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作者:日-星新一 当前章节:15381 字 更新时间:2026-6-16 01:47

 子分たちはため息をつきながら、敬服の目で言う。

「なるほど。さすがは、われわれのボスだ……」

  ネチラタ事件

 あすありと思う心のあだ桜、とか申しまして、世の中、つぎの日になにがどうなってしまうものやら、さっぱり見当がつかない。

 このごろのように、科学が進んだり、すごい武器ができたりすると、なおさらのこと。朝になって目がさめてみると、夜のうちにミサイルが命中し、自分は死んでいた、なんて……。

 ここにひとりの青年がいて、名は五太郎。頭はとくに悪くもよくもないという、普通の人間。ある研究所につとめている。ある朝、いささか寝坊をした。ねむそうに片目をあけ、時計を見ながら言う。

「やれやれ、つい、ねすごしてしまった。きょうは、遅刻になりそうだ。先生、怒るかもしれない……」

 ねぼけ声で、テレビをつける。交通機関のストか、大事故のニュースでもやらないかな。遅刻の、いい口実になるのだが。上司の安藤博士は、口やかましい人なのだ。

 コマーシャルの声が流れてきた。

〈やい、そのへんのおいぼれや、くたばりそこないの野郎ども。この薬を買いやがれ。この一粒をてめえの馬鹿みたいにあけた口にほうりこみゃ、からだんなかに、馬鹿力や、くそ力がわいてくるてえもんだ……〉

 五太郎はきもをつぶし、目がいっぺんにさめた。そのさめた目で画面を見ると、総合ビタミン剤とかの薬のビンがうつっている。

 なるほど、ついにこういう、ショッキングなコマーシャルも出現するようになったのか。競争が激しくなると、人目を引く奇想天外なのも出るわけだろう。

 そう考えていると、つぎのコマーシャルになった。画面に百科辞典がうつり、女の声が言う。

〈うすのろのガキを持てあましている、そのへんのおっかあどもよ。こいつのひとそろいを、買ってみやがれってんだ。そうすりゃあ、手のつけようのないうすのろも、半馬鹿ぐらいにゃあ浮かびあがらあ……〉

 五太郎はあまりのことに、しばらくぼんやりしていた。そのうちニュースとなり、アナウンサーがしゃべっている。外国の元首が来日した画面。

〈グラニア共和国の親玉が子分を引きつれ、飛行機で空港につきやがった。そして、そのいいぐさがいいや。こんないい国、見たことない、なんてぬかしやがって……〉

 五太郎は、この異変についてのなにかの報道があるかと期待して見ていたが、なんにもなかった。つづいて天気予報となる。

〈……高気圧だなんて、なまいきな野郎が、はり出していやがる。みやがれ。温暖前線はこんなざまだ。ふん。だがな、こんな高級なことは、てめえらとんちきには、わかるめえ。早くいやあ、おてんとさまカッカだが、どうかすると雲がのさばりやがる。ところにより、にわか雨なんて、ぐにもつかねえものが降りやがるかもしんねえ。てめえら、ぼろ傘でも持って出たほうが、気がきいてるってことさ……〉

 五太郎は、一日中でもふしぎがっていたかったが、つとめの身ともなると、そうもいかない。出勤することにした。そとへ出たとたん、となりの家の夫人と顔があう。五太郎は声をかけられる。

「よう、となりの、とうのたった、とんちき坊やのあんちゃん……」

 五太郎、あたりを見まわすが、ほかにだれもいない。自分が呼ばれたらしい。

「はあ……」

「ねぼけづらで、きょろきょろなんて、見ちゃいられんよ。あほたれ。まあ、しっかりやんな……」

 この奥様、いつもは上品すぎるぐらいの言葉づかいなのに、これはまた、なんという変わりようだ。男だかなんだかわからない口調だ。それでいて、かくもぞんざいな話しぶりなのに、身なりや動作はいつもと変わらず、表情はにこやか。五太郎、なにがなんだかわからず「はあ」と答えて、急ぎ足で立ち去る。

 あの夫人、気でもちがったのではないかと、うすきみ悪い。それとも、テレビの影響たちどころにあらわれ、というのかもしれぬ。女とは、テレビにすぐ毒されるものなのだ。いずれにせよ、かかわりあいにならないほうが、利口というものだ。

