饭饭TXT > 海外名作 > 《デスDEATH(日文版)》作者:[日]カトラス【完结】 > デスDEATH.txt

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作者:日-カトラス 当前章节:15398 字 更新时间:2026-6-23 05:07

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クランク?イン マリア

 恐らく今夜も熱帯夜になるであろうと思われる八月上旬に、東京六本木の大型シネコンではリニューアルオープンをかねて、国際ホラー映画祭がとり行われていた。映画館の外は時期早々の台風接近のため、生暖かい空気が六本木の街を包んでいて、街のネオンから垣間見える空はどす黒い暗雲が立ち込めていた。そんな立ってるだけでも毛穴から汗が噴出す不快指数の高い映画館の外と違って館内は寒いくらいエアコンがよく効いていて、映画祭に訪れた観客達は館内に入ると外気との温度の違いの為に一気に汗がひいてしまい、くしゃみをするものが出るくらいである。

 館内はホラー映画祭というだけあって、レッドカーペットならぬ黒の絨毯が敷かれていて趣向をこらしたものになっていた。館内の外壁にはところ狭しと上映作品の宣伝ポスターや館内の案内掲示板が貼られている。

 観客達は、各々に上映作品のチラシを見たり、売店でポップコーンやアイスを買ったりして映画の上映が始まるまでの間、時間をつぶして待っている。そんな中、館内放送が流れた。

「三番スクリーンにて、まもなく奇才ダリオ?トッティー監督の“死の女王”が公開されます。ご覧になられる方は、どうぞ三番スクリーンまでお入りくださいませ」

 放送が終わると観客達の多くは三番スクリーンへと次々とすい込まれていった。

 館内にある関係者特別室には、これから上映される“死の女王”の監督、ダリオ?トッティーが心配そうな面持ちで腕組みしながら、客の入り具合を監視モニターで確認していた。客の入りは八割ぐらいでまずまずといったところである。あとは、観客が最後まで席を立たずに鑑賞してくれるかどうかがトッティーにとっては関心のあるところであった。そして、トッティーのいる特別室の横に隣接してる映写室から映写機のフィルムを巻き上げる作動音が聞こえてきて映画の上映が始まった。

 スクリーンには、イタリア人カップルの仲むつまじき姿が写しだされていた。映像は八ミリで撮られているのでリアルさが感じられる。カップルの男性の方はトッティー自らが出演していて、女性の方はマリアと言う名でトッティーの実の恋人であった。映像はショッピングをしてデートをしてるシーンや二人で食事を楽しんでいるところなどが淡々と撮られている。映画のヒロインであるマリアはとても可愛らしくチャーミングな女性で、トッティーとデート中にあいさつを交わす「チャオ」と言うところは、笑顔が素敵で観客に素敵な女性だと印象づけるには十分すぎるものであった。

 最初の三十分ほど見ただけなら、観客の多くは恋愛映画を鑑賞してるのだと錯覚するような内容のものであった。しかし、この作品はホラー映画である。しかも、この作品は気軽に楽しめるようなホラー作品ではないのだ。倫理的に大きな問題を抱えている作品なのである。それは、作品のチラシ上部にあるR指定からも伺い知れたし、また、ヨーロッパの各都市で上映禁止処置をとられていると書かれた煽り文句からも危険な映画だと観客に警鐘を鳴らしているものであった。

 スクリーンに映しだされる映像は、映画の中盤から時折シーンの狭間に裸のマリアが写しだされるようになっていく、最初は綺麗な裸体姿なのだが……

 映画の内容も最初の仲むつまじい二人とはうって代わって中盤からは、些細な事で喧嘩する二人のシーンが多くなっていく、マリアの台詞からは「もう、別れる」「あなたと別れるぐらいなら」「いっそ死んでしまいたい……」と、マリアがどんどん精神的に病んでいく姿が描かれていった。その間にも時折シーンの狭間にはマリアのビニールシートに載せられた裸体がはいってくる。徐々にシーンに割り込んでいく時間も長くなっていて、映しだされるマリアの裸体は綺麗でなくなっていった。どんどん、体は黄ばんでいき、どす黒くなっていった。そう、マリアの体は腐っていっているのである。映像は後半にさしかかり、睡眠薬と書かれた薬瓶を手にとるマリアが写っている。そして、大量に錠剤を口に含むマリアの姿が撮られていた。

