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作者:日-星新一 当前章节:15403 字 更新时间:2026-6-16 01:47

 ていさいはよくないが、のんきな仕事だった。江戸の町を巡回し、犬をいじめている者をみつけたら注意する。それだけでよかった。時たま荷車が犬をひき殺したりしたが、その時は、きつくしかりおく。良玄から聞きかじった仏教の心についての訓示をやるぐらいで、処罰はし

なかった。

 江戸市中はおだやかだった。凶悪な事件はへり、かつて鬼と恐れられた火付盗賊改めの中山勘解由は大目付に昇進していた。

 半兵衛は巡回の途中、安徳寺に立ち寄って、ひと休みしながら雑談をする。良玄を相手に、五平や吉蔵がいあわせればそれを相手に、碁を一局うち時間をつぶす。平穏なつとめだった。

 江戸城内においては、将軍にこんなことを進言する者があった。

「馬に|焼《やき》|印《いん》を押す習慣がございますが、これは残酷なことのように思えてなりません。また、馬を去勢すること、しっぽの毛を巻くこと、いずれも不要な行為と……」

「焼印とは、ひどいことだな。わしは知らなかった。よく教えてくれた。ほめてとらす。さっそく、その禁令を出すように」

 その者は大いに面目をほどこした。そのうわさはひろまり、みな大きくうなずく。なるほど、平穏な時代に昇進するには、このような方法をとるのがいいのかと。しかし、この禁令は、べつに世人の迷惑にならなかった。馬盗人など、江戸にはそういないのだ。

 だれの進言によってか、犬目付が増員された。そのため、職にありつけた下級旗本たちは、これでひと息つけると喜んだ。

 しかし、犬の死ぬ事故が、一時的な現象としてふえた。これまで、犬は荷車や牛車にあうと、本能的に身を避けていた。だが、犬の保護が励行されるようになり、とまってくれる荷車がふえ、車を恐れない犬もあらわれはじめた。一方、荷車のほうは、逃げてくれる犬もあるとい

うわけで、そのまま進むこともある。したがって、犬をひいてしまう件数が増加した。

 その対策として法令が出た。

〈荷車や牛車による犬の事故が、いっこうにへらない。車の主をしかることで防止できるかと思っていたが、効果があがらぬようだ。必要なのは犬の保護なのである。これからは、車の前にだれかを走らせ、犬たちに注意を与えるようにせよ。また、すみついたら困るからと、のら

犬にえさを与えない者がいるらしいが、そういうのは生類あわれみの精神に反することである〉

 将軍が市中のようすを知っているわけなどない。だれかが進言し、世間知らずの将軍との合議でできた法令だ。おかげで、車に余分な人間をひとりつけなくてはならなくなった。それでも、その年はこれぐらいのことですんでいた。

 翌貞享四年の一月、こんな法令が出た。

〈病気になった奉公人を、給料おしさで、くびにして追い出す雇い主があるそうだが、それを禁止する。どうみても許しがたいことである。牛馬に対しても同様だ。使用にたえなくなったからといって、病気の牛馬を捨ててはいかん。厳重に禁止する〉

 正面きっての反論のしようのない、妙な理屈が通っている。二月になると、江戸城内の台所頭が遠島になった。台所の井戸にネコが落ちて死んだためだ。そんな水で作られた料理は食う気になれぬ。職務怠慢で、処罰は当然だ。しかし、ネコ殺しの責任をとらされたような処分で

もあった。

 |鷹《たか》|狩《がり》が禁止され、鳥や魚を飼育して食料として売ることが禁止された。ただし、趣味として生物を飼うことはかまわなかった。

 山田半兵衛が安徳寺にやってきて、住職、五平、吉蔵たちに話した。

「しだいに忙しくなってきた。江戸中、どこの町に、どんな犬が何匹いるか、それを正確に記録する台帳を作ることになった」

「えらいことをはじめますな。なぜです」

「つまりだな、役にありついた旗本たち、その地位を失いたくないからだ。仕事をこみいらせれば、それだけ身分が確実になる」

「役人というものは、ひでえことを考えつく。こちとら、いい迷惑だ。おっと、役人といっても、山田さんはべつですよ。あなたはいい人だ」

「おせじを言われなくても、わたしだって、おまえたちのことは心にかけている。そこでだ、吉蔵。おまえは大工だから、犬を入れる箱ぐらい作れるだろう。犬にとって、いかにもいごこちがよさそうで、箱からは出にくいというしかけのものだ。近く、子犬をそとへ出すと車にひ

