饭饭TXT > 海外名作 > 《ごたごた気流(日文版)》作者:[日]星新一【完结】 > ごたごた気流.txt

第 4 页

作者:日-星新一 当前章节:15372 字 更新时间:2026-6-16 01:47

しかし、自分の日ごろの慕情が相手に伝わり、こうなったのだろうと、なっとくし

た。うぬぼれは男性に特有の現象。

 しかし、女はなにも答えない。答えなくったっていいさ。ここに、こうして来て

くれたことが、なによりの答えだ。青年は女の手をにぎり、引き寄せようとした。

 それがうまく行かなかった。青年はベッドからおり、だきしめようとした。これ

なら、やりそこなうことなどない。

 しかし、やはりだめだった。まるで手ごたえがない。空気をつかまえようとする

のと同じだった。

「こりゃあ、どういうことなんだ。不眠つづきによる幻覚なのかな。それにしても

、いやにはっきりしている」

 眺めなおしたが、たしかに鮮明だった。うすぐらい場所にぼんやり出現する幽霊

とちがって、細部まではっきりしている。むこう側がすけて見えるなどということ

もない。手を伸ばすと、なんの抵抗もなく突きささり、入った部分は見えなくなっ

てしまう。

 その幻の女は、意味ありげに声を出さず笑っていた。青年は腕組みし、あらため

て眺める。見ているうちに、幻ということを忘れ、だきつきたくなる。そして、飛

びつき、実在でないことを知るのだった。

「気体でできた、色つきの精巧な人形といった感じだな。いらいらさせられ、むな

しくなる。しかし、面白いところもある」

 何回か飛びついたあと、青年はつぶやいた。どうやら今夜も眠れそうにない。い

いおもちゃができたというものだ。ひまつぶしに悪くない。

 その時、となりの部屋から、女の悲鳴がした。緊迫した恐怖がこもっている。

「助けて。出てってよ……」

 とも叫んでいる。隣室の住人は、女子大生。勉強好きで、そう美人ではない。青

年の関心外の存在だった。しかし、ただならぬ叫びとなると、ほってもおけない。

青年は廊下へ出て、隣室へ飛びこんだ。

「どうしました」

 と聞きながら見まわすと、六十歳ぐらいの男がいた。しかし、どう見ても凶悪そ

うな点はない。ぶっそうなものも持っていない。いやらしい侵入者という感じもな

い。

「そ、そこに……」

 女子大生は男を指さし、青ざめ、ふるえている。

「この、見知らぬ男が、勝手に入ってきたというのですか」

「知らない人というわけじゃないんですけど……」

「すると、だれなんです」

「あたしの父よ」

「ばかばかしい。父親に訪問されて悲鳴をあげるなんて、ひとさわがせだ。親子の

断絶というわけですか。しかし、それにしても大げさな」

「断絶なんてこと、ありません。いい父なんです。でも、でも……」

「思わせぶりだな。早く説明して下さい」

「あたしの父は、二年前に、病気で死んでしまったのです」

「なんですって。そうでしたか。なるほど、そうなるとこれは異常ですな……」

 青年はまたも腕組みし、もっともらしい表情をした。ここにも鮮明な幻が出現し

たというわけか。しかし、内心はさほど驚いていなかった。ふりむくと、幻の女が

くっついてきていた。それを指さして言う。

「誤解しないで下さい。ぼくが連れ込んだのではありません。勝手に出現したので

す。ここにおいでの、あなたのおとうさんと、同じたぐいのようですよ」

 指をさらに伸ばし、幻の女の姿のなかにそれを埋没させ、虚像であることを示し

てみせた。女子大生は、ふしぎがりながらも少し安心した。

「あたしのとこだけじゃ、なかったのね。だけど、どういう現象なのかしら、これ

「それは、ぼくだって知りたい点です」

 あけたままになっているドアのそとの廊下を、人間の大きさほどの怪獣が歩いて

いった。見えたような気がしただけかもしれない。しかし、こうなってくると、い

