饭饭TXT > 海外名作 > 《ごたごた気流(日文版)》作者:[日]星新一【完结】 > ごたごた気流.txt

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作者:日-星新一 当前章节:15365 字 更新时间:2026-6-16 01:47

「調べてどうするのだ。われわれはあれを、ミサイルをぶっぱなしたり、危険物あ

つかいしてしまった。もはや好意的になってはくれないだろう。また地球までつい

てきて、あわれな状態だったら、みのがしてくれるかもしれない。しかし、景気が

よさそうだとわかったら、どうなる。あの陰気な星のやつらの考えることだ。いい

結果になるとは思えない。どかんとなるのだろうな」

 隊長は地球へ無電連絡をした。

〈妙な物体につきまとわれ、どうにも手におえません。どうしましょう〉

〈よし、武器をつんだ宇宙船を応援にやる。それまでがんばってくれ〉

 地球の本部は、簡単に片がつくと思っていたようだ。応援の宇宙船が到着し、各

種の武器がこころみられた。強力なミサイルが発射され、磁力をおびた浮遊爆弾が

使われ、レーザー光線が集中された。いずれかが効果をあげるはずだった。しかし

、だめだった。ミサイルはそれ、磁力爆弾は遠くで爆発し、レーザー光線はきかな

かった。高度な防御装置をそなえているらしい。だれもががっかりした。

 しかし、応援に来た宇宙船は、ある役に立った。隊員たちはそれに乗り移り、い

ままで乗っていた宇宙船を、自動操縦で発進させてみた。物体はそのあとをついて

行く。

「みろ、うまくいったぞ」

「これで、われわれも地球も助かった。ばんざい」

 歓声があがる。すべての不安は思い出話に変り、地球へと帰りつくことができた

。危機は去ったのだ。

 ……と思えたのだが、そうではなかった。地球のレーダーが、なにかをとらえた

「正体不明の物体が、宇宙空間を地球に近づいています」

 関係者の頭をかすめたいやな予感は、たちまち現実のものとなった。あの物体だ

ったのだ。

「むこうも、それほど甘くなかった」

「地球と無電で交信したのがいけなかったのかもしれない。あるいは、無人の宇宙

船のあとをつけるふりをして、こっちを油断させ、戻ってきたのかもしれない。も

っと慎重にやるべきだった。ついに地球をつきとめられてしまった」

「どうなるのだろう」

「わかるものか」

 例の物体は、地球の上空に静止している。宇宙船が飛び立ち攻撃したが、もちろ

ん無効だった。また、その宇宙船のあとを追って動いてもくれなかった。おまえら

の星はここだとわかったぞ、と言わんばかりに。

 隊員たちの報告をどう検討しても、あれが好意的なものとは思えなかった。プレ

ゼントのたぐいなら、そうであることを示してくれていいはずなのに、ずっと上空

にとどまっている。希望的な仮説は、うすれていった。

 不安はたちまち地球上にひろがった。爆弾だか毒ガスだか、あるいはさらに危険

なものが、いまにも落下しようとしている。

 だれもが覚悟をきめた。しかし、なかなか落ちてこない。いらいらしてくる。時

どき、あれはぶっそうなものじゃないのだと、むりに思おうとする。しかし、安全

という根拠はなにもなく、それは依然として上にあるのだ。

 ダモクレスの剣だった。むかし、ある暴君がいた。ある日、ダモクレスという家

臣が、王の生活をうらやむ。すると王は、ではそれを味わわせてやろうと王の座に

すわらせる。ダモクレスは美衣美食、満足しながらふと上を見ると、鋭い剣が一本

の馬の尾の毛でつり下げられてあった。王の栄華は死ととなりあわせだというたと

え。

 いまや全人類がダモクレスとなった。なにを食べても味どころでなく、なにをや

っても楽しいどころでない。といって、なにもしないでいると、ますます頭の上の

ことが気になる。もう、どうにもこうにもならなかった。平然としていられる者は

いない。

 あの陰気な惑星の、暗い古い城のなかで、いじの悪い声が話しあっている。

「あの追跡装置、うまくいっただろうな」

「もちろん、そのように作られているのだから、いまごろは効果をあげているはず

だ」

「どっちの方角の、どんな星なのかは知らないが、住民たち、あのなかがからっぽ

とは気がつかず、はらはらしているぜ」

 低い笑い声。

