美と健康サロン YOSHINO
山梨県富士吉田市のアットホームなエステティック?サロンです。
yoshino-salon@venus.sannet.ne.jp
富士急行線 寿駅近く
電話 090-2537-3405
(不定休?要予約)
正午過ぎ、新宿駅へと戻った俺は地下の喫茶店で食事を摂(と)りながら、木村未来へと電話を掛けた。
「あ、もしもし、木村さん? 漢波羅です。昼休みに電話なんかしてすみません」
「いえ、こちらこそ夕べはご馳走様でした」
「いやぁ、とんでもない。僕の方こそ、色々な話を聞けて助かったよ」
「ところで、今度は何ですか?」
「エッ?」
「まさか、今夜ホテルで ?なんて訳じゃないんでしょ? 何か知りたい事があるんじゃないですか?」
「ウン、実は藍沢さんの事なんだけど」
「藍沢課長の何を知りたいんですか?」
「藍沢さんの自宅の住所を知りたいんだ」
「いいですよ。ただ、今はランチで外に出ているから、オフィスへ戻ったら調べて電話しますね」
「ありがとう。それじゃ、電話待っています」
30分程して彼女から電話が掛かってきた。
「もしもし、漢波羅さん?」
「あ、ハイ」
「木村です。調べましたよ、藍沢課長の住所。えぇと、調布市富士見町(ふじみちょう)にある海老名ハイツの302号室です」
「海老名ハイツの302号室ね。ありがとう。ところで、もう一つ聞いてもいいかな?」
「何ですかぁ?」
「藍沢さんて俺と同じ独身? それとも結婚はしていた?」
「藍沢課長は29才で結婚して小学生の男の子が1人いますよ」
「木村さん、ありがとう」
「いいえ、どういたしまして。漢波羅さん ?漢波羅さんて独身だったんですか?」
「そうだけど」
「でも、彼女くらいは、いますよね」
「彼女? あいにくと俺には彼女もいないよ。何て言うか、全然モテないんだよね ?俺って」
「そ、そうなんですか?」
「木村さん、どうしたの? 今、声上(うわ)ずっていたけど ?」
「漢波羅さんて ?実は私の好みのタイプなんですよね ?」
「それはありがとう」
「もし良かったら、今度、お休みの日に会ってくれませんか?」
「ああ、いいよ。でも、今は色々と調べなきゃならない事があるから、それが解決してからじゃないと ?」
木村未来。可愛(かわい)い顔してやはり大胆と言うか積極的な女性だ。昨今の男は「草食系」が流行(はや)りらしいが、それとは反対に女性は「肉食系」が増えているらしい。彼女も男から誘われるのをじっと待つのでは無く、自ら狩りに出るタイプなのだろう。俺も彼女の事を決して嫌いでは無いが、兎(と)に角(かく)、今は藍沢の死の真相を調べる方が先決だ。俺は彼女からのモーションを上手(うま)く流しつつ、その場は電話を切った。
深山の大学時代の後輩で、自殺した妹の節子の夫だった北村康隆の事を知りたい。しかし、北村は実家の信州松本へと帰ってしまった。俺は、まず近場、新宿から京王線で僅(わず)か15分の調布にある藍沢の自宅を訪ねる事にした。
藍沢の自宅は京王線?西調布駅から歩いて20分程。三鷹との境に程近い調布市西北の住宅街にあった。海老名ハイツの階段を上(のぼ)り、302号室の前に立った俺はおもむろにチャイムを鳴らした。
「はい」
「あのー、藍沢さんのお宅でしょうか?」
「はい、そうですが ?失礼ですが、どちら様ですか?」
「突然お訪ねして、すみません。私(わたくし)、ご主人が亡くなる前日に泊まられた北穂高小屋の漢波羅響資(かんばら-きょうすけ)と申します。ご主人の御霊前にお線香をと思いまして ?」