かれるから、箱を作って入れよとの法令が出る。わたしが上役の犬奉行に話し、ご推奨の箱とみとめてもらう」

「なるほど、売れましょうな」

 吉蔵は手をたたく。五平が口を出した。

「うらやましい話です」

「おまえにだって、いい仕事がある。犬の医者になれ。有望な仕事のようだぞ」

「しかし、まるで心得が……」

「心配するな。アズキの粉に、安い薬草をまぜればいいらしい。犬医者の看板をあげるやつがあらわれはじめたが、どこもそんな程度のことらしいぞ。重要なのは、熱心な手当てという演技のほうだ」

「演技なら、売込みでなれています。やってみますかな」

「一生に何度とないもうけ時だぞ……」

 半兵衛は住職の良玄にも言う。

「……良玄さん、どうせひまなのでしょうから、このお寺の境内で、犬の訓練をやりなさいよ。強そうな犬がいい。合図によってうなり声をあげるのと、死んだふりと、その二つの芸ができるように仕上げておくといい。とりあえず五匹ぐらい。そのうち役に立つことがありますよ

「やってみましょう。なんだか面白い世の中になりそうですな」

 四月になると、犬に関しての処分第一号があらわれた。御殿番をつとめる武士の下男が犬を切り殺し、その下男は遠島、主人の武士は改易となった。改易とは武士であることをやめさせられる刑。幕府の禄をはむ者が、幕府の方針に反したとなると、みのがすわけにはいかない。

 一方、犬の台帳の作成も進行した。どこの町内に何匹いて、毛色の特徴がどうと書きしるす。子犬がうまれた場合の届けの書式がきまり、そのたびに役人が確認にくる。迷い犬を連れてきて、この町内で飼ってやれと押しつけたりもする。また、病気にかかった犬はないか、あっ

たら早く犬医者にみせよと注意してゆく。なにしろお役目大事なのだ。

 おかげで、自信がなくびくびくしながら犬医者の看板をあげた五平は、むやみともうかった。あやしげな薬を与え、なおれば尊敬され、なおらなくてもおとがめはない。いや、なおらないほうが人びとから感謝される。どの家も、犬にいつかれると大変な出費。そこを察して、五

平が手当てするふりをして、毒薬を飲ませ、犬を成仏させる。薬の知識が役に立ち、発覚しにくい毒を使う。町人は、悲しみの表情を示しながら、まとまった謝礼を出してくれるのだ。あの先生は名医だとの評判がひろがり、さらに依頼がふえるというしかけ。

 しかし、五平という犬医者はなにかおかしいぞと、不審をいだく役人もあった。それへの対策はあるのだ。良玄の訓練している犬が役に立つ。合図によって道ばたで死んだふりをさせ、大変だと五平のところへかつぎこみ、そこで奇跡的ともいえる回復術を示すのだ。役人の前で

それをやってみせると、たちまち疑念が消える。

 吉蔵の作る子犬箱も、またすごい売行きだった。手製の変な箱に押し込んで、役人にとがめられてはつまらぬ。公認のものを使っていたほうが無難なのだ。吉蔵は何人も人をやといいれ、大量生産にとりかかっている。しかし、作るのがまにあわないほどの売行き。

 山田半兵衛は犬目付頭に昇進し、犬奉行のつぎの地位にのぼった。犬目付のなかでは古参であったし、五平や吉蔵からの|賄《わい》|賂《ろ》を奉行にとりついだりし、重宝がられたためだ。なお、犬目付は犬の監視をおこなうが、人を処罰する権限は持たない。犬を虐待した

者をつかまえ、町奉行にひきわたすまでが仕事。処罰は町奉行がおこなう。

 犬にほえつかれ、反射的にけとばした者。子犬につきまとわれ、家に入られてはうるさいことになると、よその家にほうりこんだ者。材木を倒したら、その下に犬がいた。なんだかんだと、多くの町人がとっつかまって奉行所に送られた。そして、さまざまな処分を受けた。

 ある日、山田半兵衛は犬奉行に進言した。

「どうも、死んだお犬さまの処理が不統一のように思えます。お犬さまの霊も気の毒と申すべきでしょう。上のかたと、ご相談なさってはいかがかと……」

「うむ、わしもなにか名案を提案しなければならぬと思っていたところだ。で、なにかいい方法があるか」

「はい。安徳寺という寺があります。そこの住職は、お犬さまの霊を成仏させる経文を知っているとか。死体をそこに集め、お犬さまの塚を作るようにしたら、上様のお心にかなうのでは……」

