こにとじこめられている。
城内の三の丸のなかなので、侵入は不可能だった。しかし、ここでは門番の係から、いくらかようすを聞くことができた。やはり身動きできない毎日。三十何歳かの大学は、こう言っているという。
「なんでわたしが、こんな目に会わねばならぬのか。どんな悪いことをしたというのだ。わけがわからん。だれか教えてくれ……」
そればかりくりかえし、頭がおかしくなりかけているとのうわさだ。そういうものかと、良吉もいささか気の毒になった。そんなのを殺して、どうなるというのだ。また、殺そうにも、突入はむりだ。
やむなく江戸に引きかえす。帰途、京や奈良の寺院や神社に参拝し、大願成就を念じた。
江戸での義士の人気は、依然として高い。ほかに話題がないせいもあった。
そのなかで、わけもなくひどい目に会っているのが、梶川|与《よ》|惣《そ》|兵《べ》|衛《え》。吉良義央に切りかかる浅野内匠頭に飛びつき、とりおさえた旗本だ。
その功によって加増になったはいいが、討ち入りのあと、しだいに評判が悪くなってきた。あいつのおかげで、浅野の殿さまが、あんな目に会ったのだと。どこへ行っても、指をさされ、こそこそ言われる。ついに職を辞し、家にとじこもっての生活。
その梶川の家に、来客があった。退屈しのぎにと会ってみると、こう言われた。
「貴殿は、なんということをなさったのです」
「またか。もう、その話はやめてくれ。聞きあきた。いやな気分にさせないでくれ。あれは役目の上での、当然の行為。いいか、わたしが浅野殿をとめたから、こういうことになり、義士たちの名があがったのだぞ。いまや義士たちは、神さまあつかい。庶民の偶像、武士の手本。
だれのおかげだ。たまには、ほめに来てくれる人がいてもいいのに」
「そこですよ。浅野をとめるべきじゃなかったのです。その場で、浅野を殺すべきだった。殿中だから刀を抜けないかもしれないが、奪った刀で刺すとか、首をしめるとかして……」
「これは、はじめて聞くご意見だ。黒潮さんとやら、あなたは事件のどんな関係者なのですか」
「吉良家の家臣でござる。家臣であったと言うべきか。討ち入りさわぎのおかげで、お家は断絶、みどもは浪士となった。これというのも、あなたがあの時、浅野の息の根をとめなかったからだ」
「珍説を通り越して、むちゃくちゃだ」
「ご隠居の殿は義士たちに殺された。主君の義周さまは、信州におあずけとなり、外出も許されないままご病気となり、先日、ついに死去された。ご無念にちがいない……」
「まったく、お気の毒……」
「そのうらみを晴らすため、お命をいただく。覚悟なされよ」
「ちょっと、待ってくれ。こっちまで頭がおかしくなってきた。お気持ちはわかるが、理屈がおかしい.よく考えていただきたい。あの時、わたしが浅野を殺していたとしても、吉良殿はやはりかたきとしてねらわれただろう」
「うむ」
「かりにだ、浅野をとめないでいたら、どうなっていた。吉良殿は殺されていたぞ。どこが悪い」
「うむ」
「おわかりか」
「いや、あの時に殿が殺されていたら、われわれ家臣が、浅野の屋敷へ堂々と討ち入り、みごとに首を切ったはずだ。歴史に残る美談となれた。あなたのおかげで、それがだめになった。筋が通っているだろう。さあ、お覚悟を……」
「結論を急ぐから、おかしくなる。浅野が吉良殿を殺していたら、文句なしに即日切腹、お家は断絶。浅野の屋敷へ討ち入ろうにも、そんなもの、どこにもない」
「そういうことになるな。うむ。いったい、だれをやればいいのか、知恵を貸していただけないか」
と、良吉に聞かれ、梶川は言う。
「知恵なら、こっちが借りたいくらいだ。あの時に制止しなかったら、役目の不始末で罰せられていただろう。制止してしまったおかげで、このありさま。事実上の閉門。外出もままならぬ。生けるしかばねだ。こんなばかげた話って、あるかね」
「ありませんな。いったい、だれがいけないんでしょう」
「ひとつたしかなことはだな、そこらじゅうの軽薄なやつらだろうな。どうだ、こうなったら、やけだ。二人で江戸の町に火をつけてまわるか。このばかげた江戸を、焼野原にしてやる。町人どもを、どいつもこいつも焼き殺してやる。無責任な発言へのむくいを、思い知らせてや