ドアが開き、藍沢の妻、雪恵が顔を覗(のぞ)かせた。夫が不慮の死を遂(と)げて間もない事もあるのだろう。恐らくはまだ三十路(みそじ)に差し掛かったばかりであろう彼女の顔は傍目(はため)にも窶(やつ)れているのが分かる。
「狭い所ですが、どうぞお上がり下さい」
「それでは、失礼します」
まだ、葬儀から日が浅いせいか、部屋の中は雑然としていた。木村未来からいると聞いていた子供は小学校からまだ帰っていないのだろうか? それとも、一度帰って来てから友達の家へでも遊びに出掛けたのだろうか? 姿は見えない。
俺は、取り敢えず白木(しらき)の位牌(いはい)と骨壺(こつつぼ)の並ぶ仏壇の前へと進むと、線香を手向(たむ)け、暫しの間、手を合わせて妻子を残し旅立って行った藍沢の冥福を祈った。
「この度は誠にご愁傷様(しゅうしょうさま)でした」
「わざわざ、足をお運び頂きまして、ありがとうございます。亡き主人に代わって御礼申し上げます」
深々と頭を下げた雪恵の頬(ほお)を一筋の涙が伝(つた)った。
「昨日(きのう)、ご主人が勤められていた会社を訪ねたのですが、社員の方から伺った話では、ご主人は誰からも愛されておられたようですね」
「 ?」
「あのー、不躾(ぶしつけ)なお願いかとは存じますが、ご主人が写っているお写真を拝見出来ますでしょうか?」
「はい、少々お待ち下さい。今、持って参ります」
暫(しばら)くすると焦茶色(こげちゃいろ)のフォトフレームに入れられた写真を手に雪恵が戻ってきた。
「主人のお気に入りで、いつも机の上に飾っていたものですが ?」
「ありがとうございます。それでは、失礼して拝見します」
俺は雪恵から手渡された写真を見て驚いた。
槍ヶ岳山荘より望む夜明けの大槍 (平成19年10月11日 著者撮影)
「ご主人の横に一緒に写っているのは、深山明夫さんではありませんか?」
「はい、そうですが」
「ご主人は深山さんと一緒に山登りされていたんですか?」
「ええ、その写真は昨年9月に槍ヶ岳の頂上で撮ったものだそうですが、うちの主人と深山さんは、春、夏、秋と年に3回程、一緒に山へ登っておりました」
これは一体どう言う事だ? 会社で会った深山は藍沢とはあくまでも仕事のみの付き合いと言っていたが、年に3回も藍沢と山へ登っていたとは。
「ご主人は昔から山登りされていたんですか?」
「いいえ、もっぱら海派でした。サーフィンやダイビングは学生時代からしていたようですが、山へ登るようになったのは、ここ2、3年の事です」
「何故、急に山登りされるようになったんですか?」
「それは、深山さんから誘われたからです」
「深山さんから?」
「ええ、深山さんが入社されて3ヶ月程経(た)った頃でしょうか。ある日、突然、家(うち)を訪ねて来られまして ?」
「何しに来られたんですか?」
「それが何でも、会社では主人に色々と世話になっているから、一度きちんと挨拶に上がろうと思っていたとか仰有(おっしゃ)って。主人はあのような性格でしたから、訪ねて来られた深山さんを快く部屋へ上げて、一緒にお酒を飲み出して ?そうしたら、深山さんが急に『山は最高ですよ』と言い出しまして ?」
「それで、ご主人と二人、山の話で盛り上がったと言う訳ですか?」
「はい。主人は深山さんの山の話に次第に惹(ひ)き込まれたようで、今度、是非一緒に登りたいって言い出したんです。それから、二人で登るようになりました」
藍沢の山登りに火を付けたのは深山だった訳だ。しかし、木村未来の話では、社内で藍沢と深山がプライベートで交流していた事を知る者はいなかったようだが ?