 まもなく、犬奉行はその決定をもらってきた。

「いいことであるとほめられ、わしも面目をほどこした。寺社奉行と連絡し、そのようにせよとのことだ。おまえのおかげだ」

「いえ、お礼には及びません」

 安徳寺も忙しくなった。無料というわけではない。いくらかの埋葬料がついてくる。大変な数だから、相当な額になる。大名屋敷から運ばれてくる犬の死体は、むきだしというわけにもいかない。大工の吉蔵は、犬用の棺の量産にも手をつけた。

 そのうち、安徳寺はおふだ、すなわち護符を作って売りだした。犬の絵のついたやつで、なんの説明もしなかったのだが、驚異的に売れた。それを持っていると犬の難にあわないですむ、とのうわさがひろまったためだ。家の柱に張るやつもある。

 吉蔵のとこも五平のとこも、大ぜいの使用人をやとうようになった。鳥屋、魚屋、釣舟屋などが成り立たなくなっており、人手はいくらでも集った。

 江戸城内の料理の禁制が、しもじもまで及んできた。生物を食ってはいけないのだ。そもそも、生物を殺すのがいけないのだ。ハトに石をぶつけた者が処罰され、吹矢でツバメを殺した者が死罪となり、病気の馬を捨てた者二十五名が遠島となり、ニワトリを殺した農民がハリツ

ケになった。武士の場合はその息子まで罪がおよぶ。むやみと罪人が出た。

 この貞享四年の年末のある日、山田半兵衛、吉蔵、五平は安徳寺で顔をあわせた。年忘れの碁会を開いたのだ。住職の良玄が言う。

「この一年は、えらい変りようでしたな。あれよあれよというまに寺が立派になり、敷地もひろげていただいた。山田さんには、お礼の申しあげようもない」

「それはわたしたちも同様です」

 吉蔵や五平も言い、それぞれ金包みを渡した。半兵衛はそれを受け取る。おたがい、持ちつ持たれつの仲なのだ。また、半兵衛にしても、要所要所につけとどけをしておく必要がある。半兵衛はみなに言った。

「どうだろう。このさい、もっともうけておくか」

「なにかいい商売がありますか」

「魚屋をやったらよさそうだぞ」

「なんですって。そんなことをやったら、首がとびますぜ。げんに魚屋たち、商売あがったりで、なにか仕事をやらせてくれと、毎日のようにやってくる」

「生きた魚を売ることは禁じられている。しかし、聞くところによると、将軍はなまぼしの|鯛《たい》を臣下への下賜品に使っている。|塩鮭《しおじゃけ》の献上もなされている。これからみて、どうやら、海の魚は生類とみなされていないらしいのだ」

「理屈にあいませんな。エビや貝も海にいる生物でしょう。それは禁令にふくまれています」

「そもそも、このさわぎには理屈などないのだ。しかしだね、これはわたしの推測だが、将軍は海というものを、自分の統治の範囲外と考えているのではなかろうか。エビや貝のいる部分は、水底とはいえ陸の延長とみるべきで国内である。しかし、海は国外、法令は及ばないらし

いのだ。もっとも、念のために、各方面に当ってみるがね……」

 法令の盲点。鯛も生類となると、将軍みずから禁をおかしていることになりすべてが崩れてしまう。賄賂の効果もあり、上のほうから海の魚ならおかまいなしとの内意があった。

 資金はあるのだ。五平と吉蔵とが指揮をして態勢を作り、ことをおこなった。大型の舟を作らせ、各地の漁港の網元と契約し、魚を江戸へ運びこむ。鯛、鮭、ブリ、タラ、イワシ、アナゴなどだ。生きたままだと問題になるから、それさえ注意すればいい。おかげで、魚屋たちも

いくらか息をつけた。

 そんな手があったのかと、まねをしようとしてもあとの祭り。どこの漁港も、この組合と契約をしてしまっている。独占だから、いくらでも値をあげることができた。吉原など、たくさん買ってくれた。

 もっとも、幕府の要職にある者の屋敷には、定期的に鯛をとどけた。賄賂がわり。へたにつむじをまげられると、ろくなことはない。また、干しイワシはお犬さまのえさということで、安く売った。はたして町々の犬の口に入ったかどうかはわからない。いかにお犬さまでも、人

