饭饭TXT > 海外名作 > 《にぎやかな部屋(日文版)》作者:[日]星新一【完结】 > 星新一《にぎやかな部屋》.txt

文章简介

作者:日-星新一 当前章节:15402 字 更新时间:2026-6-16 01:47

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新潮文庫

 にぎやかな部屋

[#地から2字上げ]星 新一

  にぎやかな部屋

 ここはあるマンションの上のほうの階の部屋。かなり広い。ひとことでいえば応接間兼事務所といった感じが強い。事実、ここに住んでいる家族は、この部屋をそのように使用している。いわゆる家庭生活は、この部屋につづく奥のもうひとつの室が使われているのだ。住人は夫妻とその娘ひとり。どんな商売かは、いずれのちほど……。

 広いばかりでなく、上品で豪華なムードがただよっている。床には厚いじゅうたんが敷きつめてある。応接セットのソファーおよび二つの|椅《い》|子《す》は、皮張りで、どっしりとしている。それに付属しているテーブルもまた高価そうなものだ。これらは応接間らしさを感じさせる部分。

 事務所的な感じのする点は、窓をうしろにし、貫録を示して置かれている机。一流会社の重役室に運んでもおかしくないような品だ。机と窓とのあいだにある椅子も、これまた、それにふさわしいもの。この大きな事務机をはさんで、やってきた来客がすわるための、それよりいくらか貫録のおとる椅子がある。

 机の上に、よけいなものはなにもない。この点も、重役室に似ているといえる。机の上にのっているものといえば、電話機がひとつと、シャープペンシルと表紙のついたメモ用のノート。なぜ表紙がついているかというと、好奇心の強い来客に内容をのぞかれては困るからだ。やはり机の貫録にふさわしいといえるだろう。

 机の上にはもうひとつ、異色なものがのっている。チンパンジーの|頭《ず》|蓋《がい》|骨《こつ》で、まったく妙な存在。なんとなく気になる感じだ。

 その貫録ある大型の事務机のそばに、つきしたがうような形で、小型の事務机がおかれている。大机を重役とすれば、こっちは秘書か受付用といったところ。いうまでもなく、その椅子もそれに応じて小さい。

 部屋の|一《いち》|隅《ぐう》には、書類を整理し保存しておくための金属製キャビネットが二つ並べておいてある。その上には花びんがあり、花がたっぷりいけてある。会社の重役室の花は、予算内で、うるおいへの義理で飾ってある感じのが多いが、ここのには景気のよさがある。もっとも、いけ花の技術の不足を、花の数でおぎなおうとしているような印象、なきにしもあらず。

 部屋のべつな一隅には、|衝《つい》|立《たて》がある。ソフトな色彩の無地で、軽やかな感じ。事実、軽くできていて、下には小さな車輪がついており、簡単に動かせるものだ。衝立のむこうには、なにかがあるようだ。というと意味ありげだが、べつにたいしたものがあるわけではない。長い寝椅子がひとつあるだけ。疲れた時の昼寝用にいい。また、ここではそのほかのことにも使われているのだが。

 壁には絵が一枚かざってある。現代風というのか、抽象がかった明るく楽しい画風。ずばりと形容すれば、スペインの画家、ホアン?ミロの亜流といったところ。

 この部屋には、ドアが二つある。大机にむかって左手のほうに、大きなドアがひとつ。これを外側へ押しあけると、マンションの廊下へと出られる。だから、来客はここから出入りする。当り前のことだが。

 それとむかいあって、つまり大机にむかって右手の壁に、小さなドアがある。これを押し開くと、ここの住人たちの生活しているもうひとつの室に行けるというわけ。

 この部屋、事務所風といっても、住居とドアですぐつながっているので、ビジネス第一という感じが比較的うすい。一般の家の応接間の役割も持っているのだ。

 そのほか、なにか説明し忘れている点はないかな。窓があることはさっきのべた。大机のむこうに大きな窓がある。そのそとの光景は、ここが都会のなかでの一級地であることを示している。一級地といっても、ビジネス街や繁華街のたぐいではなく、交通便利な高級住宅地のなかに建てられているという意味。したがって、閑静とはいえないかもしれないが、騒音だの、品のない音楽だのが聞こえてくることはあまりない。