ろう。われら二人の名は、後世に語りつがれるぞ。なんだか、ぞくぞくしてきた……」
「いや、そこまでやることも……」
良吉は引きさがった。ていよく追いかえされた形だった。梶川は直参の旗本。幕政への批判は口にせず、町人へのぐちだけを口にした。
なににむかってどう行動したものか、良吉には、まったくわからなかった。いつかの落首の効果のおかげか、浅野家再興の件は進行していない。しかし、なにか決行をしなければならなかった。そして、良吉は梶川の言わなかった点に気づいた。
そうだ、悪いのは幕府そのものだ。その場その場で、一時しのぎのことをやり、方針が一貫していない。なにもかも、そのせいだ。幕府とはそういうもの。ご政道を正すどころではない。ご政道というもの自体が、そもそも、そういう実体なのだ。
ねらいはそこだ。良吉は文章を考え、それを高札に書き、江戸城の門の前に立てた。
〈吉良家の家臣として申し上げる。われらの主君、わけもわからずお家断絶、および領地を召し上げられ候。義央は殺害され、義周は病死。この無念の心底、家臣としてしのびがたく候。君父の|仇《あだ》は、ともに天をいただかずとか。ただ、その遺志をつぐまででござる。わ
たくしの死後、これをごらんいただきたい。以上。吉良家の家臣、黒潮良吉〉
かつて、吉良家への討ち入りの時、大石たちが書いて門前に残した文章を、ちょっと変えただけのものだ。
良吉はこの高札の下にすわり、絶食して死ぬつもりだった。しかし、たちまち門番役の一隊がやってきた。良吉はとっつかまった。人だかりがし、大さわぎとなる。
良吉は町奉行所へ連行された。そこで奉行に抗議した。
「なぜ、こんなところでさばかれるのか」
「ご政道を公然と批判し、それを実行した浪人は、町奉行によってさばかれることになっている」
「不公平だ。それが法でござるか。浅野の浪人と同じ条件である。あいつらは、大名家へおあずけとなり、ちやほやされ、その上での切腹だ。なぜ人によってあつかいを変える。法の乱れは、天下のほろびるもとだ」
「やっかいなやつだな。どうしてくれというのだ」
「老中、若年寄、大目付たちの会議の上での評決をお願いしたい。そうしないと、お奉行、貴殿の手落ちとなり、後世へ悪名が残りますぞ」
「妙な話になってきたな。申しぶんはわかった。あらためて相談してみる」
町奉行は書類をもって上へうかがいをたてた。独断でやって、あとで問題にされるよりはいい。ことは公的なものとなったが、どの役も変な責任はとりたくないと、押しつけあう。しかし、いつまでもほっておけない。
やむをえず押しつけられた役の者が、結着をつけた。自分の屋敷へ良吉を連れてきて、処分を申し渡した。
「黒潮良吉とやら、そのほうの志、武士としてみあげたものである。しかしながら、江戸の城門をさわがせし罪、軽からず。よって、大名家へおあずけとする」
「切腹ではないのですか」
「だれかを殺害していれば切腹だが、それをしていない。よって、罪一等を減じたのだ。ありがたく思え」
「どこの大名家へですか」
「知らんでもいいことだ。おあずけとなれば、どこでも同じことだ。これは上意でござるぞ」
「ははあ……」
良吉は平伏した。そこに上意の文書があったのかどうか、見そこなってしまった。たちまち、かごへ押しこめられ、外を見ることもできず、どこかへ運ばれた。
だれかの大きな屋敷につく。一室にほうりこまれた。そこは座敷|牢《ろう》。格子がはまっていて、出ようにも出られぬ。なかでの食事と排便だけが許された行動。風呂へも入れない。
「なんというあつかいだ。本でも読ませろ。なにかやらせろ。浅野の浪人たちと、だいぶ待遇がちがうようだぞ」
と食事を運ぶ係に文句を言った。
「浅野の浪人たちは、切腹でしたから、ああしたのです。あなたはちがう。これが正式なのです」
「まるで気ちがいあつかいだ」
「そんなとこです。なんとでもおっしゃい。しゃべるのは自由です」
ひどいものだった。これが正式の、大名家へのおあずけか。吉良義周や浅野大学の苦痛がよくわかった。なにしろ、なにもできないのだ。できるものなら眠りつづけていたかったが、そうもいかない。
