と発明家は、自信ある動作で、小型トランクをたたく。
*
霊魂たち、みな驚き、問題の小型トランクと、発明家にくっついてきた霊魂の女とをみくらべる。しかし、女はだまったまま無表情。
*
亭主と夫人、発明家に言う。
「本当にそんなものをお作りになったの……」
「その点については、ご自分でおためしになって下さい……」
発明家は小型トランクをあけ、なかの品をとり出す。双眼鏡の筒を太く短くしたようなもので、小さなアンテナ、そのほかさまざまな付属品がくっついている。
「……どうぞ、これでだれかをのぞいて見て下さい。その人にとりついている霊魂を見ることができます」
*
霊魂たち、感心した表情。春子などは身づくろいをはじめる。
*
発明家、装置のボタンを押す。オルゴールが鳴り、ショパンの葬送行進曲のメロディーが流れる。
「この曲を流すことにより、国境のむこうの連中の気を静め、油断させるわけです」
*
その曲を聞き、昭一郎、春子に言う。
「なつかしいな。ぼくたちはこの曲で結ばれたようなものだ。ぼくたちにとっての結婚行進曲……」
*
夫人、発明家に装置をむけてのぞく。
「あら、ほんと。あなたのうしろに、なにか人かげのようなものが見えるわ……」
それから亭主にむける。
「……あなたのうしろにも、人かげが。やっぱり、あたしの説は正しかった。だけど、像がぼやけてるわねえ。女のようでもあるし、男のようでもある。もう少しはっきりしないものかしら。これだと、あたしの霊感と大差ないわ。いえいえ、なんでもない。これはただのひとりごと。あら、ぶつぶついうような音がしてるわね、この装置。なんの音なの」
装置から、意味のわからない、ささやくような声が聞こえてくる。発明家、説明する。
「それは霊魂の話している声です」
*
霊魂たち、おたがいに見つめあう。
*
亭主、夫人にかわって装置をのぞく。
「もうちょっとはっきりしないものかな。もどかしく、いらだたしい」
発明家、手を頭にやりながら言う。
「わたしだって、いらいらしているのですよ。焦点と波長が、もうちょっと合えばいいのです。さらに精密さを高めれば……」
「それなら、そう改良なさればいいのに」
「そこなんですよ……」
発明家は自分に言いきかせるように、残念そうな声を出す。亭主は装置を見ながらうなずく。
「これがみごとに性能を発揮すればなあ。いろいろな役に立つだろうに。たとえば、むかしの人のかくした財宝なんかが、発見できるんじゃないだろうか。金銀をつんだ海賊船が沈没しているとする。どこに沈んでいるのか、現代の技術でも調べにくい。しかし、その乗務員の霊魂と会話ができれば、場所を聞き出すことができるわけだ。地下の埋蔵金についても、また同じ。その霊魂たち、それに思いが残って成仏できないでいるにちがいない。掘り出して使ってあげれば、その人たちの霊もすくわれるというものだ。こっちももうかる。しかも、無税とくる。いいなあ。金を貸す場合だって、相手の信用度の調査にも、ずいぶん役に立つんじゃないだろうか。そいつについている霊魂と話せばいいのだから。うそ発見器なんかより、はるかにいい……」
ひとりで空想をひろげてゆく。
「……子供のころ、タイムマシンにあこがれたことがあったなあ。時間を旅行できるタイムマシンがあれば、過去のいろいろな人と話ができるのに、と。かくれたる歴史的な事実、現実的な事実をさぐり出せる。たとえば、大発明のアイデア、名作の構想をえながら、ものにできなかった人たちがいたはずだ。それらを、時間を越えて現代に復活させうるはずだ。タイムマシンが欲しかった。しかし、この装置は、それとまったく同じ効果をあげてくれるわけだ。すばらしい。改良のための資金がおいりようなら、出させて下さい。応援させて下さい」
夫人もそれにつづけて言う。
「占いも便利になるわ。ずばりずばりと的中するわね。しかし、あまり百パーセント的中させたんじゃ、気味わるがられる。そこで、いかにひかえ目に告げるかという、技術の問題になっちゃうわね。他人を、思いのままにあやつることもできる。すごいことになるわ。だけど、この装置が普及しちゃうと、ありがたみが薄れるわね。一台だけ作り、それも秘密にしておかなくちゃあ……」