 その窓には厚手のカーテンがかかっている。厚いために、そとの光をさえぎることもできる。カーテンを全部ひいたら、部屋のなかはかなり暗くなるだろうが、いまは七割ほどあけられており、午前十時ごろの晴れた空からの光を受け入れ、けっこう明るい。

 豪華な印象を与える部屋だ。それぞれの家具が高価であるばかりか、空間をたっぷり使っている。そのぜいたくさをうらやましがる人もあるだろう。いったい、どんな商売をしているのだろう。こんなところに住んでいる人は……。

 大きな事務机の上の電話のベルが鳴りはじめる。鳴りつづける。やがて、小さなドアが開き、十三歳ぐらいの女の子が出てきて、受話器をとる。

「はい。さようでございます。あら、あたしよ。ウサコよ。あら、チコちゃん……。え、宿題のことですって……。でも、学校が休暇になったばかりじゃないの。そう急いでとりかかることなんかないわよ……」

 ウサコはこの家のひとり娘。セーターとスカートという、ふだん着の姿。サンダル風の|靴《くつ》をはいている。受話器をとってよそゆきのあいさつをしたが、電話の相手が同級の女の子だとわかり、くだけた口調になる。

        *

 小さなドアから出てきたのは、ウサコだけではない。そのあとにつづいて、老紳士が音もなくあらわれた。七十歳を少し越した年齢。ひとくちで形容するとすれば、一流会社の社長というところ。それも、貿易商社か情報関連産業、あるいは精密機械の会社といったスマートさのある企業。身だしなみもよく、洋服も現代の流行をそれとなくとりいれた仕立て。姿勢もよく、スタイルも悪くないので、よく似合っている。

 しかし、この老紳士に関して、目立った特徴がひとつある。色彩の変化がないことだ。服もネクタイも、濃淡の差はあれど、すべてブルー。赤や黄色のたぐいなど、少しもない。ブルーと白だけの服装だ。もっとも、顔の色まではブルーではないが、服装がそうなので、顔まで青ざめているようにみえる。いや、ウサコにくらべれば、たしかに青ざめている。

 青ざめているような印象を発散しているのは、その老紳士の表情が悲しげなものであるせいでもある。姿勢はいいのだが、動作となると、しょんぼりした感じを与える。足音がたたないのは厚いじゅうたんの上だからだが、そうでなかったとしても、やはり足音を立てそうにない。

 ウサコの若い活発さにくらべると、まったく、かげが薄いという感じだ。ウサコはひょいと大机に腰かけ、電話のおしゃべりをつづけているが、老紳士はそのうしろにさびしげに立ったまま。

        *

 ウサコは電話を楽しげにつづける。

「いまから宿題のこと、あれこれ考えるなんて、チコちゃん、あなたまじめねえ。早く片づけちゃって、お|家《うち》の人と旅行にでも行く予定かなんかあるの……。そうじゃないんだったら、なにも急ぐことないと思うけどな……。あら、そうなの。あっというような問題をとりあげ、研究報告をまとめ、先生やみんなを、びっくりさせたいってわけね。あなた、ほんとにまじめな勉強家ね。それとも、ひと目をひくのの好きな性質なのかしら。あたしは適当にやっちゃうつもりだけど……」

 電話のおしゃべりはつづく。

「……でも、相談されても、どんなことをとりあげたら先生やみんながあっと言うのか、あたしにもわかんないなあ。社会問題だの、物のねだんだのは、おとなの学者なんてのがやっちゃってるしね。あたしたちの手にはおえないわ。むりにやれば、なまいきに思われるのがおちね。科学的なことも、おんなじだわね。お天気調べなんか、もっと小さな子のやることだし、自分でなにか問題をみつけて調べましょうと言われても、困っちゃうわね……」

 ウサコ肩をすくめる。

「……え、あたしのほう……。この近所にのら犬がいるのよ。このマンションのどこかにいた人が、引っ越す時に捨ててっちゃったのね。小さいけれど、高級な種類のようよ。それが、のら犬になっちゃったの。その犬の一日でも、観察しようかなあって、考えてるのよ……。あら、大変なことはないわよ。窓から双眼鏡で眺めていて、途中は適当にお話を作って、つないじゃえばいいんですもの。おちぶれた犬。みんな、そこんとこでぐっとくるはずよ。人間って、なんて自分勝手なんでしょうって。そこがあたしのつけ目なのよ。犬が夜になってどこで眠るかのあたりをちゃんと書いとけば、観察記録らしく仕上っちゃうんじゃないかしら。でたらめかもしれないと、たしかめにくるはずもないしね。うふふ……」

