新助さんにだいたいの道順を教えてもらい、地図も調べてみたりして、略図を頭にいれて出かけていった。なるほどずらりと同じ店が並んでいる。ぼくは人に押されながら値札だけをみて歩いた。目にもあざやかな新品の商品ばかりで、それだけでもうおじけづいてしまう。どこにも千円のラジオは売ってない。こんなところにくるんじゃなかった。ここは古物を売るところではない。平静をよそおっていたが、つらかった。結局ぼくは、店に入ったり出たりして疲れてしまった。自分が蒼白な顔をしているような気がして、通りを歩くのもはずかしかった。何という人だかりだろう。彼らは何の目的で出てきたんだろう。ぼくはラジオを買いにきたのだが、彼らはただこんな人混みを好んで、気晴らしのために歩いてるのかもしれない。そんなおしゃれな若い人たちが多かったのだ。
残業がないので六時にしまう。ふところには金があるから、みんないそいで風呂にいき支度して街へでる。ぼくも辞典を買いにいく。運転手が近くの映画館を教えてくれというので、いっしょにいくことにする。ぼくはブレザーコートをきた。自分でも気持がいいと思えるほど、よい恰好をしている。辞典をかかえて、南明座までいく。古本屋あるきを考えていたが、映画をみることにした。太陽の下の十万ドル。あっけない終止。
夜ふけの暗い街をいそいで帰ってくる。あしたからは仕事。運転手はいまの仕事をどう思うかという。それで満足か、何かの技術を身につけて、もっとゼニの取れる方法を考えなくてもいいのか。ぼくはそういわれて心外な気がした。これでじゅうぶんだ。ぼくはこんな生活を望んでこんな状態にある。これ以上のことはない。しかし他からみれば無為に人生を過ごしているようにもみえるのだろう。なるほど製本屋、それは大の男がする仕事じゃない。ぼくにはもっと別の、全身全霊をうちこんで働ける仕事がほしい。それはそうなんだけど……。
川平くんが十時ごろたずねてきた。ぼくがここにきて間もなくして、やめていった沖縄《うちなあ》ン衆《ちゆ》だ。ぼくはもてなすつもりで、卵をいれて即席ラーメンをつくった。夜食用に買っておいたものだが、どんぶりに盛って食べさせた。それからビタミン補給のために買っておいた七、八個のみかんもだしてすすめた。これは三日分のつもりであったのだが、気前よくすすめた。ついさっききょうの分をたべたばかりであったが、だしたついでに禁をやぶってもいいつもりで、自分もたべた。
「助手の仕事やきつくは無《ね》えんな?」「あいな、兄さんよ。助手席に居《い》ちよりや済《す》むるもんに、楽よ。時間のたつしン判らんどオ。車の窓から東京見物も出来《でき》ゆるもん」「ふうん、そうか。してもあぶなくは無《ね》えんな?」「大丈夫よォ。鼻の穴やまっくる成《な》ゆるか排気ガス吸《す》うしがよ。頑張って運転免許とってよ、車の一台ぐれえや買《こ》うて帰《けえ》らなと思うて居《お》んよ」「それはいい。頑張りよ。で? 照屋くんは?」「あれや、夕べから長距離で名古屋ンかへ行《い》んじ、まあだ帰《けえ》らんもんな」
二時間ばかり雑談して、それから電車にのって有楽町の映画館街へいった。邦画がいいか洋画がいいかときいた。ぼくとしては邦画はなかなか見る気がしない。見るなら威勢のいい西部劇がいい。西部男の汗の臭いと、かわいた平原の砂ぼこりと、からりとした太陽の明るさがあればなおいい。しかし川平くんは邦画がいいときっぱり答え、あ、あれにしようと通りにだされた絵看板をゆびさした。
