饭饭TXT > 海外名作 > 《殿さまの日(日文版)》作者:[日]星新一【完结】 > 《殿さまの日(日版)》作者:[日]星新一.txt

第 3 页

作者:日-星新一 当前章节:15451 字 更新时间:2026-6-16 01:47

は、わたしの心の動きを見とおしているようだな。

 ひと休みし、つぎは|槍術《そうじゅつ》。剣術と一日おきの日課で、きょうは槍術の日。さきを布で包んだ稽古|槍《やり》で、指南番を相手におこなう。静と動とのちがいはあるが、弓術と同じく、心のゆるみが最も自戒すべき点。つけこまれるのは、すきがあるからだ。そ

れを防ぐには、相手の動きを一瞬のゆるみなく注視しつづけなければならない。やさしいようだが、これがひどくむずかしい。相手の全体に目をむければ、部分への注意がおろそかになり、部分に気をとられると、全体がおろそかになる。その双方に、かたよらない視線をむけつづ

けなければならない。そして、相手の動きの不調和を発見したら、ただちに攻撃に移らなければならない。その時にためらったら、それはこっちのすきとなる。

 殿さまは幼時からずっとつづけている。家臣の子供なら、最初は面白半分に棒をふりまわすことからはじめるところだ。しかし、殿さまは一流の指南番に、基本から教えこまれた。だから、それだけのちがいはある。はじめて指南番以外の家臣と立ち合った時、殿さまはそれを知

った。教えこまれた通りにやり、勝つことができた。むなしさはなく、当然のことという感じがした。

 江戸城へ登城する時、大広間で顔をあわせる他藩の大名たち。そのなかにすきだらけの者がいる。おそらく病弱のため、武術の稽古をしていないのだろう。かんがにぶく、威厳に不足している。精神的な|贅《ぜい》|肉《にく》がつきすぎている感じ。気の毒なものだなと思っ

たものだ。しかし、殿さまは武術を習いつづけるうち、他人をそのような目で見るのは、こちらのすきでもあると気づいた。優越感こそ、最大のすきであり、弱点である。そこで、そのような心を押えるようにつとめ、意識せずにそれができるようになった時、剣術の指南番にはじ

めてほめられた。このところ、一段とご上達なさいましたと。殿さまのほうも、その時はじめて目の前が開けたような気になった。

 殿さまはひと休みする。さほど汗もかいていない。寒いせいもあるが、殿さまとは汗をかかないものなのだ。むやみとお茶を飲まないせいだろう。小姓がやってきて言う。雪がとけており、馬場の状態が悪いようでございます。きょうは乗馬をおやめになったほうがよろしいかと

存じます。殿さまはうなずく。むりに押しきってやるものではない。むりにやって無事であれば、小姓が恥をかくことになる。むりにやって馬が倒れでもすれば、小姓の責任問題となる。

 それならば、きょうは木刀の素振りをしたほうがいいようだな、と殿さまは言う。それをはじめる。参勤交代の道中を除いて、国もとでも江戸屋敷でも、毎日かかさず武術の稽古をするのが原則だ。したがって、指南番をべつとすれば、藩のなかで最もすぐれた使い手といってい

い。手合せをしなくても、はたの者にはそれがわかる。

 この泰平の世に、武術を現実に使う場合など、まず考えられない。殿さまが刀で切りむすぶことは、ありえない。武術もまた、お飾りのようなものだ。しかし、それが品格を作り、よそおいでない威厳を作る。さっきの城代家老も、武術の稽古をおこたっていない。異例の昇進と

いっていいほどなのだが、だれも成り上り者とのかげ口をきかず、その威厳に対して心服している。お飾りがあればこそだ。

 殿さまは木刀を振りつづける。振りおろす時に木刀の先から、目に見えぬしずくのごときものが飛び散る。心のなかの、もやもやしたものの残り、それが出てゆくのだ。借金のことも、隠密のことも、商人のことも、つぎつぎに抜け出してゆく。鎌で雑草を刈り取る行為のような

ものだともいえる。いかに刈り取っても心のもやもやは、夕方になれば、あしたになれば、また育ってくるだろう。生きていて心という土壌のある限り、それはやむをえないことなのだ。しかし、一日に一回は刈り取るべきものだろう。雑草を茂るにまかせておいたら、そこは陰湿

な場所となり、よからぬ昆虫や生物のすみかとなる。

 それを終え、殿さまはこころよい疲れを感じる。一日中ほとんどからだを動かさない、正座しつづけの生活。それに不足しているものが、ここでみたされるのだ。身心ともにすっきりする。

