饭饭TXT > 海外名作 > 《にぎやかな部屋(日文版)》作者:[日]星新一【完结】 > 星新一《にぎやかな部屋》.txt

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作者:日-星新一 当前章节:15288 字 更新时间:2026-6-16 01:47

 若い女が口を出す。

「なんでもいいじゃないの。傍観してましょうよ。あたしたちは、なんにも考えずに、ただ見物していればいいのよ。傍観者であっていいのかなんて、やぼなことを言うやつはいないんだし。あたしたち、生きているあいだに、現代人の常識というやつをあてはめ、過去の人をあれこれ批評してきたわ。歴史上の人物をとりあげ、あの人はえらかったと言ったかと思うと、時勢の変化や、あまのじゃく商売の人のおかげで、じつは悪人だったと訂正したり。ばかばかしいこと、やってたものね。それをまた、霊界に来てまでくりかえすこと、ないじゃないの。くだらないわ」

 ノミ小僧は言う。

「いやね、おいらはその新入りのかたを、早くこの世界になれさせたくて、そう言ってみただけさ」

「それならいいけど」

        *

 子分、首領をおどかす。

「さあ、そっちの応接セットのほうに行って、ソファーに腰かけてもらおうか。あんたが拳銃を持ってないことは知ってる。ふざけたまねはしないほうがいいぜ」

 首領、妻や発明家のいる応接セットのほうに行く。さっき酒を飲んだ二人は、そのなかの薬がききはじめており、首領がさわると、二人ともぐったりし、椅子からころげ落ちる。首領、青ざめる。

「こりゃあ、どうしたことだ。おまえのせいだな。この人殺し……」

「なんにもしませんよ。ひとぎきの悪いこと言わないで下さい。わたしだって、盗みはすれど非道はせずの営業方針をつらぬきたいですものね。しかし、二人そろってぐったりとは、ふしぎですねえ。ここの女の人が言っていた、守護霊のたたりかなんかじゃないんですか。そこいくと、わたしゃ、ついている。幸運の女神がついている……」

 子分は金庫に近づき、ダイヤルをまわしかける。そのとたん、非常装置が作動し、強力な催眠ガスがふき出し、それを吸って倒れる。

        *

 霊魂たち、それを見て声をあげる。

「あ、ひっかかった」

        *

 しかし、首領は子分の倒れた原因を知らない。倒れ、拳銃が手からはなれたのを見て、飛びかかる。まず、拳銃を拾う。

「なんだ、よく見たら本物じゃなかった。いっぱいくわされてたのか……」

 そうつぶやきながら、あたりにただよっているガスを吸い、崩れるように倒れる。マントをかぶせられ、しばられている亭主と夫人も、やはりガスを吸って眠くなり、床に横になる。

        *

 部屋のなかで口をきくのは、霊魂たちだけとなる。昭一郎と春子は、あきることなく抱きあったり、愛をささやきあったり。

 首領についている霊魂の婦人A、言う。

「ほんとに仲のよろしいお二人でございますこと。うらやましいほど……」

 ノミ小僧が教える。

「心中したんだとさ」

「楽しそうですわね。ながめていて、ほのぼのとした気分になります。苦あれば楽ありでございますわね。あたくしも心中で死ねばよかった。あなたと毎日顔をあわせていても、江戸時代の思い出話ばかり、ロマンスがめばえてくるわけはないし……」

 そこへ老紳士が口を出す。

「年齢のつりあいからいっても、まだわたしのほうが話があうでしょう。ねえ、坊や。じゃなかった、先輩のノミ小僧さん、わたしと人物を交換しませんか。このご婦人のためにですよ」

「あんた、よっぽど、とりついている人物をかえてえんだな。そんなに、あせるこたあねえのに。しかし、実際に体験してみねえと、わかんないことかもしれねえな。よし、交換してやるか。あんたのとりついてるの、この家の女の子だってねえ。おいら、興味がわいてきた。母親がいんちき占い師、父親が金貸し。面白い家庭じゃねえか。そんな環境だと、ひょっとすると珍種に成長するかもしれねえ。早ければ五年、おそくとも八年、とんでもない女に成長するにちげえねえ。霊魂にとっちゃあ、あっというあいだだ。それに、この家にいると、いろんな珍事件を見物できそうだ。おいらのとりついていた、その女、もう、かすみてえなものさ。夫が強盗であることに、いつ気がつくか、その光景見物の楽しみを待ってただけのこと。その劇的シーンも、さっきすんじまいやがった。価値も下ったし、有利な交換かもしれねえ。取引きするには潮時かもしれねえ」