川平くんとぼくは五時ごろ、神田に帰ってきて、それから近くの食堂へよった。彼はなかなか帰ろうとする様子がなかったのである。ぼくは映画をみた時から、つまらなくなっていた。電車賃も映画代もぼくに払わせて小遣いは使いはたされていたのだ。ぼくは自分をはげまして、彼にはすまないけれど帰ってもらった。ちっとも楽しくない日曜日で、解放されてから深いためいきを何度もついた。
テレビニュースをみていたら、警視庁には、一万八千体の身元不明の遺体があるというのだった。またいっぽう、身上相談の窓口には、家出人の安否を気づかう両親や妻子が、捜索願いにつめかけてくるというのだ。そこで係官は、家出人のその当時の服装や所持品をきいて、いちいち身元不明の遺体と照合してみるというのだった
。「もう十年も前のことでございますけんど、お盆をちょっとすぎた、九月ごろのことで、運転免許の試験をうけに行てくるちゅうて、家をでたまんま、それきりもどりませなんです。どうしたことじゃろ、試験におちたんで、どこぞ友だちの家ででも、ぶらぶらしてるのかしらんと思うて、気の弱い子でしたけんねえ、一週間ばかりは待ってみましたけんど、ひと月すぎても戻ってきませんで、これはおかしい思うて、駐在さんに捜索願いをだしたわけでございましたが……それきりいままで何の沙汰もありませんで、はい……たった一枚のはがきでいい、元気でどこそこに働いちょるといってよこせや、それだけで孝行になりますものを……たった五円のはがきで、いまは七円ですけんど、まえは五円でしたけん、五円のはがきで親孝行ができますものをと、じいさんとはなしたことでございました」
涙をうかべた目で、老婆がはなしているのをみているうちに、ぼくはたまらなくなった。やつれたきつい顔をしてこっちを見ていた。ぼくは部屋をとびだしていって、最初にみつかった文房具店にとびこんで、便箋と封筒を買った。
みんな幸せに暮らしておりますか。家には笑い声がありますか。笑い声をたやさないようにして下さい。克夫はまだみんなを笑わせますか。それとも学がもう大きくなって、みんなを笑わせますか。おとうは、まだ軍作業にかよっていますか。小脇に弁当箱をかかえて、手をふりふり、まっくろに陽やけして、仕事にいきもどりしていますか。そんな姿が目にうかびます。おかあはやはりテレビをみながら、子守りをしていますか。マイクロウエーブが開通したそうで、毎日、日本のいい番組がみられて勉強になりますね。豊美は、高校二年になったはずです。もう高校にもなれて、おちついて勉強しているでしょうか。直子はいまでもやっぱり、銀行に通っていますか。はやくいい男の人をみつけるようにいって下さい。初は日曜日ごとに、真ちゃん悟をつれてくるし良子は店番のあい間に、まるまるふとった美智や信一をつれてきて、家は賑わって、わいわいがやがや騒がしいことでしょうね。そんな家の光景が思いだされます。みんな幸せでいて下さい。家のなかが暗いとしたら、ぼくは苦しくてたまりません。(おとう、おっかあへ つねをより)
田中製本では、新聞に募集広告をだしたらしく、いろんな学生たちがアルバイトにやってきた。女子学生もくれば、男子学生もくる。そして二、三日もたたないうちに去ってしまうのだ。女子学生にとって製本の仕事は、重労働であるうえに、紙ぼこりがひどくて、頭をまっ白にし、足をまっ黒にする。それは女性の肌にわるいのかも知れなかった。男子学生にとっては、紙ぼこりも重労働も気にならないけれど、賃金が安いという点が不満なのであろう。
いれかわりたちかわり、やめては入ってくる学生たちをみても、ぼくは心を動かされなくなっていた。あ、またきたな、という程度に一瞥して、あとは無関心だったのだ。すぐにやめてしまうのだから、いちいち関心をよせていては、こっちがまいる。ところで、そういう学生たちのなかに、あのおさげ姉妹がいたのである。もちろん、おさげ姉妹はすぐにはやめなかった。それどころか、よく頑張って工員のみんなから、愛称さえもらったのである。