 駅前の交番では、品のいい老紳士が警官に道をたずねている。

「やい、そこのおまわり。区役所へ行く道を教えやがれ」

「いいか、この、くそったれ町人め。てめえの目がふし穴でなけりゃあ、あそこのうすぎたねえビルが|見《め》えるだろう。あれがそうだ。さあ、とっとと、うせやがれ……」

 あの紳士も警官も、頭がおかしいのだろうか。しかし、こう圧倒的に変人の数が多くなると、とてもたちうちできない。

 五太郎、びくびくしながら改札を通り、ホームへ出る。拡声機が告げている。

「電車は、てめえら、あくびひとつしないうちに、へえってくるぜ。ホームにうろついている、うぞうむぞうども。白線の内側に、さがっとれ。ぼやぼやしてぶっとばされたって、しらねえぞ。ドアが開いたら、乗り降りは、もたもたせずにやんな……」

 身ぶるいするような気分で、五太郎はなんとか研究所につく。足はすくむ一方。この調子だと、先生にどんなにどやされるか、わからない。

 虎の尾をふみつけるような心境で、上司の安藤敬三博士にあいさつする。

「先生、おはようございます。どうも、おそくなってしまいまして。まことに、わたくしのいたらぬところで。じつは……」

「まあ、そう恐縮するな。たまには人間、眠くて起きられないこともあるさ」

 博士のおだやかな口調を耳にし、五太郎はほっとする。ほっとしたとたん、さっきから押さえていた疑問が、わきあがってくる。

「先生、どういうことなんでしょう。きょうになってみると、世の中が一変してしまいました。だれもかれも、口のききかたが……」

「そこだよ。その原因なんだが、じつはここにあるんだ」

「ここですって……」

「きみも知っての通り、わたしはここで、各種の細菌の研究をつづけている。そのうちの一種が、きのう、うっかりして外部に流れ出してしまったのだ。ネチラタ菌という。この菌は伝染性が強く、あっというまにひろがる」

「大変なことですね。それに感染すると、どうなるんです。死にますか」

「そんな危険なものなら、もっと厳重な取り扱いをしているよ。完全に人畜無害だ。どうということもない。ただ、症状として、言葉つきがぞんざいになるだけだ……」

「なるほど、そうでしたか。事情がのみこめてきました。しかし、先生とわたしだけが、なんともないというのは……」

「前から菌をいじっているので、免疫になっているのだろう」

「そうかもしれませんね。で、このありさま、どうなさるおつもりです。もとに戻らず、このままなんですか」

「いや、もとに戻す方法はある。これと逆の症状を示す、タラチネ菌というのをばらまけばいいのだ。言葉づかいが上品になり、すなわち以前の状態に戻るわけだ」

「では、さっそく、それを……」

「なにも急ぐことはない。それは、あしたになってからにしよう。きょうのところは、いい機会だ。ネチラタ症状の、データを集めておきたい。すまんが、街へ出て観察し、調べてきてくれ」

「はい……」

 五太郎はまた街へ出た。こんどは事情がわかって、いくらか安心。お寺へ寄ると、お葬式をやっていた。モーニング姿の男が、涙にむせびながら弔辞をのべている。

「やつはいい野郎だったが、ふんづまりが悪化し、とうとう、くたばりやがった。ああ、なんてえこった。あばよ。迷わず成仏しやがれ……」

 五太郎は「なるほど、こういうふうになるのか」と感心する。

 デパートに入ってみる。エレベーターに乗ると、若く美しい案内嬢が言う。

「やあ、変わりばえもせず、きやがったな。動かすぜ。途中、何階でおりたいか、言ってみやがれ。三階にはガキどもの使う、ガラクタが並べてあらあ。ざまあみろ。四階はあんちゃんや、おっさんの……」

 四階でおりると、そこは紳士用品の売場。女の店員がお客に言っている。

「とんまめ。そんなとこでうろうろせず、手にとって見な。さわったって、減るものじゃねえ。やい、なにを売ってやろうか」

 と、頭をさげている。客の男も、ショーケースに歩み寄る。

「このおかちめんこが、このぼろ店のアマか。えい、このネクタイを買ってやる。さあ、ゼニを渡すから、手を出しな」

「ふん。ちょうどあらあ。いま、紙に包んでくれる。ここで待ってやがれ……」

すべてこの調子。五太郎はこれらを、いちいちメモにとって歩く。そのうち、腹がへってきた。レストランをみつけ、なかに入り、テーブルにつく。ウェイトレスがやってきて言う。