*
老紳士の霊魂、感嘆の声をあげる。
「すごいものを作りましたなあ。科学技術の進歩は、驚くべきことをなしとげる。早く完全な形への改良ができるといいですな。あれができあがったら、わたしは現世の連中に意見を伝え、残してきた事業を、さらに大きくできるというものです」
しかし、ノミ小僧はこう言う。
「新入りは人がいいねえ。ありゃあ、いかさまさ。おそらく、あのなかにスライドとテープがしこまれていて、なにかが見え、なにかが聞こえるってからくりさ。第一、さっき、おいらたち、だれも話しちゃいねえのに、あれから声が出ていた。おかしいじゃねえか。なあ……」
ノミ小僧、発明家についてきた女の霊魂に同意を求める。女、無表情にうなずく。それを見て、老紳士はがっかり。
「やっぱり、だめか……」
ノミ小僧はべつな感心のしかたをしている。
「それにしても、あいつ、巧妙だなあ。名人芸だ。自分はだまったまま、相手が進んで金を出したがるように、ことを運んでいる。詐欺の研究をやってただけのことがある。うめえもんだな。最初に、詐欺の研究をやってたことを打ちあける。それによって、自分が詐欺師でないことを、それとなく知らせた感じにしてしまう。たいてえの連中、ひっかかるぜ」
*
亭主、夫人とともにしだいに熱中してくる。
「ぜひ応援させて下さい。見とおしはどうなんです。資金はいくら不足なんです」
発明家は小型トランクのなかから、二枚の大きな書類を出してひろげる。
「これが設計図です。アンテナの角度。ここに微妙な調整装置が必要なのです。映像の顔の口の部分に、正確にむけなければならない。それから、レンズの表面にぬる特殊透明塗料。この塗料の厚みと、焦点との関係が、これまた微妙なのですよ。早くいえば、これは精密工業に属することなのです。しかしね、理想的な精密さを持たせようとすると、大変な金と時間がかかります……」
「そうでしょうね」
「しかし、そんなにまでするのは、お金がもったいないし、ばかげています。要するに、実用になる程度であれば、それでいいわけでしょう……」
発明家はもう一枚の書類の説明に移る。
「……そこでです。これが資金計画表です。ここに、ぼやけた写真から鮮明な写真まで、何段階にもわけて、順に何枚かをはってあるでしょう。どの程度が適当か、その点で迷っているところなのです。そばに数字が書いてあるでしょう。それぞれ、その段階のを完成させるに要する費用なのです。鮮明さを高めようとすると、費用がぐんとはねあがる。どんな程度でいいものでしょうね。表情を知る必要があるかどうか。ソバカスまでは見わける必要などないが、ホクロの位置ぐらいは知るべきか。いや、ホクロなんかはどうでもよく、大体の人相さえわかればよしとすべきか……」
発明家は淡々とした口調。その作戦が効果をあげ、亭主と夫人はさらに熱中。夫人は書類を指さしながら亭主に言う。
「この程度の鮮明さはほしいわねえ」
「しかし、費用がぐんとはねあがるし」
発明家は、あまり執着なさそうに言う。
「ご迷惑でしたら、よその人にあたることにしますかな。心当りがないわけでもないんです」
亭主、夫人とともにあわてて引きとめる。
「まあまあ、そんなことおっしゃらないで下さい。お金ならあるんですよ。あの絵のうしろの金庫に、いくらでもあります。応援させて下さい。ほかの人に、この計画を話してはいけませんよ」
夫人も言う。
「そうですわよ。秘密にすることで、その装置の価値は一段と高まるわけですわ。天知る、地知る、われ知る、なんじ知る。秘密をこれ以上ひろげないようにしましょう。壁に耳あり、障子に目あり。はかりごとは密なるをもってよしとす……」
発明家、心配そうに聞く。
「そのへんに盗聴装置なんかがあったらことですが」
