饭饭TXT > 海外名作 > 《なりそこない王子/乞丐与王子(日文版)》作者:[日]星新一【完结】 > 星新一_日文版_なりそこない王子.txt

文章简介

作者:日-星新一 当前章节:15451 字 更新时间:2026-6-16 00:33

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 なりそこない王子

[#地から2字上げ]星 新一

目 次

 死体ばんざい

 ものぐさ太郎

 合法

 なりそこない王子

 エスカレーション

 ミドンさん

 魅惑の城

 善良な市民同盟

 新しい政策

 そして、だれも……

 収容

 流行の鞄

  死体ばんざい

   1

 ほとんど車の絶えた夜の道路を、一台の|霊柩車《れいきゅうしゃ》が走っていた。都会からはなれた人家のまばらな地方。ながめて楽しくなる光景とはいえない。

 時たますれちがう車も、そのとたん急にスピードをあげて逃げるように走り去る。まあ当然のことといえよう。前方の暗さのなかからあらわれた車を、すれちがう時になにげなく見ると霊柩車なのだ。それ一台だけで、あとにしたがう車もない。つめたい|鞭《むち》で背中をたたかれたような気分になり、速度違反など気にしてはいられなくなるからだ。

 さらに、ごくたまに深夜便のトラックが追い抜いてゆく。トラックの助手席の者が霊柩車にむかい、なんともいいようのない表情で声をかけ、指さしたりする。そして、もちろんスピードをあげるのだ。少しでも早くそれから遠ざかりたいといった感じで。

「なんだい、いまのやつの身ぶりは。まるで、こっちが幻の車かなんかのような顔つきだったぜ。なにか、わけのわからんことを叫んでもいた。しかし、むりもないことかもしれんな」

 運転している男が、となりの席の男に言った。ふたりともまだ若い。

「おれたちだって、あんまりいい気分ではない。商売とはいえ、深夜の道路に霊柩車を走らせ、都会まで行くという仕事ははじめてだ。ひどい仕事を押しつけられてしまったな」

 こんなはめになった原因はこうだった。都会からの旅行者が、地方都市で急死した。葬儀は都会の自宅でやらねばならず、そのためには死体を運ばなければならないのだ。普通ならこんな場合、遺族がつきそっているべきだろう。だが、その遺族は、一足さきに帰って葬儀の準備をしなければならないと、すべてを霊柩車にまかせて、いそがしげにさきに行ってしまった。ドライでビジネスライクな世の中になったせいだろうか。

「いつだったかテレビで見た怪奇映画に、こんなシーンがあったぜ。嵐になり雷鳴がとどろき、そのなかを馬車で走っていると、うしろにつんであった死体がむっくり起きあがり、抱きついてくる……」

「よせ。よけいなことを言うなよ。それでなくてもいやな気分なんだ。ねむけを追い払うために、わざとそんな話をしているのか。それだったら、運転をかわってやるぜ」

「いや、運転していたほうが気がまぎれていい。追い抜いて行くやつらの、妙な顔をながめるのもちょっとした楽しさだ。しかし、さっきから気になってならないことが、ひとつだけある」

「なんだ」

「うしろをのぞいてみてくれないか。なにか変な音がしているようなんだ。えたいのしれない音なんだ」

「まさか、このお荷物のなかみが動きはじめたとでも……」

 ひとりがふるえ声を出したが、運転席の男は強い口調で言った。

「たしかに音がしているんだ。びくびくしていないで、早くたしかめてくれよ。事故でもおこったら、死者が合計三人になってしまうぞ」

「ああ、わかったよ」

 おそるおそるふりかえり、後部との境の窓ごしにのぞきこんだ男の顔は、ふいにこわばった。目は焦点を失い、大きく見開かれたまま。声もすぐには出ない。彼は運転席の男に、手まねでブレーキをかけるよう伝えた。

「おい、どうしたんだ。口をぱくぱくやったりして……」

「た、大変なことになった」

「そうさわぐな。おれを驚かそうとしたって、その手にはのらない。つんであるのは確実に死体なんだ。それ以外のなにものでもない。殺人鬼や強盗じゃないんだ。おちつけ」

「それどころじゃない。見てくれ。ないんだ。なくなっちゃったんだ」

「なんだと……」

 やっと二人の驚きは一致した。車をとめ、うしろをのぞきこむ。なんにもなかった。棺が見あたらない。もちろん、死体だけが残っているわけもない。よく調べると、後部のドアが開きっぱなしになっていた。

