饭饭TXT > 海外名作 > 《ちぐはぐな部品(日文版)》作者:[日]星新一【完结】 > 星新一《ちぐはぐな部品》.txt

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作者:日-星新一 当前章节:15400 字 更新时间:2026-6-16 01:47

「そもそも、そんな法律がいけないのです。金が人間を支配するなど、許しがたいことだ。そちらが法律に訴えるのなら、こちらもあくまで争う。最高裁判所まで、がんばる。そこでも負けたら、一大国民運動をおこし、法律を変えさせる。海外にも呼びかけ、全人類の良識に救いを求める。世界をゆりうごかし、新しい世紀への大行進を展開する。これこそ、いまやわたしの信念であり、信仰でもあります」

「やれやれ、とんでもないやつに、金を貸してしまったものだ。お話にならない。まあ、また日をあらためて、まいります。頭をひやしておいて下さい……」

 金融業者はあきれ顔で帰っていった。

 しばらくすると、ひとりの青年が、エヌ氏を訪れてきた。

「うわさによると、あなたは利息は不当だとの新説を、おたてになったそうで……」

「もう評判になりましたか。そうなんですよ。よく来てくれました、お話ししましょう。そもそも……」

 エヌ氏はとくいになり、また、怪しげな説をふりまわした。しかし、青年は目を輝やかせながら熱心に耳を傾け、うなずきをくりかえした。

「ああ、なんとみごとな、お説でしょう。すばらしい。利息というものをはじめて発明した人も偉大だが、そのご、長いあいだ世の中を支配したその常識をくつがえしたあなたは、もっと偉大です。天才と言うべきか、革命者と言うべきか、新しい教祖と言うべきか、ほめる言葉に迷ってしまいます。必ず歴史に残るでしょう」

 エヌ氏は喜んだ。

「賛成していただけて、うれしい」

「ぼくに、ぜひお手伝いをさせて下さい。あなたのお説を、さらに完全なものにして、相手をやっつけてあげます。ぼくにやらせて下さい。その金融業者の野郎を、あしたでも呼んでおいて下さい」

 その作戦どおり、つぎの日、金融業者がやってきた。エヌ氏は一室に案内し、あとは青年にまかせて相手をさせた。

 室内では議論が展開されている。青年の大きな声が、エヌ氏の耳にも聞こえてくる。

「こんな簡単なことが、わからないのか」とか「哲学的神学的に分析すれば」とか「この、もうろくやろう」とか「時間と物質との関連を、四次元的に図解すれば」とか叫んでいる。

 エヌ氏は、感心した。最近の若者のなかにも、優秀なやつがいる。まるで、一心太助とアインシュタインを、足して二で割ったようではないか。

 数時間ほどの激論のあと、金融業者はすごすごと帰っていった。青年はエヌ氏に報告する。

「この通りです。元金だけで承知させました」

 そして、証書を見せる。エヌ氏の借用証に、まちがいない。

「本当に承知したのか」

「ええ、そうですよ。反論の余地を与えず、言い負かしました。相手のくやしそうな顔といったら……」

「そうだろう、そうだろう」

 エヌ氏もまた、うれしそうだった。だが、青年は、証書を受け取ろうと、手を出したエヌ氏に言った。

「しかし、ぼくへのお礼を払っていただかないと、この証書はお渡しできません。きょうの議論にそなえて、昨夜は眠らずに勉強しました。また、きょうの応対だって、緊張のしつづけで、頭も使いました。これは、正当な働きでしょう。報酬が必要です」

「それはそうだ。払うとも。こういうことに対しては、払わなくてはいかん。わたしも、いい気分だ。気前よく、払わせてもらうよ」

 エヌ氏はかなりの札束を出し、青年に渡した。

 青年は家に帰って父親に言う。

「おとうさん、うまくいきましたよ。この通りです。入金して下さい」

 父親である金融業者は、目を細めて言う。

「おまえの才能には、舌を巻いたよ。わしのあととりとして、立派なものだ。もうろくよばわりされた時など、金のためにはこんな作戦をも思いつくおまえに、心から敬服した。おまえの代になったら、この店は何十倍にも発展することだろう」

  救世主

 ケンタウルスが、長いあいだ地上を荒らしまわっていた。これほど強力で恐怖にみちた相手はなく、人びとは一撃で倒され、対抗しようにも、手のつけようがなかった。ケンタウルスというと、星座の名前としか思っていない、かたよった頭の持ち主もあるが、この場合、星座の名ではなかった。ギリシア神話の動物である。下半身が馬、上半身が人間に似ていた。

