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作者:日-東峰夫/东峰夫 当前章节:16043 字 更新时间:2026-6-16 01:47

 拍子をつけてうたったんです。人気のない裏通りを、涙をながしながら、ナユンド、ナユンドとうたっていると、そのことばがだんだん奇妙にきこえてきて、ハヒハヒハヒハヒと笑っていました。ナユンドというのは現在完了の強めなのに、未来意志にきこえてきたんです。 …………………………

(めんどりだって) と、自分にいい聞かせながら、町のなかにぽっかりとできた開放地のはずれまでいきました。

(めんどりだって、ひよこが大きくなれば、あ、あ、あんまり動《いい》かさんき、こころから血イがでる) 開放地のはずれの斜面を、草につかまりながらおりていきます。

(めんどりだって、ひよこが大きくなれば、つっつきまわして別《あ》かそうとするッ、あ、そろっとド、そろっとド) 斜面のなかほどにある亀甲墓の上にあおむけになります。

(結局、おやじも) まるっこい大きな甲羅のセメントは風化して黒ずみ、いきものの肌のようになつかしい温《ぬく》みをもっていて、背中になじみます。

(つっつきまわして、追いだそうとしてるんだろう、大きくなりすぎた) 下のほうには、たくさんの町の灯がチカチカと明滅し、(もちろん、働かねばならないさ、そろそろ、な) 町の灯を邪魔に思いたくなるくらいに明るい月がのぼりかけています。

 キャーと叫びごえがするので、斜面の上のほうをみると、二人の少女が手をつないで、そこのはずれまで走ってきていました。

(あれ?) 月の光のなかで、ふたりの姿はぼんやりとしか見えませんが、そこでにげ惑っているようです。すぐにオートバイの音がきこえて、少女たちはオートバイに追いつめられていることがわかりました。オートバイを草のなかにつっこんだ少年が、少女たちをつかまえようとします。三人は笑いさけびながら草のなかを走り、大きな少女がつかまりました。それを救おうとして小さな少女が少年をつきとばします。(あれ、あれは!) それから小さな少女もつかまり、三人はヤジロベエ人形のように、少年の手につながりながらぐるぐる回ります。

(あれはマリーとさちこかなア、マリーと……) ひとりの少女の手がはずれて、あとの少年と少女は、重心を失ったかのように、もつれて草の陰にたおれました。(あ、あんちきしょう、マリーのやつめ!) キャーッと少女の声がまたあがり、もうひとりの少女が、草の陰のふたりにぶつかっていきます。

(あっ、いやだッ、いやだッ) 

三人は草のなかを転がりながら、あばれています。(ああ、もう、いやだッ、もう、いやだッ) ぼくは、そこも追いだされたかのように、斜面をすべっていきました。 

 * 

その頃、町の中には開放地が二つもありました。柵と柵のあいだにできたこの町は、ついに柵をおし倒すまでにふくらんで、柵内の者をおいだしてしまったんです。煩雑と騒音と不衛生とから、基地は島頭《しまがみ》のほうの山地に、統合されて移っていったということでした。

 深夜、ぼくはうつけた心で、その開放地へでていきます。寝苦しさに汗ばむ肌を、空地に集まる夜風に清《すが》しにいくのです。

 放置されたアスファルト道や基礎コンクリートのあいだからは、雑草が芽をふきだし、おい茂って、もう虫たちの森になっています。昼間は遊びに群がるこどもたちに、ひっかきまわされる虫たちも、夜闇のいまは平安のなかにあって、小夜曲をかなでています。

(あ、なかがポンカスーになってるみたいだなア) と、ぼくは自分にはなしかけます。そんな癖がついてしまったんです。 開放地の向うには、黒々とした家々の背中がみえます。軍用道路によりすがって、ひしめきあう家並みなんです。

(あ)と、ぼくはまた声をあげて、たたずみます。

(あ、あそこには、生存競争があるぞ! うばい、かすめ、だまし……) 夜闇のなかの黒い家並みは、のたうち、ころがり、せめぎあってるかのように、見えなくもないのです。

(あそこは戦列だ。一本の軍用道路に生活をかけた戦いをくりひろげている、その……) 消し忘れられたネオン灯が、血のような赤を、ひときわ高い建物の壁にボカッボカッと投げかけています。

(ぼくは戦列から逸脱してしまったなア。もう戻れないだろう。戻りたくもないし……これから戻るくらいなら、なぜ逸脱したんだ、と自分をせめなきゃならないからねえ) 夜風が虫たちの森のうえをゆるがしていくと、風の動きに気をとられたかのように、虫たちはフッと鳴きやみます。

(ぼくは、生きられないかなア。うまれでてきてみるとさア、生活の場であるはずの地上は、誰かの所有物になっていて、そう、平地はもとより、山や森や谷や海岸にいたるまでだよ、そこで生活するためには、支払いをしなければならないという、支払いできない者は生きる権利がないというのかなア、え?)