「ははあ、これが原因なのだな。坂道をあがる時か、急いで発車させた時に少しずつずれ、落っこちてしまったにちがいない。変な物音がしていたのは、この後部ドアがばたばた開閉していた音だ」

「そういえば、追い越して行くトラックの連中が変な身ぶりをしていたのは、これを教えて注意してくれたのだろう。ドアが開いたままだぜってね。しかし、深夜の霊柩車となると、わざわざ停車してまでは教えてくれない。形容しがたい妙な顔で叫ぶぐらいがせい一杯だったのだろうな」

 二人は顔をみあわせた。事態の重大さがじわじわとわきあがってくる。

「えらいことになってしまった。このままだと、むこうに着いて言い訳のしようがない。すみませんが不注意でおっことしました、ではすまないからな。これが普通の品物なら、なんとでもなる。積荷保険によって弁償もできる。だが、死体には保険がついていないんだ。死体保険の制度も作るべきだなあ」

「ああ、どうしたらいいんだろう。まったく、首でもくくりたくなったよ」

「うむ、いい考えかもしれないぞ、それは。現物賠償だ。どうだ、その気になったついでに、かわりに死んで車のなかに横たわってくれないか。相手に対しておれも弁解しやすくなる。ご不満でしょうが、これでごかんべん下さいと」

「つまらん冗談はよしてくれ。こんなことになって、おれたちの責任はどういうことになるのだろう。おれたちは警察につかまるのだろうか。いや、これは事故なんだから、犯罪にはならないだろうな。しかし、損害をどうしてくれるかとの問題にはなるにちがいないぞ。いったい、死体の賠償金の相場って、いくらぐらいなんだろう。知っているか」

「聞いたこともない。しかし、ここでなげいていても、なんの解決にもならない。やるだけのことはやろう。いまの道をもどってさがすのだ。見つかるかもしれない。すでにだれかに拾われてなければの話だが……」

「もし拾われて交番へ届けられていたら、すぐには渡してくれないかもしれないぜ。これが落した死体だと、どうやって証明しますなんて聞かれたりしてね。時間がかかる。都会では葬儀の準備がととのっていて、弔問者があらわれはじめたというのに、かんじんの主役がまだ来ませんじゃあ、ことだよ。また、拾い主が謝礼を要求してもめたりしたら、どうしたらいいんだ」

「からだの一部分、一割ほどを切って渡せばいいさ。悲観的な想像ばかりするな。なによりもまず、現物をさがすことだ。元気を出せ、きっとあるさ。あんなもの、犬だって食いはしないさ。道をもどろう。こんどは、おまえ運転をしてくれ」

 霊柩車は方向を変え、道をひきかえした。気はあせるが、スピードをあげて見落しをしたら、もともこもない。ゆっくりと進む。だれかが見たら、ぞっとするにちがいない。夜の道をなにかを求めながら、一台だけふらつくように走る霊柩車。手まねきをしたら寄ってきそうな走り方なのだ。

「それらしきものは落ちてないか」

「なんにもない。ネコの死体さえないぞ。どのへんで落ちやがったんだろう。死者をさがすのはやっかいなものだな。いくら叫んでみても、答えてはくれないからな」

 しかし、そのうちひとりが声をあげた。

「あ、道ばたになにかあるぞ。もう少し先の右側だ。車からおりて調べてみよう」

 ヘッドライトでそのあたりを照らすように駐車し、ふたりはおりた。死人でありますようにと祈りながら近づき、のぞきこむ。そして、うれしさの声をあげて飛びはねる。

「あった。万歳だ。こんなところにころがっていやがった。はらはらさせやがったな。手数をかけるやつだぜ」

「このへんは別荘分譲地として最近よく広告されているところだ。別荘生活をしてみたいとの思いが残って、こいつここで飛びおりたのだろうか」

「それはそうと、そのへんに棺はおっこっていないか」

 道の前後をみまわしたが、棺はなかった。べつべつに落ちたのか、それとも、落ちた衝撃でこわれて飛び散ったのかだろう。夜のため、入念にさがすのは不可能だった。しかし、それはまあどうでもいい。問題は中身なのだ、外側はさほど重要でない。都会に入れば棺を買うこともできる。