ちいち驚いてはいられない。女子大生は、反射的にテレビのスイッチを入れていた

。現代人の習慣。しかし、チャンネルをひと回ししてみたが、なんの映像も出なか

った。深夜のせいだろう。

「ぼくの部屋に、ラジオがあります。それを聞きに来ますか」

「ええ……」

 女子大生がついてきた。すなわち、青年のほかに、女子大生、その亡父、幻のバ

ーの女の四人が集まったことになる。ラジオからは声が出た。若い男が早口にしゃ

べっている。

〈……しばらく放送が中断し、ご迷惑をかけてしまいました。局のなかで、なにか

混乱がおこり、電波がとぎれたのです。なにか変なやつがあらわれたとかで……〉

 青年はうなずく。声はつづいた。

〈……あなた、だれ。さむらい姿をした人。|由比正雪《ゆいしょうせつ》スタイ

ルなんかで。困りますよ。ここへ入ってきちゃあ。仕方ない。いてもいいけど、静

かにしてて下さいよ……〉

 青年は女子大生に話しかける。

「各所に出現しているようですね」

「ここだけじゃない。安心したものか、大事件というべきか、あたしにはわかんな

くなっちゃったわ」

 ラジオの声はしゃべっている。

〈……とにかく、番組をつづけましょう。さて、例によって、電話による身上相談

の受付けです。お申し込みのなかからえらび、ハガキでここの番号をお知らせして

ありますね。そのかたは、順番にどうぞ……〉

 ラジオのなかで電話がなり、女の子の声がした。

〈あたし、本当はね、にきびの治療法を質問するつもりだったんですけど、べつな

ことにします。変なことがおこったの。あたし、中学三年生。高校入試のため勉強

してたんですが、さっき気がつくと、そばにいるんです。だれだと思いますか。そ

の高校の制服を着た、あたし自身なんです……〉

 それにはアナウンサーも弱っていた。

〈勉強のしすぎで、頭が疲れたのじゃないでしょうか。ドッペルゲンガーとかいっ

て、自分の幻影を見る例はあるようですが、あなたの場合、合格したいとの願望が

強すぎるかして……〉

 適当にごまかす以外になかった。しかし、つぎの質問者も同様だった。

〈ぼくは高校生です。予定した質問を変えさせていただきます。歌手の、みどり礼

子って、いるでしょう。ぼく大好きなんです。それがですよ。さっき、不意にやっ

てきたんです。なぜでしょう。どうしましょう〉

 アナウンサーも、しだいにことの重大さに気づいた。

〈理由はともかく、けっこうなことじゃありませんか。好きなようになさったら。

しかし、どうやら、これはただごとでない。異変が発生しはじめたようです。電話

の相談は、中止です。心理学の専門家に、電話をしてみましょう。まったく、わけ

がわからない……〉

 呼出し音となり、やがて相手が出た。アナウンサーが聞く。

〈先生でいらっしゃいますね。こちらはラジオの深夜番組です。おやすみのところ

を、申しわけありませんが……〉

〈やすめればいいんだが、なぜか、ずっと眠れないんだ。しかし、いま来客中でね

、変な来客が……〉

〈どなたがいらっしゃるのですか〉

〈ヒットラーなんだ〉

〈先生、しっかりなさって下さい。ヒットラーが訪問してくるわけなんか、ないじ

ゃありませんか。心理学の分野がご専門なんでしょう〉

〈そうだ。とくに独裁者の心理を専攻している。そこへの出現。どう見てもヒット

ラーだ。こんないいチャンスはない。そう思って質問しているのだが、ちっとも答

えてくれない。残念でならん。しかし、言われてみると、ヒットラーが来るわけな

どないな。といって、自己診断しても、狂っているような気分はない。ふしぎなこ

とだ〉

〈先生のところだけではないんですよ。各所に、いろいろなのが出現している。鮮

明な幻影といったものです。わたしのそばには、由比正雪がいるんです。最初は、