「はらはらを通り越して、かなり狂いはじめたのじゃないかな。目に見えるようだ

。それを想像し、われわれはここで楽しんでいる。こういう雄大ないじわるを考え

ついたのは、宇宙ひろしといえど、ほかにいないのではなかろうか」

  条 件

 二十歳をすぎたばかりの、独身の青年があった。ある会社につとめており、なん

ということもない才能の持主だった。

 まじめで平凡な人間。人柄という点からみれば、そう片づけてしまえる。

 しかし、平凡ならざるところがひとつだけあった。大変な美男子であり、スタイ

ルもよかった。まことにアンバランスなことだが、こういう妙な人間だって世の中

には存在するのだ。

 若い者には、だれしもナルシシズムの傾向がある。それにくわえ、この青年、ほ

かにとりえがないのを自覚しているので、それがとくにいちじるしいこととなった

。ハンサムであることに自分の存在価値がある、それ以外にない。そう思いこむ度

合いが、しだいに進んだ。

 帰宅してひとりになると、鏡に顔をうつし、あきることなく眺めつづける。異様

だともいえるが、テレビをながめつづけのやつだっているわけだし、自分の勝負事

への才能にほれこみ、それにひたるやつだっている。なにに生きがいを求めようと

、それは当人の勝手というものだ。

 しかし、ハンサムが生きがいとなると、困った点がひとつある。勝負事や趣味な

ら、年月とともに向上や円熟がともなうが、ハンサムはちがうのだ。としをとるに

つれ、低下することはあっても、美しさのますことなど決してない。

 青年もそのことを知っていた。やがては中年にならなければならないことを。そ

れを考えると、いてもたってもいられなくなる。時間の流れを止めたい思いだが、

それはむりだ。

 いやおうなしに年月に流され、老醜へ少しずつだが確実に進まねばならないのだ

。いやだ、いやだと心のなかで叫ぶ。

 ほかに趣味をさがすべきだと、他人は言うだろう。しかし、当人の心情をこれほ

ど無視した言葉はない。

 青年は思いつめているのだ。ああ、としをとりたくないものだと。

「それができるのなら、悪魔と取引きして、なにもかも渡したって後悔しない」

 ある夜、青年はつぶやいた。その時、うしろにだれかの出現するけはいがした。

ふりむくと、黒い服の小柄の男が立っている。青年はいまのつぶやきを聞かれたか

と、顔を赤らめながら言った。

「あなたはだれです」

「だれだとは、なんです。あなたのご要望にこたえて出現した悪魔ですよ」

「悪魔ねえ……」

 青年はしげしげと見つめた。その男は、ただものでないムードをまきちらしてい

る。普通だったら、音もなく突然にやってこられるわけがない。

「本物のようだな。なぜ、こうも簡単に出てきたのだ」

「このごろは、だれもが合理的とかいう考え方をするようになってしまった。神秘

趣味の人もないわけではないが、それも合理的の裏がえしにすぎない。しかし、あ

なたはちがう」

「珍しいとでもいうのか」

「そうですよ。理屈もなにもない無茶な願いを、真剣になってとなえた。そこがわ

たしの気に入った点です。まったく、そういう人が少なくなった。そういう人を相

手にするのが、わたしの働きがいなのに。ことが不合理であればあるほど、悪魔の

ほうもやってて楽しいわけですよ」

「そういうものかな」

「どうです。いつまでも若くハンサムでいたいという、あなたの願い。お手伝いし

ましょうか」

「それは、ぜひたのみたい。で、うわさに聞く通り、その代償に魂を請求するわけ

か」

「おいやですか」

「とんでもない。この願いがかなうのなら、魂だって、なんだって……」

「気に入りました。こっちも働きがいがあるというものです。損得を度外視して、

ひとはだぬいでみたい。大サービス。代償なしでやってあげましょう。あなたは、

なにも失わなくていいのです」

「悪いなあ、有利すぎるみたいで……」

「しかし、条件はつきますよ。ルールをひとつ作らなかったら、わたしだって、や

ってて面白くない。楽しませてもらわなくちゃ」

「どんな条件だってのみますよ。いまの若さがこのままたもてるなら、ほかのどん

なことだって犠牲にしてもいい」

「じゃあ、それを条件にしましょう。なにもかも犠牲にしろとは言わない。幸運だ

けを犠牲にして下さい。普通以上の幸運は一切、あなたが拒絶する。どうです」

