。玄関へたどりつき声をあげる。
「ごめん下さい」
女中が出てきた。記憶にない顔だった。
「しばらくお待ち下さい」
待っていると、男があらわれた。三十歳ぐらいで、落ち着いていた。そして、言
った。
「花五郎さんでしたね。友子の叔母のほうの親類のかたとかうかがってます。わた
しが真二郎です……」
そう話しかけられると、青年は自分が花五郎なる人物のような気になってしまう
のだった。その会話をすることが、ここちよかった。頭がしぜんにさがり、声が出
る。
「すみません。ここにうかがう以外に、ほかに方法がなくて……」
「ぼくのポケット·マネーで、少しだけお貸ししましょう……」
金をもらって、門を出る。しばらくのあいだ、青年は花五郎だった。しかし、下
宿へ帰りつくと、順一となった。手ににぎりしめていた金は、消えずに残っていた
。それによって、どうにもならない借金を、なんとかかえすことができた。
一年ほどたち、青年は婚約した。分不相応な野心はあきらめ、平凡な人生をたど
ることにきめた。婚約者は感じのいい女だった。うまくやってゆけるだろう。
その婚約者に、彼はあの説明しがたい体験を話した。
「なんだか、いまだに夢のようなことさ」
「ふしぎねえ。とても信じられないわ。幻覚かなんかじゃないの。人間には、しな
かったことを、したような気分で思い出に作りあげてしまうことがあるわ。あたし
、子供のころに川のそばに住んでたような気がするんだけど、事実はそうじゃない
の」
「そういうのともちがうんだな、ぼくの場合は。本当にそこで暮したんだ。だから
こそ、いまだに奇妙でならないのさ」
「どこの家なの。連れてって見せてよ。ちょっと好奇心がそそられるわ」
青年は婚約者といっしょに、そこへ行った。家はあのころと少しも変ることなく
、そこにあった。なにもかも昔と同じに。
「この家さ。あそこが玄関。あそこが食堂。あの樹のむこう側に築山があって……
」
青年はくわしく説明し、つけ加えた。
「……だが、もう入れないわけさ」
「あら、入れるわよ。ほら、ちょっとだけのぞかせてもらいましょうよ」
門の鉄格子は、少しだけあいていた。それを押しあけ、彼女は入った。青年もあ
とにつづいた。
二階の窓からのぞいていた女中が言った。
「あら、奥さま」
玄関の戸が開き、老婦人が出てきて言った。
「どうしたのです、友子。同窓会に行くといって出て、二日も家をあけるとは。し
かも、男の友達に送ってもらうなんて、許しません。あなたには、真二郎という夫
が……」
そして、なかへ連れこまれてしまった。青年はあとを追おうとしたが、玄関の戸
はしめられた。むりに入ろうとしたが、庭のほうから、下男が歩いてきた。この家
と家族とに忠実な下男が。
青年の知らない顔だった。しかし、この家をたてた大工の息子の島吉であること
にまちがいはないのだ。この家に愛着を持ち、秩序をまもるためには、どんなこと
でもするだろう。青年にはなにもかもわかっていた。
彼は門から出た。門の鉄格子のとびらはしまり、いかに押しても、もはやあかな
かった。
ごたごた気流
「これがその、事件発生機とでも称すべきしろものなのだ」
と父親が満足そうな口調で言った。それを聞き、むすこは喜びの声をあげた。
「おとうさん、ぼくのためにと、これを作って下さったのですね」
「そうだよ」
「ありがとうございます。だけど、完成させるのは大変だったでしょう」
「それはそうだ。いままで、このたぐいの品は世に存在しなかったのだからな。改
良とか性能向上というのとはちがう。なにもかもはじめてのことばかりだった……
」
そう話しながらも、父親は目を細めつづけだった。みるからに頭のよさそうな、
六十歳ちかい男。これまでにもさまざまな新製品を開発してきた、すぐれた科学者