 ウサコはちょっと笑う。

「……チコちゃんとこじゃ、熱帯魚を飼ってたわね。そこでピラニアでも飼ってみたら。南米の川にいる、人間や牛なんかを、すぐに食べちゃうとかいうお|魚《さかな》よ。パパにねだって買ってもらいなさいよ。そしてね、なにを食べるか、どれくらいの早さで食べるか、観察してみるのよ。カツブシ一本、何匹のピラニアが何分かかって食べるのか、あたしなんか知りたいけどなあ……」

 そうウサコは提案したが、電話の相手はあまり満足しないらしい。ウサコ首をかしげる。

「……あまり気が進まない……。困ったわねえ……。そんな野蛮なんじゃなくて、もっと高級で、チコちゃんにできることとなると……。あ、あった。うちへ来て、ママに話を聞きなさいよ。あたしのママの説だと、人間にはそれぞれ、死んだ人の霊魂がとりついているんですって。こんなことなんか、どう……」

 ウサコはにこにことまわりを見まわす。

「……あら、そこがいいんじゃないかしら。あなたいま、まあ、本当だったらいやあねえって、言ったでしょ。あなたがそう感じるんだったら、先生やほかの人だって、そう思うわけでしょ。みんな、あっと言って考えこむはずだがなあ……」

 しかし、電話の相手は、いまの話に恐怖をおぼえはじめたらしく、ウサコはその対策に手をやきはじめる。

「……そんなに気にすること、ないじゃないの。しっかりしてよ。ねえ。こわがったりしないでよ。ママの思いついた説にすぎないんだからさ。あたしはでたらめだと思ってるのよ。いまの話、忘れちゃってよ……。忘れられないって……。今夜ひとりで寝られそうもないって……。困っちゃったわね。でたらめだってば……。霊魂なんて、あるわけないじゃないの。人間とは、生きているあいだだけのものよ。ね。あやまるわ。元気づけてあげる。これからちょっと会いましょうよ。あたし、このマンションの下で待ってるわ。近くに、おいしいアイスクリームの店をみつけたの。それ、おごってあげるわ。もっと楽しいお話もあるのよ。じゃあね。すぐによ……」

 やっとウサコの電話は終る。受話器をもどし、机からぴょんとおり、部屋のなかを歩きまわりながら、ウサコはつぶやく。

「こわがりんぼ。チコちゃん、まじめなとこあるから、困っちゃうわ。いまの話を本気で考えはじめて、ふるえ声になっちゃうんですもの。だけど、普通の人はそう感じるものなのかしらん。あたしはママが何回もしゃべっているのを聞きあきちゃって、なんとも思わないけどな。親のえらさは、こどもにわからずか……」

 ウサコのびをする。

「……あああ、やっかいなこと言っちゃった。チコちゃんを、どうだまして元気づけてやろうかな。弱っちゃったなあ。うそっぱちだと説明しては、ママの商売をじゃますることになっちゃうし、取り消さないと、チコちゃんは安心しないだろうし、義理と人情の板ばさみってとこね。チコちゃんにとりついてる霊魂は、ピーターパンよ、なんてことで、チコちゃんごまかされてくれないかなあ。童話の主人公も霊魂になりうるってとこを、どううまくごまかすかよね……」

        *

 ウサコが歩きまわるにつれ、かげの薄い青ざめた老紳士、そのあとにくっついて歩く。そして、ぶつぶつつぶやく。

「おもしろくない。ああ、うらめしい。なにもかものろいたくなる……」

 声も表情も、陰気に沈んでいる。しかし、その声も、けはいも、ウサコはちっとも感知しない。かたわらに人なきがごとし。ウサコは少女特有の、いたずらっぽくほがらかな動作。