「そう言われると、なんだか惜しくなってきたな……」

「と言うだろうと思ったよ。おいら、ただ言ってみただけのことさ。ものごとは考えよう。なにしろ先は長いんだ。未来に希望を持つことさね」

 ノミ小僧に言われ、老紳士は聞く。

「みなさんから、先は長い長いと言われるんですが、いったい、この霊魂生活はいつまでつづくんですか」

「その質問はしねえほうが賢明なんだがな。おいら、教えたくねえな。といっても、いずれはわかることだろうし……」

「それなら教えて下さいよ。すでに一回死んでいる。もはやこわがるものもない」

「それがあるんだな。無限という、とてつもなくおっかないものが」

「なんですって。永遠にこれがつづくっていうんですか。ううん……」

「きもをつぶしたような声を出しなさんな。必ずしも永遠じゃあねえ。正確にいえば、人類のほろびる日までということになる。おいら、ほうぼう聞きまわって知ったことだけど、この霊界のシステムは、こうなのさ。なにかの原因で人類の数がへりはじめるとする。するてえと、霊魂のほうの数があまってくる。生きている人間ひとりに、霊魂が二人はとりつけねえからな。そうなると、大先輩のなかの希望者から順に、昇天というか成仏というか、消えることができるのさ。希望しねえやつ、たとえば、火の発明者のごとく執着の残ってるのは、あとまわしとなる。しかし、そんなのは例外だね。消滅できればしあわせさ。人間とその社会を見つくし、あきあきし、あいそづかしをし、だれもうんざりしてるんだ。できるものなら、早く消滅したいものさ。この霊界に心残りはねえよ」

「ちょっとうかがいますが、消滅したあとはどうなるんでしょう。まさか、わたしたちには見えない存在となって、わたしたちのまわりにつきまとっているのでは……」

 老紳士、まわりを見まわし、不安げな表情。ノミ小僧は首をふる。

「そんなことはねえだろう。それだったら、完全な無限。まるで救いがねえ。そんないやなこと考えさせないでくれよ」

「どうもすみません」

「むかしは伝染病が大流行したりし、人口が一時的に減少したことがあったらしい。運よく昇天できたのは、そのころまでのことさ。そのごは、ふえる一方。毎年、死ぬ人数より生れる人数のほうが多いんだからな。霊魂は慢性的な品不足。当分のあいだは、だれも消滅できそうにねえな。未来に対する唯一の希望は、人口増加が頭うちになるか、あっというような大戦争。そうなってはじめて、大先輩のほうから消滅できる。あんたよりおいらのほうがお先にだぜ。しかし、いかに期待しても、実現はずっと先のことだろうな。人類の繁栄と平和がうらめしいよ。人口増加の頭うちは、いつのことか。そうなったとしても、あんたのような新入りに消滅の順番がまわってくるのは、先の先……」

「いったい、わたしたちが死んで霊魂にされたってのは、刑罰なんですかね。わたしたち霊魂、人間にとりついているのか、とりつかされているのか、どっちなんでしょう」

「こむずかしい議論になりやがったな。そういえねえこともねえだろうな。おいらたち霊魂は、ものごころつく前の子供にとりつけねえし、ものごころつく前に死亡した子供は、霊魂になれない。幼児は天国に直行してるんだろうな。幼児のごときけがれない心で一生をすごした人物があり、その人が死んでから霊魂になれるかどうかの観察ができりゃあいいんだがね。そんな実例はひとつもない。人間というもの、ものごころがつくと、なにかしらよからぬことをやりはじめるとくる……」

「すると、やっぱり刑罰……」

「いいや、現象と考えるべきだろうな。人間だれしも、死ぬ時はなにかしら心残りを持っている。あの心中をした二人だって、なにも死にたくて死んだんじゃあねえし。もっと生きたいと思いつつも死ぬわけさ。その願望というか、精神エネルギーというか、それがこんな現象をひきおこしてるんじゃねえかな」