 座敷へもどると、小姓たちが稽古着をきかえさせてくれる。手を洗い、タバコを一服する。この時の一服だけは、やはりうまいようだなという気分にさせてくれる。さすがにのどがかわき、お茶を飲みたいという。毒見役の点検をへたぬるいお茶が運ばれてきて、殿さまはそれを

飲む。

 そのあと、殿さまは読書をする。机にむかい、本を開く。このところ唐詩の本を愛読しているのだ。べつに読んだからといって、藩主としての心がまえや藩政に役立つものでもない。しかし、あまった時間を埋めるには読書がいいのだ。唐詩なら低俗でなく、殿さまが読んでふさ

わしからざる本ではない。

 何回も読みかえしたので、書いてあることはほとんどおぼえこんでしまっている。しかし、目で文字を読むと、好ましい印象が新鮮さをともなって迫ってくる。この簡潔さがいい。殿さまはかつて和歌を学んだし、自分でも作れるのだが、最近は詩のほうによさを感じている。和

歌は感情を表現しなければならない。だが、藩主たるものは、できるだけ感情をあらわさない生活。そんなところに原因があるのかもしれない。詩のなかでは、李白の作がいい。

越王勾践破呉帰 (|越《えつ》|王《おう》|勾《こう》|践《せん》呉を破りて帰る)

義士還家尽錦衣 (義士家に|還《かえ》りて|尽《ことごと》く|錦《きん》|衣《い》す)

宮女如花満春殿 (宮女花の|如《ごと》く春殿に満ちしが)

只今惟有鷓鴣飛 (|只《ただ》|今《いま》|惟《た》だ|鷓《しゃ》|鴣《こ》の飛ぶあり)

 直接に情緒を描写せず、よくこれだけ簡潔にまとめたものだ。越王が会稽山にこもり、|臥薪嘗胆《がしんしょうたん》、ついに呉を破って|凱《がい》|旋《せん》した。武士たちは|錦《にしき》を着け、宮殿ははなやかさをとりもどした。そして、最後の一句がいい。だけ

どそれはむかしのはなし、いまは城跡に山鳩が舞う、といった意味。意外性を示しながら、前の三句を否定するわけでなく、一段と印象を高めている。感情を示す字をひとつも使ってないのに、なにかがぐっとくる。

 城。この城ができたころは、どんなだったのであろうか。戦いがおこなわれたのだろうな。勝ったのだろうか、負けたのだろうか。たくさんの血が流れ、命も失われたのだろうな。しかし、家臣たちはそのむかしのことは少しも考えず、藩政の事務を毎日くりかえしている。

 殿さまは天守閣にのぼってみようかなと思うが、思いとどまる。小姓に言い、天守閣の係に連絡し、用意をととのえてからでなければできないのだ。思いたったことをすぐやろうとすると、みなに迷惑がおよぶ。

 五時ごろになる。夕食の時間。また食事の間へと行く。魚の焼いたもの、そのほか例によって変りばえしない料理だ。食事が終りかけると、給仕の小姓が、お酒になさいますか、甘いものになさいますかと聞く。甘いものとは干し|柿《がき》のことだが、それはきのう食べた。

きょうは酒にしよう、と殿さまは言う。

 やがて、おちょうしがひとつ運ばれてくる。毒見役が杯でひとくち飲む。殿さまはそれをながめて、あいつは甘党だったなと思う。酒の毒見には、そのほうがいいのだろう。酒好きだったら、ものたりなくて、帰宅してから大いに飲みなおすかもしれない。

 おちょうしひとつの、ぬるい酒を殿さまは飲む。酔えるほどの量ではないが、いくらかからだがあたたまってくる。だが、これ以上は飲むわけにいかないのだ。殿さまのからだは藩のものでもある。個人的な欲望で、酒のために健康を害してはいけないのだ。食事のあとタバコを

何服か吸うと、かすかな酔いもどこかへ消えていってしまう。

 しばらくすると、小姓がやってきて、藩校の先生がみえましたと報告する。食後に二時間ほど勉強するのが日課となっている。そのための座敷にゆく。四十歳ぐらいのその先生は、平伏して迎える。殿さまはいつものように机をあいだにむかいあってすわる。これは家老のひとり

の兄に当る男。本来なら、この男がその家をつぎ、藩の役職についているべきところだ。しかし、子供の時にあばれて左手を折り、手当てが悪かったためか、自由に動かせなくなった。これでは武士としていざという時にお役に立たぬと、相続を弟にゆずり、本人は勉学の道をここ

