「これはこれは、なんということでしょう。こちらでもいま、そう考えたところですよ。童話は、その表現技法を住宅の分野まで発展させるべきではないか、というわけです。会社の合併をいたしましょう。この試みは、世界でもはじめてのアイディアでしょうね」
「それにしても、なぜ急に、こんな名案が出たんでしょう」
キューピットの矢は、サーカス小屋のなかにも飛びこんでいった。そして、一本はライオンに、一本はクマに命中した。
サーカスの団長は驚いた。いつもは仲が悪くて困っていたライオンとクマが、急に仲よくなったのだから。しかし、大喜び。すぐに観客の前へと出した。お客たちは拍手をした。こんな珍しいショウはない。ライオンとクマとが手をとりあって踊るところなど、はじめて見たのだ。
キューピットは高く飛んだり、低く飛んだり、キラキラと光りながら風に流されたりし、公園の上に来た。
幻覚剤がきいているので、みさかいなく矢を射る。ブドウの棚とサクラの木に命中したのもある。ブドウがサクラにささやいた。
「サクラさん。そばにいながら今まではなんとも思っていませんでしたが、あなたが急に、好きになってしまいましたよ」
「あたしもそうなの、ブドウさん」
「サクラさん、あなたを、だきしめたくなってしまいました」
ブドウは棚にからみついていたのをやめ、サクラの木に巻きついた。
「ブドウさんにこんなことができるとは、考えてみたこともなかったわ」
「愛の前には、不可能はないんでしょう。もっと愛しあったら、サクランボをブドウのようにみのらせることだって、できるはずだ」
キューピットの矢は乱れ、どこへ飛ぶかわからないほどになった。一本は空を飛んでいる白いハトに命中し、一本は池のなかの金魚に命中したりもした。
金魚は池から空中へ出て、ゆらゆらと泳ぎ、ハトと並んで話しかけた。
「あたし、ハトさんが急に好きになっちゃったの。そばへ行きたいと思いをこらしてやってみたら、こんなふうに飛べたのよ。愛って、すべてを可能にするものなのね。だけど、面白いわね、飛ぶのって」
「こっちもそんな気持ち。だったら、泳ぐことができるのかもしれないな。やってみようかな」
ハトは舞いおり池の上へ来た。それから思いきって水にとびこんだ。泳げるのだった。金魚といっしょに、羽を動かし、水のなかを楽しく泳ぎまわった。
キューピットは、さらに射る。噴水の虹に当ったかと思うと、もう一本は遠くのテレビ塔に命中する。すると、テレビ塔の上に美しい虹の輪が巻きつくのだった。
しかし、やがて矢も残り少なくなってきた。
「やれやれあと二本か。よし、大きなことをやってやるぞ」
幻覚剤で気が大きくなっている。キューピットはその一本を地面にむけてうった。そして、最後の一本を空にむけた。春の午後のうすく光った昼の月が、そこにある。それにねらいをつけ、弓を引きしぼった時、そばで声がした。
「とんでもないことをするやつだ。あの月に命中したら、地球と愛しあって落ちてくるぞ」
その声の主は神さま。ようすがおかしいので、やってきたのだ。だが、キューピットはぼんやりした口調で言う。
「面白いじゃないの。どうしていけないの」
「ははあ、なにか変な薬を飲んだようだな。このごろの地上は、注意をしないと、どんなことに巻きこまれるかわからんな」
神さまは手当てをし、キューピットのからだから薬を追い出す。作用はおさまり、キューピットの姿はもとのように、人びとの目には見えないように戻った。それと同時に、キューピットの夢も消えた。つまり、この異変がおさまったのだ。
ハトは空に帰り、ブドウはもとの棚に帰り、なにもかも、白昼夢が終ったようにもとへ戻った。しかし、幻覚剤を投げ捨てた女の子の恋はそのまま。その時はキューピットもまだ、幻覚に入ってはいなかったからだ。
足あとのなぞ
おれは私立探偵。ある冬の朝、ベッドのなかで眠っていると、枕もとで電話のベルが鳴った。やれやれ、こんな早くからだれだろうと思いながらも、受話器をとって言った。
「もしもし……」
身を起こしながら窓のそとを見ると、雪がつもっていた。美しく白く輝いている。
「どうも、朝っぱらから気の毒だが……」