        *

 ウサコは小さなドアをあけ、そのむこうの室に言う。

「ママ。ちょっと出かけてくるわね。チコちゃんと宿題の話をしてくるの。ううん、すぐ帰ってくるわ……」

 スカートのポケットから財布を出し、そのなかの貨幣を手のひらの上にのせて数え、また財布にもどし、ポケットにしまう。アイスクリーム代のあるのをたしかめたわけ。

 小さなドアをしめ、ウサコは部屋を横切り、大きなほうのドアをあけ、そとの廊下へと出てゆく。

        *

 青ざめた感じの老紳士も、ウサコに引かれるようにして歩き、そのドアから出る。ドアはふたたびしまり、ほんのしばらく、部屋のなかは無人。

        *

 小さなドアから、三十八歳ぐらいの女性があらわれる。ウサコの母、つまりこの家の夫人。どちらかといえば、やせているほう。現代風の普通の洋服を着ている。手に大きな紙ナプキンを一枚もっている。

「机の上だけは、きれいにしとかなくちゃあね」

 まず、部屋の大机の上をふく。さほどよごれていないので、簡単にすむ。大机に付属する豪華な椅子にかけ、チンパンジーの頭蓋骨に片手をのせ、ちょっと神秘的な表情を作ってみる。なれた動作。

        *

 この夫人、ひとりで出てきたのではない。

 そのあとから、大正時代あるいは昭和初期を思わせる服を着た、二十五歳ぐらいの、どことなく古風な感じの青年が、だまって悲しげについてきた。

 この青年も、さきほどの老紳士と同じく、どことなくかげが薄く、白およびブルーの濃淡だけの、単一の色彩の身なり。夫人が椅子にかけると、そのうしろにじっと立ち、時どき、ゆっくりと首を動かし、小さなドアのほうをうらめしげに見る。

        *

 夫人は神秘的な表情をやめ、椅子から立ってカーテンをすっかりあける。部屋はさらに明るくなる。夫人も明るい動作で、掃除をつづける。電話機だの、小さなほうの机だののよごれを、手の紙ナプキンでふきとる。そのうち、勝手なふしをつけた即興の歌をほがらかに口からもらす。

[#ここから1字下げ]

「うちの亭主は、ばか亭主、

 お金のふえるの大好きで、

 お金をふやすの大好きで、

 妻よりずっと愛してる。

 やってる商売、高利貸。

 お金のことなら、にーこ、にこ、

 あたしにゃ、がみがみ、

 お金にゃ、あは、あは……」

[#ここで字下げ終わり]

        *

 古風な青年は、夫人のあとを力なく歩いてつきまといながら、つぶやいている。

「ああ、さびしい。たとえひとときでも、別れるということは、こうもさびしいことか……」

        *

 小さなドアから、やはり三十八歳ぐらいの男があらわれる。ウサコの父にして、この夫人の亭主。すなわち、この部屋を含めた住居のあるじ。自宅にいるわけだが、いつ来客があってもおかしくないという服装。いくらかふとっており、陽性なところがある。

「くだらん歌うたうな。いや、うたうなとはいわん。うたわないでいると、内心のもやもやが発散せず、おまえの精神衛生上よくあるまい。わたしの耳に入らんとこで歌え。おまえはむこうの室を掃除しろ。わたしはここで書類を見る」

「そうするわ」

 夫人は紙ナプキンをくずかごのなかに捨て、小さなドアから別室へ去ってゆく。かわって、亭主が部屋のなかに立つ。

        *

 この亭主のうしろにも、ブルーを基調とした単一色彩の人物が、ものがなしくくっついている。十九歳ぐらいの女性。青年と同様、大正時代から昭和初期にかけての服装。やはり、青ざめたかげの薄い感じ。

 亭主と夫人とがすれちがう時、この女も青年とすれちがうが、顔をみあわせるだけに終る。一瞬間のことなのだ。

 この女、亭主の歩くのにつれ、あとにしたがいつづける。古きよき時代の上流階級を思わせる、しとやかな動作。

        *

 亭主、キャビネットのなかから書類を出し、目を走らせ、微笑する。

「仕事はすべて、万事順調。福の神さま、どうぞ。こちら福の神、そのままつづけて下さい。了解、了解、か……」

 そうつぶやき、書類をもどす。なんということもなく、部屋のなかを歩きまわり、壁の絵の前で足をとめる。手を合わせて絵をおがむ。その一瞬、亭主の顔は真剣になる。これについては理由があるのだが、そのわけはいずれのちほど……。