だれかがふざけて入ってきたのかと思った。あっちへ行ってろと、メモ用紙を丸め

てぶつけたら、からだを突き抜けた……〉

 アナウンサーに言われ、心理学者もそれをやってみたらしかった。

〈なるほど、たしかに幻影だ。こんなのがほうぼうに出ているというわけか。少し

気が楽になったよ〉

〈安心もいいけど、この現象の解説をお聞かせ下さい。みな知りたがっています〉

〈そう急に言われても困るが、あるいは、立体テレビの試験放送がなされているの

かもしれない。たしかに立体的な映像だ〉

〈そんなことはないでしょう。第一、受信機がないのに。現在のエレクトロニクス

の段階では、試験放送なんか、とても……〉

〈となると、宇宙人が円盤から……〉

 心理学者は、専門以外のことに関する無知をさらけだした。脱線しかけるのを、

アナウンサーのほうがなんとか引きとめ、会話はしだいに軌道に乗ってきた。学者

は言う。

〈……きのうの夜から、多くの人がずっと眠れなくなっている。それに関連がある

ようだ。現代の不安が高まったせいか、平穏がつづきすぎたせいか、不眠の原因に

ついては、調査の上でないとなんともいえない。しかし、眠れないでいるのは現実

だ。それにもとづいての仮定だが、ここのヒットラー、そちらの由比正雪、これら

はすべて夢だ〉

〈夢ですって。目ざめているのに、なぜ夢があらわれるのです〉

〈夢は人間の生存に必要なものなのだ。毎晩、だれもが見ている。夢を見なかった

と言う人も、目ざめた時に忘れているだけのことで、かならず見ている。つまり、

正常な人にとって、夢は見なければならぬものなのだ〉

〈その学説は、なにかで読みました〉

〈見たい見たくないにかかわらず、夢は必需品。われわれは夢を見なくてはならな

いのだ。そのため、夢のほうから出現してきた〉

〈しかし、この夢は第三者にも見えるらしいのですが、それはなぜでしょう〉

〈不眠のあげくという前例がないので、断定はできませんがね。本来なら夢は、頭

の内部で見るものだ。しかし、眠っていないので、それが不可能。形容すれば、レ

ンズのような作用でというべきでしょう。体外に投影された形となってしまった。

現実に第三者に見えているとすれば、そうとしか考えられん。解説とは、そういう

ものなのだ〉

〈なんとなく、わかったような……〉

〈どなたか、ほかの人にも聞いてみて下さい。あ、来客があった。本物だ。新聞記

者の名刺を出した。意見を聞きに来たらしい。深刻そうな顔をしているぞ。や、す

ごい夢を連れてきたぞ。ビキニスタイルのグラマー美女だ。うらやましい。わたし

のヒットラーより、ずっといいぞ。そういうわけで……〉

〈あ、もうひとつの質問。この変な現象は、いつ終るのでしょう〉

〈さっきの私の解説が正しければ、不眠の流行がおさまれば、夢はまた睡眠中の世

界に戻り、外部からは消えるでしょう〉

〈いろいろと貴重なご意見、ありがとうございました……〉

 心理学者との電話アンケートは終った。アナウンサーはほかの学者にも電話で質

問したが、いずれもこんな仮説におちつくのだった。

 青年は女子大生に言う。

「なんとなく、わかったような気分にさせられたな。電波|媒《ばい》|体《たい

》と解説の力は、偉大なものですね。まだ、こわい気分ですか」

「夢とわかれば、安心ですね。父の姿を眺め、なつかしい気分にひたることにしま

すわ。あなたは、そのかたとなにをなさるの」

「なにもできませんよ。どうしようもない。やはり見てるだけです。しかし、もし

今夜も眠れないとすると、朝の通勤はすごい光景になるだろうな」

「あら、あしたは休日でしょう」

「そうだった。夢の出現さわぎで、すっかり忘れていた。すると、テレビの前で一

日をすごすことになりそうですな」

「じゃあ、あたし自分の部屋に帰るわ」

 と言う女子大生を、青年は引きとめなかった。亡父の幻影をともなった女性では

