶悪犯罪者は、犯罪そのものをゲームとして見ている傾向が多く報告されている。
彼らは異常なまでの『プライド』を持っているから、例え敗北する事はあっても、課したルールを自ら反する事はしない。」
ちっ…
「猟奇殺人者は頂けないですが…まあいいでしょう。続けてください、上野さん」
市川の言葉は上野の背中を押した。
「僕は最初、単なる私怨や復讐が目的だと思っていたんだ。でも実際どうだ?本当に心の底から憎んでいる人間に、普通に快適に食事や適度な睡眠、清潔なトイレなど与えたりするだろうか?
僕は逆だと思う。
まずは肉体的にじわじわと苦しみを与えていくと思うんだ。そしてやがて精神まで崩壊させ
やがて死に至る。
きっと、市川さんの目的はそんな安直ではないはずなんだ。」
俺は無性に腹が立った。なぜ上野は市川の庇護をするのか…?
「市川さん…僕の見解で合っていますか?」
市川は口から煙を吐いた。
「その通りです。私の目的は単なる復讐や私怨ではない。」
その言葉が終わるのと同時に上野は俺達に向かって語りだした。なんだか、だんだんリーダーシップを取っているようでムカついてきた…。
「だろう!?だから僕達はもう一度考える必要があるんだ。なぜなら共通点は」
「上野さん」
市川の言葉の裏で冷たく『ジャキッ』という音が聞こえた。
拳銃を上野の右のこめかみに当てていた。
ーーー9月27日ーーー
8:00 田沼ヨウコ
上野のこめかみに当てられた拳銃。
それは唐突だった。
「申し訳ない、上野さん。共通点は他の人には明かさないでください。」
………え?
共通点をケンイチが解いた…?
その思惑そのまま、秋葉が言う。
「上野さん、共通点が解ったの?」
共通点。
考えて見れば、さっきからなぜ共通点にこだわるのだろう?
この4人の共通点なんて無いに決まっている。
田沼にとって、秋葉ユリは見た事もない女の子なのだ。
飯田ヨシオも見た事がない…はず。
しかし、ヨウコには何故だか歯がゆい感じがする。
なぜなのだろうか?
市川は拳銃を納め、静かな口調で話した。
「そうです。先ほど上野さんは共通点を導き出しました。しかし、それは勝利条件に『近くなった』だけ。
まだ足りないんですよ。そしてそれをみなさんに伝えるのはダメです。」
飯田は口を挟む。
「何でだよ?俺達VSお前一人なんだろ?ヒントを共有するのはいけないのかよ?」
市川は話す。
「ヒントはとっくに共有していますよ?…もっと分かりやすく言いましょうか?私は数多くのヒントをみなさんに
既に伝えているんです。」
ヒントは既に出ている…?
しかも数多くの…?
「あの、市川さん」
秋葉は言う。
「何でしょう、秋葉さん」
「あくまで私個人の考えなんだけど…いいかしら?」
その秋葉に市川は「どうぞ」と言った。
「私は最初、自分の手足が繋がれていることにものすごい恐怖を覚えた。
自由に動けないから…。そして市川さんにはその『枷』が無い。
これはどう考えても市川さんの有利だと思った。
…でも市川さんは言った。『私の方が不利だ』と。
それは恐らく、市川さん自身の勝利条件は私達よりも難しいと思う。
そしてもう一つ。
私達が簡単に脱出出来る方法…。
つまり今、私達一人一人が必ず持っている物で…
市川さんに立ち向かい、市川さんに勝つこと。
人間だけが持つ『牙』。それは…」
秋葉の考えに上野がすばやく反応する。
「そうなんだ、言葉!!言葉なんだ!」
秋葉のテンションが若干上がった。
「そう!人間だけが持つ、相手の心を討つ牙。
言葉よ!