「よくも車にひかれず、ぶじでいてくれたな。運のいいやつだよ、こいつは。悪運が強い。もしかしたら生前は、殺しても死なないようなやつだったのかもしれん」

「いずれにせよ、こんなおめでたいことはない。さあ、むだ口をたたいてないで、車につもう。こんどはよくドアをしめるんだぞ」

 二人はかかえあげて、つみこむ。月光をあび目をとじている青白い顔。ぐにゃりとした重い感じは、いいものではなかった。しかし、彼らはほっとしており、そんなことを気にするどころではなかった。軽く口笛を吹きたくなるような心境。

 車はふたたびむきを変え、目的地めざして走りつづける。しばらく前とはうって変った陽気なムード。車までが踊っているようだ。追い抜く車にむかっては「楽しくやろうぜ」と声をかけ、手を振り、クラクションにリズムをつけて鳴らす。妙な顔で逃げるのを見て、二人は大笑い。

「祝杯をあげたいところだな。うしろのお客さんもたたき起し、どんちゃんさわぎをやらかしたい。まったく、一時はどうなることかと、生きた心地じゃなかったよ」

「運転中だから酒を飲むわけにはいかないが、どこかで一休みしてコーヒーでも飲むか。もう少し先に深夜営業のドライブインがあった。さっきネオンが出ていたよ」

「そうしよう。とんだことで時間をむだにしてしまった。本社に電話番号を問いあわせ、届け先の家に電話連絡をしておこう。到着がおそいので、途中で不幸な事態が起ったのではと、心配しているといけない。ちょっとおくれますが、確実におとどけできますと伝えておこう」

「そのほうが親切というものだな。しかし、この車をドライブインの駐車場にのりこませては、みながいやな顔をするだろう。塩やコショウをまかれるかもしれない。そばの横道かなんかの、目立たないところへとめたほうがいいぞ」

 二人はそうした。通りすぎて速度を落すと、ちょうどいい横道があった。歩いて少しもどり、ドライブインに入った。軽い食事をし、コーヒーを飲む。時どき顔をみあわせ、ほっとした笑いをうかべる。生きているしあわせ。この安心感は彼ら以外の者にはわからないものだろう。

「空腹もおさまり、コーヒーでねむけも消えた。では、出発前に電話をしておくか」

 ひとりが立って、カウンターのはじの電話のところへ行った。だが、やがて変な顔をしてテーブルにもどってきた。

「わけがわからん」

「電話がかからなかったのか」

「かかることはかかったよ。まずわれわれのガレージに電話をしてみたんだ。そうしたら、さんざん怒られてしまったよ。おまえたちみたいにそそっかしい連中はないってね」

「なんのことなんだ。おれたち深謀遠慮タイプの人間とも思っていないが、怒られるほど軽率でもないはずだ」

「驚くなよ。おれたちは、よろしくお願いしますと頭を下げられ、てっきりつみ込んだものと思って出発した。しかし、その時はまだつみ込んでなかったらしいんだな。つまり、つみ残しさ。だから、あわてて二台目の霊柩車を用意し、出発させたという。早く帰ってこいとさ。車の後部のドアがしまっていなかったのは、そのためだったらしい。はじめからなんにもつんでなかったのだよ。やきもきしながらさがしまわったのは、とんだお笑いさ」

「とすると……」

 事情がわかり、もうひとりはうめいた。途中で落したのではなかったのだ。ばかばかしい思いちがい。しかし、笑うわけにはいかない。

「……それなら、いま車につんであるのは、なんなのだ」

「知るものか」

 とんでもないものを拾ってしまった。拾得物横領になってしまう。どこかへそっと捨ててしまうほうが賢明なのだろうか。しかし、そんなことをして発覚したら、犯罪になるのかもしれない。へたをしたら、おまえたちが車ではね殺し、犯行をかくそうとして運んだのだろうとも言われかねない。

 言語道断の死体だ。なんであんなところにころがっていやがったのだ。おかげで大迷惑だ。殺してやりたいほどだ。さっきはあんなに欲しがっていた死体なのだが、いまやとんだお荷物。

 いままでの安心感と幸福感はどこかに消え、ふたりは口をきわめて文句を言った。警察であれこれ調べられることになるのだろう。容疑をかけられ、誘導尋問でじわじわしめあげられるにちがいない。それを考えると、うんざりだった。しかし、ほかにどうしようもない。警察に届ける以外にないようだ。善良な市民の義務でもある。彼らは覚悟をきめ、警察に電話をした。