 亭主はにこにこ顔にもどり、絵を眺め、絵の構図を指でなぞりながらつぶやく。

「なかなかの名作だ。もっとも、わたしがそう感じるだけだろうが、絵なんてものは、それでいい。いつだったか、若い男から貸金のかたにとりあげたものだ。あいつ、金銭を担保にお金を貸してくれ、なんて言いやがった。こっちはきもをつぶしたね。正気のさたとは思えないものな。しかし、この絵の題名が“金銭”だったというわけ。ふざけた話だが、そのユーモアは気にいった。ユーモアはアイデアであり、情報だ。価値がゼロとはいえない。たまには、ああいうやつも来てほしいね……」

 亭主は、そのミロの亜流の絵の前で笑う。

「……しかし、この絵もいろいろと役に立ってくれている。世の中のやつら、金銭の話となると、どういうわけか固くなる。お客との交渉がゆきづまった時、この絵を見せて、そのいきさつを話題にする。お客は笑いだし、こっちはそのすきをついて、商談を有利にまとめてしまう。この絵の入手に使った金の、何倍もの利益をあげた。これからもあげつづける……」

 亭主は絵を眺めなおす。

「……それにしても、いい絵だな。この曲線なんか、複利でふえる率を暗示している。なめらかに、やさしく、しだいに高まる快感のカーブ。明るい色彩。それらが集って笑いを構成している。まさに、“金銭”だ。武士は食わねどなんてのは、はるか昔の道徳律。笑うかどには福きたるこそ、古今の真理。逆もまた真。福すなわち金銭が集れば、しぜんと笑いもこみあげてくるというわけさ。それなのに、銀行員って、なぜ笑わないんだろう。大黒さまみたいな銀行員に会ったことがない。動かしているのが他人の金なので、そんな気にもなれないのかもしれないな。金銭の交通整理係というわけか……」

 亭主、絵の前をはなれ、大机の椅子にかけ、チンパンジーの頭蓋骨にむかい、ふざけ半分の敬礼。それから勝手にうたう。

[#ここから1字下げ]

「うちのワイフは、ばかワイフ、

 つまらんことが大好きで、

 やってる商売、占い師。

 口から出まかせ、舌まかせ、

 吉ですけれど、ご用心、

 凶ですけれど、希望あり、

 あんなことして、どこがいい、

 いんちき商売、いいところ……」

[#ここで字下げ終わり]

        *

 亭主のつぶやきのあいまに、あとにしたがっている、かげの薄い古風な女、時どき悲しげにくりかえして言う。

「ああ、つらいわ、悲しいわ……」

        *

 亭主、応接セットの椅子のひとつに移る。と同時に、小さなドアから夫人があらわれる。

「むこうの掃除もすんじゃったわよ」

 と言い、そばの椅子にかける。

        *

 それにともない、それぞれのあとにくっついている古風なる青年と女、やっと近づくことができた形。二人はあたりかまわず抱きあい、相手の名を呼びあう。

「春子さん……」

「昭一郎さま……」

 いままでの悲しげな表情は消え、うれしさと変る。いつまでもはなれたくないという感じで、ずっと抱きあいつづける。

        *

 夫人、亭主に話しかける。

「あなたって、ばかみたいにお金もうけが好きねえ。お金なら、もう、けっこうたまったじゃないの。一生くってけるぐらいはあるわけでしょ。一生くってけるぶんの何倍もためこむなんて、どう考えたって意味ないわ。ためこんだ金額に比例して、寿命もそれだけ伸びるという原理があるならべつだけど」

「よけいな口を出すな。これはわたしの趣味だ。そのうえ実益と一致しているから、確固たる信念の裏付けもある。なんと言われても、びくともしない。生きがいというやつだ。生きがいは計算を無視する。いま地球上にある核兵器のことを考えてみろ。全人類を何回にもわたって全滅させるだけの量があり、しかも、ますますふえる一方だ。計算上からいえば、一回だけ全滅させる量があればたくさんのはずだ。そこが人類の面白いところさ。生きがいなんだろうな。趣味と実益の一致による現象。わたしも人類の一員だから、かくのごとし。わたしのような者の集合体が人類だから、人類またかくのごとし。うまく理屈が通ってるじゃないか……」

 亭主は楽しげに大笑い。夫人はいささか|軽《けい》|蔑《べつ》の表情。

「でもねえ、金貸しなんて仕事、古いわ。陳腐よ」

「古いということは、人間の本質と結びついていることを意味する」

「もう少し気のきいた生きがいは考えつかないの。利息かせぎなんて、同じことのくりかえしじゃないの。毎回手法を変え、千変万化、アクロバットのごとく利息をかせぐのなら、まだわかるけど、ただただ無限のくりかえし。よくあきないわねえ」