 そんな伝説上の動物が、とつぜん出現してくるはずがないではないか。恐竜とちがって、化石も残っていない。とぼしい科学知識をふりまわし、口をとがらせて、こんな文句を言いかける人があるかもしれない。また、さては人馬の混血だな、男と牝馬のあいだだろうか、女と牡馬だろうかと、好色的な興味で、にやりとしかける人があるかもしれない。だが、事実、出現したのだし、混血の産物でもなかった。彼らは、ケンタウルスから来襲したのである。

 ケンタウルスというと、ギリシア神話の動物としか思っていない、かたよった頭の持ち主もあるが、この場合、伝説上の動物の名ではなく、星座の名である。すなわち、ケンタウルスの方角からやって来た動物が、ケンタウルスと呼ぶべき形をしていたのであった。

 人間は自分も動物のくせに、動物という言葉を見ると、一段劣った動物のことと考えるが、それは人間以上の動物が、ほかになかったからである。たしかに、彼らの来襲までは、地球では地球人が地球最高の動物であるというのが、地球人の常識であった。

 しかし、いまや、ケンタウルスからケンタウルスが乗り込んで来た。こうなると、地球人は地球人の称号を返上し、地球上の一動物の地位に後退すべきであろうか。それとも、ケンタウルスからケンタウルスがやってきた瞬間において、地球はケンタウルスの一地方に転落したと考えて、地球人と称しつづけてもかまわないものであろうか。ただし、この場合は、地球人という語を、ケンタウルスの二流動物の意味に扱わなければならない。

 さて、地球人たちは、このような状態におちいり、だれもかれも「畜生」と叫んだ。畜生とは、正確には四つ足をさす呼び名である。二本足の動物を畜生と呼んでこそ|蔑称《べっしょう》となるのだが、四つ足を畜生と呼んでも、蔑称にはならなかった。論理的に言えば、相手を相手より一段劣った動物、つまり「人間」とでも呼べば蔑称になるのだろうか、どうもそうはできなかった。人間は論理の動物ではなく、やはり感情の動物だからである。

 ケンタウルスからのケンタウルスには、四つ足のほか、手まであった。数を合計すれば六本。正確、かつ論理的、感情的な蔑称は「虫ケラ」とすべきであった。だが、どうもそうはできなかった。相手は強大であり、そのような印象があてはまらないためである。さらに正確にいえば、人間のほうこそ虫ケラであった。人間対虫ケラの状態が、ケンタウルスからのケンタウルス対人間の状態に等しかったのである。

 すべての点で、歯が立たなかった。もっとも、これは単なる形容であり、その頃の人間たちに、歯はなかった。人間の進化という現象が、人間の歯の退化という現象を、もたらしていた。歯ぎしりしてくやしがることも、できなかったのだ。数十世紀にわたるソフトで、清潔で、怠惰な生活は、人間の心身をすべての点で、ソフトで、清潔で、怠惰なものに変えてしまっていたのである。

 たとえば、地球人は、どこへ行くにも乗り物を使わなければならないが、彼らはどこへでも行ける。公共的な交通機関と、個人用の乗り物の、燃料貯蔵庫を押さえられてしまい、どうにも動きがとれなくなった。反抗しようとすれば、足でけられ、一撃で倒される。まったく、お手あげとなった。もっとも、これは単なる形容ではなく、そのころの人間たちの手はまだ退化していず、その手を絶望的に上にあげたのである。人間どうし、おたがいの連絡はとれず、じわじわ迫る滅亡を待つばかり。

 しかし、その時。ひとりの救世主が現れた。正確には真の救世主でなく、結果において救世主的な行動になっただけのことだが、いまは簡単に、救世主と呼んでおく。

 いや、問題はそこではない。簡単に救世主が出現するという現象があまりに安易である、などと安易な文句をすぐに持ち出したがる、かたよった頭の持ち主があるかもしれない。だが、事実を記述する際に、ためらいは許されないのだ。まだなにか文句を言いたい人は、国乱れて忠臣あらわる、という古代からの歴史の原則に対し、実証的な反論を用意して出直すべきではなかろうか。そのあいだに物語りのほうは、自動的に佳境に進んでしまっている。