 映画が後半に差し掛かると、観客の多くがあまりの不快さの為に席を立ち初めていった。最初八割ぐらいいた観客が三割ぐらいにまで減った時には、マリアの体は完全に朽ち果て、体のいたるところからは、今にも死臭が漂いそうな汁と死肉を喰らう蛆虫が大量にマリアの体を土に返そうとしていた。

 トッティーはまばらになってしまった観客席を監視モニターで見ながら、一人呟いた。

「黄色い猿には、所詮俺の芸術はわからない」

 トッティーが日本に来たのは、もしかしたら日本人なら自分の作品を理解してくれるのではないかと淡い思いがあった為であったのだが、反応はやはり、ヨーロッパと変わらないものである事にショックは隠せないでいた。流石に規制の緩い日本なので、上映禁止にはならないだろうが、観客の反応を見る限りでは、この映画を上映してくれる映画館は少ないであることは明白なものである。いいところ、グロ映画として微量な数だけDVDとして街のレンタルコーナーの片隅でB級映画のレッテルを貼られて埋もれていくのが関の山になるだろうと脳裡によぎるのであった。

 こんなことでは、死してまで熱演してくれたマリアに申し訳がたたないとトッティーは思った。

 そんなことをトッティーが考えていたら、突然特別室のドアがノックされた。

シーン1 スポンサー

 トッティーはノックされたドアのほうに視線をやると、たどたどしい日本語で「どうぞ、お入りください」と言った。ドア越しから「グラッチェ」と声がしてドアが開かれた。ドアが開いた瞬間、一瞬異様な冷気が特別室に入ったきたような気がしてトッティーはゾクッと身震いを覚えた。

 特別室に入ってきたのは、年の頃は五十台後半といったところだろうか、黒色系のアルマーニーのスーツを纏った身なりのいい男で、足が悪いのか手に杖を持っている。

 男はすらっとした細身の体形にスーツがよく似合っていた。頭には小洒落た帽子を被っていてワザと伸ばしているであろう髭によくマッチしている。男はドア前に注視しているトッティーと目が合うと満面の笑みを浮かべて、トッティーの座ってる椅子にゆっくりと杖をつきながら近づいてきた。トッティーは近づいてくる男と面識がないので、どうしていいものかと躊躇したのだが、男がもしかしたら映画のバイヤーかも知れないので、とりあえず愛想笑いを浮かべて男を迎えるべく立ち上がろうとした。

 すると、男は右手を押すような仕草をして、そのままでいいとトッティーに合図を送った。

 そして、男はそのままトッティーの目の前までくると右手を差し出して握手を求めた。トッティーは突然の出来事に面食らったが、男の気分を損ねるのもあれなので握手に応じた。

 トッティーは意味もわからず男と握手しながら、男の要件が何なのか気になる。それと男がどう見ても、日本人なので言葉が通じるのか不安になったので、映画祭の主催者が用意してくれている通訳を呼ばないといけないと考えていた。なにしろトッティーは来日してまもないので、ほとんど日本語がわからないのだ。

 そんな、トッティーの不安を払拭するかのように、男は突然、流暢なイタリア語を話し出した。

「ボォナセーラ(こんばんわ)いやいや、さきほど監督の作品拝見いたしましたよ! うん、実にブラボォーでしたよ“死の女王”よくぞ、あそこまで――芸術性が高いですな!」

