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角川文庫
ちぐはぐな部品
[#地から2字上げ]星 新一
目 次
いじわるな星
万能スパイ用品
陰 謀
歓迎ぜめ
接着剤
なぞの贈り物
飲みますか
廃 屋
宝 島
名判決
魔 神
凍った時間
みやげの品
シャーロック?ホームズの内幕
夜の音
変な侵入者
恋がいっぱい
足あとのなぞ
抑制心
みごとな効果
神
最高の悪事
ネチラタ事件
ヘビとロケット
鬼
取立て
救世主
出入りする客
災 害
壁の穴
あとがき
いじわるな星
宇宙パトロール隊によって、たまたま発見されたジフ惑星についてのニュースは、地球の人びとの関心をよびおこした。通りがかりに観察しただけだが、そう大きな惑星ではないといえ、海があり川があり、山があり谷があり、森や野原もあるようだとの報告だった。
住民はいないらしいという。なお、ジフ惑星という名は、その星の固有の名ではなく、発見者であるパトロール隊員の名にちなんで、かくのごとくつけられたのだ。
そんなことはともかく、地球ではみな大喜びだった。人口過剰ぎみの地球にとって、このうえない植民地であり、別荘地である。また、その位置からみて、宇宙へさらに発展するための絶好の中継地ともいえる。価値のある資源にも、富んでいるにちがいない。
かくして、第一次基地建設隊が編成され、彼らの乗った宇宙船が出発していった。ジフ惑星の地理を調べ、簡単な空港を作り、通信塔をたてることなどが任務だった。これからは、多くの人がジフ惑星を訪れることになるはずだ。それに必要な体制を、まず整えなければならないのだ。
まじめで優秀な隊員たちと資材とをつんだ宇宙船は、虚空の旅をつづけ、やがてジフ惑星へと着陸した。隊員たちは、景色を眺めて歓声をあげた。
「なんという、すばらしい星なのだろう。あたりには美しい花が咲き、そのむこうには、静かな緑の森がある」
「さらに遠くには、青い山々が見える。なによりも気持ちがいいのは、ほかに人影がみあたらないことだ。大ぜいの人でごみごみした地球にくらべると、まったく、天国としか言いようがない」
みなは口々に、うれしさを話しあった。だが、隊長はさすがに使命を忘れず、命令を下した。
「さあ、さっそく仕事にかかろう。宇宙船につんできた資材を、運び出せ」
「はい……」
隊員たちは従いかけたが、その場で足をとめ、鼻での呼吸をくりかえした。どこからともなく、いいにおいがただよってきたのだ。それは料理のにおいだった。
「おれの気のせいかな。うまそうな、においがするが……」
「おれの鼻にも、におう。すぐ近くからのようだ」
みなは仕事にかかるのをやめ、周囲をさがした。においのもとは、すぐみつかった。
一枚の白い布が、野原にひろげられてある。その上に、いくつもの大きな銀の皿が並んでいた。もちろん、皿だけではない。肉や魚や新鮮な野菜などを使った、豪華な料理が、それに盛られているのだ。
地球の一流レストランでも、めったにお目にかかれないような高級な料理であり、しかも量が多かった。皿のまわりには、グラスにつがれた酒もあった。これらの料理や酒から、かおりがたちのぼり、みんなの鼻を刺激したのだ。
しかし、この無人のはずの惑星に、このようなものが存在するとは、どうにも信じられない現象だった。思わず近よりかける隊員たちに、隊長は大声で言った。
「みな、注意しろ。これはただごとではない。警戒心をゆるめるな」
強い命令だったが、隊員たちにとっては従いにくいことだった。地球を出発して以来、単調きわまる宇宙食ばかりを、あてがわれてきている。宇宙食にはあきあきしていた。もっとも、普通の場合なら、使命感と自制心とによって、それに耐えることはできる。
しかし、こう実物を目の前に出されては、誘惑に抵抗しがたい。さらに、まわりの美しい景色も、食欲をかきたてる。ついに一人の隊員はがまんしきれなくなり、ふらふらと近づき、手を伸ばした。