「くりかえしのところにアクセントをおいちゃいかん。無限のほうにアクセントをおいてくれよ。限界のない楽しみとなると、ほかになにがある。スポーツもいいが、その記録にも限度がある。食い道楽もいいが、いかにがんばったって、一回に腹いっぱいぶんしか楽しめない。なにかのコレクションとなると、場所がいる。古道具あつめに熱中してたら、いまはこの部屋もがらくたで一杯、わたしたちはそれに押しつぶされて死んでるぞ。そこへゆくと、金をふやすことには限界がないというわけさ」

「ふうん」

「だがね、べつな道楽を空想してないこともないんだ。貧乏記録、借金の新記録というやつさ。お客の相手をしながら、ふっとそれを考える。一個人で、どれだけの大赤字が作れるものかと。赤字で借金がふえるにつれ、当然お金が借りにくくなる。それがどこまでふやせるかだ。|獅《し》|子《し》|奮《ふん》|迅《じん》、|阿《あ》|修《しゅ》|羅《ら》のような努力を必要とするだろうな。やってみようか」

「ばかねえ」

「それみろ。裏がえしてみて、はじめて表のよさがわかる。そこでだ、おまえのやっている趣味と実益の商売、占い師商売というやつ。これは裏がえしようがない。古くて陳腐だ。金銭の発生より古いだろうよ」

「古いということは、人間の本質と結びついていることを意味する……」

「どこかで聞いた文句だな。しかし、占いをやってて、どこが面白いのか、わたしにはさっぱりわからない。根拠もなにもない空虚な話を展開しているだけだ。ゼロというか無というか、それをふりまわして喜んでいるだけのようだぞ」

「ゼロだからいいのよ。世の中の人は、有形無形、くだらないものを持ちすぎている。持てあましている。だからこそ、ゼロにあこがれてあたしのところへやってくるのよ。いまやゼロこそ高価な商品。みなお金を持って、ここへ買いに来る。そして、お金を払う気になると、そのとたん当人の心のなかで、ゼロが一段と崇高な輝きを示しはじめる。その結果、お客たちはあたしのご託宣をありがたくうけたまわり、指示に従おうという気になるわけよ」

「ゼロを売る楽しさか。ゼロなら、いくら売っても品切れにはならぬ。無限に楽しめるというしかけだな」

「そうじゃないわよ。あなたって無限が好きなのね。あたしの好きなのは、占いのあとの効果のほう。他人を動かす楽しみよ。支配欲の満足とでもなるのかしら。これは興味ある問題だろうと思うけどなあ。かりに社会が進歩して、なんでも思い通りに手に入れることのできる時代となったとする。そこにおいても、決して万人の手にゆきわたることのない、最後の最後まで残るもやもや。それは他人を支配する楽しさじゃないかしら。みんなが支配欲を楽しめる社会って、想像できて……」

「大変な議題が提出されたな」

「それほど大げさなものでもないけどね。打ちあけたところ、占い師商売、どこが楽しいかというと、お客から受ける尊敬の視線ね。男女の別なく、あたしに尊敬の目をむけてくる。これがたまんないわねえ。もともと女性に対して、男性はある種の視線をむけている。女性が若くきれいなあいだだけのことだけどね。そこへゆくと、あたしの場合、男からも女からもよ。しかも、あたしの若さがおとろえても、その視線の弱まることがない。としをとればとったで、神秘的なとこが増すんじゃないかしら。年齢は女性の最大の敵だけど、あたしにとっては、年齢なんかこわくない、よ……」

「ふうん、そういうものかねえ……」

 亭主まじめな顔つきになる。夫人、それを指さして言う。

「そういう表情を、営業の時に使うべきよ。お金のこととなると条件反射的に、にこにこっとなるあなたの癖、どうにかならないの。ちょっとおかしいんじゃないかしら」

「話題が金銭に及んだり、金銭を見たりしたとたん、厳粛な顔になる連中のほうが、わたしにはわからんね。お金に心あれば、そんなやつのところはいごこちが悪いはずだ。選挙の時、にこにこ候補者に票が集るごとく、お金はわたしをしたってむらがってくる。しかし、まあ、こんな議論はきりがない。議論うちきりに最適な文句。ようするに、これがわたしの生きがいなんだ」