ろざした。藩もいくらか金を出し、江戸で学んで戻ってからは藩校の先生になっている。

 きょうも今昔物語のなかから選んでお話し申しあげることにいたしましょう、と先生は書物をひろげて言う。むかし、ある男があった。外出さきにて、ふとしたことから盗賊の計画をぬすみ聞きしてしまう。なんと、その目標にされているのは、自分の屋敷であった。

 殿さまはうなずきながら聞く。四歳の正月に素読をはじめて以来、ずいぶんさまざまな勉強をしてきた。休んだ日はほとんどない。論語など、何回読まされたことか。最初のうちは字をおぼえるのだけでせい一杯だった。つぎには意味を知るのにせい一杯だった。文の解釈につい

て、何度も聞きかえしたものだ。それがずっとつづき、わたしは世の中で学問といえば、儒学だけかと思いこんでいた。江戸屋敷ではいろいろな学者を呼ぶことができた。そのうち、先生によって話すことにちがいがあるのに気づいた。儒学の理想に重点をおくのと、実践のほうに

重点をおくのとの差だった。同じ儒学でも各種あるらしいと知った。そのうち、初歩の軍学を習いはじめたりし、儒学とはまるで別な学問のあることを知った。

 習字もやらされたし、和歌もやらされた。万一の場合には、辞世をしたためなければならないからだと言われた。いい気分ではなかったが、あまりにへたくそな字で、へたくそな辞世を作ったのでは、お家の恥となる。たしかにこれは重要なことだ。笑いものになりたくないとの

意地で、書と和歌とに熱中したこともあった。そのほか、神道だの、仏教だの、禅だの、さらには茶道だの、あれこれと学ばされたものだ。いつ、どんな時に恥をかくかもしれないからだという。それは個人の恥ばかりでなく、藩の恥にもなる。

 しかし、亡父のあとをついで藩主となってからは、むきになって学ぶ気もしなくなった。ここでも江戸でも、学者の話をきき、わからぬ点を質問し、いちおう理解するだけ。世の中にはさまざまな知識や考え方があるということを、知る程度にしている。ひとつの学問に熱中しつ

づける藩主もあるようだが、危険なことではないだろうか。藩主がそうなると、家臣たちもそれにならう。なにかの際に、それで身動きがとれなくなりかねない。お家の安泰のためにはならないのではなかろうか。

 いやいや、わたしはさまざまな変った考え方を知ることに、興味をおぼえているのだ。ただひとつの楽しみ。わたしに許された楽しみは、これ以外にないのだ。しかし、最近は年齢のせいか、あまりに理屈っぽく抽象的なのは苦手になってきた。そのようなわたしの内心を、この

先生はそれとなく察してくれているのか、このところ今昔物語の話をしてくれている。

 その盗賊の相談を耳にした男のことでございますが、逮捕するため役所に訴えたかと申しますと、さにあらず。妻子をよそへ泊りにやり、召使いに命じて、家財のすべてを近所の家に移し、自分もまた外出した。つまり、家をからっぽにしてその日を待った。

 殿さま、またうなずく。大声で感心したり、笑ったりする習慣は身についていない。しかし、面白い話だな。そういう作戦もあるとは。これをおぼえておいて、江戸城の大広間での退屈な時間に、他の藩主に話してみるか。おそらく知らないにちがいない。いや、やめておいたほ

うがいいだろうな。相手が知らなければ、恥をかかせることにもなるし、知っていたら、とりたてて話したわたしが恥をかく。大声で話すと礼儀をわきまえぬことになるし、小声でささやいたら幕府の役人に怪しまれかねない。話題は時候のあいさつにとどめておくほうがいいのだ

 その今昔物語の話が、さらに面白く発展しかけた時、小姓がやってきて言う。申しあげます。江戸屋敷の者がただいま帰国いたしましたので、そのことをお伝え下さいとのことでございます。

 殿さまは先生に、というしだいですので、そのつづきはあすにでもと言い、席を立つ。面白くなりかけたところで先が気になるが、江戸屋敷の者が帰ったとなると、早く報告を聞きたい。なにか変事が起ったのでなければいいが。いつもその不安を感じてしまう。それを表情にあ

らわすことはないが。

 殿さまは表御殿へと行く。公的な報告を奥御殿で聞いてはけじめがつかないのだ。藩政についてはすべて順をふみ、担当の責任者か家老を通じて報告を受けることになっている。しかし、江戸屋敷からの定期的な報告は、特例となっている。江戸には江戸家老がおり、その代理で