「大丈夫ですよ。発明家だけあって、産業スパイを気になさるわけですね。毎日たんねんに掃除してますから、その心配はありません。安心して打ち合せできます……」
と三人、顔をよせ、ひそひそ相談。
*
亭主と夫人とが近づいたので、昭一郎と春子も近づく。例によって抱きあい、あつあつムード。しかし、発明家にくっついてきたスポーティな服装の女、表情を変えずに、それには無関心のようす。
老紳士はひとりつぶやいている。
「現世の人たちは、金とか秘密とか、かけひきとか、だましあいとか、そういうたぐいが好きなのだな。むなしいような気もするが、わたしにはああいう感情がなつかしくもある」
*
その時、廊下のほうのドアが、ブザーもなく勝手にあけられ、二人の男が入ってくる。いずれも、サングラスをかけた三十歳前後。亭主、彼らに言う。
「なんです、あなたがたは」
「ここは景気がよく、確実と聞いてやってきた」
「おかげさまで好評です。しかし、ご予約がないとだめですよ。いまは、来客中で大事な話の最中です。べつな日にお願いします。どのようなご相談ですか。それだけおうかがいしておきましょう」
「金銭さ。お金をいただきたいというわけ。いただければ、すぐに帰りますよ」
二人組のうちの、首領らしき男は、ポケットに手を入れ、なにやら凶器を持っていそうな動作。夫人は高い声をあげる。
「あら、それじゃあ、まるで強盗じゃないの」
「ええ、まあ、そういうわけです。ずばり的中、あなたは、なかなか勘のいいかただ」
「そりゃあ、そうよ。あたしには霊感があるのよ。霊の力があたしを守ってくれているの。あなたがた、おとなしく帰りなさい。さもないと、不幸に見舞われるから……」
「どうですかねえ。そのへんになると、信じられませんな。その霊とやらを、おぼろげながらでもいいから見せてもらえれば、信じてもいいが……」
と首領はにやにや。
*
侵入してきた二人の男には、それぞれ年配の婦人の霊魂がくっついている。いずれも、江戸時代の大名家の奥御殿づとめといった服装。首領にくっついてきたほうの婦人と、ノミ小僧、顔をあわせ、両方で舌をぺろりと出し、あいさつ。老紳士、ノミ小僧に聞く。
「知りあいなのかね」
「ああ……」
部屋のなかにいる霊魂たちがだいぶふえたので、ここでいちおう復習的に整理をする。
亭王にとりついているのは春子。夫人にとりついているのは昭一郎。この二人は依然として、抱きあったり顔をみあわせたり、愛しあいムード。
衝立のむこうには和服姿の女が眠っており、それにとりついているノミ小僧の霊魂が、衝立のそとに立っている。
発明家にとりついている霊魂は、スポーティな服装の十八歳の女。以後、若い女と称することにする。
侵入者の首領にくっついてきた婦人の霊魂。ノミ小僧とは顔みしりらしいが、これは以後、婦人Aと称する。
子分のほうにくっついてきている婦人の霊魂は、以後、婦人Bと称する。
それに、この家の娘ウサコにとりついている霊魂、生前に一流会社の社長だった老紳士。ウサコのいるのはとなりの室だが、一定の距離内ということで、この部屋内にいられる。
老紳士、ほかの霊魂たちに言う。
「面白くなりそうですなあ。霊魂を見せれば信じてやると言われ、あのいかさま装置が、これからどんな役割をはたしますか。じつは、ここの金庫には、強力催眠ガスの出る非常装置がついてるんですよ。あの小さな机の上の洋酒にも、眠り薬が入っている。それらがうまく活用されるといいんですがね」
若い女、老紳士をたしなめる。
「だまってなさいよ。そんなこと聞いちゃうと、さきの楽しみがなくなるわ」
「そんなつもりで言ったのじゃありません。楽しみをさらに高めるんじゃないかと思ったからで……」
「だから新入りは困るのよ。つまらない解説をつけちゃう。いい、教えてあげるけどね、あなたが現世で生きてた時、あたしがとりついてたのよ。だから、あたしはこの世で先輩であるばかりでなく、あたしからみればあなたは子供みたいな感じなのよ。どこのバーによく出かけてたか、みんな知ってるのよ」
そう言われ、老紳士はうろたえる。