 男はトッティーのご機嫌をとってるかのようによく舌がまわった。

「それでですね、あまりにも興奮したものでして、アポ無しで失礼かと思ったのですが、こうして馳せ参じたわけでして……」

 トッティーは、男がバイヤーでないのがわかって少しがっかりしたが、作品をべた褒めしてくれているので気分は悪くない。

「ありがとうございます。なかなか、あの作品の良さがわかってくれる方が少ないものですから恐縮ですよ。

それにしても、あなたイタリア語が実にお上手ですね」

 男はトッティーに褒められてまんざらでもない表情をした。

「仕事柄上イタリアとは深いつながりがありまして、その関係でイタリア語は覚えたんですよ。あ、申し遅れましたがわたくしはこういうものです」

 そう言って男はトッティーに名刺を渡した。

 トッティーは名刺を受け取ると、立ち話もなんなので、男を特別室の中央にあるソファーに座るように指をさしてすすめた。

 男はトッティーにすすめられるままにソファーに座ると、被ってる帽子を脱いでテーブルの上に置いた。

 トッティーは男に渡された名刺を見ながら、男の座ってる正面に腰をおろす。

 名刺には、不動総合貿易商社と日本語とイタリア語の二種類の言語が印刷されていて、肩書きは代表取締役となっていた。

「ほほぅ、不動さんってお名前なのですね? 貿易のお仕事ですか?」

 トッティーは名刺の肩書きを見て、話し方が心持ち丁寧になっていた。

「はい、主にイタリアの高級スーツや腕時計、それと家具、雑貨全般などを輸入販売させてもらってます」

「なるほど、それでアルマーニーのスーツを御召しになってるわけですね」

「いやいや、お恥ずかしい。まぁ、これが私の一張羅みたいなものでして……」

 不動は照れ臭そうに頭をかいて言った。

 しかし、この不動と名乗る男、ただ単に映画を褒め称えにきただけとは、トッティーはとても思えなかった。きっと、何か他に目的があるはずだ。少し探ってやろうかと思った時、不動が本題を切り出してきた。

「実はですね、今日ここに来たのは監督にお願いがあるからなんです。悪い話ではないので聞いていただけますか」

 ほら、来たとトッティーは思った。

「私に出来ることなら、ましてや悪い話でないなら、なおさらお聞きしたいものです」

 トッティーは不動が何を言い出すか興味津々である。

「それでは、話を聞くだけでもいいですからお願いします」そう言って不動は本題を話し出した。

 不動の話はこうである。

 不動には、トッティーの大ファンの一人息子がいて、以前からトッティーの助手になって映画を学ぶのが夢なのだそうだ。そこで、不動が映画資金を全額出すので、息子と一緒にドキュメンタリー映画を一本撮ってくれないかというものであった。トッティーに対するギャラも破格のものであった。まさにトッティーにとっては渡りに船的な話であって、不動の言う通り悪い話ではなかった。ただし、一つだけ条件があって、映画の内容は世界中の死に関するものを題材に使って欲しいとのことであった。

 トッティーは、流石に私のファンだけあって奇抜な物を撮ってくれといってくるものだと少し驚いた。

 ちょうど、トッティー自身も資金さえあれば、そのようなものを以前から撮りたいと思っていただけに小躍りしたくなるような話である。しかし、映画監督なるもの、簡単に返事しては足元を見られた感じがしてプライドが許さないものである。ましてや話が話だけに少し返事を渋った方が得策のような気がトッティーはした。

「確かに悪い話ではないですね。でも、すぐにお返事はできかねます。私の方も一度、イタリアに帰ってからスケジュールの調整をしてみないことには……」

「トッティーさん、イタリアには帰らない方がいいと思いますよ」

 トッティーは不動が言ったことに耳を疑った。何故ゆえに今日あったばかりの男に帰国しないほうがいいと言われる筋合いがあるのだ。少し不快な顔になったトッティーに対して、不動は鞄から印刷物を取り出すと、トッティーにわたした。

「どうぞ、これをご覧になってください」

 不動が渡したものはWEBから抜粋した二日前のイタリア地元紙の切り抜き記事であった。

 記事には、ホラー映画監督告訴される! と見出しが書かれている。記事の内容は“死の女王”の撮影に関するもので、映画の中で自殺した主演女優のマリアの遺族が、トッティーに対して、自殺ほう助ならびに死体遺棄ではないかと地元警察に告発したものであった。地元警察も大いに関心を持ってると記事はしめている。ご丁寧なことに今後の見解まで書かれていて、トッティー氏は現在、日本の映画祭に参加するためイタリアを離れているが、帰国次第、任意で事情聴取されるのは必至と書かれていた。

「なーにぃ、心配することはありませんよ! ほとぼりが冷めるまで映画の撮影をしてくださっていたら、このような問題解決できますよ。なにしろ、映画が完成したら百万ユーロの謝礼をお渡しいたしますので、そのいくらかを遺族に渡せば、告訴は取り下げるんじゃないですかね」