「もっと生きていたいなどと、分不相応のことを念じたことへの刑罰……」

「あんた、刑罰にこだわるねえ。もっとも、新入りだから、現世のなまぐさい概念をあてはめてえんだろうな。もし、どうしてもなまぐさい概念をあてはめてえんなら、刑罰じゃなく、責任と呼びなよ。現世で起っていることはすべて、かつて生きていたおいらたちに責任がある。だから、それを見とどける義務がある。な、こう考えりゃあ、ちったあわかりやすくなるんじゃねえかな」

「それならですよ、もし人類が将来、精巧なロボットを作りはじめたとする。それも人類の責任。わたしたち霊魂は、ロボットにとりつかなくてはならないんでは……」

「おいおい、いやなこと言うなよ。おいらは無限を考えると、げっとなるんだ。たぶん、そこまでの責任はねえんじゃねえかな」

「それにしても、だれがこんなシステムを作りあげたんでしょう」

「知るものか。だから現象なのさ。生きてる時、なぜ生れてきて存在してるのかの問題、だれの手にもおえなかったはずだぜ。なぜ宇宙は存在するのか、なぜ時は流れるのか、わかりますかね。なぜ霊魂となってここにいるのか、わかるわけがねえよ」

        *

 部屋のなかで電話のベルが鳴るが、だれも受話器をとるものなく、やがて鳴りやむ。

        *

 老紳士が言う。

「このままにしといていいんでしょうか」

 昭一郎が言う。

「よくはありませんよ。このままほっといて、この夫婦に死なれると、ぼくたちは困る。あなた、ウサコちゃんに呼びかけてみませんか。あなたは新入りで、なまぐささが残っている。もしかしたら通じるかもしれない」

 老紳士はどなる。

「おおい、大変だ、出てきてくれ」

        *

 しばらくたち、小さなほうのドアが開き、ウサコが出てくる。そして、部屋のなかを見る。

「机にむかって勉強の本を読んでたら、たちまち眠くなって、ぐっすり。勉強しようとすると、なぜ眠くなんのかしら。眠ってたら、いやな夢を見ちゃった。いやらしいじいさんに、大声で呼ばれ、追いかけられた夢。いやあな予感がして……」

 ウサコ、あたりの光景にしばし|呆《ぼう》|然《ぜん》。

        *

 老紳士ぼやく。

「いやらしいじいさんとは、手きびしいね。せっかく親切で呼びかけてやったのに」

 それに対して、スポーティな服装の若い女の霊魂が言う。

「あなたにも、そんな経験があるはずよ。あたしがとりついてた時、大切な会合のことを忘れて、あなたいねむりしていた。大会社の社長ともあろうものがなんてことって、あたしほっぺたをひっぱたいてやったの。すると、あなた目をさまし、つぶやいたわ。かわいい女の子がいたので声をかけたら、とつぜんひっぱたかれた。夢のなかとはいえ、ひどい目にあったとね。それから、会合のことを思い出して、あわてて出かけてったわ」

「そんなこともあったかな。申しわけないことをしました。あらためてお礼を申します」

「いいのよ。現世は現世、いまはいま、貸し借りは一線が引かれているんだから。だけど、あたしも死んでからかなりたったのね。声をかけても夢に通じなくなったし、そんなことやる気にもならないし。傍観者としての霊魂の世界になれてきた……」

