饭饭TXT > 海外名作 > 《仮面城(日文版)》作者:[日]横溝正史/横沟正史【完结】 > [ジュヴナイル] 横溝正史 「仮面城」 v0.9.txt

第 8 页

作者:日-横溝正史/横沟正史 当前章节:15414 字 更新时间:2026-6-16 00:33

「おばはやさしいかたでした。あたしたち一家に、つぎつぎと不幸が起こったときには、あのかたは遠い外国にいられたのですが、あのかただけがほんとうに、あたしたち兄妹のために泣いてくださいました。

 そして、にいさんがあの発明に熱中しだしてからというもの、お金持ちの親戚たちが、つぎつぎとはなれていったなかに、おばだけはいつも外国からやさしいげきれいの手紙をくださいました。

 研究の費用にといって、ばくだいなお金を送ってくだすったことも一度や二度ではありません。しかし、そのおばも今はもういないひとです」

「しかし、おばさまは死なれるとき、きみたちには、なにも残していかなかったの」

「おばは、お金のことにはいたって淡白なかたでしたの。だからお亡くなりになったあと、ごくわずかの財産しか残っていなかったという話です。それもみんな、親戚のひとたちがわけてしまって、あたしたちには、なにひとつゆずられませんでした。なにしろおばさまも、そんなにきゅうに死ぬとはお思いにならなかったので、あたしたちのために、用意をしておいてくださるひまがなかったのですわ」

 由美子は、ホッとかるいため息をもらした。

 道はいつしか町をはずれて、暗い森のなかにさしかかっていた。このあたりの森は、武蔵野でも有名なのだ。スクスクとのびたスギの大木が、昼でも、うっそうとして日の光をさえぎっている。ましてやこの夜ふけ、通りすがりのひとなどあろうはずがなかった。ゴーッと|梢《こずえ》をゆすぶる風のものすごさ! 一メートル先も見えないまっ暗闇の気味悪さ!

「あら、ごめんなさい。つまらない話に気をとられてこんな遠くまで送っていただいたりして、もうよろしいんですの。ほら、むこうに|灯《あかり》のついた家が見えるでしょう。あれが、あたしの家ですの。どうぞお帰りになって」

「ついでだから、家の前まで送りましょう」

「いいえ、もう、どうぞどうぞ。ここからもうひと走りですわ。電車がなくなるといけません。ほんとうにもう、お帰りなすって」

 由美子があんまりいうものだから、しいてというのもかえって悪いかと思った。そこで俊助は帽子に手をあてると、

「そうですか。じゃあこれでしつれいしましょう」

「ありがとうございました」

 俊助がくるりときびす[#「きびす」に傍点]をかえしたとき、風がゴーッとうずをまいて、ふたりの周囲を通りすぎていった。

   闇のピエロ

 あとから考えると、このとき俊助は、やっぱり家の前まで由美子を送っていってやったほうがよかったのである。というのは、それから間もなく、つぎのような恐ろしい事件が、由美子の身にふりかかってきたからだ。

 俊助に別れた地点から由美子の家まで、近いように見えて、そのじつかなりの距離があった。由美子はマフラーのまえをかき合わせて、うつむきかげんに一心に足をはこばせた。

 由美子はやっと暗い森をつきぬけて、川ぞいの土手の上にさしかかった。そのへんは、星あかりでいくらかあかるんで見えるのだ。由美子の家はつい、目と鼻の先にせまってきた。

 と、このときである。とつぜん、道ばたのスギの大木の根もとから、ゆうゆうとおどりだしてきた、まっ白な大入道、由美子はハッとしてそこに立ちすくむ。

 暗いのでよくわからないが、白い着物を着た、とても背の高い人間である。

 そいつがヒョイヒョイとおどるような腰つきで、由美子の前に立ちふさがると、いきなり大きな手が由美子の肩をつかんだ。

「オ嬢サン、オ嬢サン。アナタ、瀬川サンノオ嬢サン、デショ」

 みょうな声だ。鼻にかかった、とてもふめいりょうなことばつきなのである。由美子は恐ろしさのために、全身の血がジーンと一時にこおってしまうような気がした。

 見るとその大入道は、ちょうどサーカスなどによく出てくる、ピエロのような服装をしているのである。先にふさ[#「ふさ」に傍点]のついた三角型のトンガリ帽に、白地に赤い丸をところどころそめだしたダブダブの洋服。おまけに、このピエロ、面をかぶっている。

 表情のない、まっ白なその仮面の気味悪さ!