 権利をのべたてたってどうしようもないのに、そんなことをいってるのでした。

 生きる権利、自由である権利、生をたのしむ権利!

 権利と権利はぶつかりあい、闘いをくりひろげ、ついに一つの権利が勝ちをしめて、権利となるらしいことは知っています。それは支配する権利だともいえなくはないのです。そして小さな権利はふみにじられます。ふみにじられるからこそ、権利々々と叫びたてるもののようなのです。夜空に星がかがやいていて、手をこまねいたぼくは、それを見あげたりします。

(ブルドーザーをもってた儀間高司はさア、村の近くの開放地をやすくかいとって開墾し、何千ヘクタールものキビをつくったというよ。照屋政夫は医科大を卒業して、医者のたまごになったときいたし、あ、ぼくにトルストイを読ませた宮古恵二は、高校を卒業すると警察官になっちまった!……みんなひとかどの場所を占めているんだ。それなのに……ぼくはまるっきり……こどもみたいなもんだよ) 風がまた、ひとわたりふいてきて、感傷にふけっているぼくを清《すが》します。

(こどもかア、こども! こどもはいいなア! こどもは好きだよ! こどもと遊んでると、こっちまでこどもになる。こどもになれなきゃ遊べないんだ。蟻と遊ぶときは蟻、雲と遊ぶときは雲……) こどもは、よどんで腐りかけたドブ水のなかに、流れこんでくる清冽ないずみの水ではあります。だから、よどんでいる水も、すっかり腐ってしまうのをまぬかれているんだと思いますよ。

(誰だって、こどもだった時があるんだのになア、つまりさ、そのいずみの水とやらで、この世に流れこんできたんだろう? それなのに、どうして、腐りかけた水になるんだろう、よどんでしまうからかなア、どんどん、どんどん流れていけば……ぼくはよどんだ水はいやだな)

(二三のこどもかア?……三三のこども……五三のこども……八三のこども、オイ、腰のまがったこどもか! ハハハハ) からだというものはアッという間に成長するらしいです。そして成長がおわったとたんに、もう老衰がはじまるんです。のびきった背はだんだんひくくなり、ツヤツヤした皮膚はシワシワになり……そしてある日……ある日……。

(オイ、苦しい事実をつきつけるなよ!) このやじり声は無視します。理性は心の感情的ことばに流されるべきではないのです。そうですよ、肉体の生命なんて朝露ですよ。はかないものなんですよね。十日も水をやらなきゃ枯死だし、四、五日も養分をやらなけりゃ……それで、ギリギリの生命力でしょう?

 そうでなくっても、生命は約束されてはいない……あすの生命は約束されてはいないんです。あすは何かの事故で死んでしまうかもしれないし、いや病死かな……なにしろ黴菌《ばいきん》や害毒はそこらじゅうに、いっぱいありますからね。急病でなければ……ああ、ぼくは、自分をきりきざむやいばで、みんなをも傷つけてしまうかも知れないけれど、ボタン戦争もあるんでした。悲しい事実ですよ。それに戦慄を感じてもいいと思いますよ。それは、そこにありますからね。

 どうせ、生命力をのばすことができないんなら……あくせくすることはない……と、ぼくは自分に納得させようとしましたよ……そうでなきゃ苦しいんですものね……苦しいんですもの……。うちひしがれて、このうえもなくうちのめされて……。

 そのとき、うしろに、ちかづいてくるものの気配をかんじましたので、あ、これはいけないッと、なにくわぬ顔をしました。

 ……けれども、ふりかえってみると……だれもいなかったんです。

 ……ぼくは、こうべをたれて……ふかくこうべをたれて、なきました。

 ……それは、感じでした。あたたかい目でみてくれてるような……そんな感じでした。あたたかい目の……。 

……それは、あったんです。みんなをみてたんです。

  *

 いよいよ出発だという日の朝、ぼくはボストンバッグに本と下着と、せっけん、歯ブラシをいれて、それを廊下にだしました。「だア、荷物は? ウれだけな?」と、バッグをあけてみながら、おふくろはいいました。「うん」「呆っ気よイ、だア、多《おお》っさけの衣類や道具はヨ!」 こんどは部屋をのぞいて、とんきょうな声をあげています。「がらくたな? 塵捨て場ンかへ持っち行《い》ンじ投げたン」「はあ、置《う》ちおけや帰《け》えて来ゆる場合に、また着られゆるもんにナ? もったいない!」 