        *

 ウサコは言う。

「悪夢のつづきみたいな感じね。どう、このありさま。どうしたってことなの。いいとしをした連中が、みんな倒れてる。変なにおいもするし……」

 ウサコは窓をあける。催眠ガスは拡散しており、ウサコに作用するききめは残っていない。

「……警察へ電話すべきなんでしょうね」

 電話機のダイヤルをまわして言う。

「大変なの。すぐ来てちょうだい。みんなのびちゃってるの。ここはブルー?マンションのなかの、現代人生設計相談室なの……」

 それから部屋のなかを歩きまわる。

「パパとママはどうしたのかしら。これかしらん……」

 ヒモをほどき、マントをとりのけると、亭主と夫人とが眠った姿であらわれる。

「あれあれ、だらしないかっこう。子供には見せたくない姿ね。しっかりしてよ」

 と、ひっぱたく。亭主、うめき声を出す。

「ううん」

 ウサコ、ひとりずつ別室のほうへ引きずってゆく。

「重いわねえ。いま、おふろ場でシャワーのつめたい水をぶっかけ、そのあとで濃いコーヒーを飲ませてあげるわね」

 亭主と夫人とウサコ、小さなドアより別室へ去る。

        *

 それにともない、昭一郎、春子、老紳士も別室へ移る。

        *

 ほとんどあいだをおかず、廊下のほうの大きなドアが不意に開き、消防署員の服装の男が三人、どやどやと入ってくる。

「どこです、出火は……」

 と言いながら、あたりを見まわし、住人のいないのをたしかめ、そのあと、おたがいに話しあう。

「なんてことだ、仲間がみな倒れている……」

 机の上のいんちき装置を指さして言う。

「……このなかの、かくしマイクからの会話がおかしくなり、中断した。ここへ電話をかけたが、応答はないし、そのくせ、だれも引きあげてこない。事態が悪化したにちがいないと判断した。そこでボスの指示どおり、下で待っていたおれたちは、消防姿で入ってきた。反対にとっつかまっていても、そのどさくさにまぎれて逃げ出せる」

「まったく慎重な計画だ。犯罪の成否は、逃走の準備にあるのだからな。しかし、打ち合せどおりやってきてみると、このありさま」

「来てよかった。ボス、どうしたんです。しっかりして下さい」

 と助けおこされ、首領はねぼけた声。

「へんなガスを吸ってしまった。発明家の先生も、わけがわからず倒れている。われわれを連れ帰ってくれ。金のほうはあきらめよう。ここでは妙なことばかりおこる」

「あの女は……」

「ぐあいの悪いとこで会ってしまったが、おれの家内だ。いっしょにたのむ」

 消防姿の一味のひとり、床にのびている子分を助けおこそうとし、声をあげる。

「や、こいつは脈がない。死にかけているようです。大変だ。どうしましょう。救急車を呼びましょうか」

「いいんだ。そいつは裏切ったやつだ。ガスをまともに吸い、それが体質にあわなかったかどうかで、重態におちいったのだろう。ほっておけ。天罰だ。そんな悪人、助けなくていい。手当なんかするな」

 部屋の物音を聞きつけ、ウサコが戻ってくる。

「あら、警察へ電話したはずなんだけど、なぜ消防の人が来たの」

 警察へ電話したと聞いて、一味はあわて、そわそわした口調。

「かけまちがいじゃないんですか。番号が似てますからね。まあ、仕事だって似たようなものですよ。みなさんをお助けするのが任務です。火事じゃなくてけっこうでした」

        *

 消防姿の一味の三人の男、そのうち二人には、それぞれ三十代、四十代の女の霊魂がとりついている。一人にはだれもついていない。三十代の女の霊魂がつぶやく。

「なにか面白い事件があったみたいね。見物しそこなって残念だわ」

 婦人Aが言う。

「あとでお話ししてさしあげます」

 ウサコとともに戻ってきた老紳士が言う。

「どうなったんですか。この消防の人は……」

 ノミ小僧が教える。

「一味の連中が、消防の服装で救出にかけつけてきたということらしいぜ」

「いろんな計略があるもんですな。あの強盗団の首領、なかなか用心深いやつだ。よくもここまで手順をととのえた……」

「いや、あの発明家の知恵さ。詐欺の研究をやってただけのことはある。というわけで、おいらも行かなくちゃならねえ。あばよ、縁があったら、また会おう。時間はたっぷりあるんだから、いずれどこかで必ず会えるぜ」

「それまで、お元気で……」

「ばかだね。死ねるわけねえじゃないか」

        *

 ウサコ、消防姿の者を呼びとめて聞く。

「運んでってくれるのはありがたいけど、まだひとり残ってるようよ」

「よく眠っているので、しばらく動かさないほうがいいんです。また、あとで……」

 一味はドアから出てゆく。大机の上のいんちき装置も書類とともに小型トランクに入れられ、持ち帰られる。ウサコ、ソファーにねそべり、つぶやく。

「ほんとに変な日ねえ」

        *

 人物たちいなくなり、たくさんいた霊魂もだいぶへる。いま部屋のなかにいるのは、ウサコにとりついている老紳士と、床に倒れている子分についている婦人Bだけ。老紳士が言う。