「あ、それは存じませんでした。なんとごあいさつ申しあげたものか。いろいろとお世話になったことでしょう。知らなかったとはいえ、失礼申しあげました。今後とも、よろしくご指導のほどを……」
ていねいにあいさつをされ、若い女は満足し、親しい口調となる。
「そう恐縮することはないのよ。生前は生前、いまはいまなんだから。あたしね、生前スピード狂だったの。オートバイを走らせていて、事故おこして、即死しちゃったの」
「お若いのに惜しいことでしたね」
「世の中のことをほとんど知らずに死んだんですものね。でも、霊魂になってみて、世の中をもっと知ることができるとわかったわけよ。そこでまず、大会社の社長にとりついてみたのよ。社会の最も複雑なとこを見物してみようと思ってね。あなたの死ぬ四年前ぐらいから、一年ぐらい前までの、三年間よ。いろいろなことがわかったわ」
「そのころのわたしのことは、なにもかもご存知ってわけですね。恥ずかしくてなりません。どうぞ、すべてご内聞に……」
「あたしは話さないわよ。話したって、どうってことないもの。それより、そのうち、あなた自身の口から、だれかれにむかって、自分の生前のことをなにもかも話したくなるわよ。時間はたっぷりあるんだし、長い退屈のなかにいると、自分の秘密なんか、話題として、たちまちのうちに使い切っちゃうものよ。もっとも、だれもあまり熱心に聞き手になってくれないけどね。現世の人間たちの私生活を見あきてるわけでしょ」
「そういうものかもしれませんな」
「だからね、あたしたち霊魂にとって最後まで残る楽しみは、生きている連中のおこす事件を見物する以外にないわけ。それには、先を知っちゃわないほうが面白いでしょ。先を知りたがるのは、生きている連中だけでいいのよ。生きている連中は先を知ることができないから、それを知りたがる。だけど、あたしたち見物するほうは、知らないほうがいいわけよ」
「傍観者であり、それ以上でも以下でもない……」
「まあ、そうね。正確にいえば、やじうま的な傍観者ってとこかしら。その現場にいあわすことができるって点では、やじうま。生きてる人にも、やじうまって多いわねえ。どういう心理なのかしら。異った生活に数多く接したい、人生を何回も体験したいという欲求のあらわれかもしれないわね。霊魂になれば、それはいやというほどできるのに。だけどね、あたしたち霊魂が現世のやじうまとちがう点は、絶対安全という点でしょうね。手を出すこともできないけど、とばっちりをくうこともない。生きている人たちがテレビで事件の現場からの中継を見てるのと同じく、安全は保証されている。しかも現場にいあわせている。このあたりに、あたしたちの特権があるわけだから、それを楽しむのが第一と思うのよ」
そこへ、春子と抱きあっている昭一郎が口をはさむ。
「安全だなんておっしゃってるがね、ぼくたちは、この世へ来てやっと結ばれた二人なんだ。ぼくたちがとりついている、どっちかの人物が死んでごらんなさい。そうなったら、ぼくたちはしばらくのあいだ、別れ別れになってしまう。はらはらしてるんですよ」
「お気の毒ね。うらやましいと言うべきかしらん。でも、どうしようもないでしょ。こっちがいかにさわげど、現実世界に手は出せない。最悪の場合を考えながら、スリルを味わいなさいよ。ほんとにうらやましいわねえ。現世の事件でスリルを味わえるなんて」
「ひとごとのように言わないで下さい。ぼくたちは気が気じゃないんですから」
昭一郎、春子を強く抱きしめる。
*
侵入者の首領は、亭主と夫人に言う。
「さあ、そろそろ考えがまとまっていいころだ。金を出すのか、出さないのか」
亭主は答える。
「出さないですむのなら、それに越したことはないんですがねえ」
「なにをのんきなこと言ってるんだ。いったい、いままでなにを考えていた。まず、ひとりずつ痛めつけて、決心をうながしてやる。おい、そいつをつかまえろ」
首領は子分に命じ、そばにいた発明家をつかまえさせる。発明家、腕をねじあげられながら、悲鳴をあげる。