「ええと、いいでしょう。いままでだって、とくに幸運にめぐまれたこともないの

だ」

「じゃあ、きめましたよ。あなたが幸運をこばんでいる限り、若くハンサムな特長

の失われることはありません……」

 そして、悪魔は消えた。悪魔であることを立証するような消え方だった。

 青年はわれにかえったが、夢だとは思わなかった。かわした会話のすべてが頭に

残っている。

 つぎの日、青年が外出すると、道ばたになにかが落ちている。拾いあげてみると

封筒で、なかをのぞくと、札束がいっぱい入っている。

 興奮しかけたが、その時、きのうの会話があざやかによみがえった。これを拾っ

てはいけないのだ。青年はそれをもとの場所におき、急ぎ足で立ち去った。

 しばらくたった、ある日。青年のところへ電話があった。あるメーカーから。

「とりあえずお知らせしますが、わが社の製品につけてある懸賞の葉書をお出しに

なりましたね。それが特賞に当りました。おめでとうございます」

「そんなの出したかな。そうだ、だいぶ前に出していた。どうせ当らないだろうと

、すっかり忘れていた」

「これからおとどけいたします」

「あ、ちょっと待って下さい。いりません。辞退します。そちらで処理に困るので

したら、気の毒な人の施設に寄付して下さい」

「ご立派ですな。ニュースで話題になり、あなたは時の人になりますよ」

「あ、それも困ります。わたしの名前は絶対に出さないで下さい」

「現代に珍しく、欲のないかたですな」

 欲がないのではない。ひとつの欲のために、幸運を犠牲にしているわけなのだ。

しかし、そんな説明をしたって、だれも信用してはくれまい。

 こんなこともあった。青年がある遊園地に入った時、入口で声をかけられた。

「おめでとうございます。あなたは、百万人目の入場者。世界一周の旅行券をさし

あげます」

「なんですって、ちがいますよ。みのがして下さい。じつは、自分で偽造した入場

券で入ろうとしてたのです」

 青年は入場券を破って、のみこんだ。相手はなんともいえない変な表情だった。

そのすきに、青年は逃げ帰る。悪魔のやつ、なかなかやるなあ。しかし、こっちも

決して負けないぞ。

 道ばたで声をかけられることもある。

「あなたは俳優になるべきです。わたしが保証する。たちまち人気が出ますよ。コ

マーシャル·フィルムで金も入る。どうですか」

「だめです。そんな自信はありません」

 会社においても、そのたぐいの目にあう。人事異動で異例の昇進の話があった時

、彼はまだ早いと辞退した。

 そのうわさが上に伝わって、青年は重役に呼び出された。

「きみは遠慮ぶかい性質のようだな。なかなか好青年なのに、欲がない。気に入っ

た。どうだ、わたしの娘と結婚してくれないか。十人なみだし、悪いようにはしな

い」

「いえ、それが困るのです。なにとぞ、お許し下さい」

「ふしぎなやつだな」

 他人には理解できないことなのだ。現代においては、欲がないとかえって目立つ

。変人あつかいされ、いづらくなり、そうなった青年はべつな会社に移った。

 会社を移っても、また似たようなことがくりかえされる。そして、やがてまたも

会社を変えるということになる。

 年月がたってゆく。青年は毎日のように、鏡をのぞきこむ。気のせいでなく、依

然として若々しくハンサムだった。彼は満足だった。

 ぱっとしない日常で、あまりいいこともないのだが、これが彼の生きがいなのだ

。他人にどう思われようが。

 幸運の波は、休むことなく押しよせてくる。悪魔のほうもなかなか熱心のようだ

った。しかし、その手には乗らないぞ。青年はどれも拒絶した。拒絶しつづけてい

る。

 また年月がたった。青年はやはり若々しくハンサムだった。

 ある日、訪問者があった。

「じつは、医学研究所から参りました。科学の発達は、すばらしいワクチンを作り

あげました。若さをいつまでもたもつ作用があるものです。すばらしいききめ。し

かし、当分のあいだ量産は不可能です。希望者が多すぎて、扱いに困るほどです。

値をつけたら、金持ち優先となり不公平がおこる。そこで、抽選をしたところ、あ

なたが第一号にえらばれました。いまの若さが、ずっとたもてるのですよ。ご幸運

、おめでとうございます」

「いえ、まにあってます……」

  追究する男

 まだ若く独身で、頭も悪くないなりたての新聞記者があった。健康で元気もあっ