「えらいさわぎでしたねえ」

「たまには、こんな見物もようございますわ」

「あ、さっきの消防姿のなかにひとり、霊魂のついてないのがいた。あれに乗り換えればよかった」

「いくらも機会はございますわ。それに、男の霊魂が男に、女の霊魂が女につくのは、あんまりしっくりしないようでございます。なぜだかわかりませんけど……」

 婦人B、退屈そうに答える。その時、倒れていた子分、霊魂となって立ちあがり、あたりを見まわし、つぶやく。

「こりゃあ、どういうことなんだ」

 婦人B、感激もなくつぶやく。

「おやおや、このかた、だめにおなり遊ばしたようですわ。わたくし、とりつくべきべつな人をさがさなくては……」

 と言いながら、開いたままになっている大きなドアから、廊下へと出てゆく。老紳士、子分の霊魂に言う。

「いいですか、落ち着いてわたしの話を聞きなさい。あなたはいま、霊魂の世界にうまれたのです。おめでとう。よくいらっしゃいました」

「なんのことやら、さっぱりわからん。変なガスを吸ったまではおぼえているが。あのガスのおかげで頭がおかしくなったのかな」

「そんなことじゃありません。早くいえば、あなたはいま死んだのです」

「うまれたとか、死んだとか、いったい、どうなってるんだ……」

 と下を見て、大声をあげる。

「……や、おれのからだだ。えらいことになった。ただごとじゃない」

「そこに倒れているのがおれならば、しゃべっているおれはだれなんだ、その疑問はごもっともです。しゃべっているのが霊魂となったあなたで、倒れているのは、ぬけがらみたいなものですよ。いまはさぞショックでしょうが、やがてなれますよ。わたしも当初はそうでした。お気持ちはよくわかります」

「そういうものですかねえ」

「大丈夫、先輩のわたしの言うことです。信用しなさい」

        *

 その時、救急車の乗員が、開いている大きなドアから入ってくる。診察|鞄《かばん》を持ったのが一人、タンカを持ったのが二人。いずれも白衣をつけている。診察鞄を持った男がウサコに言う。

「どこですか、大惨事は。ばたばた倒れたとかいう電話だったそうですが。おじょうちゃん、わたしは医者です。かなりの事故らしいというので、応急処置のため、同乗してきました」

「あれえ、こんどは救急車なの。警察を呼んだつもりなんだけどなあ。やっぱり番号をまちがえたみたいね。あたし、びっくりしちゃってたもの。でも、救急車も警察も、似たようなものなんでしょ」

「そうとは限りませんよ。で、どこなんです。ばたばた倒れている人たちは」

「それがねえ、さっきまでは本当に大惨事だったんだけど、あらかた片づいちゃったの。パパとママはむこうの部屋にいるわ。なにか注射してちょうだい。うんと痛いやつがいいわ。ねぼけてるみたいなの。おびえながら、ねぼけてるみたい」

「それでは、すぐ手当しましょう」

 医者はほかの二人とともに、小さなドアから別室に行く。ウサコはドアのへんに立っている。

        *

 医者にくっついてきた霊魂は、二十代の美女。ほかの二人には、それぞれ年配の女がとりついている。しかし、それぞれ別室へと移動する。

 そのあいだ、部屋には老紳士と、できたての子分の霊魂。子分が言う。

「霊魂になったのかもしれないが、動けない。ぬけがらからはなれられない」

「もうすぐはなれられますよ」

        *

 医者たちは部屋へ戻ってくる。医者、ウサコに言う。

「パパとママは、まもなくはっきり目がさめますよ。催眠ガスを吸っただけです。おや、ここにもひとり倒れていますね」

「この人も同じことのようよ」

 ウサコに言われ、医者はかがみこんで子分を診察し、顔をしかめる。

        *

 老紳士、医者にとりついている霊魂の美女に話しかける。

「いかがですか、あなたの毎日は」

「まあまあね。この先生、突発事故専門のお医者さんでしょ。だから、事故見物でちょっと刺激的だったわ。でも、そのくりかえしでしょ、あきちゃうわね。といって、まるで刺激のない人へ移ると、これまた退屈でしょうし。あたし、まださとり切れないみたいね。新入りだからよ」