そのとたん、料理の皿も、酒も、すべてが消えてしまった。あとには草があるばかり。においも残っていない。みなは顔をみあわせた。
「幻影だったようだ。宇宙の旅に疲れた、われわれの心がうみだした幻だったのだろう」
「しかし、それにしても、うまそうな料理だったな。おれの目と鼻とには、印象が強く焼きついてしまった。口にはまだ唾液がたまっているし、胃は音をたてている」
隊長は、また命令を下した。
「さあ、幻覚のことは忘れて、仕事にかかろう。われわれには、任務がある」
しかし、みながなにかをはじめようとすると、その料理の幻が現れるのだった。各人が分散して、仕事をはじめようとすると、それぞれの隊員のそばに現れる。そして、いかにもうまそうな形とにおいとで、誘惑するのだ。幻影とはわかっていても、つい手を伸ばしてしまう。だが、その瞬間に消えてしまい、苦笑いしてわれにかえると、また現れるのだ。
それだけのことで、直接の危険があるわけではないのだが、まるで仕事にならなかった。日数がたっても、なれるどころか、いらいらした感情は、ますますひどくなる。
不眠症になる者もあった。宇宙食がのどを通らなくなり、栄養不良になる者もあった。幻の料理を追って、さまよいつづける者もあった。建設の計画は少しも進まない。
ついに隊長は、いちおう地球へ戻ることにした。ノイローゼ状態の隊員たちを乗せ、宇宙船は地球に帰還した。
第一次の隊は、かくのごとく失敗に終った。だが、基地建設の計画を、あきらめるわけにはいかない。といって、べつな隊員を送りこんでも、同様な結果になることだろう。
会議が重ねられ、作戦がねられ、第二次宇宙船が出発していった。これには腕のいい料理人が乗組み、最高級の料理材料や酒がつみこまれた。そのために宇宙船はより大型となったが、やむをえないことだった。なにしろ、ほかに方法がないのだ。隊員たちの心を料理の幻から守り、平静に保つには、それに匹敵する現実の品を作って与えなければならない。
このような準備のもとに、第二次の宇宙船はジフ惑星に着陸した。まず、着陸祝いもかねて、料理人は腕をふるった。いい酒もつがれ、みな充分に満足した。これならもう、幻が現れても、気を散らされることはない。
しかし、その時、どこからか美しい歌声がしてきた。心をとかすようなメロディーだった。みながそちらに目をやると、若く美しい女性の姿があった。均整のとれた魅惑的なからだで、それがはっきりとわかるような薄い布の着物をまとっている。目は情熱的で、口もとには微笑があり、歌を口ずさんでいるのだった。
隊員の一人は、隊長がとめるのもきかず、かけだしていって抱きついた。いや、本人は抱きついたつもりだったのだが、とたんに、その姿は消えうせた。
これをきっかけとし、美女の幻はいたるところに出現しはじめた。手でふれようとすると、たちまち消え、あきらめるとまた出現する。手におえない幻だった。
資材を運ぼうとすると現れ、組みたてようとすると現れる。気を散らさないためには、目をつぶらねばならず、目をつぶっては仕事にならない。また、目をつぶっても、耳には歌声がはいってくるし、耳に|栓《せん》をしても、心をそそる体臭がする。
建設作業は少しも進展せず、またノイローゼ患者が続出した。第一次よりもっとひどかった。隊長は彼らを宇宙船に収容し、地球へとひきかえした。
第三次の宇宙船は、さらに大型なものとなった。料理人と材料のほか、よりすぐった美女たちが同行したのだ。大変なむだにはちがいないが、それくらいの犠牲を払っても、ジフ惑星には基地を建設する価値がある。
かくして、万全の準備と自信を持って乗りこんだのだが、着陸と同時に、またも予期しなかった事件が発生した。
あらたな幻が現れたのだ。宝石の幻、ミンクのコートの幻、美しい服の幻、上等な化粧品の幻などが出現した。男の隊員たちは平気だったが、女性たちとなると、そうはいかない。彼女たちは不平を言い、不満を叫び、泣き声をあげた。