ある使いなのだから、直接に報告を聞いても、けじめが乱れるわけではない。もっとも、決裁を要する事項は、城代家老を通じてということになっている。

 表御殿の広間へ出ると、江戸からの使いは旅姿のまま平伏して待っている。そして、言う。途中でもう一泊しようかと思いましたが、国もとが近づくとつい足が早くなり、このような時刻に到着してしまいました。お休みのところを申しわけございません。殿さまは言う。いや、

いっこうにかまわぬ。少しでも早く知りたい。で、江戸でなにか変ったことが起ったのか。

 いえ、すべて無事にはこんでおります。使いのその報告で、殿さまはほっとする。これを聞くために生きているようなものだ。国もとにいる時は江戸のことが気になり、江戸屋敷にいる時は国もとのことが気になる。無事という言葉を聞くと、表情には出せないが、からだのなか

を快いものの流れてゆくのを感じる。もっとも、いまこの瞬間にも江戸でなにかが起っているということもありうるわけだが、それを思い悩むのはもう少したってからだ。

 幕府からとくに警戒されてはいないとの報告。それでいいのだ。なにしろ、注目されるのはよくない。警戒されるのがよくないのはもちろんだが、変に信頼されるのも不安なものだ。信頼されると、あとでやっかいなことを申しつけられかねないからだ。なるべく目立たないよう

にするのが上策。名君とはその術を心得ている者のこと。わたしもそうといえそうだな。

 商人からの借金は、すべてうまく返済くりのべに成功したという。それもまたよしだ。江戸の者たちはよくやっているようだな、と殿さまは言う。

 使いの者はつけ加えた。昨年の台風は西のほうの国を襲ったようでございます。そのため米が値上りいたしました。おかげで当藩の米が高く売れたのでございます。さようか、と殿さまはうなずく。西国の藩は気の毒だが、おかげでこっちは一息つける。しかし、こっちが冷害に

襲われたら、それが逆になる。天候とは残酷であり公平なものだな。藩の収入はすべて米であり、財政のためにはそれを売って金にかえなければならない。豊作が望ましいのだが、どの藩も豊作となると米の価格が下り、つまらないことになる。いまみたいなのが最もいい。祖先の

霊の守護のおかげだろうか。すべて無事との公的な報告がすみ、殿さまは、そのほか江戸で評判のことはなにかないかと言う。

 さようでございますな、と使いは言う。江戸づめの者たちは、他藩の同役の者たちとたえず会合し、さまざまな情報を仕入れてくる。使いの者は、猿を飼うことに熱をあげている藩主の話をする。江戸での退屈をなぐさめようと、だれかが猿をさしあげたら、それ以来やみつきに

なった。下屋敷に何匹も猿を飼い、町人たちに命じて持ってこさせつづけている。その藩の江戸づめの者たちは心配し、相談しあっているが、幕府がこのようなことに対しどのような意向なのかわからず、みなはなはだしく困っている。

 そのようなことがあるかもしれぬな、と殿さまは思う。内心で笑う気にもなれぬ。なんとなく同情したくなる点もある。病弱で武術の稽古をあまりやらぬ藩主かもしれぬ。もやもやしたものを発散させる対象がないのだ。直接に藩政に接することのできる国もとならまだしも、人

質意識を感じる江戸で時間をもてあましたら、妙な方向にそれが流れ出しかねない。

 それにしても、猿に熱をあげるとは、あまり例のない話だな。そこの家臣たちは、さぞ困っていることだろう。できうれば、やめていただきたいという気分だろうな。しかし、それがいいのかどうか。むりにやめさせれば、なにかべつなことに熱中があらわれるだろう。もっと金

のかかることに手を出すかもしれない。神道の一派の変なまじない師に熱中するかもしれない。それらをもさまたげたら、乱心となってあらわれ、もっと危険な結果になるかもしれない。藩主の乱心の話は、時たま耳にする。

 猿とはな。幕府の役人としても、前例がなく意向を示しにくいところだろうな。公儀をはばからざる行為ともいいにくい。危険性のあることでもない。どうきめるだろう。しばらくようすを見るだけだろうな。役人とはそういうものなのだ。そのうち、江戸の話題となるかもしれ

ない。猿殿さまという呼称がささやかれるかもしれない。それに親しみの感情がこもっているか、|嘲笑《ちょうしょう》の念がこもっているか、そこが判定の分れ目だろうな。嘲笑のほうだと、幕府としてもほうっておかないほうがいいとなり、江戸づめの者にそれとなく注意が