「わたしは、もっと新入りですよ。退屈しごくなんです。だれかにこの女の子を押しつけたい気分ですよ」

「そうすればいいじゃないの。そこにできかけの新入りがいる。その人に押しつけ、あなたはとりつく人物をべつにさがせばいいわけでしょ」

「そうですな……」

        *

 医者、子分のからだにカンフル注射をし、鞄のなかから出した装置のコードの一端をコンセントにさしこみ、心臓へのショック療法をこころみる。ウサコが聞く。

「おじちゃん、なにしてんの。おもしろそうね。あたしにも手伝わせてくれない。大きくなったら看護婦さんになろうかと考えてるのよ」

「いま大事なところ。とまった脈を動かそうとしてるのです。おじょうちゃん、じゃましないで……」

        *

 老紳士、美女に言う。

「このできたての新入りに、この家の女の子を押しつけるとして、わたしがとりつくのに適当な、あいている人物、どこかにいませんか」

「このお医者のうちの、中学生の女の子、まだだれもとりついていないわ。どうかしら」

「それはいい。それにとりつけば、毎晩あなたとお話ししながらすごせることになる」

「そりゃあそうだけど、なんてこともないわよ。どこもおんなじ。住めば都よ」

「かもしれませんが、ここよりはいい。ここの夫妻には、心中した二人がとりついている。ひまがあれば愛をささやきあっていて、わたしは会話に加われないのです」

        *

 医者、子分の反応を見ながら言う。

「うまくいきそうだぞ。ほとんど止っていた脈が、強くなりはじめた」

 と手当に熱をいれる。

        *

 それにともない、立ちあがっていた子分の霊魂、かがみこみ、肉体に戻りはじめる。老紳士つぶやく。

「おやおや」

 医者についている美女の霊が言う。

「命をとりとめるらしいわ。医学の進歩のせいね。このお医者、なかなか手ぎわがいいのよ」

「ああ、せっかくよそへ移れるチャンスだったのに。ちくしょう。医学の進歩め。がっかりだ……」

「あせることはないわよ。先は長いんだし、いつでもチャンスはあるわ。なにしろ、人間にくらべて霊魂のほうが相対的に少ないんだから、町を歩いていて、むこうから霊魂のくっついてない人間がやってきたら、すれちがいざま、ぱっと乗り換えればいいわけでしょ。もっとも、移ったからには、もとへ戻りにくい。いまより面白くなるかどうかはわかんないけど。でも、乗り換えるという選択の自由があるだけ、いいわよ。現世の人間のほうが多いんだから。これは医学の進歩のおかげでしょ。こんちくしょうとばかりは言えないわ」

「そういう考え方もありますな。さっき会ったノミ小僧の霊は、医学の進歩のおかげで、なかなか昇天できないとぼやいていたが」

 子分の霊がからだに戻ると、さっきはなれていった婦人Bの霊魂がドアから帰ってくる。

「この人、生きかえったようでございますね。わたくし、戻ってきましたわ。そのへんさがしたんですけど、めぼしいのがありませんでした。どこへ移っても大差ございません。おなじことなら、住みなれたこの人にとりついていることにいたします」

 と言う婦人Bに、老紳士は言う。

「そういうものですかね」

「大名屋敷にご奉公しておりました。簡単につとめ先を変えられない職場。その生前の習慣が抜けないのでしょう。それに、長くとりついていると、情が移ってくるようでございます。この人にとっては、知らぬが仏なのでしょうがね。わたくし、生前は犯罪などにはまるで趣味がございませんでしたが」

「いまは、声援したい気分にもなっている、ですか」

「そんなふうでもございます。霊魂と、それのとりついている人物。なにかすごく対照的なようですが、けっこう調和し、バランスがとれているようではございませんか。気のせいかもしれませんけど。似合いの霊魂といえそう。生前に自分が知らなかった分野の生活、それを見物したいと、無意識のうちに、そんな人物を選んでとりついてしまうのかもしれませんわね。これはわたくしの想像でございますが」