例によって、幻は手にとろうとすると消え、あきらめると現れる。彼女たちにはさんざん悩まされた。地球へ帰りたいとだだをこね、ヒステリー状態におちいった。男の隊員たちは、それをおさえ、なだめることに専念しなければならず、仕事どころではなかった。
第三次の宇宙船も、なんらの成果をあげることなく、むなしく地球に戻らねばならなかった。
第何次かの宇宙船は、ものすごく巨大なものとなった。料理や美女はもちろん、あらゆるぜいたく品、遊び道具、なにからなにまで、最高級のものがつみこまれたのだった。スポーツカーもあり、モーターボートもあり映画のフィルムも大量にそろえ、ゴルフ用具からルーレットまで含まれていた。
これなら、いかなる幻にも対抗できるはずだった。そして、大きな自信のもとに、ジフ惑星へと着陸した。
もはや、なんの幻も出現しなかった。すべての幻が消えていた。料理の幻も、美女の幻も、宝石の幻もなくなっていた。しかし、それとともに、もっと大きな幻も消えていたのだった。
海も川も山も、また森も野原も消えていた。わずかの水も流れていず、花ひとつ咲いていなかった。ただ、灰色っぽい岩ばかりが、単調にひろがっている。だれかがその岩を分析してみたが、有用な鉱物はなにひとつ含まれていなかった。
万能スパイ用品
秘密情報部員のエヌ氏は、上司の呼出しを受けて出頭した。
「こんどの任務は、なんでしょうか」
「重要な仕事だ。対立国に侵入し、ミサイル関係の秘密を調べてきてもらいたいのだ」
「相棒はだれでしょうか」
「きみひとりだ。しかし、これを持っていけば、数人前の働きができる」
上司の出した品を見て、エヌ氏は言った。
「カメラですね」
「ただのカメラではない。わが秘密研究所で開発した、すばらしいものなのだ」
「ダイヤルのようなものが、ついていますね」
「そうだ。その合わせ方をよく覚えておいてもらわねばならぬ。まず、ここに合わせるとラジオが聞ける。つぎの目盛に合わせると、無電器となって、ここの本部と通信ができる。そのとなりのに合わせると、聴音器となる」
「聴音器とはなんですか」
「小さな音を拡大するしかけだ。こうして壁につけると、となりの部屋の会話が聞ける。また、眠る時に枕もとに置いておけば、忍び寄る足音も大きくなるから、すぐに目がさめ、不意うちされなくてもすむというわけだ」
「だけど、大ぜいに襲われたら、どうしましょう」
「その時は、ここにダイヤルを合わせると、薬の粒が出てくる。それを口に入れて、ここに目盛を合わせる。すると、強い眠りガスが発生し、たちまち相手は倒れてしまう。しかし、薬を飲んでおけばガスの作用を受けず、眠くならないですみ、脱出できる」
「テレビは見えないのですか」
とエヌ氏は思いついて聞いたが、上司はまじめな顔で首を振った。
「おいおい、遊びに出かけるための道具ではないのだぞ」
「そうでしたね」
エヌ氏は頭をかき、上司はダイヤルの説明をつづけた。
「さて、ここからは万能合鍵が出てくる。また、目盛をここに合わせると、金属をとかす液が出てくる。この二つの作用で、たいていの金庫は開けられるはずだ。そして、ここからは絶縁性の電線切りが出てくる。非常ベルの線を切断するためだ」
「すばらしい性能ですね。秘密書類を手に入れることができるでしょう」
「ここを引っぱると、細いがきわめて丈夫な長い針金が出てくる。これをつたって高いビルから降りることもできる」
上司に説明され、エヌ氏はやってみた。一端を天井にひっかけ、カメラにぶらさがってみたが切れなかった。ためし終ってボタンを押すと、針金はもとにおさまった。
「やり方はわかりました」
「なお、ここに出る数字は、気圧だ。天候の変化を予測することができる」
「それにしても、大きなレンズですね」
エヌ氏はあらためて感心し、上司はとくいそうに説明した。
「万能レンズといっていい。これがまた、いろいろな役に立つ。こうのぞくと望遠鏡になり、目盛をこっちに合わせてのぞくと、顕微鏡になる。ここを押せば懐中電灯となって、遠くまで照らせる。そして、こうすれば幻灯器となる。やってみせよう」
