饭饭TXT > 海外名作 > 《なりそこない王子/乞丐与王子(日文版)》作者:[日]星新一【完结】 > 星新一_日文版_なりそこない王子.txt

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作者:日-星新一 当前章节:15387 字 更新时间:2026-6-16 00:33

 どうやらスピードを出しすぎたらしい。途中で白バイが追いかけてきた。万事休すかと停車した医者に、警官が言った。

「制限速度を越えたようですな」

「申しわけありません。ごらんの通りなのです。急病人で、手術を急ぐのです」

 患者輸送車、車体の病院名、医師の身分証明書。それらで警官はなっとくした。患者らしきものも乗っている。

「それはそれは。事情はわかりました。白バイのサイレンを鳴らして、先導してあげましょうか」

「いや、けっこうです。鋭い音を聞かせないほうがいい症状なのです。サイレンの音で起きあがったりしたら、大変なことになります。どうぞおかまいなく。患者のようすにあわせて、適当な速度で走りましょう」

「そうですか。では、どうぞ」

 白バイの件はぶじにすんだ。病院の建物の裏口にたどりつくと、眼科医が待ちかねていた。二人で手押し車にのせ、廊下に運びこむ。眼科医は言う。

「眼科をやっていると、死体にお目にかかることはめったにない。しかし、こうやって見ると、まんざらでもないな。これであの金持ちへの義理がはたせるというものだ。きみの目には札束の|塊《かたまり》に見えるだろう」

「まあね」

「では、消毒器具の場所を教えてくれ。手術道具の消毒を入念にやろう。どこにあるんだね」

「いま案内するよ」

 医者が運んできた手押し車を、そのへんのドアのなかにかくし、眼科医を案内した。すべての準備がととのい、眼科医が言った。

「じゃあ、はじめよう。札束の塊の人をここへお連れしてくれないか」

「いいとも」

 医者は廊下に出て、さっきのドアをあけてなかに入る。だが、たしかこのへんと手さぐりをしたが、手押し車がない。スイッチを入れて電気をつける。しかし、そこにはなにもなかった。さっき、まちがいなくここへおいたはずなのに。空気中に蒸発してしまったごとく、消えうせていた。

 医者はあわてて、表玄関へ走った。そこには守衛がいて、眠そうな顔で言った。

「あ、宿直の先生。なにかご用ですか」

「いや、用というほどではないが、いましがた変なやつがここを出入りしなかったか」

「わたしは職務に忠実、ずっとここにおりました。怪しげなやつの入ってくるわけがないでしょう」

「おかしいな。そんなはずはない……」

「もっとも、怪しくない人となるとべつですよ。いま警察の人がみえました」

「なんだと、警察だと。なにしにだ」

「そう驚いた声をお出しにならないで下さい。ご存知のはずですよ。あの、身よりのない人の死体の件ですよ。解剖の結果、病死と判明したとかいう。それを引き取りに来たのです。警察の人が受領書をおいていきました。これです。あそこのドアのなかにあったのが、その死体だったわけでしょう」

 守衛の指さす方角を見て、医者は叫んだ。

「あ、それを渡してしまったのか……」

 そのあとの言葉は出なかった。まちがえて渡してしまうとは。

「書類が不備なんですか。しかし、電話をかければなんとかなるでしょう。相手が警察ですから、変なことになるわけはないでしょう」

 守衛はのんきなことを言っている。だが、医者は絶望的な気分になった。警察相手となると、手続きがやっかいだ。くわしい説明をしなくてはなるまい。もっともらしい説明を考え出さねばならぬ。時間がかかる。角膜を取るのがおくれる。そのあと、また死体をもとへ運ばねばならぬのだ。ぐずぐずしているうちに、別荘の二人が目をさますだろう。死体がないとなると、大さわぎになるかもしれない。さまざまな思いが頭のなかで一挙にあばれはじめ、医者はうずくまり、立ちあがる気力をなくしてしまった。

   5

 ある医科大学の、解剖学の実習室。教授は学生たちに言った。

「きみたち新入生にとって、はじめての人体解剖の実習である。緊張と好奇心と一種の恐れとが、心のなかで交錯していることと思う。したがって、きょうの体験は頭に刻みつけられ、一生忘れられぬものとなるだろう……」