        *

 子分、目を開いて低くうめく。ウサコ、感嘆の声。

「すごいわね。脈のとまってた人を生きかえらせちゃった。あたしの脈がとまった時も、たのむわね。すぐ電話するから」

「やってあげますよ」

 医者、ほかの二人に命じ、子分をタンカの上にのせ、ドアから運び出す。

        *

 それにともない、婦人Bの霊も、美女の霊も、そのほかの霊も、手をふりながら出てゆく。ドアしまる。

        *

 ウサコつぶやく。

「やっとすんだみたいね」

        *

 いま、この部屋にいる霊魂は老紳士だけ。

「あの新入りのやつ、もう少しのところで、肉体へ戻ってしまった。いまの男の正体と動機、結局わからずじまい。とりついていた婦人に聞いてみればよかったが、行ってしまったいまでは手おくれ。わたしは一味に潜入した刑事と予想してたが、金庫をあけようとしたところをみると、やはりただの仲間割れだったのかもしれないな。一味のなかの、あの自称発明家、詐欺の研究家だけあってなかなかの策士らしいが、あいつが裏で筋書きを作った、強盗団内部のクーデターだったのかな。思いがけないボスの妻の出現、薬入りの酒、そんな突発事件がからんだため、なにがなんだかわからない形になってしまった。いろいろな場合が考えられるな。真相はどうなのだろう。きょうの関係者の霊魂たちに、そのうち会えたら、聞いてみるとするか。しかし、生きている連中の世界って、大部分こんなものだろう。ずばりと完結するのは、テレビのなかのドラマだけのこと……」

        *

 亭主と夫人、小さなドアから出てきて、応接セットの椅子にそれぞれかける。亭主が言う。

「やれやれ、なんてことだ。みんないなくなったな。どうしたんだ」

 ウサコ、教える。

「警察へ電話したつもりなんだけど、番号をまちがえたみたいだわ。消防の人たちがやってきて運び出し、残った一人は、救急車のお医者さんがきて、脈のとまってたのをなおして連れてったわ」

「さっぱりわからん。絶体絶命になり、意識を失い、気がついてみるとみんな消えている。悪夢みたいだ。どことなくそらぞらしさが残る点まで、悪夢に似ている」

 夫人は亭主に言う。

「警察へ電話をかけましょうか」

 亭主、立ちあがって金庫を調べ、戻ってきて言う。

「金庫はあけられていない。あの非常装置のガスが出たらしい。わたしたちが眠ったのは、そのせいだ。つまり、被害はないし、倒れたはずの連中もいなくなってしまった。警察を呼んでもしようがないんじゃないかな。あれこれつまらんことを、ねほりはほり質問され、そのほうが被害だ」

「あら、あの霊界をながめる装置もなくなっちゃった。発明家もいなくなっちゃった。あたしたちが煮えきらないので、すくいの手をさしのべてくれないのかと、腹を立てて帰っちゃったのかしら。残念ねえ。すごい発明品だったのに」

「マントをかぶせられ、動けないでいる時に、あいつ痛がって悲鳴をあげてたな。あの悲鳴、なんだかそらぞらしさがあったな。もっとも、こっちはすぐ眠ってしまったが。警察を呼ぶと、あの発明品の話もしなくてはならない。うさんくさい表情になるだろうな、まじめな警官たち……」

「寝椅子の上の女、起きあがって、あなたとかなんとか言ってたわね。侵入者のひとりの奥さんだったみたいよ。自白剤のきいてるうちに、事情を聞き出しておけばよかった。あの発明家が来たので、そのひまがなかったわけだけど」

        *

 昭一郎と春子、例によって抱きあったまま。

        *

 亭主、夫人に言う。

「おまえの霊感だと、どうなんだい。真相は」

「霊感のひらめくひまなんかなかったわ。たしかに、なにもかも一連の悪夢のようだったわ。みんながぐるだったようにも思えるし」

「いや、大変な飛躍だな。おまえは霊感のひらめかない時のほうが、非凡なことを言うな。かりにぐるだったとして、あれだけの芝居、なんのためにやったというんだい」

「たとえばね、調査料と称して、高いお金をとっている金融業者の摘発のためとかね。正面から乗り込んだのじゃ、書類をかくされたりしてうやむやになる。そこで非常手段、ああいう手のこんだ芝居をうって、書類を調べるってことないかしら。世の中、複雑になってきてるからねえ」