その声で、電話の相手はエヌ氏とわかった。彼は工場をいくつも持つ会社の社長で、おれによく仕事をまわしてくれるのだ。時どき妙な事件がまざるが、金払いはいいし、いい依頼主といえる。しかし、けさの口調は、なぜかあわただしい。
おれは聞いた。
「どうかなさいましたか。雪がきれいに降りつもった朝だというのに」
「どうもこうもない。昨夜、わたしの家に泥棒が入ったのだ。午前二時ごろだったかな、わたしをしばりあげ、ゆうゆうと室内を荒らし、窓から逃げていった」
「それは大変でしたね」
「わたしは苦心さんたん、やっとナワをほどき、きみに電話をかけているというわけだ」
「わかりました。すぐ、おうかがいしましょう。手がかりをなくすといけませんから、そのへんをいじらないで待っていてください」
おれは服を着かえ、さっそくエヌ氏の家へ出かけた。大きな家だ。門から玄関まで、きれいな雪の上に、おれは足あとをつけながら歩いた。
エヌ氏はおれを待ちかねていた。
「いや、ひどい目にあったよ。わたしはしばられ、目かくしをされて床にころがされ、あけっぱなしの窓から吹きこむ寒い風にさらされ、どうしようもなかった」
部屋を見まわすと、さんざんに荒らされていた。戸棚のなかのものも、机のひき出しの品も、床の上に散らばっている。おれは窓を指さしながら聞いた。
「ここから逃げていったのですね」
「そうだ。玄関から出てゆくか、窓を閉めてゆくかしてくれればいいのに、あけっぱなしだ。おかげで、わたしはかぜをひいた」
エヌ氏はクシャミをし、鼻をかんだ。おれは窓から外を見た。話の通り、窓の下から足あとが雪の上に点々と残っている。おれは一応、足あとの形を写真にとった。
目で足あとのゆくえを追っているうちに、おれはあることに気がついて言った。
「どうも変ですね」
「なにが変なんだね」
「足あとが、途中でとぎれています」
「本当か、それは……」
本当だった。広い庭の中央あたりまでつづいていた足あとが、そこで終っているのだ。なんとも異様な印象だった。
「近くまで行って、よく調べてみましょう」
おれとエヌ氏とは、庭へ出て、その足あとをたどっていった。足あとの終るへんまで来ると、少しこわくなった。犯人が透明人間かなにかで、そこにじっと立っているのではないかとも思えるのだ。
おれはためしに、雪をにぎって、そのあたりにぶつけてみた。もちろん、それはすどおりした。透明人間ではないらしい。エヌ氏は言った。
「いったい、こんなことがありうるのだろうか」
「ありえないといっても、げんに目の前でそうなっているのですから、しょうがないでしょう。もっとも推理小説には時どき出てきますが」
「どう説明してあるのだね」
「犯人はここまで歩いてきた。それから、うしろむきに自分の足あとをたどりながら、あとへ戻ったというわけです。それなら、こうなる場合もあるでしょう」
おれが話したら、エヌ氏は笑った。
「ばかばかしい。なんで、そんなことをする必要がある。まあ、かりにそうだったとしても、犯人は家に戻っていなければならぬ。しかし、けさはたまたま、家にはわたしひとりだった。それだから、簡単に侵入できたのかもしれないがね」
「なるほど……」
家のまわりに、出ていった足あとはほかにない。しかし、おれは推理小説にこだわりながら言った。
「家にだれもいないとは、断言できないでしょう。あなたがおいでだった。つまりですね、あなたがねぼけて夢遊状態になり、部屋のなかであばれ、庭へ出てもどってきたという可能性だって、考えられます」
「ますます、ばからしい。わたしは、しばられたんだぞ。自分で自分を、ぬけ出すのに苦心するほど、どうやって、しばることができるんだ」
「そういえばそうですね。では、べつな仮説を立てましょう。犯人はここで棒高飛びをしたか、スキーを利用したか。どちらかです」
「冗談じゃない。逃げる途中でそんな遊びをする犯人など、あるものか。第一、棒のあとも、スキーのあとも、雪の上になにも残っていないではないか」
エヌ氏は、異議をとなえた。なんでおればかりが、頭をひねらなければならないのだ。それが商売の探偵だからか。
