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■■ 鈴が鳴る! ~第十二回~ ■■

作者:日-紅子 当前章节:4038 字 更新时间:2026-6-23 04:52

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「ここで死んでくれる?」

 この状況でのこの一言は、死をリアルに想い浮かべるのには十分過ぎる。

「アンタがここで食われててくれれば、魔力を補充しに戻れるんだけど」

 冷酷な提案だった。

 死にたくない。

 未練は山ほどある。

 人生を満喫したというには、あまり短すぎる。

 誰だってそうだ。

 死にたいなんて思う人間なんて居ない。

 鳴海の全身に嫌な汗が浮かぶ。

 もし、了承すれば、リンは容赦なく自分を見捨てるだろうか。

 背を向けたままのリンを見つめる。小学生を思わせる小さく頼りない物だ。

 もし、断るなら。このまま去ればいい。追いかけるまではしない。

 無言の背中がそう告げている気がした。

 緊張で喉が張り付く。

 目をつむり、深呼吸を一つ。

 文字通り自分の運命を掛けた問いかけだ。

 死にたくない。でも、リンを見捨てて逃げる事もできない。

 どこまでも情けない自分だと思った。

 どちらか選ばなければならないなら。

 ぐっと拳を握る。

 それなら答えは一つしかない。

 あまりにもあまりにも愚かな答え。

 目を開けて。

 驚いた。

 すぐ近くにリンの顔があった。

 身長の低い分、下から覗き込むように鳴海を見つめていた。

「アンタさ、バカじゃないの。マジに悩んじゃって。即答で断りなさいよ」

 さっきの決意がしゅるしゅると抜けていく。

 力なくへらへらと笑うしかできなかった。

「いい? 誰かの為に犠牲になんて、カッコいいとか思わないでよね。

 そんなのただの自己満足。後に残される人が絶対居るの。

 その人がどれほど悲しむか。ちゃんと解らないとダメよ」

 一気に言葉を吐き出して、ふっと息をついた。

「生きてる人間は生き続ける義務があるの。それが命に対する責任よ。解った?」

 リンの後ろで猟犬が動くのが見えた。

 来る!

 緊張する鳴海の頬をぎゅっとつねる。

「あいたた」

「余所見すんな。解ったかって聞いてるの」

 間合いを詰めてくる猟犬を視界の端に捉えつつ、何度も首を縦に振った。

「ふん、まあいいわ。今度、自己犠牲なんて考えたら、アタシは許さないわよ」

 猟犬の爪がリンのすぐ後ろで鈍い光を放つ。

「そういうの嫌いだから」

「うわわわわ!」

 焦る鳴海に、ホントに解ってるのかなと小さく呟く。

 叩きつけるように振り下ろした。

 微かに身体を捻り巨大な爪を紙一重で避けると、背を向けたまま、左足で猟犬の顎を

蹴り上げる。

 まさに神業!

 猟犬の頑強な身体がよろよろと数歩下がる。

 しかし、それ以上の効果はない。明らかに威力が低下している。

 右足を引きずりながら、猟犬に向き直った。

 さっきと同じ小柄な背中。漆黒のマントが柔らかい音を立てる。

 猟犬の後ろ足に力がこもる。あっと思うよりも早く跳躍した。

 地面すれすれの低い軌道。

 一瞬で距離を詰め、掬い上げるように一撃。

 半歩さがり、それを凌ぐ。

 爪が胸の金属プレートを掠め、小さな火花を散らした。

 リンのバランスが崩れた。右足だけではない。左も痛めているようだ。

 その隙を逃さすはずはない。

 爪が翻った。

 右肩口から左脇腹に抜ける袈裟懸けの攻撃。

 下がればなんとか避けられる。

 だが、足のダメージが大きい。転倒の可能性がある。

 そうなると次に来るのは致命の一撃。

 辛うじてバランスを守れたとしても、更なる攻撃を防ぐのは難しい。

 ここで防御に回るのは下策か。

 リンは瞬時に考える。

 吹っ飛ばして間合いを開けたい。だが、今の魔力でそれほどの打撃力は……。

 仕方ない。少々のダメージは覚悟しよう。

 カウンターを打ち込んで距離を作るしかない。

 右腕にぐっと力を込めた。肘と肩の感覚は戻っている。

 もう一撃くらいなら、なんとかなる。拳が砕けても、左手を残す方が大事だ。

 爪が肩口に食い込む。皮が裂け、肉の抉れる感触。

 胸元を駆け抜け、防御プレートを吹き飛ばし、脇腹まで抜ける。

 大丈夫。計算どおり。

 主要器官には達していない。数センチの余裕があった。

 猟犬の重心が動く。前に。

 今だ!