「痛い、痛い。やめて下さい。わたしはここの者じゃないんですよ。たまたまいあわせただけだ。むちゃだ、こんな目にあわされるなんて」
首領、平然と言う。
「そんなこと、おれの知ったことか。ここの者を最初にぶちのめし、気を失ったりされたら、金のありかを聞けなくなる。まあ、悪いめぐりあわせと、あきらめるんだな」
発明家、亭主と夫人に訴える。
「なんとかして下さい。わたしを見殺しにする気じゃないでしょうね。そんなことになったら、あなたがたをうらみますよ。ねえ……」
「わかってますよ。でも、ちょっと相談する時間ぐらい下さい」
亭主、夫人とひそひそ話す。机の上の装置を指さしたりする。あの発明家は、貴重な人材なのだ。殺されでもしたら大変。つめたくあしらったりしたら、装置を持ってよそへ行ってしまうだろう。二人は困惑の表情。
*
若い女、老紳士に言う。
「知りたがりやの新入りさん。今回だけ例外として教えてあげるわ。あたしのとりついている発明狂、じつはあの侵入者の一味なのよ。詐欺の研究家だけあって、巧妙なもんでしょ。裏の裏まで計画しているわけよ。発明したと称する装置で資金をだまし取ろうにも、人間、いざ金を出す段になると、冷静に再検討したりする。その時、いんちきのばれる可能性が強い。だけど、いまなら、相手の空想と期待はふくらみはじめたところ。人質としての価値が最高になっている状態でしょ」
「なるほど、考えたものだな。しかし、よく侵入者のタイミングがあったものだ」
「それはね、あの装置のなかに、かくしマイクがしかけられていて、それから送られる会話を、そとで受信して聞いてたってわけよ。人質としての芝居。あんなに大げさに痛がるなんて、演技だからこそできるんでしょうね。ほらほら、痛がってもがきながら、絵を指さしているでしょ。金庫の場所を教えているのよ。それに、あの悲鳴。あの悲鳴も、非常ベルはないようだということを知らせてるのよ」
「ほんとなんですか……」
と老紳士が言うと、侵入者についている霊の婦人Aと婦人B、うなずく。老紳士なげく。
「……ああ、なんという悪知恵のある連中。わたしが死んでから、現世のほうは一段とひどくなったようだ」
*
首領が返答をせまって大声をあげる。
「おい、どうするつもりなんだ」
すると、衝立のむこうで女の声。
「どうってことないわ……」
「だれだ、おまえは」
「あたしは、あたしよ……」
*
ノミ小僧が言う。
「や、さっき飲んだ自白剤とかいうのが、まだきいてやがるみたいだぜ」
*
首領、首をかしげながら言う。
「なんだか、聞いたことのある声だな。だれか衝立のむこうにかくれているらしい。まのぬけたような声を出している。おい、そこでなにをしている」
と声をかけると、ねむそうな女の声。
「主人の浮気のことで、ここへ相談に来たのよ。そのうち、なんだかいい気分になって、横になっているの。ねえ、指示を与えて下さらない。あたし、どうしたらいいの。浮気な主人には、困りきっているのよ。その相手の女を、のろい殺してちょうだい。霊界とつながりがあれば、それくらいできるでしょ」
「よし、指示を与えてやる。そんな場合じゃないのだぞ。ねぼけていてはいかん。おまえの命にかかわるぞ。おきろ。おきろ。目をあけておきあがり、手をあげてこっちへ出てこい。声を立てると、ただじゃすまんぞ」
「ええ……」
衝立のむこうから、女が出てくる。和服の上に、裏の赤い黒マントをはおり、両手をあげているという異様な姿。ふるえながらの出現。侵入者たち、一瞬びくりとする。女、目をこすり、首領を見て声を出す。
「あら、あなた。こんなとこで、なにしているのよ」
*
首領についている霊魂の婦人A、ノミ小僧に言う。
「とんだところで奥方とのご対面、恐悦しごくでございますわねえ」
*
首領、妻に言う。
「質問はこっちでしたい気分だが、おれは、その、つまり仕事をしにやってきたんだ」
「仕事ですって。サングラスをかけたりして、頭でもおかしくなったの。運命についての予言を求めてきたの……」