じっさいに、妹のほうはおさげであった。一週間ほど先にやってきて働きはじめ、それから、姉のほうも通いはじめた。妹の方は背が小さくて高校一年生ぐらいにみえた。姉のほうは高校を卒業したてのような感じだった。妹のほうは隅にひっこんで仕事をしていたけれど、姉のほうは元気があって、てきぱきしていた。車に配本を積むといえば、すぐに飛んできて、運転手や工員たちのあいだに割りこんで、本を手わたす列に加わった。そんなところは、男の子のような気性をもった娘として、みんなに好かれたようだ。いつもにこにこ愛嬌があって、みんなは遠慮なしに仕事によびこみ、いたずらはんぶんにこづいたりしたのである。
六時になると、おさげ姉妹は、みんなが食事しているそばを、さよならバイバーイといって通りぬける。更衣室が、というより女子部屋が食堂の向うにあるので、住込みをしているみんなの食事時間と、ちょうどかちあうのである。妹の方はちょこちょこと小走りになり、姉のほうはいたずらっぽくはねて、大原くんにだけ(バイバーイ)という。気どって手をふりながら(また、あしたね)ということもある。それらのしぐさはいかにも、仕事から解放されて家に帰れるうれしさにみちあふれている。そういうことがたびかさなって、ぼくもようやく、関心を向けたのだった。
「頑張るなア、あの子たち」 ぼくは隣りに坐っている新助さんにいった。
「ん?」
丁合機の係である彼は、ごはんを口いっぱいにいれていたので返事ができなかった。「あの子たちさ、感心だなア、どこからくるんだろう?」「さてな、東京のいなか、だとかいっていたが……」
仕事の上でも一番頭である彼は、そんなことにはたいして関心がなさそうだった。
「高校生?」「いや大学だよ、この春から四年になるとかいってた。妹のほうもあれで大学一年らしいよ」「へえ、まだ、高校生のようにしかみえないのに……かあ?」 ぼくは驚いた。(大学生なら十八歳以上のはずだ。それにしては妹のほうは育ちが悪い。姉のほうは子供っぽい)そんなふうなことを思ったのである。
ところでなぜ、大原くんにだけバイバイといって、手をふるのかといえば、それは大原くんが、この工場ではいちばんに美少年だからである。それに年齢も同じぐらいだからであろう。大原くんは中学を卒業すると、東北から集団就職で上京してきて、旋盤工やその他の仕事を転々としたらしい。ほそい肩は、なよなよとして、黒目がちの瞳には、人なつっこい感じがある。大原くんは自分でもそのことをよく知っていたようだ。この工場でいちばん若いことは確かだし、みんなに好かれるいい顔かたちをしているのも確かだと思っていて、姉のほうが通いはじめた時には、さっそくそばにいって話しかけた。そしてふたりは急速に親しくなったのである。
大原くんはすっかりのぼせあがった。(あの子はもうおれのものだぞ、あの子もおれを好いてくれている。そうでなきゃ、こんなに親しくなれるわけないだろ)そんなふうなことをぼくに告げたことでもわかる。しかし、娘はみんなに親切だった。だれにもわけへだてなく愛嬌があったのである。そのために大原くんは、はしゃいだり、ふさぎこんだりしていた。