なにもかも幕府がいけないのだ。将軍の綱吉がいけないのだ。このうらみ、はらさずにおくべきか。ひたすらそう念じつづけることで、なんとか狂気におちいるのを防ぐ毎日だった。
どれぐらいの月日がたったろう。最初のうちは日を数えていたが、ばかばかしくなってやめてしまい、年月がわからなくなった。
ある日、武士があらわれて言った。
「そとへ出たいであろう」
「当たり前ですよ、生かさず殺さずとは、このことだ」
「出してやるぞ」
「からかわないで下さい」
「本当だ。おまえは許されたのだ。さあ、ここから出ろ」
ふたたびかごに乗せられ、どこをどう運ばれたのか、江戸の町へほうり出された。取りあげられたままになっていた刀も、かえしてくれた。
いままで、どこに閉じこめられていたのだろう。いつか処分を言い渡された人の屋敷、そとを一巡して、またあのなかへ連れ込まれたようでもある。ちがうかもしれない。もはや、調べようがなかった。
通行人を呼びとめて聞く。
「いったい、いまは何年何月でござるか」
「身なりがきたない上に、気が変な人のようだな。宝永六年の六月だよ」
「すると、二年間とじこめられてたことになるな。そうだ、綱吉をやっつけなくては……」
「ますます変だ。将軍の綱吉さまは、一月になくなられた。いまは家宣さまが将軍になっておいでだ。知らないのか」
「知らなかった」
良吉ののろいの効果だろうか。綱吉は死に、実子がないため、兄の子の家宣が将軍職をついだ。
お側用人の柳沢はお役ご免、前将軍の政策はすべてご破算。犬をかわいがれとの、生類あわれみの令も廃止。不評なことのすべては、前将軍に押しつけられた。なにもかもうやむや。
人心一新のための恩赦がおこなわれた。良吉もそれで釈放になったらしい。島流しにされていた、浅野の浪士の遺族たちも、許されて戻ってきたという。
うやむやになり、ますます焦点がぼけた。もはや良吉は、なにをする気にもなれない。郷里へ帰って、家の仕事を手伝い、魚のひものの数でもかぞえて生活するとしよう。帰るべき場所があるということは、しあわせといっていい。
刀を売り払い、その金で三河へと旅をする。途中、武士の行列とすれちがった。良吉は茶店の主人に聞く。
「いまのは、だれです」
「もう忘れられかけた人ですよ。浅野大学というかたです。このたび許され、五百石でお家再興とか。芸州から江戸へむかうところです。江戸の人たち、歓迎しますかな。しないでしょうな。忘れっぽい人が多いそうですからね。新将軍の家宣さまが、だれを老中にし、どんな政治
をやるか、関心はもっぱらそっちのほうでしょう」
「ふうん……」
良吉は無感動につぶやく。かつては、乗りこんで切りつけようと考えた相手だ。しかし、いまやその気もなく、第一、刀すらない。この、うやむや恩赦で許されるまで、大学は七年ほど一室にとじこめられていたことになる。よくがまんしたものだ。
良吉が江戸へ飛び出してから、ほぼ六年の年月がたっていることになる。もう三十歳に近い。
「おお、よく帰ってきた。江戸でなにかひと働きしたか」
家業をついでいる兄が迎えてくれた。
「まあね……」
それ以上のことを、良吉は言わなかった。そのご、結婚もせず、だまったまま単調な仕事をし、あとの人生をすごした。時どき、逆立ちをするのが、ただひとつの趣味だった。はたから見ると、まことに奇妙なものだった。
かたきの首
江戸のはずれにある品川の宿。東海道における第一番目の宿場。江戸から西へ旅立ってゆく人びと、西からやってくる人びと、それらの往来でにぎわっている。その道ばたにたたずみ、ひとりの男が旅人たちをながめている。ほかにすることがなくてそうしているのではなかった
。江戸へ入ってくる者たちに視線をむけていた。そのなかから、ある人物をさがし出そうとしているようだった。
やがて男は、一組の旅人に目をつけた。少年の武士と、いくらか年長の女性。女は少年の姉らしく見えた。二人の歩き方は緊張しきっているし、思いつめた目つきは、前方にだけそそがれている。その二人に歩みより、男は声をかけた。