時に人に感動を与え、時に人に衝撃を与える…。
言葉…人間だけが持つ牙」
上野も秋葉の論理に賛同する。
「僕も気づいていたんだ。確かにそうだ…。もしも手足が封じられていなければ、僕達は市川さんと丸腰で直接対決することを考えていたし、行っていたかもしれない。
でもそれはあまりにもフェアじゃない。市川さんのこのゲームは、フェアで無くてはならないのだから。
手足を縛られていても、僕達には言葉という牙が残っている。
言葉がカギなんだ。」
上野がそう言うと、市川は笑い出す。
「フフ、実に素晴らしい…!あなた達は素晴らしい…そうですよ。」
私はそれとなく、市川に聞いた。
「もし…答えが分かった場合は…どうすればいいの?」
これはいい質問かも知れない。ある程度カテゴリが絞られる可能性がある。
「その場合はそっと私に耳打ちをしてください。答えの内容を」
答えの…内容…?
ーーー9月27日ーーー
8:30 市川コウジ
ヒントを与えすぎただろうか?
いや、かまわない。
……
そろそろはじめるか。
「秋葉さん」
俺は秋葉を呼んだ。すると秋葉は顔をこちらに向けた。
「お話をしましょう。」
俺は秋葉の手と足の枷を外す。ガチャガチャという音の元に四人は釘付けとなる。
「まさかユリちゃん、脱出か…?」
飯田は驚きの中に羨ましさを混ぜて言うが、俺は飯田の言葉を無視した。
秋葉は戸惑いながらその場にすっと立ち上がった。
「…え?出してくれるの…?」
「秋葉さん、問題です。」
俺はセブンスターを一本咥え、火を着けた。
「人間の根源とも言える4つの感情。秋葉さん、何だかわかりますか?」
秋葉は若干戸惑いながら答える。
「えっと…喜怒…哀楽…かな…?」
「そう。それが人間である以上決して剥がす事の出来ない感情です。
その中で、マイナスの感情はなんですか?」
俺は秋葉に問いかけ、そして秋葉は答える。
「え??…怒りと…哀しみ…ですか?」
「そう。秋葉さんもその感情を抱いたことはありますよね?」
秋葉は困ったように答える。
「そりゃ…ありますよ。…人間なんだし。」
「では今、私があなたに『ひどいこと』をしたら、あなたは悲しみますか?」
秋葉は目を見開いて驚いている。
「え…?」
ガシッ!!
俺は秋葉の首を両手で締め上げ、そのまま後ろの壁に突進した。ドン!と壁は音をあげ、秋葉は苦しそうに
必死に自分の首を締め上げている俺の手を取り外そうとしていた。
「く…くるしい…うぅ…」
秋葉は声を漏らす。首からメキメキと音を上げつつも、俺は彼女の首を絞め、壁に押し続けた。
「何をするんだ!!やめろぉぉ!!」
上野の絶叫がこだまする。
「おいてめぇ!ユリちゃんから離れろ!その手を離せ!!」
飯田の絶叫もこだまする。
「いやあぁぁぁ!!!やめてぇ!やめてよおぉぉ!」
田沼の絶叫もこだまする。
これで皆に枷が無ければすぐにでも飛んでくるのだろう。
メキメキ…グググ…。
「やめ…て…いちか…わさ…」
秋葉の限界が近い。恐怖と苦しみのあまり、秋葉は涙を流している。
だが俺は尚も首を絞め続けた。
メキメキ…グググ…
「あ…ぅ…は…」
秋葉の口から唾液が泡のようになって吹き出ている。
「やめろぉーっ!許さねぇぞぉぉっ!!」
その声は飯田だった。私は秋葉の首から手を離した。
「ゴホ…ゴホゴホ!!」
力なく秋葉はうずくまり、苦しそうにえづく。
体は痙攣して身も心も震えきっていた。
俺は後ろを振り返り、飯田に問いかける。
「飯田さん。もし私がこのまま彼女の首を絞め続けていたら…どうしていましたか?」
すると飯田は鋭い眼光を向けて、俺に言った。
「殺してやるよ…」
「それは…あなたの命を犠牲にしてでも?」
飯田は一瞬ピクリと止まる。
ーーー9月27日ーーー
9:00 飯田ヨシオ
命を犠牲にしてでも?だと?