た。したがって、精神的にも張り切っていた。

「なにか、みなをあっと言わせるような、大事件の記事を書いてみたいものだな…

…」

 そういうつぶやきが出るのも、むりもなかった。なにかないだろうか、なにかあ

るはずだ。そう考える毎日だった。

 ある日、社内でちょっとした話題を耳にした。半年ほど前、藤川というこの社の

記者が、わけもわからずに消えてしまったというのだ。原因や理由について、だれ

も知らない。

 そのことに、彼の心は動いた。上役に聞いてみる。

「藤川という人が消えてしまったとかいう話ですね。消されたとすれば、おだやか

でない。気になります。真相はどうなんです」

「いや、そう大げさなことじゃないよ。ある事件を調べていたのだが、途中で辞表

を出し、自分でやめてしまったというだけのことさ。いまなにをしているのか、だ

れも知らない。会ったやつも、年賀状をもらったやつさえいないんだからな。だか

ら、妙な想像によるうわさが発生したというわけさ」

「いったい、どんな事件を調べていたというのですか」

「ある警察署の刑事が、勤務中に消息不明になってしまった。まじめで仕事熱心な

性格の人だったという。藤川はその件に興味を持った。その足どりを追って、記事

にしようと考えたわけだよ」

「で、なにか結論を得たのですか」

「本人はえらく張り切っていたが、わたしはなんの報告も受けなかった。もう少し

で真相がつかめそうだという話を何回か聞いた。だが、そのうち、事情も言わず、

辞表を出した。そして、それっきり社に来なくなった」

「なんだか、好奇心がわいてきました。なにか裏がありそうだ。ぼくにやらせて下

さい。かならず解決してみせますから」

 若い記者は身を乗り出したが、上役は首をふった。

「わたしの判断では、それほどの事件とは思えないね。いまの世の中、転職する連

中は多い。うちの新聞の紙面でも、転職の特集をやったことがあるくらいだ。そん

なのをいちいち追っかけていたら、きりがない。報道すべき、もっと重大な事件は

多いのだ」

「しかし、事件を追っている途中の刑事や記者の転職となると……」

「いやに熱心だな。まあ一晩よく考えてみてくれ。あしたにでもあらためて……」

 つぎの日、若い記者は上役に言った。

「考えれば考えるほど、なにか重大なことに関連があるような気がしてなりません

。この件の調査をやってみてもいいでしょう。社に迷惑をかけないよう注意します

から」

「かなりの意気ごみだな。そんなにまでやりたければ、好きなようにしろ」

「で、なにか手がかりは……」

「それがあまりないんだな。よくバー·エックスにかよっていたというほかには…

…」

「では、そこからとりかかりましょう」

 若い記者は、そのバーへかよった。

 マダムは神秘的なかげのある美人だった。しかし、客あしらいはうまく、話題は

豊富で、遊びごこちのいい店だった。だが、すぐ切り出すのもと思い、彼はしばら

く機会を待った。けっこう金がかかった。

 しかし、やがて核心にふれる質問をする。

「ちょっと、聞きたいことがあるんだが」

「なんなの、あらたまって……」

「じつは、藤川の消息についてなんだ」

 マダムの表情が、少し変った。

「およしなさいよ。そんなお話を口になさるの……」

「いや、ぜひ知りたいんだ」

「ねえ、あなたの、いままでたまっている代金を帳消しにしてあげるわ。そればか

りじゃない。今後は、いくらお飲みになっても、ずっとただにするわ。このお店の

飲み心地、悪くないと思うけど……」

「ありがたいな。夢みたいだ。しかし、なにか条件があるんだろう」

「さっきのお話、忘れてちょうだい」

「ううむ……」

「よく考えてみてね」

 若い記者は、帰ってから考えた。高級バーで、好きな時に無料で酒が飲めるとは

、うまい話だった。ちょっとしたことと引き換えにだ。しかし、ここで妥協しては

いけないのだとも思いかえす。

 そうまでして藤川の調査をさまたげようとするのは、なにかあるからだ。それを

追究しなければならない。ここで引きさがっては、せっかく乗り出した意味がなく

なる。

 彼は金をつごうし、バーに出かけた。それを迎えてマダムは言う。

「いらっしゃい。きょうからは、お会計を気にすることなく、好きなだけ飲めるの

よ」

「いや、飲みに来たのじゃないんだ。ご期待にそえなくて申しわけないが、いまま