たつ鳥あとをにごさずといって、ぼくは前の日に部屋のなかを整理したのでした。 

教科書や雑誌や古着を二つのカマス袋にいれ、前の新城さん宅の自転車をかりてもっていったのです。 

日記ノートや本は捨てるわけにいかないので、紙箱につめて天井裏にかくしました。釘をぬいて板をはずし、また板をうちつけておけば、日記は読まれることもないでしょう。 板をはずしながら、そんなにまですることがあるのか、とも考えましたけれど……かたづけてしまいました。部屋には勉強机とベッドとふとんと、からっぽのタンスしかないのでした。そんな部屋をみて、おふくろはびっくりしているのです。

「仕事着は持っち居《お》ンな?」「内地んかへ行ンじから買《こ》うゆん」「買うゆる暇や有《あ》がや?」「有んよ!」「はあ、おかあが走《は》い飛《と》ばち行ンじ、買《こ》うて来《こ》うらな?」「済むンよ! 胸ドンドンするといいよる者《もん》が、走《は》い飛《と》ばせや、道中行《みちなかい》ンじウッ倒《とお》れらんな?」「いンいいえ、ただいまから走い飛ばすサ! 待っちおれェ!」 

どうしても買いにいかなければ承知できない、という表情です。「あーあ、いらんことしやあ……アンせや、キューシン飲《の》でから行けェ」 

おふくろは小指ほどの壜から、針の先ほどの丸薬を掌にうけて、こわばった指でひとつぶをわけています。「効くンな? この薬は!」「うん、増《ま》しやる如《ごと》あるもんヨ、ホレ、ちびた目糞《めーくす》の如しおって!」「熊の胆《い》し作《つく》たンで云《い》ゆンど!」「アンやことろ苦ささや!」

 それから、忙しく玄関におりたちます。「十時までにゃ帰《け》えて来《こ》うよ、十時半にゃ職安の前《めえ》ンかへ集合《すうごう》やろもん!」「いいっさ!」「あ、この前の如うるジーパンど!」

 おふくろが買ってくれるズボンは、どれもこれもダブダブなものばかりでしたが、(この前の如うる)ジーパンだけは、偶然にもぴったりして、ボロボロになるまではいたのでした。ぼくは、そんなズボンをまた注文するのです。 おふくろを待ってるあいだは、することが何もないので、バッグから本をとりだして、広くなった部屋に腹ばって読みました。 ──にくたいのせいめいをおしむものは、まことのいのちをうしない、にくたいのせいめいをすてるものは、まことのいのちをえるなり──

(うん、そうかア)と、ぼくは考えるために本をつきはなしました。(結局、誰だって生命を惜しみながらも、それを捨てているのにちがいない。捨てざるを得ないんだもの、捨てなくても失われていくんだもの……。ただ惜しみながら、だから……子のためだけに、だとか、できるだけ少なく、だとか、最小限の捨てかたしかできないのにちがいないんだ……とすれば……ぼくは……いさぎよくありたいな) そう、つぶやきました。 ──にくたいは、うつわにしかすぎない──

(あ)とまた本をつきはなしました。

(なんの器だろう? 精神? 精神の活動によってかもしだされたあるもの、こころ? たましい?) ぼくにもし魂があるのなら、その魂はおふくろのそばまで飛んでいました。いえ、ただの想像力のはたらきかも知れませんけれど……ぼくには、おふくろが心臓をはげしく鼓動させながら、那覇の町を走っているのがわかったのです。あせりながら、人混みをかきわけていると、肝はダクダクし息は苦しくなり、それはそっくりそのままこっちにも伝わってきて、ぼくも息が苦しくなり、じっとしてはいられなくなって、部屋を歩きまわりました。

 みんなは仕事にいき学校にいき、居間には甥っこだけが寝ています。ぼくはそばにしゃがんで、無心な顔にみいります。

 玄関の戸がガラッとあく音で、ぼくははねおきました。おふくろは額に汗のつぶをうかせ、あかい顔をし、息をきらしているのでした。「胸ドンドンや大丈夫な!?」「……大……丈夫!」「ジーパンは有《あ》ったん?」「……あれが如うる……ジーパンは……なア売りて……無《ね》えらん、かわりにこれ買《こ》うたン」

 そういって包みからだしてくれたズボンは、草色の作業ズボンで、それはひと目でダブダブであることがわかりました。ぼくは(やっぱりな)と笑って、それをバッグにいれました。もう、職安の前に集合する時間もせまっています。