上司は壁にむけて点灯した。エヌ氏の姿が壁にうつった。
「なるほど。敵はまちがって、このほうにむかって銃をうつでしょう」
「さて、金が必要になったら、このボタンを押すのだ。このような容器が出てくる」
上司はやってみせた。容器を傾けると、宝石が五つばかり手のひらの上に出た。エヌ氏は目を丸くした。
「きれいですね」
「相手を買収する時に使えばいい。いい気になって、女の子に気前よくばらまいたりするなよ」
「わかっていますよ」
エヌ氏がうなずくと、上司はべつな機能の説明にうつった。
「このボタンを押すと、電気カミソリとして使える。敵に追いつめられたら、これで髪の毛をかって坊主頭になれ。一時的だがごまかせるだろう」
「よくも、各種の性能を組合わせたものですね。それで全部ですか」
「まだある。ここをくわえて水中にもぐれば、酸素が発生して、しばらくは大丈夫だ。また、いよいよという場合には、この二つのボタンだ。一つを押して投げれば手榴弾となり、もう一つを押せば時限爆弾として使えるのだ」
上司の話を聞き終り、エヌ氏は感激した声で言った。
「わかりました。なんとすごいカメラなのでしょう。これだけの新兵器があれば、任務をやりとげてごらんにいれます。相手の秘密のすべてを、撮影してきましょう。で、撮影の時には、どうすればいいのですか」
この質問に、上司は困ったように答えた。
「なるほど、その問題が残っていたな。そこまでは、気がつかなかった。その性能は、ないそうだ。仕方がない。わたしの、腕時計型カメラを貸してあげよう」
陰 謀
ある動物園のなかに、一頭のゾウが飼われていた。そのそばに、いつのころからかハトの一群が住みついた。これには理由がある。見物人がゾウに投げ与えるエサ、そのおこぼれをちょうだいすれば、労せずして食にありつけるからだ。
まことに気楽な生活であり、たわいない雑談をしていれば、一日がすぎていく。しかし、ひまを持てあまし、ふつうの話題にあきてくると、議論はしだいに過激な方向へと進みはじめた。
「どうもおれは、あのゾウというやつは虫が好かん」
「まったくだ。ずうたいの大きいやつは、尊大でいかん。われわれの存在を、無視しているような態度だ」
ハトたちは不満をくすぶらせた。これはゾウのおこぼれで食っている屈辱感からきたものだが、だれもそれをみとめたがらず、口にもしなかった。ゾウの悪口をいう以外に、その処理法はなかったのだ。
「ひとつ、みなでいっせいに飛びかかり、くちばしで突っついてやろう。団結と奇襲をもってすれば、勝てないことはない」
軽薄な一羽が興奮して叫んだが、ほかのハトがとめた。
「それはむりだ。もっといじの悪い、巧妙な手段でやっつけてやろうではないか」
ハトたちは、どうすべきかを相談した。陰謀の計画を練るぐらい、世に楽しいことはない。連日、策をたてるのに熱中した。やがて名案がまとまり、代表のハトがゾウのそばへ行き、もっともらしく話しかけた。
「偉大なるゾウさま。あなたこそ動物の王でございましょう」
「そうかね、ありがとう」
「それなのに、人間に飼われて満足しているとは、なさけないではありませんか」
「そんなことは、いままで考えもしなかった。しかし、いわれてみると、そうかもしれぬ」
「いまこそ目ざめて戦うべきです。人間よりからだは大きく、力は強く、頭脳も大きく、鼻もあるではありませんか。負けるはずは、ありません。その実力を示すべきです」
ハトの陰謀は、気のいいゾウをおだてて、あばれさせる点にあった。そして人間にやられるのを見物し、笑いものにしようというのだ。そうなれば、より大きい屈辱にまみれるのはゾウであり、自分たちではなくなる。
しかし、ちょっとした誤算があった。ゾウが予想以上にひとがよかったのだ。ゾウは本気でそう思いこみ、頭はさえ、体内に力がみなぎった。かこいをけやぶり、町へあばれだし、目にふれるもの、鼻にふれるもの、すべてを破壊しはじめたのだ。数発の銃弾をくらって、息をひきとるまでやめようとしなかった。