 そう言って、不動は笑みを浮かべた。

「それで、トッティーさん。受けてくれますよね?」

 トッティーは小さく頷くしかなかった。

「よし、話は決まったようですね! それでは、今から、私の自宅に行って息子に会いにいきましょうか。外に車が止めてありますので準備が出来次第向かいましょう」

 そう言うと不動は、来たときと同じように杖をついて、「ロビーで待ってます」と言い残して、特別室から出ていった。

 トッティーは強い胸騒ぎを感じたが、今は不動の言うことを聞くしかない自分を認めるしかなかった。

シーン2 包帯男

 トッティーは、インターホンを取ると、通訳に急用が出来たので、明日以降のスケジュールを白紙にしてくれるよう主催者に連絡して欲しいと伝言を頼んだ。通訳は「何があったのか?」と聞いてきたが、トッティーは「体調がすぐれない」とだけ言ってインターホンを切った。

 特別室から手短に出発の準備をすると、足早に不動の待っているロビーに向かった。

 それにしても、あの不動とかいう奴は、全くしたたかな男だとトッティーは思った。最初からトッティーが本国で告訴されているのを知っていながら、最初はそのような事をおくびにもださずにファンを装って近づいてきたからだ。そして、そんな小細工をしてまで、息子と一緒に映画を撮らせたい、ましてや法外な謝礼まで用意してまで映画撮影に執着するのは奇特を通り越して不気味である。しかも、死を題材にドキュメント映画を撮れとトッティーに要求しているのだ。トッティーは不動の目的がただ単に息子と一緒に映画撮影をするだけのものなのか? いささか疑念を抱いているのだ。何か不動には本当の目的があるようで薄気味悪いのである。いずれにしろ、現時点で不動が持ってきた話はトッティーにとって仕事のオファーであり、また決して悪い話でもないので、トッティーがある程度は満足しているのも現実である。ただ、トッティーにとって不動に主導権を握られているのが気にくわないのと、このような無理な依頼を受けなければいけない自分自身を嘆かわしく思うところであった。

 トッティーがロビーに着くと、不動はソファーに座って優雅に葉巻を吸って待っていた。

 不動はトッティーに気づくと「意外と早かったですね」と言った。

 そうして、葉巻を押しつぶすと、「それじゃ、参りましょうか」と言って、ソファーから立ち上がった。

「外に車を待たせてあります」

 不動は杖をつきながら、エントランスまで続く黒絨毯をゆっくりと踏みしめながら歩きだした。

 トッティーも黒絨毯を踏みしめながら、今度歩く時はハリウッドで赤い絨毯を踏みたいものだと思った。

 シネコンの外に出ると、あまりの湿気に耐えられなくなった暗雲から大粒の雨が大量にアスファルトに叩きつけていて、都会特有の蒸すような匂いが鼻についた。シネコン前の通り沿いには大型のリムジンが横づけされていて、中から、雇い主である不動を確認したリムジンのドライバーが、慌てて傘を不動の頭の上にかぶした。ドライバーは不動の腰を片手で補助しながら後部座席に手際よく乗せた。不動を乗せ終わったドライバーはすぐにトッティーのところに駆け寄ってきて同じように、雨でトッティーが濡れない様に注意しつつ後部座席に乗せた。

 乗客を乗せ終わったリムジンはすぐに、不動の自宅に向かって走り出した。

「自宅は目黒にあるのですよ。目黒って言っても監督にはわかりませんよね。まぁ、それほど時間はかかりません。着くまでの間、アルコールは如何ですか?」

 リムジンの後部座席は改造されていて、ちょっとしたBARのようなつくりになっている。

 トッティーは、BARカウンターからワインを取り出すと、グラスに注いだ。

「しかし、商売繁盛してるみたいですね。全く凄い車だ」

 トッティーはワインを口に含みながら驚嘆の表情を浮かべて言った。

「運がいいだけですよ。まぁ、実際儲かっていますけどね」

「ですよね。でないと、自費で映画撮影の依頼なんかされませんよ」

「映画撮影は息子の夢でしてね、仕事の夢中になり過ぎてしまって息子にかまってやれなかった私の罪ほろぼしみたいなものも兼ねているのですよ」

「なるほど、そういうことなのですか。罪ほろぼしにしては少々高くつくんじゃないですか」

「そうかも知れませんね。でも、あの子にはそれぐらいしてやらないといけないと思ってるのですよ。なにしろ母親が私のせいであのような事になってしまったものですから……」