「じつは、道ばたで死体を拾いました。拾うつもりはなかったんですが、まちがって拾ってしまったんです。いま、ドライブインまで運んできてしまったのですが、これからどうしましょう」

 電話のむこうの警察官はとまどった口調。

「あなたはどなたです」

「申しおくれましたが、霊柩車の運転をやっている者です。われわれが事故を起したのではありませんよ。霊柩車が人をひいたなんて話はないでしょう」

「そのような申し出ははじめてだ。本当なんでしょうね。考えられないことだ。本当なんでしょうね。からかうための出まかせだったら、ただではすみませんよ」

 信用してくれないのなら勝手にしまつしてしまいますよとも言えない。二人はかわるがわる電話に出て、事実であることを力説した。これが事実でなければ、どんなにありがたいだろう。死体を運ぶのは商売でなれてはいるが、無賃乗車をされたのははじめてだ。この乗り逃げ野郎を警察に引渡しても、金を取り立ててはくれまい。それどころか、ちょうどいい、ついでにどこそこへ運んでくれと使われるのがせきの山だ。あげくのはて帰れば帰ったで、経営者からさんざん油をしぼられるにきまっている。|疫病神《やくびょうがみ》をしょいこんだようなものだ。

 二人はドライブインで、パトカーの来るのを待った。そのあいだに彼らの頭を占めていた思いはただひとつ。さっきつみこんだのが夢であったらどんなにいいだろう。ドアをあけてみたら、煙のように消えている。そうなっていたらいいんだがな。勝手きわまる期待。しかし、念力で消せるものならと、祈りたくもなるのだった。

   2

 霊柩車の二人が入ってくる少し前、このドライブインにひとりの客がいた。二十五歳ぐらいの青年。スポーティな服装。ゴルフのバッグを持っていた。

 しかし、スポーティな服装だからといって、健全な精神の持主とは限らない。彼はある犯罪組織に属していた。そして、その下っぱであった。なぜ下っぱかというと、性格的に意志が弱く、なにをやらしてもへまばかりしているからだった。

 青年は、こんなことをしていてはいつまでもうだつがあがらないと自分でも気がついていた。まともな仕事、つまり意志が弱くても年功序列でなんとかやっていける世界のほうに移りたいと考えていた。

 しかし、こういう組織からはおいそれと足が洗えないことになっている。本当は組織の上層部としても、こんな青年はお払い箱にしてしまいたいところだ。だが、はいさようならですむとなっては、他の者へのしめしがつかない。いままで食わせてやったのがむだにもなる。なんとか活用しなければならない。そこでこういう命令を与えた。

「おまえは足を洗いたいと言っていたな。希望どおりにしてやろう。しかし、最後に一仕事だけやってもらいたい。それがすめばおまえは自由だ。まとまった退職金もやる」

「ありがとうございます。なんでもやりますとも。いままでのご恩がえしです。命じて下さい」

「いいか、ここに写真がある。この人物を消してもらいたい。わが組織の裏切り者。生かしておくわけにはいかないのだ」

「え、殺人ですか。そんなことは、ぼくにはとても……」

「むずかしいことはなにもない。おまえのようなまぬけにもできることだ。銃に弾丸をこめ、ねらって引金をひけばいいのだ。おまえの好きな射的とおなじことだ」

「しかし、動く的となると……」

「動くかもしれないが、射的の的より大きいぞ。写真の裏に別荘地への道が書いてある。やつはその一帯のどこかに、名を変えてかくれているという。さがしだし、散歩にでも外出した時をみはからって、しまつしてくれ。武器はいろいろある。このゴルフバッグを持って行け。銃も入っているし、|拳銃《けんじゅう》もある。ナイフもあるし、毒薬のカプセルもある。もちろんゴルフのクラブも入っている。殺人用具ひとそろいだ。好きなのを使ってやってくれ。大事なのは結果であって、経過ではない」

「しかし……」

「いやならいいんだよ。だが、そうなるとおまえはただではすまぬ。覚悟するんだな。しかし、成功すれば金銭と自由がおまえのものとなる。組織としても、おまえが内部の秘密を口外する点を心配しなくてもよくなる。口外すれば自分の殺人をも告白することになるんだからな。さあ、どうする」