「よくも、きやがったな、このでくのぼう。おい、なにを|食《く》らおうって気だ。欲しいものを、とっとと言いやがれ」

 五太郎、ネチラタ症状による現象とはわかっていても、こう言われると、恐縮してしまう。

「はい。もし、お手数でなかったら、ライスカレーでも食べさせていただきたいと思います。なにとぞよろしく、|恐惶謹言《きょうこうきんげん》。どうぞお手やわらかに」

「これはお客さま。こんなことを申しあげては、失礼のきわみでございましょうが、そのようなお口のききかたをあそばすとは……」

 ウェイトレスの口調が変わったので、五太郎はほっとした。タラチネ菌が働きだしたのだろうか。安藤博士は、あしたにするとか言っていたが……。

 なにげなく、ウェイトレスの顔をみる。すると、目をつりあげ、歯をむきだし、からだをふるわせ、ただごとでない表情をしている。ほかのテーブルの客も、五太郎に非難の視線を集中している。

 五太郎、しばらく|狐《きつね》につままれたような気分だったが、やがて気がつき、反省し、赤面する。

 ネチラタ症状になっている人にむかって、ていねいな口をきくのは、このうえなく失礼な、ひどいことなのだ。すなわち、下品きわまる悪口雑言。そして、ネチラタ症状の人から、ていねいな口調で話しかけられるというのも、また……。

  ヘビとロケット

「あの星がどんな状態なのかを、調査しなければならない。われわれ人間が行っても、この地球上と同じように暮らせるかどうかを、知りたいのだ。しかし、探険隊を乗せた宇宙船を送るのは大変だ。作るのにも飛ばせるのにも、巨額な費用がかかる。なにか、いい方法はないものだろうか」

 といった問題をめぐって、宇宙研究所の学者たちが相談していた。みな、困ったような顔をしていた。なかなか、名案が浮かばないのだ。その時、エフ博士がやってきて発言した。

「あります。こんなこともあろうかと、まえから、わたしが研究していました」

「いったいどんなことなのですか」

 ほかの学者は身を乗り出した。エフ博士は、そう大きくはないが細長いロケットを手にして言った。

「あの星にむけて、これを送るのです。なかには頭をさきにして、ヘビが一匹はいっています。サルや犬とちがって、ヘビは細長いので便利です」

「ヘビとは変わった思いつきですが、まあいいでしょう。しかし、途中でのエサは、どうするのです」

「その必要は、ありません。大気圏を抜けて宇宙の空間に出ると、温度が下がり、ヘビは冬眠に入ります。だから、エサなしでも、生きたまま、むこうの星へ到着できるのです。また、冬眠中はあまり呼吸をしませんから、酸素を大量に積まなくてもすみます」

「そして、むこうへ着くと、しぜんに冬眠からさめるというわけですか。それから、どうなるのです」

「いま、お目にかけましょう」

 こう言いながら、エフ博士は持っていたロケットを床に置いた。先端の部分が開き、笛の音が響きはじめた。録音テープが、回りはじめたのだ。その音につれて、ヘビがなかからはい出してきた。エフ博士は、とくいげに説明した。

「インドのヘビ使いから思いつきました。笛の音を聞くと外へ出てくるように、ヘビを訓練したのです」

 ヘビはあたりを動きまわっていた。だが、やがて笛の音がやむと、ロケットへ戻り、頭からもぐりはじめた。

「ヘビには、穴へ入りたがる習性があるのです。また、ロケットの奥にはエサもおいてあります。かくして、ヘビが戻ってエサを食べると、ふたたび先端の部分が閉じ、ロケットは飛び立ち、自動的に地球へと帰ってくるしかけになっているのです」

「なるほど。これで無事に戻ってくれば、ヘビが行っても大丈夫、すなわち、人間が行っても安心と、判断できるわけですね」

「そうです。わたしたち人間にかわって、ヘビが身をもって調べてきてくれるのです」

 みなは、感心してうなずいた。しかし、ひとりが気になる点を質問した。

「こんなことはあまりないでしょうが、たまたま着陸した場所が噴火口のなかだったとか、ロケットから出たとたんに猛獣にふみつぶされたりした場合は、困りますね」

「もっともな心配です。しかし、その問題はロケットを一台だけでなく、何台か送れば解消すると思います。みながみな、そんな不運な事故にあうこともないでしょう。要するに、一匹でも帰ってきてくれれば、その星の安全性が確認できるのですから」