「オ嬢サン、オ嬢サン、ワタシ、アナタニ話アリマス。コワイコトアリマセン」

 由美子は恐ろしさに、ブルブルふるえていたが、きゅうに勇気をふるって、男のからだをつきのけると、

「はなしてください。はなしてください。はなさないと、あたし声をたてますよ」

「コレ、シズカニ。逃ゲヨウトイッテモ、ワタシ逃ガシマセン」

「あれッ! だれかきてえ!」

 声におどろいて、奇怪なピエロはいきなり大きな手で由美子の口をふさごうとする。

 そうされまいとする。そうしているうちに、ピエロの手がふと由美子のマフラーにかかった。するとなに思ったか、ピエロはいきなりマフラーのはしをわしづかみにした。そのマフラーでさるぐつわでもはめようと思ったのかもしれない。ズルズルと恐ろしい力でマフラーを引くのだ。

 由美子はそれをとられまいとして一生けんめいだ。マフラーは由美子の肩をはずれて、ふたりのあいだに棒のようにピンと張り切った。そうしているうちに、由美子は足をふみすべらしたからたまらない。マフラーのはしをにぎったまま、ズルズルと土手の上から川のほうへ落ちていった。

 土手の上にピエロが、マフラーのもういっぽうのはしを持ったまま大入道のようにつっ立っている。

「ハナシナサイ。ソノ手ヲハナシナサイ」

「いいえ、いやです。だれかきてください」

 由美子がむちゅうになって叫んだときである。むこうのほうからいそぎ足でかけつけてくるひとの足音が聞こえた。それを聞くと、ピエロはチェッと舌うちをすると、いきなりポケットから大きなジャック.ナイフを取りだして、サッとそいつをふりおろした。

「あっ!」

 由美子が叫んだときにはすでにおそかった。まっ赤な毛糸のマフラーが、まんなかからビリビリとたち切られたかと思うと、はしをにぎった由美子のからだは、もんどりうって土手から転落していったのである。

 ピエロはしばらく腹ばいになり、じっと下のほうをうかがっていたが、ふいにからだを起こすと、例のおどるような步きかたで、ヒョイヒョイと闇のなかに消えていった。と、ほとんど同時にこの場へかけつけてきたひとりの男。

「おかしいな。たしかこのへんでひとの声がしたようだったがな」

 と、懐中電燈をとりだしてあたりを照らしていた。見るとまぎれもなくこの男は、さっき電車のなかで由美子をおびやかした、あのこうしじまのコートの小男なのである。

 男はしばらく懐中電燈で地面の上を調べていたが、そのうち、ふとみょうなものを見つけた。それはひとの足あとなのである。しかし足あとにしてはみょうなところがあった。というのは、その足あとというのはただ一つ、右の靴あとしかないのだ。そして、とうぜん左の靴あとの見えなければならぬところには、ステッキのあと[#「あと」に傍点]みたいな小さなあな[#「あな」に傍点]だけがボコボコとついているのだ。つまり、そいつは左の足に、棒のような義足をはめた怪物の足あとなのだ。

 これを見ると、くだん[#「くだん」に傍点]の男は、すぐ懐中電燈を消して、

「しまった。おそかったか!」

 と叫ぶと、いっさんに闇のなかをかけだした。そのあとから、由美子が恐る恐る顔を出した。からだじゅう泥だらけになって、ところどころかすり[#「かすり」に傍点]傷ができて、そこから血がにじんでいる。それでも彼女はまだむちゅうになって、マフラーの切れはしをにぎっていた。

 由美子はしばらく闇のなかに目をすえて、じっとあたりをうかがっていたが、やがてソロソロと土手の上にはいあがると、ころげるようにして帰ってきたのはわが家の表口だ。

「にいさん、にいさん」

 と、息せき切って玄関の小ごうしをひらいた由美子は、そこでまた、ハッとして立ちすくんでしまったのである。

 座敷のなかには兄の健一がさるぐつわをはめられ、たか手こ手にしばられて、倒れていたではないか。

   マフラーの切れはし

 その翌日の夕がた、きのうとおなじ国電のなかで、今買ったばかりの夕刊をひらいて読んでいた俊助は、ふいにハッとしたように顔色をかえた。

「発明家兄妹、怪漢におそわる」

 というような見出しのもとに、昨夜、吉祥寺で起こった怪事件がデカデカとのっているのだ。それによるとくせもの[#「くせもの」に傍点]はさいしょ、瀬川健一をその自宅におそい、これをたか手こ手にしばりあげて家じゅうかきまわしていったのち、こんどは妹の由美子の帰りを待ちうけて、これを襲撃したというのである。