での代金を払いに来た」

「あら。すると……」

「そう。藤川についての消息を聞きたいんだ。さあ、お金だ」

 彼はそれを渡す。マダムは首をかしげる。

「そんなこと、おやめになったほうがいいと思うんだけどな……」

「ぜひ知りたいんだ。よくよく考えた上でのことなんだ。この決心は変らない。た

のむ、なにか手がかりを話してくれ」

「そこまで思いつめているんじゃ、しようがないわね。負けたわ。以前、この店に

秋子というのがいたの。彼女なら知ってるわ」

「本当なんだろうな。で、どこに……」

「地図を書いてあげるわ。わかりやすいところよ」

「ありがとう」

 若い記者はそれを受けとった。

 その図をたよりに訪れてみると、しゃれた婦人服の店があった。さまざまな色彩

にみち、外国製のアクセサリーも売っていた。

「いらっしゃいませ」

 若い女が彼を迎えた。男がひとりで入ってきたことに不審そうな表情だったが、

お客はお客。美しく、頭のよさそうな女だった。あいそもいい。彼はためらいなが

ら聞く。

「じつは、バー·エックスのマダムからうかがって来たのですが、あなたは秋子さ

んですか」

「ええ。夜あそこで働きながら、デザイナーになる勉強をしたの。それから独立し

、ここにお店を開いたんですわ」

「商売はうまくいってるんですか」

「まあいいほうでしょうね。外国の流行をすばやく取り入れようとする店が多いわ

けよ。でも、あたしはちがうの。日本の伝統美をもとに、自分のアイデアでデザイ

ンしているの。そこをみとめてくれ、ひいきにして下さるかたが多いんですわ。と

くに外国へ行かれるかたなど、わざわざここまでいらっしゃって下さったりして…

…」

「順調で、けっこうですね」

 感心する若い記者に、秋子は言う。

「で、なにをお求めにおいでですの」

「ちょっとうかがいたいことが……」

「なんでしょう」

「藤川という男のことについて……」

 そのとたん、女は手を横に振った。

「そんなこと、おっしゃってはいけませんわ」

「しかし、ぼくは聞くまで引きさがらないつもりですよ」

 秋子はしばらくだまり、そして言った。

「それだったら、ずっとここにいらっしゃったら。あたしにはね、パトロンもいな

いし、変な男もついてないのよ。あなたのようなかたがいっしょだと、心強いわ。

お仕事はうまくいっているのよ。恋人になってよ。よろしかったら、それ以上のも

のにも……」

「しかし……」

「男相手の商売じゃないから、あなたに気をもませることはないわ。楽しく生きま

しょうよ。ねえ、よくお考えになって下さらない」

「そうだな。考えておきますよ」

 若い記者は、いったん引きあげた。しかし、ここで追究を中止する気にはならな

かった。つぎの日、彼はふたたび訪れ、誠意あふれる態度でたのんだ。

「きみはじつに魅力的な人だ。ぼくもきみを好きになってきたし、できればそうし

たい。しかし、ぼくは藤川のゆくえを知りたいのだ。どうしても知りたい。理屈じ

ゃない。男の意地とでもいったらいいのか……」

「現実のあたしより、幻の人物のほうを選ぶのね。同感できないけど、その決断に

は感心したわ。でも、そうなるとね、きのうのお話はなかったことになるわよ」

「それは仕方ない。で、藤川は……」

「ねえ、考えなおさない。あなたのためを思っての忠告なのよ」

「ご好意はありがたい。しかし、自分でもどうしようもない気分なんだ」

「わかったわ。この道のむこうに、喫茶店があるでしょう。午後四時になると、少

年が入って来るわ。それに聞いてごらんなさい」

「どうも、すまない……」

 美しい女をあとに、若い記者はふりむきも、ためらいもせず、店を出た。

 それはすばらしい美少年だった。すんなりしたからだつき。目が大きく、まつ毛

が長く、気品があった。男でも、いや、男ならなおさら、一瞬、息をのむような気

分になる。

「ねえ、きみ、むこうの婦人服の店の人から聞いてきたんだけど……」

 若い記者は話しかけた。少年はものうげに、答えるともなく言った。

「ぼく、レモンの入ったミックス·ジュースを飲みたいんだけど……」

「いいとも、おごってあげるよ」

 運ばれてきたそれを、少年は飲む。

「なにか、ぼくに用なの……」

「藤川という男について知りたいんだ」

「そんなこと調べるの、やめたほうがいいと思うんだけどな……」