「ああそうさ…!ぶっ殺してやるよ…!」
市川は少しずつ、俺に近づいてくる。怯んだら負けだ。
俺は今まで気持ちの部分で負ける事は一度もない。
攻撃こそ最大の防御。
絶対にこんなやつに負けてたまるか…!
「では飯田さん、特別サービスです。私と勝負しましょう。」
何…?
市川は顔色一つ変えず、言った。
そして市川は先程の拳銃とは違う、胸のポケットから別の拳銃を取り出した。
「これはコルト?シングル?アクション?アーミー アーティラリーモデル。装填数は6発。
リボルバー(回転式拳銃)の中でもクラシックなデザインです。
弾薬は.45LC(ロングコルト)弾を使用し、装弾はシリンダー後部のイジェクションゲートを開けることで
1発ずつ装填?排莢をする方法を採用しており、金属薬莢を使うリボルバーとしては装弾には非常に手間がかかる。
その点、金属薬莢とオープントップ方式のスミス&ウェッソン社製のリボルバーや、
レミントン?ニューアーミーに見られるようなシリンダーをスイッチひとつで回転軸を抜いて
簡単に取り外す事が可能なメカニズムを持つ機種に…」
「うんちくはいいんだよ!!」
俺は思わずイラついて怒鳴った。一体何がしてーんだ…!
「失礼。では本題に行かせてもらいます。勝負をしましょう、飯田さん。早撃ち勝負です。
簡単でしょう?ただし、お互い一発のみ。ぶっつけの真剣勝負です。」
市川はそう言うと二つのリボルバー拳銃に一発ずつ弾丸を込めた。
そして俺の手と足に繋げられた枷を外す。
俺は1日と数時間ぶりに立ち上がる。
足はまだ力が入らずふらふらしている。
「大丈夫ですか?何なら少し待ちましょうか?」
「いや…良い…!もたもたなんかしてられねぇ…今すぐてめぇをぶっ殺して、ここから脱出してやるんだからよぉ!!」
俺の言葉はむしろ怒号に近かった。
周りが緊迫する。誰も何も口出ししなかった。全員が俺と市川の勝負に注目する。へへへ…撃てば俺は英雄だぜ…!
「コインを垂直に投げます。地面に落ちたときに早撃ち勝負です。いいですか?これがルールです。
ルールは守ってください。いいですか?」
「ああ…良いぜ…」
心臓の音が次第にでかくなる…。
ドクン…!ドクン…!
俺は恐怖の中で興奮していた。なぜならば…『また』こんなチャンスが訪れたのだから。
あの時の俺はまだまだ甘ちゃんだった。
だから手元がブレて、相手の左肩にしか当たらなかった。
だが今回は確実に心臓を仕留めてやる…!
「ではいきますよ。」
キイィーーン…
市川はコインを投げた。
周囲の奴等はコインの軌道を捉えていた。
コインが上昇を止め、下降すると思われた。
その時。
「バカがあぁぁぁッ!!!」
くたばりやがれ!俺をここまでコケにしたのだから。俺がそんなルール守ると思ったのかよ!?良いか!?
俺をこんな目に遭わせたやつは誰だろうとゆるさねぇ!そうさ!俺は俺の事以外どうでも良い!他人がどうなろうと知ったことか?
だから俺は俺の為に引き金を引くのさ!だから死ね!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ねエェェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!!!!
ーーー9月27日ーーー
9:00 上野ケンイチ
それは一瞬の事だった。
コインが落ちるのを、飯田は待たずに叫び声を上げながら拳銃を市川に向けた。
ルール違反。
だが、皆がそう思う前にすでに飯田は引き金を引いた…。
ズガアァァァァァァーーーーーーン!!!
刹那の瞬間だった。飯田の方が早撃ち勝負に勝った、ように思えた。
しかし、市川は左半身をあらかじめ後ろに引いていた為、弾丸は市川の体すれすれで空を切った。
カン!!