「わかりました、やりますよ」

 というわけで、青年は引受けたのだ。そして、車を運転しこの別荘地までは来た。さがしまわり、目標の人物はつきとめることもできた。しかし、どうしても決行できない。映画などではいとも簡単に片づけられていることだが、いざ当事者となると気が進まないのだ。

 個人的にうらみ重なる相手なら、やってやれないことではないだろう。だが、そうではないのだ。ためらっている一方、約束の期限が迫ってくる。青年はギリギリのところへ追い込まれた。

 そのあげく、せっぱつまって、ついに一案を思いついた。さほど名案でもなかったが、ほかにアイデアもなかったのだ。彼はこのドライブインから組織に電話をかけて報告した。

「命令された件ですが、なんとかやりとげました。これから帰ります。すぐに身をかくしたほうがいいでしょう。資金を用意しておいて下さい」

 つまり、殺したということにしようというのだ。金を受取り、どこかへ行ってしまう。あとはなんとかなるだろう。だめでしたと帰ったのでは、こっちが消されてしまうし、金にもならない。

「そうか、よくやった。しかし、本当にやったのだろうな。普通だと、もっとうわずった声を出すはずだが。どうやってしまつしたんだ」

 そう質問され、青年は話をでっちあげた。

「夕方の散歩に出たあとをつけて、消音器つきの拳銃でうったんですよ。それから犯行がばれにくいように、石で顔をめちゃめちゃにつぶし、林のなかに穴を掘って埋めました。永久に発覚しないかもしれません」

「なんだと、すごいことをやってのけたな。そんなすさまじいことができるとは意外だった。悪に強きは善にもとかいうが、まともな仕事に移っても、おまえは出世するだろう。しかし、どうも信じられんな……」

「本当ですよ、信じて下さい」

「よし、それなら、殺したという証拠を持ってこい。殺人証拠としては新聞にのった死亡記事が一番いいんだが、林に埋めてしまったのでは、それも期待できない。といって、なんにもなしでは、こっちでも金を支出する事務処理に困るのだ。すまんが掘り出して、持ってきてくれ。なにも全部でなくていい。手でも足でもいいから、ちょんぎって持ってきてくれ。つぶした首はぞっとしないな。要するに、人を殺したという証拠がいるんだよ。それと引きかえに金を渡す。どうだね」

「いいですとも。そうしましょう」

 青年はそう言って電話を切った。しかし、いいですともと答えはしたが、そんなものはどこにもありはしないのだ。肉屋へ行ったって、こういうたぐいの肉は売っていない。医学模型の店で買ったのでは、すぐばれてしまう。自分の手をちょんぎってでも渡したいところだが、これまた一目|瞭然《りょうぜん》だ。他人に手を売ってくれとたのむこともできない。組織の上層部はこういうことになれていて、簡単にはごまかせないようになっている。

 青年は首をうなだれ、ドライブインを出て駐車しておいた車に乗った。どこへ行ったものだろう。この車で遠くへ逃げるか。しかし、ほとんど金を持っていないのだ。逃げたあとの計画がまるでたたない。

 ああ、死体がほしいなあ。死体であればなんでもいいのだ。手か足をもらうだけでいいんだ。ハンドルにもたれて青年が祈った時、目の前にすばらしいものが見えた。

 ゆっくり走っている霊柩車。あれなんだよ、あのなかにあるものなんだ、おれのほしくてたまらないものは。少しでいいからわけて下さいと、たのんでみるか。まあ、だめだろうな。事情をくわしく説明し、それで人間ひとりの命が助かるんだといえば、話にのってくれるかもしれない。だが、組織の秘密をばらすことになってしまう。

 拳銃でおどかし強奪するか。しかし、抵抗されたらどうしよう。引金をひき、殺してしまうことになるかもしれない。むだなことだ。死体はひとつあればいいんだから。

 あきらめきれず、青年は車を動かして霊柩車のあとをつけた。止ってくれ、と心の底から祈る。すると、それに応じるかのように、霊柩車はすぐ横道に入って停車した。二人がおりてくる。物かげからようすをうかがっていると、彼らはドライブインのほうへ歩いてゆくではないか。

 なんという幸運。神があわれんでくれたのだろう。この機会をのがしたら、おれは一生後悔しつづけなければならない。いや、第一その一生なるものが、あるかどうかもわからなくなるのだ。決意。彼はしのびよって、後のドアをあける。