 少年はとしににあわず、複雑な笑い方をした。目のあたりがかすんだようになり

、そういう趣味の者だったら、ぞくっとしたかもしれない。若い記者はどうあつか

ったものかと、とまどいながら言う。

「ぜひ、知りたいんだ」

「だけど、困っちゃうなあ。そう、すぐ答えろなんて言われても」

「じゃあ、いつ教えてくれる」

「あしたの晩、海岸のそばの公園で……」

 まったく、あやしげな気分だった。若い記者は少しおかしくなりかけるのを、自

分でも感じた。へたをすると、あの少年を、好きになりかねない。冷静にならなく

てはだめだ。

 つぎの日の夕方、彼は公園で待った。すこしおくれ、少年がやってきた。

「さあ、藤川のことを教えてくれ」

 問いつめる若い記者を、少年は首をかしげて見あげながら言った。

「そんなに急ぐこと、ないんじゃない」

「じらすな。いいかげんにしろ。子供と遊んでいるひまはないんだ」

 彼は少年の腕をねじあげ、痛めつけた。美少年をいじめることで、妙な気分が味

わえたが、彼は目的の重大さを自分に言いきかせ、力をこめた。少年は悲鳴をあげ

た。

「やめて、やめてよ。言うから。毎朝ここへ体操をしにくる人がいる、その人が知

っているよ」

「本当なんだろうな」

「本当ですよ。でも、やめたほうがあなたのためなんだがなあ」

「それはこっちできめることさ」

 翌朝、若い記者はその公園にいった。すでに、スポーツマンらしい二十五歳ぐら

いの男が来ていて、なわ飛びをしていた。ずっとつづけているが、きたえたからだ

のせいか、疲れたようすはなかった。ほかに人はいない。彼は近よって声をかけた

「おはようございます。あの……」

「なんだ」

 運動をやめ、相手は返事をした。

「うかがいたいことがあるんです。じつは、藤川という男についてですが……」

「なにかと思ったら、とんでもないことを言い出すやつだな。帰れ」

「いや、帰りません」

「むりにでも帰らせるさ」

 とたんに相手はむかってきた。柔道の達人だった。記者は投げ飛ばされ、倒れた

ところを引き起こされ、また投げ飛ばされた。首をしめられかけ、彼は切札を口に

した。

「ぼくは新聞記者ですよ」

「いじめると、ただじゃすまないと言いたいんだろう。しかし、そうはいかないよ

。きのうの夜、おまえはここでなにをした。大きな口はきけないと思うがね」

 つづけてまた、何回かなぐられた。

「あれをごらんになってたんですか」

「見ちゃいなかったが、あれはおれの弟だ」

「あなたの弟さん……」

「そうだ。性格はだいぶちがうがね、実の弟であることにまちがいない。新聞記者

なら、たしかめるぐらい、わけはないだろう」

「そうとは知りませんでした。あやまります。許して下さい」

 若い記者は泣かんばかりにあやまった。

「さあ、許したものかどうかな」

「たしかに弟さんをいじめました。悪かったのはこちらです。お気がすまないので

したら、もっと投げ飛ばして下さい。もっとなぐってもかまいません」

 すわりこむ記者に、相手は言った。

「みごとな覚悟だな。いいことを言うじゃないか。おれはスポーツ精神の持主なん

だ。負けを表明した者に、それ以上のことはやらない。気に入った。許してやるよ

。帰ってもいいぜ」

「ありがとうございます。しかし、帰る前に、さっきのことについて……」

「そりゃあ、虫がよすぎるぜ。これで貸し借りなし。同じスタート台に立ったよう

なものだ。よく考えて、出なおしてくるんだな」

「はあ、そうしましょう」

「念のために言っとくがね。スポーツに関して、おれは万能なんだ。柔道、ボクシ

ングから、ヤリ投げなど陸上競技、水泳、ひと通り身につけている。フェンシング

や射撃の腕もたしかだ。だから、何人つれてきても、腕ずくじゃどうにもならない

ぜ」

「わかりました。では、また……」

 記者は引きあげざるをえなかった。そして、作戦を考える。まったく、またも壁

にぶつかってしまった。あいつの強さは、身にしみてわかった。あいつにしゃべら

せるのに、どんな方法があるだろう。

 女を使った色じかけでやるか。しかし、協力してくれそうな女の心当りはなかっ

た。それに、あれだけのスポーツマンともなれば、近よる女も多いにちがいない。

女を使っての|小《こ》|細《ざい》|工《く》など、かえって逆効果になるだろ

う。となると……。