だった。その特許料収入をもとに、小さいが充実した研究所を作り、その所長をや
っている。
一方、むすこの青年は父親と反対に、あまり優秀とはいえなかった。大学を出て
なんとかテレビ局に入社したはいいが、いっこうに才能を示さない。もともと彼に
は才能などなかったのだ。局のほうも持てあましぎみ。第一線からはずし、つまら
ない地位へ転任させようとの動きがある。
父親はそれを見るにみかねた。ひとりっ子。できの悪い子供ほどかわいいという
。つまり、親ばかだった。なんとかしてやりたいものだ。そこで、ひそかに頭脳と
資金と研究所の設備とを動員し、このような装置を作り上げた。
ショールダー·バッグぐらいの大きさ。大きさばかりでなく、肩にかけるひもの
ついている点も似ていた。しかし、本体はちょっと重みがあり、精巧そのものとい
った印象を受ける。
「どうやって使えばいいのですか」
青年は質問した。なによりもまず、それが問題だった。父親は装置の一部を指さ
して言う。
「ここにあるこれが、小さなレーダー·スクリーンだ。いいか、この装置を肩から
かけ、ぐるりとひとまわりする。なぜまわるかというと、この肩ひものなかにアン
テナがしかけてあるからだ。周囲のただならぬけはいをキャッチする。すると、ス
クリーン上に変化があらわれる。ほら、いくつもの点があらわれただろう」
「ええ」
「ここからの距離は、これでわかる。いまは実験だから、いちばん近いやつを目標
にしてみよう。つまり、あの方角だ。そこにねらいをつけてボタンを押すぞ。見て
いてごらん」
ここは自宅の二階。父親の書斎だった。窓からは通りを見ることができる。午後
の四時ごろ。大ぜいの人が歩いている。本当になにかが起るのだろうか。
三十歳ぐらいの男女が、いっしょに歩いている。仲むつまじいようすだった。な
がめていると、反対側からひとりの男がやってきた。すれちがいかけ、三人がみな
一瞬、足をとめて顔をみつめあった。そして、事件が発生した。
ひとりの男が、まず女を、つぎに連れの男をぶんなぐった。女は道に倒れて泣き
声をあげはじめる。しかし、連れの男はそれを助けようともせず、身をかわし、な
ぐられるのをよけるだけで、さして抵抗もしない。
それぞれなにか叫びあっているらしいが、なにごとなのか、その声までは聞くこ
とができなかった。
人だかりがしてくる。だが、なぜか制止しようとする者も出ず、面白がってなが
めている。なぐっている男は暴力団らしくもなく、警官もかけつけてこない。
「たしかに、なにか事件のようですが、なにごとでしょう」
青年が疑問を口にし、父親は答えた。
「わたしの観察によるとだな、浮気の発覚といったところだ。あの女が好きな男と
出歩いていた。しかし、ぐあいの悪いことに、道で亭主と会ってしまった……」
「なるほど、そうかもしれませんね。理は亭主のほうにあり、弁解のしようもなく
、二人はなぐられっぱなし。やじうまたちも、浮気のむくいだからと、とめようと
しない。警官を呼ぶほどのことでもないわけですね」
「というわけさ」
「ううん。それにしても残念だなあ。小型撮影機があれば、この光景をずっとフィ
ルムにおさめることができるのに。テレビに乗せられる。ドラマとちがって、本物
はやはり迫力があります。特だねで、みなを驚かすことができたのに。あ、倒れて
いた女がけっとばされた。いいシーンなのに……」
しきりとくやしがる青年に、父親が肩をたたいて言った。
「まあ、そう残念がることはないよ。この装置の性能は、これ一回きりというわけ
ではないのだ。これからずっと使えるのだ。これを持ち、カメラを用意して街に出
ればいい。レーダーの指示する方向にむけてカメラを回しボタンを押せば、事件が