、からかってもつまらない。

「おやすみなさい」

「眠れればね……」

 ひとりになり、青年はベッドの上に横になった。しかし、やはりいっこうに眠く

ならない。目をとじても、夢のことが気になる。で、目をあけると、そこに夢の女

がいる。つい眺めてしまう。飛びついてもみたくなる。

 夢の出現のために、ますます眠れなくなってしまうのだった。だれでもそうだろ

う。

 テレビの朝のニュースはみものだった。どこの局も、まっさきにこれをとりあげ

た。

〈昨夜から、夢が出現するという、奇妙な現象が発生しています。それについての

学者の説明は……〉

 各種の説が紹介されたが、夢の出現はみとめざるをえず、ラジオで話した学者の

解説と大同小異だった。くれぐれも交通事故に気をつけましょうと、アナウンサー

は深刻そうに言った。事実、深刻な立場にあったのだ。そばには、大きなヘビがと

ぐろを巻いていて、時どき首をもたげた。

 個人的なことをしゃべるのは職務上ゆるされないのだが、アナウンサーはふれな

いわけにいかなかった。

〈このヘビを気になさらないで下さい。これは、わたしの夢なのですから。ヘビが

きらいで、時たまヘビにおそわれる悪夢を見るのです。どうやら、それが出現して

しまったようです〉

 テレビの画面を見て、青年はうなずく。自分のそばに悪夢が出現しないでくれて

、本当にありがたかったと。悪夢に出られたら、ねむけなど遠ざかる一方だろう。

 ほかの局にチャンネルを回すと、子供むけのショーをやっていた。なまの番組と

、すぐわかった。それぞれ夢をひきつれている。

 ぬいぐるみのクマ、フランス人形など、子供らしい、たわいない夢が多かった。

なかには口を大きく開いたオオカミもいた。それは悪夢なのかもしれなかったが、

その持主の子供は、あまりこわがっていない。子供は事態にすぐ順応してしまうの

だろうか。あるいは、無害と知って、なれてしまったのか。

 ロボットもいたし、怪獣もいたし、マントをひるがえした正義の味方もいた。空

想好きな子供なのか、頭から|触角《しょっかく》の出た、大きな目をした緑色の

やつを連れているのもあった。たぶん宇宙人なのだろう。

 どれも、ほどよい大きさだった。夢の大きさとは、そういうものらしい。

 時どき、画面にちらちらと、海水着姿の悩ましげな美女がうつる。場ちがいな印

象だが、カメラを操作している若者の夢が入ってしまうためだろう。

 べつな局では、討論会をやっていた。特別番組、この事態にいかに対処すべきか

論じあっていた。司会者がしゃべっている。

〈まず、最も重要な点はなんでしょう〉

 その司会者のそばには、モナリザがいて、なぞの微笑をうかべていた。美術愛好

家なのだろう。

〈この現実を直視しなければいけません。一に共存、二に共存です。夢との共存に

なれて、日常生活をスムースにすることが第一でしょう〉

 その発言者のそばには、料理の山があった。幼時に空腹を体験した人なのか、食

道楽の人なのか、料理が夢なのだった。

〈そもそも、政府がいけないのだ。政治の貧困、公害の拡大、物価の上昇、それら

がこれを発生させた。ただちに手を打つべきだ〉

 この発言者のそばには、大きな金庫があった。大臣らしいのが応じていた。

〈政府を攻撃されても困ります。事態を検討し、善処するつもりでおりますが、さ

し当っては事故の防止に力をそそぎたい。なにかいい案があったら、お教えいただ

きたい。あなたの、その金庫のなかに、名案が入っているのではありませんか。そ

れとも、なかは大金ですか〉

〈わたしの夢を、とやかく言わないで下さい。あけようにも、あけられないのです

から。夢はプライバシーの問題だ。だいたい、あなたのそばの、白い煙みたいなの

はなんだ。ごまかしつづけの政治家だから、雲のような夢になるんだ〉