 一息ついて、教授はさらに言う。

「……警察からまわされてきた、みよりのない人の死体である。おかげで、われわれが研究用に使うことができる。いまはエジプト時代とちがい、霊魂の不滅を信じている人はいない。死者の遺族のかたたちが、もっと理解を持って下さるとありがたいのだ。死者のからだは、医学の進歩のために提供する。このつみ重ねがあれば、医学はさらに進み、やがては夢のような話だが、このような死者をよみがえらせることも可能となるかもしれないのだ」

 教授はおおいの白布をとりのけた。学生たちの視線が集る。

 その時、台の上のからだが身をおこし、声をあげた。

「ああ、ここはどこだ……」

 周囲にパニックが発生する。教授はうしろに倒れ、学生たちは押しあいへしあい、少しでも遠くに逃げようとする。ガラスの割れる音。悲鳴。

 台の上の男は言った。

「まださわいでいやがる。別荘で秘密パーティをやるからと招待されたが、変な薬を飲むパーティだった。くじでおれに当ったのが、筋肉|弛《し》|緩《かん》剤とかいうやつ。睡眠薬入りの酒といっしょに飲んだはいいが、妙な気分を味わえたのは数分ほど。そとへ歩き出し、どこかで力がつきてばったり倒れ、それっきりだ。いま目がさめ、それだけのことじゃないか。つまらん。なにかほかに、スリルとサスペンスにみちた幻覚でも見られる薬があったはずだ。ああ、おれはくじ運が悪いな。よりによって、いちばん平凡で退屈なやつをひきあてた」

  ものぐさ太郎

 ひとりの男があった。太郎という。あまり広くない室のなかに、ひとりで住んでいた。まだ独身。つまり、さほど年配でもなかった。といって、青年と呼ぶべき年齢はとっくに過ぎている。普通に会社づとめをしていれば、課長ぐらいになっていてもおかしくない。事実、彼の学生時代の同級生のなかには、すでに課長になっている者だってある。

 そういった他人との比較を少しも気にすることなく、太郎は毎日ぐうたらな生活をつづけていた。飲んで食って寝るだけの日常。べつに他人に迷惑をかけるわけじゃないから、悪いこともなかろう。それが彼の主義主張といえた。

 数年前に太郎の父が死んだ。悲しみのあまり室にとじこもったところまでは彼に同情できるが、それがずっとつづいているのだ。つづきっぱなし。こんなのんきな生活はない。遺産が入ったし、さしあたり食うに困らない。悲しみはやがて心から薄れたが、こののんびり生活はすっかり身についてしまった。

 室内は殺風景で、目ぼしい品といえばベッドと冷蔵庫と電話。それだけあれば必要にして充分なのだ。電話で食料品やビールを注文し、冷蔵庫に入れ、腹がへればそれを出し、ベッドの上で口にすればいい。眠くなれば横になる。もっとも、ひとつだけ問題点があった。このような日常だと運動不足になり、必然的結果として、彼はふとった。でぶになったのだ。

 でぶになると、外出がおっくうになる。外出したところで、女性にはあまりもてない。めんどくさいから、ここに寝そべっていようとなり、悪循環。ますますふとり、ますますなまけ者になる。

 きょうも太郎は、ベッドに横になってビールを飲んでいた。ほかにすることもないではないか。こんな彼にとって、年月の流れは無縁だった。

 そんな時、電話のベルが鳴った。受話器の奥で、相手の声が言った。

「こちらは銀行でございます。いつもご利用いただき、ありがとうございます。あなたさまはこのところ、ちっとも収入がないようでございますね。このままですと、ご預金の残高をもとに、いまの使いぶりを参考データとし、当行のコンピューターにかけましたところ、あと四年後には残高がゼロになるとの結果が出ました。つまり、お働きになったほうがよろしいのではないかというわけです。これは当行のご利用者に対する、アドバイス?サービスでございまして……」

「わかった。わかりましたよ……」

 太郎は電話を切って、またベッドに寝そべった。死んだおやじのことを、なんということなく、ふと思い出した。おやじの小言は感情的でよかったなあ。いまの電話のような論法は、陰にこもっていていやらしい。こっちが沈んだ気分になってしまう。