 ところで、その救世主は男であり、学者であった。専門は古代からの歴史の研究。もっとも、大学者というほどのものではなく、また、地球の危機を見かねて、決然と立ったのでもなかった。この点は一般の物語りの定石に反しているが、事実を記述する際に、ためらいは許されない。第一、ソフトで、清潔で、闘争力まで失ってしまった怠惰な人類の一員に、立つことなどができるわけがなかった。くどいようだが、結果として救世主的なことになっただけなのである。しかし、成算が全然なかったのでもなかった。

 彼はかつて発掘した、小型のタイムカプセルを所蔵していた。大むかしの地球、未開野蛮なる時代の人の手で埋められたものに、ちがいなかった。しかし、彼はまだ、その内容を知らなかった。あけて見なかったのだ。べつに、ふしぎではない。タイムカプセルの外側に文字が書かれてあり、彼にそれが読めたからである。大意はこうであった。

「宇宙から攻撃を受け、いよいよ最後という時にあけること。それまでは決してあけるな」

 彼はそれに従ったまで。未開野蛮なる時代においては、あけるなと指示されると、すぐにあけたらしいが、この時代では、あけるなと指示されると、あけなかっただけのことなのだ。べつに、ふしぎではない。

 彼は、いよいよ最後というべき時であろうか、まだ最後ではないのであろうかと、あれこれ考えたあげく、最後に、いよいよ最後と判断し、それをあけた。

 なかには一枚の紙片が入っていた。「これを読め」とうながしている。一種の|呪《じゅ》|文《もん》のように思われた。彼はその簡単な文句を、くりかえし口にした。

「なむあみだぶつ、なむあみだぶつ……」

 即座には、効能はあらわれなかった。呪文というものは、何回ぐらいくりかえせばいいのだろうか。彼はそれを知らなかったし、紙片にも、その指示はしるされていなかった。ばかばかしい気がしないでもなかったが、彼はつづけた。なぜなら、ほかに、どんな方法があるというのだ。彼は、呪文をとなえつづけた。未開野蛮なる時代においては、効果がないとすぐに中止してしまっただろうが、この時代では、そうでなかった。

 そして、やがて、効能があらわれてきた。ケンタウルスからのケンタウルスたちが、あれほど猛威をふるっていたにもかかわらず、どことなく浮足だってきたのである。

 彼はそれに勢いを得て、となえつづけ、ついに、ケンタウルスからのケンタウルスたちは、ケンタウルスへと撤退していった。

 すべては、ケンタウルスからのケンタウルスの占領以前の状態に戻った。地球人は自分たち地球人を、だれはばかることなく地球人と呼べるようになった。畜生を畜生と呼べ、虫ケラを虫ケラと呼べるようになり、言語の混乱は消滅した。すべてとはいっても、完全にすべてではなかった。昔にくらべ、新しいことばがひとつ加わっていた。いまや、地球人の合言葉となった「なむあみだぶつ」のことである。

 人と顔をあわせると「なむあみだぶつ」と、声をかけあう。子どもが生まれた時をはじめ、おめでたい時には「なむあみだぶつ」と、うれしそうに言う。もちろん、葬式のような不吉な場合には、使われなかった。

 とくにケンタウルスからのケンタウルスの撃退記念日には、あらゆる人が、あらゆる場所で声をあわせ「なむあみだぶつ」と叫ぶ。大むかしにおいて、すでにこのことあるを予想し、このようなタイムカプセルを埋めておいてくれた人物、真の救世主、真の予言者への感謝をあらわすためである。

 あのタイムカプセルを所蔵していた歴史学者が真の救世主ではなく、救世主的なものにすぎないと念をおしておいたのは、このためである。人びとは歴史学者に質問し、その真の救世主の名を知りたがった。学者はカプセルを調べて言った。

「まことに残念ですが、そのかたのお名前は、わかりません。謙虚なかたであったにちがいありません」

 その真の救世主、あるいは物好きな人物と呼ぶべきであろうか、彼が天国でこれを知ったら、おそらく微笑したにちがいない。なぜなら、彼はカプセルのなかに、紙片とともに虫を封じこんだのであったからである。その思いつきのきっかけは、幼時にうけた虫封じの秘法からであった。だが、動機は、もっと深遠な慈悲の心からであった。彼は地球が清潔化の傾向をたどることを予想し、虫の絶滅するのをあわれみ、カプセルに入れたのである。人類絶滅のあとにおいて、ふたたび明るみに出られるようにと。さすが救世主となるだけのことはあって、心やさしい人物と言わねばならぬ。

