香代子も涙をいっぱいうかべてたのみこんだ。
そこで警部はもう一度、ふたりに話をくりかえさせると、すぐに警官たちを呼びあつめて、付近を調べさせることになった。しかし、いまとなってどんなにその近所を調べたところでなんの役にも立ちそうもない。大野老人はそのころすでに自動車にのせられて、遠くへ連れ去られていたのだから。
それはさておき、等々力警部と金田一耕助、それから文彦と香代子の四人がひたいをあつめて相談しているところへ、
「おやおや、警部さん、なにがあったのですか」
と、声をかけた者があった。一同がびっくりしてふりかえると、そこに立っているのは、五十歳くらいの、白髪の、美しい、上品な老紳士だった。警部は目を丸くして、
「あ、あなたは加藤宝作老人……」
加藤宝作……と、名まえを聞いて金田一耕助は、思わず相手の顔を見なおした。
ああ、それではこのひとこそ、世界的な宝石王とうたわれた宝作老人なのか。そして、きのう新宿のホテルで、銀仮面のためにまんまと六個のダイヤをぬすまれたのは、この老紳士だったのか。なるほど、そういえば、宝石王の名にふさわしい、ふくぶくしい顔をしている。
「加藤さん、あなたはどうしてこの劇場へ……」
警部があやしむようにたずねると、宝作老人は顔をしかめて、
「それについては警部さん、ちょっとみょうなことがあるんですよ。見てください。この手紙……」
宝作老人はポケットから、しわくちゃになった一通の手紙をとりだしたが、ちょうどそのころ、吉本青年の自動車は、東都劇場をめざして、まっしぐらに走っていたのだった。
それにしても、宝作老人のとり出した手紙には、どんなことが書いてあったのだろうか。
ダイヤの少女王
等々力警部は宝作老人のさしだした、手紙をうけとると、一同に読んで聞かせた。
「新聞で拝見しますと、ご所望の大宝冠を、賊の手にうばわれなすったそうで、まことにお気のどくに存じます。ところがみょうないきさつから、その大宝冠はわたしの手にはいりました。もしご入用ならば、おゆずりしてもよいと思います。本日午後三時、浅草の東都劇場の入り口までおいでください。くわしいお話は、いずれお目にかかって。大野健蔵より、加藤宝作さま。……なるほど、この手紙をうけとったので、あなたはここへこられたんですね」
「そうです、そうです。それでわたしはさっきから、大野というひとをさがしているんです」
「金田一さん、あなたはこの手紙をどうお思いですか?」
警部にきかれて、金田一耕助は、ふしぎそうに小首をかしげた。
「変ですねえ。ぼくの考えはまちがっていたのかな。この手紙がほんとうだとすれば、大野老人は銀仮面の一味かも知れませんね」
「うそです。うそです、そんなことうそです」
言下にそれをうち消したのは香代子である。
「おとうさまが銀仮面の一味だなんて、そんな、そんな、そんなばかなことはありません」
香代子はくやしそうに、目に涙をうかべていた。等々力警部がそれをなだめて、
「お嬢さん、あなたはまだ子どもだから……」
「いいえ、いいえ、子どもでも、それくらいのことは知っていますわ。あの大宝冠は、もともと、あたしのうちからぬすまれたんです」
「な、な、なんですって!」
金田一耕助は顔色をかえて、
「そ、それじゃあれは、おとうさんのものだったの? おとうさんは、しかし、あんな貴重なものをどこから手にいれたの?」
「ちっとも貴重じゃありません。あんなもの、いくらでもありますわ」
「いくらでもあるって! あんな大きな、傷のない、りっぱなダイヤが!」
宝作老人もびっくりして、目を丸くしている。香代子は顔色もかえずに、
「ええ、ありますわ。おとうさんは、ここにいらっしゃる文彦さんにも、黄金の小箱をさしあげましたが、そのなかにも、大宝冠にちりばめてあったのと、おなじくらいの大きさのダイヤが、六つはいっていたはずなんです」
一同は思わずだまって顔を見合わせた。
ああ、この少女は気がくるったのではないだろうか。何十億、何百億という値うちのある宝石をまるで石ころみたいに思っているのだ。それともそこに、なにか大きな秘密があって、この少女こそ、西洋のおとぎ話にでてくるような、ダイヤモンドにうずまっている、小さな女王さまなのだろうか。