妻あたりを見まわし、変な顔になる。
「……おかしいわねえ。さっきは、うす暗く、宇宙の神秘的な霊気がただよってたのに。いったい、あなたなにしてんのよ。遊んでいるの。ふざけてるにしちゃあ、ただならぬ感じね。あなた、毎日まともな会社へ出勤し、まともな仕事をしてるはずでしょ……」
「これには、深いわけがあってね……」
「さっぱりわけがわからないわ」
首領の妻、ふらふらと近づく。それを見て、そんな事情を知らない夫人、声をかける。
「気をつけなさいよ。しっかりして。そのサングラスの二人の男は強盗なのよ。凶器を持ってるかもしれないわ」
「まあ、強盗ですって。まさか。この、あたしの主人は、まじめな会社員のはず……」
と言いながら、あたりを見まわす。これまた事情を知らぬ発明家は、自分の役割の痛がるふりをつづけている。
「……そういえば、そうみたいね。先生の予言となると、一考の価値があるわ。なんだか、|謎《なぞ》がとけてきたみたいだわ。あなた、あたしにかくしごとをしてたのは、このことね。ほかに女がいるのかとばかり思ってたけど。まじめな会社員のふりをして、じつは強盗をやってたわけね。よくもあたしを、結婚以来だましつづけてきたわね……」
首領たじたじとなる。
「こりゃあ、とんでもないことになった。計算に入れてなかった。不幸に見舞われるという予言は、このことだったのかな。衝立のむこうで眠らせたままにしといたほうがよかった。寝た子を起したってのは、このことだな」
「なにぶつぶつ言ってるのよ。どう弁解するつもり」
「まあまあ、落ち着いてくれ。なにもかも、おまえを愛していればこそだ。おまえにいい生活をさせてやりたい、欲しがるものを買ってやりたい。事実、おまえにねだられたものは、たいてい買ってやっているはずだ。夫としての、その苦心を察してくれよ。まともな会社づとめじゃあ、とてもそれだけの給料は手に入らない。収入をよくするには、さらにまともな仕事をしなければならないとわかった。すなわち、この仕事だ」
「強盗のことね」
「やってみると、そう|軽《けい》|蔑《べつ》したものじゃないぞ。頭を使って綿密な計画を立てなくてはならない。スリルもある。少しの油断も失敗につながる。大会社づとめのように、おくれず休まず働かず、年功序列で昇進保証という、ぬるま湯の世界とはちがう。つねに全力投球、責任ある行動。生きがいにみちている。さまざまな追憶も、心のなかにつみ重なっている。いい人生だ。いや、そんなことはどうでもいい。おまえに喜んでもらえるだけの、大金が入る。おれの生きがいは、おまえだけだ。そのために、おれは人生のつな渡りをやっている。かくしごとはよくなかったが、敵をあざむくには、味方をもだ。これこそ成功の原則、ここをわかってくれ」
「わかってきたわ。ほかの女と浮気をしてたのじゃないとわかって、あたし安心したわ。そんなにまで愛してくれてるなんて、あたし気がつかなかった。あたしがばかだったのね。いま目がさめたわ。あなたが出所する日まで、あなたの面影を胸にいだいて、あたし何年でもお待ちしますわ」
「ばか、おれはまだ逮捕されていないんだぞ。うまくゆきつつあるのだ。いいか、とりあえず、おれのいう通り、おとなしくしていてくれ」
「ええ、いいわ……」
首領の妻、ここの夫人にむかって言う。
「……ここへご相談に来たかいがありましたわ。悩みはすべて解決、主人に女はいないという、先生のお言葉どおりでしたわ。すばらしい霊感ですわね。さっきまでの心のもやもや、うそのように消えてしまった。お礼申しあげますわ。料金はと、あ、前払いしてありましたわね」
まだ薬がきいているのか、いくらか論理がおかしい。夫人、顔をしかめて言う。
「よかったわね。だけど、そのマントだけはおいてってよ。持って帰ったって、あなたにはなんの価値もないでしょ」
*
老紳士つぶやく。
「劇的なる愛情のシーンというところだな。印象的だ。愛はあらゆる道徳に優先するというわけか」
昭一郎、春子と抱きあったまま言う。