なされる。隠居ということになるのだろうな。それをめぐって、お家騒動が首をもちあげるかもしれない。

 しかし、表面化することなく、おさまることだろう。表面化すれば、おとりつぶしにはならないまでも、ろくなことはない。担当の幕府の役人だって、在職中におとりつぶしを出し、そこの藩士たちを浪人にさせては、いい気分ではあるまい。つねにもてなしを受けてもいる。そ

んなことで、すべてうやむやのうちに運んでしまうことだろう。いつも派手なお家騒動を期待している江戸の町民たちは、がっかりするだろうが。町民たちは、殿さまの生活をうらやましがっているのではなかろうか。だからお家騒動を期待しているのだろう。現実は少しもうらや

むべき生活ではないのに。わたしに町人のことがわからないごとく、彼らには藩主の生活がわからないのだ。

 しかし、たまにはお家騒動じみた事件があるのも、悪くないことだ。家臣たちが一つの問題をめぐって心配し、あれこれ論じあう。対立はあれど、同じ運命につながっているのだとの意識を新たにする。生活が楽でないとの不満も、禄を失うよりはるかにいいと、あらためて知る

。金を貸している商人たちは、お家がつぶれたらもともこもないと青くなる。一段落したあとは、藩内に活気がとりもどせるのだ。

 そこへいくとわたしなど、平穏すぎていかんのかもしれぬな。お家騒動の芽もないし、わたしは奇妙な振舞いをしようとも思わない。情けないというべきか、これでいいというべきか。いやいや、そんな仮定のことを考えるべきではない。現在が安泰であるよう心がけていればい

いのだ。それをつみ重ねてゆくのが、最も無難な方法。

 最後に江戸からの使いは言う。奥むきのことをここで申しあげるのはいかがかと存じますが、ご正室さま、若君さま、すべてお元気に日をすごしておいででございます。若君さまは昨年おめみえをすませられて以来、一段とごりっぱになられました。

 殿さまはまた奥御殿にもどり、タバコを一服する。江戸ですべてが無事と知り、からだじゅうに安心感がひろがってゆく。タバコの味さえわからない。味のわからないのがいいのだ。タバコのうまさだけが唯一の救いというのは、決していい状態ではない。

 殿さまは江戸の家族のことを思い出す。母上はだいぶとしをとられたが、健在でいらっしゃる。できるだけ長生きをしていただきたいものだ。妻はわたしより五歳の年長だから、ことし四十歳ということになる。結婚して一年間ほどわたしは妻と会話をかわすだけだったが、やが

て寝床をともにし、妻は妊娠をした。だが、喜ぶわけにもいかなかった。つわりが激しく、あまりの激しさにみなは驚きあわて、医者を呼んで子をおろした。妻に万一のことがあっては、実家に対して申し訳のないことになる。子供は側室によって作ることができるが、正室はかけ

がえない。

 そして、妻はこしいれの時に連れてきた侍女のひとりを、わたしの側室に推薦した。その側室とのあいだに男子がうまれたが、生後一年ほどしてかぜのために死亡した。その時、妻はなげき悲しんだものだった。大声で泣くといったはしたないことはしなかったが、沈みがちの日

々だった。わが子を失った妻の悲しみは、充分に察することができた。

 そんなこともあって、わたしはあとつぎのことを気にし、この国もとに側室を作った。当時、|二十歳《は た ち》前の女で、家臣の娘。それとのあいだに、まもなく男子がうまれた。三歳に成長し、旅にたえられるようになってから、参勤交代の時にわたしは江戸へ連れてい

った。江戸屋敷の妻は大喜びし、迎えてくれた。あたしの子ね、ほんとにあたしの子なのね、と。その通りだ。そなたの夫であるわたしの子は、そなたの子にほかならない。

 妻は息子をずっとかわいがってくれたし、息子もまた妻をしたっている。わたしが母上に対してそうであったのと同様に。さいわいすこやかに育ち、昨年、将軍におめみえをし、相続者としての登録をすませた形になった。年齢的には少し早すぎるが、相続者を早くきめておいた

ほうが安心できるからだ。

 といって、父が死んでからそれまでのあいだ、わたしの相続の準備が空白となっていたわけではなかった。あとつぎがないとおとりつぶしというきまりが存在するからには、藩として一日たりとも落ち着いてはいられない。かりにわたしが落馬して死亡したら、藩そのものがそれ

で終りとなる。

 そのため、母上の|甥《おい》に当るしっかりした若者をひとり、養子の候補者として用意しておいた。つまり、母上の実家である譜代大名の三男という人物だ。万一わたしが死亡した場合、国もとであれば|早飛脚《はやびきゃく》で江戸屋敷に連絡する。江戸屋敷で死亡した