 その気分は、なかなか追い払えなかった。太郎は年月の流れる水音を聞いた。あと四年でこの生活も終りとなるという。このままではいかんのだろうな。なんとかせねばいかんのだろうな。彼は決心し、電話帳を調べ、電話をかけて言った。

「もしもし、性格診断サービス協会ですか。ひとつ診断をお願いしたいのですが……」

 サービス協会といっても、これは有料。料金支払いについての手続きが終ると、担当の心理学専門家が電話に出た。

「さて、でははじめましょうか」

「これは先生ですか。どうぞよろしく、お手やわらかに……」

「あなたの声と話し方は、としのわりにむじゃきですなあ。すれていないというか、世間しらずというか」

「ええ、そうおっしゃるだろうと思っていました。まさにその通り。さすがは先生、その道のベテランですね」

 相手の心理学者は、さまざまな音を電話で送り、それで連想するものを太郎に言わせた。また、物語を途中まで聞かせ、その結末をつけさせたりするなど、各種のテストをした。そして、結論として言った。

「あなたの性格診断はですな、あまり勤労意欲がない人物といえましょう。社交的なところはあるが、めんどくさがりやなので、その面が発揮されていない。自己主張が弱く、他人の話にすぐ調子をあわせ、迎合しようとするところがある。まあ、こんなところです。さらにくわしい診断をお求めでしたら、こちらにおいで下さい」

「いや、それはめんどくさいので、やめておきます。しかし、さすがは先生、ずばりとわたしの性格を指摘なさいましたな。もしかしたら、国際的な権威では……」

「そんなふうに軽々しくおせじを言うところが、あなたの欠点なんです。で、その性格を改善する方法ですが、指示をさしあげますから、こちらへおいで下さい」

「はい、ありがとうございます。では、そのうち、いずれ……」

 太郎は電話を切った。寝そべったまま、また一口ビールを飲む。いまの先生のような商売、のんきでよさそうだなあ。やりかたはすべてコンピューターに入っており、それに従ってしゃべり、診断もコンピューターの答えを読むだけなんだろうな。当の本人は|長《なが》|椅《い》|子《す》でビールでも飲んでるんだろう。太郎は自分の生活から他人をも判断してしまう。おれは料金を取られたが、あの先生はこれで金をもうけた。おれにもあんな仕事はないかなあ。こんなことと知ってたら、心理学でも勉強しておけばよかった。

 やがて、太郎はまた電話をかけた。

「もしもし、人材流通サービス協会ですか。職業を求めているんですが、ひとつよろしくお願いします」

「はい。こちらは人材の需要と供給のバランスをとり、最も適当な職業をご紹介申しあげるのが仕事でございます。コンピューターを使って、ぴたりと合うのをさがします。どなたさまにもご満足いただいております。で、あなたさま、いままでどんなお仕事をなさっておいでで……」

「それが、なんにもやったことがないんだ」

「これはこれは。お金持ちのかたでしたか。療養生活をなさってたのですか。それとも女のヒモかなんかで……」

「いや、のらくら毎日をすごしていただけです」

「ま、いいでしょう。いずれにせよ、働くのはいいことです。収入は幸福をきずきます。さて、どのようなお仕事が……」

「そちらから問いあわせて下さればわかりますよ。性格診断サービス協会によると……」

 太郎はさっきの診断の結果を話した。その確認をしたのか、しばらくして相手が言った。

「あまり優秀な人材とはいえないようですな。で、お仕事への条件は……」

「できれば、うちで寝そべってやれる仕事がいいんだが。それに、頭もあまり使いたくない。そんな個性にあった仕事がいい」

「現代に珍しい、ものぐさな人ですね。ちょっとお待ち下さい。性格と希望条件とをコンピューターに入れ、調べてみますから……」

 何分かかかり、やがて返事がある。

「……こんなのはいかがでしょう。会員制で、経済関係の情報を提供している機関があります。あなたは、そのたぐいのいくつかに加入する。一方、入会金を出せない小企業があるわけです。それらを何十人か勧誘しグループを作る。つまり、あなたが情報を仕入れ、それを小売りしてマージンを取るという商売です。公然とやるには法的に疑義があるかもしれませんが、内職ていどなら問題になりません。これでしたら、電話だけでことがたります」