吉本運転手が、三太にたのまれて、東都劇場へかけつけてきたのはそのときだった。
吉本運転手は、すぐにもじゃもじゃ頭の金田一探偵を発見した。そして牛乳のあきびんと、血ぞめのハンカチをだしてわたすと、手短に、三太の冒険を報告した。
「な、な、なんだって! そ、それじゃ越中島の怪汽船のなかに大野老人や文彦くんのおかあさんが……よし、け、警部さん!」
いうにはおよばぬと等々力警部は、大急ぎで自動車のしたくをさせると、
「加藤さん、あなたはあとで、もう一度、警視庁のほうへきてください。いずれ、ゆっくりご相談しましょう」
と、いうことばもいそがしく、宝作老人をひとり残して、一同ははや出発していた。越中島めざして、まっしぐらに……。
無線通信
話かわって、こちらは怪汽船、宝石丸である。
この宝石丸は大きさこそ、それほどではないが、船のなかにはりっぱな無電室があって、いま無電技師が一心ふらんに、どこからか、かかってきた無電を受信していた。
やがて、受信がおわると、無電技師はさっそく、ほんやくにかかった。どうやら無電は、暗号でかかってきたらしいのだ。
ところが、そのほんやくがすすむにしたがって、技師の顔には、しだいにおどろきの色がふかくなっていった。やがてほんやくがおわると、技師はそれをわしづかみにして、無電室からとびだした。
無電技師がやってきたのは船長室である。ノックする間も待てぬとみえて、技師はいきなりドアをひらいたが、そのとたん、おもわずアッと、その場に立ちすくんでしまった。
それもそのはず、船長室には、大きなストーブがきってあるのだが、いま、そのストーブには、石炭の火がクワックワッと燃えている。そして、そのストーブの正面に、大野老人ががんじがらめに、いすにしばりつけられているのだが、その両足は、くつもくつ下もぬがされ、ズボンもひざのところまでまくりあげられているのだ。
しかも、そのいすのうしろに立っているのが、あの気味の悪い老婆なのだった。老婆は鋭い声でなにかいいながら、じりじりと、いすをストーブのほうへと押していった。そのたびに、大野老人は、苦しげなうめき声をあげながら、両足をバタバタさせるのだ。
わかった! わかった! この気味の悪い老婆は、こうして大野老人に、だいじな秘密を白状させようとしているのにちがいない。
ああ、なんという残酷さ。あと五十センチ、三十センチ、二十センチ……老婆がいすをまえに押せば、大野老人の両足は、いやでも、燃えさかるストーブの火のなかに、はいっていくのである。
無電技師がとびこんできたのは、ちょうどそのときだった。
「だれだ!」
老婆はびっくりして、いすのそばをはなれた。そのとたん、ガタンといすがうしろへずれて大野老人は、あの恐ろしい、火責めより助かった。
「なんだ、おまえか。なぜノックをしないのだ。むだんでとびこむやつがあるか!」
ああ、その声、それは老婆の声ではない。りっぱに男の声なのだ。それでは、この老婆というのは、男が変装していたのだろうか。
無電技師は、あまり恐ろしいその場のようすに、|肝《きも》をつぶして立ちすくんでしまった。
老婆は気味悪くせせら笑って、
「あっはっは、なにをそのように、みょうな顔をしているのだ。こいつあまりごうじょうだから、ちっとばかり熱いめをさせてやろうと思っていたところだ。よく見ておけ、これが裏切り者にたいする、銀仮面さまのおしおきだ。おまえも裏切ったりすると……」
「あっ、その銀仮面さまです!」
無電技師が思いだしたように叫んだ。
「その銀仮面さまから、いま無電がかかってきたのです」
「なに、銀仮面さまから……、それをなぜ早くいわんか!」
老婆に化けた男は、ひったくるように、無電技師の手から、紙切れをとりあげたが、一目それを読むと、
「ちくしょう!」
と、叫んで歯ぎしりした。
それはつぎのような電報だったのだ。
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宝石丸発見サル。金田一耕助、等々力警部ラ急行中。岸ペキニ小僧ヒトリカクレテイルハズ。ソイツヲトラエテ、タダチニ出帆、イツモノトコロニテ、船体ヲヌリカエ、名マエヲ|銀《ギン》|星《セイ》|丸《マル》トアラタメヨ。