「ああ、二三なアに成ってから、他所国《よそぐに》ンかへ行《い》けヤ、哀れ苦労すさヨ、島で頑張れやすぐに嫁ン求《と》められゆるもんにヨ!」「何《ぬう》の……哀れがア!」「アンせや、体に気イ付《ち》きて、元気し働きヨ」「うん」「落着けや、すぐに手紙書かんだれや!」「うん!」「聞《ち》ち居《お》ンな?」「聞ち居ンど!」「ああ、ものの言《こと》ン無《ね》えらん、トロトロしヨ!」「思惑《しわ》やさんき!」「まあだ、おとう恨んでろ居《お》ろえナ?」「何《ぬう》のために、いつまでン恨むる!?」「親に心配かけゆるものやあらぬど、はがき一|枚《めえ》しこうこうが成《な》ゆるもんに、はがきン書きヨ!」「うん!」「見送りかへヤ、行からんサ、ねえさんは産気|付《づ》ち入院しおるもん、門口から見送りすサ……あ、ンだ、つかを起《う》こち来うらな!」「………」「車ンかへ気イ付きて、皆とン仲良たさし、相入《そうい》っち働きヨ」「ああ!」「見送りかへヤ行からんもん、門口から見送ゆサ!」「………」「アンすりゃ、行ンじ来うわヤ!?」「………」「元気し……」 

おふくろは、ぼくの気持をおしはかるかのように、目をみはりながら門口にたち、そばには甥っこが、かつてのぼくがそうしたように裾にまといついていました。

 ぼくは陽光に照りはえる坂道をのぼっていきました。うしろはふりかえりませんでした。さようならもいいませんでした。

付記 ぼくは見送り人たちのはじっこに、マリーをみつけました。

(あれッ、マリー、オートバイの少年も集団就職することになったんか?) 野積みされた材木のそばに、ひとりだけポツンとたっているのです。

(それじゃ、マリーも、おわかれだねッ) 泣きだしそうな顔に、苦しそうな笑いをうかべているので、船のかたすみから心の声で、はなしかけます。もう、癖になっているんです。

(マリー遠慮しないでこっち来いよ、テープをかわせばいいだろ?) けれども、パラソルをクルクルまわしたり、きゅうにとめてみたり、いじくってばかりで、それからこっちをみたり、うつむいたり……。

(あれ? オートバイの……ではなかったんか?) まだ四月だというのに、とても暑苦しくて、半袖開襟シャツの背中を、汗がズルッズルッとすべっていきます。

(そんなら、オートバイの少年と遊んでいたのは、マリーじゃなかったんか?) 舷側には、あっちこっちの職安から集まってきた少年少女たちが、二百人ばかりもとりついて、見送り人の一団とテープをひきあいながら叫んでいます。

(うーん……マリー……うーんマリー……でも、いまとなっては……) スピーカーからは曲がなり、船は岸壁をはなれはじめ、さらにたくさんの声がよびかわされ……。

(マリー、とにかく……いまとなっては……もはや……ぼくは……ね……) ぼくは、とたんに苦しくなって、舷側から海をのぞいたり、見送り人たちをみたり、ポツンとしたマリーをみたり……時がすぎていくのを……。[#改ページ]

 ちゅらかあぎ    

 1

 多摩川の堤にきた。草の上に坐っている。目の前には広い河原。音たてて流れる水。静かな向う岸。松林ごしに見える家並み。その向うの森。そしてさらに遠い山々。雪をかぶった山々の向うには、白い富士。空は青く、大気は冷たく、悲しいほどの日和だ。

 小田急線の和泉多摩川で下車した。駅前の小さなパン屋で菓子パンを四個買った。ハムソーセージも一本買って、手さげの布バッグにいれて、人影の少ない上流へむかって歩いてきた。そしていま、ピクニックのようにして草の上の食事をおえた。腹はみちたりて、なごやかな気分だ。

 空には雀たちのさえずりさわぐ声。手元にはトランジスターラジオの音楽。遠くの鉄橋をごうごうと走りわたる電車。河原の薄氷を割る釣竿をもった少年たち。空にこだまする彼らの笑い声。ぼくはそれらの風景を眺めている。その中にあって全部を身に感じている。

 ここ二、三日、ぼくは日記を書いてない。何も心配しないで仕事をやめた。おとといから新宿のベッドハウスに宿泊している。一泊二百円というネオン看板を電車の窓から見てしっていたので、そこへとびこんだのだ。そして街をさまよった。何もすることがなくて映画もみた。何ものかへ推移しようとする、そんな変化のある生活を送りながら、ぼくは何も書かなかった。が、心をひきしめるために、最初の意図をよく思いだすために書こう、そう思って記述する場所をさがして、ここまできたのだ。

 田中製本をやめて五日になる。たった五日だが、ぼくにはとても長い日数のように感じられる。街や郊外をあるいて、くたびれて帰ってくる毎日だった。多摩川べりや荒川の上流あたりをうろついた。十円のきっぷで中央線にのって、遠く日野あたりまでいって、そのまま帰ってきたこともある。毎日そういうふうにぼんやりあるき廻って、何を考えていたというのだろう。生活の心配があることはあったが、心配するなとそれを追いはらって、ポカンとした安心のうちに時をすごした。