 俊助は、それを読むとまっ青になった。

 ――ああ、どうしてあのとき、じぶんはむりにでも、由美子を家の前まで送ってやらなかったのだろう。じぶんさえついていれば、こんな恐ろしいことは起こりはしなかったのだ。

 新聞には、あまりくわしいことは出ていないが、由美子はひどいけが[#「けが」に傍点]でもしたのではなかろうか。

 そう考えると、すべての責任がじぶんにあるような気がして心配でたまらない。そこで俊助は、すぐその足で由美子兄妹を見舞ってやることに決心した。

 吉祥寺まで電車を乗り越して、昨夜の森のなかをぬけてゆくと、小川の土手にさしかかった。

 と、そのとき、ふとみょうなものが俊助の目にとまった。土手の上一面に咲きみだれた秋草のあいだに、なにやら赤いものがちらついている。

「おや、なんだろう」

 俊助はおもわず身をかがめ、その赤いものをすくいあげたが、そのとたんかれはハッとしたように顔色を動かした。それは見おぼえのある由美子のマフラーであった。しかもまんなかから、もののみごとにプッツリとたち切られ、土足でふみにじったようにいっぱい泥がついているのである。

 俊助がその泥をはらい落としているとき、うしろのほうで、草をふむ足音が聞こえたので、ハッとしてふりかえると、ひとりの男が、木立のあいだに立って、じっとこちらをながめている。

 俊助はその男のようすを見ると、おもわず身がまえた。

 昨夜の男だ。昨夜国電のなかで、由美子をおびやかしたあの男なのである。

 男のほうでも、俊助の顔を見るとちょっとおどろいたようであったが、すぐにツカツカと木立のあいだから出てきた。

「きみ、きみ! きみが今ひろったものはなんだね」

 わりあいにおだやかな|声《こわ》|音《ね》なのである。

 俊助は答えないで、無言のまま、じっと相手の顔を見つめている。四十歳ぐらいの小男で、するどい目つきをしていたが、しかし人相は思ったほど|兇悪《きょうあく》ではなかった。

 せいかん[#「せいかん」に傍点]なまゆのあいだにも、どこかゆったりしたところが見えるのだ。

「きみ、ちょっとそいつを見せたまえ」

 男はこうしじまのオーバーのあいだから、右手を出した。

「いやだ」

 俊助はマフラーをうしろにかくしながら、一步うしろにしりぞく。

「いいから、こちらへ出したまえ」

「いやだ。きみはなんの権利があってそんなことをいうのだ。きみはいったい何者だ」

「なんでもいい。出せといったら出さないか」

 男はしだいに俊助のほうへつめよってくる。俊助は一步一步しりぞいてゆく。ふたりはグルリと道の上で円をえがいて、こんどは俊助のほうが木立のそばへ追いつめられていった。

 そこにはがんじょうな鉄条網が張りつめられてあるので、しりぞこうにも、もうそれ以上しりぞくことができないのだ。

「きみ、きみ、出せといったらおとなしく出したまえ」

「いやだ!」

 そう叫ぶと同時に俊助はネコのように身をすくめると、いきなり相手の男におどりかかっていった。ふいをくった相手の男はもろくもあおむけざまに、ズデンと道の上にころがったが、それを見るや俊助は、すばやく馬のりになってつづけさまに二つ三つポカポカとなぐった。

「このやろう、ひどいやつだ。昨夜瀬川兄妹をおそったのはきさまだろう」

「ちがう。はなせ! 苦しい」

 小男は苦しそうに目をむいて、

「ちがう、ちがう。きみはなにかを誤解しているんだ。こら、やめんか。警察の者にてむかい[#「てむかい」に傍点]すると、そのぶんにはしておかんぞ!」

「警察の者?」

 俊助はそう聞きかえしながら、おもわずちょっとひるんだ。そのすきに男はすばやく、俊助のからだをはねつけてとびあがった。しかし、べつに俊助のほうへとびかかってこようとするのでもない。