「もしもし……」
「なにかご用ですか」
十六歳ぐらいの武士は、ふりかえって言った。かたく身がまえている。
「こんなことを申し上げてはなんですが、おみうけしたところ、だれかを追い求めておいでのごようすで……」
「いかにも。わたしたちの父が同輩によって殺害された。そのかたきを討つべく、姉とともにかたきをさがしてここまで来たところです。しかし、よくそれがおわかりで」
「それはわかりますよ。決意が動作にあらわれ、こちこちになっていらっしゃる。お国から出てきたばかりなのでしょう」
「それだから、どうだというのです。あなたはだれです」
「仙太という者です。あなたのようなかたを見ると、胸がつまって、だまって見すごせないのです。いろいろとご相談に乗ってさしあげようかと思いまして」
少年と姉とは、小声で話しあった。その仙太という男は、四十五歳ぐらいか。しかし、それよりはるかにふけている外見だった。表情には、さまざまなものが複雑にまざりあっている。親切さ、虚無的なもの、いきどおり、あきらめ、やさしさ、皮肉めいたもの、そのほかいろい
ろな感情が。どうしたものかきめかねている二人に、仙太が言った。
「油断をすると、江戸ではひどい目にあう。その心配をなさっておいでなのでしょう。むりもありません。しかし、それはご無用。わたしの話をお聞きになった上で、どうなさるかおきめになればいいのです。住所不定のいかがわしい者ではありません。あそこにお寺がございまし
ょう。わたしはそこで寺男をしています。墓地の掃除や植木の手入れなど、いろいろとね。あなたがた、今晩はこの宿におとまりになり、お気がむきましたら、あしたでもおいで下さい。お役に立って助言となるかもしれません」
そう言って仙太はその場をはなれる。あしたになれば、きっとたずねてくる。かたきへの手がかりになりそうな話、それを聞かずに行ってしまうわけがない。はたして、つぎの日の朝、二人は寺のなかへやってきた。仙太は境内の離れに住んでいる。寺男にしてはぜいたくな暮し
だな、そんな顔つきで、姉とともにやってきた少年はあいさつした。
「仙太さんとやら、どのようなお話を聞かせていただけるのですか」
「あなたがた、かたき討ちがどんなに大変なことか、ご存知なのですか。容易なことじゃありませんぜ」
「なにをおっしゃる。困難は承知の上です。かたきを討たねば、国へ帰りません。石にかじりついても、やりとげます」
「さあ、その決意がいつまでつづくものやら」
仙太のつぶやきに、少年は怒った。
「なにをおっしゃる。寺男などに武士の心がわかってたまるか」
「ご立腹なさりたい気持ちはわかります。まあ、話をお聞き下さい。わたしもかつては仙之助という武士でした。かたきを追って全国をさまよったものでした」
相手が経験者とわかり、少年は口調をあらためた。
「そうとは存じませんでした。で、かたきをお討ちになったのですか」
「いちおうお話ししましょう……」
仙太、すなわち、かつての仙之助は話しはじめた。
仙之助は、北陸のある藩の、武士の三男にうまれた。武士というものは、家督をついではじめて一人前となる。家をつぐことによって、収入である|禄《ろく》が保証され、お城づとめという就職の資格が発生する。
しかし、三男では、自分の家をつげる可能性はまずない。二人の兄がつぎつぎと病死するなど、まあ期待できない。となると、他家に養子に行く以外にない。それをめざし、仙之助は学問と武芸にせいを出した。あいつはみどころがあると、どこからか養子の口のかかるのを待た
ねばならない。養子に行けなかったら、一生を自分の家で、気がねしながら居候の形ですごさねばならない。
努力したかいがあって、仙之助はみとめられ、養子の話がもたらされた。飛びつくように承諾した。条件をつけることなど、できるものではない。たとえ相手の家がどんなにひどくても。
まったく、その家はひどかった。五十石という禄高は仕方のないことだ。問題は五十歳であるそこの当主の、酒ぐせの悪さだった。酔っぱらうと仙之助にむかって、養子にしてやったことを恩着せがましくくりかえし話す。むこ養子でなく、家督相続のための養子。その家には娘