甲高い音が市川の後ろにあったドラム缶から鳴った。
静寂…。
そしてコインが落ちる音。。。
「そ、そんな…」
飯田が乾ききった声でつぶやいた。
上野はそれに続いて言葉を発した。
「まさか…避けた…。飯田さんの不意打ちだったのに…ありえない…」
そして市川は拳銃をゆっくり飯田に向けた。
「ルール違反ですよ、飯田さん。他の人に、ならともかく私には通用しません」
飯田が凍りついた。あわてふためきながら拳銃の引き金を引くが、弾など一向に出てこない。
「言ったでしょう?一発勝負だって。」
市川の冷たい声がまた、この場を凍てつかせた。
「相手を一撃で確実に仕留めるには、心臓を狙うこと。それは常識ですね。ところが飯田さんは、気持ちを抑えることができなくて
微妙にブレた。…あのドラム缶の穴の位置を見ると…私の左肩に当たっていたでしょう。」
飯田は体中が震えた。殺される…殺される…
しかし、
「いいでしょう、残念賞を与えます。飯田さん」
そう言うと、市川は飯田に向けていた拳銃を自身の左肩に当てた。
「え…?」
上野はそうつぶやいた。
ズガアァァァァーーーーーーーーーーーーン!!
市川の左肩から大量の血液がはじけ飛び、辺りに薬莢の焦げた臭いが一気に充満する。
市川は自分で自分の左肩を撃ち抜いた。
「ど…どうして…?」
ヨウコがつぶやいた。
「私はさっき、あなたの彼氏を撃った。その罪を自分で償っただけのこと…」
イカれている。自分で自分を撃つなど考えられるだろうか?
しかし、肩の銃創はまずい。止血をしなければ…。
上野が口にする前に、秋葉が言った。
「止血しなきゃ…!」
ーーー9月27日ーーー
9:30 秋葉ユリ
市川さんは自分で自分の左肩を撃った。
どうしてそんな事を…。さっきは私の首を締め上げた。
恐怖と言うより、悲しみが込みあがる。
「止血は必要ありません。」
市川さんはやせ我慢なのか、淡々とつぶやいた。
ポタポタと市川さんの足元に血が染まっていく。
「秋葉さん…」
「はい」
私は条件反射で反応した。
「先ほどはどうもすいませんでしたね…。さぞや苦しかったでしょう。」
「…」
私は言葉に出来なかった。どう返事をすればいいのか、まったくわからなかった。
「私に強い嫌悪感を抱いていますよね?」
私は正直にこう言った。
「わかんない…でも…怖かった。殺されてしまうと…思って。私は市川さんのことは悪い人じゃないって
思っていたのに…」
すると、飯田さんは口を挟む。
「おいユリちゃん!何を言っていやがるんだよ!こんな監禁までされて、首を絞められてんだぜ!?100%悪い野郎じゃねーか!」
飯田さんがそう言ったのを見計らって、市川さんは話した。
「では飯田さん。あなたは秋葉さんが首を絞められた際、『殺してやる』と言った。
それは秋葉さんへの好意の裏返しですか?」
!?
唐突に市川さんは言った。
そして飯田さんは…
「好意っつうか…知り合いだし、ユリちゃんは良い娘だから…」
「では良いでしょう…じゃあ仮にですよ、飯田さん。
もしも私が秋葉さんを酷く陵辱したと仮定しましょう。その後、あなたはきっと私を殺すでしょう。ではその後、秋葉さんの事を好いてあげられますか?」
想像するのが、怖いけど…。
飯田さんは言った。
「当たり前だろう!?以前にも増して大切にするし、絶対に守ってみせる!」
私にはほんの少し、飯田さんを見直した。
昔は飯田さんはただの乱暴者だったのに…。
「では上野さん…あなたはどうですか?田沼さんを以前にも増して、愛してあげられますか?」
数秒の沈黙の後、上野さんはこう言った。
「…無理だと思う。」
その言葉にヨウコさんが酷く動揺する。
「ケンイチ…?どうして!?いつだって寄り添って生きていくって誓い合ったじゃない!
どうしてそんな事を言うの?ねぇ…ケンイチ!」