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第7章 綻(ほころ)び始めた登山計画(プラン)

作者:日-竹下義朗 当前章节:4027 字 更新时间:2026-6-23 02:02

 初老男性と別れた俺は、バス停への帰り道、今までに調べて分かった事を、もう一度頭の中で整理した。

 10月11日、日曜日、涸沢岳沢の斜面で藍沢俊英の滑落遺体が発見された。彼は土日の前後各1日、有給休暇を取り、7日、木曜日、午後9時新宿発松本行きのJR特急スーパーあずさに乗り込んだ。その晩は松本駅近くのホテルに宿泊し、9日、金曜日、午前6時半過ぎの松本発新島々(しんしましま)行き松本電鉄上高地線始発電車に乗車。新島々駅からはバスに乗り換え上高地に入っている。

 上高地では自ら書いた登山届をインフォメーションセンターに出し、その晩は涸沢小屋に、翌10日は北穂高小屋に宿泊 ?いや、実際には「宿泊した」事になっている、と言った方が正しい。何故なら、二つの小屋の宿帳に残されていた「藍沢俊英」の筆跡が彼自身のもので無い可能性が高いからだ。

 一方、藍沢の勤めていた会社、ヌーベルバーグで出会った深山明夫。彼は見た所、藍沢の事を快く思ってはいなかったようなのだが、その深山が藍沢の自宅をわざわざ訪ね、彼に山の魅力を語り、その後、年に3回も一緒に山へ登っていたと言う事実。それでいて、社内の人間は誰一人として二人が山登りしている事を知らなかった ?

 更に分かった事は、深山には4歳年下の妹、北村節子がおり、ヌーベルバーグの社員だった事。その彼女は理由は分からないが、6年前、自らの命を絶ち、それを境に、深山の性格が一変。将来の幹部候補と目(もく)されていた深山は広告代理店大手の帝通を中途退職し、嘗(かつ)て妹が勤めていたヌーベルバーグへと転職してきた ?

 俺は藍沢に接近し、藍沢と今回の山行きを約束してた深山に疑いの目を向けているのだが、あいにくと彼には藍沢が上高地入りした9日の「アリバイ」がある。当初、藍沢と共に土日の前後各1日、有給休暇を取っていながら、出発日の8日夜になって仕事を理由に有給休暇をキャンセル。土日の2日間しか休んでない。藍沢の山行きに同行し、彼に危害を加えた可能性は万分の一も無い。正にお手上げ状態だ。それでも、深山を疑うのであれば、彼のアリバイを突き崩すしか無い。しかし、どうしたら突き崩せるのか? 俺がまだ気付いてないトリックでもあるのだろうか? 俺は藍沢の足跡を追って、信州松本へと行く事を決めた。現地へ行けば、今まで見えていなかったものが見えてくるかも知れない。そう思ったからだ。

JR松本駅

 10月18日、日曜日、午前10時40分── 。

 俺は松本駅に降り立った。松本は長野県中部、所謂(いわゆる)「中信」を代表する中核都市で、嘗て長野が「信濃国(しなののくに)」と呼ばれていた時代には国府が置かれ、信州の中心地として栄えた。市内には黒を基調とした優美な外観から「烏(からす)城」とも呼ばれる国宝の松本城や、日本最古の小学校の一つで重要文化財に指定されている旧開智学校等、歴史的建築物も多い。又、北アルプス槍ヶ岳、中央アルプス茶臼山(ちゃうすやま)、三才山(みさやま)峠をそれぞれ水源とする梓川(あずさがわ)、奈良井川(ならいがわ)、女鳥羽川(めとばがわ)と言った清流が市内を流れ、松本は「水の都」とも呼ばれている。ちなみに、松本は平成17年4月1日、梓川、四賀(しが)、奈川(ながわ)、安曇(あずみ)の四村を合併編入。嘗て安曇村であった上高地も、今では「松本市内」だ。

 松本駅を降りた俺がまず最初に取りかかったのは、藍沢が10月8日の晩に泊まった駅前のホテルの割り出しだ。10軒を優に越すホテルを一軒々々当たっていく地道な作業だ。

 7軒目、駅から北へ5分ほど歩いた女鳥羽川沿いのホテルに入った俺はフロントを訪ねた。

「いらっしゃいませ」

「すみません。ちょっとお伺いしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」

「はい、何でございましょう?」

 俺は松本へ来る前に再度、調布にある藍沢の自宅を訪ね、2日前、妻の雪恵から見せてもらった槍ヶ岳頂上で撮ったと言う藍沢と深山が一緒に写っている写真を借りてきていた。その写真をフロント係の男性に見せながら尋(たず)ねた。