〈いや、これはワタです。うまれた家が、ワタの問屋だった。その倉庫で遊んだ、

幼時の思い出が夢となって出ているのです〉

 司会者がそれを制した。

〈まあまあ、そういう議論は、いずれのちほどに。べつな発言をうかがいましょう

 中年の女性が、それに応じた。彼女のそばには、仏さまがくっついていた。信心

ぶかい人なのだろう。

〈夢は当人の自由だといっても、困ったことですわ。若い男のそばには、はだもあ

らわな女性がくっついている。少年の教育上、よくありません〉

〈しかし、やがてなれるのでは……〉

〈そうかもしれませんが、やはり感心しません。それより重要なことは、存在とは

なにかの問題です。これからは、目に見えるもの、かならずしも実在とはいえなく

なる。さわれなくてはならない。となると、太陽や星はどうなります。その実在を

、どう教えたらいいかという……〉

 科学者が言った。

〈いずれ、この異変も終りましょう。そうなれば、すべてもとに戻るわけです。そ

れまでの一時的なものと考えれば……〉

 そのそばには、アインシュタインがいた。悪くない夢だが、そっちのほうが目立

ってしまい、当人はなんとなくたよりない。

 どのテレビ局も大差なかった。結局、早く事態になれよ、事故に注意でしめくく

る。そんなことで一日がすぎた。夜はやはり眠れなかった。

 つぎの日の出勤はすごかった。ラッシュアワーは、みなが夢をともなっているの

で、倍の密度となる。手ごたえがないのだから、容積としては同じだが、そのバラ

エティの点で、まさに壮観だった。

 腰に刀を一本ぶちこんだ、渡世人スタイルの夢を連れているやつがある。鮮明だ

から、へたに近づくと、ぐさりとやられそうな気分にもなる。電車内で押され、ぶ

つかってみて、やっと他人の夢と知って安心するわけだ。

 有名な歌手、みどり礼子が、あっちにもこっちにもいた。いまや文字どおり、彼

女は身近な存在だった。

 ガイコツを連れている者もあった。

「わたしは医学者です。すみません。人骨の研究をしているのです。安心して下さ

い。これは昔から夢に見つづけの、|北京《ペキン》|原《げん》|人《じん》の

全身です。シナントロプス·ペキネンシス。すばらしいでしょう」

 と、しきりに弁解し、説明していた。

 両手のあるミロのビーナスを連れているのもある。新しい画風なのか、目や鼻が

変なところにくっついた人物の立体的になったのは、眺めていて気持ちが悪い。

 聖徳太子もいるし、福の神もいた。もっと現実的に、札束の山を夢として連れて

いるのもあった。乗客たちは、思わず手をのばし、つかめないとわかって、顔を赤

くする。

 はだかの女もいるし、フランケンシュタインの怪物もいる。ナポレオンもいるし

、自由の女神もいるし、大きなウサギもいる。

 この上ない壮観だった。いかに大金をかけても、こんな特撮映画は作れないだろ

う。それがいま無料で見物できるのだ。

「すりだ……」

 だれかが叫んだ。すりにとって絶好のかせぎ場にちがいない。みなはそばの警官

のほうを見る。しかし、その警官は夢で、つぎの駅でおりてしまった。どうやら、

警官の夢の持主が、すりだったらしい。発覚を気にしつづけ、警官の夢を見るよう

になったのだろう。

 こんなありさまだから、肉体的より精神的な疲労のほうがひどい。会社についた

青年は、ぐったり。しかし、そのくせ眠くならないのだった。

 会社内もまた雑然。過去から現在までの人物のロウ人形館ともいえる。動物園と

もいえた。受付けの女の子は、パンダの夢をそばにおいていた。彼女は来客を見て

、とまどっていた。親会社の社長が、秘書を連れてやってきたからだ。しかし、秘

書が社長の夢を連れてきたのかもしれないのだ。

 金のなる木をも含めた植物園でもあり、美術館でもあり、古道具屋でもあった。

重役の椅子だの、ハシゴだの、電話機だの、機関銃だの、千両箱だの、なにからな