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[#地から2字上げ]銀 仮 面
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宝石丸船長ドノ
[#ここで字下げ終わり]
ああ、それにしても銀仮面は、どうして金田一耕助や等々力警部が、越中島さして急いでいることや、また、岸ぺきに三太がかくれていることまで、知ることができたのだろうか。
牛丸青年
そんなこととは夢にも知らぬ、こちらは三太少年である。
金田一耕助がやってくるのを、いまかいまかと待ちながら、その目はゆだんなく、怪汽船宝石丸を見張っていた。
ところが、どうしたのか、だしぬけにえんとつから、黒い煙がもうもうと、あがりはじめたかと思うと、甲板の上では乗組員たちが、いそがしそうに、右往左往しはじめた。
「アッ、いけない。あの船は出帆しようとしている!」
三太はあわててあたりを見まわしたが、そのとき、ふと目にうつったのは、どうもうなつらがまえをした、マドロスふうの男だった。
「やい、小僧、きさまはそんなところでなにをしているんだ!」
われがねのような声をかけられ、三太はしまったと、心のなかで叫んだ。
そこで無言のまま、身をひるがえして逃げだしたが、するとそのときむこうから、やってきたのが、これまたどうもうな顔をした船乗りなのだ。しかもこいつは、左の目からひたいへかけて、恐ろしい傷がある。
「やい、小僧、どこへいく!」
傷の男は三太のまえに、大手をひろげて|仁《に》|王《おう》立ちになった。
ああ、もうだめだ。ひきかえそうにもうしろからは、マドロスふうの男が、にやりにやりと笑いながら、近づいてくる。そして、まえにはこの傷の男。進退きわまったというのはまったくこのことだろう。
それでも三太はひっしになって、
「おじさん、どいてよ。ぼく、散步してるんだ」
「なんだ、散步だと。なまいきなことをいいやがる。よしよし、散步をするならいいところへ連れてってやる。待ってろよ」
傷の男はポケットから平たい銀色のいれものをだした。そして、パチッとそれをひらくと、なかからとりだしたのは、グッショリぬれたハンカチだった。
三太はハッと危険を感じて、
「おじさん、かんにんして……!」
と、身をひるがえして逃げようとしたが、その首すじをむんずととらえて、ひきもどした傷の男は、やにわにぬれたハンカチを、三太の鼻にあてがった。
「あ、あ、あ……!」
三太はちょっと、手足をバタバタさせたが、すぐに、ぐったりと気を失ってしまった。
「どうした、あにき、うまくいったか」
「さいくはりゅうりゅうよ。クロロホルムのききめに、まちがいがあってたまるもんか」
「よし、それじゃおれがかついでいこう。しかし、だれも見てやしなかったろうな」
「だれが見てるもんか。出帆だ。急ごうぜ」
三太をかついだふたりの男は、そのまま船のなかに、すがたを消して、やがて、あのいまわしい怪汽船、宝石丸は岸ぺきをはなれた。
だが、これらのようすを、だれ知る者もあるまいと思いのほか、さっきからできごとを、残らず見ていた者があった。
しかも、そのひとというのが、大野老人の助手、あの口のきけない牛丸青年なのだ。
牛丸青年も劇場から、大野老人のあとをつけ、さっきからものかげにかくれて、ようすをうかがっていたのだが、いままさに、船が岸ぺきをはなれようとするせつな、ものかげからとびだすと、パッといかりにとびついた。
いかりは水面をはなれると、ガラガラと、しだいに高くまきあげられていく。そのいかりに両足をかけ、ふとい鉄のくさりにすがりついた牛丸青年のすがたは、まるで船についたかざりかなにかのように見えた。
そんなこととは夢にも知らない、宝石丸の乗組員は、船をあやつりそのまま遠く、東京湾のかなたにすがたを消していった。
金田一耕助の一行が、かけつけてきたのは、それから間もなくのことだったが、そのじぶんには船体はおろか、船のはきだす煙さえも、もうそのへんには残っていなかったのだった。
文彦の秘密