うつせるということになる。浮気発覚といったものだけでなく、もっといろいろな
事件がな」
「そういうことでしたか。ありがたい。なんとすばらしい装置でしょう」
「おまえのことを思えばこそ、わたしはこれを作り上げたのだ。たぶん役に立つは
ずだ」
「ええ、もちろん大助かりです。夢のようだ。おとうさん、心から感謝します」
青年は目を輝かし、おどるような足どりで部屋のなかを歩きまわった。使い方は
簡単だ。これさえあれば、テレビ局でなんとか自己の存在を示すことができそうだ
。
翌日、帰宅した青年が父親に言った。いささか興奮ぎみ。
「おとうさん。もう、なんと言ったものか、みごとに……」
「あれが役に立ったのだな」
「はい。もうすぐニュースの時間です。ぼくの撮影したフィルムが放送されますよ
」
「それはぜひ見なくては……」
父親はテレビのスイッチを入れた。それは交通事故のシーンだった。あきらかに
酔っぱらい運転の自動車。右や左にゆれながら走っている。しかもスピード違反の
高速。そのうち、前の車を追い越そうとした。そのとたん、タイヤがスリップし、
道ばたの街灯に激突。
車は大破してめちゃめちゃ。運転していた人は、もちろん即死。目撃していた通
行人たちの悲鳴。やがて、救急車のサイレンの音が近づいてくる。
なんの説明もいらない。だが、画面から目をはなすことはできなかった。少し間
をおき、アナウンサーの声が入った。
〈自動車の運転には、くれぐれも注意しましょう〉
まさに重みのある映像だった。これまで事故のフィルムといえば、直後のさわぎ
をうつしたものばかり。しかし、これは走行中から激突の瞬間までがうつされてい
る。特殊撮影といった作りものでなしに。
「すごいものだな。われながら感心した。装置の威力を、現実にこう見せられると
」
父親は腕組みをしてつぶやき、青年は言った。
「これを見てテレビ局の連中、上役も同僚もびっくりしていましたよ。いっぺんに
、ぼくの名が高まった」
「そうだ、注意し忘れていた。おまえ、その装置のことは他人に話さなかったろう
な。秘密にしておかなければならないぞ」
「わかっていますよ。ぼくだって、そこまでばかじゃない。装置のおかげとわかっ
たら、せっかくの働きもかすんでしまいます。前を走っている車の動きがおかしい
。むだになるかもしれないと思いつつも、無意識のうちにカメラを回していた。勘
とでもいうべきでしょうか。そんなふうに説明しておきましたよ」
「それがいい。しかし、それにしてもいまのシーンは強烈だったな。刺激的すぎる
。いささかどぎつい。血なまぐさいのは問題だぞ。つまりテレビの本質である、お
茶の間むきに反するというわけだ。死はよくない。死の出てくるシーンは避けるよ
うに、装置を改良するとしよう」
父親は事件発生機のふたをあけ、配線の一部に手を加えた。青年はのぞきこみ、
首をかしげながら言う。
「すると、たとえば自殺の瞬間といったたぐいが、撮影できなくなってしまうわけ
ですね。もったいないような気がしてなりません」
「いや、これもおまえのことを思えばこそだ。人の死ぬ光景ばかり撮影していたら
、そのうち死神あつかいされて、いやがられるぞ。おまえの姿を見ただけで、人び
とが逃げてしまう。なにも死ばかりが事件ではない。この装置を使えば、ほかにも
いろいろな興味ある事件をつかまえることができるのだ」
「そううかがって安心しました」
数日後、青年の撮影したフィルムが、またニュースの画面に出た。
あるホテルのロビー。ひとりの男が|椅《い》|子《す》にかけて、あたりに視
線を走らせている。そこに外人の女があらわれた。近づいて、包みを渡す。その時
、横から出てきた男が声をかけた。
「なかみを拝見させて下さい」