「愛情の強さにいまごろ気がつくなんて、すこし頭の回転がおそいんじゃありませんか」
ノミ小僧は言う。
「ね、おいらのとりついてる女、なかなかのもんでしたでしょ。思いつめる性格と、とぼけた性格とを、かねそなえていやがる。だから上玉なのさ。もっとも、おいらが予告解説をやらなかったからこそ、劇的シーンを楽しめたってわけだけどさ……」
*
思いがけないことで、侵入者側の人数がひとりふえたという形になる。夫人がっかり。
「ああ、なんということ。あたしの守護霊よ、祖先の霊よ、お助け下さい」
*
それを聞いた昭一郎。
「それができないんだ。悪く思わないでくれ。ぼくはあなたにとりついているが、守護のためでもないし、そちらの祖先に関連してもいない……」
首領についている婦人Aを指さして話しつづける。
「……このかた、あるいはノミ小僧さんのほうが、もしかしたら祖先の家系につながっている可能性が多い。何代か前の人の兄弟とかいう形でね。ぼくだってあなたに死なれちゃ、春子さんと別れなければならず、困るんだ。しかし、ぶじを祈ることしかできないんですよ」
老紳士はつぶやくように言う。
「わたしは新入りなので、頭の切り換えが完全でなく、ただ見物してることにもどかしさを感じますな。事態の改善に手を貸したくてね。しかし、それのできないのがいいんでしょうね。もしできたら、大変なことになる。われわれ霊魂たちが、ああやれこうやれと人間を動かしはじめたら、現世のほうは大混乱。もう想像もできないほどのさわぎでしょうな。霊魂のなかには、死の瞬間を楽しむやつが出てくるかもしれない。生きている人間につぎつぎととりつき、あやつり、はなばなしい死を楽しむ。使いつぶしたら、またつぎの人間にとりつく。こりゃあ、最大の快楽かもしれませんな。しかし、そうなったら、それで死んでやってきた霊魂たちにうらまれる。生前の行動を見物されてた、これはがまんができます。だが、生前の行動がなにもかも他に支配されていたのだった。これはがまんできませんな。そのことをめぐって、こちらの世界が大混乱、収拾がつかなくなる。なんにも手が出せないおかげで、双方ともうまくいってるといえましょうな」
*
首領、亭主に言う。
「さっきから、つまらんことで時間をくっている」
「わたしのせいじゃありませんよ。あなたの奥さんのせいだ」
「うるさい。つべこべ言うな。さあ、金を出せ。金はどこだ」
「金なんてありませんよ」
「ごまかすな。あの壁に飾ってある絵の裏あたりに、はめこみ式の金庫がありそうだ」
夫人、目を丸くする。
「あら、よくわかったわね。大変な霊感の持ち主だわ。強盗なんかやめて、占い師になったほうが賢明よ。やりかたなら、あたしが教えてあげる。それだけの霊感があるのなら、占い師になるべきよ。強盗より合法的で、強盗よりもうけもあるわ」
「そうか、やっぱり絵の裏か」
と首領。亭主は夫人に文句を言う。
「ばか。誘導尋問にひっかかったな」
首領は子分に命令する。
「これではなかなかはかどらない。能率をあげよう。その二人をしばってしまえ」
「はい、はい」
子分はすなおに首領の命令に従う。首領の妻からマントを取り、それを亭主と夫人とにかぶせ、その上から用意のヒモで二人をしばりあげ、床の上にすわらせる。
*
子分についている霊魂の婦人Bにむかって、昭一郎と春子、抱きあいながらお礼を言う。
「これで、しばらくいっしょにいられます。おかげさまで」
「べつに、わたくしにお礼をおっしゃることはございませんわ」
*
亭主と夫人は、マントをかぶせられ、あたりを見ることができなくなる。発明家それをいいことに、一味であることを公然と示しはじめる。すなわち、腕をねじあげられてもいないのに、ひとりで大げさにさわぎたてる。
「あ、痛い、痛い。骨がぽきんと音をたてたようだ。折れたみたいだ。痛い、痛い。あ、ナイフを突きつけるのだけはやめてくれ。あ、あ、突っつかないでくれ。血が出てきた。助けてくれえ……」