 右の拳に体重と残った魔力を乗せて、打ち抜いた。

 絶妙のカウンター。

 コンクリートの破片を撒き散らせて、猟犬の身体が転がった。

 わずかではあるが、距離はとれた。

「リン!」

 鳴海の声に顔を向ける。

 真っ青な顔。血の気を失った唇が震えていた。

 あまりに緊迫した表情に、思わず笑いそうになった。

 しかし、それはあまりに不謹慎かと自重する。

 それどころじゃない。今は確認しておく問題があるのだ。

 服が大きく切り裂かれ、肩から胸にかけて肌が覗いていた。

 白く細やかな肌を、溢れ出る真っ赤な血が覆い隠している。

 傷はかなり深い。流れた血が足元に大きな溜まり作る。

「念のために確認しておくけどさ」

「え」

 普段と変わらない口調だった。鈴の音を思わせる甲高い澄んだ声。

「アタシが頼んだわけじゃないのよ」

 言葉の意味が解らなくて、思わず疑問符を浮かべてしまう。

「ナルミがどうしてもって言うから、手伝わしてあげるのよ」

 閉口してしまった。こんな時に何を言うかと思えば。

 でも、リンらしい。

「にたにたバカ面しないの!」

 不謹慎にもつい感情が表に出てしまった。

「いい? アタシが頼んだんじゃないの」

「わかったよ。リン、僕にも手伝わせて」

「ったく、しょうがないわね。ガキのワガママに付き合うのは疲れるわ」

 凄惨な状況。どうしようもないピンチのハズなのに。

 頬に跳んでいた血を左の拳で拭って、勝気な笑顔を浮かべる。

 猟犬が身を起こす。と同時に地を蹴った。左右に大きく跳ねつつ、間合いを計る。

 計算外の反撃があった。だから警戒する。その慎重さはやはり手強い相手だ。

 リンが鳴海に左手を伸ばした。

「ほら、手出して」

 頷いて、それを握り返す。

 小さい。

 でも柔らかく暖かい。細い指。やっぱり女の子なんだなって思った。

 ふっと不思議な脱力感。頭がぼおっとしていく。貧血に近い。

 力が抜けていく。違う。リンの方に流れていくのだ。

 視界が暗く狭く薄く。

 ぶっちゃけありえない。

 握っていた手の感触が、少し大きく、よりしなやかに変わっていく。

 ぶっちゃけありえない。

 消えかけた視界の中でリンの身体が、小学生みたいだった体型が変わっていく。

 ぶっちゃけありえない。

 手足がすらりと長く。ぺったんこだった胸が柔らかそうに。

 裂かれた胸元を右手ですっとおさえる。

 きゅっと締まった腰と、ゆったり丸みを帯びたお尻。

 ふうっと小さく息をこぼした。

 鳴海より少し低いくらいに大きくなった身体を、紅い衣装が辛うじて包んでいた。

 アーモンド型の瞳。整った顔立ちは、確かにリンの面影がある。

 ぶっちゃけありえない。

 だが、どう見ても別人。大人の女性。

 視界が大きくくれた。膝が抜ける。倒れそうになるところをリンが優しく支えてくれた。

 へなへなとコンクリートの上に横になる。

「もう、大丈夫だから。少し休んでて」

 優しく穏やかな声。いつもの甲高い声よりも、ぐっと甘みがある。

 ゆっくりと目を閉じながら、心の隅に理不尽な思いが浮かぶ。

 あのリンがこんな綺麗な人になるなんて、絶対に絶対にありえない。

 一種の詐欺だ。

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