 ただ人類絶滅の時に開けるべしという指示が、指示どおりに行なわれたため、人類絶滅が人類絶滅でなくなり、人類絶滅を防ぐ結果になってしまったのは、唯一の誤算であった。しかし、救世主は神ではなく、あやまちをおかすこともある人間である。このことは、救世主の価値をそこなうものではない。

 いっぽう、救世主の慈悲を理解せぬ虫たちは、カプセルの暗黒に閉じこめられ、うらみつらみを燃えたたせつづけていた。もし、ふたたび明るみに出ることがあれば、その時こそ、ただではすまさぬ。相手かまわず、ひとあばれしてくれよう。虫たちは数十世紀にわたり、おのれの能力を磨きつづけ、最高度に高めて、待ちかまえていた。

 そして、その計画を実行したまでであった。もっとも、虫といっても、普通の虫ではなかった。虫から見て、虫ケラのごとき存在の虫であった。その名は水虫。水虫といっても、水に住む虫では……いや、こんなことは今さら説明の要もあるまい。また、人類は歯のみならず、足も退化し、この時代にはほとんど……いや、こんなことは今さら説明の要もあるまい。

  出入りする客

 その大杉という男は、四十歳ちょっとの年齢。彼は医師であり、医院を経営していた。それは商店街と住宅地との境のような場所にあり、いろいろな患者がやってきて、けっこう繁盛していた。

 午前中は医院にやってくる患者を診察し、午後は往診に出かけ、夕方はまた医院で患者を相手にする。まあ、医師として普通の日常だった。往診の仕事のない日の午後は、二階の自分の部屋で書類の整理をしたり、医学雑誌を読んだりする。

 その二階の部屋の窓からの眺めは、あまりいいとはいえなかった。商店街が見えればいちおうはなやかなのだが、そのひとつ裏通りとなると、なんの特徴もない。大杉は、そとの景色に関心を抱いたことがなかった。

 しかし、その日、彼はぼんやりとそとを眺め、質屋の看板が出ている店のあることに気がついた。

「あんなところに、質屋があったんだな。いままで気にとめたこともなかったが、ずっと前からあったのだろうか……」

 大杉の医院は経営順調で、金に困ったこともない。したがって、手軽な金融機関である質屋に、金を借りにゆく必要はなかった。また、質屋とはあまり目立たないように商売をするものだし、そう大きな店でもなかった。そんなわけで、いままで大杉は、見すごしていたのだろう。

 なんとなく眺めていると、包みをかかえた三十歳ぐらいの男が歩いてきて、その質屋の前で足をとめた。そして、あたりを見まわし、すばやくなかへはいっていった。金に困っていることを他人に知られるのは、いやなものだ。その気持ちが、あんな動作をとらせるわけだろうな。また、質屋に出入りする人をじろじろ見つめるのも、失礼なことだ。

 大杉は、自分も失礼な人間ということになるのだろうなと思いながらも、退屈なので、あれこれと想像をめぐらせた。いまの人、|質《しち》|草《ぐさ》になにを持っていったのだろう。小型テレビだろうか、カメラだろうか。金を借りて、なんに使うのだろう。バーへの支払いか、旅行の費用かなにかかな。このごろは昔とちがって、生活費のやりくりのために借金する人は、少ないんじゃないかな……。

 質屋にはいっていった男は、なかなか出てこなかった。ひとのことなどどうでもいいけど、金額で、もめているのかな、あそこの主人と、雑談でもはじめたのだろうか。そんなことまで想像しかけた時、やっと出てきた。さきほどの包みは、かかえていない。うまく金を借りたらしいな。

 ひとごとながら大杉はほっとしたが、同時に彼は、ふと変な感じがした。なぜそんな感じがしたのか、最初は自分でもわからなかった。しかし、やがて気がつく。いま出てきた人が、さっきはいっていったのと別人ではないかと思えたのだ。服装は同じようだが、どこかちがう。歩き方がちがうようだ。

 といっても、さっき、さほど注意していたわけではないので、断言はできなかった。いまさら確認のしようもない。また人間というものは、金を借りる前とあとでは、足どりもちがうだろう。大杉の頭には、もやもやしたものがひっかかり、気になる感じが残った。