 ベッドハウスは朝九時までしかいられない。九時になるとベルが鳴りひびいて、時間ですよオという声がきこえるのだ。ぼくはとびおきて支度する。掃除夫がほうきを持って、各部屋の戸をあけはなっていく。さあさあ、起きてくださいよオ、掃除しますから。ぐずぐずしていると、ごみといっしょに掃きだされることになるのだ。廊下の途中にある洗面台で顔をあらっていると、掃除夫が奥の部屋から掃きだしにかかっていることがわかる。部屋のなかから紙くずや吸いがらがとびだし、敷布がまるめられて投げだされる。

 大急ぎで宿屋をでるけれど、さてどこへいったらいいのだろう。どこにもいくあてがなくて、あっちこっちうろついてあるいているうちに疲れてくる。そして時計をみると、もうたいていお昼まえで、ぼくは通りすがりにパンを買って布バッグにいれ、こんどはそれを食べる場所をさがすのだ。人混みのなかを口をもぐもぐさせてあるくのはいやだから、公園で食べようとするのだが、さがしあるいてるうちにお昼すぎになる。公園のベンチでも人目をはばかって食べなければならない。近所の工員たちが運動をしていたり、日向ぼっこをしていたりして、じろっとこっちをみるのだ。ぼくは水のみ台へいって、喉につまっていたパンを流しこんで、そそくさとたち去っていく。 きのうは新宿区立の図書館をさがしてあるいた。そしてついに、新宿御苑ちかくにそれをみつけることができた。ずっと以前に東京見物のつもりで都電にのって、新宿までいったことがあったが、その時通りに学生たちが行列をつくっていたので、何だろうとみると図書館らしい建物であった。そんな何カ月か前の記憶をたよりに、新宿からあるいてきたのだった。街道ぞいに四谷へむかっていると歩道は朝日をうけて、温かくてよかったけれど、交通がはげしくてほこりや煤煙で目がちかちか痛かった。それで裏通りの小さな路をいくと、こんどは風がつめたいのだった。

 ベッドハウスは夕方五時にならないと開かない。たとえ開いたにしても、あそこへは急いで帰る気がしないのだ。六畳ほどの部屋に八人分のベッドがあって、昨夜も七人がむさくるしく宿泊した。ベッドハウスというよりも、部屋の両側に二段の棚があり、畳がしいてあるだけのものだ。壁も柱も手垢でひかり、畳の上の布団も油垢の臭いがしみつき、布団えりは頬にふれるとひんやりする。 階下で風呂がわきましたよオという声があったので、まっさきにいってみると風呂は熱くてはいれなかった。はいれないようにわざと熱くしてあるのだろうか。風呂場に石鹸をおいてないから、番台の人にそう告げたら、「石鹸ぐらい自分でもってこい。安いどやちんでおめえ、石鹸のめんどうまではみられないよ」 そうしかられたので、銭湯にいくことにした。とにかく、気楽にいこうとつぶやきながらバス通りを横断し……。

「もうそろそろ、まじめになってよォ、仕事にでたろうかと思ってんだけど、どうだいやまの景気は、あいかわらずかい」「まあまあってとこだろな。だけどほら、今年はオリンピックだろう。いつもの年にくらべりゃ、わりと仕事はあるよ。しかし、きのうはまあ、ひでえめにあっちゃったい」「どうしたんだ?」「いやね、ちょっと寝すごしちゃったんでさ、あぶれるかと思ってよ、あらいのバスにとびのっちゃったんだけどさ」

「ヘッ、あらいかあ!? あんなとこにいくもんじゃないぜ。五百もピンハネされてよォ」「手配師やしなってやってるようなもんだな」「仕事もばくばくやらされちゃったろォ」「ああ、ひでえもんだよ。そばにつきっきりで見張ってやがるんだもんな」「それよか、やまだのほうがいいんだよ。ちんたらやってりゃ、金になるしよ。まだきてるんだろ?」「きてるきてる。しかし六時までにゃ決っちゃうからさ、ちょっと寝すごすとだめだな」

 七人のなかの三人は、もう顔なじみらしく競輪競馬のはなしがおそくまでつきなかった。一人は去年の十月から、ずっと遊んでいるというようなことをいっていた。遊んだというのは、毎日競馬へいったということらしかった。

 競馬のはなしはおもしろい。なけなしの金で確実な券を買っていくらかの金をかせぐ。それで二百円の宿泊費をはらったり、大衆食堂で六十円の定食を食べたりする。大穴で金がはいればうまいものを食べ、ひやを一杯ひっかけてくる。そんなことをして結構命をつないでいるらしいのだ。ぼくは競馬など不健全だとは思うけれど、彼らの生活にはなぜだか同意できそうな気がした。