「では、もっと単純に考えましょう。犯人はここで空へ逃げたのです。たとえば、ヘリコプターから下がったナワバシゴへつかまったとか、気球で浮かんだかしたのです」
「それも無茶だ。このそばには、あの通り高圧線の電柱がある。あの電線に触れれば、即死だ。いくらなんでも、そんな危険をおかすことはない。歩いて逃げたほうが、よっぽどいい」
たしかにそうだった。
「おっしゃる通りです。では、さらに単純に考えてみましょう。犯人はなんらかの原因で、ここで本当に消えたのです。たとえば、いま流行の蒸発です」
「おい、気はたしかかい。本当に蒸発したのなら、雪だって少しはとけるはずだが、そんな形跡もない。ほかに、どんな原因が考えられるというのだ」
「たとえば、タイムマシンで過去なり未来なりへ……」
「いいかげんにしてくれ、SFの読みすぎだ。タイムマシンがあれば、こんなけちな泥棒なんか、しないでもいいだろう。万一そうだったとしても、タイムマシンのあとが残っていなければならん」
「それでは、犯人が宇宙人だったというのは、どうでしょうか。宇宙人なら、これぐらいのことは……」
「しっかりしてくれよ。宇宙人がなんで、わたしの家などにやって来る。盗んだ上にしばってゆくなど、そんな安っぽい宇宙人などあるものか」
おれの旗色は、よくなかった。こんな議論をしていてはいかん。考え方を振り出しにもどし、根本的に考えなおすべきだ。おれは質問した。
「いったい、なにをとられたんです」
「さて、金だろうと思うが……」
「いくらぐらいです」
エヌ氏は家のなかを調べはじめた。そのうち、紙入れを手にしていった。
「いや、金はちゃんと残っていた。証券類も残っている。となると、べつな物のようだな……」
床にちらばっている品々を片づけながら、エヌ氏はいった。
「わかった」
「なんだったのです」
「ある装置の試作品だ。わが社で開発したものだ。高性能人工造雪機だ。水のタンクが付属しており、いとも簡単に雪ができる。これを大規模にすれば、スキーシーズンを大幅にのばせるというものだ」
それを聞いて、おれはへなへなとなった。
「なんで、それを早く言ってくれなかったのです。それを使って足あとを雪で埋めながら逃げたんでしょう。試験をして目ざす品物だったかどうかをたしかめながらです。それを知らないでいたため、あなたからばかげているの、どうかしているのと、さんざん文句をいわれたんですよ」
「すまん、すまん。費用はいくらでも出す。なんとか取りかえしてくれ。他社の手に渡ったら一大事だ」
「わかりました」
産業スパイのしわざとわかれば、あとは簡単だ。おれはその種の製品を扱いそうな会社に網をはり、すぐにつかまえた。
かくのごとく、エヌ氏は景気のいい依頼主なのだが、まったくあわてもので困ってしまう。
抑制心
あなたは教養があるうえに、デリケートな感覚を持ち、礼儀についてもよくわきまえておいでのようだから、この私の気持ちを、なんとかわかっていただけるのではないかと思う。
それは、人通りの多い道ばたで、銀貨の落ちているのを見つけた時の気分によく似ている。
一瞬、はっと足をとめる。つぎには、見まちがいではないかと、まばたきをしてみる。そして、銀貨にまちがいないと知って、胸が激しく波を打ちはじめるのだ。
しかし、心のなかの理性は、それに伸びようとする手を、強く押しとどめてしまう。
拾ったりせずに、そのまま歩きつづけたほうがいい。ものかげからだれかが、ひとの悪い目つきで、のぞいているかもしれないではないか。
また、そうでなくても、思いきって、身をかがめて拾おうとしたとたん、ちょうど通りがかった人も、同じように身をかがめ、はちあわせをした時の気まずい状態を、考えてもごらんなさい。
すべての血は逆流して頭に集まり、わけのわからない言葉を口のなかでつぶやきながら、足早やに、その場をはなれなければならなくなる。
しかも、それだけではすまない。そのことを思い出すたびに、何日も何日も、ひや汗を流し、ひとりで恥ずかしい思いに、ひたらなければならないのだ。