彼女の親切さは誰にも好かれたが、娘を好くほうには、それぞれに邪心があった。娘がこんなに愛嬌がいいのは、自分に気があるからではないだろうか、と勘ちがいした。恋愛に経験のない男ほど、その勘ちがいはひどかったのである。ぼくもその中のひとりである。しばらくのあいだは(ほう、この娘はなんて変っているんだろう)と讃嘆の目でみていた。(ちっとも意地悪さのない娘だ。まるで子供のような心で、ふるまっている娘だ)そこでちょっとした会話をこころみたり、娘の仕事を助けてやったりしたのである。娘の愛嬌はぼくにも同じく与えられた。そしてぼくものぼせあがってしまった。彼女をかきくどいてみよう、といろいろ考えたのだ。それはすぐに、甘い夢想に変ってしまって、そのために、寝つかれない夜がつづいたのである。
さて、そして今朝のことだ。ぼくは彼女にたいする好意を、胸のうちに隠しておくのが苦しくなった。それは自分勝手にふくらましてしまった好意であったのだが、とにかく、ふくらましてしまったものは、もう胸におさまりきれない。そこできれいさっぱり、さらけだそうとしたのである。本を運びながら思いをこめて、彼女をみつめたりしたのである。彼女は台のところで佐藤さんたちと一緒に婦人雑誌の付録に型紙をさしこんでいた。ぼくは本が焼付機から出てくるのを待つあいだ彼女をじっとみつめ、彼女の目とかちあうと、いそいで視線をそらしたり、はッとしたふうをよそおって伏目にもなった。その時は真剣な思いをその目にこめていたかも知れないが、よくもそんなことができたものである。そこでぼくは彼女からはっきりした返答をもらうことになったのだ。(あら、あのひと、へんねえ、なぜわたしを、そんなに見つめるのかしら、おかしいわね)
そんなふうに、首をかしげてみせたのである。首をかしげるという、ちいさな、あるかないかぐらいのしぐさで、ぼくはあッと思い、(いやだ、いやだなあッ)と叫び、そして急に、耳たぶをほてらせたのである。彼女の視線から逃げながら、(そうか、そうだったのか)と恥じたのである。ぼくの恋の顛末《てんまつ》は、これでぜんぶであるのだが……いろいろと考えさせられた。たとえば喜納なつ子のことなども、まざまざと思い出されて……。
屋上に出るドアーを開けると、まぶしくて一瞬目がくらんだ。雨ざらしになったショーケースやこわれた机などの上で遊んでいた光が、はげしく飛びはねたのだ。目をほそめながら白い世界にふみこんでいくと、たちのぼってくる熱気で体があぶられるようだった。
「ああ、びっくりしたなア。あいつがデパートに勤めていたとは」「あい、いまさっきのおなごな?」「うん。喜納なつ子というんだ。中学三年から高校二年の時まで一緒だったんだぜ」「ふんとう? ははあ、それでニイサンは惚れておったんだろう?!」「そうなんだ、まさに」「じゃ、胸がワサめくか?」「ああ、ワサめくワサめく!!」
古くなった長椅子や錆びたレジスターのそばを通って道路側の柵までいって、かついできた垂れ幕をなげおろした。白い登山帽をとって顔や首の汗をぬぐっていると、青天からふりそそぐ陽光が項や腕をちりちりと焼いて痛いのだった。
「丈高《たけたか》あだったね?」「そうだろう? 百七十ぐらいあるんじゃないかな」「ひゃあ、アメリカーみたいだな」「そうなんだ、運動会のときなんかブルーマはいてさ、先頭を行進してたけどすごかったぞ」「どこもかも大きかった?」「うん、ただもう圧倒されるくらいに」 農夫などは夏のその時刻をまふっか(真沸膏?)といって、野良仕事をやめて陽射がなえるまで休むのだったが、町の看板屋に勤めるぼくたちは休むわけにはいかなかった。屋上から見下す町は煮えたつ油の中にあるかのようにゆらめいていた。遠くの路上をはしる車は陽炎《かげろう》の中に浮いて見えた。