「さっきから、生きがいって言葉がよく出てくるわね。あたしんとこへ来るお客たちも、さかんに生きがいがどうのこうのと言う。なんで、こんな言葉がはやるようになっちゃったのかしらね」

「よくわからんが、むかしの人たちは死後の世界の存在を信じていた。だから、生きがいなんて考えずに平然と生きていられたんだろうな。死後の世界を真に迫った形で描きあげた宗教、それを発明したやつは、えらいものだな。ところが、それが崩れてきちゃった。つまらんことをしたものだ。人生とは限られた一回きりのもの。こうなってくると、あせらざるをえない。あれもやりたい、これも体験してみなければ。やるべきことがあまりに多すぎ、どれを選んだものか迷いはじめる。あせればあせるほど、まわりが見えなくなる。生きがいの重点をどこにおいたものやら、わからなくなる。そんなとこが原因じゃないのかな」

「そういえば、正義をつらぬくのが生きがいって人、むかしはたくさんいたようね。道徳にのっとった正しい人生をこの世ですごせば、あの世でいいむくいをうける。むくわれる。だからこそ、正義に生きられたんでしょうね。だけど、いまはだれも死後を信じない。信賞必罰のルールがぼやけてきた。となると、正義なんてことに人生をついやしてはいられない。といって、ほかになにがある。みな不安そうな顔で生きがいに迷うのは、そのためかもしれないわねえ」

        *

 一方、かげの薄い古風な青年と女、つまり昭一郎と春子、抱きあいながら愛のささやき。

「昭一郎さま、あなたといっしょにこうしていられて、あたくし、どんなにうれしいことか、口では言いあらわせないほど……」

「ぼくもだよ、春子さん。こんなふうになれるとは、生きているあいだに、夢にも思わなかった」

「生きているあいだは、苦しかったわねえ」

「ああ、おたがいに心のなかでは愛しあっていながら、どうしても結婚が許されなかった。家庭どうしの対立という理由でね。愛の思いが高まれば高まるほど、苦しさと胸の痛みも強くなった……」

「あたくしの父が|頑《がん》|固《こ》すぎたのね」

「ぼくの父もそうだった。いっそのこと勘当して家から追い出してくれともたのんだのだが、それさえ許してくれなかった。ついには、むりやり外国へ留学させられることになった」

「その時だったわね。あたくしたちが、かけおちをしたのは……」

「そうだった。しかし、すぐに両方の家から追手がかかった。警察にも捜索願が出された。ぼくたちは逃げまわったものだったなあ」

「そのあげく、とうとう追いつめられてしまいましたわね」

「ある海岸のがけの上だった。そこでぼくたちは、おたがいの愛情をたしかめあった。別れては生きていられない、いっしょに死ぬ道を選ぶ以外にないと」

「ええ、この世では、あたくしたち結ばれない。この上は、あの世でいっしょになりましょうと。そして、いつまでも楽しく、あたくしは昭一郎さまのおそばにいますと……」

「ぼくもそう言った。天国で心おきなく、愛を語りあい語りつづけようと。しかしねえ、死んでから、ほんとにこうなれたとは……」

「死んだかいがあったというものね」

「こういうしくみと前からわかっていたらなあ。生きているあいだに、あんなに悩むこともなかった。春子さんへの恋しさがこのままつのると、ぼくの頭は狂ってしまうんじゃないかとさえ思ったものだ」

「あたくしもよ。いまの生きている人たちのなかにも、あたくしたちみたいな立場の人がいるんじゃないかしら。それを考えると、気の毒ね。知らせてあげたいわ、実情はこうなんですって……」

「つまらないこと考えるんじゃないよ。ひとのことなんかどうでもいい。この愛は二人だけのもの。苦しみ悩んだあげく、やっとぼくたちがつかんだしあわせだ。これを安易に手に入れるやつらが出てきては、面白くないよ。もっとも、最近は愛に命をかける人も少なくなったみたいだがね。また、第一、知らせようったって、できっこない。ぼくたちの声は、生きている人たちには聞こえないんだから。それにだよ、ばたばた心中する者が続出したら、ことだ。たとえば、この家のこの夫妻、生きてるのが面倒だと心中されたら、ことだ。ぼくたちはまた、とりつくべき新しい相手をさがさなければならない。いっしょにいる時間の長い人物をね。うまく適当なのがすぐ見つかればいいが、へたしたら、しばらく別れ別れになることになる」