 学者たちは、この案に賛成した。探険隊を送るより、はるかに安上がりだし、人間が危険をおかさなくてもすむ。さっそく十台ばかり作られた。それぞれにヘビが入れられ、ロケットはめざす星に向けて、つぎつぎに発射された。

 あとは、帰るのを待つばかり。だが、予定の日がすぎ、いくら待っても、一台も帰ってこなかった。

「どうもだめだったようだ。ロケットから出たとたん、ヘビたちは死んでしまったのだろう」

「気の毒な気もするが、結果は得られたのだ。人間が行っても、生存に適さない状態であることが、判明した。あの星への大がかりな探険計画は、当分のあいだ延期して、べつな星を目標とすべきだ」

 地球上でこのような会話がかわされている時、ヘビたちはどれも、まだ死なずにいた。生存に適さないどころか、地球以上に、生きるのにつごうのいい星だったのだ。食物となるものは、いくらでもある。たとえばカエルにしても、地球のより肉づきがよく、味もいい。ヘビたちはロケットから出たとたん、それらを思う存分に食べはじめたのだ。

 ロケットの奥にあるエサなど、どのヘビも見むきもしない。また、たとえそれを食べる気になったとしても、腹が大きくふくれていては、入口でつかえて、もぐり込みようがないのだった。

  鬼

 むかし、むかし、あるところに、鬼が住んでいた。

 そもそも、鬼はいったい、どこに住んでいたのだろうか。雲にかすむ遠い山脈をいくつも越えた、名もしれぬ山のほらあなのなかで「どうして人間たちから仲間はずれにされるのだろう」と、冷たく降りそそぐ雨のしずくに、ぼんやりと目をむけて、孤独の自分を見つめつづけていたのだろうか。

 だれだって物事をこんな風にロマンチックに考えたいが、本当のところ、鬼たちはもっと景気よく暮らしていた。鬼が存在するからには、その両親だってあるはずだし、兄弟などの家族もたぶんいる。そう、鬼たちも、大ぜいで社会を作って暮らしていた。

 鬼の国は暖かい南の、まわりをまっ青な海にとりかこまれた島にあった。こんもりとした古い松の木は、海岸のがけの上から白い波がしらにむかって手をさしのべ、その影の下では大小の魚が、虹のような海藻のあいだを群れていた。

 島の中ほどの畠では豊作がつづき、幸いなことに、いろいろな鉱物もとれた。新鮮な空気と輝やかしい日光のため、服装の心配はなく、慈悲ぶかい王様のもと、鬼の国には平和な年月がつづいていた。

 しかし、自然のめぐみと慈悲深い王だけで、平和な社会が保てるものではない。平和には、悪の抹殺が必要だった。鬼の社会にだって、社会があるからには秩序があり、秩序を乱す者は、制裁をうけなければならない。

 そして、ちょっとだけ、その刑が重かった。窃盗、強盗、傷害、殺人などの反社会的な罪をおかした鬼は、大衆の要求で、王の手により首をはねられた。なかには、

「なにも、殺さなくても……」

 と言う鬼もたまにはいたが、大部分は、

「税金の無駄さ。犯罪者を、われわれの税金で養えとでも言うのかい」

 といった、しごく健全な意見だった。

 いつでも、どの国でも、王様ぐらい一見おもしろそうで、その実こんなつまらない商売も少ないが、鬼の国でも同じといえた。

 いかに国民のためとはいえ、処刑の役目を押しつけられては、たまったものではない。そこで、島に月のない夜が訪れると、王は処刑を待つ鬼たちの牢に、静かに近よる。

「ああ、わたしの不徳のいたすところ、おまえたちに罪をおかさせてしまった。なんとか助けてやりたいとは思うが、ここは、大衆の意見の強い国だ。わたしにできることは、これぐらいしかない。もう二度と戻ってくるなよ」