「わけもいわずにいきなり声をかけたのは、こちらが悪かった。きみ、そのマフラーを持って、瀬川の家までやってきたまえ。なにもかも話してやるから」

 そういうと、このふしぎな男は、俊助のほうには見むきもせずに、先に立って步きだした。

   石狩のトラ

「いやわけ[#「わけ」に傍点]もいわずに由美子さんのあとをつけまわしていたのは、わしが悪かった。しかし、これも警視庁の命令だからかんべんしてもらいたい。わしは|木《きの》|下《した》という刑事なんだよ」

 瀬川兄妹と俊助を前において、あのふしぎな小男は、はじめて身分をあきらかにした。

「しかし、その刑事さんがなんだって、由美子さんのあとを尾行しているんですか?」

 俊助はまだふ[#「ふ」に傍点]におちない。

「ふむ、きみがふしんがるのもむりはない。じつは――」

 と、木下刑事はひざ[#「ひざ」に傍点]をのりだすと、

「ちかごろ、北海道の警察から東京の警視庁にたいして、ひじょうに重大な報告をもたらしてきたのだ。

 というのはほかでもない。むこうで|石《いし》|狩《かり》のトラという名で知られている、ひじょうに兇悪な強盗犯人が、東京に潜入したらしい形跡があるというのだ。じつに恐ろしいやつで、人殺しでも強盗でも、平気でズバズバとやってのけようという悪党なのだ。

 警視庁でもすてておけない。ただちに手配して、最近、どうやらそいつではないかと思われるようなやつをひとり発見した。というのは、この石狩のトラというやつは、左足がなくって、木の義足をはめているものだから、それが目じるしなのだ。ところが、そいつが目をつけているらしいのが、ふしぎにも瀬川さん、あなたがたなんですよ」

「まあ!」

 由美子は、おもわずくちびるまでまっ青になった。

 しかし、そんな恐ろしい男が、どうして、こんなまずしい兄妹をつけねらっているのだろう。ぬすもうにもなに一つ持っていない、このびんぼうな発明家をねらって、いったいどうしようというのだろう。

「さあ、そのてん[#「てん」に傍点]です」

 と、木下刑事。

「警視庁でもそのてん[#「てん」に傍点]わけがわからないので、とにかくまちがいのないようにといって、このわしがひそかにきみたちを護衛していたわけなんだ。それがかえってきみたちのうたがいをまねくもとなんだが、きょうになって、やっと石狩のトラの目的というのがわかった。瀬川さん、これはじつによういならぬ事件ですぞ」

「よういならぬ事件というと?」

 健一は病弱らしい目をしばたたきながら、不安そうにたずねると、

「じつはきのう、北海道の警察からあらためて報告がとどいたので、はじめてわかったのだが、石狩のトラがねらっているのは、ビーナスの星らしいのだ」

「ビーナスの星というのは?」

「わしにもよくわからないが、なんでもヨーロッパの大国の皇室に、宝物としてつたわっていた、時価、数億円もしようという、すばらしいダイヤモンドだそうだ。ところが、そのダイヤは皇帝みずから声楽家の鮎川里子に贈られた。そしてさらに鮎川里子から、おいにあたる瀬川健一に、遺産としてゆずられたようすがあるというのですよ。

 つまり瀬川さん、石狩のトラがねらっているのは、あなたのお持ちになっている、何億円もするというダイヤモンド、ビーナスの星らしいですよ」

   かがやく星

 健一と由美子のふたりはぼうぜんとして、おもわず顔を見合わせた。

「しかし、しかし刑事さん。ぼくはそんな高価なダイヤをゆずられたおぼえはありませんよ。それはきっとなにかのまちがいでしょう」

「さあ、そこだ」

 と、刑事はひざをのりだして、

「鮎川里子さんも、きっと悪党がこのダイヤをねらっていることを知っていられたので、とちゅううばいとられるきけんがあると思って、なにかにかくして、あなたがたのところへ送ってこられた。ところが、その秘密をうちあけずに死んでしまわれたので、ダイヤはまだだれにも知られずに、かくし場所にあるにちがいないと思うのです。そこで瀬川さん、あなたはなにか鮎川さんから、生前贈られたものがありませんか」

「そういえば、おばは死ぬ少しまえに、由美子のところへ、きれいなフランス人形を送ってよこしましたが」

「それだ! その人形のなかにあるのだ!」

「あっ!」

 それを聞くと、ふいに健一が頭をかかえて、どうとその場にからだを投げだした。

「ぬすまれた! 知らなかった! 昨夜のくせもの[#「くせもの」に傍点]はわたしをしばりあげておいて、あのフランス人形を床柱にぶっつけ、こっぱみじんにしておいて、なにかさがしていました。ああ、あのとき、きっとダイヤを見つけて持っていったにちがいありません」