「10月8日の晩、こちらに藍沢俊英さんと言う35才の男性が宿泊されませんでしたか?」

「失礼ですが、お客様はその方とどの様なご関係でしょうか?」

 宿泊者の情報は個人情報だから、ホテルもそう簡単に教えてはくれない。

「テレビや新聞でご存じかと思いますが、藍沢さんは上高地から入山して涸沢岳沢で滑落死されたんです」

「それはお気の毒に ?」

「その藍沢さんが亡くなられる前の晩に泊まられた北穂高小屋に僕は勤めておりまして」

「はあ」

「この写真は藍沢さんの奥さんからお借りしてきたものなんですが、松本で降りた藍沢さんが駅前のどのホテルに宿泊されたのか、こうして一軒々々確認して歩いているんです」

「そうでしたか。ご事情は分かりました。奥様からのご依頼と言う事ですね」

「はい、そうなんです」

 本当は俺が勝手に調べている事なのだが、ここはこう答えた方が話がスムースに進む。

「そう言う事でしたら、ご協力させて頂きます。10月8日のご宿泊で、お名前は藍沢俊英様ですね。少々お待ち下さい。只今確認して参ります」

 奥の事務所へと消えたフロント係の男性が暫くして戻ってきた。

「藍沢俊英様のお名前がございました」

「それじゃ、こちらに泊まられた訳ですね」

「はい。藍沢様は10月8日の午後11時50分にチェックインされております」

 藍沢が雪恵に電話してきた話に間違いは無かった。藍沢は10月8日の晩、確かに松本駅に程近いこのホテルへと泊まったのだ。

「それで、藍沢さんは翌日何時頃チェックアウトされたんですか?」

「翌日は ?チェックアウトされておりませんね。もう1泊されております」

「? いや、藍沢さんは奥さんへ掛けた電話の中で、翌日の10月9日、午前6時半過ぎの松本発新島々行き松本電鉄上高地線の始発電車に乗り、新島々駅からバスに乗り換えて上高地へ向かった筈なんです。実際、9日に上高地インフォメーションセンターに藍沢さんが出した登山届も残っていましたし、何かの間違いではありませんか?」

「いいえ、確かに10月9日もご宿泊されております」

「そんな馬鹿な ?」

 まるでハンマーで後ろから頭を殴られたかのようだ。キツネに摘(つま)まれたと言ってもいい。

 藍沢が10月9日も宿泊したと言うのなら、その日、上高地インフォメーションセンターに出された登山届は誰が出したと言うのだ? 登山届の筆跡は藍沢が書いたもので間違いは無い。俺自身がわざわざヌーベルバーグを訪ね、藍沢が残した書類と見比べたのだから。しかし、上高地で登山届が出された同じ日、当の本人はここへもう一泊したと言う。フロント係の男性が嘘を言ってるとも思えない。これは一体どう言う事だ?

「それでは、藍沢さんはいつチェックアウトされたんですか?」

「えぇ、藍沢様は ?10日の午前10時半にチェックアウトされております。担当した者がおりますので、今呼んで参ります。少々お待ち下さい」

 再び、事務所へと消えたフロント係の男性は、今度は女性の係を連れて戻ってきた。

「お待たせ致しました。私(わたくし)が藍沢様のチェックアウト手続きを致しました」

「藍沢さんは本当に10日の午前10時半にチェックアウトされたんですか?」

「はい、間違いございません」

「その時、何か変わった様子はありませんでしたか?」

「いいえ、特には何もございませんでした。ただ ?」

「ただ?」

「これから平湯(ひらゆ)温泉へ行くと申しておりました」

「平湯温泉?」

「はい。次第に思い出してきましたが、藍沢様は確か、午前11時過ぎに松本バスターミナルから出る高山濃飛(のうひ)バスセンター行きのバスで平湯温泉へ向かい、その晩はゆっくり温泉に浸(つか)かるんだ、と申しておりました」

「平湯温泉ですか ?」

 藍沢直筆の登山届が上高地インフォメーションセンターに出され、涸沢小屋に泊まった筈の10月9日、彼は松本のホテルに連泊し、北穂高小屋に泊まった筈の10月10日は平湯温泉に逗留(とうりゅう)したと言う。これでは、山登りどころか、まるで観光か湯治(とうじ)ではないか。しかし、10月11日、涸沢岳沢で彼の滑落遺体が発見されたのは紛(まぎ)れもない事実なのだ。これを一体どう説明すれば良いのだろう?

 平湯温泉と言えば、岐阜県高山市の福地(ふくぢ)、新平湯、栃尾(とちお)、新穂高の各温泉と共に奥飛騨(おくひだ)温泉郷を構成する秘湯だ。長野県の上高地から見れば、安房峠(あぼうとうげ)を挟んだ反対側である。上高地から入山し、涸沢小屋、北穂高小屋を経て奥穂高岳を目指していた筈の藍沢が何故、平湯温泉になど行ったのだろう? 松本へ来て藍沢の足跡を確認するだけのつもりだったが、どうやら、そうもいかなくなったようだ。俺は、再び藍沢の足跡を求め、平湯温泉へと向かう事にした。

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