 そんなことは、すぐ忘れてしまうのが普通だが、またつぎの日に、同じ窓からそとを眺めると、しぜんと思い出してしまうというのも、普通よくあることだ。二階の室でひまになると、大杉の目は質屋へのお客をさがし求めてしまう。もちろん、電話があったり急患があったりすれば、本職第一で、質屋のことなどどうでもよくなる。だから、なかなか結論はでなかった。

 しかし、何日かたつにつれ、店にはいっていったのとちがう人が出てくるようだとの印象は、ますます強くなっていった。女の客がはいって行くこともある。包みを持たずに出てくるのだが、服は同じようでも、髪の形があきらかにちがっていたこともあった。少しやせて出てくる場合もある。あの店は質屋であって、美容院やスタイル調整所ではない。別人が出てくるとしか、考えられないのだった。

 疑問を持ちつづけるというのは、いい気分ではない。大杉は医院へくる患者に、雑談の途中でそれとなく聞いてみたりする。

「この近くの商店街の裏通りに、質屋さんがありますね……」

 だが、手ごたえのある答えは、えられなかった。「そうでしたねえ」とか「質屋の世話にならなくても、なんとかやっています」とかいう答えが大部分で「借金するのは、体裁のいいものじゃありません。金に困ったら、知りあいに顔を見られないよう、もっとはなれた質屋に行きますよ」と言う人もあった。

 そのうち「あの質屋へは、一回だけ行ったことがありますよ」と言った学生があった。

「どんなようすの店ですか」

 大杉は身を乗り出して聞いた。しかし、学生の答えも、あまり役に立つものではなかった。

「郷里からの送金がおくれて、金に困った時です。しかし、あそこの主人、いやにぶあいそなやつでしてねえ、面白くないんで、そのまま帰ってきてしまいました。商売なら、もっとあいそよくすればいいのに。よその質屋は、もっとサービスがいい。あんなことで、やってけるんですかねえ」

 結局、なんにもわからなかった。昔の思い出話としてならまだしも、いま質屋の常連であると、くわしく話す人はいないのだ。また問題の質屋の主人なるものも、あまり近所づきあいをしないらしく、顔を見た者はあっても、どんな性格で景気はどうかとなると、だれもよく知らなかった。

 どうでもいいことじゃないか。大杉はいつも、そう自分に言いきかせるのだが、二階の窓のそばに立つと、つい眺めてしまう。眺めると、つい考えてしまう。

 どう説明したら、いいのだろう。偶然の重なりなのだろうか。似た服装の先客があって、それが出てきたということかもしれない。それとも、あの家の家族が出てきたのを、お客の帰りとかんちがいしているのだろうか。

 もしかしたら、秘密のパーティーでも開かれているのかもしれない。非合法の賭けかなにかが、おこなわれているのだろうか。しかし、出入りする人たちに、そんな感じはまったくなかった。

 あの店には裏口がべつにあるのだろうか。大杉は外出の時、それとなく調べてみたが、裏口など、ないようだった。となると、地下道があるのだろうか。だが、その仮定は、あまりに飛躍しすぎている。なぜ質屋に、地下道が必要なのだ。彼はにが笑いした。

 大杉は窓のそばに、双眼鏡をおいた。もっとよく観察しようという気に、なったのだ。双眼鏡でのぞくと、質屋へ出入りする人の顔が、大杉のすぐそばに引き寄せられた。その日、彼はそれに熱中し、よそからの電話を居留守をつかってことわった。

 たしかに別人が出てくる。別人でなかったら、顔やからだつきを整形して出てくることになるが、そんなことはありえない。あきらかに別人だ。

 それを確認したとはいうものの、どうしたものかとなると、大杉にはなんの案も思いうかばなかった。警察にとどけても、しようがないだろう。なんの事件もおこっていず、なんの被害者も出ていないのだ。警察としても、本気で話を聞いてはくれないだろうし、そんなことのために人員をさいて、張り込ませたりはしないだろう。よけいなことをしたら、営業妨害になりかねない。

 だが、大杉としては、その先にある事情を知りたかった。手のつけようがないため、その思いはいっそうつのる。

 そのチャンスは、意外に早くおとずれた。もはや習慣のようになってしまっており、いつものように大杉が双眼鏡で眺めていると、質屋からひとりの男が出てきた。そして、あたりを、きょろきょろ見まわしている。