こんなことになるくらいなら、銀貨がどんなに気になったとしても、拾おうなどと考えないほうが、よっぽどいい。あなただって、そうではないだろうか。
あ、もっといい形容を思いついた。食べ物についてのことは、やはり食べ物を例にとったほうが、どうも、ぴったりするようだ。
友だちどうし大ぜい集まって、机をとりかこんで楽しく語りあっている時のことを、ちょっと想像していただきたい。その机の上には、たくさんのお菓子が盛られた皿がある。みなは時どき、それを口に入れながら、談笑をつづけてゆく。
だが、そのうち、さっきから、私が形容に苦心している気分のみなぎる時がやってくる。皿の上のお菓子の数がしだいにへり、最後のひとつとなった時だ。だれ一人として、それには手を伸ばそうとしなくなる。
もちろん、それを手にとり、自分の口に入れてはならないという理由はない。だが、それをやると、
「あいつ、とうとう最後のひとつを、食べやがった。いやしい、図々しいやつだ」
という感情のこもった視線が、集中するかもしれないのだ。だれものこの同じ思いが、皿の上にお菓子をひとつだけ、いつまでも残しておく。
内心ではお菓子のことを気にしながらも、だれもかれも、もうお菓子はたくさんだ、といった表情をよそおって、そしらぬ顔で談笑をつづけてゆく。ちょうど、毒でもはいっているかのように……。
こんな状態のことなのだ、私があなたに知らせたがっているのは……。
いくら私が吸血鬼でも、食べ物のことで、恥ずかしい思いを味わいたくはない……。
あ、吸血鬼という言葉が急にでてきたからといって、そう変な顔つきに、ならないでもらいたい。
もっとも、無理もないかもしれない。吸血鬼、人をおそって血を吸い、吸われた者は、外見は変わらないまま、同じように吸血鬼となってしまうという、伝説上の現象。
私だって、自分が吸血鬼にされるまでは、やはり単なる迷信と思っていた。
だが、自分がなってしまった今では、信じないわけにはいかない。私ばかりか、吸血鬼は、ほかにもたくさんいる。はっきり言ってしまえば、あなたを除いた全部が吸血鬼だ。
まあ、そうあわてて、あたりを見まわしたりする必要はない。あなたの逃げ場は、どこにも残されてはいないが、あなたの安全は保証されているようなものだから、決して心配することはないのだ。だれだって内心では、あなたの新鮮で温かい血を、考えただけでものどの鳴るような血を、吸いたいことに変わりはない。しかし、そんなことをしたら、あとで仲間にどんな目つきで見られるかも、充分に知っている。
だから、そしらぬ表情をいつまでもつづけ、あなたに手をつけるなどということは、おこるわけがないのだ。
みごとな効果
ある夜のこと、エヌ氏が道を歩いていると、そばの家から、大きな声が聞こえてきた。
「やっとできたぞ。ほれ薬の研究が、ついに完成した。これさえ飲めば、女性が争って、そばへやってくるはずだ」
思わず足をとめると、小さな研究室があった。のぞいてみると、液体の入ったビンを手に、老博士がうれしそうな顔をしている。その博士のあげた声だったのだ。エヌ氏はなかに入り、話しかけた。
「通りがかりに耳にしたのですが、ほれ薬をお作りになったとは、本当なのですか」
「そうだ。これを飲むとからだのなかで変化がおこり、においのついた汗が出る。そのにおいの作用で、女性を強力にひきつけるという原理だ。一回飲めば、十時間ほどきく」
エヌ氏は、身を乗り出した。
「それはすごい。ぜひ、わけて下さい。いままで、女性にもてたことがないのです。お願いです」
「しかし、これはわたしが飲むために作ったのだ。それに、とても高価な原料が使ってある。せっかくだが、あげられません」
ことわられたが、エヌ氏はあきらめきれなかった。といって、たくわえもないので、金を払って買いとるわけにもいかない。
そこでエヌ氏は、ついに非常手段に訴えた。博士に飛びかかり、しばりあげ、薬を取りあげて飲んでしまったのだ。そして、大急ぎで逃げ出した。
しばらく駆け、もう大丈夫だろうと足をゆるめた。からだが汗ばんでいる。うしろを振りかえってみると、どこからあらわれたのか、何人もの女性がついてくる。
「あの人は、あたしのものよ」