にまで、そのへんにある。人びとの夢は、さまざまだ。

「とても仕事にならんな」

 青年が同僚に言った。

「まったくだ。何百種もの映画フィルムを、不統一につぎあわせ、見させられてい

るようなものだからな。神経が疲れるよ。当分は見物だな。それにしても、これだ

け疲れながら、なぜ眠くならないのだろう」

 そのうち、だれかが言った。

「おい、見ろよ。眠ってるやつがいる」

 みな、うらやましそうに見た。床の上でひとりの美男が眠っている。しかし、顔

をのぞくと、有名なタレント。女性社員の夢の人物だった。

「本人が眠れず、夢のなかの人物が眠るとは……」

 それがきっかけとなり、夢たちはつぎつぎに眠りはじめた。パンダも、福の神も

、吸血鬼も、眠れる森の美女も、重役の椅子も、ギターも、殿さまも、なにもかも

眠りについた。

 あたりの光景が、いくらかおだやかになる。しかし、だれも仕事をする気になら

ない。眠っている夢たちを見ていると、ふしぎな気分となる。いったい、この奇妙

な現象は、いつまでつづくのか。ずっとつづいたら、どうなるのだ。いっこうに眠

くならないが、このあいだからの精神的、肉体的な疲れは、かなりのものだ。この

ままだと、気が狂うかもしれない。なんとかしてくれ、どうにでもなれ、そんな気

分もある。それに、形容しがたい不安感。

 そのなかで、時間はゆっくりたっていった。

 だれかが、床の上の美男タレントを指さして叫んだ。

「おい、やつが起きるぞ」

 床からおきあがり、目を開き、のびをし、軽い声を出した。夢がはじめて声を出

した。すがすがしそうな顔つきだった。みな、うらやましそうに、それをながめる

。ふと、その持主の女性社員に目を移す。いっせいに悲鳴があがった。

「あ、消えてゆく……」

 彼女の姿は、しだいに薄れて消えた。夢の人物は、机の上のタバコを口にし、う

まそうに吸った。

「なぜ、彼女は消えたのだ」

「目がさめれば、夢は忘れ去られてしまうとかいう話だった」

「しかし、われわれが本物だ」

「こうなってくると、なんともいえないぞ。あれを見たか。声を出すばかりか、タ

バコを吸っている。そんなことのできるわけがない。やめさせよう」

 だれかが、その美男タレントにむかっていった。しかし、それもむなしかった。

タレントの手は、こちらのからだのなかに突きささる。相手はなにも手ごたえを感

じないらしく、平然としている。

「まさか。こっちが夢になった……」

「なぜだ……」

「答えられるものか。つまり、こうなったというだけのことだ」

「すると、この夢のやつらが目をさますにつれ、われわれが消えて……」

 そこまで言った時、当人の夢が目ざめ、当人はたちまち薄れていった。

「もうすぐ、ぼくも消えるわけか。しかし、残念だな。この夢の連中ばかりの社会

を見物できないというのは。きっと面白いにちがいない。それにしても、われわれ

、また会えるのだろうか」

 薄れながら、青年が言った。同僚もまた、薄れながら答えた。

「やつらが、われわれの夢を見てくれればいいんだろうが、はたしてどうだろうか

。あまり期待は……」

  追 跡

「隊長。このまま地球へまっすぐに帰りますか」

 飛行中の宇宙船のなかで、探検隊員のひとりが言った。隊長は答えた。

「いや。このあたりに、もうひとつ惑星があったはずだ。そこへ寄って調査をし、

それから帰還ということにしよう」

 やがて、その惑星に接近する。どこがどうと、はっきり指摘はできないが、なに

か陰気な星だった。かつては繁栄したが、死滅にむかいつつあるといった星のよう

だった。

「どうも印象がよくありません。着陸をやめましょうか」

「いやいや、せっかく来たのだ。古い城のようなのが見える。好奇心をそそられる

。ちょっとおりてみよう」