 その時、走ってきたオートバイが、そいつに接触した。きょろきょろ見まわしていながら、よけそこなうなんて、ちょっとどうかしている。そいつは、ぎこちなく倒れた。

 オートバイの人はあわてて停車し、助けおこした。それに対し、たいしたことはないと答えているような身ぶりだった。オートバイは、あやまりながら走り去った。

 いいチャンスだ、と大杉は思った。こんな機会をのがしたら、あとで後悔するぞ。彼は医院を出て、そこへ急いだ。そいつはまだそこに立っていて、足をさすっている。いくらか痛いのだろう。四十歳ぐらいの男だった。大杉は話しかける。

「あなたはいま、オートバイにぶつかりましたね。わたしは、むこうで見ていました。けがをなさったでしょう」

「いや、たいしたことは、ないようです」

 相手は、なまりのある話し方で言い、ほっといてほしいような表情だった。

「手当てをなさっておいたほうが、いいですよ。うんだりするといけませんから、せめて傷の消毒ぐらいは、すべきです。わたしは、すぐそばで医院をやっている者です。料金のことは、ご心配なく。医者として、このまま見すごすことができない気分なのです。さあ、手をお貸ししましょう」

 大杉は早口でしゃべり、相手にいやと言わせるひまを与えず、医院へと連れこんだ。足の傷はたいしたこともなく、骨折もなかった。大杉は薬をぬったあとで言った。

「念のためです。注射をしておきましょう」

 そして、すばやく注射をうった。だが、それはサルファ剤や抗生物質ではなく、自白剤だった。スパイ小説や映画などに出てくる、心のなかのことをしゃべってしまう薬品。といって、そのための薬品が、この医院に用意されていたわけではない。手術の時に使う麻酔薬の一種なのだが、自白剤と同じような作用をも持っていることを、大杉は知識で知っていたのだ。

 こんなことをして、あとで問題になるかなと、彼は考えた。しかし、けがをした患者がいて、痛みがある、それに麻酔薬を使ったからといって、大問題にはならないだろう。いちおう、そんな理屈をつけてみた。

 そのうち、薬は作用をあらわし、男は眠いみたいだと言った。大杉はあいている病室に案内し、ベッドに横たえた。それから、ためしに質問してみる。

「あなたは、どこへ行くつもりだったのですか」

「町を見物に……」

 変な返答だった。質屋へ行く人は、金を必要とする急用があるはずだ。町の見物だなんて、のんきすぎる。大杉はさらに聞く。

「こんな町、どこが面白いんです。見物することもないでしょう」

「面白さには理屈もなにもない。この見物、前から楽しみにしていたんです。みやげ物も買いたいし……」

「そういうものかねえ」

「交通にはくれぐれも気をつけろと、ずいぶん注意されてはいたんですが、つい興奮して、オートバイにぶつかり……」

「いったい、あなたの家は、どこなんです。どこから来たんですか」

「どこって……」

 それまでは質問に答えていたのに、ベッドに横たわっている男は、そこで口ごもった。それにしても、おかしなことばかり言うやつだな、と大杉は思い、さらに追加して注射をした。こんなあいまいな答えでは、満足できない。はっきりした事情を、知りたいのだ。

 薬がさらにきくのを待ち、また質問する。こいつが正気なのかどうか、まず簡単なことから聞くことにした。

「さて、きょうは何年の何月何日でしょう」

「二三八一年、六月九日……」

「なんですって。はっきり答えてください」

「二三八一年……」

 同じ答えが、くりかえされた。ふざけているのだろうかと、大杉は思った。しかし、その可能性はないようだった。普通の状態とちがい、あれだけの注射をうったのだから、うそのつけるはずがない。となると、こいつは未来の人間なんだろうか。半信半疑で大杉は質問した。