 ああ、なんという失望! なんというらくたん[#「らくたん」に傍点]! 知らぬこととはいいながら、数億円もするダイヤを所持しながら、みすみすそいつを悪党のためにうばい去られたそのくやしさ。それだけの金さえあれば、健一の研究も、なに不自由なくつづけることができたのに……。

「にいさん、にいさん、しっかりしてください」

「ああ、おれはもうだめだ。おばのせっかくの心づくしを無にしてしまった。おれはなんというばかだったろう。おれの研究も、もうおしまいだ!」

 さすがの木下刑事も、暗然としてことばが出なかった。

 この若き発明家の失望、苦もんのさまから、おもわず目をそらすばかりであった。

 そのときまで無言のまま、うしろにひかえていた俊助は、ふとひざ[#「ひざ」に傍点]をまえにのりだすと、

「由美子さん、これ、あなたのマフラーでしょう?」

「え? ええ、そうですわ」

「今、むこうの土手の下でひろったものです。まんなかからまっ二つに切られていますが、どうしたのですか」

 由美子はそこで昨夜のできごとを手みじかに話した。すると、俊助はギロリと目を光らせ、

「なるほど、すると、もういっぽうのはしをお持ちですか」

「はあ、ここにございますわ」

 由美子はもういっぽうのはしを出して、それを俊助にわたした。

「由美子さん、このマフラー、あなたがお編みになったのですか」

「いいえ、これ、おばが編んであたしに送ってくだすったの。そうそう、あのフランス人形といっしょに」

「そうですか、瀬川さん。由美子さん」

 俊助はキッとひとみをすえて、

「ダイヤはまだぬすまれてはいませんよ。ご安心なさい。ちゃんとぶじにこの家にあるはずです」

「え、なんですって?」

 健一も由美子も木下刑事も、おもわず俊助の顔をふりあおいだ。

「よく考えてごらんなさい。ゆうべ、石狩のトラが、フランス人形のなかからダイヤを見つけたのなら、あいつはなぜ、そのまま逃げてしまわなかったのでしょう。なぜ由美子さんの帰りを待ちうけていたのでしょう。

 それはフランス人形のなかにダイヤがなく、由美子さんがかけているマフラーのなかにあると考えたからです。

 石狩のトラはこのマフラーをうばおうとしたが、由美子さんがはなさない。そこへ木下刑事がかけつけてくる。そこでやむなく半分切りとっていきました。

 ごらんなさい。このマフラーのふさについた、丸いむすびめがみんなほぐしてあります。ではダイヤはそのなかにあったんでしょうか。いいや、ぼくはそうは思わない。ごらんなさい、このマフラーについた泥を――これはくやしまぎれに地面にたたきつけて、むちゃくちゃにふみにじったしょうこで、つまりダイヤがなかったからです。とすると、ダイヤはもういっぽうのはしにあることになるじゃありませんか」

 そういいながら俊助は、いま由美子がとりだしたマフラーのはしについた丸いふさのむすびめ[#「むすびめ」に傍点]を一つ一つていねいにほぐしていたが、そのうち四人のくちびるからは、いっせいに、

「あっ!」

 と、いう感嘆と歓喜の叫び声がもれた。

 ああ! 見よ。いましも俊助がほぐした赤い毛糸のむすびめから、コロリところがり出たのは、光輝|燦《さん》|然《ぜん》! 見るもまばゆい青色のダイヤ、それこそ全世界になりひびいたダイヤモンドの女王、ビーナスの星だったのである。

 それから間もなく、あの兇悪なかた足強盗の石狩のトラが、木下刑事にとらえられたことは、いうまでもあるまい。

 健一と由美子の兄妹は、このダイヤを売ったばくだいな金で、いまでは幸福に暮らしている。そして、健一の発明が完成するのも、間もないことだろうといわれている。

 怪盗どくろ指紋

   サーカスの大事件

「まあ、ほんとうね、|志《し》|岐《き》さん。あのひと、うちの書斎にある写真とそっくりだわ」

「でしょう? ぼくもきょう、あの少年の写真がポスターに出ているのを見て、びっくりしたのですよ。|美《み》|穂《ほ》|子《こ》さん、それであなたをおさそいしたのですが、見れば見るほどよく似ていますね」