間が食ってしまったと訴え出る能力はないのだ。

 町でアナゴと称してウナギを売った者があったが、それは発覚し、処罰された。ウナギは海の魚だと弁解をしたが、それはみとめられなかった。

 貞享五年が元禄元年。この年、江戸でちょっとしたことがおこった。むかしの勢いはないが、町奴の残党がいる。それらが町人たちの苦しみをみかね、集ってたんかをきった。

「なんでえ、犬がどうのこうのとさわぎやがって。おれたちは人間だ。畜生以下にあつかわれちゃあ、がまんできねえ。役人どもは、みなの困りかたを知ってるのか。かみつく犬があったら、ぶち殺すべきだ」

 みなのかっさいをあびたが、たちまちその十一人がつかまり、二人は打首、他の九人は遠島となった。お犬さまは町奴より強力な存在だった。この実験により、殺さなくても犬をけなしただけで罰せられることが判明した。

 犬を保護する努力はつづけられたが、犬どうしがかみあい、傷つくのには役人も困った。傷つけたほうを逮捕しようにも、それもお犬さまなのだ。この解決法として、各所に水が用意され、犬がけんかをはじめたら、ひしゃくで水をかけおとなしくさせるようにとの法令が出た。

そのための番人が配置され、彼らは犬の紋のついた羽織を着用した。

 紋といえば、ツルの紋の使用と、屋号にツルの名を使うことが禁止された。綱吉のひとり娘の名がツルで、その健康を祈るためといわれた。おべっかが目的の進言と、将軍の気まぐれとにより、理屈もなにもなく、つぎつぎに法令が作られてゆく。

 犬たちは江戸城内をもうろついている。城外へおっぱらっては、しめしがつかない。どんな役所にも犬がはいってくる。評定所とは重大裁判をおこなうところだが、例外ではない。犬たちがやってきてかみあいをはじめ、それを傍観していたという罪で、閉門を命じられた役人が

あった。小細工奉行は、犬をいじめたとの理由で追放になった。門前の捨て犬を養わなかった旗本が、これまた追放された。使用人が車で犬をひいたというので、武士がひどくおこられた。

 気にくわない他人をおとしいれるため、犬の禁令を利用しようとする傾向があらわれた。幕府の役人たちは、保身のために神経をすりへらした。家族たちに犬に気をつけるようくりかえし命じ、上役に賄賂をとどけ、さまざまな方法をとる。執務どころではなかった。

 民間でも卑劣な犬の利用がはじまった。芝居小屋のなかに犬を追いこみ、混乱させるやつがでた。いやがらせ。困りきった座長が、犬医者の五平に相談にきた。

「なんとか知恵を貸して下さい」

「それは、お気の毒。おまかせ下さい」

 安徳寺にいる訓練された犬を貸せばいいのだ。強そうな犬をえらんであるから、入口においてうならせれば、他の犬は入ってこない。人間には害を与えないよう教えこんであるので、お客も安心。この貸出しは、かなりの利益をあげた。

 大きな商店主など、金に糸目をつけず借りにくる。外出の時、犬とへたにかかわりあって、遠島にでもされたら目もあてられない。遠島処分には、財産の没収がともなうのだ。用心棒の犬への需要は大きかった。

〈田畑を荒すイノシシ、シカのたぐいを殺してはいかん。空砲で追っぱらえ。どうしても殺さなければならぬ場合は、手続きをすませ、役人の立合いの上でやり、死体はその場に埋め、食用にするな〉

 との法令も出た。埋めたのをあとで掘り出し、イノシシの足を食った農民が処刑された。

 コウノトリの巣のある木を切ったというので、ひとつの寺がとりつぶされた。そんなことは知らなかったと弁解しても通用しない。これが判例だというのだ。

 一方、トビやカラスの巣を木から取り除くようにとの法令も出た。他の生物に害をなす鳥だからというのがその理由。ただし、巣に卵があった場合はそのままにしておけと、くわしい補足がついていた。害鳥といえども、生あるものはあわれまねばならない。

 かくして元禄三年、江戸の湯島に聖堂が完成した。孔子をまつる|廟《びょう》のことで、将軍綱吉はそこへおもむき、儀式をおこない、臣下たちを集めて聖賢の道についての講義をした。政治の根本は仁と義であると。側近たちは、家康以来の名君とたたえ、綱吉はごきげんう