 相手の提案に、太郎は感心する。

「なるほど、いい思いつきだな。で、その小企業の会員を集めるのは、どこへたのんだらやってくれるのか」

「なんです。それぐらい、あなたがなさるべきですよ。そうでしょ」

「そうなんだろうが、おっくうだな。ほかにもっと簡単なのはないかい」

「あきれた人ですね。お待ち下さい。コンピューターのボタンを押してみますから。あ、ありました。これはあなたにぴったりだ。子供たちが成長して独立し、孤独になった老人というのが世にいるわけです。生活はなんとかなるが、心さびしい。そういう人の電話の話相手になってあげるのです。この相手ばかりは、コンピューターにもできませんからね。あなたには他人の話に調子をあわせるという性格がある。ちょうどいいかもしれない。社会奉仕的な意義もあり、そう多額ではないが実益もある」

「よし、それにしよう。よさそうだ」

「なれるにつれ、相手の人数をふやしていったらいいでしょう。では、ここへの申込み者のひとりをご紹介します。すでに第一線を引退した老人です。その電話番号は……」

 太郎はいよいよ働くことになった。とはいっても、ベッドの上に寝そべって電話をかけるだけのことだが。そして言った。

「こんにちは。ごきげんいかがでしょうか。わたくし、このたび人材流通サービス協会のご紹介で、そちらさまのお話相手をいたすことになりました。身にあまる光栄でございます。なにとぞ、よろしくご指導のほどを」

 それに対し、電話のむこうの老人は、うれしそうな口調で言った。

「そうか、そうか。その礼儀正しい言葉づかい、気に入った。きみは、いまどき珍しい、しっかりした若者のようじゃな」

「はっ、ありがとうございます」

「だいたい、このごろの若い者は、自分の仕事だけにドライに熱中し、うるおいも人情もすっかり忘れている。きみはべつだが、こんなことではいかんのだ」

「ごもっともでございます」

 太郎はあいづちをうつ。老人はよほど話相手に飢えていたのだろう。社会批判から、冷淡な息子や親類の悪口、それに昔の思い出。わしも五年ほど前までは、その方面ではちょっとした顔役だった。秘密のコールガール組織を、会員制でやっておったものだ。うまくいっていたのだが、ふとしたことで警察に発覚し、会員や子分に事件をひろげず、わしひとりが責任をおって、引退したというわけなんじゃよ……。

 そういったことを、くどくどくりかえす。適当に驚き、適当に尊敬し、なんだかんだとあいづちをうてばいいのだ。礼儀正しい口調の点に気をつけていさえすれば、寝そべってビールを飲みながらでもかまわない。

 太郎にとって、まんざら悪い仕事ではなかった。退屈しのぎにもなり、これで収入がえられるのだ。彼はそれをつづけた。あいづちに対しての報酬は、銀行口座に送られてくる。それが何回か重なると、また銀行のアドバイス?サービスから電話がかかってきた。

「お仕事をおみつけになられたようでございますな。けっこうなことでございます。この調子で収入がつづきますと、当行のコンピューターの計算によりますと、あなたさまの預金ゼロは六年さきということになります。少しさきにのびたわけで、おめでとうございます。しかし、まだ支出のほうが収入をオーバーしておりますわけでして……」

「わかったよ。わかってますよ……」

 太郎は答えた。彼の心のなかで、エンジンがかかりはじめていた。おそい目ざめであり、その規模もまた、はなはだ小さいものではあったが。

 彼は電話帳でなにやら番号を調べ、また電話をかけた。

「もしもし、才能開発サービス協会ですか。わたしもなにか、特殊技能を持ちたい気分になってきたのです。どんな才能をのばしたらいいのか、それの指示をお願いしたい」

「けっこうなお心がけでございます。まさに現代は、個性と才能の時代。当協会はそのお手伝いをさせていただいているわけです。さて、ご自身ではどんな傾向のものをお望みなんですか」

 相手に聞かれ、太郎は性格診断の結果などを述べ、つけ加えた。

「傾向についてはどうでもいい。しかし、できればだな、外出をせず、部屋にいながら伸ばせる才能がいいんだがな。なんかさがして下さいよ。そちらのコンピューターで……」

 驚きましたな、と答えながらも、そこは商売。協会のコンピューターはひとつの解答を出した。

「こんなのはいかがでしょう。あなたには他人に調子をあわせる才能がある。それをさらに伸ばすのです。つまり声帯模写、ものまねです。そのレッスンを受けてごらんになりませんか。これなら電話で受けられます。あるていどに上達なされば、あとは人材流通サービス協会が、適当な仕事をさがしてくれましょう」