「ふしぎねえ。いったいどうしたというのかしら。あのひと、おとうさまとなにか関係があるのかしら」

 新日報社の花形記者三津木俊助が、こういう会話をふと小耳にはさんだのは、国技館の三階だった。なにげなくふりかえってみると、そこには青年と少女が、双眼鏡を目にあてて、一心に、下の円型サーカスをながめている。

 男は年の頃二十二、三歳、色の浅黒い青年である。少女はそれより八つばかりも年下の、目の大きいえくぼのかわいい娘で、ピンク色の洋服に、ピンクのコートが色白の顔によく似合っている。ふたりともなにかしら異様な熱心さで、すり鉢の底のようなサーカスをのぞきこんでいるのが気になった。

 そのころ、|蔵《くら》|前《まえ》の国技館には大じかけなヒポドローム、すなわち大サーカスがかかっていて、都民の人気をあおっていた。俊助もそのひょうばんにひきずられて、なにげなく今夜見物にやってきたのだが、そこで思いがけなく耳にしたのがいまのささやき。

 新聞記者というのは、だれしも耳の早いものだが、わけても敏腕の聞こえ高いこの俊助、なにやらいわくありげなふたりのささやきに、はてな[#「はてな」に傍点]? とあらためて下のサーカスを見ると、いましも、呼びものの『幽霊花火』という曲芸がはじまろうとするところだ。

 サーカスを見たひとならだれでも知っているだろう。ブランコからブランコへと飛びうつる空中の離れわざ――『幽霊花火』というのは、つまりそういう離れわざなのだが、いましも昼をあざむくサーカスへ、さっそうとおどりでたのは、年の頃十七、八歳、それこそ蝋人形のように美しい少年、ピッタリ身に合った薄桃色の肉じゅばんに、ピカピカ光る金色の胴着、ふさふさとした髪をひたいにたらしているその美しさ。

 青年と少女が、あのひとといい、あの子というのは、どうやらこの少年のことらしいのである。

 プログラムを見ると、空中大サーカス『幽霊花火』――|栗《くり》|生《う》|道《みち》|之《の》|助《すけ》とあるが、この道之助こそは、ヒポドロームきっての人気者と見え、かれのすがたがあらわれると、場内はわれるような大かっさい。

「志岐さん、ほんとによく似てるわね」

 美穂子という少女は、おもわず声をふるわせた。

「よろしい。それじゃぼく、ちょっと楽屋へいってあの子のことを聞いてみます」

「あら、そんなことをしてもいいの」

「だいじょうぶですよ。先生のごめいわくになるようなことはしやしませんから」

 青年は観客をかきわけて出ていった。

 意味ありげなこのようすに、俊助はいよいよ好奇心をあおられたが、そのときちょうど、にぎやかなシンフォニーの音楽とともに、空中大サーカス『幽霊花火』の幕が切って落とされた。

 道之助はスルスルと長ばしごをのぼっていくと、やがてヒラリとブランコに飛びうつる。と同時に、場内の電燈という電燈が、いっせいに消えてまっ暗がり、そのなかにあってただ一点、道之助のからだばかりが金色の虹と浮きあがったから、満場あっと息をとめた。

 思うに、道之助のからだには、リンか、あるいはそれに似た夜光塗料がぬってあるのだろうが、暗黒の空高く青白いほのおを吐きながら、もうろうと浮きあがったところは、いかにも幽霊花火か夜光虫――奇とも妙ともいえぬ美しさだ。

 観客席からは、たちまちワッとあがる歓呼の声。道之助はそれにこたえて手をふると、やがて目もくらむような幽霊花火の曲芸がはじまった。

 あるいは上下に、あるいは左右に、キラキラと金色の尾をひきながらとびかう幽霊花火は、やみのそこに、あるいは一団のほのおと化し、あるいは一すじの金の矢をえがいて、おどりくるう金色のが[#「が」に傍点]! ひとびとは鳴りをしずめてこの妙技に見とれていたが、そのとき、とつじょ場内の片すみから、

「手がまわったぞ。道之助、逃げろ、逃げろ!」

 という、ただならぬ叫び声が聞こえてきたかと思うと、それにつづいて、

「道之助、おまえを逮捕する。神妙にしろ!」

 というどなり声とともに、ピリピリとやみをつんざく呼び子の音。さあたいへんだ。これを聞いた観客が、いちどにワッとそう立ちになったからたまらない。場内は上を下への大そうどうになった。