金田一耕助や等々力警部が、じだんだふんでくやしがったことはいうまでもないが、それにもまして力をおとしたのは、文彦と香代子である。
ああ、その船には文彦のおかあさんと、香代子のおとうさんが、とらわれびととなってのっているのだ。そのいどころがやっとわかって、やれうれしやと思う間もなく、船はまた、ゆくえ知れずになったのだった。
「なあに、心配することはないさ。船の名もわかっているんだから、すぐ手配をしてつかまえてしまう。まあ、安心していなさい」
等々力警部は、文彦と香代子の肩をたたいて元気づけた。
「それにしても三太はどうしたろう。あいつもひょっとしたら悪者につかまえられたのじゃないでしょうか」
金田一耕助は心配そうな顔色だった。
一同は、それからすぐに、海上保安庁へかけつけて、怪汽船、宝石丸のゆくえをさがしてもらうようにたのみこんだ。
「さあ、こうしておけばだいじょうぶだ。あしたまでには船のゆくえもわかるよ。ああ、もうすっかり日が暮れたな。とにかくいちおう、警視庁へ帰ろうじゃありませんか」
そこで、一同が警視庁へひきあげてくると、そこには意外なひとが待っていた。それは文彦のおとうさんだった。
金田一耕助は、ゆうべ文彦のおかあさんがさらわれると、すぐに大阪の出張先へ電報をうっておいたのだが、おとうさんはそれを見て、大阪からひきあげてきたというわけなのである。
「ああ、おとうさん!」
「おお、文彦か。くわしいことは刑事さんたちから話をきいたが、おまえもさぞ心配したろう。ところで、金田一さん、等々力警部さん」
「はあ」
「いろいろお世話になりましたが、実はこんどのことについて、あなたがたにきいていただきたいことがあるのですが……」
なんとなく、文彦にえんりょがあるらしいおとうさんの顔色に、
「ああ、そう、それじゃどうぞこちらへ」
と、警部が案内したのは隣のへやだった。おとうさんは、金田一耕助と等々力警部の三人きりになると、やっと安心したように、
「お話というのはほかでもありません。実はあの文彦のことですが……」
「文彦くんのこと……?」
「そうです。こんなことはあの子に知らせたくないのですが、実は、あれはわたしどものほんとの子ではないのです」
「な、な、なんですって!」
金田一耕助も等々力警部も、思わず大きく目を見張った。
「そうです。あれは捨て子でした。香港のある公園でひろったのです。ちょうどそのころ、わたしたち夫婦は、子どもがなくて、さびしくてたまらなかったところですから、これこそ神さまからのさずかりものと、大喜びで、ひろって育ててきたのです。それがあの文彦です」
金田一耕助は等々力警部と顔を見合わせながら、
「それで、文彦くんのほんとうのおとうさんや、おかあさんは、ぜんぜんわからないのですか?」
「わかりません。ただ、赤ん坊をくるんであったマントの裏にローマ字で、オーノという名まえがぬいとってありました」
「オーノですって?」
金田一耕助はからだをのりだして、
「それじゃ、文彦くんにダイヤをくれた大野健蔵という老人が、ひょっとすると、文彦くんのおとうさんかも知れない……と、いうことになるんですか?」
「そうかも知れません。しかし、わたしにはただ一つ、気になることがあるんです」
「気になることというのは……?」
「ちょうど、文彦をひろったじぶんのことです。新聞に、香港を旅行中の、有名な日本の科学者がゆくえ不明になったという記事がでていたことがあるんです。ひょっとすると、当時香港をあらしていた、銀仮面という盗賊のしわざではないかということでしたが、たしかなことはわかりません。
ところで、その科学者の名まえですが、それが大野|秀《ひで》|蔵《ぞう》博士というのです。しかもそのとき、博士のおくさんも、生まれたばかりの、まだ名もついていなかった赤ん坊も、いっしょに、ゆくえ不明になっているのです」
ああ、こうして、文彦にまつわる秘密のベールは、しだいにはがれていくのだった。
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文彦の父