 と錠をあけ、岩かげにかくしておいた小舟に案内する。

「そんなことをしては、王様があとで……」

 と言いかけるのにむかって、王はにっこり笑う。

「その心配はいらない。岬のさきにある墓地に、あとで、おまえたちの人数だけ棒を立てておくからね」

「なんという、ご仁慈」

「お礼の申しようも……」

 小舟の上の犯罪者の鬼たちは、ひれ伏しながら涙を流し、星影だけの暗い海の上を、海流に乗って遠く流されていった。

「おおい、まじめになるんだよ」

 王は磯の香のたちこめる岩の上に立ち、せのびをし、ひとりでいつまでも手を振っていた。ヒューマニズムに加え、センチメンタリズムとナルシシズムをかねそなえた王は、

「これこそ、まさに王者の娯楽」

 と、ぞくぞく身ぶるいしながら悦に入り、小舟のかくれ去った水平線にむかって、いつまでも手を振りつづけ、無上の快感を味わうのだった。

「なんという、ご仁慈」

 小舟の上でも、鬼のひとりはまだ手を合わせていたが、ほかの鬼に背中をこづかれた。

「おい、もういいかげんで、やめたらどうだ。いつまで、そんなかっこうでいるつもりだ」

「ああ、もう王のお姿は見えないのか。助けていただいて、本当にありがたいことだな」

「なんだ、ありがたいだと。ちっとも、ありがたいことなんか、ありはしない。これからわれわれは、どうなると思う。見知らぬさびしい土地に流れついて、じわじわと野たれ死にするまで、なにをしたらいいのだ。半殺しとはこのことだ。死刑よりもっとひどい。あの王はわれわれが自殺できないことをちゃんと見抜いて、こんな目にあわせたにちがいない。あの、虫も殺さぬ笑い顔を見たか。あれこそ、サジストの人相だ。ばっさり死刑にするのでは物足りなくて、こんなことを思いついたにちがいない。時どき、野たれ死にするわれわれのことを想像しながら、のんびりと酒の味でも楽しもうというところだろう」

「なんという、ご非道」

「そうさ。しかえしをしてやりたいが、島に戻るわけにもいかない。こうなれば、王のもくろみに反して、したい放題のことをやって、うっぷんをはらすことにしようじゃないか」

「そうだ。どうせおいらは、きらわれ者だ」

「ほら、陸が見えた。元気を出せ、きっと酒も女もあるだろう」

 島から流されてきた鬼たちは、いずれも陸にたどりつくまでに、このような決意をみごとにかため終り、あとは上陸して、それを実行にうつすだけとなる。

 鬼たちは、まず馬を盗んだ。悪とスピードが結びつくと、いつの世でも、手のつけられない状態がもちあがる。

 馬に乗った鬼たちは隊を組み、平野だろうが山だろうが、むやみに走りまわり、奇声をあげながら矢をうちまくる。

 馬に荷車をひかせて、のんびりと交易の旅をしていた人びとは、まっさきにやられた。ひそかに山かげの道を通ろうとしても、先まわりをしていた鬼が、短刀をふりかざして、木や岩の上から飛びかかってくる。女たちはさらわれ、それどころか、時には村ごと、火をかけられて焼き払われた。

 このように、したいことをしつづけた鬼たちも、心がまぎれるのは全速力で馬を走らせ、風が耳のわきをびゅんびゅん通りすぎているあいだだけで、あとは、酒を飲もうが女を抱こうが、歓楽のむなしさが身にしみるばかり。

 そんな時には、きまって、王のにやにやした顔が目にうかぶ。このたまらない幻影を打ち払うには、夜が明けるのを待って、隊を組み、馬をとばし、奇声をあげながら矢をうちまくることを、くり返す以外にはないのだった。

 かなわないのは村人たち、海流のかげんで、どこからともなく、つぎつぎと鬼が流れつく。不運といってあきらめるには、被害がひどすぎた。やつあたりしようにも、そんな対象はなく、あっちへ逃げ、こっちにかくれ、心の安まる時は一刻もないようになった。

 なかには、ちょっと小才がきいて鬼の集まるところへ出かけ、

「鬼さん、仲間に入れて下さいませんか。一生懸命に働きますから、きっとお役に立ちますよ。えへへ」

 と、ねこなで声で、話しかけてみたやつもあった。だが、鬼たちは

「おまえらなんかに、われわれの心の苦しみが、わかるものか。なにが、えへへだ」

 と、どなり、酒を飲み、女を抱きながら、歌のようなものを大声でわめいた。えへへと言った男は、たちまち笑いをやめて顔をひきつらせ、とんで帰った。

「なるほど、鬼がああいうものだとは知らなかった。酒を飲み、女を抱くという、楽しくてしようがないはずのことをやりながら、心が苦しいとは、なんのことだ。まったく、世の中でなにが恐ろしいといって、想像もつかない考え方というもの以上に、こわいものはない」