「なんでもない。しずかに、おしずかにねがいます」

「電気をつけろ。電気だ電気だ!」

「キャー、た、助けてえ。ふみつぶされるう!」

 と、悲鳴やどなり声がいりまじって、いやもうイモを洗うような大混雑。そのなかにあって、例の幽霊花火は、しばらくじっと下のようすをうかがっていたが、やがてヒラリとブランコから飛んだとみると、スルスルとやみの空中をはっていく。どうやら丸てんじょうにはられた綱のひとつに飛びついたのである。

「それ、逃げるぞ。ゆだんするな」

 警官らしい足音が、闇のなかを行ったりきたりする。せめて電気でもつけばよいのだが、こしょうでも起こったのか、いつまでたってもあたりはまっ暗。その中を幽霊花火は、スルスルと空中をぬって三階へとびおりると、ガラス窓をけって、さっとそとへとび出した。

 あとには美穂子がぼうぜんと立ちすくんでいる。

   幽霊花火の正体

 その夜、浅草蔵前を通りかかったひとびとは、前代未聞の大捕物に血をわかしたのである。

 夜空にそびえる国技館の大ドームから、一かたまりの光の玉がとび出したかと思うと、サッと人家の屋根にとびおり、ネズミ花火のように、屋根から屋根へところげていったからさあたいへん。付近にはやじうまがぎっしりとあつまって、

「やあ、あそこへ出てきたぞ。ほら、かどのタバコ屋の屋根の上だ」

「あ、あっちへ逃げるぞ。川のほうへいくぞ」

「気をつけろ。とびおりるかもしれないぞ」

 と、まるでネズミでも追いまわすようなさわぎだ。

 やがて警官の一行が屋上にすがたをあらわしたが、なにしろ相手は本職の少年曲芸師、屋上の鬼ごっこではとてもかなうはずがない。道之助は川を目ざして逃げていったが、そのうちに追っ手の数はしだいに増していく。

 警官にまじって、やじうまが四方八方からひしひしとつめよせてくるのだ。つごうの悪いことには、道之助は全身から、あの青白い燐光をはなっているのだから、かくれるにもかくれることができない。ようやく川ぞいの家まで逃げのびたものの、見れば、周囲にはひしひしと追っ手がせまっている。

 絶体絶命! 道之助は絶望的な目つきであたりを見まわしたが、ふいに身をひるがえすと、そばにあった浴場の煙突にスルスルと登り出したから、ハッと、一同かたずをのんでながめているうちに、地上何十メートルという煙突の上、ようやくそのてっぺんにたどりついた道之助は、アッという間もない。サアーッと金色の糸をひいて隅田川へとびこんだ。

「あれ、川のなかへとびこんだぞ」

 両河岸から、橋の上に鈴なりになったやじうまが、ワイワイとかけよってのぞいてみると、暗い水のなかに銀鱗をひらめかしながら泳いでいた道之助は、やがて一そうのモーターボートに泳ぎつくと、ヒラリとそれにとびのって、ダダダダダダと、エンジンの音も勇ましく、波をけたてて下流のほうへまっしぐらに――それと見るなり追っ手の警官たちも、付近にあったモーターボートをかりあつめ、ただちにそのあとを追っかけたが、はたして首尾よく、道之助をとらえることができたかどうか――。

 それはしばらくおあずかりとしておいて、こちらはふたたび、国技館の三階である。

 道之助が窓から外へとび出していったあとで、俊助はむらがる見物をかきわけて、美穂子のそばへかけよったが、見ると彼女は、今にも気絶しそうにまっ青になっている。

「しっかりなさい、お嬢さん。あいつ、もう逃げてしまいましたよ」

「まあ、どうもありがとう」

「とにかく、出ましょう。ぼくは決してあやしいものじゃない。安心してつかまっていらっしゃい」

 と、俊助が美穂子をかかえて、国技館から表へ出て見ると、あの捕物さわぎもおさまって、やじうまもあらかた散ってしまったあとだった。

「おじさま、どうもありがとう。おかげで助かったわ。あたし、ほんとにどうしようかと思ったの」

「なあに、そんなこと。それよりお嬢さんは、あの少年を知ってるの?」

「いいえ」

 と美穂子は、ことばすくなに目をふせる。

 俊助はここで、さっきチラと小耳にはさんだことばを、切り出して見ようかと思ったが、いやいやそんなことをすれば、相手に用心させるばかりだ。それよりここはしんぼうして、せめて相手の住所と名まえでも聞いておいた方がいいと、早くも心をきめると、