るわしかった。やがては、江戸城内に諸大名を集め、論語や易経の講義を定期的におこなうようになる。

 江戸の市中では、吉原で遊ぶ金のない連中がはけ口を求め、性犯罪が多くなった。一瞬でもいいから犬から逃避したいとなると、これぐらいしかない。しかし、罰せられる者はあまりいなかった。なにしろ、犬と生類の禁令のほうが優先していた。

 ヘビ、犬、ネコ、ネズミなどに芸をやらせることが禁止された。娯楽もだんだんとへってゆく。

 元禄四年、綱吉の側室が懐妊した。これで男子が誕生すれば、禁令もいくらかゆるむのではなかろうか。町人と将軍とが同一のことを期待したのは、これに関してだけだったかもしれない。

 しかし、町人と将軍の祈りもむなしく、流産となった。綱吉は犬と生類への熱意をさらに高めることとなる。

 すなわち元禄五年、密告者へ賞金を出すということがきまった。ひそかに訴えられ、犬を殺したことが発覚し、ある町人が死罪になった。密告者は二十両もらえる。これは大金だった。一般の者にとって、これだけまとまった金を手にすることは、一生のあいだありえないことだ

。魅力的な誘惑だ。

 しかし、その代償として、他人にうしろ指をさされながら一生を送らねばならぬ。ここを考えると、密告へふみきる決心もにぶる。だからこそ、幕府も二十両という巨額な賞金を出さざるをえなかった。良心の代金二十両、民衆の信義の念はかなり高かったというべきではなかろ

うか。

 二十両をもらった訴人は、どこへともなく消えてしまった。江戸をはなれてどこかへ移り住んだのかもしれない。だれかに襲われ、殺されて金を奪われたのかもしれない。幕府の役人に連れ去られ、消され、回収された賞金が次回のに使われたのかもしれない。

 浅草川の一帯に、殺生禁断の札が立てられた。子犬を道に出すな、かみつく犬はつないでおけとの法令が出た。すでに出ている法令と重複しているものだ。やることがくどくなってきた。

 将軍の乗馬の尾の毛がつんであったため、担当者が改易となった。綱吉としては、そこまでする気はなかったかもしれない。しかし、自分が出した法令でもあり、家臣たちが熱心に法令に従っている手前、許してはしめしがつかない。儒教は原則が大切なのだ。以後、馬は手入れ

がなされぬまま、将軍用の馬も野生馬のごとくなってゆく。

 綱吉がきびしさを示したため、役人たちもそれにならった。処理について手かげんをした武士たちが、つぎつぎに罰せられた。

 鳥にえさをやろうとして、あやまって殺してしまった武士があった。それを調査に来た取締の役人ふたりが、同情して穏便にはからい、それが発覚してみな遠島となった。鳥の死体をほうりこまれ困っている者をとりつくろってやった役人が、これまた遠島となった。人間を助け

てはいかんのだ。

 いやおうなしに摘発し、奉行所に送りこまねばならぬ。奉行所は重い刑を科さねばならぬ。人情あふるる名判決などやっていたら、自分が罰せられる。また、のんびりしてはいられない。

 牢屋は満員。島送りのための舟はひっきりなしに出港し、首を切られる者も多く、江戸から追放される者は列をなした。ただひとつの救いは、綱吉時代の初期に、牢屋の改善がなされていたこと。しかし、ぎゅうづめとなると、そのために死ぬ者もあり、とくにありがたくもなか

った。

 安徳寺で四人は、時たま顔をあわせる。情報の交換のためだ。住職の良玄が言う。

「山田さん、あなたは物わかりがいい。町人に対し、ひどいことをやっていない。しかし、そのために処罰される心配はないのですか」

「では、犬で不当にもうけている、あなたがたを逮捕しますかな」

「冗談じゃありませんよ」

「役人生活にはこつがあるのです。賄賂もありますが、わたしは上役へ、いろいろ知恵を貸してあげている。冬眠中のヘビやカエルを掘り出すなというのはどうでしょう。ネコに食われる鳥が多いから、ネコの首に鈴をつけるよう奨励したらどうでしょう、といったたぐいです。上

役は自分の考えとして上申し、これこそ生類あわれみの精神だとほめられ、いい気分になっている。こういう実績を作っておけばいいのです。ひたすらむちゃをやり、おたがいに足をひっぱりあうなんてのは、頭の悪い役人のすることです。わたしの提案のなかに、町人に迷惑の及