 と、つぶやきながら考えをまとめ、もっともらしい顔つきで、村人たちの集まりにでかけて、呼びかけた。

「さあ、なんとか、みなで力をあわせ、鬼どもを追い払うための戦いをはじめよう」

 だが、だれも相手にしてくれないばかりか、反対にどやされた。

「おい、いまごろ、なにをいうんだ。鬼はウサギとはちがうぞ。少しばかり頭がいい人間と思っていたのに、どうしたのだ。正気なのだったら、まともな案をしゃべってくれ。こういう重大な時に、くだらないことを言って人をまどわすと、ただではおかないぜ」

 あわれな村人たちは、あわれな知恵をしぼり、あわれな案を立ててやってみた。いわく、おそなえもの。いわく、人身ごくう。いわく、まじない。だが、そんなことで、鬼たちの心がやわらぐものではなかった。

「なんだ、こんな物。ああ、だれもおれたちの心をわかってくれない。ちくしょう、王め、島の善良でご立派なやつらめ」

 と、ますます酒を飲み、馬のスピードをあげ、矢を乱射し、あばれ狂った。

 悲惨をきわめた村人たちは、何人かが集まると、

「おれの方が不幸だ」

 と、不幸の度合いをくらべあい、一人の時は

「なんという絶望の時代に、生まれあわせたものだろう」

 と深刻な顔で、天を仰いでなげくばかり。食料も乏しくなり、食べ物といったら鬼が見むきもしないキビぐらいしかなく、それだって食うや食わず、どんな年寄りだって、生きるためにはなにか働かなければならなかった。

 もはや、合理主義ではまにあわない。村人たちは天を仰いでいるうちに、平和な時代には忘れはてていた神のことを思い出し、だれもが心の底から神に祈り、救い主を求めた。

 祈らない者にとっては無縁の神も、こう大ぜいに祈られると、だまっていられなくなるのか、ついに奇跡はもたらされた。

 ひとり息子を鬼に殺され、柴刈りをしながら、ほそぼそと暮らしていたさびしい老夫婦。そこを経由してもたらされたこの出来事については、いまさら、あらためて述べるまでもない。

 成長したこの若者は、あたりから鬼を追い払った。さんざんな目にあっていた村人たちが、いざ勢いをもりかえしてみると、復讐をしたくなったのも無理のない心境だった。

 つかまえた鬼に本拠の島を白状させて、攻撃こそ最良の防御なり、といった理屈をつけ、その若者をおだてたり、泣きついたりして説きふせ、とうとううまく送り出した。

 この世紀の遠征は、みごとに成功をおさめ、宝を山とつんだ車が村にもどった。

「ほら、あの金ぴかの品物」

「あれはサンゴかな」

「ねえ、あの錦の美しいこと」

「ばんざい」

 よろこびの声はあたりにどよめき、なにもかも解決、めでたし、めでたし。

「復讐はいけない」

 と言っていたひねくれ者も、これを眺めては、

「ねえ、みんなが被害者なのだから、公平に分けることにしようよ」

 と、しぜんに顔がほころびた。

 一方、これにひきかえ、鬼たちの島の不運は、いいようがなかった。青空、白い雲、潮風を受けて、犯罪はふえず、平和と繁栄に酔っていた上に、とつぜん襲いかかった無情な嵐。その嵐は、帆をかけ海流にさからって進む一そうの舟となって、近づいてきたというわけだった。

「あの舟はなんだろう」

「漂流しているにちがいない」

「いや、この島と仲よくつき合おうとして、やってきたのだ」

「いずれにしろ、あたたかく迎える用意をしよう」

 しかし、その好意が裏切られるまではすぐだった。

 舟からとび出した、えたいの知れぬ若造の指揮のもとに、暴れまわる畜生たち。えさに釣られて仕込まれてでもいるのだろうか、うなり声とともに、おそろしい歯をむき出して足にかみつき、きたならしい爪で顔をひっかく。なかでもとくに残酷だったのは、鋭い口ばしで目玉をつつき出す鳥だった。