もいず、妻は早く死に、つまり仙之助は、養子というえさに釣られて働かされる下男のような状態だった。
しかし、仙之助はその立場にがまんした。将来、当主が隠居するか死亡するかすれば、自分はあとをついで武士になれ、藩に奉公できるのだ。その期待がすべてに優先した。といって、養父の死を夢想したりなどしなかった。そんなことを考えるのは、武士の道にはずれている。
武士とはそういう社会なのだ。
やがて、その養父が死んだ。病死ではなかった。酒に酔ったあげく、同じ藩の若い武士にしつっこくからみ、切り殺されたのだった。普通ならじっとがまんするところだが、その武士は若さのため逆上し、かっとなって凶行におよんだ。そして、その武士は結婚したばかりの妻を
残し、その場から藩外に逃亡してしまった。
いずれにせよ、養父は死んだのだ。十七歳になっていた仙之助は、家督相続を願い出た。しかし、お城のその担当の家老は言った。
「すぐに相続させることはできぬ。かたきを討ってこい」
「しかし、相手にもそれなりの理由があり、わたしの養父にも悪い点があったのでしょう。聞くところによると、逃亡した武士の家は断絶だとか。二度とここへ戻ってこれない。その妻は実家におあずけとなり、あとの人生を人目をさけながらの、あわれな幽閉の形ですごさねばな
らない。このうえ本人を殺すまでもないと思いますが」
仙之助には、養父を殺されたうらみの実感がなかった。養子にしてもらった恩は、これまで下男同様に働いたことで返した気分になっている。しかし、家老は首を振った。
「おまえは大変な考えちがいをしている。武士にあるまじきことだ。これは理屈や人情でどうこうなることではないのだ。逃亡した武士がけしからんのは、おまえの父を殺したからではない。勝手に藩から逃走した点だ。世の中はずっと平穏だが、藩の本質はあくまで戦闘集団なの
だ。そこから無断で脱走した。この軍規違反を許しておくことはできない。あくまで追いつめ、断罪しなければならぬのだ」
「そういうものかもしれませんね」
「しかし、藩士を動員してそれをやるわけにはいかない。むれをなして動かれては、幕府も他藩も不安を持つからな。だからこそ、かたき討ちが慣習化されているのだ。脱走者を処罰する責任者は殺された者の相続者ということにもなっている。うらみに燃え、最も適任者だからだ
。おまえがいま、どう思っているかは別問題。かたきを討ってこなければならぬのだ。すなわち君命である。それがすむまで相続は許されない」
「わかりました。これがわたしの藩に対する最初のおつとめと思い、必ずやりとげます」
「よし。そうでなくてはいかん。さあ、これが旅費だ」
まとまった金をもらい、みなから盛大な激励を受け、仙之助は出発した。いい気分だった。十七歳の彼にとって、不可能など考えられなかった。すぐ家をついだら、気ままな旅行はできなくなる。ちょうどいい機会だという気さえした。
かたきは西へ逃げたらしいとのうわさで、仙之助も西国方面へむかった。酒ぐせの悪い養父が死んだ自由の味わい、ふところの金、若さ、はじめて見る他国の風景。なにもかも楽しかった。しかし、それがつづくものではない。金がとぼしくなりかける寸前に、かたきを討ちとる
ことができれば理想的なのだが、そううまくはいってくれない。かたきのゆくえは、まったくわからない。
やがては|乞食《こじき》におちぶれるのかと、仙之助は心配した。しかし、刀を差していては乞食になれず、刀を捨てては、かたきをみつけても討てない。そこで、行商をやることにした。薬草や婦人の化粧用品など、かさばらない高価に売れるものを仕入れ、それを持って旅
をした。
武士としての学問をしてきたので、最初のうちは内心の抵抗もあった。しかし、背に腹はかえられず、やってみるとなんとかなった。あどけなさの残る若さ、それに、みにくい|容《よう》|貌《ぼう》でもない。かたき討ちの旅だというと、女たちは同情して買ってくれた。そ
の地方の方言でおせじのひとつも言うと、さらに売上げのふえることも知った。一カ所にいついたら周囲の男から嫉妬もされようが、そうではないのだから、まあまあの商売だった。