「あら、あたしのほうが先にみつけたわ」
などと言い争い、おたがいにさまたげあいながら、あとを追ってくるのだ。エヌ氏はいい気分だった。こんなふうに女性にもてるのは、うまれてはじめてのことだ。
そのうち、ひとりの女が勝ちをしめた。ほかの者を追い払い、エヌ氏のそばへ来て、手をしっかりとにぎった。
「あなたは、あたしのものよ。もうはなさないわ。いいでしょう」
「そんな言葉を耳にするとは、夢のようだ」
満足そうなエヌ氏に、女は言った。
「さあ、いっしょに行きましょう」
「いいですとも。しかし、どこへ……」
「警察よ」
「なんですって……」
とエヌ氏は驚いて聞きかえした。
「あそこなら、ほかの女にじゃまされないで、二人きりになれるわ。あたし婦人警官なの。だから、ほかの人たちを追い払うの、うまかったでしょ。あなたがなぜ、あたしをこんなに夢中にさせてしまったのか、そのわけを、まずゆっくりお聞きしたくてならないわ」
神
大きな会社を経営しているアール氏に招かれ、エフ博士はその本社のビルヘ出かけた。アール氏の会社は、小はオモチャから大は船まで製造し、食料品や化粧品も扱い、さらには貿易までもやるという、多角経営の会社だった。
りっぱな部屋に通されると、アール氏が現れて、言った。
「よくおいでくださいました。じつは、博士に、おりいってお願いがある。ぜひ作っていただきたいものが、あるのです。お礼は、いくらでも払います。必要なら、費用や資材は惜しみなくお使いください。どんなに使っても、それについて少しも文句はいいません」
「いったい、なんなのですか。なんだかいい条件のようなお話ですから、わたしもひと働きしていい気持ちになってきました。しかし、なにを作ればいいのでしょう」
「それが、普通のものではないのです。作っていただきたいのは、神です」
というアール氏の答えで、エフ博士は目を丸くした。
「神ですって。本気なんですか。また、なんでそんなものを……」
「驚くのも、もっともだ。だが、決して冗談ではない。わたしはこれだけの会社を経営し、景気もよく、金まわりもいい。しかし、静かにひとりで考えると、やはり信仰の大切なことが、痛切に感じられてならない。そこで、世のために役だつようにと、このような大計画を思いついたのだ。神を現実に作ることができれば、世の人びとは、みな信仰心をもつようになるにちがいない。神の存在を疑う者など、なくなってしまうはずだ」
どことなくもっともなようで、どことなくおかしいような理屈だった。しかし、エフ博士はこのような大問題を出され、かえって意欲がわき、乗り気になった。それに、金も思いのままに使えるのだ。
「やってみましょう」
「たのむぞ。すべて一任する。好きなようにやってくれ」
アール氏は、書類を作成した。ビルのなかの、好きな部屋を使ってもいい。人員をどう使ってもいい、無制限に金を使ってもいいという証明書だ。
エフ博士はビルの一室にこもり、いろいろと案をねった。神を作るなどという方法は、どんな本にも出ていない。こんなことを研究した学者は、いままでになかった。したがって、どこから手をつけていいか、大いに迷ったのだ。
しかし、何週間か考えたあげく、ひとつの方針を思いついた。エフ博士はさっそく、最新で大型のコンピューターを注文した。精巧で高性能で、まさに科学の先端。
まもなく、それは運ばれてきた。たいへんな金額だったが、請求書をアール氏のほうに回すと、すぐに代金は支払われた。この点は約束どおりだった。
つぎにエフ博士は、世界じゅうの調査機関と契約を結んだ。人びとが神というものについてどう考え、どう信仰しているかを聞き出そうというのだ。報告が集まれば、それをかたっぱしからコンピューターに入れてゆく。
つまり、神に関するあらゆるデータをつみ重ねてゆけば、この装置は神と同じ性格をもつに至るはずだという計画だった。神と同じ性格なら、すなわち神ではないか。
世界の各地から、さまざまなデータが集まった。アフリカ奥地の老人、アラビアの婦人、南太平洋の島の舟乗り、アメリカの牧場主、イギリスの貴族、スペインの農民など、ありとあらゆる地方の、ありとあらゆる信仰をもつ人の、神に対するイメージが収集されたのだ。