「なるほど、さほど将来性のある分野とも思えないが、自宅にいながらできるという点が気に入った。そいつをやってみよう。先生の紹介をたのむ」

「はい。教える人の電話番号、月謝、その他の必要事項をお伝えします。録音かメモのご用意をどうぞ……」

 というわけで、太郎は声帯模写のレッスンを受けることになった。レッスンとはいっても、電話の上での弟子入りという形だが。

 教えるほうは、以前はその分野でかなり有名だった芸能人。この種の芸がこのところ衰退し、世を慨嘆していたところ。そこへたとえ電話ででも弟子入り志願者がついたというので、大喜び。教えるのに熱がこもった。

 録音機をそろえ、各種の人物の声を流し、その口調のまねをしてみせ、「さあ、やってごらん」と太郎にやらせ、その注意すべき点を録音の再生をしながら指摘し、何度もくりかえしてやらせる。電話を通じてだが、その熱心さは伝わってくる。こっち側の太郎も、それにつり込まれ、練習にうちこむ。もともとある程度の素質があったのか、おだてに乗って勢いづいたためか、上達の速度は早かった。舞台でやるのとちがい、表情はどうでもいいのだから、それだけ容易だったといえたかもしれない。

 太郎はその一方、電話による老人の話相手という仕事もつづけていた。でぶの彼にとって、外出せずにすむこの仕事は、満足とまではいかなくても、決して苦痛ではなかった。

 それがぶじにつづいているので、人材流通サービス協会は、もう少し相手をふやしませんかとすすめてきた。そこで太郎は、もうひとり引き受けることにした。収入も二倍になるというわけだ。たいした金額ではないが。

 こんどの老人は、政界の黒幕のひとりと小学校で同級だったというのが唯一の話題で、同じことをくどくどと話す。成績はおれのほうが少しだけよかった。それなのに、やつはえらくなり、おれはぱっとしない人生だった。社会は不合理だ、といったことを。

 同じ話題のくどいくりかえしも、話相手をつとめるほうにとっては、つごうのいい点もあった。どこでどうあいづちをうち、どこでどう同情の言葉をはさめば喜んでくれるかのこつが、すぐにわかってくるからだ。それをのみこめば、あとは簡単。横になってビールを飲みながら、それをやっていればいい。相手はそれで喜んでくれ、すぐ忘れるのか、つぎの日もまた、同じ話をくりかえしてくれる。

 最初の老人、つまりお客の第一号のほうもそうだった。やはり同じ昔話のくりかえし。コールガール?クラブをやっていたが、警察に発覚し、おれが責任をおって事件をしまつした。いまは子分のひとりがあとを引きつぎ、なんとかやっているようだ。しかし、あいさつにまったくやってこない。けしからん。そんなことを毎日々々くりかえすのだ。これまた、あつかいは楽だった。

 時どき、銀行から太郎のところへ電話がかかってくる。アドバイス?サービスだ。

「このところ、各種のサービス協会へのお支払いが多いようでございますね。なにか意欲を示そうとなさっているごようす。ご成功を期待しております」

「なにいってやがる。よけいなおせっかいだ。ほっといてくれ。いまにみていろ」

 太郎は電話を切り、少し発奮した。正確にいえば、発奮でもしてみるかなと、いくらか心が動いたといったところだ。すなわち、彼は電話帳を調べ、電話をかけた。

「もしもし、気力充実暗示サービス協会ですか。ひとつお願いしたい」

「はい、みなさまをはげまし、精神に活力をふきこむのが当協会の仕事でございます。公認の事業で、多数のかたがたにご利用いただいております。ご用件をうけたまわりましょう」

「わたしはこれまで、ぐうたらな生活を送ってきた。しかし、最近になって、なにかでかいことをやろうと思いたった。その気力をふきこんでくれ。しかし、ふとっているので、外出するのは好かん。その点を含んだ上でやってくれ」