そう言いながら、壁の絵をずらす。はめこみ式の金庫があらわれる。そして、発明家は自分の役割はすんだといった表情で、小さな机の上にあった洋酒のびんとグラスとを持ち、応接セットのほうに行って|椅《い》|子《す》にかける。小声でつぶやく。
「悲鳴をあげすぎて、のどがかれてしまった」
首領の妻もそばへ来る。
「あたしも、さっきから喜んでいいのか悲しんでいいのか、お酒でも飲まなくちゃいられない気分よ」
それぞれ、薬が入っているとは知らずに飲む。
*
霊魂たち、それを見て声をあげる。
「あ、飲んだ」
*
首領、亭主と夫人とに言う。
「さあ、お客のほうは声も出ないぐらいに痛めつけた。そうなりたくなければ、金庫のあけかたを教えろ。どう番号をあわせればいいんだ。心配するな、なかの現金をもらうだけだ。証券まで持ってくつもりはない。そんなものをとると足がつくからな」
亭主、悲しげな声。
「もはや絶体絶命か。こんなことなら、さっきやってきたお客に、気前よく貸しとけばよかった。証文も手形もなしに、利息もきめず、返却の可能性もなく、金を持ってかれるなんて、こんなひどいことはない。神も仏もないものか。死にたいくらいだ。死ねばこんなばかげた目にあわなくてすむ」
*
それを聞いて、昭一郎と春子、不安げなようすになる。
「そういさぎよい気分になってくれるなよ。ぼくたちが迷惑する。命を大切にしてもらいたいね」
「そうよ。自分だけの命でないことを知っていただきたいわ」
*
首領、亭主に言う。
「本気で死にたいのか。それなら命をもらってゆくが、いいのかい。返却の可能性なしに命が出てゆくんだぜ」
「いえいえ、ただ言ってみただけです。どうぞ、お手やわらかに」
「それなら番号を言え」
「もう仕方ありません。ねばってみても、助けがきそうにない。教えましょう。右へ40、左へ20、右へ30です」
「わかりやすい番号だな」
「案外、それが盲点なんですよ」
ついに亭主は白状した。その時、子分、首領にむかって言う。
「よし、それまでだ。あんたも、手をあげてもらおう」
その手には|拳銃《けんじゅう》がある。首領、それを見てびっくり。
「おい。あぶない。やめろ、ふざけてる場合じゃないぞ。いつからそんなものを持ち歩いてた」
「持ってちゃいけない規則なんてないでしょ。一般社会ならともかく、われわれのような社会においては」
「どういう気だ」
「そろそろ独立したいと思ってね。いまのままじゃ、いっこうに昇進しそうにない。自分の責任で仕事をしてみたくもなりますよ。どこかで優秀な子分をさがしだしてきて、新しいチームを編成するんです。長いあいだ、お世話になりました」
それを聞き、首領あきれて、しばらく声も出ない。
*
ノミ小僧、老紳士に言う。
「これはこれは、意外なる進展ぶりじゃあねえか。これからどうなるか、当てっこしねえか。うまく当てることができたら、おいらがとりついている女を交換してあげてもいいぜ」
「そうですなあ。悪の栄えるためしがない。だから、あの子分、あんなことを言ってるが、盗賊団に潜入した刑事じゃないだろうか。拳銃を持ってるのも、そのためだ。拳銃をつきつけ、よし、それまでだ、なんて口調もよかった。いま、電話で応援の警官たちを呼び、一味をとらえ、めでたしめでたしじゃないかな。あと味のいい結末になる」
「ひでえ予想だな。新入りは甘くていけねえ。テレビの見すぎだね。生きている連中の世界には、予想の原則なんてねえんだよ。あるのは偶然だけ。偶然とその結果だけ。それを各人が自己の好みで|蒐集《しゅうしゅう》し、勝手な理屈をつけて人生観としてるだけさ。悪の栄えたためしがねえという偶然と結果の例だけを集めれば、そんな原理も出来あがっちゃう。逆に、悪事をしなければ栄えないという例だけを集めれば、そんな人生観も出来あがる。強い者が勝つ例だけ集めれば、その原則が確立し、負けるが勝ちの例だけ集めれば、そうともなる。どうにでもならあな。精神分析の医者が、紙にインクのしみをつけ、なんに見えるかなんてよく聞いてやがるが、人生観とか信念とか、それとおんなじことよ」