ぶのはないはずですよ。そんなことより、このお寺でも、ネコにつける小さな鈴を売る準備をしとくといいでしょう。またもうかりますよ」

「そうしますかね。わたしたち、おかげさまでもうかりすぎるくらいですが、なんとなくうしろめたい。これでいいんでしょうか。山田さんはどんな気分です」

「わたしは幕府の禄をはむ武士のひとり。この悪政の廃止に力をつくすべきかもしれません。しかし、それは理屈です。石川という旗本がいましてね、世人の苦しみをみかね、二十四条にもなる意見書を作り、上役を通じて将軍にさし出そうとした。すると、ばかなことをするな、

おれまで巻きぞえにする気かと、上役ににぎりつぶされた」

「そうでしょうな」

「しかし、あきらめない。あちこち論じてまわり、このあいだ、意見書を老中にとどけることに成功した。どうなったと思う。評定所に呼び出され、さんざんおこられ、それで終りだ。さいわい妹が大奥につとめていたので、その方面からの口ぞえで、切腹にはならずにすんだがね

。わたしが良心に従ってそれと同じことをやっても、なんの役にも立たないというわけだ。一種の天災と割り切るべきだろうな」

「老中もだらしないものですね」

「それにはわけがある。老中もそうだが、領地を持っている大名たちは、さほど苦しんでいない。領内の行政と処罰権は、領主である大名にある。幕府の力も及ばない。だからこの禁令でやられるのは、江戸など幕府の直轄地と、旗本の知行地に限られている。大名たちは高みの見

物だ。この悪政に反対だという水戸光圀公だって、一昨年、隠居して領地にひっこんでしまった。ニワトリや川魚を食っているんじゃないかな。つまり、副将軍の手にもおえないわけさ」

「暗殺以外にありませんね」

「それができるのは側近以外にないが、そんな考えの主は側近になれない」

「いったい、なんでこんな世の中になってしまったのでしょう」

「わからんな。ずるずるとこうなってしまった。われわれ人間、むかしから戦乱つづきで、それには慣れていた。だが、泰平というやつには、どう処していいのかだれも知らない。そんなとこに原因があったような気もするがね」

 五平が言う。

「まあ、考えてもどうにもならんことは、考えないことにしましょうや。こんな時世は早く終ってくれたほうがいい。しかし、つづいているうちは、われわれ金がもうかるな。どっちへころんでもありがたい」

 元禄六年、七年と、生物尊重は依然としてつづけられた。飼っている生物は、なるべく野に放つよう奨励された。ウズラ、ハト、ニワトリなどが各地に放たれた。

 ネコ、ネズミ、ヘビなども、江戸の近郊に放たれた。その地の住民にとってはたまったものではないが、文句もいえない。

 江戸じゅうの金魚が集められ、藤沢にある池に放たれた。七千匹におよんだという。

 巣をとり除く努力にもかかわらず、カラスの害が目立ってきた。だが、殺せとの命令は出せない。カラスをとらえるよう指令が出され、一万羽とまとまると、舟で伊豆の島に運び、そこで放った。カラスの遠島という形だった。これは何回もおこなわれた。人間なら島からの脱出

逃亡はほとんど不可能だが、カラスには羽があり、飛べるのだ。

 訴人の賞金は三十両に増額された。ある武士が弓でハトを殺したと、その家の下男が訴え出た。よほど金が欲しかったのだろう。裁判となり、武士は弁解した。

「祖先以来、幕府に忠勤をはげんできた家柄である。その法をおかす気など、あるわけがない。武士のたしなみとして弓の練習をしていたのだが、矢をはなった瞬間、そこへハトが飛んできた。荷車ならその前に人を走らせ、生物に注意を与えることができるが、矢の前に人を走ら

せることができようか」

 それがみとめられ、下男のほうが処罰された。ここで武士を罰したら、弓矢の練習をする者がいなくなる。そのような判例を作るわけにはいかない。下男のほうがばかをみた。虚々実々の争いが、ほうぼうでおこなわれている。

〈のら犬をたたくのを禁ずる〉

 との法令も出た。しかし、犬がニワトリを襲おうとしている。ほっとけばニワトリが食われるが、たたけば防げる。こうなると微妙だ。といって、たたくことをみとめると、のら犬のよりつくのを防ぐため、わざと鳥を飼う者がふえないとも限らない。どうすべきか。役人たちは

相談を限りなくつづける。もともと気まぐれな法令なのだ。調整のしようがない。

 いずれは出るだろうと思っていたが、昆虫を殺すなとの禁令も出た。これでは身動きもできぬといった感じだが、現実にはそれほどではなかった。どこに何匹の虫がいるなどという台帳は、できっこない。道でふみ殺したところで、すでに死んでいたのをふんだのだと言えば、区