場合は、数日間それをかくす。そのあいだに養子の手続きをとり、将軍へのおめみえをすませ、しかるのちにわたしの死をおおやけにするというわけだ。江戸づめの者は、関係者へのつけとどけをおこたらず、いつでもそれに対応できる態勢をとっていたのだ。

 しかし、息子がおめみえをすませた今は、いちおうその不安が解消されている。やはり、わが子に相続させたほうが、周囲もうまくゆく。それにしても、養子の候補者として待機していた形だったあの男、どんな気分でいたのだろうか。その期間中にわたしが死亡していたら、藩

主としてここへ来ることになっていたはずだ。しかし、これであの男は、また譜代大名の三男という運命の道へ戻り、ずっと部屋住みの人生を送ることになる。機会を失い、どんな心境だろう。べつに心境なんてものもないだろうな。ほっとしてるというところではないだろうか。

心がまえもできてないのに、事情も知らぬ藩の主にすえられ、一日中ひとに見張られて生活するより、部屋住みのほうがいいにきまっている。もっとも、この藩主になったとしても、一時的なお飾り、藩政は家老たちにすべてをまかせ、わたしの息子のおめみえを待って相続させ隠

居するという申しあわせになっていた。

 なお、江戸屋敷の側室とのあいだには、その後男子がうまれ、いま八歳になっている。それをうむとすぐ、側室は死亡してしまった。気の毒だがいたしかたない。子供は貴重だが、側室はいくらでも作れるのだ。妻はまたかわりの側室を推薦してくれた。

 殿さまは、では、そろそろ参るとするかな、と言う。小姓は中奥のほうに連絡がしてあることを報告する。奥御殿に属する|別《べつ》|棟《むね》の部分、女ばかりがいる建物のことだ。一日おきにそちらへ泊ることになっているので、きまりきった会話。

 廊下を伝って歩く。その境目であるお錠口で、わたしの刀を小姓が中奥の女に渡す。双方ともなれた手つきで、事務的なもの。ついてきた小姓は四十歳をすぎた妻帯者。中奥の女も、やはり四十歳ちかいやもめ。藩士である夫に先立たれた女を、なるべくここで使うようにしてい

る。本人も喜んで奉公するというわけだし、武家の出である女は口が固くていい。

 きのうの朝この中奥を出てから、丸一日半、女の姿を見なかったことになるな、と殿さまは思う。だからどうだということもないが。殿さまはひとまず、いつもの座敷へすわる。この建物は江戸屋敷の中奥にくらべ規模はかなり小さく、全部で女は五十人ぐらい。女もまた、江戸

のに比較してここはずっとやぼったい。妻がこしいれの時に連れてきた女たちにくらべ、ここは国もとなのだから、いたしかたないことだ。それだけわたしも気楽といえる。

 四歳になる女の子が入ってきて、あいさつをする。わたしの娘、ここの側室とのあいだにできた娘だ。きせかえ人形を持っている。面白いとりあわせだ。本人は自分で着がえをしたことがない。みなまわりの者がやってくれる。本人こそきせかえ人形なのに。娘はあどけない口調

で、江戸とはどんなところなのと言う。だれかが話すその地名に興味を持ったのだろう。そうだな、そろそろ江戸へ連れていったほうがいいのかもしれないな。二人の息子たちも、妹がいたほうが楽しいだろうし、妻も喜んでくれるにちがいない。妻はなかなかの子供好きなのだ。

江戸屋敷の妻は、上の息子が成長して別の建物に移ったので、少しさびしがってもいるようだ。

 それに、この娘にとっても、江戸で育てたほうが当人のためだ。なにかを習うにしても、江戸のほうがいい先生を呼びやすい。成長して縁づかせる場合も、江戸だと話を進めやすい。幕府の役職につける将来性のある旗本にでも縁づけることができれば、お家のためになるのだが

な。いい縁談がなければ、藩から江戸づめになった家臣と結婚させることにでもするかな。

 座敷のそとの廊下を、時刻を告げる係の女が、声をあげて歩いてゆく。わたしは娘に、もう寝なければならぬと言う。世話係の女が連れてゆく。

 五十歳を越えた女が入ってきて、あいさつをした。父の側室だった女で、わたしをうんだ女だ。しかし、母と呼ぶわけにはいかない。わたしの母上は、江戸にいる父の正室以外にはありえないのだ。元気でおるか、とわたしは言い、そのとしとった女はていねいに頭を下げる。父