もし自分が若くなく、ぶきりょうで、武骨さだけがとりえの男だったら、どうだったろう。そんな人物は、かたきを求めての旅を、どうやってしているのだろう。そんな想像はしないことにした。したって、なんの役にも立たない。いまは生きることが先決だ。
五年ほど西国をまわったが、かたきを見つけることはできなかった。精神の緊張のしつづけで、仙之助の目つきは鋭くなり、表情からあどけなさが消えた。それをおぎなうため、商売の時は、おせじに一段とくふうをこらさなければならなかった。こうなるものと予想できたら、
学問なんかより商売のやり方を学んでいたのに。
歯の浮くようなおせじをしゃべり、お客の同情心を巧妙にかき立てて商売をしながら、かたきをさがしつづける。そういう毎日が、仙之助の心を変えていった。これでいいのだと。彼は東海道をまわり、江戸へ入った。そして、かたきについてなにか情報はないものかと、藩の江
戸屋敷にあいさつに行く。
「現在かたきを追跡中です。わたしは健在であると、中間報告かたがたお寄りしました。かたきに関して、なにかうわさをご存知ありませんか」
応対に出た江戸づめの家臣は渋い顔をした。
「なにもないな。国もとの藩内にあらわれたらすぐつかまえるようにはなっているが、やつもそんなばかなまねはしないだろう。いいか、そもそも、これはおまえの使命なのだぞ。助力を求めたりするな。なしとげるまで中間報告などしなくていい」
「申し訳ありません。で、話はべつですが、精力のつく薬草はいかがでしょう。また、おじょうさまの化粧品は……」
「こんなとこで店開きをするな。困ったやつだ。少ないがこの金をやる。早くかたきを討ってこい。さあ、さあ……」
追い出されてしまった。まだ家督をついでいないので、藩士としての待遇を受けられない。しゃくし定規のあつかいだった。
仙之助は一年ほど江戸の裏長屋で暮した。江戸は人口が多いだけに、なんとか食うことはできた。彼は金のある後家さんの用心棒兼情夫といったものになり、食いぶちを確保した。武士にあるまじきことだが、かたき討ちという大望の前には、方便として許されていいことだろう
。いいも悪いもない。ほかにどんな方法で生きてゆけというのだ。
ひまをみて江戸中を歩きまわったが、かたきにはめぐりあえなかった。動くより一カ所で待つほうがいいかもしれぬと、易学の本を買い、易者の店を出した。よく当るというより、おせじがうまいとの評判で、いくらかのお客がついた。しかし、かたきが前を通ってはくれなかっ
た。彼は時どき、こんな中途半端なことで一生を終るのかと、いてもたってもいられなくなる。
仙之助はまた旅に出た。東北をまわり、さらに関西へ出かけ、くまなく歩いた。怪しげな占いをやり、的中しているあいだはそこに腰をすえて、おどし半分いいかげんな薬を売り、ぼろが出はじめると、とたんに姿を消して次の地に移る。詐欺すれすれだが、これも大望のためと
自己をなっとくさせた。藩を出てから十年以上の年月がたち、彼も三十歳に近かった。
街道や城下町で、まともな武士を見ると、わが身の不運を痛切に感じる。あんなことさえなければ、いまごろは妻帯し、のんきなお城づとめをやっていられたのに。一日も早く、そうならなければならない。本懐をとげ帰国する日のことだけを夢みながら、彼は旅をつづけた。
仙之助が関八州をしらみつぶしに調べようと歩きまわっている時、声をかけられた。
「もし、お武家さま。失礼ながら、ご浪人とお見うけしますが……」
ふりかえると、そいつは土地のやくざらしい。仙之助は旅で苦労しており、応対にもなれていた。
「必ずしも浪人ではないが、大差ない。で、なにかご用か」
「お急ぎの旅でなければ、腕をお借りしたい。宿舎、食事、お礼、すべて保証します」
「ははあ、出入りの助太刀だな」
「これはお察しがいい。さようで……」
「金になることなら、なんでもするぜ」
「では、こちらへ……」
案内されて親分の家に行くと、やはりやとわれたらしい年配の浪人者が、酒を飲んでいた。仙之助に声をかける。
「まあ、一杯いこう。浪人どうしで……」
「必ずしも浪人ではないが……」