 青年はちょっと驚いた。死体があることは予想していたが、棺にも入っていず、そこにごろんところがしてあったのだ。なんということだ。ほとんどの交通機関が人間を物品あつかいする時代とはいえ、ついに霊柩車までそうなってしまったのか。

 しかし、いまはそんな点などどうでもいいのだ。死体をいただくことが先決だ。青年はそこで切断にかかろうとした。だが、時間がかかって彼らがもどってきたら大変だ。いいわけのしようがない。つかまって警察に渡されたら、なにもかも破滅だ。

 青年はいちおう自分の車に移すことにした。後部のトランクをあけ、そこに押しこむ。重くぐったりした、はじめての感触。しかし、悲鳴をあげたりしている場合ではない。彼はふたをして、霊柩車のドアをもと通りにしめ、急いで車をスタートさせた。

 ほっと息をつく。悩みが消えてゆくこころよさ。これでいいのだ。どこかで手か足をちょんぎり、土中から掘り出したように泥まみれにする。残りの部分は、どこかにほうり出しておけばいいだろう。それで万事解決。あとは自由なんだ。

 前方からサイレンを鳴らしながらパトカーが走ってきた。すれちがって遠ざかってゆく。青年はびくりとした。まさかとは思うが、しばらくようすを見たほうがいい。彼は車を少し進め、横道に入り、車を止めた。

 これまでの緊張がゆるみ、眠くなってきた。ちょっとだけ眠ろう。作業はそれからでいい。

   3

 ある別荘のなかで、男と女とが話しあっていた。山小屋風の、しゃれたつくりの建物。夜の静かさのなかで、酒を飲みながら話しあっている。

 なごやかな光景。しかし、現実にかわされている会話の内容は、決しておだやかなものではなかった。また、この男と女は夫婦でもないのだ。将来そうなることはあるかもしれないし、二人ともそう望んではいるのだが……。

「困っちゃったわね。お金が自由にならないのよ。あの時は、殺しさえすればあとはなんとかなるだろうと、前後を考えずにやっちゃったけど……」

 と女が言った。なかなかの美人。その価値を充分にいかし、彼女は金持ちと結婚した。それから、いまそばにいる男と知りあい、愛しあうようになった。ここまでは世によくある現象。しかし、やがてその度が進み、共謀して邪魔な存在である亭主を殺してしまった。毒薬を飲ませ、湖に運び、おもりをつけて沈めてしまったのだ。それは慎重におこなわれ、浮びあがって発覚するような心配はないといってよかった。

 慎重さがもうひとつ欠けていたと気がついたのは、それからしばらくたってから。正式の死亡でないから、相続ができない。実印があればなんとかなるのだが、亭主がどこにしまったのか、いくらさがしても見つからない。預金をおろすことができず、貸金庫から債券を出して売るわけにいかず、不動産を処分するわけにもいかない。死んだ亭主の財産に手がつけられないのだ。生命保険金をもらうわけにもいかない。

 |失《しっ》|踪《そう》宣告とかをしてもらう方法があるらしかったが、それにはある期間待たねばだめのようだった。とてもそうは待っていられない。金融業者から金を借りようにも、事情を打ち明けるわけにはいかない。彼女としては、酒を飲みながら男を相手に、ぐちをこぼす以外にないのだ。男も頭をかきながら言う。

「こんなことになるとはなあ。確実に死んでいるというのに、生命保険金がもらえないなんて不合理だよ。死体なんてものは、空きびんか空きカンのごときものとばかり思っていたよ。ご用ずみになれば、なんの意味も価値もないものとね。ところが、そうじゃなかったんだな。空きびん引きかえでないと、景品がもらえないときた」

「乗車券とも似てるわね。下車する時にはちゃんと渡さないとおこられちゃう。どうしたらいいのかしら。現状打開のなにかいい方法を考えてちょうだいよ」

「湖水に沈めたのを引きあげるか。いなくなったと思ってたら、湖水に落ちて|溺《おぼ》れてましたとね。それで正式に死亡とみとめてもらうのも一案だ。毒は水のなかに散っちゃって、毒殺の証拠は発見できないだろう」

 男は平凡な意見を言い、女は首をふった。

「だめよ。引きあげられないわ。重い石をつけ、いちばん深いとこへ沈めたんですもの。あたしたちだけではできないわ。大ぜいの人間をたのめばいいけど、なんて言うの。亭主が夢にあらわれ、おれはここに沈んでるからと言った、じゃあ変よ。かりに、なんとか引きあげても、おもりつきではすぐ怪しまれてしまうわ」