の側室であり、わたしをうんだ女であっても、正式な家族ではない。藩主と、それにつかえる者との関係で、そのように言葉をかわさねばならぬ。それを乱して親しげな口をきいたら、わたしのつきそいの女たちが中奥を管理する女に報告し、それから、この父の側室であった女に

注意がゆく。そのようなことをなさってはいけませんと。それが正しいのだ。側室を家族あつかいしたら、どこの大名もお家が混乱状態におちいりお家騒動が続出するにきまっている。また、実の母と感じてたてまつったりしたら、その縁つづきの家臣がいい気になり、それに遠慮

する家臣もあらわれ、きりがない。いまの形が正しいのだ。

 そう考えながら、殿さまは前に平伏している女の髪を見る。赤っぽい花のかんざしがさしてある。このことかな。三歳で江戸に移る前のわたしの記憶となると、赤っぽい花のことがかすかにあるだけだ。郷愁のもとはこれかもしれないし、そうでないかもしれない。そのかんざし

はずっと前からしておるのか、と聞けば答えがえられるのだろうが、それはやめる。そうだとしても、どうということもないのだ。

 殿さまは二人の女につきそわれ、寝所へと行く。その手前の間で立ちどまると、女たちは殿さまの着物をぬがせ、はだかにし、夜着にきかえさせる。いつもくりかえしていることなので、なれた手つきだ。

 殿さまは寝床に入る。足をのばすと湯たんぽに触れ、ほっとする。やがて、側室がやってきてつぎの間で頭を下げる。かんざしを抜いて、たらした髪。暗殺防止のため、かんざしをとるきまりになっている。着ているものも、本来なら凶器をかくせないうすもの一枚でなくてはな

らないのだが、あまりにも寒い季節なので、そうはなっていない。しかし、係が充分に検査しているはずだ。だが、殿さまを暗殺する側室などあるのだろうか。ありえないだろうな。しかし、突然の狂気という可能性もあり、それを考慮してそんなしきたりになっているのかもしれ

ぬな。

 これへと言おうか、さがってよしと言おうかと少し考え、殿さまはさがってよしと言う。さっき江戸からの使いから、息子の話を聞いた。また、まもなく娘を江戸に連れてゆくことになる。そんなことを考えたあとでは、これへと言うのにためらいを感じる。わたしの子とはいえ

、いずれもこの女からうまれたものだ。息子が立派に成長していることを話すのも、話さないのも、ほんの少しだが気がとがめる。なにも、そんなことを気にしなくてもいいのだが。

 子供を作るのが側室のつとめ。毒見役が毒見をするのと同じことだ。子供さえ作れば、側室はこの中奥で一生なにもせずに生活してゆける。

 側室は頭を下げ、自分の部屋へと戻ってゆく。あの女も、そろそろ三十歳だな。側室の地位をしりぞかなくてはならない年齢だ。大名家においては、正室も側室も三十歳を越えると寝床をともにできないきまりとなっている。なぜなのだろうか。ひとりの側室が、あまりにたくさ

ん子をうむとさわぎのもととなりかねないからだろうか。しかし、正室はなぜいかんのだろうか。わたしにはわからん。

 いまの側室がしりぞいたあと、どんな側室が推薦されるのだろう。この中奥の女たちのなかからわたしが選んでもいいのだが、ここを管理する女から推薦された者をだまって受け入れたほうが無難というものだ。家老を選ぶのと同じこと。若い家臣をわたしの気まぐれで家老に|

抜《ばっ》|擢《てき》すれば、英断ではあるかもしれぬが、さまざまな問題をひきおこし、和を乱すことになる。側室の条件は、あとつぎをうみそうな女でなければならない。それについては、わたしよりはるかに目のきく女たちが、ここにはそろっている。それにまかせておい

たほうがいい。江戸での側室の人選は、すべて妻に一任してある。へたな争いはしたくないからだ。

 新しい側室がきまったら、子供を作るとするかな。いまは息子が二人。もう一人か二人男子が欲しいところだ。いつどんな病気がはやり、ばたばた倒れるかわからぬ。それにそなえ、こんど男子がうまれたら、しばらく国もとで育てるほうが深謀遠慮というものかもしれぬな。長

男以外は江戸に必ずしもおかなくていいのだ。といって、子供を作りすぎるのも考えもの。養子として家臣に押しつけたり、ひと苦労だ。

 あとつぎを作ることが、藩主たるものの最大の責任であり義務なのだ。江戸の町民たちは大名の夜の生活に好奇心を持っているらしいが、まるでちがうものだ。お家のため、藩の家臣たちの安泰のため、世つぎを作る。その気持ち以外のなにものでもない。第一、女に対して楽し