と警察手帳を示す。彼は刑事であり、麻薬取引の現場をつかまえたというわけだ
った。刑事は感想をのべる。
「以前から怪しいとにらんでいたのです。とうとう逮捕できました。社会に害毒が
流れるのを未然に防止できて、よかったと思います」
そのシーンを、青年はフィルムにおさめることができたのだ。画面をいっしょに
ながめていた父親に、彼は言う。
「万事順調。順調すぎるような感じで、なんとなく妙な気分にさえなります。いっ
たい、この装置はどんなしくみになっているのですか」
あらためて見なおし、ふしぎがる。父親はわかりやすいようにと努力して解説し
た。
「てっとり早くいえば、こんなところかな。これは精巧な運勢探知機でもあるのだ
。各人にはそれぞれ運勢というものがある。また、場所にも運勢がある。といって
、それは固定したものでなく、時間の流れとともに刻々と変化し、その複合が事件
となってあらわれる。運命の霊気とでも呼ぶべきかな。その雲行きの怪しげなとこ
ろを、このレーダーがキャッチし、教えてくれるというわけだ」
「なんとなく天気予報みたいな話ですね」
「そうだ。おまえも、なかなかいいことを言うようになったぞ。まったく、その通
りだ。社会は、運命という低気圧、高気圧の作り出す気流の変化のなかにある。晴
れたり曇ったり、時には台風とか集中豪雨とでもいうべき事件にも進展する。人間
はそのなかでゆれ動く、木の葉のようなものさ」
「しかし、天気予報には当らないことがありますよ。むしろ、正確に的中すること
のほうが少ない。だから、所によりにわか雨なんて、巧妙な逃げ口上を使っている
。そういうものでしょう。しかし、この装置はぴたりと予測する。カメラをむける
と、ちゃんと事件が起ってくれる。なぜ、そううまくゆくんです」
「この押しボタンのことを忘れちゃ困るよ。その効果だ。どうやら、これも天気で
形容するほうがいいようだ。上空に湿気を含んだ空気があるとする。やがては雨と
なるわけだが、いつ、どこへ降るかとなると、断定はむずかしい。しかし、人工降
雨の方法を使えば……」
「人工降雨って、どうやるんです」
「上空のその湿気のなかに、核となるものをばらまいてるのだ。すると、それらの
粒を中心にして水滴ができはじめ、たちまち雨となる。だから、いずれはどこかへ
降る雨を、目の前に降らせることができるというわけだ」
父親の説明に、青年はうなずく。
「装置のこのボタンが、つまり運勢の人工降雨……」
「そういうことだ。たとえば、最初の実験の時の、浮気中の夫人。彼女は運勢とし
て、遠からず発覚することになっていた。あの場合にもそのような運勢があった。
しかし、亭主がよそ見や考えごとをしていたら、あの場合、ぶじにすんだかもしれ
ない。時間の問題だが、占いだとそこまでの正確なことはいえない」
「それを少し早めたというわけですか」
「ああ、目の前で雨にしてしまったというところだよ。あの麻薬犯の逮捕も同じこ
とだ。いずれはつかまる運勢にあった犯人さ。刑事は、前から怪しいとにらんでい
たなんて言ってたが、本心じゃないよ。わけもなく、ふと思いついて包みを調べて
みる気になったというところだ。画面で見ていて、なんとなく自信のなさそうなよ
うすだったよ。装置のボタンによって、きっかけが作られ、そそのかされた形で動
作をしたというわけだ」
「自動車の事故死の人もそうですか」
「|無《む》|軌《き》|道《どう》な性格のドライバーだった。どっちみち事故
はさけられない運勢にあった。ボタンによって、それが少し早められただけのこと
さ。他人を巻きぞえにせず、よかったともいえる。だから、そう気にすることはな
いよ。といっても、改良によってもう死の光景の撮影はできないがね。どんどんボ
タンを押して、事件をとりまくることだね」