 隊長の命令で、宇宙船は平原に着陸した。操縦士は船内に残り、隊長と部下たち

はそとへ出た。古い城がむこうに見える。

 地上から見ると、かなり大きかった。城壁にかこまれ、いくつもの塔を持ち、黒

っぽい色をして古びていた。

「おおい……」

 隊員のひとりは、スピーカーで呼びかけた。なんの返事もない。弱々しい太陽の

光のもとで、城は静まりかえり、動くものひとつなかった。そのため、えたいのし

れぬぶきみさがあった。

「気が進みませんな」

「元気を出せ。さあ、近づいてみよう」

 隊長は命じ、みなは進みかけた。

 その時、城のどこからか小型のミサイルが発射され、隊員たちの前方で爆発した

。予想もしなかった事態。

「いかん。宇宙船へ戻ろう」

 みなはかけ足で後退した。応戦しようにも、探検隊だから、たいした武器は持っ

ていない。それに、こっちは侵入者なのだ。交戦はなるべく避けたほうがいい。

 またしてもミサイルが発射され、みなの近くで爆発した。隊員たちは逃げながら

、ぞっとしたものを感じた。あの暗い城のなかに、そとをうかがっているやつがい

るのだと思うと……。

 交渉に入ることができれば、こっちに敵意のないことをわかってもらえるかもし

れない。しかし、そのきっかけはえられそうになかった。また、あのミサイルの発

射は、まさに問答無用といったところだった。つめたい拒絶を示している。

 逃げる隊員たちの、うしろ、右や左などで、ミサイルがつぎつぎに爆発した。も

し宇宙船に命中したら、地球へ帰ることができなくなり、ここで野たれ死にをしな

ければならない。あたりに食用になりそうな植物はない。城の連中がてあつくもて

なしてくれるとは思えない。

 みな息をきらせて、宇宙船へかけこんだ。操縦士はただちに離陸にかかった。あ

たりにミサイルの爆発するなかを、なんとか脱出できた。大気圏外に出ても、隊員

たちはまだ青ざめたままだったが、やっと息をつけた。

「ああ、あぶなかった。一時は、もうだめかと思った。不意うちで発射してきたの

だからな。なんというやつらだ。われわれは、ただの平和的な探検隊だというのに

「悪質な侵入者と誤解されたのかもしれないな。しかし、全員無事で運がよかった

。やつらのねらいが少し狂っていたおかげだ。そうでなかったら、みなやられてい

ただろう」

 しだいに気分が落ち着いてくる。

「よく助かったものだ。ふしぎなくらいです。もしかすると、ねらいが狂ったので

なく、わざとはずしていたのかもしれない」

「どういう意味だ」

「追い返すのが目的だったとも考えられます。われわれを殺すつもりはなく……」

「そうかね。あの陰気な星のやつらが、そんな親切心を持っているとは思えないが

ね。追い返したら、武器をととのえて再び来襲することもあると考えないだろうか

 だれかが後方の窓をのぞいた。遠ざかりつつある星を見て、悪夢からぬけ出せた

ことをたしかめたかったのだろう。しかし、彼はたちまち声をあげた。

「あ、なにかがあとを追ってくる……」

 隊長は望遠鏡をのぞいた。灰色をした金属製らしい球形のものが、宇宙船のあと

からついてくる。あの惑星に着陸する前に、あんなものはなかった。だから、いま

の星から発射され、あとを追ってきたのだと推定できた。

「正体は不明だ。危険物のようでもある。そう思って注意したほうがよさそうだ」

 また船内に不安が戻ってきた。

「すると、さっきの星のやつら、目のとどかないところへわれわれを追いやり、そ

こで殺そうというつもりだったのか。なにが親切だ。目の前で血を見るのはいやだ

が、殺すのは好きだ。そういう考え方の持主だったのか。どうしましょう」

「船内に|隕《いん》|石《せき》破壊用のミサイルがあったはずだ。引きつけて

、それを発射しろ」

 引きつけようと速度を落したら、その物体も速度を落した。ミサイルを発射して