「奥さん、ご主人と深山さんが一緒に山登りされていた事を会社の人達は知らなかったようなんですが、皆に内緒にしておく理由(わけ)があったんでしょうか?」
「さあ、それは、亡くなった主人か深山さんに聞いてみないと何とも ?」
どうやら、雪恵は詳しくは知らないようだ。これ以上は聞いても無駄だろう。俺は別の角度から斬り込んだ。
「ところで奥さん、ご主人が深山さんと一緒に登られた山の名前は憶えておいでですか?」
「私は山の事は正直よく分からないのですが、確か ?甲斐駒ヶ岳(かいこまがたけ)、赤岳(あかだけ)、白馬岳(しろうまだけ)、あ、それと剱岳(つるぎだけ)に登ったと言っておりました」
「剱岳ですか?」
「はい、確かにそう言っておりました」
剱岳頂上より望む剱沢と別山?剱御前 (平成18年8月 著者撮影)
剱岳と言うと、立山の室堂(むろどう)から別山乗越(べっさんのっこし)を経て剱沢(つるぎさわ)へと下(くだ)り、そこから一服剱(いっぷくつるぎ)、前剱(まえつるぎ)を経て頂上へ至る別山尾根ルートにしろ、早川尾根から攻めるルートにしろ、いずれにせよ難易度が高い。頂上直下には有名な「カニのタテバイ」、「カニのヨコバイ」があり、大学時代にワンダーフォーゲル部に所属していた深山はさておき、登山歴の浅い藍沢が剱岳をクリアしたと言うのであれば、北穂高岳から涸沢岳を経て奥穂高岳へ至る縦走は、さして難しくは無かった筈だ。しかし、現実には藍沢は命を落としている。やはり、気の緩(ゆる)みから足を滑らせたのだろうか? それとも今回も深山が同行していたのでは無かったのか?
「奥さん、今回の山行きはご主人お一人で行かれたんですか? それとも、深山さんもご一緒されていたんですか?」
「主人は土日を挟む10月9日、金曜日と、12日、月曜日の2日間、深山さんと一緒に有給休暇を取って、一緒に前夜出発する筈だったんです。でも、8日の夜、主人が家(うち)を出た後、暫くして深山さんから電話が入りまして ?」
「深山さんは電話で何と?」
「土曜日が期限の仕事がどうしても片付いていないので、明日は出勤する事になった。だから、主人と一緒に山へは行けなくなったと」
「で、ご主人はどうされたんですか?」
「深山さんの方から主人に電話をしたそうなんですが、主人は深山さんに、それじゃ今回は自分一人で行ってくると言っていたとの事でした」
「では、奥さんは深山さんからの電話の後、ご主人に電話を掛けていない訳ですか?」
「いいえ、私からは電話しませんでしたが、主人からは掛かってきました」
雪恵の話では、藍沢は電話の中で、10月8日、木曜日、午後9時新宿発のJR特急スーパーあずさに乗り、その夜は松本駅近くのホテルに宿泊。9日、午前6時半過ぎ、松本発新島々(しんしましま)行きの松本電鉄上高地線の始発電車に乗り、新島々駅からは上高地行きのバスに乗り換えて入山すると伝えて来たそうだ。
藍沢は10月9日、実際に上高地インフォメーションセンターに登山届を出している。つまり、藍沢は雪恵に話した通りの行動を採った事になる。9日に登山届を出し涸沢小屋に宿泊。10日に北穂高小屋に宿泊し、翌11日に涸沢岳で滑落と言うのは確かに辻褄(つじつま)としては合っている。警察で無くても、これでは疑念を挟(はさ)み込む余地等無い。しかし、それでもやはり引っかかるのは、涸沢小屋と北穂高小屋の宿帳に残されていた例の筆跡だ。どこかに俺が見落としている点は無いのだろうか? それとも、やはり俺の単なる思い過ごしなのだろうか?