文彦はほんとうは、竹田家の子どもではなかったのだ。赤ん坊のころ、香港の公園でひろわれた捨て子だったのだ。そして前後の事情から考えると、文彦はそのじぶん、香港でゆくえ不明になった有名な科学者、大野秀蔵博士の子どもではないかと思われるのだ。
それでは、文彦のほんとうのおとうさん、大野秀蔵博士はどうしたのだろう。そのころのうわさによると、大野秀蔵博士は、怪盗銀仮面にゆうかいされたのだということだが、はたしていまでも生きているのだろうか。
それにしても恐ろしいやつは銀仮面だった。そのむかし、秀蔵博士をゆうかいしたばかりか、いままた、文彦の義理のおかあさんや、文彦にダイヤをくれた大野健蔵老人をゆうかいして、怪船『宝石丸』にのって、いずこともなく連れ去ってしまったのだ。ああ、ひょっとすると、その大野健蔵老人と、大野秀蔵博士とのあいだには、なにか関係があるのではないだろうか。
それはさておき、文彦のおとうさんから、文彦の秘密を聞いた金田一耕助と等々力警部は、すぐに香代子を呼びいれた。
「お嬢さん、あなたのお名まえは大野香代子ですが、ひょっとすると、十何年かまえに、香港でゆくえ不明になった大野秀蔵博士と、なにか関係があるのではありませんか?」
香代子はハッとしたように、一同の顔を見まわしたが、やがて低い声で、
「そうなのです。秀蔵博士は父の弟、つまりあたしのおじさんにあたるかたです」
「なるほど、そして文彦くんは、秀蔵博士の子どもさんなのですね」
香代子はまたハッとしたが、これいじょう、かくしてもむだだと思ったのか、
「そうでした。父は長いあいだ、文彦さんをさがしていましたが、近ごろやっと、竹田新一郎というかたに、育てられているということがわかったのです」
「すると、文彦くんはあなたのいとこですね。なぜ、いままでそれをかくしていたのですか」
「それは……」
香代子はためらいながら、
「文彦さんをじぶんの子として、育ててくださったいまのご両親に、無断でそんなこといっちゃ悪いと思ったのと、文彦さんが秀蔵博士の子どもとわかると、銀仮面のために、文彦さんがどのような恐ろしい目に、あわされるかも知れないと思ったからです」
「香代子さん」
そのとき、警部にかわって、そばから口をだしたのは金田一耕助だった。
「銀仮面はなにをねらっているのです。ダイヤですか。それともダイヤよりもっとたいせつなものをねらっているのじゃありませんか?」
それを聞くと、香代子はサッと、まっ青になった。金田一耕助はひざをのりだし、
「ねえ、香代子さん、あなたがたは、なぜそんなにビクビクするんです。なぜ、なにもかもうちあけて、警部の力をかりないんです」
「いいえ、いいえ、それはいけません」
香代子は恐怖にみちた声をはりあげて、
「おじさま、秀蔵博士はまだ生きていらっしゃるのです。銀仮面のために、どこかにとじこめられていらっしゃるのです。あたしたちが、うっかりしたことをしゃべったら、銀仮面は、おじさまを殺すというのです。だから……あたしたちはなにもいえないのです」
それを聞くと一同は、思わずギョッと顔を見合わせた。文彦のほんとうのおとうさんが生きている。十何年もの長いあいだ、銀仮面のために、どこかにとじこめられている。それはなんという恐ろしいことだろう。
「香代子さん、銀仮面とは何者です。いったいだれなんです」
「知りません、存じません。それを知っているくらいなら、こんな苦しみはいたしません。あいつはじつに恐ろしいひとです。あたしたちのすることは、いつもどこかで見ているのです。ひょっとすると、いまあたしがこんな話をしていることも、あいつは知っているかも知れません。ああ恐ろしい、銀仮面!」
香代子は両手で顔をおおうと、風のなかの枯れ葉のように、肩をぶるぶるふるわせた。
ああ、それにしても銀仮面とは何者か。そしてまた、さっき金田一耕助がいった、ダイヤよりもっとたいせつなものとは、いったいなんのことなのだろうか。
樹上の怪人
その夜の十二時ちょっとまえ、文彦はただひとり、さびしい井の頭公園の池のはたに立っていた。
きみたちも覚えているだろう。銀仮面はおかあさんを連れ去るとき、あすの晚十二時に、黄金の小箱を持って、井の頭公園へくるようにという手紙を、文彦の家のポストのなかへ投げこんでいったことを!