だが、いずれにせよ、ハトたちにとっての長い屈辱の日々は終りをつげた。祝福すべきことではあったが、ハトたちは生存競争のはげしいよそでは暮らすことができず、数日のうちに、みな空腹のため悲しく死んでいった。
歓迎ぜめ
「艇長。あの星ですね。だいぶ近づいたではありませんか」
乗組員たちは、宇宙船の窓の外を指さして口々にさけんだ。
「ああ、まったく長い旅だった。地球を出発してから、なんの変化もない宇宙の旅を、みなよくしんぼうしてくれた。さあ、そろそろ着陸の準備をはじめよう」
艇長はこう言い、宇宙船内は久しぶりに活気があふれた。気密服の点検をする者、調査用の器具を整理する者、武器の手入れをする者。そのうちに、観測室から、いきごんだ声が伝わってきた。
「艇長、スペクトル分析によると、あの星には水も酸素もあるようです」
「そうか、それなら生物もいるかもしれぬ。ことによったら、ある程度の文明をもった生物がいるかもしれない。調査が楽しみだな。われわれも、広い空間を越えてやって来たかいがあったというものだ。まもなく人類にとって、未知の経験に接することができるのだ」
その星は窓の外で大きくひろがり、宇宙船は着陸態勢にはいった。
「よく注意しろ。攻撃を受けることがないとは限らない。レーダー係は警戒をおこたるな」
「はい、充分に注意します」
緊張のうちに高度は下がった。だが、心配した攻撃もうけなかった。
「あっ、艇長、町らしいものと、そこで動いているものが認められます」
「そうか。ある程度の文明が、あるのだな。よし、あまり驚かせては気の毒だ。あの海岸地帯に着陸し、それから町に向かうことにしよう」
宇宙船は艇長の指示した地点をめざし、軽い衝撃とともに着陸が完了した。ほっとした隊員たちに、観測室からのスピーカーの声が流れた。
「ただちに大気を分析しましたが、呼吸可能です。気密服の必要は、ありません」
「しかし、バクテリアや放射能はどうだ」
「いずれも有害な物はありません。よく検査しました」
「そうか。この重い服をつけないですむのは、大助かりだ。さあ、出よう」
艇長の命令のもと、二重ドアは静かに開いた。隊員たちは、つぎつぎに外へ出た。
「赤っぽい砂ですね。それに、海の色が緑色とは変わっていますね」
「おそらく太陽の光のせいか、海草のためだろう。まあ、その調査はあとにして、まず、さっき見た町へ行こう。どんな文明があるかに、最も興味がある」
隊員たちは、小高い丘に進みはじめた。
「気をつけろ。どんな住民か、わからないからな。おい、おまえは偵察だ。先に行け」
「はい」
と、ひとりが熱線銃をかかえて先に進んだ。みなは警戒と好奇心にみちた目をあたりにくばりながら、あとにつづいた。
とつぜん、激しい金属音が響きわたった。熱線銃が発射されたのだ。隊長は聞いた。
「おい、どうした。なにかあったのか」
「はい、住民たちが、大ぜい集まっていたので……」
と丘の上から偵察が答えた。隊長は、それをたしなめた。
「むちゃなことをするな。攻撃もされないうちに撃つとは。それに万一、相手がそれ以上の武器を持っていたらことだ。これをきっかけに、なにをされるかわからんぞ」
「わかっています。もちろん、ねらって撃ったわけではありません。おどしです。ごらんなさい、たいした連中じゃありませんよ。あんなやつらには機先を制して、こちらの実力を示しておくほうがいいでしょう」
この答えは、たしかだった。丘の上にかけ上がった隊員たちは、二本足で立ってはいるが、長いしっぽを持った、人間の半分ぐらいの身長の住民たちのむれを見た。住民たちは、隊員たちと熱線銃にあたって焼けた植物とを見くらべ、おどおどした様子をしていた。
「なるほど、たいした住民ではなさそうだ。だけど、かわいそうに、びっくりしたらしいじゃないか。これから、やつらに心配するなと伝えるのにひと苦労だぞ」
「そうですね。言葉は通じっこないし、身ぶりだって、簡単には通じるとは思えない」