「語らったことは、ある?」「いや、いちども。彼女は無口なんだ。とてもおとなしくて」「にぶいんじゃない? 胴が大きいから」「そうじゃないよ、性格なんだよ。もっとも高校入試に失敗してさ、傍聴生になってぼくたちのクラスに入ってきたんだけど」「ほれ、頭悪うだったんだよ」「そりゃ頭のいいやつに比べたら、だれだって頭悪うになっちゃうさ。ぼくはむしろ頑張るなアと思って注目してたんだけど」
大売り出しの垂れ幕をひろげて、上端と下端に短い桟木をさしこんだ。桟木の両方にはロープを結えつけて屋上から垂らした。ぼくが柵にロープをまきつけているあいだに、鉄夫は二階におりていって窓から身をのりだして手すりにロープを結びつけた。
「しっかり結んだ? お中元がおわるまではずれんように」「うん。がっちり。ひゃあ色白うだったなア」「また、見たんか?」「見た、見た。婦人服売場にいたよ。でもすましていて冷たい感じ!」「昔タイプの日本女性なんだ。おっとりしていてやさしくて」「どこに住んでる?」「よくは知らないけど、十字路あたりじゃないかなア。土曜日には掃除当番が一緒だったけどさ、ぼくたちは怠けているのに、彼女たちは何にもいわずに男生徒の分までやってくれてたんだぜ」「あとつければいいのに!」「え? いや、いやだよ。見つかったら困るよ」「じゃぼくがあとつけて調べてやろうか?」「ええッ?!」
お盆もまぢかい或る夕べ、ぼくはコザ十字路にいく坂をくだっていった。開放地の前をすぎて切通しの道にさしかかると、町からの風がふきあげてきて気持がよかった。どこからともなく盆踊りを練習する青年団の太鼓の音や歌声がきこえていた。あえぎあえぎ坂を登ってくる車をしり目に、ぼくはとんとんとはずみながら行った。両腕をひろげるとそのまま風に乗るみたいで、心のおもむくままに町の上を飛びまわりたくもなる。
仕事仲間の鉄夫がつきとめてくれたなつ子の家は、坂の途中の町中にあった。鎌原でバスをおりると、左側の道下に市場や風呂屋やブロック工場があり、風呂屋の向かいに豆腐屋さんがあって、その家だよと鉄夫はいうのだ。意外だった。鎌原のその豆腐屋さんなら知っていたのだ。まっくろに陽焼けしたおばさんが手拭いをかぶり、大きな箱を自転車につんで汗をふきふき豆腐を売りあるくのを何度も見ていたのだ。
交通事故で夫を失った後も女手一つで豆腐屋をきりまわし、三人の子を育てているという話をおふくろから聞いた時、ぼくの胸はもの思いでいっぱいになり、親愛なるなつ子様という書きだしで手紙さえ送りたくなったのだった。ふきあげる夕風はズボンやシャツを体にぴったりさせて、股のところに気になるふくらみを作っていたが、夜目では誰も気づくまいとはねていった。コンクリートでうち固められた急な坂をおりて、電燈で明るい市場の中を通った。
豆腐屋さんの前に出ると台所が見えて、洗ったばかりの箱がつみかさねられ、タイルばりの水槽には水がみたされていた。家は通りにくっついていて塀もなければ垣もない。居間では黒いズボンをはいた男の子が寝そべってテレビを見ていた。次の部屋にはギンガムチェックのカーテンがつるしてあって彼女の部屋にちがいなかった。ガラス戸は下がくもりガラスで上は透明なガラスだ。ひょいとジャンプすると中がのぞけそうだったが、ためらっているうちに通りすぎてしまった。
盆踊りの練習を見にいってもよかったが、それよりも彼女の家のそばをうろうろしたいのだった。ブロック工場の庭につまれたブロックの上に坐って休みながら、彼女の家のほうばかり気にしていた。工場の平屋根にあがれば涼しくもあり、彼女の部屋ものぞけるだろうと思って登ったがだめだった。隣りの屋根からだとまっ正面でもあり、腹ばってあごを腕にのせながらいつまでも眺めていられるようだ。隣りの屋根にとびうつって身をふせた。カーテンのすきまから明るい部屋が見えて、壁にはデパートの制服もかけられていた。