「ははあ、わかった。かたき討ちだな。つまらんことを聞くようだが、届けはしてあるのだろうな」
「知らないぞ。なんのことだ。かたきを討ちさえすれば、いいのではないのか」
「自分の姓名、殺された者との続柄、かたきの姓名。それらを幕府に届け出ておかなければならない。まあ、藩からその手続きがなされているとは思うが、念のためということもある。この近くに代官所がある。重複になるかもしれないが、やっておいたほうがいいぞ。それは代官
所から勘定奉行経由で幕府にとどく。届けは二通作ったほうがいい。一通は提出用、一通は同文のものを受理したとの証明をつけてかえしてもらうのだ。書式はこうだ」
浪人者はふところから大事そうに出して見せた。
「あなたも同様でしたか。いろいろとご教示かたじけない。さっそくその手続きをしてきましょう。酒はそれからにします」
仙之助はそれをやり、代官所から戻ってきて浪人者にあらためて聞く。
「あの手続きをしてないと、どうなるのですか」
「かたきを討っても、ただの人殺しあつかいされ、処刑されかねない。藩に問い合せてくれ、その事実がはっきりすれば釈放となるが、面倒くさがる役人も多いしね。幕府への届けが登録されているかどうかを調べるだけで、やめてしまう。処刑の時間かせぎに、かたき討ちだと犯
罪者がそれぞれ申し立てたら、きりがない。いつだったか、気の毒なのを見たぜ。かたきを討ったはいいが、藩から幕府へ届けの手続きがなされていなかった。そのため、罪人にされ首をはねられた。なんともなぐさめる言葉がないね。念のためと言ったのは、その心配さ。かりに
藩がなまけてた場合、あんたが今までかたきにめぐりあわなかったのは、大変な幸運ということになるわけだ」
それを聞き、あまりのことに仙之助は恐怖でふるえた。信じがたいことである。
「なんということ。しかし、藩が手続きをなまけるなど、ほんの例外なのでは……」
「さあ、どうかな。あまりにその届けが多いと、藩内の取締り不行きとどき、あるいはお家騒動の芽がある。そんな印象を幕府に与えることになるぜ。江戸づめの家老は、適当に調節したくなるんじゃないかな。それに、かたき討ちなんて成功しないものと思いこんでいる。成功す
るのは、百人に一人あるかないかだものな」
「しかし、脱走藩士を討つのは主君のためであり、子が親のあだを討つのは孝のあらわれでしょう。わたしはそのために、今日まであらゆる屈辱をしのんで……」
久しぶりにありついた酒の酔いもあり、仙之助はこれまでの苦心を話した。だれかに聞いてもらいたい気分だった。浪人者はうなずきをくりかえし、そのあとで言う。
「なんと運のいい人。あんたは若く才能があり、要領よくやってきたな。普通はそんなものじゃない。意気高らかに藩を出るが、たちまち金はなくなり、刀を売り、乞食に落ちぶれる。乞食に徹底できればいいが、変に誇りがあるから、食にありつけない。畑荒しで食いつなぐ。そ
のあげく、のたれ死にだ。金もうけだけだって容易でないのに、かたきを追うのだから、うまくゆくわけがない。二兎を追う者は一兎も得ずだな。藩も親類も、そうそう金はくれないしな。逃げるかたきのほうも必死だから、金銭の援助をつづけたらきりがない。いいかげんで打ち
切り、ていのいい見殺しさ」
「ああ、あんまりだ」
「そう、ひでえもんさ。親を殺されただけでも被害者なのに、そのうえ自分までのたれ死にと、二重の被害を受ける。こんな残酷な人生はないだろうさ」
「しかし、だれもこれが自分の使命と信じて、必死にかたきを追いつづけているわけでしょう」
「だから、なお悲惨さ。忠孝の美名のもとに、そんな人生にあまんじている。裏で喜んでいるのは藩の上層部。かたきと、それを討つほうと、二つの家が断絶になるんだからな。かたきも、殺されたほうも、どうせくだらん人物の家柄さ。短慮と不覚という点でね。人べらしになり
、支給する禄が浮く。藩の財政がそれだけ楽になるし、新しく優秀な人材を召抱えることもできるしな」
「ひどすぎる。信じられない」