 驚きながらも、なにか話しかけようとした王の首を刀ではねた若造は、命ごいする鬼たちにむかって、

「改心しろ」

 と、ふんぞり返り、宝物のありったけを強奪した。

「なにを改心しろというのだろう。われわれが盗んできたとでも、考えているのだろうか。あの品物は、この島でなければ作れないものだぐらい、見ただけでもわかるはずだ」

 小声でつぶやく者はあっても、血に狂った若造に、面とむかって言える鬼はなかった。

 引きあげていった若造たちのあと、いつもと変わらぬ南の明るい太陽が、惨殺されたたくさんの死体を照らしていた。

 あまりの変わりように、生き残った鬼たちはすべて気抜けし、悲しみにひたることもできなかった。

「どういうことだろう」

「とても信じられない」

 と相手かまわず話しかけ、事態をなんとか理解しようとするのが、せいいっぱい。だが、日がたつにつれ、少しずつ考えをとりもどした。

「あまりにも長く平穏になれすぎ、世の中には大きな悪のあることを忘れていた。これはそれに対する、いましめなのだ」

 と反省したり、

「早く再建し、もう二度とこんな目に会わないように、心がけよう」

 と、しごくまともなことを、まじめな顔で言いあった。

 さらに時がたつにつれ、この悲惨な事件の思い出は、いくらか薄れていった。しかし、決して忘れられず、かえって、ますます思い出されるのは、持ち去られた宝のことだった。

「死んだ連中はもう成仏したころだが、宝物をとられっぱなしという話はない」

「そうだ。われわれや死んだ連中は、あきらめればすむが、これから育ってくる子供たちが、かわいそうだ」

「悪をのさばらしておくのも、悪だ」

 意見は一致しているのだから、ここでも理屈は、どうにでもついた。

「まあ、早まるな。相手は手ごわい。へたに乗り込むと、かえり討ちにされる。まず、ようすをさぐってからだ」

 選び出された機敏な鬼の若者は、舟をあやつって海にのり出した。

「しっかりたのむよ」

 みなの期待をうけた若者は、陸にたどりつき、かたきのすみかを探って、くわしい報告を島にもたらした。

「やっと見つけましたが、いやもう、大変なやつです。持ち帰った宝は、ほとんど自分がひとりじめにし、大きな邸のなかで美女をはべらし、朝から晩まで酒びたりの勝手きまま。育ててくれた老夫婦が生きているうちは、まだしもひかえ目だったらしいが、いまでは、だれも手がつけられない。でっぷりふとって赤ら顔。いやらしい目つきで、なにもかも言語道断です。あんなやつを生かしておいては、天が許しません。早くやっつけましょう」

 鬼の若者は、正義感に身をふるわせて憤慨した。それを聞いて、老人の鬼が意見をのべた。

「ふとったとは好都合だ。島から持ち去ったカクレミノも、もう着られまい。むかしほど強くはなさそうだが、充分に準備をして行くのだぞ」

 作戦が立てられて、島の洞穴のなかで秘薬が作られた。この作り方は、むかしから口伝されていたので、あのいまわしい強奪の時にも気づかれないで、難をまぬがれていた。

「まず、宝物をかえせと交渉して、応じない時に、その薬を使え。にくむべきはあの男ひとり、宝物さえかえれば、それでいい。ほかの村人たちには、手を出すなよ」

「わかりました」

 鬼の一隊は、薬をたずさえて島を出た。

「やい、宝物をかえせ」

 美女のひざでうたた寝をしているところを、たたきおこす。

「なんだと」

 と、うす目を開けるのにむかって、

「おとなしく宝物をかえせば、許してやる」

 と言い渡した。

「やあ、なんだ鬼か。みつぎものでも持ってきたのかと思ったら、なにを言う。すると、前に改心すると言ったのは、でたらめだったのか。まったく、図々しいやつらだ。盗人たけだけしいとは、このことだな」

 酒でいくらかぼんやりした頭でも、鬼を見ると、青年時代を思い出し、元気が戻った。これを聞いた鬼たちは、驚いた。

「その言葉を、こいつから聞こうとは。宝をひとりじめにして、酒と女か。泥棒め」

「やい、おれがなにを盗んだ。この宝は、お礼に村人たちからもらったものだ。あれだけ働いたのだから、一生遊んで暮らせるだけのものをもらっても、文句はあるまい。酒の好きなのは体質で、金があるから、たくさん飲めるまでだ。女もみな、むこうから寄ってきた。これも体質だから、仕方がない。もっとも、なかには金めあてのもいるだろうがね。あはは。まあきみたち、そうすごまずにおとなしくしていれば、なにかめぐんでやらないこともない。どうだ、すわって一杯飲まんか」