だれにも名案は浮かばず、隊員たちは立ったまま考えこんだ。しかし、その時、住民たちのほうに動きがおこった。
「あっ、なにかを地面におきましたよ。なんでしょう」
隊員たちが見まもるうち、住民たちはぞろぞろとあとにさがった。隊長は双眼鏡をのぞきながら命令した。
「よし、行ってみよう。よくはわからないが、どうせ、そう恐るべきものではないだろう」
みなは、それでも注意しながら近づいた。
「さっき、やつらのひとりが、われわれに見えるように、これをつまんで口に入れていましたから、食べ物かもしれません」
「おそらくそうだろう。われわれがこれを食べてやれば、あるいは親しみをますきっかけになるかもしれない。しかし、毒がはいっていないとも限らぬ。よく調べてみろ」
と言う隊長の注意で、隊員のひとりは携帯用の分析器を操作した。
「よく調べましたが、われわれに害のある成分は含まれていません。大丈夫です」
そして、そのダンゴのようなものを一つつまみ、口に入れ、ほおをたたきながら言った。
「うまい。案外いい味ですよ」
ほかの者も、それを手に取って食べた。
「ああ、こいつはいい味だ」
みなが食べるのを見て、住民たちは歓声をあげた。その歓声には、うれしそうな響きがこもっているように思えた。
「やつらは喜んでいるらしい。われわれをもてなす、つもりだったのだな。熱線銃でおどかして、悪かったかな」
「いや、熱線銃の威力を見て、神が現れたと思ったのだろう。そして、捧げ物が受け入れられたので、喜んでいるのさ」
「そうかな。しかし、神さまへの捧げ物にしては、量が少なすぎるようだぜ」
隊員たちは笑い声をあげた。恐るるに足りない相手とわかり、歓迎されているらしいと知って、いくらか緊張もやわらいだ。
「さて、こっちでも敵意のないことを示してやりたいが、どうでしょう。この熱線銃を捨ててみせたら」
「それは、ちょっと早すぎるだろう」
「しかし、われわれは、たいていの物をはねかえす防御服を下につけているし、まだ麻酔銃もピストルもあるんです。やつらは熱線銃については、その威力を見て知っています」
そこで、熱線銃に厳重な安全装置がかけられ、地面におかれた。それを見て、住民たちは歓声をあげ、さっきのようにまたあとにさがった。
「見ろ。また、捧げ物だぞ」
みなは、またも住民たちのおいた食物に近づいた。
「こっちの友好的な気分が通じたらしい。だが、油断はするな。慎重に検査をするんだ」
検査を終え、隊員たちはそれを口に入れた。前よりも味もよく、量も多かった。みなは、たちまち食べ終えた。
「やつらのほうの警戒心も、少しずつ薄れているのだろう。ああ、うまかった」
それにつづいて、ひとりは笑いながら言った。
「もっと食べたい。どうでしょう、こんどは麻酔銃やピストルも捨てましょうか」
「ばかなことを言うな。やつらにはそれが武器とわからないんだから、そんなことをしても意味がないぞ」
その期待は、まもなくみたされた。住民たちは、またも食物をおいてあとにさがった。
「やつらは食物を出すことで、歓迎の気持ちを示しているつもりなのだろう。われわれはそれを食べることで、敵意のないことを示そう」
「いいですね。ずっと宇宙旅行用の合成食ばかりで、いささか、あきあきしていたところです。食べて親しみがますのなら、おやすいごようです」
もちろん、食べる前の検査はおこたらなかったが、その気づかいも不必要に思えた。味はさらによくなり、量もふえた。
住民たちは、楽しそうなようすで、つぎつぎと食べ物を運び、ひきさがりながら、みなが食べるたびに歓声をあげた。
「あんなに喜んでいますよ」
「いいことだ。この星の住民は、みないい連中のようだ。いずれ、言葉が通じあうようになるだろう。そして、やつらもわれわれの文明の恩恵に、浴するようになるだろう。また、この星の資源も、われわれの報告によって開発されるのだ」
と、隊長は言った。みなは食べながら、こう語りあった。
「ますます味がよくなってくる。これで親善に役立つのなら、それこそ、こんなうまい話はないな」