 ぼくも仕事へなどいかないで、競馬でかせいでは勉強のために図書館がよいをしてもよくはないかと、そんなことを考えたりしたのだ。仕事のはなしにはきき耳をたてたけれど、よくわからなかった。あぶれとかピンハネとかいうから、それは日雇い仕事のはなしにちがいなかったけれど……。

 中央線で立川まできて、南武線にのりかえた。駅売店で新聞を買って、募集広告をみる。アルバイトの仕事が三件あった。募集に応じて出向いていくつもりはなかったが、もう安心はしていた。きのうの新聞にも二、三件あった。このぶんだと毎日、二、三件はあるだろう。アルバイトの仕事は、いつでもたやすく見つかるはずだ。 ぼくは日払いのアルバイトをしようと決めている。一日働いて、千円から二千円程をかせいで、あとはそれで二、三日暮らしたい。ベッドハウスに宿泊して、日に二食の定食をたべる。それでじゅうぶん生きていけるはずである。一日働けば二日は働かなくていい。その二日をぼくはどういうふうに活用しようか。働く日より休みの日のほうが多いのだ。

 南武線の電車は南武蔵野をよこぎって、多摩川ぞいに川崎へとくだっていく。左手にも右手にも田畑がひろがって、農家があり木立ちがあった。ナシ畑が多かった。だんだんに開かれて、郊外の住宅地にうつりかわろうとしている様子も感じられた。新しい家が畑のなかに建てられつつあった。新しい団地も点在していた。川崎の工業地帯に働く人々が、ここに住家を求めて散ってきたのだろうか。

 電車は真昼の日をあびて、畑があったり家があったりする野を、ごとごとかけぬける。窓からは光がさしこんで肩が温まる。外を見るとまぶしくて、目をほそめなければならない。そのとき懶《ものう》い春という感じがあった。そうだ、これからは温かい春にむかっているのだ。その春のつぎには、暑い夏がひかえている。活動的になれる季節だ。そんな思いをもったぼくは、なぜだかふてぶてしい居直りの感情にとらわれた。大地は温かい。何をあくせくすることがあるだろう。住む家がなくて野になげだされたにしても、草の中ででも毎日がすごせる。

 電車のなかでは通勤の客が目についた。背広をきちんと着た男が、疲れたような顔色で坐っているのだ。クスッとした笑いが思わず口もとにきた。嘲笑とも憐憫ともつかない感情がそうさせたのだ。あるいは同情なのだろうか。

 ぼくは肉体的には、落ちるところまで落ちた。もうこれより下へは落ちないであろう。これより下に落ちることは、肉体の死を意味する。路頭に迷いでて、風雨のなかで寒さにふるえ、水をのんで空腹にたえるという生活しか残されていないのだ。そしてそんな生活も四十日と続くまい。ぼくは肉体の死をおそれるのではない。むしろ神の前に顔をあげきれないのをおそれる。

 ぼくは川崎にきた。ついでに図書館にいってみることにした。が、月曜日は休みだ。節約して、駅から徒歩できたのに、シャッターは閉っていてがっかりだ。朝から何も食べていなかった。徒歩でくる時に魚屋の前を通ったら、魚てんぷらを揚げていたので、そこまでもどっていって、温かいあじてん五枚を買ってきた。労働会館の前の公園で、新聞を読みふけっているふりをして食べる。寒風がでたせいか人影はない。ぼくは手を温めては書き、手を温めては書きしている。

  2

 田中製本は、ビルの谷間にはさまれた、木造二階だての小さな工場だった。 ビルを若者にたとえるなら、こっちは腰が矩《かね》の手にまがった、おばあさんだ。(あいな、あいな、あが遠《とお》さから、よう走《は》っち来《く》られイたさや) そういって腰をのばして、ひとを迎える田舎のおばあさんのような……そんな感じの……。

 船酔いはまだのこっていた。工場の二階の廊下を歩いていると、船室から船室へつながる廊下を歩いているような気がして、足もとがぐらりぐらりと揺れるのだ。 じっさいには、大地の上にしっかりと建った、住込み部屋にいることは知っているのだが、揺れうごく船の上にいるような感じがしたのだ。 これが錯覚というやつだな、ぼくはそうつぶやいて壁にもたれ、平衡をたもちながらそろりそろりと歩いた。

 島の最北端を通過したころから、船は揺れはじめた。どっしりとした大きな揺れだった。海の色は青から紫に変っていた。島の影は海原のかなたに、小さくかぼそく見えかくれして、水に浮ぶ帯のように頼りなげだった。かつてのぼくがあそこで、山羊の草刈りをしたり、父母といいあらそったりしたことがあったとは思えなかった。