おかあさんが宝石丸にとらえられていることが、わかったいまとなっては、銀仮面がその約束を、守るかどうか、うたがわしいと思ったが、それでも、念のために、いってみたらよかろうという、金田一耕助の意見で、文彦はいま、黄金の小箱をポケットに、公園のなかに立っているのだった。
公園には金田一耕助と等々力警部、ほかに刑事がふたり、どこかにかくれているはずなのだが、文彦のところからは見えない。
空はうっすらと曇っていて、ほのぐらい井の頭公園は、まるで海の底か、墓地のなかのようなしずけさである。井の頭名物のひとかかえ、ふたかかえもあるような、スギの大木がニョキニョキと、曇った空にそびえているのが、まるでお化けがおどっているように見えるのだ。
文彦はそういうスギの大木にもたれかかって、さっきからしきりにからだをふるわせていた。こわいからだろうか。いや、そうではない。銀仮面が約束どおり、おかあさんを連れてきてくれるかどうかと考えると、きんちょうのためにからだがふるえてくるのだ。
おかあさん、おかあさん……。
文彦は心のなかで叫んだ。おかあさんさえ帰ってきてくれたら、ダイヤもいらない、小箱もいらない、なにもかも銀仮面にやってしまうのに……。
どこかで、ホーホーと鳴くさみしいフクロウの声。池のなかでボシャンとコイのはねる音。遠くのほうでひとしきり、けたたましくほえるイヌの声……だが、それもやんでしまうと、あとはまた墓場のようなしずけさにかわった。
文彦は腕にはめた夜光時計を見た。かっきり十二時。ああ、それなのに、銀仮面はまだあらわれない。だまされたのだろうか。
おかあさん、おかあさん……。
文彦はまた心のなかで叫んだが、そのときだった。風もないのにザワザワと、もたれているスギのこずえが鳴る音に、文彦はギョッとして、上を見たが、そのとたん、全身の血が、氷のようにひえていくのをおぼえたのである。
スギのこずえになにやらキラキラ光るもの……アッ、銀仮面だ。泣いているとも、笑ってるともわからない、ツルツルとしたあの白銀色のぶきみな仮面。
「うっふふ、うっふふ」
銀仮面のくちびるから、低い、いやらしい笑い声がもれてきた。
「小僧、よくきたな。いまそっちへおりていく」
銀仮面はまるでコウモリのように、長いマントのすそをひるがえすと、ヒラリとスギのこずえからとびおりた。文彦は思わず一步うしろへあとずさりした。
ああ、恐ろしい。その銀仮面がいま、文彦の前に立っているのだ。ピンと一文字につばの張った、山の低い帽子の下に、あのいやらしい銀の仮面が、にやにや笑いをしている。そして、からだはスッポリと、長いマントでくるんでいるのである。
「うっふふ、うっふふ、小僧、なにもこわがることはないぞ。約束さえ守れば、わしは悪いことはせん。小箱を持ってきただろうな」
「は、はい、ここに持っています」
文彦はポケットをたたいて見せた。
「それをこっちへよこせ」
「いやです」
「なんだ、いやだと?」
「おかあさんを、先にかえしてくれなければいやです。おかあさんはどこにいるんです」
それを聞くと銀仮面の仮面の奥で、二つの目が、鬼火のように気味悪く光った。
消えた銀仮面
ちょうどそのころ金田一耕助は、文彦から三百メートルほどはなれた、草むらのなかにかくれていた。
金田一耕助ばかりではない。等々力警部やふたりの刑事も、文彦をとりまく位置に、めいめい三百メートルほどはなれたところにかくれているのだ。だから、銀仮面がどの方角からくるとしても、だれかの目にふれずにはいられない。銀仮面のすがたを見たら、いったんやりすごしておいて、あとでそっと知らせ合うことになっているのだ。
それにもかかわらず、いまもってどこからも合図のないのはどうしたことか。時計を見ると十二時三分。金田一耕助はしだいに不安がこみあげてきたが、そのときだった。
「だれかきてくださーい。銀仮面です!」