「だが、心配なのは腹がいっぱいになったら、それから先、どうやって親善を示すかだ」
「おれはまだまだ食えるぞ。おまえが食えないのなら、おれが食ってやるから心配するな」
「なに、おれだってまだまだ食えるさ。さあ、こんどはどんな味だろう」
隊員たちは先を争うように、足並みを早めて、つぎの食物にむかってかけ出した。
とつぜん、地面がくずれ、深い落し穴がみなを迎えた。
接着剤
エヌ氏は、接着剤の研究をやっている。ある日の夕方、友人がたずねてきて言った。
「ずいぶん熱心にお仕事をしておいでですが、そのご、進展しましたか」
「ええ、しましたとも。新しい接着剤を、開発しました。これまでなかった、たぐいのものです」
友人は好奇心を示した。
「ぜひ、その性能を拝見したいものですね」
「いま、ごらんにいれましょう……」
エヌ氏は何本かのビンを持ってきた。なかには、粘性のある液体が入っている、それを示しながら言った。
「これですよ。いや、じつに苦心しました。アイデアの段階もさることながら……」
「まあ、苦心談はべつな機会にして、どんなものか早く教えて下さい」
「いいですとも」
エヌ氏は刷毛を使って、その液体を机の上にあった電話機にぬった。友人はふしぎがって質問した。
「なんで、そんなとこにぬるのです」
「性能を示すためですよ。さあ、受話器をとってごらんなさい」
友人は試みた。受話器は電話機にくっついたままだ。ぬってすぐなのに、ぴったりと接着し、力をこめてもはなれない。
「すばらしい接着力ですね」
「ええ、こんなのは序の口で、大変な力です。建築工事に使っても、大丈夫です」
「感心しました。しかし、そんなもので電話機をくっつけてしまって、いいのですか」
友人は首をかしげた。そのとたん、電話機がなりだした。どこからか、かかってきたらしい。ベルの音を聞きながら、どうなるのかと友人は、はらはらした。
しかし、エヌ氏はあわてることなく受話器をとって、かかってきた相手と話をした。あんなにかたくくっついていたのに、これはどういうことだ。友人は、幻覚でも見ているような気分で眺めた。そして、電話がすむなりエヌ氏に聞いた。
「どういうわけなのです」
「これが特徴なのですよ。すなわち、時限接着剤とでも呼ぶべき性能なのです。いまのは、五分間有効の種類でした。ぬってくっつけてから五分間は絶対にはなれませんが、その時間がすぎると、このように簡単にはなれるのです。もちろん、時間はいろいろ調節できます」
「なるほど。たしかに、これまでなかった性能のものですね。で、どんな利用面があるのですか」
エヌ氏は考えながら話した。
「完成したばかりで、それは今後の課題というわけですが、多方面に利用できると思います。たとえば住宅です。住宅というものは建てる前はよく考えたつもりでも、いざ住んでみると、さまざまな不便を感じ、建てなおしたくなるものです」
「そういえばそうですね」
「しかし、この接着剤で家を建てておげば、一年なら一年目に、好きなように改造できるわけです。土木工事でも同様、橋をかけてしまってから、もっと下流にかければよかったとか、美観に欠点があったなどとなっても、一年目につけかえられます。つまり、試験期間が持てるようになるのです。これこそ、流動的な未来社会にぴったりの接着剤です」
「経済的でもあるわけですね」
「もっと日常的なことでは、事務室や金庫の扉の鍵にも利用できましょう。退社時間から出社時間までの接着剤をぬっておけば、絶対に盗難にあいません」
「各種の用途があるものですな」
友人はすっかり感心した。その時、ドアをあけて、怪しげな人物が入ってきた。黒い眼鏡をかけ、手に刃物を持っている。その男は言った。
「いまの話は物かげですっかり聞いた。便利なものだな。その製法の書類を、こっちによこせ」
「いったい、あなたはだれだ」