 というわけ。それぞれの人物のあとにくっついている、かげの薄い者たちは、いずれも死後の霊魂。この霊魂たち、現世の人たちの言動をすべて見聞できる。しかし、その逆は不可能。霊魂たちがいかに大声をあげようと、あばれようと、現世の人たちにはなんの影響も及ぼさない。すなわち、生きている人たちが、霊魂の存在に気づくことはないのだ。なお、霊魂たちは、それぞれとりついている人物から、ある距離以上はなれることはできない。人物が動くと、それに引っぱられるように、あとをついて移動しなければならない。

        *

 亭主、思いついたように夫人に言う。

「しかしだ、考えてみると、わたしたち、性格不一致もいいところだな。典型的なほどの、性格の不一致。みごとな離婚の条件だ。なんでわたしは、こんなばかげたワイフといっしょにいるんだろう」

「またまた大変な議題が提出されたわね。そう言われてみると、そうね。こんなばかげた亭主といるなんて。いっしょにいなけりゃ食ってけないわけじゃないし……」

「ひとつ真剣に離婚を考えてみるか」

「新鮮で刺激的なテーマだわ」

        *

 霊魂の昭一郎と春子、その会話を聞き、驚いて顔をみあわせる。

「あら、昭一郎さま。別れるなんて言い出しましたわよ。困ったわねえ。まかりまちがっても心中や離婚はしない夫婦と思って安心していたのに、本気だったらことですわね。しばらくのあいだ、別れ別れになってしまう。いやよ、あたくし、そんなこと。どうしましょう」

「そうはならないですむと思うがなあ」

        *

 亭主、夫人に言う。

「しかし、なあ、真剣に考えてみると、おまえのように風変りなばかげた女となると、めったにえられない存在かもしれない。余人をもってかえがたいところがある」

「ご同様よ。あなたみたいなばかげた亭主、あたしのところへ来るお客のなかにもいないわ。天然記念物的なものよ。いままでつづいてきたのは、そのせいかもしれないわ。性格の不一致こそ、家庭ながつづきの基礎」

「そういえばそうだな。性格が似ていればいるほど、破局は生じやすいものかもしれない。おたがいに相手をばかげていると思っているほうが、すべてうまくゆくものかもしれない。まったく、おまえは面白い女だ。愛すべきところがある。もっとも、おれにとっては、お金をふやすことのつぎに位置しているがね」

「それでいいのよ。第一にお金、第二にあたし。無事だわ。これが、第一によその女、第二にあたし、第三にお金となると、ちょっとおだやかじゃないけどね。典型的な家庭悲劇……」

「おまえにとっても、わたしはそんなとこか。まあ、いいだろう。ばかげているという一致点こそ、われわれのきずな。愛は一時的なもの、ばかげていることこそ永遠」

        *

 昭一郎は春子に言う。

「ほらね、なんとか無事におさまったようだ。そう心配することはなかったよ」

「そうね。ほっとしましたわ。でも、あたくし、昭一郎さまと少しでも別れなければならないかと思うと、思っただけで悲しくなってしまいますの」

「春子さん、ぼくもだよ。愛こそ、ぼくたちをつなぐ永遠のもの……」

 二人はあらためて抱きあう。

        *

 ウサコ、廊下のほうの大きなドアから、郵便物をいくつかかかえて帰ってくる。

「ただいま。やれやれ一苦労しちゃったわ。あるものをないとごまかすより、ないものをないと信じさせるほうが、ずっと大変ね。あたしまで、頭がおかしくなりかけちゃった。そもそも、ありはしないんだから、ないと言えばすみそうなものだけど、それがそうもいかないのね。あんなこと言ってるけど、じつはあるんじゃないかと、いつまでも疑われちゃう」

 亭主、ウサコに聞く。

「なんのことだい。借金でも申し込まれたのかい。ボーイフレンドのことかい。それとも、カンニングのぬれぎぬのことかい」

「そんな高級な問題じゃないのよ。もっと、うんとつまんないこと……。ほら、郵便がいっぱいきてたわ。それから、チューインガム買ってきたから、一枚ずつあげるわ。かんでいると、なんとかいう成分が|唾《だ》|液《えき》とともにのどをうるおし、声がよくなり、おしゃべり好きの人にいいんですって」

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