「こんなことで腹を立てるんじゃ、あんたも甘いよ。おれはこの方面について、けっこうくわしいんだ。はなばなしい成功の話だけが伝えられてるから、みなその幻にとりつかれてるが、うまくいった実例はほとんどないぜ」
「ううん……」
仙之助は反論できなかった。自分の立っている地面が崩れてゆく思いがした。その二日後、やくざたちの出入りがあった。やとわれた義理で、彼と浪人者は手助けをした。その日の仙之助の働きはすごかった。浪人者から聞かされた話の衝撃で、なかばやけになっていたためでも
ある。
その働きをみとめられ、いつまでもご滞在くださいということになった。浪人者と酒を飲んで日をすごし、たまに出入りの手伝いをすればいい。正式に武芸を習ったおかげで、やくざに負けることはなかった。また、真剣で人とわたりあう練習にもなった。
いごこちがいいなかで、何年かがたった。そのうち、相棒の浪人者が病気になり、寝床のなかから仙之助に言った。
「おれはもうだめらしい。しかし、のたれ死にすることなく、これまで生きてこられた」
「あなた、口では投げやりなことを言っていたが、内心では本懐をとげられず、残念なのではありませんか。もし故郷の親類に伝えたいことがあったら、わたしがやってあげますよ」
「あんたは、まだまだ甘いぜ。おれは今まで、だましてきた。じつは、おれはかたきのほうだった。逃げ方を研究したあげく、最もいい手段を思いついた。うわさを流し、討つ側をおびき寄せ、やみ討ちにし、相手の書類をとりあげてしまう。それをやってのけた。書類を持ってい
たのは、そのためさ。それに、他人に見せると、ていさいもいいしな」
「あなたは悪人だ」
「かたきとしてねらわれる者は、みな悪人さ。しかも、身の安全のために、卑怯だろうがなんだろうが、必死で知恵をしぼる。どうせ藩に戻れるものじゃなし、生きることが唯一だ。おれの想像だが、本懐をとげた例より、かえり討ちにされた例のほうが、何倍にもなるんじゃない
かな。そんな話は伝わらないから、だれも知らないだけのことさ」
「まるで救いがない」
「おれの体験による、あんたへの忠告だ。いつ、やみ討ちにあうかわからんよ。一方、討つほうは、卑怯な手段でやったのでは、帰参がかなわない。どうみても損だよ」
浪人者は言うだけ言って死んでしまった。仙之助の性格は、さらにすさんだものとなった。殺される不安におののかなくてはならぬのは、かたきより自分のほうだとは。これでは、理屈もなにもあったものじゃない。
彼は江戸へ戻り、よからぬ一味に入った。ばくち場の用心棒をやったり、金の取立てをうけおったり、|恐喝《きょうかつ》同様のことまでやるようになった。かたきを討つ身というのが他人への弁解、自分の良心はなきにひとしかった。金が手に入ると、ばくちや酒色に使う。
ある日の夕方、ばくちの負けがこんで金がなくなり、仙之助はついに強盗をおこなった。ある商店が、現金を定期的に運ぶことを彼は知っていた。それを道ばたで待ちかまえていて、不意におそった。商人は金をほうり出して逃げ、供をしていた男は、こざかしくも短刀を抜いて
むかってきた。護衛にやとわれた男だろう。仙之助は切りつけたが、相手はしぶとく抵抗してくる。
そのうち、だれかが知らせたのか、呼子が鳴り、町奉行の配下の者たちがかけつけてきた。こう人数が多くては、どうしようもない。これでわが人生もおしまいか。仙之助はなわをかけられた。与力は傷ついている男に言う。
「まちがいないだろうが、おまえに切りつけてきたのは、たしかにこいつか」
灯が近づけられた。その明るさで相手の顔を見た仙之助は、思わず叫ぶ。
「こいつだ、こいつにちがいない」
与力は制止する。
「きさまは、だまっとれ。ふとどき者め」
「いえ、そうじゃないのです。こいつこそ、わが父のかたき。二十年にわたり、さがし求めつづけた相手。いま、やっとめぐりあえ……」
仙之助に言われ、与力は男をふりかえる。青ざめ、返答はしどろもどろ。さっき逃げた商人を呼びかえして聞くと、やとった時期が一致している。仙之助は届けてある書類の控えを見せる。条件はすべてそろった。与力は仙之助のなわをほどいて言う。
「かたき討ちとは知らず、まことに失礼いたした。さあ、この場で本懐をとげられよ」