みる。正確に命中するはずだったが、その手前で進路を狂わせられた。何度やって

も同じ。ミサイルを防ぐ装置がついているらしい。手ごわいもののように思えてき

た。

「速度をあげて、あれを引きはなそう」

 宇宙船はしだいに速度をあげ、また方向を変えてみた。しかし、物体は一定の距

離をたもって、あとにくっついてくる。

「送りオオカミのようだな」

「なんのことです、それは」

「オオカミが旅人を襲う時に、こんなことをやる。近よることなく、どこまでもど

こまでも、あとをつけてくる。人は疲れてきて、いつかは眠らなければならない。

眠れば武器も役立たない。かならずやられてしまう」

「いやな作戦ですね。追いかけるのをあきらめてくれればいいが……」

 後方を見ると、物体は依然としてあとをつけてくる。どんなしかけになっている

のか不明だが、ふり切ることは不可能のようだ。

「ミサイルもきかず、ふりはなすこともできない、いやなものをしょいこんでしま

ったな。どこまでついてくるつもりだろう」

「もしかしたら……」

 ひとりがふるえ声で言った。

「なにを思いついた」

「地球までついてくるつもりかもしれない。そして、そこで爆発する。あれが高性

能の核爆弾だったら、地球上は全滅です」

「そうとしたら、ことだ」

 その重大さに、だれもが気づいた。あの星でのことを思い出してみる。宇宙船を

やっつけるつもりなら、容易にできたはずだ。それなのにやらず、帰還を許した。

そして、そのあとをつける。少人数を殺すのではあきたらず、帰りついた星そのも

のを全滅させようというつもりのようだ。なんという恐ろしい計画。

「となると、地球を救うには、われわれが犠牲にならなければならないわけか。い

ずれにしろ、われわれは助からない」

「あれが危険なものであったらね」

「安全なプレゼントである可能性はないかな。さっきの星のやつら、なにかの原因

で、からだがみにくくなり、滅亡しかけている。姿をあらわすことなく、文化遺産

を渡したがっていた。そのために、このような手のこんだことをした。心配させて

おいて、あとで喜ばせる。そんなことだといいのだが……」

「まあ、ありえない話だろうな」

「その仮定を考えついたわたしだって、そうとは信じられませんものね。あの陰気

な城の住人が、そんなしゃれたことをやるとは……」

 消えてくれればいいと思ってふりむくが、それはいつも後方にいる。つかずはな

れず、ぶきみにあとをつけてくる。

「隊長、なんとかしてください。このままでは頭がおかしくなってしまいます」

「よし、危険かもしれぬが、ひとつやってみよう。どこか無人の惑星に着陸するの

だ。すぐ離陸できる態勢でだ。あれが落下しはじめたら、われわれはすぐ飛び立つ

。あの物体の正体がわかるだろう」

 乗員たちは助かる可能性が多いし、地球に危害が及ぶこともない。やってみる価

値はあった。氷結した惑星をみつけて着陸する。緊張しながら変化を待った。しか

し、問題の物体は、はるか上空に静止したまま。レーダー係が監視をつづけている

が、動くけはいはなかった。

 宇宙船はそこを出発した。すると、待っていたかのように、物体はまたあとを追

いはじめる。

「だめでしたね。だまされませんよと言わんばかりだ。まるで、だれかが乗り込ん

でいるかのようだ」

「しかし、爆弾なら、人は乗っていないはずだ。なにか生存可能な星かどうかを識

別する装置をつんでいるのだろうか」

「あれが爆弾なんかでなく、われわれの反応を調べるだけのものだったらなあ」

 と、だれかがため息をついた。

目录
设置
设置
阅读主题
字体风格
雅黑 宋体 楷书 卡通
字体大小
适中 偏大 超大
保存设置
恢复默认
手机
手机阅读
扫码获取链接,使用浏览器打开
书架同步,随时随地,手机阅读
首 页 < 上一章 章节列表 下一章 > 尾 页