「神は静かにわれわれを見まもっていてくださる」とか「神はすべての幸福の泉」とか「恥しらずの人は神にも見はなされる」とか「神の怒りは恐ろしい」とか、さまざまな答えが毎日のように集まり、ひとつの流れとなって装置にはいっていった。
もちろん、宗教関係者や宗教学者からは、もっとくわしい話を語ってもらった。一方、図書館では手わけして神についてのさまざまな文献を調べ、それらもまた装置に送られた。賛美歌をはじめ、神をたたえるあらゆる詩もおさめられた。貧しいけれど信心ぶかい少女がどうしたという、童話のたぐいも含まれていた。
内容の重複は当然あったが、それはコンピューターのほうが整理してくれる。このようにして、作業は進められていった。
エフ博士の友人のなかには、計画を知って忠告する者もあった。
「なんだか、心配になってきたぞ。神を作るなどとは、人間に許された行為ではない。いいかげんで、やめるべきだ」
「いや、やめる気はない。新しい分野を手がける者は、だれでもそういわれる。太陽系の動きを立証しようとしたコペルニクス、|種《しゅ》|痘《とう》を作ったジェンナー、進化論をとなえたダーウィン、みなそうだった。だから、とめないでくれ。成功したら、ものすごいことになるはずだ。もっとも、どんなことになるかは予想もつかないがね……」
エフ博士はますます張り切り、その作業に熱中した。日数がたつにつれ、その装置は正確に神に近くなっていった。
ある日、アール氏がやってきた。
「どうだね、進行状況は。いやいや、気にしなくていい。わたしは、さいそくに来たのではない。なにもかも一任し、よけいな意見はいわないという約束だった。しかし、ようすを知りたくてならなくなったのだ」
エフ博士は迎えて言った。
「ご安心ください。すべては順調に進行中です。わたしからあれこれ説明するより、まあ、ごらんになってください」
博士はアール氏を装置のある部屋に案内し、室内の照明を消した。暗いなかで、それは、ほのかな金色に光っている。アール氏は言った。
「これは、どういうことなのだ。なにか発光性の塗料でもぬったのか」
「いえ、そうではありません。しぜんに、こうなったのです。原因をいろいろ調べてみましたが、金色に光るようになった理由は、どうしてもわかりません。つぎこまれたデータがふえるにつれ、このようになってきたのです。神々しい感じでしょう」
「なるほど。たしかにそうだ」
あたりには、どことなく神々しい感じがみなぎっている。カチカチという音も、はじめのころとちがい、おごそかな調子をおびている。明滅するランプも、神聖なムードをただよわせている。なぜそうなったかは、これまたわからないのだった。
これらを見てアール氏は満足し、エフ博士を激励して帰っていった。
エフ博士は、作業をさらに進めた。きみわるがって逃げ出す部下も出たが、それは高給によってすぐ補充した。中止したほうがいいと忠告する人も、相変わらずあったが、それには耳を貸さなかった。
神の概念は、世界の果てからもたんねんに収集され、その数は何億項目にも達した。精巧をきわめたコンピューターの内部では、それらが分類され整理され、統合され、ひとつの性格を形成しつつあるはずだった。それが最終段階に至れば、装置は神と化す。神がここに出現するのだ。そして、それもあとまもなくなのだ
。 エフ博士は意気ごみ、不眠不休で仕事にはげんだ。
しかし、ある夜。思いがけないことが起こった。装置がしだいに薄れてゆくのだ。存在がぼやけつつある。
エフ博士をはじめ関係者たちは大さわぎをしたが、どう手をつけていいかわからず、ただうろうろするばかり。原因はまるでわからない。やがて、装置は、あとかたもなく消えてしまった。
それを聞きつけて、アール氏もやってきた。期待していたものの消失を知り、エフ博士に文句を言った。
「どうしてくれるのだ。わたしはいままできみにまかせて、好きなようにやらせてきた。それなのに、こんなふうにされてはたまらない」
エフ博士は弁解しながらいった。