「室にとじこもったままで、でかいことをやってのけたいとは、勝手すぎますよ」

「そうかもしれんが、外出ぎらいはわたしのたぐいまれな個性だ。それまで失ってしまいたくないのだ」

「妙な理屈ですが、まあ、いいでしょう。こっちも商売であり、なるべくご希望にそうのが営業方針。やってみましょう。では、ベッドに横たわって……。なんですって、さっきから横になったままなんですか。では、ベッドからおりて椅子にかけて下さい。目をつぶって、こちらの声に精神を集中して下さい……」

 それから、特異な音楽とともに、迫力ある声が流れてきた。あなたは、かくれた力を持っている。それがほんの一部しか発揮されていない。失敗を考えて、ためらったりするからです。あなたにひそんでいるエネルギーは大変なものです。気力をお出しなさい。そうすれば、必ずいいことがあります。なんでもいいから、まず気力を……。

 といった言葉が耳もとでくりかえされたのだ。それは彼の心のなかに暗示となってしみこみ、内部からの圧力となり、空気でふくれたボールかタイヤのごとく、張りと弾力とを太郎にもたらした。だから、そのあと、彼はめずらしく元気のいい声でつぶやいた。

「よし、なにかやってやるぞ。おれには自信がついてきた。うまくゆきそうな感じがしてならない。才能を発揮すれば、こわいものなしだ。しかし、いったい、なにをやったものか……」

 太郎は考えはじめたが、気力がみなぎっているせいか、思いつきはすぐ頭にひらめいた。話相手をやっているあの老人のお客が、いつもくりかえすコールガール?クラブのことだ。ひとつ、あれをくわしく聞きだしてみよう。小手調べの舞台にちょうどよさそうだ。太郎は老人の家に電話をする。

「こんにちは。ごきげんはいかがでしょう。コールガール?クラブをなさっておいでだったころの思い出でも、お話しになってみませんか」

「そうだな。あれは何年前のことだったかな。そうだ、五年前だ……」

 老人はいつものごとく、あきもせず同じ思い出話をくりかえす。太郎のほうは、いつもとちがって身をおこして聞き、要点のメモをとった。どこにあったのか、どんな子分がいたか、経営はどんなだったか、など……。

 太郎はそのあと、新聞社に電話する。

「もしもし、新聞記事の資料サービス部をねがいます。じつは、五年ほど前だったと思いますが、コールガール?クラブがあげられた事件について、くわしく知りたいと思いますので……」

「少々お待ちを。コンピューター記憶部分のボタンを押しますから」

 そこから、さらにくわしい知識をえる。老人の話に記憶ちがいの点があるかどうか、調べておいたほうがいいからだ。さらに、裁判所に電話をし、事件記録閲覧サービス部にまわしてもらい、その事件に関する部分を読んでもらう。全容がほぼ頭に入った。

 太郎はつぎに、男性むけ雑誌の付属サービス部に電話をし、これはなかなか手間のかかることだったが、そこで聞き出した電話番号をたよりに、何ヵ所かに電話をし、コールガール?クラブの所在のいくつかを知ることができた。これまでの知識とつきあわせると、あの老人の子分があとを引きついでやっているのがどれか、だいたい見当がついた。

 さて、と太郎は深呼吸をし、そのコールガール?クラブの事務所に電話をしてみる。若い男の声の応答があった。

「はい、なんでございましょう」

 公然たる商売でないので、どこか警戒しているような口調。会員以外のかたはお断わり、入会は会員の保証と巨額の入会金がないとだめですよ、といった感じでもある。そういうものだろう。

 しかし、太郎はあわてなかった。これまでの声帯模写のレッスンの成果を活用し、あの老人の声と口調とをそっくりまねて言ったのだ。

「わしじゃよ。マネージャーをたのむ。早くとりついでくれ」

 やがて、電話のむこうでマネージャーがかわった。

「どなたでございましょうか」

「わしじゃよ。思い出せんかね」

「あ、あなたさまでしたか。これはこれは。すっかりごぶさたいたしております。そのご、お元気でいらっしゃいますか」

 相手はすっかり信用している。声こそすべてにまさる証明書。太郎もその展開で自信をつけた。

「五年前だったかな、あのさわぎは。わしがすべてをひっかぶったのは……」

 と相手の記憶をちくりと突っついてみる。あんのじょう反応があった。

「あの折は、いろいろとお世話になり、ご恩は忘れておりません。いまなんとかやっているのも、あなたさまのおかげです。いずれゆっくりごあいさつに伺うつもりでいるのですが、仕事がけっこういそがしくて……」