鼻先を湯気と石鹸の匂いがかすめていくので、上を見あげると換気窓があって白い蒸気がもれでている。ぼくは風呂屋の屋根にあがっていたのだ。水音や話し声なども聞えてくる。その時部屋の中に白いものが動く気配がした。ほうきを持った彼女が窓をあけはなっていた。ぼくはぴったり屋根にへばりついた、が遅かった。彼女がこっちを見つめながら呆然とたちつくしたのだ。心臓がひっくりかえるような感じがしてきゅっと痛んだ。
戸を閉める音で顔をあげるとカーテンもひかれていた。失敗だったかなアと口走りながら、屋根をおりて一目散にかけた。膝ががくがくして力がはいらない。なぜあんなことをしたんだろうと思ってもぼくには判らなかった。あえぎながら坂をのぼって、それから町をふりかえると、青白く澄んだ十三夜の月が屋根々々や小さな田畑や遠くの森を照らしていた。
お盆の日の夜になって、ぼくはなつ子の家をうかがいながら市場の前の四つ角にたっていた。サンダルをはいた黒人が豆腐屋の隣りの門から出てきて、こっちをじろじろ見ながら市場にはいっていった。しばらくして彼はビールを二本ぶらさげて出てきて声をかけた。「おい、そこで何してるんだ?」「え?」「何してるかと、きいているんだよ」「何も……」「ははあ、お前だな!?」「え?」「おれのポータブルラジオ盗んだのはお前だな!?」「ラジオ?」 彼は両手にさげていたビールビンを肩にのせた。背丈はぼくより低かったが、ずんぐりしていて力が強そうだった。びんでとんとんと肩を叩きながら目をひからせている。びんがいつぼくの額にとんでくるかわからないのでたじたじになってしまう。「四、五日前、おれの部屋からラジオ盗んだろ?」「ぼくはぬすっとボーイじゃない!」「いや、お前はきっとそうだ。あれはどこへ持っていった?」「ぼくは知らないよ! 何をいってるのか」「返答しろよ、あれはどうしたんだ? 六十ドルもしたんだぜ!?」「ぼくはぬすっとボーイじゃないといってるのに!」「それじゃ、ここで何してやがるんだ?!」
背の高い黒人がもう一人門から出てきた。その時、豆腐屋の窓になつ子が坐っているのにぼくは気づいたのだ。うちわで衿元をあおぎながら、こっちの様子を見ていた。まずいことになってしまったものだ。背のたかい方はやさしそうだった。「おい、ジム。何が起こったんだ?」「こいつさ、へんなボーイだぜ、さっきから」「散歩してるんだよ」「ジム、彼にかまうなよ。おれはトラブルはごめんだぜ」「それじゃ何だって、ここばっかりをうろつくんだ!?」「それはぼくの勝手だろう? 八月十五夜の祭りなんだもの」「そうだよジム、彼のいうとおりだ。もうおれは帰るぜ」「待てよフロム、ビールは飲まないのか?」
彼女は顔の半分に電燈の光をうけて、まぶしそうにしてこっちを見ていたが、二人の黒人とやりあっているのがぼくであることに気づいただろうか。ぼくは板塀に背中がつくまであとずさりした。ジムもしつっこくにじりよってきた。「じゃ、よろしい。ほんとのことをいうよ」「はやくいえ!」「あそこの窓にガールが見えるだろ? 彼女はクラスメートなんだ」「それがどうした!」「ぼくは彼女が好きなんだよ」「それじゃ、何だってさっさと彼女の家へいかないんだ!?」「いけないんだよ」「どうしてだ!?」「そんなに簡単じゃないんだよ」「どうしてだ!!」
首をのばして彼女のほうを見ると窓は閉められていた。こんなことになるなんてと悔んだがどうしようもなかった。町をねりあるきながら唄い踊る青年団のざわめきがすぐ近くまでよせてきていた。彼女が踊りを見にでてきたら、話しかけようと思っていたのだが……。