「そうでしたか。べつに気にもしていませんでしたが、それを聞いてますます安心
しました。火のないところに煙を立てるのがマスコミの本質ですが、それにくらべ
、こっちのほうがまだましだ。黒雲を雨にして、さっぱりさせる。いずれどこかで
発生する事件。それを目の前に現出させるだけのことですから。大いにやりますよ
。記録と報道はテレビの使命。みなも喜ぶ……」
「しかし、万一その装置を盗まれでもしたらことだ。秘密が知れわたったら、世の
中が混乱する。その防止対策が必要だ。なかをこじあけようとしたら、小爆発でこ
われるように手を加えておこう」
「だけど、これがこわれてしまったら、ぼくは……」
「心配するな。また作ってあげるよ。その原理はわたしの頭のなかにある」
「なにもかも、おとうさんのおかげです。これで人びとを、喜ばせ楽しませること
ができるというわけです」
青年のやることは簡単だった。装置とカメラを車につんで、街へ出ればいい。そ
して、レーダーの示す地点へ行き、ボタンを押し、その方角にカメラをむけて回し
ていればいい。事件はそこで自然に発生してくれるのだ。なにごとも起りそうにな
くても、必ずはじまる。
女の人が叫び声をあげた。
「ひったくりよ。だれか、あいつをつかまえて……」
ハンドバッグを奪って逃げる男。通行人のなかから、それを追っかける者が出る
。犯人がなんとか逃げおおせるか、あるいは、ひっとらえることができるか。はら
はらする緊張のシーンだった。
追っかける人数が、しだいにふえる。そのなかには足の早い人もいた。やがて一
人が追いつき、飛びかかり、犯人はその下敷きになって倒れ、なぐられ、けとばさ
れ、袋だたきにされた。
それはテレビで放送される。青年は指さし、父親に言う。
「きょうの収穫は、こんなところです。いい眺めでしょう。悪をにくむ大衆の協力
、正義心があふれています。利己主義の時代だという説への、強い反論となってい
るでしょう」
「大衆というものはね、相手が弱いとわかると、とたんに勢いづくものなのさ。正
義心とはちょっとちがうな。しかし、悪ほろび善さかえ、めでたしめでたし、視聴
者が喜べば、それでいいわけだな」
「いまのシーン、ボタンを押すことで、だれをそそのかしたことになるんでしょう
」
「出場者みんなさ。あの犯人は、もともと機会があればひったくりをやる人間だっ
た。あの女は、すきの多い性格。追っかけつかまえた連中は、なにかぱっとしたこ
とをやりたがっていた。起るべき条件はできていた。女のすきがちょっとふえ、犯
人の出来心がちょっと高まり……」
「そのおかげで、視聴者は楽しめた。もう、申しぶんありません」
「いい気になるのもいいが、おまえ、テレビ局の連中に、変に思われているのでは
ないかい」
父親はいささか気がかりのようだった。青年は言う。
「運がいいのか勘がいいのか、いやについてるなとは言われますよ。しかし、装置
のせいとは気づかれない。こんなものがあるなど、だれも考えませんものね。幸運
もひとつの才能だと、テレビ局の上役たち、ぼくを大事にしてくれます。同僚たち
はうらやましがる。いい気分の毎日です」
「そうだろう、そうだろう」
「すべて、おとうさんのおかげです」
装置の使い方に青年がなれてきたためか、より面白いシーンにめぐりあうことが
多くなった。
花火会社の倉庫の火事。しかも、夜だった。人家から離れたところにあったため
、被害はほかに及ばなかった。
はなやかな色彩、美しい輝き、それが四方八方に散り、音響もとだえることなく
つづいた。
それはテレビのカラー画面にぴったりだった。最初の小規模な段階から、しだい
に大きくなり、幻想と狂気の世界が展開し、下火になってからも、思い出すように