俺は子供が帰って来たのと入れ違いに、藍沢の自宅をあとにした。藍沢の息子は小学校に上がったばかりのようだ。まだ、父親の死をよく理解出来ていないのか、母親のように表情に暗さは見られない。それにしても、まだ35才だった一家の大黒柱を突然失い、二人で生きていかねばならない藍沢母子(おやこ)の事を考えると思いは複雑だ。藍沢の死が事故だったにせよ、事件に巻き込まれたものだったにせよ、一日も早く真相を明らかにしたい。そう思わずにはいられなかった。
6章 浮かび上がったキーワード
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富士急行線 寿駅近く
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西調布駅へと戻る途中、ふと気になる事を思い出し、俺は再び木村未来に電話を掛けた。
「あ、未来さん?」
「漢波羅さん、今、『木村』さんじゃなく『未来』さんって言ってくれましたね」
「エッ、そうだった?」
「未来さんって言いましたよ。嬉しいなあ ?」
俺は無意識の内に、彼女の事を名前で呼んでいたようだ。
「さっきまで、藍沢さんのご自宅にお邪魔して奥さんから色々と話を伺っていたんだ」
「で、漢波羅さんが何を調べているのかは知らないけれど、何か収穫はありました?」
これだけ、色々と嗅(か)ぎ回っていれば、たとえ彼女で無くても薄々とは勘付くだろう。
「実は又、木村 ?いや、未来さんに調べて欲しい事があるんだ」
俺は彼女を「木村」と言い掛けたが、直(す)ぐ「未来」と呼び直した。
「響資(きょうすけ)さんの頼みなら、何だって聞きますよ! でも、電話で無く直接会ってお話ししたいなあ ?」
今度は彼女の方が、俺を名前で呼んできた。
「今、まだ調布にいて、これから新宿へ戻る所なんだよ ?」
「それじゃ、私も新宿へ出ますから、どこかで食事でもしながら、お話ししましょ?」
「分かった。そうだなあ ?それじゃ、新宿駅西口のスバルビル前で待ち合わせして、そこの地下にある『スンガリー』って言うロシア料理店で食事するのはどう?」
「響資さんと一緒なら、どこでだって良いですよ」
「じゃ、話は決まった。それじゃ、後(あと)で ?」
30分後、俺と彼女は新宿駅前の喧噪(けんそう)を避けるかのように「スンガリー」へと入っていった。
「二夜連続でご馳走して頂いて、すみません。でも、このお店、とっても雰囲気良いですね」
「だろう? それでね、ロシア料理って言うと『ボルシチ』スープが定番なんだけど、ここの『ジャルコエ?イズ?チャリャーチヌイ』って言う仔牛肉のローストが又、美味しくてね。注文は俺に任せてもらっていいかな?」
「はい」
料理が運ばれてくるまでの間、俺は彼女に深山の自宅前で出会った男性、藍沢の妻、雪恵との話の内容を掻(か)い摘(つま)んで話した。
「エー? 藍沢課長と深山係長が二人で山登りしていたんですか?」
「そうなんだよ」
「でも、あの二人、社内では仕事の話以外した事無かったんですよ」
「じゃあ、二人が山登りしていた事は誰も知らなかったって訳?」
「それはそうですよ。私だって響資さんから聞いて今初めて知ったんですから」
「みんなに知られたくなかったのかな?」
「どうしてですか?」
「テニスやサーフィンと違って、山登りって、どうしても派手さに欠けるじゃない? 地味でダサイって思われるのが恥ずかしかったのかな?」
「そんな事無いと思いますよ。だって、私の友達でも週末に高尾山や丹沢へ登っている子がいるけど、全然隠してなんかいませんよ。隠すどころか、逆に『未来もどう? 一緒に?』なんて誘ってくるくらいだし」
確かに恥ずかしがったり、隠す必要があるようには思えない。今や、老若男女(ろうにゃくなんにょ)を問わず、登山やハイキングは一大ブームなのだから。では、なんで藍沢と深山は山登りしている事を社内では隠していたのだろう?