「仕事が順調とは、けっこうじゃな。なにもわざわざ来るにもおよばん。わしはあの時に罰金刑になり、それを払っておるが、それをおまえに少し分担してくれという気もないよ。もう引退の身だ」

「そうおっしゃられると、ますます恐縮です。なにかお礼をいたしませんと、こちらの気がすみません」

「では、ひとつだけたのみがある。聞いてくれんか」

「それはもちろん、あなたさまへは義理がございます。なんなりと……」

 うまいぐあいだ。太郎は老人の声のまねをつづけた。

「じつはだ、そちらのクラブの女の子、一日だけ貸してもらいたいと思っているのだ」

「どうぞ、ご遠慮なく。それぐらいのことでしたら、お安いご用です。あなたさまがお遊びになるのですか」

「いや、わしはもうそんな気にならぬ。よんどころない事情があって、ある人のところへ派遣してもらいたいのだ。たのむよ……」

 と持ちかける。いうまでもなく、太郎は自分の室の場所を告げたのだ。

 はたしてうまくゆくかどうか。

 太郎はそれからの二時間ほど、不安と期待のうちに待った。美女が訪れてくるだろうか。それとも、クラブの用心棒かなんかが「ふざけたまねをするな」と、あばれこんでくるかもしれない。天国か地獄かだ。胸がどきどきするのも当然だった。

 ドアにノックの音がする。

 太郎はおそるおそる、ドアをあける。若い美女が立っていた。すばやくあたりに目をやったが、べつに用心棒がくっついてもいないようだ。計画はみごとに成功したようだ。太郎は女に言う。

「やあ、いらっしゃい。お入り下さい」

「よろしくお願いしますわ」

 女はおとなしく入ってきた。自己のビジネスに徹しているのか、老人への義理でマネージャーが特にいい女を選び、失礼のないようにと言いふくめて派遣したせいか、そのどっちかなのだろう。女は部屋のなかのぱっとしないようすをながめ、ふしぎそうな表情だった。よほどの大物と思いこんでやってきたのだろう。女は言った。

「ご商売はなんなの……」

「ひと口には説明できんな。まあ、情報と企画とをあつかう仕事といったとこかな」

 太郎は適当にごまかした。それは、かえって大物らしい印象を与えたようだ。彼がふとっている点も、大人物らしく見せる役に立った。

 ベッドの上での楽しみもさることながら、太郎は寝物語に、興味ある話を女から聞くことができた。

「あたし、あのクラブでは売れっ子なの。けっこうえらい人から呼ばれるのよ。毎週かならず、定期的に呼んでくれる人もあるし……」

「ふーん」

 口がかたく、女の話はそれだけだったが、つぎの計画のヒントにはなった。太郎は好奇心もあって、そのつぎの日、さっそく探偵調査会社に電話をした。

「ある女の尾行をたのみたいんだ。三週間ほどでいい。どんな相手を訪問するか、それを調べて報告してもらうだけでいいのだ」

「かしこまりました」

 依頼は引き受けてもらえた。つまり、太郎は昨日やってきた女の言っていた、えらい人がだれかを知りたかったのだ。

 やがて、その結果が電話で報告されてきた。それによると、あの女はなかなかの売れっ子とわかった。有名な芸能人だの、某国の外交官だの、ほうぼうからのお呼びで出かけている。毎週定期的に会うごひいきなる人物の見当もついた。ある大銀行の頭取だった。

 ここまでくれば、時の勢い、ものはためしだ。太郎は思いきって、その銀行に電話をかけてみた。

「もしもし、頭取につないで下さい。大切な個人的な急ぎの用件です……」

 電話がつながると、太郎はいつか話したことのある、あのコールガール?クラブのマネージャーの声と口調で言った。

「おわかりでしょう。わたしです」

「おいおい、そっちから電話をかけてきては困るよ。それはしない約束じゃないか」

 頭取はあわてていた。まったく、声という証明書は、なににもまして信用される。すぐに核心にふれることができた。太郎は言う。

「わかっております。しかし、これは特別でございます。じつは、いつもそちらさまに派遣いたしております女のことで至急にご相談があるのです。金に糸目をつけないという外人のご指名、そのほうの話をきめようとしているわけです。つまり、次回からは別な女をそちらさまに派遣いたすことになります」