火の花が飛びあがる。
あまりにぴったりすぎ、青年は警察官の取調べを受けた。
「おまえが火をつけたのではないのか。話がうますぎる。なぜ、あの時にあそこへ
むけてカメラを回していた。火事になる前から……」
「偶然ですよ。いや、勘というべきかな、なにか起りそうだという。こういう仕事
をしていると、第六感のようなものが、しぜんに身についてくるものです。警察の
人だって、そうでしょう。なにかぴんとくると……」
「警官にはあるさ。しかし、テレビの連中にそれがあるなんて、信じられん。なん
だか疑わしい。それとも、放火するという情報を、あらかじめ知ってたのか。そう
いう取材源についてとなると、きみたち報道関係者はしゃべりたがらないが」
「そんなのともちがいますよ。知っていたらお話しします。弱りましたな。なんと
説明したらいいのか……」
装置の秘密を口にするわけにいかず、青年は言葉に窮した。しかし、父親のやと
った弁護士がかけつけてきてくれたし、警察の調査によって、倉庫の番人の火の不
始末が原因と判明し、いちおう疑いは晴れた。
つぎに青年は、さらに珍しいシーンを撮影することができた。もっとも、装置の
指示に従ってのことだが。
宝石店への強盗だった。普通のありふれた方法ではなかった。よくならした毒ヘ
ビのコブラ。それをカゴに入れて持ちこんだのだ。
「さあ、おとなしく宝石を渡せ。さもないと、こいつが飛びつくぞ。|拳銃《けん
じゅう》とちがって音がしないから、だれもかけつけてこないぞ」
「命だけはお助け下さい。宝石はお持ちになってけっこうですから」
「もらって行くぜ。あとを追わないように、ヘビはここに残しておく」
毒ヘビぐらい気持ちの悪いものはない。店の者は青ざめ、ふるえつづけ。そのあ
いだに、犯人は逃走した。
青年は望遠レンズでその成り行きをカメラにおさめ、警察へ電話した。かけつけ
た警官がヘビを射殺、やっと一段落となった。
この放送も視聴者の興味をそそった。毒が抜いてあったのかもしれないが、コブ
ラとの対面には緊迫感がある。青年はそのフィルムを警察へ提出した。
「どうぞ、証拠としてお使い下さい。報道関係者だって、悪をかばう者ばかりじゃ
ありませんよ」
「協力していただき、ありがたい。犯人の人相、逃走に使った車が、はっきりうつ
っている。かならず逮捕します」
「つかまえたら、よく調べて下さいよ。ぼくがあらかじめ犯行を知っていたかどう
かを。もっとも、テレビ関係者に予告した上での強盗なんか、あるわけがありませ
んけどね」
警察への信用はつけておいたほうがいい。装置の存在を気づかれるのがいちばん
困るのだ。
ライオンが競馬場へ出現する光景にもめぐりあえ、テレビで放送することができ
た。動物園への輸送中、車の戸が開いてライオンが逃げ出し、そばの競馬場へ入り
こんだというだけのことだ。
麻酔弾で捕えたとはいうものの、場内の混乱は大変なものだった。異変に対する
大衆および馬たちの反応の記録として、貴重なものだった。
いうまでもなく視聴者は大喜び。つぎはどんな放送があるかと、当然のことのよ
うに期待してしまうのだ。どんな人気歌手の番組も、いかによくできたドラマも、
現実の突発的事件の迫力には及ばない。
青年のほうも、そういった大衆の期待にこたえた。
「あいつはただものじゃないよ。テレパシーかなんかそなえているんだろう」
最初のうちは反抗心を持ち、競争しようとしていた同僚たちも、いまやあきらめ
、特別あつかいにしてくれるようになった。彼にとって、そのほうがありがたかっ
た。ほっといてもらったほうが、仕事がしやすい。
現金輸送車の踏切での事故もフィルムにおさめた。信号機の故障で、輸送車が踏
切を通過した時、電車が横からぶつかり、車の後半部がこわれた。札束が飛び散り