「肉を魚たちに食われ、骨だけでもこれまた困るな。死んだ亭主にまちがいない、殺したわれわれが保証するとも言えない」

「どう、いっそ、あなた自首したら。そうすれば一切かたがつくわ。あたしは遺産相続ができ、弁護士費用もじゃんじゃん払えるし」

「冗談じゃないよ。そんなぶっそうなこと言わないでくれ。しかし、死体さえあればなあ。ほかのやつの死体でもいいよ。おれは一時、演劇関係のメーキャップ係をやっていた。その死体をうまくご亭主にみせかけるぐらいのことはできる。葬式をすませるぐらいはできるだろう」

「そうね。死体があればいいのよ。あたしの兄はある病院につとめているの。わけ前をやることで、死亡診断書を書いてくれると思うわ。あとは火葬にすれば、それでめでたし。死体がほしいわねえ」

 女はグラスを片手に立ちあがり、室を歩きまわった。死体を笑う者は死体に泣くって形ね、と後悔をしつづけた。その時、ふとなにかに耳を傾けた。自動車の止るような音を聞いたのだ。こんな時間になにかしら。彼女はそっと外へ出て、戻ってきて男に言った。

「林のむこうの道に自動車がとまり、窓をあけたまま眠っている人がいるわ。あれ、どうかしら……」

「どうって……」

「つまり、あの人を死体にしてしまうのよ。かわいそうだけど、あたしたちの幸福にはかえられないわ。やっちゃいましょうよ。どうせやるのなら、早いほうがいいのよ。ずるずると機会をのがしたら、ことはこじれるばかり。亭主の行方不明が話題になったりして、変にさわぐ人も出るし……」

「しかたない。そうそう、麻酔薬があったはずだ。それで眠らせてからとりかかるとしよう。こんどこそ冷静にやろう。むやみと死体をむだづかいするのは許されない」

 二人は道にとまっている自動車に近づいた。運転席で青年が眠っている。そばへより薬をかがせた。それは簡単な仕事だった。青年はぐったりとなり、頭をたたいても声をあげなかった。男は言う。

「こいつはどんな素性のやつなんだろう。私服刑事だったりしたらことだぜ。いちおう調べよう。なにか手がかりはないか」

 ポケットをさぐったが身分証明書のたぐいはなかった。座席にはゴルフのバッグがあるばかり。しかし、後部にまわってトランクをあけた女が言った。

「ちょっとごらんなさいよ。すてきなものがあったわ。思わず笑いがこみあげてくるようなものよ」

 男もそれをのぞきこんだ。

「ほんとだ。できあいの死体だ。まさに天からの贈り物だ。この青年、運のいいやつだよ。われわれだって無益な殺生はしたくない。このような前途ある青年を殺さないですめば、それに越したことはないものな。これをいただいて、あとに石ころでもつめておこう。死者ウェルカム、生者ゴーホームだ。さあ、お客さまを家にお連れしよう」

「でも、あとでなくなったことに気がついて、この青年あわてるんじゃないかしら。あたしんところへ聞きに来るかもしれないわ」

「おれの大切な友人をさらったんじゃないかってかい。だけど、トランクに入れて運んでいるところをみると、いわくがあるにちがいない。警察に盗難届を出すとは思えないね。きっとこの青年も喜ぶさ。しまつを押しつけられ、どこへ捨てたものかと困ってたにちがいない。おもりをつけて湖にほうりこもうとやってきたというところだな。目がさめて車に死体がないと知って、うれしくなるんじゃないかな。眠っているあいだに、天使が天国に運んでくれたのかもしれないとね。死体ならなんでもいいと欲しがっているのは、われわれぐらいなものさ」

 男と女とは、問題の品をトランクから出し、家のなかに運んだ。指紋を残さぬよう、また直接にさわるのも気持ちが悪いので、手袋をはめて頭と足とを持ち、ベッドの上に横たえた。男はいう。