「おい、おどかすなよ。ばかばかしい飛躍だが、そんなこと言われると、ぎょっとする。しかし、なあ、いまの想像、いんちき占い師の実態調査、摘発の準備、それが目的だったともいえないこともないよ」

「いやなこと、言わないでよ。まともな仕事よ、あたしのは。人を救い、世の中をよくするためにやってるんだから」

 亭主も夫人も不安げな表情。まるで事態が理解できないので、気分が落ち着かない。それを見てウサコが言う。

「パパもママも、まだ頭がおかしいみたいね。眠り薬がきき、興奮剤がきき、どっちつかずで混乱してんのね。一生けんめいに最悪の事態を想像しあってるみたい。むこうへ行って、ベッドで少し休んだほうがいいわよ。そのうち、どっちかの薬のききめがおさまり、眠るか起きるか気分がきまるんじゃない。なにも急いで結論を出すこともないわよ。時間はたっぷりあるんだから。あら、時間がたっぷりあるなんて言葉、なぜ頭に浮んだのかしら」

 亭主、夫人に言う。

「ひと休みするか。べつに被害はなかったようだし。これからはお客を厳選することにしよう。量より質だ。おい、ウサコ、ドアに|鍵《かぎ》をかけといてくれ。あとで金庫の番号を変えなくちゃならないな」

 亭主と夫人、少しふらつく足どりで、ドアから別室へ移る。

        *

 それとともに、昭一郎と春子も去る。

        *

 ウサコ、ドアに鍵をかけ、椅子などをきちんとなおしながら、部屋のなかを歩きまわる。

        *

 老紳士、そのあとをくっついて歩く。

「つまりは、面白い事件だったといえるんだろうな。侵入者たちの正体とか、あれからどうなったのか、いささか不明だが、まあいいだろう。いっぺんになにもかもわかってしまったら、そのあとの退屈を持てあますだけだ。新入りのわたしにみなが言っていたが、時間はたっぷりあるらしい。ああなったのかもしれない、こうなったのかもしれない、などと空想することで、その時間をつぶしてゆくのが賢明のようだ。しかし、わたしも少しずつ、この世界になれてゆくようだな。そのうち、また変った事件を見物できるだろう。それを楽しみに待つとするか。それへの期待でもなかったら、たまったものじゃない。コンピューター支配の、事件の起りようのない統一された社会にでもなったら、ことだな。それを考えると、ぞっとする。生きている連中、ごたごたをおこすことが死者たちへのなによりの供養だと、知っているかな。知ってもらいたいものだな」

        *

 ウサコつぶやく。

「あたしも、むこうでテレビでも見ようっと。なんか、すごい番組でもやってないかしらん。学校が休暇になると、退屈だわ。時間がたっぷりあるって感じ……」

 と、つぶやきながら別室へ行く。

        *

 老紳士、そのあとにつづく。

「生きている連中が、もっとごたごたをおこしてくれるよう、祈りたい気持ちだな……」

 ちょっとふりむき、さらにつぶやく。

「……祈ったって、あまりききめはなさそうだがね」

 とドアをくぐって別室へ。

        *

 別室へのドアを、ウサコがむこう側からしめる。

  あとがき

 書下ろし新潮劇場というシリーズの一冊として、戯曲を書いてみないかと持ちかけられた時、正直いって驚いた。その方面の才能など、まったくないのだ。もしかしたらあるのかもしれないが、玉みがかざれば光なしで、ないのと同様である。

 かつて某出版社が文士劇なるものを行事としてやっていたが、出ようなどという気はおろか、見に行こうという気にもならなかった。むかし、小学校、中学校で学芸会というものがあったが、それにまつわる思い出もない。

 そりゃあ、歌舞伎、新劇、新派、新国劇と、ひと通りは見ている。エノケン、ロッパの舞台も見た記憶がある。テレビ普及以前、若いころの話で、しかも数えるほどである。見れば面白いこともわかっている。それでも、どうも出かけるのがおっくうなのである。

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