俺は運ばれてきた温(あたた)かいボルシチを啜(すす)りながら、本題に入った。
「未来さん、毎度々々で申し訳ないんだけど、又、教えて欲しい事があるんだ」
「はいはい、今度は何でしょうか? ご主人様」
「藍沢さんの奥さんの話だと、藍沢さんと深山さんが、土日を挟んで、10月9日、金曜日と12日、月曜日の2日間、有給休暇を取ったらしいんだけど、深山さんだけ土曜日が期限の仕事が終わっていなかったとかで、9日の有給休暇は取り消して出勤したって言うんだ。確認してもらえないかな?」
「いいですよ。そんな事ならお安い御用です」
彼女は早速、どこかへと電話を掛けた。
「会社の子に確認したら、確かに深山係長、9日は出勤していたそうですよ。それと、12日も」
「と言う事は、深山さんは10日、土曜日と11日、日曜日の2日間、普通に週末を休んだだけって事?」
「そう言う事になりますね」
「それじゃ、藍沢さんの方はどうだったの?」
「藍沢課長は予定通り、9日と12日に有給休暇を取っていますね」
「そう ?」
雪恵から聞いた話の通りだった。深山と藍沢との関係と言い、山登りの話と言い、俺の深山に対する疑念は益々深まるばかりなのだが、深まれば深まる程、逆に深山を疑念から遠ざける材料も出てくる。これでは、八方塞(ふさ)がりもいい所だ。
俺にはもう一つ疑問があった。広告代理店大手「帝通」の課長だった深山が何故、中途退職し、帝通とは規模で比べものにならない程小さなヌーベルバーグにわざわざ入社したのかと言う事だ。ヌーベルバーグには、将来の幹部ポストを深山が擲(なげう)ってでも入社したいと思わせる何かがあったのだろうか?
「それともう一つ知りたいんだけど、いいかな?」
「何ですか?」
「深山さんが入社する以前、ヌーベルバーグに何か事件とか、特別な事って無かった?」
「事件? 特別な事?」
「うん。何がどうのって俺自身、今思い浮かぶ訳じゃ無いんだけど ?何か無かったかな? 何でもいいんだ。ほんの些細(ささい)な事でも ?」
「うーん ?」
急にこんな質問をされても、流石に直ぐ答えられる筈が無い。それでも、彼女は明日出社したら、それとは無しに調べてみると約束した。何でも、「生き字引(じびき)」と渾名(あだな)されるお局(つぼね)様がいるそうで、その彼女に聞けば、社内の事なら大抵の事は分かると言う。まあ、どこの会社にも一人や二人は情報通の女子社員はいるものだ。今はその彼女の情報力に期待するしか無い。
10月17日、土曜日、午後2時── 。
俺は再び、新宿区河田町へと足を運んだ。深山の家の前で出会った彼の事を良く知るあの初老男性に会う為である。幸い、木村未来からの連絡で、今日、深山は休日出勤していると言う。
俺は深山の家の前で男性が現れるのを待った。すると、30分程して昨日の男性が現れた。今日は柴犬を連れている。どうやら、飼い犬の散歩帰りのようだ。
「昨日はどうも」
「おぉ、君か。今日は又、どうしたんだい? 土曜日だって言うのに、明夫ちゃんは会社へ出掛けたよ」
「いえ、今日はおじさんに会いに来ました」
「俺に?」
「はい。是非伺いたい事があったものですから」
「何を聞きたいんだい?」
「昨日のお話に出てきた深山さんの妹さん、節子さんて言いましたっけ? その節子さんの事なんですが」
「せっちゃんの事?」
「はい。節子さんが自殺する以前、何か仕事をなさっていましたか?」
「せっちゃんは広告代理店に勤めていたよ」
「その会社の名前は憶えておいでですか?」
「何て言ったかな? 横文字だったんだよ。確か、ヌー ?」
「ひょっとして、『ヌーベルバーグ』って言いませんでしたか?」
「そうそう、そんな名前だったな」
やはり、そうか。夕べ、木村未来と別れてから独りで考えていたのだが、深山は妹の自殺を境に性格が一変している。とすると、鍵は自殺した妹にあるのでは無いか?と俺は考えたのだ。
「せっちゃんはね、大学卒業後、デザイン会社に入社したんだけど、康隆君との結婚を機に転職してね。そのヌー ?」
「ヌーベルバーグです」
「そう、そのヌーベルバーグって会社に再就職してね」
「やはり、そうでしたか」
「まさか、せっちゃん、会社でいじめにあって自殺したんじゃ無いだろうね?」
「さあ、それは何とも ?」
「あ!」
「どうされたんですか?」
「そう言やぁ、ヌーベルバーグって、明夫ちゃんが今勤めてる会社じゃなかった?」
「そうですが?」
「まさか、明夫ちゃん、せっちゃんの自殺原因を調べる為に、わざわざ転職したんじゃ無いだろうね?」
男性の話はもっともだ。そう考えると辻褄も合う。だが、そうだったとして、深山が藍沢に接近した理由(わけ)は何なのだろう? 藍沢が深山の妹を自殺に追い込んだとでも言うのだろうか?