「すると、あなたは、過去へやってきたということになりますね」

「そうです……」

 ベッドの男は、薬の作用により表情を変えることなく、単調な声で答えた。

「ありうることなのかなあ。で、この過去の世界から未来へと戻るのには、どうすることになっているのです」

「通行人に気づかれないよう、あの質屋のなかにはいり、わたしの番号、六三二を告げればいい。すると、タイムトンネルによって、帰りつけるのです」

 話の内容は、とてつもないものだった。しかし、うそをついているような感じもなかった。大杉は質問を、さらに進めてみた。

「未来における、いや、あなたの時代において、あなたはどんな生活をしているのですか。世の中のようすは……」

「それは……」

 またも口ごもった声になる。

「あなたの住んでいる家は、どんなですか」

「それは……」

 質問の形を変え、いろいろくりかえして聞いても、なんの答えもでてこなかった。大杉は考え、それについて、ひとつの仮定をたてた。どうやら、未来の生活に関したことは、しゃべれないようになっているらしい。この男の頭のなかに、なにか特殊な心理的なブレーキがほどこされていて、未来の話ができないようになっているようだ。

 そういうものかもしれないなと、大杉はうなずく。未来の人間が過去へやってきて、未来のことをあれこれしゃべると、パラドックスが発生する。

 たとえば、未来の発明品を過去に持ちこんだら、その結果として、未来は変わらざるをえなくなる。アメリカ大陸ののった世界地図を、コロンブスの前の時代のヨーロッパに持ちこむようなものだ。

 ベッドの男は薬のためぐったりとし、眠りはじめた。大杉は毛布をかけてやる。この男の言うこと、本当なのだろうか。それとも、頭がおかしいのだろうか。精神異常で〈おれは未来から来た人間だ〉との妄想を信じこんでいれば、自白剤でも、そのようにしゃべることになる。どっちなのかの判定は、すぐには下せなかった。

「さて……」

 と大杉はつぶやいた。真実なのか狂気なのかの判定は、つけようと思えば簡単だ。自分で行って、たしかめてみることだ。この男の話だと、あの質屋のなかに、未来からのタイムトンネルの出入口があるという。未来は、どうなっているのだろう。のぞいてみたいものだな。その好奇心は、高まる一方だった。

 大杉はベッドの上の男に目をやる。いまがチャンスなのだ。年齢もからだつきも、おれとそうちがわないではないか。大杉はそいつの服をぬがせにかかる。いうまでもなく、自分がそれを着るためだ。

 大杉は質屋の入口をはいった。はいる前にあたりを用心ぶかく見まわしている自分に気づき、彼はにが笑いをした。こんなところで知人に話しかけられたら、金を借りるにしろ、未来をのぞくにしろ、やはり困ってしまうだろう。

 手で押すと、ドアは音もなく軽く開いた。なかは事務所風になっていた。普通の質屋もこんなふうなのかどうか、大杉は知らなかった。骨董品のようなもの、カメラのたぐい、そんなのが一隅の棚に並んでいた。以前にだれかが言っていたように、ぶあいそな感じの男が、大きなテーブルのむこうの|椅《い》|子《す》にかけ、退屈そうにしていた。

 大杉はそいつに言ってみた。

「六三二だ」

「禁制品は、持っていないだろうな」

 とそいつが言った。いったい、なにが禁制品なのか、見当もつかなかった。骨董品や、なにかを撮影したカメラなどがいけないのだろうか。棚に並んでいるのは、その没収品なのかもしれない。しかし、いずれにせよ、大杉はなにも持っていなかった。

「ごらんのとおりだ。なにもないよ」

「みやげ物なしとは、あんたも珍しい人だね。手間がかからなくて、おれにとっては大助かりだ。みんなそうしてくれると、おれは楽なんだがね。しかし、どいつもこいつも、みやげ物をむやみと買いたがる。さあ、むこうのドアへ……」

 そいつはあごでドアを示した。大杉は内心でうなずいた。ここへやってくるやつの包みのなかみは、質草なんかでなく、未来へ持ち帰るみやげ物だったのか。

 教えられたドアは、別室へのものらしかった。大杉はそこへはいる。窓のない殺風景な室だった。なかにはいると、ドアが自動的にうしろでしまった。どうなるのかとの不安を感じる。

 あたりが暗くなり、暗くなるにつれ、大杉は無重力になる気分を味わった。降下するエレベーターのなかにいるようだ。足で床に立っているという感じが、しないのだ。しかし、そのくせ、落下している気分でもなかった。

 といって、静止している感じでもない。どこかへ移動していることはたしかだった。どこへむかってだろう。つまり、これが未来へむかって動いているということなのだろう。

 暗いなかで、大杉の不安はつづいた。しかし、やがてそれも終った。重力感が戻り、まわりが明るくなる。さっきの殺風景な室かと思ったら、そうではなかった。

 見まわすと、まっ白な円形のホール。直径は三十メートルぐらい。彼はその中央にいた。かなり広い感じだった。見あげると天井があり、やわらかな光を放っていた。どうやって、こんなところに移されたのだろう。時間を通り抜けてということなんだろうな。で、ここが未来というわけか……。