たまげるような文彦の声。金田一耕助はそれを聞くと、イナゴのように草むらからとびだし文彦のほうへいっさんにかけていったが、するとそのとき、むこうのスギの木かげから、パッととびだしてきたのは銀仮面。
銀仮面は耕助のすがたを見ると、クルリと身をひるがえし、左手の丘をかけのぼっていく。
しめた、その丘の上には、等々力警部が見張りをしているはずなのだ。
「警部さん、警部さん、銀仮面がそっちへ逃げましたぞ!」
金田一耕助も丘の小道へかかったが、そこへやってきたのは文彦である。
「あ、金田一先生!」
「おお、文彦くん、きみもきたまえ!」
ふたりが丘を半分ほどのぼったときだった。丘の上からピストルをうちあう音。金田一耕助と文彦は、ギョッとして顔を見合わせたが、すぐまた、すばやく坂をかけのぼった。
「吉井くん、村上くん、銀仮面がそっちへいくぞ!」
丘の上から等々力警部の声。吉井、村上というのは見張りの刑事なのだ。金田一耕助と文彦はその声をたよりに、曲がりくねった坂道をのぼっていったが、ふいに文彦が、なにかにすべってよろけてしまった。
「文彦くん、どうした、どうした?」
文彦は懐中電燈で足元を照らして見て、
「アッ、先生、こんなところに血が……」
見れば道の上にべっとりと、血がこぼれているのだ。金田一耕助と文彦は、おもわず顔を見合わせた。
「先生、銀仮面はけがをしたのですね」
「そうらしい、警部のたまがあたったのだろう。この血のあとを伝っていこう」
しかし、そこはひざもうまるほどの草むらなので、血のあとはすぐに見えなくなってしまった。その広い草むらには、あっちに二本、こっちに三本と、スギの大木がまもののように、暗い夜空にそびえている。
ふたりがその草むらをわけていくと、またピストルをうちあう音。ふたりが顔をあげて見ると銀仮面が草をわけてよろよろと、こっちのほうへやってきた。そしてその三方からじりじりとせまってくるのは、等々力警部にふたりの刑事。金田一耕助もそれを見ると、警部にかりたピストルをとりだした。
ああ、もうこうなれば銀仮面は、袋のなかのネズミもおなじことである。
銀仮面はそれでもまだ、降参しようとはせず、あちらのスギ、こちらのスギと、たくみに身をさけながら、逃げられるだけ、逃げようとするようだ。それをとりまく五人の輪は、銀仮面を中心に、しだいにせばめられていった。
と、ふいに身をひるがえした銀仮面は、また一本のスギの木かげにかくれた。そのスギの木というのは、地上三メートルほどの高さで切られた切り株だが、太さといったら、二かかえ以上もあろうというしろもの[#「しろもの」に傍点]である。
五秒――十秒――、銀仮面は切り株のかげにかくれたまますがたを見せない。その切り株をとりまいて、四方からじりじりとせまっていくのは警部や刑事や金田一耕助。とうとう一同は、ほとんど同時に、切り株のそばへたどりついたが、そのとたん、キツネにつままれたように顔を見合わせた。
ああ、なんということだろう。銀仮面のすがたはどこにも見えなくなっていたのだった。
窓にうつる影
「そんなはずはない。そんなばかなことはない。あいつだって血と肉でできた人間なんです。煙のように消えるなんて、そんなばかな……!」
一同があっけにとられてポカンとしているとき、そう叫んだのは金田一耕助である。怒りにみちた声だった。
「どこかにかくれているんです。さがしましょう。もっとよくさがすんです」
しかし、いったいどこをさがせばいいのか。五人の人間が五人とも銀仮面がこの切り株の陰へはいるところを見たのである。しかもだれひとり、そこから出るところを見た者はいない。銀仮面はこの切り株のなかへ吸いこまれたのだろうか。
そうだ。銀仮面は切り株のなかへ吸いこまれたのだ。それを発見したのは文彦だった。
「アッ、先生、この切り株はうつろですよ。そして、こんなところに血が……!」
「な、なんだって!」
一同がびっくりしてふりかえると、文彦は懐中電燈で、切り株の幹を照らしていた。
