ほかのものは、だれも黙ったままだった。すると、時限氏はまた言った。
「早く運ばないと、くさってしまうんですよ。届け先では待ちかねているでしょう」
私服氏はそっけなく、売店の赤電話を指さして言った。
「じゃあ、あの電話で連絡をしておいたらいいでしょう」
「そのすきに、持ち逃げしようというんじゃないでしょうね」
「大丈夫ですよ」
と、私服氏は苦笑した。かっぱらいとまちがえているのだろうか。あるいは、これが油断させる計画の一つなのだろうか。
時限氏はほかの四人を見て、持ち逃げを許さない雰囲気がみなぎっているのを察し、それでも警戒しながら、売店にむかい、電話のダイヤルをまわした。
彼は目は鞄から離さず、電話の相手にひそひそ声で、事情を説明している様子だった。
時限氏がもどってくると、密輸氏と札束氏が交替で電話をかけにいった。この二人は、ほかの連中がぐるだとは考えていなかったのだ。二人はそれぞれボスに今までのことを話した。
つづいて、殺人氏もがまんができなくなったのか、ついに電話をかけにいった。彼は早口でしゃべり、急いでもどってきた。
「あなたは、電話をかけないのですか」
札束氏は私服氏に聞いた。
「いや、かけません」
と、私服氏は断固として言った。そらきた。これなのだ。八百長の電話をかけ、こっちにもすすめる。そして電話をかけにいったあいだに、消えてしまおうという計画だろう。わかりきった方法だ。
鞄のなかみが拳銃でさえなければ、その手に乗ってやってもいい。そうすれば、現行犯で一人だけでもつかまえることができる。しかし、拳銃を失うわけにはいかない。上役に怒られるだけではすまない。すぐ新聞だねになり、まぬけな警官として、写真入りででかでかとでる。大衆というものは、こんな記事をいちばん喜ぶものなのだ。
ほかの四人は、電話し終わって少し落ち着いたようすだった。あいかわらず黙ったままだったが、駅の入口のほうをしきりとながめはじめた。片方の目で鞄を、もう一方の目で入口をうかがっているという感じだった。
私服氏は一段と緊張した。いよいよ散るらしい。電話の手に乗らないので、最後の手段に訴えるらしい。そうでなかったら、駅の入口をあんなに気にするはずがない。
彼はくやしくてならなかった。ここまで見抜いていて、どれを追っていいのかわからないのだから。相手が一人ならば、簡単につかまえることができるのに。赤電話のことだって、八百長とちゃんとわかっている。ダイヤルの回し方だって、ここから見ていたが、どうも同じような番号にかけていたようだ。
そのとき、四人の目が入口のほうをむいたままになった。その目の先には一人の男があった。
|縞《しま》の服を着た年配の男で鋭い顔つきをしていた。私服氏はそっちをちらと見たがすぐに鞄に目をもどした。そんなことではだまされるものか。
だが、意外なことに、鞄にはだれも手をつけようとしなかった。私服氏は四人が口々にこう叫ぶのを聞いた。
「ああ、ボス。呼び出したりして、申しわけありません。しかし、困りきっていたところなのです。とてもわたしの手には負えません。あとをよろしく頼みます。品物はこの鞄のなかにはいっています。お渡ししますから、かんべんしてください」
同じように言い終わると、四人は同じように散っていった。
私服氏はキツネにつままれたような気がした。もちろん、四人が逃げることはわかっていた。しかし、鞄を置いたままとは、どういうわけなのだろう。それに、いまのわけのわからない言葉。
私服氏はその縞の服の男をふしぎそうに見た。
「なんという、まぬけなやつらだ……」
と、縞の服の男、ボスはつぶやきながら、集まった鞄に近づいた。その先の文句は頭のなかでつづけながら。
偶然とはいいながら、手下が四人もはち合わせをして、動けなくなってしまうとは。しかし、それも無理もない。おれはなにごとにも慎重で、手下どうしが知りあわないようにするのが方針なのだから。
手下どうしが知りあうと、ろくなことはない。ボスを追い出そうなどと企むやつがでてくる。また、もうけをごまかそうとするやつだって出てくる。
たとえば、きょうの密輸の宝石だってそうだ。あの二人を顔見しりにしてしまうと、二人で組んで取引きをごまかすにきまっている。ボスとしての|秘《ひ》|訣《けつ》は、手下を信用しないことだ。手下どうしを知りあいにせず、一人一人を直接に監督するにかぎる。それが、確実で、慎重な方法なのだ。
たとえば、きょうの殺人にしたってそうだ。一人に殺させ、あとからもう一人派遣して部屋のなかを焼いてしまう。殺したやつがへたに証拠を残したとしても、それは燃えてしまうわけだ。警察だって、捜査にまごつくにきまっている。この場合、二人が知りあいでもあったりすると、おたがいにいい気になり、仕事に熱を入れないものだ。
ボスというものは、このように完全な計画を立て、慎重に進行させておかなくてはならないのだ。もっとも、たまには今のように四人が集まって動けなくなることも起こるかもしれない。しかし、数多くのうちの一回だ。それはしかたがないだろう。
さて、鞄を全部持って帰るとするか。ボスは鞄を拾いはじめた。まず、凶器のはいっているのを川へでも投げこみ、つぎに時限焼夷弾を例の部屋に投げこまなくては……。
「待ってください。鞄の一つはわたしのです」
私服氏は声をかけ、同時にボスの手をねじりあげた。さっきから、相手が一人になるのを待っていたところだ。その動きはすばやかった。そして、ボスに言い渡した。
「ちょっと、署まで来てください。鞄のなかみを調べて、わたしのを見つけなければなりません。ところで、あの四人はボスとか呼んでいましたね。やっぱり、ぐるだったのだな。どうも、そうらしいと思っていた。しかし、四人がかりであれだけの芝居をして、わずか一つの鞄をねらうとは、またずいぶんけちな犯罪をはじめたものですな」
本書は一九七一年、小社より単行本として刊行され、一九七四年、講談社文庫に収録されました。
なりそこない|王《おう》|子《じ》
講談社電子文庫版PC
|星《ほし》 |新《しん》|一《いち》 著
(C) Kayoko Hoshi 1971
二〇〇二年九月一三日発行(デコ)
発行者 野間省伸
発行所 株式会社 講談社
東京都文京区音羽二‐一二‐二一
〒112-8001
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