 不動は深いため息をついて意味深な事を言った。

「あのような事とは? 奥さんに何かあったのですか!」

「はい、妻は息子が幼いときに自殺しました。しかも第一発見者が息子でして……監督には自宅についてからお話しようかと思っていたのですけどね。妻はイタリアで自殺しましてね、自殺の原因はなれない外国暮らしでストレスがたまっていたのでしょう。ちょうど私も仕事が軌道にのりかけていて妻にかまってやれないってことだったのですよ。それと、妻は息子のことでも悩んでおりまして、実は息子には重度の障害っていうか怪我がありまして、その事で妻は日ごろから気にかけていていたのですよ」

 トッティーは不動からあまりにも意外な話を聞いたので、どう返答していいものかと考えあぐねていた。車外の雨は一段と激しさを増し、ドアウィンドウに横なぐりで雨粒をぶつけている。

「何ていったらいいか……」

「いやいや、監督気になさらないでください。いずれ話そうと思っていたことですから……」

「で、息子さんはどこか、お悪いのですか?」

 不動はトッティーの質問に対してさらに深いため息をついた。

「幼い時に顔面に酷い火傷をしましてね、顔を包帯で隠しております。以前はフェイスマスクを着けていたのですが、監督の“モルグの悪夢”に影響をうけまして、それ以来、包帯を巻くようになったのです。今から会っても驚かないで下さい。それと、息子は妻が自殺してから、ふさぎ込んでしまって、その……精神的にバランスが崩れてしまったというか人付き合いが苦手なんですよ。家で雇っている家政婦なんかともほとんど話しもせずに、自室にこもってホラービデオなんかを見て過ごしております。特に最近では監督の“モルグの悪夢”を見てから絶賛しておりまして大ファンなんですよ。まぁ、そういった事情で今回の話になったわけでして……」

 不動の息子に多大な影響を与えたと思われる“モルグの悪夢”とは、トッティーが八年前に撮った処女作で内容は死体安置所に忍び込んだネクロフェリアの男が、男女を問わず死体とファックするという、どうしようもない映画だとヨーロッパ各地で酷評された作品であった。死姦する時にその映画の主人公は窒息するような快感を得たい為に顔面に包帯をグルグル巻きにしていたのであった。勿論、ヨーロッパでは上映禁止及びビデオの販売がされていないため、この映画を観ることが出来るのは規制の緩い日本ぐらいのものであった。トッティー自身もこの映画に関しては失敗作だと思っていた。なぜなら、出てくる死体が作り物だったからだ。

 それにしても、不動のまだ見ぬ息子とやらは、とんでもないガキだとトッティーは思った。

「それと、息子は言動に少々痛いところが……」

 トッティーは不動から、もう息子の話は聞きたくないと思いだしていた。

 トッティーが不動の話を聞きながら、ワインボトルを半分ちょい空けたころ、トッティー達を乗せたリムジンは不動邸のバカでかい門扉に到着した。門は金持ち宅にお決まりのように、ゆっくりと自動で開いていった。車は徐行しながら不動邸の庭を走っていき、邸宅の地下駐車場にとまった。駐車場には高級外車が数多くとめられていて、不動の財力の象徴のようにピカピカにワックスを塗られて光沢していた。

 リムジンから降りたトッティーは、不動に案内されるままに邸内に直結してるエレベーターに乗り込む。

 トッティーはエレベーターに乗りながら、こいつは本物の金持ちだと確信した。

 エレベータは軽く振動して三階に到着した。ドアが開くと、黒で統一された広いリビングがトッティーの視界に広がる。室内のアンティーク家具やテーブル、電化製品など全て黒色でトッティーは圧巻した。