 いい考えは浮かばなかった。金にものをいわせる以外には。若い記者は、自分の

ものをなにもかも売り払って金を作った。

 それを持って、朝の公園に行く。このあいだと同じく、男はそこでなわ飛びをし

ていた。

「先日は申しわけございませんでした」

「いつまでもこだわるなよ。あれはあれですんだことだ」

「ところで、藤川のことなんですが……」

「なるほど、熱心なものだねえ。気に入ったぜ、男はそうでなくてはいけない。し

かしどうだろう、こういう条件は……」

「どんなお話です」

「あんたの用心棒になってやるよ。どんな危険なところへでも取材に行けるぜ。い

くらでも、特だねがとれる。おれがついていれば、絶対に安全だ。いくらでもいい

記事が書けるというものだ。謝礼なんかいらないよ」

「ありがたい申し出です、信じられない」

「な、悪くないだろう。そのかわり、さっきのことは忘れるんだな。こんなサービ

スは、おれだってはじめてだ。いままでの修練を役立たせてみたい気分からでもあ

るわけだがね。よく考えてみてくれないか」

「はい。そうします……」

 その日は、彼も引きさがった。しかし、決してあきらめないのだった。つぎの朝

、若い記者はまた公園に出かける。

「またやってきましたよ」

「おれの申し出を受けてくれる気になったかい」

「それが、せっかくのお話、心苦しいんですが、やはり、ぼくは藤川のことを知り

たいんです。ここにお金を持ってきました。たくさんはありませんが、なにもかも

売り払ったぼくの全財産です。これをさしあげます。藤川についてご存知の情報を

教えて下さい」

「ううん、全財産とはね。その言葉に、うそはないようだ。よほどのご執心とみえ

る。その誠意をみとめよう。そのお金はいただくことにするよ」

 相手はさっと取り上げた。若い記者はあわてて言う。

「まさか、持ち逃げするのでは……」

「そうか。心配するのも無理もないな。その気になれば、おれにはそれができる。

足は早いし、腕ずくでも負けないな。ひとつ、そうするか……」

「お願いです、お助け下さい……」

「あはは、冗談だよ。おれは、そんな悪質な人間じゃあない。メモと鉛筆を貸して

くれ。番地と名を書いてやる。そのレストランに行ってみな、そこの主人が知って

いる」

 そう大きくもなく、あまり有名でもなかったが、感じのいいレストランだった。

静かな裏通りにあり、目だたないところに金のかかった室内装飾だった。いうまで

もなく、味はすばらしかった。

 それとなくまわりのお客を見ると、店にふさわしい人ばかりだった。上流階級の

味にうるさい連中の来る店のようだった。帰りがけに代金を聞くと、かなり高かっ

た。しかし、それだけのことはある料理だった。

 若い記者は、また出かけた。そして、食事のあとボーイに言った。

「ここの主人に会いたいんだが……」

「しばらくお待ち下さい」

 やがて、主人があらわれた。四十歳ぐらい。コックの服装をしていた。

「わたしが経営者でございます。なにか、味にお気に召さない点でも……」

「そんなことではない。おいしかった。正直なところ、こんなすばらしい料理を口

にしたのははじめてだ」

「そうでございましょう。腕にはいささか自信がございます。ヨーロッパで五年ほ

ど修業しました。普通の料理人は、そこまでしかしません。しかし、わたしはその

あと、さらに東南アジアで中国料理などの研究をしました。中国料理の特色は、い

くらつづけて食べてもあきないという点にあります」

「その長所を取り入れたというわけか」

「はい。ですから、ここの洋食は、毎日めしあがっても、決してあきません。お値

段がお高くなっておりますが、ごひいきにして下さるお客さまもいるというわけで

……」

「そうだろうな」

「これからも、おいで下さいますよう……」

 戻りかける主人に、彼は声をかけた。

「まってくれ。ほかに用がある。じつは、教えてもらいたいことが……」

「料理の材料かなにかのことで……」

「まったくべつなことだ。藤川という男の消息についてだ」

「なんで、わたしがそんなことを……」

「知らないとは言わせないぞ。たしかな筋から聞いてきたのだ」

「弱りましたな。とうとう、わたしのところまで来てしまったとは」

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