「きみ達の場合は簡単さ、ハローわたしはどう? 欲しくない? 一回二ドルよ、一ト晩なら五ドル。ハニーにしてくれるんなら月三十ドル、どう? 女がそういってくるんだ」「はっは、そうか?」「そうだよ、欲しければオーケー。欲しくなければノー。これで全部だ」「はっはっは、それで全部か?」「そうだよ。でも、ぼく達の場合はそんなんじゃない。きみは知ってるはずだ」「わかったよ。それじゃ、いいこと教えてやろう。花を持っていくんだ」「花?」「そうだ!」「それでもだめだ。もう、だめなんだ」 ………………
焼付機の鉄板の上に『愛と生と死』という文庫本をおいて、出てくる雑誌を待つあいだ二、三行読み、断裁機のそばに雑誌をかかえて行って引返しては二、三行読みして、動きまわりながらも考えたり思ったりしていたのだが、お昼休みのあいだにその本が失くなってしまった。鉄板の上におきわすれて二階の食堂へ行ってるうちに失くなったのだ。おさげ姉妹は階下で弁当を食べるのできいたのだが知らないという。三人して紙くずの中やそこらの隅などをさがした。が、どうしてもみつからない。不思議なことだ。
何のつもりもなしに電車にのって、井伏鱒二宅を見てきた。黄色い電車にのって新宿までいき、赤い電車にのりかえて荻窪でおりた。残業もしないでふらっと出たのだから、住所もメモしてなかったが、心づもりはあった。駅前には本屋があるだろうから、本で住所を調べ、ついでに売りものの地図もちょっと見せてもらって、だいたいの見当をつけてから歩いていこうというのだ。
新潮社の井伏鱒二集を本棚からとりだして、年譜のなかの住所を読みとった。それからすばやく地図の棚によっていって清水町二十四をさがしだした。ものの一分もかからなかったから、店の人に迷惑はかけなかったであろう。ぼくは安心しきって歩いていった。すぐに見つけてしまおうと、急ぎ足にもなった。
そこには何軒もの家がたっていた。どれが井伏氏の家なのかわからなくて、その区画をひとまわりした。雨模様の天気のせいかあたりは暗く、おりからうす靄もたちこめてきた。人通りのすくないひっそりとした住宅地は、どこも生垣や石塀をめぐらせてこぢんまりとした佇《たたず》まいであった。人通りのないのを見はからっては、門柱によっていっては表札をさがした。三十センチほどにも顔をくっつけなければ字も見えない暗さである。〝井伏?という表札は白ペンキの地に黒字で書いてあった。
生垣の奥の家のあたりからは明りがもれ、誰かおばさんの人の声がきこえた。井伏氏の奥さんなのであろうか。若い女性の来訪があって、奥さんはいまその客を送って出るようである。ぼくは素知らぬふりをしてたちさり、うしろの気配に注意をむけていた。門戸があく音がして、送る人と送られる人は通りに出たようだ。ふりかえって見ると、若い女性が門の内にたち、おばさんの人を送りだしていた。ぼくは思いちがいをしていたのである。
井伏氏の雰囲気はどこにも感じられなかったのだが、わけなく井伏邸をさがしあてたことに満足して帰ることにした。垣根のすきまから家の様子を見ようとする考えもなく帰ってきた。
作家の家を見たって文学勉強には何のプラスもありはしない。それよりも部屋でじっくり読んだり写したりしたほうがよさそうだった。沖縄から出てくる時ぼくはただ一冊、井伏氏の「昨日の会」という随筆集を持ってきていたのだ。その中の「おふくろ」がよくて……。