「それはいやだな。あれはいい女だ。ほかのに替えられては困る」

「むこうさまを断わるには、ちょっと一時的に料金を高くいたしませんと、ぐあいが悪いのでございます。今回だけでけっこうでございます。当会の信用にかけて誓います。あとはおたがいに、決してこのことを口にせず、しらん顔ということで……」

「仕方がないな。よし、その約束は忘れんでくれ。金は用意しておく」

「お手数をかけます。では、のちほど、探偵調査会社の者と称する人物をうかがわせますから、それにお渡し下さい」

 ここでも予期した成果をあげることができた。太郎はまた探偵調査会社に電話し、その仕事をたのんだ。金を受取りに行ってくれ。そのなかから今回の調査料をさしひき、残りをこっちの口座に入金してくれと。

 銀行から電話がかかってくる。

「口座に入金がございました。収入支出、ともに動きが活発になってまいりまして、けっこうなことでございます。当行のコンピューターのアドバイスによりますと……」

「わかってるよ。よけいな口出しはやめてくれ。いまが最も大切な時なんだ。いかにコンピューターでも、いまの入金、どこで手に入れた金かはわかるまい」

 太郎は電話を切り、それから、以前にも利用したことのある、気力充実暗示サービス協会に電話をする。

「たのむよ。前にもお願いしたが、さらになにか大仕事をやりたいんだ。許される限度ぎりぎりの、すごい気力を与えてくれ。そう心配することはないよ。前と同じように、外出したくなる気をおこさせないようにしておいてくれれば、そとであばれて事件をひきおこすことはないだろう」

「はあ、では、やってさしあげるとしますか……」

 太郎は一段と気が大きくなった。さっきまでは、探偵調査会社の報告をもとに、マネージャーの声を使い、あの方法でほかからも集金しようかと考えていたのだが、なんだかばかばかしくなってきた。けちなことをやってみてもつまらん。

 その一方、人材流通サービス協会との契約で、老人たちの電話の話相手を一日に一回はやらねばならぬ。太郎はそれをやった。あの二番目のお客の老人、政界の黒幕と小学校が同級だったというのが唯一のとりえのやつ。こんどはこの声を使ってみるかなと、太郎は考えながら相手をした。

 このごろ黒幕さんにはお会いにならないのかと聞くと、そんなことはできんとの答えがかえってきた。他人には優越感の看板になるが、自分には劣等感になってしまうたぐいの話題なのだろう。よくあることだ。その感情の微妙な点を刺激しないよう注意しながら、太郎は思い出をいろいろと聞き出した。

 太郎の気分は雄大になっており、つぎの計画の材料もできた。彼は電話をかける。その政界の黒幕なる人物の家へだ。何回かかけなおすことになるかとも思っていたが、うまく当人は在宅していた。太郎は老人の声になりきって言う。

「不意に電話をしてしまったが、なんだかなつかしくってね。ほら、わたしは小学校で同級だった……」

 名を告げると、相手はすぐに思い出してくれた。

「おお、そうだったな。なつかしいしゃべりかただな。元気かい、なにをしている」

「まあ、なんとかやっているよ。小学校の時、いっしょに大きな雪ダルマを作り、みなをびっくりさせたことがあったな」

「ああ、そんなこともあったな。で、なにか用かね。困ったことでもあるのかい。打ちあけてくれれば相談にのるよ」

「いやいや、用事はなにもないのだ。ただ、声を聞きたくなっただけのことだ。そちらはいそがしいのだろうから、じゃあ、これで……」

「いそがしいことはいそがしいが、いまはひまだよ。もう少し話そう……」

 政界の黒幕なる相手は、金の無心や、やっかいな陳情でないと知り、安心したのかさかんにしゃべりだした。政界の裏話まで口をすべらす。太郎にとってはありがたいことだ。声と口調とを、それだけよく知ることができる。

 さらに一段階うえに進むことができたのだ。そのあと、太郎はまた電話をする。

「もしもし、政界情報サービス協会ですか。ある政治家についての、これまで新聞雑誌にのった関連記事を集めたいんです。費用は払います。コピーをそろえて送って下さい」

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