「見事なお部屋ですね」

 トッティーはお世辞でなく心底思って言った。

「気にいっていただけたみたいで恐縮です」

 そう言うと不動は、照れ臭そうにした。

 不動は出迎えに来た家政婦に息子はどうしてるか? 聞いた。

「益男様は、自室にこもっておられます」

「食事はしたのか?」

「はい、いつものようにドア前においておきました。空の食器が置いてありましたので、恐らく召しあがられたと思います」

「そうか、ありがとう。今日はもう帰っていいよ」

 家政婦は不動に頭を下げてリビングから出ていった。

「それじゃ、監督。我が息子に会いにいきましょうか。きっと監督が来たことを知ったら喜びますよ」

 トッティーは車中での息子の話を聞いてから、あまり会いたくない気がしたが、とにかく、不動の息子とこれからさき一緒に映画の撮影をしなければいけないので会わないわけにはいかない。

「はい。息子さん、喜んでくれたらいいのですけど……」

 トッティーはとりあえず、当たり障りのない返事をしておいた。

「それじゃ、息子の部屋はこっちです」

 不動はゆっくりと歩きだした。

「あの奥が息子の部屋です」

 不動の息子の部屋はリビングが中央に位置するとすると、リビングの左手にある廊下の先にあった。

 ドア前にはトッティーには読めない張り紙が貼ってあって、いかなる理由があろうとも、許可なく入ったものは“殺す”と書かれていた。

 不動は息子の部屋をノックした。

「益男、お客さんだよ! お前の大好きなダリオ?トッティー監督だよ」

 不動は大きな声でドア越しで叫んだ。

 部屋の中から、奇妙な奇声があがった。

「鍵は開いてるから入っていいよ」

 奇声のした後、部屋の中から益男の許可がおりた。

「それじゃ、入るよ」

 そう言って、不動は益男の部屋のドアを開けた。

 開けた瞬間、中から物が腐ったような異臭がしてきて、ドアの隙間からゴキブリが飛び出してきた。

「益男は掃除嫌いなものでして、少々汚いですけど、どうぞ」

 不動は小声で申し訳なさそうにトッティーに言った。

 そうして、二人は室内に足を踏みいれた。部屋の中は真っ暗で何がなんだか分からない状態である。

「益男、電気つけるよ」

「あぁ」

 どこから返事がするかわからないが益男の声がした。

 不動は室内の照明を入れた。

 照明をつけた室内からは、残飯を漁っていたゴキブリが慌てて逃げ出していった。

 室内は不気味なフィギィアが乱雑に飾ってあって、足元には雑誌やスナック菓子などが散乱している。まさに足の踏み場がないぐらい散らかっていて、広い室内を小さくみせていた。

 しかし、室内を見渡しても益男の姿が見当たらない。

「益男どこにいるんだ。隠れていないで出てきなさい」

 不動は益男が部屋に見当たらないので、イライラしながら叫んだ。

「別に隠れてるわけじゃないよ、パパ。ただ寝てるだけだよ」

 益男の声がした。益男の声は部屋の隅っこにある奇妙な箱の中から聞こえていた。いや、箱というよりも棺桶そのもののようである。

 そして、その棺が下からゆっくりと持ちあがり、中から不動の息子、益男が姿を現したのだった。

 トッティーはあまりの異様なシチュエーションに度肝を抜かれた。

 不動の言っていた通り、益男の顔面は呼吸するための空気穴、即ち、鼻と口以外は包帯でグルグル巻きになっているのだ。しかも、左の鼻の穴は包帯で塞がっていた。それと、益男は不動の話では成人のはずなのだが身長は150にもとどいていないぐらいの小男なのだ。トッティーは益男のことを人目見て化け物だと思った。

「ウケケェ……ケケ、ようこそ、ダリオ?トッティー監督、会えて嬉しいよ! ケケェ」

 そう言って包帯で巻かれているためか、ゼェゼェ言いながら益男はトッティーに近寄ってきた。

 トッティーはいくら金のため、映画撮影のためとはいえ、このような化け物と一緒にこれから、映画撮影に行くのかと思うと、頭が酷く痛むのだった。

                  シーン3 パラノイア?ナイト

 トッティーと不動親子は、映画撮影の話を詰めるために黒ずくめのリビングに戻った。トッティーは二十人は座れるであろう半円形をしたソファーに腰を下ろした。

 ソファーの素材がいいのだろう、座り心地は素晴らしい。トッティーが座ってる位置より少し距離をあけて不動の息子の益男が座っている。益男はさきほどから、トッティーの方をチラチラ見てはニヤニヤしていた。 不動はリビングに隣接してるワインセラーに行くと年代物の赤ワインをテーブルに持ってきた。不動は慣れた手つきでグラスに赤い液体を注いだ。