その切り株というのは、しめ縄が張ってあり、一面にツタの葉でおおわれているのだが、|縦《たて》にひとすじさけ目があって、そのさけ目にべっとりと血がついている。まるで、そこからけが人が、なかへ吸いこまれていったように……。
金田一耕助がびっくりして、切り株をたたいてみると、はたしてポンポンとつづみのような音がした。等々力警部はツタの葉をかきわけて、切り株のはだをなでていたが、
「ああ、ここにちょうつがい[#「ちょうつがい」に傍点]がある!」
なるほど、縦にならんだちょうつがい[#「ちょうつがい」に傍点]をたくみにツタの葉でかくしてあるのだ。
「わかった、わかった、警部さん、この切り株はうつろになっていて、木の皮がドアになっているのです。どこかにとって[#「とって」に傍点]は……?」
そのとって[#「とって」に傍点]もすぐに見つかった。切り株の幹の、地上一メートルばかりのところに、大きなこぶがあったが、それをにぎって力まかせにひっぱると、木の皮がドアのようにパックリひらいて、なかからサッと、冷たい風が吹きあげてきた。
のぞいて見ると、なかはうつろになっているばかりではなく、地の底にむかって、まっ暗な縦穴がついているのだ。一同はおもわず顔を見合わせた。
「わかりました、警部さん。こういう秘密の抜け穴があるからこそ、あいつは今夜の会見を、井の頭と指定してきたんです。さあ、ひとつなかへもぐってみましょう」
金田一耕助は、はかまのすそをたくしあげると、ピストル片手に、いちばんにその穴へもぐりこんだ。それにつづいて等々力警部、文彦、それからふたりの刑事がつぎつぎと、縦穴へもぐりこむ。
その穴はやっと人ひとり、もぐれるほどの広さしかなかったが、それでもちゃんと、鉄のはしごがついていた。その鉄ばしごをおりていくと、ふかさは思ったほどもなく、間もなく横穴にぶつかった。
その横穴をはいっていきながら、文彦は、成城の大野老人の家にも、これとおなじような抜け穴のあったことを思いだし、なんともいえぬほど、ふしぎな感じをいだいた。
先頭をはっていく金田一耕助は、片手にピストル、片手に懐中電燈をかざしながら、
「警部さん、銀仮面はたしかにこの抜け穴を伝って逃げたにちがいありませんよ。点々として血がつづいています」
その抜け穴をはっていくこと三百メートルあまり、間もなくゆく手がほんのり明るくなってきた。どうやら穴のいっぽうの入り口へ、近づいてきたらしい。
「みなさんはここに待っていてください。ぼく、ちょっとようすを見てきます」
金田一耕助は懐中電燈をたもとへしまい、ピストル片手に、入り口まではっていったが、そこはがけの中腹になっており、がけの下にはりっぱな洋館がたっている。そして、洋館の二階の窓の一つには、あかあかと電燈の光がさしているのだが、金田一耕助が穴の入り口から顔をだしたとたん、その窓のカーテンに、くっきりとうつしだされたのは、ああ、なんと銀仮面の影ではないか。
「アッ、銀仮面?」
金田一耕助が息をのんだせつな、銀仮面の持っているピストルが、ズドンと火を噴いたかと思うと、
「人殺しだア、助けてえ!」
と、叫ぶ声とともに電燈が消えて、窓はまっ暗になった。あとは墓場のしずけさである。
ああ、それにしてもこれはだれの家だろうか。そして、救いを呼ぶ声はいったいだれなのだろうか。
意外なけが人
金田一耕助はピストルの音を聞くと同時に、抜け穴からとびだし、がけをすべりおりていった。抜け穴のなかに待っていた文彦や等々力警部、さてはふたりの刑事たちも、大急ぎでそのあとからつづく。
庭をつっきっていくと、すぐ目のまえに勝手口。ドアがあいているので、金田一耕助がまっさきにとびこむと、家のなかはまっ暗だったが、懐中電燈の光をたよりに、すぐ階段のありかを発見した。
「警部さん、きてください。こちらです」
金田一耕助を先頭にたて、一同がまっ暗な階段をのぼっていくと、ろうかの左手に大きなドア。銀仮面の影がうつっていたのは、たしかにこのへやにちがいない。