、壮観だった。数えきれぬほどの紙幣が、あたりに乱舞した。
すぐにパトロールカーが到着したが、それまでのあいだ、青年はカメラを回しな
がら叫びつづけた。
「勝手に拾ってはいけませんよ。ここでフィルムにおさめています。拾った人はあ
とで逮捕されます……」
たくさんの札束を目の前にしながら、手を出せない。その連中のくやしげな表情
は面白かった。テレビ放送になった時も、そこが最も好評だった。視聴者、だれだ
って、他人がうまいことをするのを喜ぶわけがない。
「ざまあみろだ。いい時にテレビ局の人がいたものだ。もっとも、おれがあの場合
にいあわせ、カメラがなかったら、けっこうねこばばしただろうなあ……」
そんな感想をいだかせるのだった。
装置はある銀行でのさわぎも教えてくれた。コンピューターが故障し、預金の払
い戻しに手おくれがあった。それが何人かつづき、お客たちはいらいらしはじめる
。そのうちデマが流れた。
「あの銀行には現金の用意がないらしい」
「たぶん、不良貸付けをして、こげついたのだろう」
「早く行かないと、預金がおろせなくなってしまうぞ」
人数はしだいにふえ、デマはひろがり、大混乱となった。警官隊が整理にやって
くると、それがさわぎに輪をかけた。これはただごとでない、本当に銀行があぶな
いらしいと。なんとかおさまったのは夜で、何時間もかかった。
青年は電話でテレビ局の中継車を呼び、その実況を放送させた。普通の番組より
、よっぽど面白い。官庁の責任者を解説に出席させたので、混乱の拡大防止の役に
立った。
テレビの信用。解説つきで中継されていることがわかると、さわぎはおさまるの
だった。一方、視聴者たちにとっては、めったに見られないシーンで楽しく、また
少しだが経済機構についての知識をえた。
つぎはジェット旅客機の不時着という場面にもめぐりあえた。このころになると
、局には中継車が待機しており、青年から連絡があるとすぐに出動できる態勢がで
きていた。
「海上におりるぞ。それまでのシーンはフィルムにおさめてある。中継車を早くこ
こへよこしてくれ……」
と青年は電話し、いい場所を占領しておく。だから、その局の独占中継となって
しまうのだった。
旅客機はゆっくりと海に沈む。救命胴衣をつけた乗客たちが、ゴムボートに移り
、つぎつぎに岸へとたどりつく。緊張の極から安心の表情へと変わる変化まで、カ
メラははっきりとうつしだす。
それだけでも人の目をひきつけるが、ほかにもさまざまな興味あるシーンがつづ
いた。装置の作用かもしれなかった。
乗客のなかに、有名タレントの男女が乗っていた。芸能週刊誌の目をのがれ、外
国でそっと結婚しようとしていたところだった。記事にすれば、あれこれふくらま
せかなりのものになるところだが、テレビはそれを一瞬のうちに報道してしまった
。
また乗客中には、大金を持って国外へ逃げようとしていた大詐欺師もあった。最
後まではなさなかったカバンのなかには、高額紙幣がいっぱいつまっていた。その
場でたちまち逮捕された。
海岸に流れついた書類入れを、だれかが拾ってきた。あけてみると、外交に関す
る機密文書。経済援助とその代償についての、微妙な内容のものだった。それも画
面を通じて、いっぺんに表ざたになってしまった。
それは不時着さわぎが終わったあとまで問題となった。国会でそれに関する質問
がなされ、政府側の説明はまことに歯切れが悪く、内閣がぐらつきはじめた。
青年は自宅でテレビを見ながら、父親に言う。
「おかげで、局内でのぼくの地位はゆるぎないものになりましたが、これでいいの
でしょうか」
「どういう意味だ」
「なんだかしらないけど、装置のさしずしてくれる事件が、しだいに大きくなって