 船は波頭をきりさいてしぶきをかぶった。誰かのトランジスターラジオからは、ふるさとの民謡がながれていたが、それもいつしかとだえがちになった。もう甲板にたってはいられなかった。ぼくは他の集団就職の人たちといっしょに、船尾のほうの二等室にいたのだが、そこは特に揺れがひどいらしいことがわかった。 波頭をつっきるさいに、船首はだっとのしあがる。その時船尾は反動でぐっと沈むわけだ。きりさかれた波は、はげしく船腹をたたいてながれさっていった。夕食がでたけれど、ひと口もたべられなかった。腹にのこっていたものも吐いてしまった。起きる元気もなくなって、うなされながら横になっていた。

 船はますます揺れはじめた。谷間にのまれるようにすべっていっては、あえぎあえぎ波のいただきにはいのぼった。スクリューが波からあらわれて、ガラッガラッと空転した。その振動は船全体をふるわせ、ぼくたちの体にもひびいてきた。谷底におちる時にはふわりッと体が浮き、谷底におちた瞬間にはずしッと体が床にへばりついた。重力を失ってふわりッと浮くほど不安な状態はない。はっとしては緊張し、一ト息したかと思うとまた体が浮いて、結局緊張のしどおしでまいってしまった。はやく陸についてくれればいいと、ただひたすら念じるだけだった。

大げさにギシギシいう廊下をいって、トイレのチューリップに向かっていると、うしろの戸がさっと開いて、食堂の電燈の光がさしこんできた。「あれえーッ」 女の声がきこえたのでふりかえろうとしたら、戸はバタンとしまり、「電燈もつけないで、便所に入ってるさあ」 女子部屋の同僚に、そんなふうに大声で報告している。「だあれ?」「きょうきたばかりの、ほら、あの男さあ」 ぼくはドキッとした。

(そうだ、どこかそのへんにスイッチがあるはずなんだ)(どうもおかしいと思った。やっぱり電燈をつけるようになってるんだな) ぐるりを見まわしたが、暗くてスイッチは見つからない。

(外にあるんだろうか?) トイレをでると、女は戸のそばに待っていた。壁にたれさがったひもをひっぱって、電燈をつけた。「うわーッきたない。ほれッこんなに汚してッ」 遠慮のない声だった。

(ぼくは、知らなかったんだもの、なさけないなあ)(会ったばかりの男に、そんな苦言を平気でいう女は、ぼくはきらいだな)

(ああそれにしても、会ったばかりの女に、そんなことをいわれる自分も、いやだなあ) ああいやだ、ああなさけないと、そんな表情で部屋に逃げこんだけれど、これからのここでの生活が思いやられて……。

 そう、そう、チューリップに向かってたちながらさ、臭気ぬきのような窓から外を窺うと、すぐそこに、手のとどきそうな位に近い、すぐそこに、隣りのビルの荒壁がみえたんだよ。

 深海艇バチスカーフの覗窓から、暗い岩肌をみているような気がして、ぼくは身ぶるいした。おそれ?

 そう、そこには冷たい風がよどんでいて、闇にとざされた世界があったんだ。ひっそりとした、未知の海溝の……。それでぼくは、つらいような気持に、とらわれたんだけど……。

「まあ、遠いところから、ようおいでなすったわねえ。船旅はたいへんだったでございましょう?」

 おばあさんのひとが、部屋に顔をみせるなりそういった。「あなたの場合ですと、いくにちほどかかりました?」「三泊四日でした。とちゅう時化《しけ》にあって」「まあ、四日も。それはそれはたいへんだったですわねえ。あ、どうぞどうぞ、お気をらくうになすってくださいまし。うちはちっちゃな会社ですから、みんな家族みたいなもので、ちっとも遠慮はいらないんですよ。お食事はどうですか? お口にあいますですか?」「はあ」「ええ、ええ。しっかり食べて、はやあく元気をとりもどしてください。それからあのう、これは銭湯のきっぷですから」「銭湯の……ですか?」「ええ、あとで誰かさんといっしょに、いってらっしゃい。うちに風呂があればいいんですけどねえ、なにしろごらんのとおりの狭さでございましょ?

 それでみなさんにはつぎつぎ十五枚の入浴券をさしあげてるんですよ。川平さんにでもつれていってもらいなさいまし。お湯にはいれば、旅のつかれもすぐにとれますでしょうから」「はあ」 ぼくは美しい言葉にききほれて、ポカンとしてしまった。流暢な日本語を、なまできいたのは初めてのことなのだ。それにしてもここには、ほんとにまあおばあさんがいたんだ。

 先に沖縄からやってきた二人の青年は、外から帰ってくるとぼくの部屋に集まった。そこで社内の様子をきいたのだが、あまりかんばしくないものであった。 名護町からきたという照屋くんはいうのだった。