「まずは、今夜の出会いを祝して乾杯といきましょう」

 不動はグラスをトッティーの正面に持ってきて軽く肘を上げた。カーンと硝子の当たる音が室内に響く。

 益男は相変わらず、乾杯にも参加せずにニタニタしていた。

「それで、今回の映画撮影の事なんですけど、死を題材にしたドキュメンタリーで益男君に映画撮影のノウハウを教えるってことでいいのですよね?」

 トッティーは薄気味悪く笑ってる益男にイライラしながらも、撮影内容を不動に確認した。

「そういうことです。その内容で私と益男は満足ですよ」

 不動はワインを一気に飲むとそう言った。

「それで、益男君は映画撮影の経験はあるのですかね?」

 トッティーは益男の目を見て聞いた。

「あるよ、俺の作品見てみるかい?」

「是非拝見したいですな」

 益男はトッティーの返答に目を輝かせると「ちょっと待ってろ」と言って、自室に戻っていった。

「不動さん、少し心配なことがあるのですが……」

 益男がいなくなったので、トッティーは益男に関する不安な事を不動に言ってみることにした。

「実は、依頼の映画、世界各地で撮りたいと思っているのですよ。特に今回は死がテーマなだけに、安全が保障されてる地域には行くつもりがないのです。ですが、あのような包帯を巻いていたら入国審査でアウトですよ。それ以前に飛行機に搭乗してる乗客に白い目で見られてしまいます」

 不動はトッティーの話をふんふんと聞いていたが、突然笑いだして言った。

「監督のおっしゃる事はごもっともですが、ご心配にはおよびません。各国の移動は自家用機で行ってもらいますよ、民間機のファーストクラスより快適なのは私が保証いたします。それと入国審査の方も、事前に行きたい国を教えていただければ、私の方でなんとかしますよ! 安全が保障できない国ほど、ワイロが横行していますからね。特に私みたいな仕事をしていると、いい事も悪い事もいろいろと……」

 トッティーは不動の話を聞いて、この男ただの貿易商ではないと思った。

「それと、益男のことなんですけど、映画撮影の出発まで時間はあると思いますのでおいおい慣れていってやってくださいな。決して悪い子ではないんですよ。まぁ、監督も、どういった内容のものを撮るかとお考えがあるでしょうし、それまで私の家で一週間でも一ヶ月でも居てくださったらいいですよ。日本のホテルは高いですからね」

 トッティーはこの屋敷に長居はする気はなかったが、とりあえず礼だけは言った。

「それじゃ、今日は監督も疲れておられるでしょうから、お泊りになる部屋を案内します」

 二人が立ちあがると、益男が戻ってきた。

「監督、部屋に行くのなら、後で俺の作品見てくれよ」

 そう言って、益男はDVDをトッティーに渡した。

 不動に案内されて、トッティーは客間に入った。

 客間はトッティーが泊まっていた安ホテルとは天と地も違うくらい豪華なものであった。

 まるで、三ツ星ホテルのロイヤルスイートを彷彿させるような造りである。

 トッティーは部屋に備え付けてあるバスルームに行くと軽くシャワーで汗を流した。

 湿気でべた付いた体を洗い流すと、トッティーはリラックスする事が出来た。

 そのまま、上半身裸のパンツ姿でベットに飛び乗り寝転んだ。

 トッティーの視界には大型液晶テレビがこれみよがしに置いてある。液晶テレビのモニターに自分の姿がうっすらと映り込むのを見ていたら益男から渡されたDVDを思い出した。