くるようです。はじめのうちは、花火屋の火事ぐらいだった。そんな調子でつづい
てくれるものとばかり思っていました。それなのに、しだいに刺激的になってくる
」
「そういえばそうかな」
「銀行でのさわぎ、いまや内閣までゆらぎはじめた。これはどういうわけでしょう
。おとうさん、説明して下さい」
「わたしにもよくわからん。作った時の原理からは、予想もしなかったことだ。大
衆の欲求がその装置に反応し、世の運勢を増幅しているのかもしれない」
「そんなこともあるのですか」
「ないとはいえんのだ。連続して人工降雨をやったとする。気流も変化し、おかし
な状態になりかねない。つまり、異常気象が、定着してしまう。だから、最初に装
置に教えこんだ、一般の運勢公式とちがったものになりかねないのだ」
「計算しなおし、新しい公式とさしかえるわけにはいかないのですか」
「そこまでは、わたしの才能ではできない。それとも、このへんで中止するか」
「それはできませんよ。最高の視聴率です。中止したら投書が大変です。いまや大
衆は、これが当り前と思いこんでいるのです」
「そうだろうな」
「局の上の連中も許してくれない。みなでわたしをつかまえ、こつを聞き出そうと
するでしょう。あくまで装置の秘密をしゃべらなかったら、わたしの頭の生体解剖
だってやりかねない。人びとの事件への執着は、それほど恐しいものなのです。そ
んな目にあわされたら、まさに大事件だ。事件発生機の持主が、事件の焦点になっ
てしまう。たまったものじゃない。おとうさん。どうしましょう」
「弱ったことだね。といって、わたしにもすぐには案が出ない。しようがない。し
ばらく、手かげんしながらつづけてみるんだな」
「手かげんのしようがありませんよ。装置の指示するところへ行き、カメラをむけ
、ボタンを押す。そこでなにがはじまるかは、発生してみないことにはわからない
のですから」
青年は仕事をつづけなければならなかった。いまや装置に使われているような立
場。
ある国の大使館。そこへ他国の武装したスパイ団が侵入した。先日の例の外交機
密文書から派生した結果だった。ビルの上から望遠レンズで、その中継放送をやる
。
見物する側にとっては、これまた面白い事件だった。大使館内でうちあいがおこ
なわれている。警察はそのなかへ入って行けない。ついに大使が人質にされてしま
った。
他国のスパイ団の人質になっていても、大使は大使。警察の介入は断わると言わ
れれば、手が出せないのだ。なにやら声明書を発表しはじめたが、それを正式の外
交文書とみとめるべきかどうか。
そのうち、とらわれた大使の国の軍隊が、飛行機でやってくる。
「おくにの警察は手が出せないという。だから、われわれがやってきたのです。わ
れわれが自国の大使館に入って、どこが悪い。強行突破。力ずくでも敵を追い出し
、正常化します。おまかせ下さい。いえいえ、お礼などおっしゃるには……」
とめるわけにもいかず、手伝うわけにもいかず、その連中は自国の大使館内に攻
めこんでいった。機関銃がうなり、催涙ガスが流れる。まさに小規模な戦争だった
。
これほどスリルにみちたテレビ中継は、めったにない。だれも高みの見物。戦っ
ているのは外国人ばかりなのだ。そのうち、かなりの負傷者が出て、占拠していた
スパイ団は降伏した。
そして、この事件は幕となった。
しかし、以前の平穏に戻ったわけではない。この事件でショックを受け、各国の
大使館が再発防止のための改造にとりかかった。へいや壁を鋼鉄製にし、銃眼をつ
け、機関銃をそなえ、屋上にヘリコプターの発着所を作り、地下に食料や弾薬の貯
蔵庫を作り、兵士たちをそろえ、装甲車まで用意した。
どれも外交官の荷物として運んでくるので、とめようがない。バズーカ砲や、高