 壁の一部が四角く開いた。そこから男が出てくる。からだにぴったりした、銀色の服を着ている。近づいてきて、大杉に言った。

「ご旅行は、いかがでしたか。お楽しみになれましたでしょうか」

「ああ……」

 と大杉は、あたりさわりのない答えをした。

「どうかなさいましたか。ご気分が悪いようですな」

 と聞かれる。なんと答えればいいのだ。大杉はひたいに手を当て、なんとかいいわけをでっちあげた。

「じつは、過去の世界へ行って、オートバイにぶつかった。そのショックのせいか、医者に注射をされたせいか、頭がぼんやりしている。記憶が薄れたような……」

「さようでございますか。時間旅行の帰途にそのような気分になられるかたは、時たまございます。少しお休みになれば、もとのようにお元気になれるでしょう。どうぞ、こちらへ……」

 一室に案内された。ホールの壁の別な一部がさっと開き、そのなかの部屋だ。大杉はそこでひとりになる。スマートな曲線の椅子があった。だが、椅子にすわるのより、未来をのぞくほうが先決だ。窓らしきものがあったが、カーテンがかかっている。それを引いてそとをのぞこうとしたが、どういうわけかカーテンは動かなかった。

 とつぜん、うしろで声がした。

「あたしが、おせわいたしますわ」

 魅力的な女の声。大杉がふりむくと、その声で想像した以上に魅力的な、若い女性がそこにいた。スタイルがよく、肉感的。セミヌード姿で、ブーツをはいていた。大杉は医者であり、普通の人よりはるかに女の裸を見なれているが、その彼でさえ、われを忘れるような美人だった。見ているだけで、ぞくぞくしてくる。

 思わずふらふらと近より、手をにぎろうとする。そのとたん、彼は投げとばされてしまった。どういうことなのかわからないが、床で身をおこしながら、大杉はてれくさそうにつぶやく。

「強いんだなあ……」

「当り前でございますわ。あたくし、ロボットですもの。しっかりなさってください。もう過去の世界から、お戻りになったのですよ」

「ふうん、なるほど……」

 大杉はため息をついて、あらためて見なおした。さすがは未来だ。このようなすごい女ロボットがいるとは。彼は言う。

「記憶を、とり戻さなければならないのだ。街はどんなだったかな。景色を眺めれば思い出せるんじゃないだろうか」

「そうですわね」

 女ロボットは手に持っていた万年筆状のものを窓にむけ、そのボタンを押した。すると、カーテンがさっと開いた。大杉は息をのんで見つめる。

 整然たるビルが並んでいる。にぶい銀色で、上品さがある。清潔感がみちている。ビルのあいだをベルト状の道路が動き、その上に人びとが乗っていた。空は美しくすんでいる。その空の遠くで、円盤状の宇宙船が速力をあげようとしていた。

「あそこが宇宙空港だったな。空港はどんなところだったろう。もう少しで、思い出せそうな気分なんだが」

「では、テレビでごらんください」

 ロボットの女は、壁に描かれている地図の一点にむけ、また万年筆状のもののボタンを押した。すると、そこに映像があらわれた。

 空港のホールの光景らしかった。銀色の服の男だの、黄色いマントの女だの、大ぜいの人でにぎわっている。だが、ところどころに、じつに奇妙な人物もいる。みどり色の大柄のやつとか、白クマのような顔の、ずんぐりしたやつなどだ。目立って異様なのにもかかわらず、だれも平然として気にもとめない。大杉は女ロボットに聞く。

「あの、みどり色のやつは、なんだっけ」

「あら、ベガ星人じゃありませんか」

「そうだ、そうだったな……」

 大杉は口をあわせた。思い出しかけてきたふりをする。いつ、ごまかしがばれ、もとへ追いかえされるかしれない。早いところ、できるだけたくさん見ておこう。大杉は万年筆状のものを借り、地図のべつな地点にむけてボタンを押した。こんどは、すさまじい廃虚がうつった。

「なんだ、こりゃあ」

「第三次大戦の記念廃虚、この大戦のあと、はじめて永遠の平和への基礎が、きずかれたのですわ」

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