そんな想像を頭の中で巡らせていた時、突然、携帯電話が鳴った。見ると木村未来からだ。
「もしもし」
「響資さん? 未来です」
「何か分かった?」
「深山係長が入社する以前の話なんですけど ?今から六年前、会社(うち)の女子社員が一人自殺しているんですよ」
「その自殺した女子社員の名前って、ひょっとして『北村節子』じゃない?」
「どうして知っているんですか?」
「実は、今も深山さんの家の前に来ているんだけど、深山さんの事をよく知る人と話していたら、その名前が出てきてね」
「北村節子さんって誰なんですか? 私はその人が自殺した一年後に入社したから、知らないんですよ」
「実はね、北村節子さんは結婚して『北村』姓になったんだけど、旧姓は『深山』だったんだよ」
「と言う事は ?エッ、まさか?」
「そう、そのまさかなんだよ。自殺した北村節子さんは、深山さんの実の妹だったんだよ」
「つまり、深山係長は自殺した妹さんの勤めていた会社に転職して来たって言う事ですか?」
「そう言う事になるね。ところで、深山さんの妹さんが自殺した原因なんだけど、社内で彼女に対するいじめとか無かったのかな?」
「その事も聞いてみたんですよ、『生き字引』さんに」
「で、どうだった?」
「それが、いじめなんて無かったって言うんです」
「 ?」
「北村節子さんは優しくて、気立ても良くて、仕事ぶりも真面目だったそうで、誰からも慕(した)われていたって言うんです。だから、いじめを受ける理由なんか無かったって。『生き字引』さんも含め、当時の社員は、なんで北村節子さんが自殺したのか丸きり見当(けんとう)が付かなかったって言うんですよ」
社内で北村節子をいじめていた人間は一人もいなかった。だとすると、彼女の自殺の原因は一体何だったのだろう? それと、深山が藍沢に接近した理由(わけ)とどう関係があるのだろう?
「話が飛ぶけど、当時、藍沢さんはどうだったの?」
「藍沢課長ですか?」
「例えば、藍沢さんが北村節子さんを陰で、いじめていたなんて事は無かったの?」
「いいえ。藍沢課長は北村節子さんをいじめていたどころか、逆に可愛がっていたそうですよ」
「可愛がっていた?」
「ええ。『俺にもこんな妹がいたらなあ ?』って言っていたそうです」
「そう ?」
又もや、分からなくなってしまった。深山が帝通を辞めて、ヌーベルバーグに転職した理由は、十中八九、妹の自殺に関係があるのだろう。だが、北村節子は社内でいじめを受けて等いなかった。それに、深山が接近した藍沢も、北村節子を可愛がっていたと言う。自分の妹が自殺したとは言え、その妹を可愛がってくれていた人間に何かしよう等と普通考えるだろうか? それとも、藍沢に対する深山の思いは一方的な逆恨(さかうら)み的なものなのだろうか?