 酒くさい息を吐く。鬼たちは、かっとなる。

「これは驚いた。反省の色が、少しもない」

「もう、これ以上がまんはできぬ」

 鬼のふりかざした壺から白い液が、さっととび散り、ふとったからだでは、身をかわすひまもなかった。

「反省とは、なんのことだ」

 と身を起こしかけた時は、もう手おくれ。秘薬のききめで、からだが少しずつちぢみはじめていた。鬼たちは、あわてふためく美女たちをなだめた。

「さわがなくてもいい。宝物さえかえしてもらえば、乱暴はしない」

 鬼たちは、とりかえした宝のなかから代金を払って車を買い、それに宝物をつんだ。

「そろそろ、ひきあげるか」

「正義の勝利は、気持がいいものだ」

「そうそう、やつはどうなった」

「みろ、こんなに豆粒のように縮んだぞ。どうしてくれよう」

「川へでも投げ込め」

 鬼のひとりは、そばに生えていた桃の木から、実をひとつもいだ。

「このなかに押し込んで流すか」

「それもいいだろう」

 桃の実に木の枝で小さな穴をあけ、そのなかに詰めこんだ。

「おととい来い」

 桃の実は二、三べん浮き沈みして、川をゆらゆら流れはじめたが、鬼たちはそんなものには目もくれず、島の歓呼と、これからふたたび築かれる平和と繁栄を思い浮かべながら、うきうきと車をひきはじめた。

 すべては灰色の時間の霧のかなたに薄れ去った、むかしの話。だが、冬の夜に語り伝えられるうちに、いまではずいぶん変わってきている。

 それでも、時たま子供たちは、この物語りの真相を知ろうとして、鬼ごっこという遊びを試みる。するときまって、

「逃げる方が鬼なの、追っかける方が鬼なの」

 と、だれかが言い出し、そこでみな、ちょっととまどうのだ。

  取立て

 エヌ氏は、金融業者から金を借りていた。そして、返済の期日となった。当然のことながら、金融業者がやってきて言う。中年の男だ。

「ひとつ、お約束どおり、お貸ししてあるお金を、かえしていただきましょう」

 エヌ氏は答えた。

「もちろん、おかえしいたします。しかし、元金だけですよ」

「利息のほうは、どうなのです。ははあ、しばらく待ってほしいと、おっしゃるわけですね」

「しばらくどころか、永久に払わないつもりです。払うべきでないと思うからです。覚悟して下さい」

 これには、相手も驚いた。

「ご冗談は困ります。わたしはあなたを信用して、お金をお貸しした。払っていただかなければ、困りますよ。これがわたしの商売なんですから。世の中のきまりです」

 エヌ氏は反論した。

「いったい、お金を借りたら、なぜ、利息というものを、払わなければならないのです。その説明をして下さい」

「ふざけるのは、いいかげんになさって下さい。こっちは、いそがしいんです」

「ふざけてはいません。まじめです」

 とエヌ氏が言うと、金融業者は顔をしかめた。

「変なことに、なってきたな。利息をまけてくれと泣きついてくる人には、会ったことがある。払えない勝手にしろと、いなおる人も、たまにはある。しかし、こんなふうに質問されたのは、はじめてだ。頭がおかしいのじゃないのかな、……なぜっておっしゃるが、金を借りたら利息を払うものと、きまっているじゃありませんか」

「だれが、どういう理由できめたのです。それを教えて下さい。さあ……」

「弱ったな。そこまでは知りません、しかし、あなたも利息を払うことを承知し、この通り約束なさったじゃありませんか」

 金融業者は、カバンから証書を出した。手渡すと破かれるかもしれないと警戒し、少しはなれたところで、ひらひらさせた。しかし、エヌ氏はそれを眺めながら言った。

「その時は、わたしが無知だったからです。だが、いまは事情がちがいます。わたしは、めざめた。利息の不当なことを、さとったのです。だから、絶対に払いません」

「むちゃな。理屈もなにも、ないじゃありませんか。利息を取るのは、法律もみとめているんですよ」

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