 これから一緒に映画撮影する益男の腕前を確認するため、DVDを備えつきのデッキに挿入した。

 トッティーは、DVDの映像を少し見ただけで気分が悪くなった。

 益男の撮った映像はとても映画とよべる代物でなく、延々と、猫や犬などの小動物を虐待したあと、生きたまま壁に叩きつけたり、腹を裂くなどの残虐な手口で殺害しているだけのものであった。トッティーがこの映像を見てわかったことは、残虐な益男の人間性と、しっかりぶれずに撮影だけはしているということであった。つまり、映画作品をつくる能力は皆無だが、カメラの腕だけは確かだということを意味していた。

 トッティーはテレビを消すと、映画撮影の事を考えた。

 トッティーは資金さえあれば撮りたいものがある。それは偶然にも不動が依頼してきた“死”を題材にするというものに合致している。トッティーが撮りたい物は、人間のエゴや欲望から生み出される決して撮ってはいけないタブー。それが、あるところは飢餓、貧困、疫病、紛争、独裁者等のおよそ先進国には縁のないところに付随していると考えていた。そこには、つくり物でない真実の“死そのもの”が大きく口を開けて待っているに違いないと思っているのだ。撮影のことを考えると、トッティーの脳内からは、エンドルフィンが分泌されているような気になり、激しく興奮を覚えるのであった。

 トッティーは押さえ切れない興奮を吐き出すかのように、ベットから起き上がると、部屋に置いてあるノートPCのところに行き、PCを起動させた。すぐに、エクセルを立ち上げ、夢中でキーボードを叩くと脳内に眠っていた抽象的な映画構想を文章と画像に置き換えて具現化させていった。PCのモニターには、映画撮影候補地の項目のところに、タイ、インド、北朝鮮、イラク、ソマリアといった国々の名前が列挙されていた。

 それから、数時間後。トッティーは脳内プロットの具現化が終わり、PC内に収めた自らの映画構想をプリントアウトしていた。夜が明けたら、不動に見せて撮影の段取りをつけてもらうためであった。

シーン4 死人巡り

 次の日の夕食後に、トッティーは不動に昨晩プリントアウトした映画撮影案を見せた。ほんとは朝一番に見てもらうつもりだったが、撮影案を書き上げたと同時に、トッティーは深い眠りについてしまい、トッティーが目を覚ますころには夕方近くになってしまった為である。

「素晴らしい撮影計画ですな」

 プリントアウトされた書面を見て、不動は唸った。すぐに隣で覗き見している益男に書面を不動は手渡す。

「気にいっていただけたみたいで良かったです。その案で撮影開始したいので準備していただけますか」

「もちろんです。早速、準備に取り掛からせていただきます。で――最初のロケ地はインドでいいのですね?」

「そこに書いてるロケ地は前後してもかまいません。不動さんの手続きがし易い国からでいいですよ」

「監督わかりました。そう言っていただけると助かります。でも、インドなら問題ないと思います。早急にビザ、現地の通訳、それと……監督が撮影しやすいように役人に根回ししておきますよ」

 不動は少し含みを持たせて根回しと言った。

「準備にはだいたい一週間前後見ていてください。それから、これをどうぞ!」

 不動は財布から黒いカードを取り出すとトッティーに渡した。

「このカードは?」

「それは、ブラックカードです。今日から撮影開始ってことで自由に使ってください。世界中の銀行や店で使えます。ブラックなので上限は青天井ですよ!」

「ありがとうございます。でわ、私の方も不動さんの準備が整うまで、もう少し資料などを集めていい作品が出来るようにしたいと思います。益男君にも明日から一緒に行動してもらいますね」

 トッティーは撮影案を夢中で目を通している益男に聞こえるように言った。

「わかったよ監督。それで監督さんよ、撮影が始まったら、いっぱい死体が見れるんだろうな?」

 益男は低い声で聞いた。

「あぁ、君の期待には答えられると思うよ」

「ケケケ、そりゃ楽しみだ。それじゃ、明日からよろしくな」

 こうして、この時を持ってして死を題材にした映画つくりのクランク?インとなったのだった。

 トッティーにとっては終わりの始まりの夜になった記念すべき日になったことなど本人は知らないことではあるのだが……

 トッティーと益男は、アフリカのルワンダの地にいた。トッティーにとって終わりの始まりとなったクランク?インとなった日から、早八ヶ月が過ぎ去っていた。

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