「わたしも、こうなろうとは、予想もしませんでした。しかし、こうなってしまいました。神というものは、超感覚的な実在なのでしょう。見たりさわったり、できないものなのです。だから、最終段階で、消えたのです。装置が神となった証明でもあります。すなわち、完成したわけであり、わたしの任務はすんだというわけです」
「いや、そうではない。約束では、完成したらわたしに渡してもらうことになっている。その責任を果たしてもらいたい」
「むりですよ。研究は実現したのですし、神は、みなのものなのですから、これでいいではありませんか。いったい、なぜ、そう神をほしがるんです」
エフ博士が聞くと、アール氏は興奮して叫んだ。
「これで、わたしの名案もめちゃめちゃだ。じつは、商売に使うつもりだったのだ。神が完成し、わが社についていてくれれば、どんな商売がたきにも負けないですむ。会社はさらに発展し、利益も一段とあがるはずだった。だからこそ、大金を投じたのだ。それなのに、このざまだ。消えるとは、なんたるざまだ。こんなことになるくらいなら、神など作らなくてもよかったのだ。ちきしょうめ。神などくそくらえだ……」
アール氏はさんざん毒づき続けた。
その時、そとで雷鳴がとどろき、窓から一筋の電光が突入してきたかと思うと、アール氏をなぎ倒した。即死だった。
あまりのことにエフ博士は呆然としていたが、やがて気をとりなおし、窓からそとを見た。遠くで雷鳴がとどろいていた。
落下した|隕《いん》|石《せき》が、どこかの家をぶちこわしていた。あの家には、神の怒りにふれた者がいたのだろう。目には見えないが、いまや神が実在するのだ。
エフ博士はふるえていた。だれもがそうだった。みなの耳にラジオの臨時ニュースが、火山の爆発や|洪《こう》|水《ずい》などの突発事故を告げはじめていた……。
最高の悪事
「ボス、このところ、なんだか元気がありませんね。心配です。どうかなさったのですか」
子分のひとりが言った。ボスと呼ばれたのは、中年の男。すごみのある顔つきで、鋭い目をしている。ある犯罪組織の首領なのだ。
しかし、このごろずっと、その肩書きにふさわしくなく、豪華な机にむかってじっとしている日が多い。子分が事情を聞きたくなるのも、もっともだ。ボスは答えた。
「からだのぐあいは、なんともない。わたしはある問題について、考えつづけているのだ」
「これは、驚きました。ボスが物思いにふけるとは……」
子分がふしぎがるのも当然。このボス、若いころから、なにかというと無茶な暴力をふるって名をあげ、顔を売り、強引な実行力でなわばりをひろげ、今日の大きな犯罪組織を作りあげたのだ。思慮ぶかいとか、センチメンタルとは、およそかけはなれた性格の主。
ボスは言う。
「なにも、変な顔をすることはない。つぎの計画を、ねっているのだ」
「そうでしたか。安心しました。ボスがそんなに熱心に考えているのですから、きっと大仕事なんでしょうね」
「そうだ。しかし、ただの大仕事では、面白くない。回想してみると、わたしはこれまで、悪事悪徳の限りをつくしてきた。しかし、まだやってない悪があるのではないかと、思えてきたのだ」
「ははあ……」
「それをやりたいのだ。なにか、あっというような、ものすごく派手で、悪の歴史に残るようなやつをだ……」
悪の魅力にとりつかれたような感じだ。たいていのことをやりつくした悪党のボスとなると、そんな心境になるのかもしれない。大物への尊敬の念のこもった口調で、子分は指を折って数えながら言った。
「傷害、恐喝、強盗のたぐいは、われわれ何度もやりましたね」
「とっくのむかしにやったし、何回となくやり、いずれも成功した。なわばり争いにからんで、殺人もやった。また、保険金を取るための、放火もやった。詐欺などは、数えきれないほどだ」
ぶっそうな言葉がぽんぽん出るが、それを話すボスの顔にはあきあきしたという表情がある。悪事の中毒症状で、まともなことでは満足できないわけであろう。
子分は思いつくまま、数えあげた。