「おい、壁に耳ありど、方言|使《ちか》れえっさ!。とにかくさ、兄さんやこん如《ごと》しよる所《とくろ》ンかへ申《もう》し込《こ》で、損《すん》し居《お》んよ」 

那覇市からきたという川平くんもこういうのだ。「あばい切《ち》りるか働かさってよォ。毎日《めえにち》めえにち九時十時まで残業ざんぎょうで、いち大事《でえじ》どォ」 彼らは去年中学を卒業して、すぐにここにきたということだった。三人できて一人はもうやめてしまったというのだ。「あーあ、沖縄《うちな》ンかへ早《へ》えく帰《け》えり欲《ぼ》さっさァ」

「バカひゃあ、旅費《りよひ》ン無《ね》えらんもんに帰《け》えられゆんな!? とにかく別《べち》ンかへ仕事見ちきらんとならんよ。其《う》れからやサ」 そしてあしたも、仕事をさがしにいきたいというのだ。仕事がみつかりしだい、こっそりやめるというのだ。

「あん如《ごと》うる安月給し、痩《や》し枯《が》れるか扱《こ》ん使《つか》あってよ」「此《う》れこの膝《ひざ》の汚《よご》れ! 紙ぼこりがタッ喰《く》わってまっくろよ」

 二人は風呂屋でもそんなはなしをしていたのだ。誰それは不親切だとか、誰それは非道い人間だとか愚痴をこぼしていたのだ。

「ビールの一、二本はさげてくればいいのに……」 

そういう声が隣りの部屋からきこえてきた。本を読んでいると突然に、そんな声が耳にはいったのだ。ぼくのことをいっていたのだろうか。ただそういう声しかききとれなかったのだが、あるいはここに新しく入ってきたぼくは、先輩たちの交誼をえるために、おみやげのひとつぐらいは持ってくるべきだったのだろうか。しかしまさか、そんなことをいわれるとは思ってもみなかったので、ぼくは困惑した。

「……無口で、つきあいのわるい奴だよ……」

 そういうような声も、それからしばらくしてきいた。彼らは隣りの部屋でビールをのみながら、にぎやかに談笑していたのだ。ぼくのことを話題にしていたのだろうか。はっきりしたことは何もわからなかったが、とにかくそんなことをいっていたのだ。

 いったりきたり。ぼくは断裁機のそばに雑誌をはこんだ。一日じゅうそういう仕事をした。雑誌は焼付機からでてくる。表紙をくるまれた雑誌は、背中の糊をかわかすことと、型をきめるために、焼けた鉄板のうえに背を下にして並べられ、三方からの圧力でもってアイロンがけされる。

 とったりおいたり。糊の匂いと熱をもった雑誌をかかえて、一日じゅう同じ動作のくりかえしだ。雑誌は断裁機にいれられ、背中をのこして三方を切りおとされる。機からでてくると、もうりっぱな商品だ。それは結束機で、二十冊ほどにたばねられて、出荷口へつみあげられる。

 走ったりとまったり。雑誌をささげもっていっては、それを置いてとってかえし、またささげもっては走っていく。一日じゅうそればかりだ。作業着のおなかのあたりは、糊がこびりついてごわごわになった。工場の奥のほうでは、丁合をするという機械が、ガッチャンガッチャン動いている。

 ぼくは大山のブロック工場で働いていた。それは海のみえる台場のはずれにあった。工場といっても、何本かの丸太をたてて角材をかけわたし、テントをかぶせただけのものだった。直射日光をさえぎるためのテントだ。テントの下にブロックをつくる機械が据えられ、ミキサーは外のしろく輝く砂山にうもれていた。テントの前には、塩田《えんでん》のようにひろい露天のブロック干し場があった。みんなは晴天の日だけ、仕事をするのだった。ずしっと重いなまのブロックを、両手でかかえて干し場に走った。つぎのブロックができるまでには、走りもどらねばならなかった。一人あて二百個のブロックをつくった。二百個つくらなければ、島の人夫の平均賃金の二ドルにならなかったのだ。五人で千個をつくるのは大変だった。機械と干し場のあいだをいったりきたり、うだるような暑さのなかを動きまわった。けれども決してつらくはなかった。走りながら目を遠くにやると、青い海をみわたすことができた。そばの小道を若い女のひとが通ると、みんなは野次をとばした。喉がかわけば、ミキサーのそばの水道から水をがぶのみした。ついでに頭や顔にぶっかけて涼をとった。海からの風がたちまちのうちに、熱と汗をふきとってくれるのがわかった。風がないときには、口笛をふいて風をよんだ。日にほてったからだを、風にふきなでさせるのは快かった。炎天も働くものにとっては、うれしいのだ。とおい海原には、白い船や黒い船がうかんでいた。本土航路の旅客船や貨物船だ。それは空と海の青のなかに、こびりついた紙魚《しみ》のようだった。みていると動かないけれど、ときたま目をやると移動しているのだった。ぼくは島のそとに恋いこがれていた。いつの日にかあの船にのって、と思うとそれはつのるばかりだった。

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