「てっとりばやくすませよう。きみの兄さんとやらに、電話で連絡をとってくれ。こんなことは早く終らせたいよ」

 女はうなずき、電話をかけた。

「ねえ、兄さん。夜中に起して悪いんだけど、亭主が死んじゃったの。すぐ来てくれない。できたら、ひとりで来てよ。ちょっと事情があるの」

 電話のむこうの声。

「それはまた突然だな。さぞショックだろう。いつなくなられたんだい。いまかい」

「ちょっと前みたいなんだけど、よくわからないわ」

「ふうん。で、そこにはほかにだれがいるんだい」

「あたしのほかには、お友だちがひとりだけ。そんなことより、早く来てよ。いろいろ相談にのってもらいたいの」

「わかった。すぐに行くよ」

   4

「すぐに行くよ」

 と言って医者は電話を切った。ここは病院の宿直用の室。しかし、彼はすぐに出かけようとはせず、しばらく考えこんでいた。やがて、やっと決心したという表情になり、電話のダイヤルをまわした。

「もしもし、変な時間に電話をして申しわけないが……」

 と名をつげた。それから小声で言う。

「……じつは、できたての死体がある」

「それはありがたい。なんとかなりそうな人の死体か」

 電話のむこうで、彼の友人である眼科医のうれしそうな声がした。事情を要約するとこうなる。その眼科医のとくいさきに、資産家があった。だが、事故にあって失明している。角膜を移植すれば見えるようになるのだが、これが簡単には手に入らない。アイ?バンクに申し込んではあっても、需要に対して供給が少なく、なかなか順番がまわってこない。うなるほどある金にものをいわせようにも、思うようにいかない。大金で買ったとなると、批難が集中する。ひそかに、非合法に、なんとかならないだろうか。礼は充分に払う。

 というしだいだったのだ。医者はその話を思い出し、友人の眼科医にいまの連絡をこころみたのだ。相手の待ってましたとの口調に、医者はさきをつづけた。

「じつはだね、妹の亭主なんだ。了解してくれるだろうと思うし、絶対に了解させてみせるよ。万事はまかせてくれ」

「よろしくたのむ。うまく角膜が手に入れば、きみが独立して開業するぐらいの資金は出させるよ。ぼくも感謝されるし、いいことずくめだ。で、てはずはどうする。内科が専門のきみの手にはおえないだろう」

「ぼくのつとめているこの病院の裏口のへんで待っててくれ。公然とできることじゃないから、きみひとりでやってくれよ。あいている手術室を使ってやろう。移植のほうは急ぐこともないんだろう」

「ああ、切り取った角膜は、液につけて冷蔵庫に入れておけば保存できる。しかし、切り取るのは一刻も早いほうがいい。死後あまり時間がたつと、価値がなくなる」

「では、できるだけ早く運んでくる」

 医者は電話を切り、急いで外出のしたくをした。カバンを持ち、患者輸送用の自動車を運転し、スピードをあげた。夜の道はすいており、一時間ほどで到着できた。

 別荘に入ると、女が迎えた。

「兄さん、よく来てくれたわね。あたし、どうしようかと……」

「わかっている、わかっているさ。亭主が急死すれば、だれだって取り乱すものだよ。さあ、この薬を飲みなさい。あ、そちらの男のかたも。軽い鎮静剤で、気力もとりもどせる。まず気を落ち着かせるのが第一です。あとはわたしがうまくやりますよ。さあ……」

 医者は女と男とに薬をのませた。軽い鎮静剤どころか、強力な睡眠薬だったのだ。

「兄さん、あの、じつは……」

 女はそこまでつぶやきかけ、眠りにおちた。男も同じ。これで五時間は目がさめないだろう。死体を病院に運び、角膜を取り、ふたたびここへ戻すことができる。あとはそしらぬ顔をしていればいい。死体にあかんべえをさせ、角膜のなくなったのを調べるやつも葬式の客にはないだろう。

 違法なことに妹を巻きこんでは気の毒だ。また、いささか欲ばりなところのある妹に、事情を打ち明ければ、わけ前の問題がからんでくる。第一、眼科医には約束してしまったのだ。説得の時間を節約するにはこれしかない。あれこれ考えたあげく、医者はこの非常手段に訴えることにしたのだ。

 ベッドの上を見ると、それはそこにあった。男が入念にメーキャップをしたので、ほぼ女の亭主の顔になっている。それに、そう注意して調べているひまはなかった。なにしろ急がねばならないのだ。医者は車のなかにほうりこみ、またスピードをあげる。急げ急げだ。新鮮さが失われると、それだけ商品価値が下ってしまう。

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