「文書偽造もやりましたし、麻薬の密売は現在もつづいて、大きな収入源となっている。贈賄もやったし、脱税はしょっちゅうだ。となると、困りましたな、まだ、しのこしている犯罪の種類となると……」
「選挙運動の買収も大がかりにやったし、外国人のスパイの手先にもなった。だが、まだやってない悪事があるような、気がしてならない。うんと非道徳的で、刺激的で、人間性を大きくはずれたようなやつだ。悪魔というものが存在し、それを教えてくれるなら、魂を売り渡していいような気持ちだ。考えてみてくれ」
「はあ……」
しかし、悪への才能も情熱もはるかに劣る子分たちに、そんなことの思いつけるわけがなかった。ボスひとり、腕を組んで考えつづけることになる。
しかし、やがてボスは、うれしさにみちた声で叫んだ。
「あった。やっと思いついたぞ」
「本当ですか。それはよかったですね。われわれはボスのためなら、いかなることでも命をかけて働きます。みなが今日あるのは、ボスのおかげなのですから。命令して下さい。どんな仕事なのですか」
身を乗り出す子分たちを制し、ボスは言った。目には狂的な光がこもり、口もとには楽しげな笑いがただよっている。
「まあ、そうあわてるな。これまでにやったことのない、最初にして最高の悪だ。だから、慎重に計画の打ち合わせをやらなければならない」
「で、どうしましょう」
「あすの夕方、町はずれの、いつもの倉庫に集まってくれ。組織の者の全員を、呼び集めるのだ。情報のもれないよう、気をつけてやってくれ」
「はい。かり集めます。逃げ腰になるやつがいても、おどかしてでも連れてきます……」
翌日の夕方になった。子分たちは指示された場所に、ひそかに集まった。しかし、時刻がすぎても、ボスはなかなか姿を見せない。
「どうしたのだろう。だれかが密告し、ボスがつかまったのだろうか」
「われわれのなかに、そんなやつはいないさ。もうすぐ現れるだろう」
「しかし、こんどは、どんな悪事なのだろうか。きっと、われわれの予想もしたことのない大計画であることは、まちがいない」
緊張と期待にふるえながら、小声で話しあって待っていると、そとで声がした。
「警察の者だ。まわりは完全に包囲したぞ。みな、おとなしく出てくるのだ。抵抗してもむだだぞ」
のぞいてみると、警官がとりまいている。とても逃げられそうにない。また、たよりにするボスが、いないのだ。言う通りに、せざるをえない。みな逮捕されてしまった。
警察の留置場に押し込められていると、あとからボスもほうりこまれた。それを迎えて子分たちは口々に聞く。
「どうして、こんなことになったのでしょう。あの倉庫に集合したのを、ほかに、だれかが知っているはずはない。それに、まだなにもしていないのだから、逮捕される理由もないはずなのに」
ふしぎがる子分たちに、ボスは笑いながら言った。
「じつは、わたしが密告したのだ。わたしが警察へ自首し、子分たちの悪事のすべてを知っていて、証拠も持っている、証人にもなりますと言ったのだ」
「それで、われわれがつかまったというのですか。あんまりだ。ひどい……」
子分たちは泣き、うらみごとを言い、絶望的な声をあげた。ボスはにやにやしながら言う。
「わたしの思いついた、最大の悪というのは、なんだったと思う。これがそうだ。つまり、わたしを信頼しきっている連中を、なさけ容赦もなく裏切って見捨てるという行為だ。こんなに非人間的で、刺激的な悪はない……」
子分たちは、こみあげる怒りを押さえきれずに言った。
「こうなったら、腹の虫がおさまらない。ここで、みなであなたを、なぶり殺しにしてしまう。あとがどうなろうと知るものか。さあ、覚悟しなさい」
だが、ボスはさほどあわてずに答える。
「まあ、待て。いまのは冗談だ……」
「冗談にも、ほどがあります。これで、みんな刑務所に送られれば、それで終りじゃないですか」
「いやいや、最高の悪事というのは、それからはじまるのだ。まだやってない悪事に、集団脱獄の残っているのに気がついたのだ。それを、やろうというわけだ。しかも、どうせやるのだから、大きくやろう。刑務所に入っている悪人を、みんな逃がしてしまおうじゃないか。こんなすごい犯罪はないぞ。われわれなら、できるはずだ」