別のつけようがない。公然と殺すのでなければ、なんということもない。

 道の砂ぼこりがはげしく、役人が水をまくように命じた。すると町人が言う。

「よろしいのでしょうか。水のなかには、ボウフラがおります。道にまくと、それが死んでしまいます。無益な殺生はしたくないのですがね。もしおとがめがあったら、お役人さまに引き受けていただきますよ」

「いや、待て。水をまかなくていい」

 役人はあわてて打ち消した。

 江戸っ子のささやかな反抗だったが、それ以上のことは不可能だった。

 犬のあつかいが一段とやっかいになった。犬がけがをした場合、飼い主ばかりでなく、その町の共同責任で手当てをせよとの法令が出た。そのため、どこの犬医者も、連日かごでかけまわりつづけという忙しさだった。

 五平の多忙はいうまでもない。往診をへらし、自宅診察をふやした。病犬を運ぶためのかごを作り、連れてこさせる。このほうが能率的なのだ。謝礼の額によっては、手当てのふりをして毒殺した。そして、安徳寺の塚に埋葬してしまう。手続きに手落ちがなければ、それですむ

。はかない抵抗だったが、それ以上のことなど五平にできるわけがない。

 犬をかわいがれとの方針がとられてから、もう十年ちかくになる。江戸における犬の数は、むやみとふえた。死なないようにと、できうる限りの保護が加えられている。どこの道も犬がうろつき、ほえる声は夜昼ぶっ通し、いたるところにふんをする。江戸は犬の牧場と化し、悪

夢のような光景だった。

 この実情を知れば、さすがの綱吉も、これはひどすぎると考えなおしたかもしれない。しかし、そんな報告はとどかなかった。慈悲の心は庶民のすみずみまで行きわたっております。そんなぐあいの報告ばかり。そもそも、だれが悪いのだ。

 元禄八年のはじめ、江戸に火事があり、紀州侯の屋敷が焼け、男女四百人が焼死した。しかし、その者たちより、同時に焼け死んだ三匹の犬の扱いのほうが優先した。役人を通じて将軍に報告がなされたのだ。

 それにしても、これだけの大きな屋敷に犬三匹とはひどい。庶民はもっと高い割合で、犬の世話を押しつけられているのだ。

 下町の道ばたに、犬をはりつけにしてさらした者があった。将軍の威をかりて世を害するから、かくのごとく処刑するとの立札つき。大変な評判で、見物人が大ぜいやってきた。

 しかし、まもなく犯人が判明した。旗本の二男で、切腹を命じられた。その家の下男が訴人したためで、三十両の賞金と住宅とが与えられた。だが、その下男もしばらくすると召しとられ、はりつけにされた。主人を密告するとは面白からずというわけだろう。主従の忠誠関係に

ひびが入りはじめたら、幕藩体制が根本から崩れかねない。生類あわれみの令とのかねあいで、為政者が最も扱いに困るところだ。お上を信用して訴人した下男は、いいつらの皮だった。

 主人を訴人することは、いい結果にはならないようだ。そんなうわさがひろまり、密告がへった。役所のほうでは、これではならぬと、賞金を五十両に値上げした。とびきりの美女が吉原に身売りする相場の金額だ。

 あまり美しくなかったためか、犬を殺した大工を密告し、五十両を手に入れた娘があった。金をもらうと、家へ帰らず、その足で男とかけおちをしたとかいう話だった。賞金をもらうにも技術がいる。なにしろ、強盗の取締りなど、二の次、三の次なのだ。あるいは男に巻きあげ

られたかもしれない。

 山田半兵衛、良玄、五平、吉蔵の四人は、時どき料亭で豪遊もする。いかに豪遊したって、彼らにとってはたいした金ではない。半兵衛は言う。

「良玄さんは、いまや江戸名物となったお犬寺の主、五平さんはたくさんの助手を使うお犬医者、吉蔵さんはお犬箱つくりにかけては一流といわれる親方。また、おたがいの金ではじめた海魚の商売は、これまた順調。めでたいことだな」