「言わなくてもわかるだろう。悪党という分類にはいる者だ。それは悪事に使っても、大いに役に立ちそうだ。道にこぼせば、追跡のパトカーを好きな時間だけ、足どめさせることができる。塀に足場をくっつければ、どんな家でも、あとに証拠を残さず侵入することができるだろう」
「や、そんな利用方法も、あったわけか。こっちはひとがいいので、少しも気がつかなかった……」
エヌ氏はくやしがり、強盗はとくいになった。その相手のすきを見て、エヌ氏はビンのひとつを手にし、投げつけた。それは強盗の足もとで割れ、なかの接着剤がかたまり、足を床にくっつけた。靴のなかにも液が入ったらしく、いかにもがいても動けない。強盗は悲鳴をあげる。
「助けてくれ。もう悪いことはしない」
「いまさらそんなこと言っても、おそいよ。これが犯人逮捕にも使えるとは、新発見だ」
エヌ氏は警察に電話した。かけつけてきた警官は、犯人に手錠をかけながら、言った。
「妙なものでつかまえましたな」
「わたしの開発した、接着剤なのです」
「そうでしたか。さて、この犯人を連行したいのですが、どうしたらいいのですか」
警官は押したり引いたりしたが、犯人の足は床からはなれない。エヌ氏は言う。
「たまたま手にふれたビンを投げたのです。はて、どれぐらいの時間のやつだったかな。ところでこの強盗、どれくらいの刑を受けるのでしょうか」
「さあ、三年の懲役ぐらいでしょう」
と警官は答え、エヌ氏はビンの破片を調べてから言った。
「それはちょうどいい。これは三年間接着のものでした。つまり、三年間は絶対にはなれないのです」
「それはそれは……」
異例のことで警官は困ったが、連行のしようがない。また、裁判を開くことも、刑務所に送ることもできない。特例によって、犯人は刑をまぬがれた。
そのあとエヌ氏は部屋を少し改造し、強盗を受付け係にした。職場をはなれてなまけるわけにはいかず、忠実な受付けになった。いいかげんな働きだと食物をもらえないので、忠実ならざるをえない。強盗は夜になるとそこで横になって眠り、時々からだを洗い、毎日をすごす。好ましい生活ではないが、悪事のむくいで仕方のないことだ。また、三年を刑務所ですごすことを考えれば、大差ないといえるだろう。
なぞの贈り物
その青年は部屋のなかでねそべっていた。安っぽいアパートの、せまい一室だった。内部はそう乱雑でもなかった。なぜなら、ほとんどなにもなかったからだ。
なにもかも、売っぱらってしまった。とっておきの上着さえ売りはらい、一昨夜の夕食になってしまった。それ以来、口に入れたものは水ばかり。動くと腹がへるので、じっと横になっているのだった。
青年は、自分ほどあわれな人間はいないのではないかと考えた。現在がそうであるばかりか、これまでもずっとみじめだった。
子供のころ、彼の母は自動車事故で死んでしまった。また、彼は生まれつき頭のいいほうではなく、大学にはいるのに三年も浪人をした。やっと入学したと思ったら、父親が仕事で失敗をし、大学の月謝をアルバイトでかせがなくてはならなくなった。そのうち、過労のため父が死んだ。あとに残ったのは、借金ばかり。
それでも、なんとか大学は出たのだが、あいにくと世の中が不景気で、大変な就職難。苦心して勤めたとたん、在学中の無理がたたって病気となる……。
すべて、こんな調子だった。いまは失業中。なんとかしなければと、役所や知人やあらゆるところをたずね、あわれな話をくりかえしたが、どうにもならない。ついに、最悪の事態におちいってしまった。
見るに見かねて、アパートの主人が言った。
「どうだ、選挙演説のサクラをやらないか。勤め人ふうのかっこうで、候補者のそばで拍手をしてくれればいい。たいした金にはならないが、からだは疲れないですむ」
「ありがとうございます」
青年は引き受けたが、よく考えてみると、着ていく服がない。完全にゆきづまった。もはや、奇跡でも起こってもらう以外にはない。
青年はぼんやりと立ちあがり、なにげなく押し入れをあけた。その時、奇跡が起こった。そこにはなにひとつないはずなのに、一着の服があったのだ。いったい、なぜ……。