「そうですか。ときにお宅はどちら? ひとりで帰れますか? なんなら、送ってあげようか」

「いいえ、だいじょうぶよ。おじさま、むこうに自動車をまたしてあるのよ」

「ああ、そう。では、そこまでいっしょに……しかし、さっき、つれのひとがいたようだが、待たなくてもいいの?」

「ええ、いいんです。どうせ心配なんかしやしない。あのひと、おとうさまの助手で|志《し》|岐《き》|英《えい》|三《ぞう》さんというんです」

 と、問わずがたりに話す名まえを、俊助は心のなかに記憶しながら、

「ははあ、そしておとうさまというのは?」

「|宗《むな》|像《かた》|禎《てい》|輔《すけ》といいます」

「ああ、それじゃ、あの、大学の――」

 と俊助がおもわずそう聞きかえしたとき、

「ありがとう、おじさま。ここまで送っていただけばもういいわ」

 と美穂子は軽くおじぎをして、道ばたに待たせてあった自動車にとびのった。

 夜のやみをついて走る自動車のあとを見送った三津木俊助は、なんとなく、今夜のできごとが気になってならなかったのだ。

 宗像禎輔といえばひとも知る有名な大学教授。その有名な博士と、あのサーカスの少年とのあいだに、いったいどのような関係があるのだろう。さっきチラと小耳にはさんだ会話によると、宗像博士の書斎には、道之助によく似た写真がかざってあるらしいのである。

 ――なににしてもふしぎな話だが、それにしても道之助とはいったい何者だろう。さっきの捕物さわぎはどういうわけだろう。そうだ。それからまずたしかめておかねばならない。

 と、そこでもう一度国技館へとってかえした俊助は、だしぬけにポンとうしろから肩をたたかれて、あっとおどろいた。

「ああ、あなたは由利先生」

「三津木君、いいところで会ったね。じつはさっき、君の社へ電話をかけたのだがね」

 と、ニコニコ笑っているのは、白髪で見るからに子供っぽい顔をした紳士である。

 いったいこの紳士は何者かというと、これこそ由利先生といって世間でだれ知らぬ者はない名探偵、そして新聞記者の三津木俊助とは師弟もただならぬあいだがらなのである。

「じつはね、|等《と》|々《ど》|力《ろき》警部から電話があって、かけつけてきたのだよ」

 等々力警部というのは、警視庁きっての腕利きだが、これまた由利先生の弟子にあたる。

「すると先生は、こんやのこの捕物を、あらかじめごぞんじだったのですね」

「ふむ、知っていたよ。だからきみにも知らせてやろうと思って電話をかけたのだ」

「それで、栗生道之助とは何者ですか」

 俊助はおもわず声をはずませた。

「じつはね、三津木君。このことはまだないしょだが、きょう警視庁の等々力警部のもとへ無名の投書がまいこんでね。それではじめてわかったのだが、道之助こそいま世間をさわがせているどくろ[#「どくろ」に傍点]指紋の怪盗だというんだよ」

 聞くなり俊助は、あっとばかりにおどろいた。

   鏡にうつる影

 俊助がなぜそのようにおどろいたか、またどくろ[#「どくろ」に傍点]指紋の怪盗とは何者か、それをお話しするためには、ぜひともちかごろ東京をさわがせている、あの怪事件のことを説明しなければならないだろう。

 そのころ、東京都民は、正体不明の怪盗のために、恐怖のどん底にたたきこまれていた。あるときは外国の高官が秘蔵する宝石類がうばわれた。またあるときは、有名な実業家を道に待ちぶせて、所持品ぜんぶをうばいとっていったものがある。そのほか、この怪盗のしわざをいちいちお話しすれば、それだけでもゆうに一篇の小説ができあがるくらいだが、しかも犯人の正体はぜんぜんわからない。風のようにきて、まぼろしのように去るというところから、はじめはまぼろし[#「まぼろし」に傍点]の賊と呼んでいたが、そのうちにきみょうな事実が発見された。

 この怪盗が仕事していったあとには、いつもきまって、名刺がわりででもあるように、指紋がひとつ残してあるのだが、問題はこの指紋なのである。

目录
设置
设置
阅读主题
字体风格
雅黑 宋体 楷书 卡通
字体大小
适中 偏大 超大
保存设置
恢复默认
手机
手机阅读
扫码获取链接,使用浏览器打开
书架同步,随时随地,手机阅读
首 页 < 上一章 章节列表 下一章 > 尾 页