「なにもかも山田さんのおかげです。こうも好運がつづくとは……」

「運ではない、われわれの知恵と努力のたまものだ。どうだ、もっとどえらい利益をあげてみないか」

「こうなったら、もう乗りかかった舟です。最初のうちはびくびくものでしたが、いまでは気が大きくなった。でかければ、でかいほどいい。やりますよ。で、どんなことです」

「江戸中の犬を一カ所に集め、そこで世話をするよう、幕府に働きかけるのだ」

「しかし、そんなことをしたら、われわれの商売のたねがなくなってしまいますよ」

「いやいやそうではないのだ。江戸で最も大金が動くのは、建築関係だ。湯島の聖堂をはじめ、寺院をたてたやつら、いくらもうけたかはかりしれない。もちろん各方面への賄賂に金がかかるが、その何倍もの利益は確実だ。吉蔵さんをお犬専門の建築業者に仕上げ、工事をうけお

うのだ。わたしも上役たちを手なずけてきている。みんなで手わけして、金を惜しまず賄賂を使い、猛運動しよう。いままでの利益を、みんなつぎこもう」

「なるほど。どうせ、だめでもともとだ。やってみましょう」

 半兵衛は、もっともらしい提案をするこつを知っている。上役に対しては、まとめたほうが犬の世話がやりやすくなると言い、巡回する役人たちには、犬は限りなく生れているのだから、決して仕事を失うことはないと、いままでの計算をもとに説明する。

 良玄は寺社奉行のほうに働きかけ、五平と吉蔵も、半兵衛の指示で、各所に賄賂を運んだ。そのかいがあって、吉蔵にお犬屋敷の建築が命じられた。大久保にある三万五千坪の土地に、一万匹を収容できる建物を作るのだ。

 普通の住宅や寺院の建築なら、もっとすぐれた信用のおける業者もいる。しかし、犬の建物となると前例がない。この道の専門家の吉蔵、五平、山田半兵衛の意見が尊重される。工事の見積書に対する文句も出ない。

 材木業者からの売込みが、どっと来た。とことんまで値切る。だが、材木業者のほうも決して損はしなかった。木材の質を落したって、犬が怒るわけではない。天井を高くする必要がないから余り材木でもいいのだ。元禄八年の五月、急ぎの工事でそれが完成した。

 江戸のなかから、犬がここに移される。ふとんを敷いたヒノキの箱を作り、それに入れて運ぶのだ。その設計の指示も吉蔵がやった。

 さて、まずどこの犬から移すべきか。山田半兵衛は、すべて部下たちに一任した。こんないい役目はなかった。

「どうか、ここの町内の犬から連れていって下さい。お願いです」

 と言われ、そでの下を取りほうだい。いくらか払っても、犬がへればずいぶん助かるのだ。係の役人たちはうるおい、半兵衛に感謝した。

 変な話だが、だれもかれも、いいことずくめ。つぎの大計画もやりやすくなった。中野にさらに大きなお犬屋敷を建築することとなった。

 敷地は十六万坪。二十五坪のお犬小屋が約三百棟、そのほか、何百棟という小屋が並ぶ。すべて板敷きで、住み心地よさそうな外観に仕上げた。犬の食事の調理所もある。そこの世話係の住居にだけいい材木を使っておけばよかった。工事の人夫は割当てによって大名家から提供

され、その給料は不要だった。なんだかんだで、相当な利益をあげることができた。

 十一月に完成。ここには五万匹ちかい犬が収容された。たちまち満員。とても人間によって統制のとれるものではない。犬がおたがいにかみつきあい、ほえ声はひびきつづけ、この世のものとも思えない光景。静かにしろと命じても通じるわけがなく、犬による自治制度も不可能

。世話係のなかには、頭のおかしくなる者も出た。

 そのほか病死などで、日に五十匹ぐらいの犬が死ぬ。定員にあきができると、江戸から運びこまれる。ここでの犬たちの食料、一日に米三百石、みそ十|樽《たる》、干しイワシ十俵、タキギ五十五束。年間の費用は九万八千両になった。吉蔵たちはこのイワシの供給を独占して

うけおい、またも確実に利益をあげた。金のとりはぐれは、決してないのだ。

 これだけのことをやっても、江戸の犬はさしてへっていない。それどころか、犬の繁殖はとどまるところをしらない。依然として犬を殺すと罰せられ、子犬は育てなくてはならない。犬役人の失業の心配はなかった。

〈このところ、町内にお犬さまがふえ、世話がゆきとどかず、困りはてております。お情けをもって、お犬さまをお移し下さるよう願いあげます〉

 このたぐいの嘆願書がたえず提出され、役人たちはもったいをつけて、そでの下をとった。

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