みを感じはじめると、とめどなくそれにおぼれかねない。健康を害するかもしれず、公的な判断がなげやりになるかもしれず、出費だってかさむ。

 いや、すでにこの国もとにおいても、江戸屋敷においても、中奥の費用はかなりのものなのだ。たとえば江戸でだが、妻がおこしいれの時に連れてきた侍女たちがいる。妻は対外的に大切なお飾りであり、侍女たちをへらすわけにはいかない。母上も同様、粗末なあしらいをした

ら、親戚筋から文句が出る。側室は主従のあいだがらとはいえ、三十歳をすぎたからといって帰すわけにもいかない。帰してよそで子を作られてもうるさい。一生めんどうをみなければならず、といって雑用にこき使うわけにもいかない。

 正室や側室の世話係の侍女たちがふえると、それにともなう仕事をする女たちがふえる。掃除係、せんたく係、ぬいもの係、料理係、お湯をわかす係、夜の見まわり係、時刻を告げてまわる係。さらに男子禁制の場所のため、いざという場合にそなえ、武芸のできる女も必要とな

る。礼儀作法を指示し、統一させねばならず、それらを監督する係もいるし、外部との連絡係もいる。これで側室を何人もふやしたら、またその世話係がふえ、子供がうまれれば、その世話係もふえる。

 これらはすべて、江戸のも国もとのも、お家のあとつぎを作るために存在しているのだ。表御殿における藩政の関係者とくらべて、中奥の重要さは少しもおとらない。藩政の失敗はとりかえしがつかないこともないが、あとつぎが絶えれば、それですべてが終りとなる。

 側室とはあとつぎを作るためのもの、と殿さまは思っている。腹は借りものという言葉を聞いたことがあるな。しかしなあ、ということになれば、藩主そのものも借りものといえるかもしれぬな。本物は土地と、それを耕作する農民だけ。藩主や家臣は、幕府がその気になれば、

よそへ移してしまうことができる。公的には、藩主は一時的にそこをおさめているだけなのだ。そのあやふやな上にいて、あとつぎという永続的なものに気をくばる。おかしなものだな。いやいや、また変なことを考えはじめたようだ。こういう結論の出ないことに頭を使っても意

味はない。

 殿さまはかけぶとんを引きあげる。座敷のすみで灯がゆれている。タバコを吸おうかなと思う。|枕《まくら》もとの鈴を鳴らせば、つぎの間に控えている女がやってくる。それに命じると、女は座敷のそとの連絡係に伝え、やがてタバコ盆が運ばれてくるだろう。しかし、けっ

こう時間がかかり、いざとなると吸いたい気分も消えてしまうかもしれない。運ばれてきたタバコを吸わないと、手落ちがあったのではないかと、あとで問題になるだろう。殿さま用の夜のタバコ係という人員がふえるかもしれない。それなら、吸いたいのをがまんしておいたほう

がいい。

 ほかの殿さまたち、いまごろはどうしているだろうな。国もとにいる者もあり、参勤交代で江戸にいる者もあるだろうが、おそらくわたしと大差ないことだろうな。外様大名というものは、どこもひたすらお家安泰を心がけている。事件など起りようがない。

 譜代や直参の旗本をうらやんでいる外様大名はいるだろうか。幕府の役人になれるのは、十万石以下の譜代か旗本に限られている。そのうちの優秀な者は、出世街道を進むことができる。うまくゆけば要職をへて老中にまでなれる。そのあいだに、各方面からつけとどけをもらう

こともできよう。しかし、やはり出世するのは大変な競争のようだな。才能があり、頭がよくなくてはだめだ。また、上層部への裏の運動もおこたるわけにいかない。各方面からもらったつけとどけだって、その運動費に消えてしまうことだろう。つねに走りつづけていなければな

らない。途中でなにか失敗をやれば、いっぺんに転落。かりに老中になれたところで、その地位を息子にゆずるわけにもいかない。あとつぎの息子は、出発点でいくらか有利とはいえ、また最初からやりなおしだ。第一、出世街道を進みそこなう者のほうが、はるかに多いのだ。

目录
设置
设置
阅读主题
字体风格
雅黑 宋体 楷书 卡通
字体大小
适中 偏大 超大
保存设置
恢复默认
手机
手机阅读
扫码获取链接,使用浏览器打开
书架同步,随时随地,手机阅读
首 页 < 上一章 章节列表 下一章 > 尾 页