ぼくが東京に出ていくというので、ゲート通りの叔母が面会にやってきた。ぼくは居間で母といっしょにテレビをみていたのだが、(つねをォや家《や》あに居《お》ンな?)と妹にはなしかけている声を耳聡くききつけると、さっとはねおきて自分の部屋に逃げこんだ。部屋に逃げただけでは、呼びだしにやってきやしないかと不安になって、こんどは部屋からも出ていった。
廊下のつきあたりの居間で、叔母は母にはなしかけながら坐ろうとしているところだった。「つねをォや行《い》ちゅんと云いよるもんに、アンしてすぐになア?」「へえな、予定やあさってと云うシが、あれがことやあんまり当てにやならんよ」 そんな挨拶がわりの会話がきこえていたのだ。
ぼくは妹の部屋から外へ出て、妹が洗濯しているうしろをすりぬけて下駄をさがした。戸口には下駄はなくて甥の小さなサンダルがあった。それはぼくの足には小さすぎるので、妹のはいていたサンダルと取りかえてもらった。そして大通りのほうへと、月明りにほのじろんだ道をのぼっていったのだ。
米兵相手のバーやレストランのあるセンター通りを、ぼくはポケットに手をつっこんで歩いた。ビリヤードの前では、米兵が玉つきをしているのを立どまって眺めた。映画館の前にいってスチール写真もみた。ぼくはもうじきこの町を出ていく。そして四、五年うちは帰ってこない。いや、十年十五年たっても帰ってこないかも知れない。帰ってこないかも知れないという気持が、ぼくを感じやすくさせていた。いまだかつてそんなふうな思いで町をみて歩いたことはなかった。
家にもどってきて玄関のすきまから、廊下の向うの居間をうかがってみると、叔母はやはりまだ待っていた。それどころかこんどは叔父もやってきていて、父母と話していたのだ。ぼくは玄関前の路上にとめてある車が、叔父の車であることに気づいて、それをいちべつしながら開放地のほうへと逃げていった。どうしても叔父と顔をあわせたくなかったのだ。
ブロック工場をやめて以来、ぼくは一年半にわたって家にとじこもっていた。そして毎日毎日何をしていたかというと、昼は寝ていた。夕方から起きだして食事をとり、散歩をかねた運動をしてきて、それから机に向かって夜明けちかくまでごそごそしているのだった。普通人とまるっきり反対の生活をしていたのだ。父はそんなぼくを叱るに叱れなかった。そうかといって頑張れともいいかねたのだ。
ところで酒をのんできた日には、ぼくのことをそのまま放置しておくことに耐えられなくなって、意見しようとするのだった。「つねをよォ、年のいくのは馬の走《は》ゆるごとしどォ。二十四になってから勉強すると云《い》っちん、其《う》れや何のためになゆるかや?
其《う》れよか働ち技術身に着《ち》けて、妻子|持《む》っつる心がけせんだりや、ならぬはずやあらんな!?」 そういうことがたびかさなって、だんだん嘲罵のような大声になったのである。ぼくはそんな父の声を聞くのがつらくて、父から逃げて部屋にかくれたり、追っかけてくる父の鼻の先で戸をぴしゃりと閉めて、窓から外へとびだしたりするのだった。ぼくは勉強したいんだ、ぼくに思いきり勉強させてくれ、ぼくのこの気持がわからないんか。そんなことを胸のうちで叫びながら、小学校の校庭や開放地のほうへ逃れたりしたのだった。
そしてある晩、父と叔父が居間で酒をのんで、部屋にとじこもっているぼくのことを、また問題にした。ぼくは部屋から呼びだされて叔父に難詰されたのだ。叔父の声にあわせて、父もそこだそこッといわんばかりに声をはりあげるのだった。その時から気持はさめてしまった。勉強するにしても親のすねをかじりながらでは駄目だ。まずは仕事に出よう。働きながらその暇々に勉強しよう。そう思いきめて翌る日職安にいくと、本土就職の求人があったのだ。
開放地の突端までいくと、崖下にコザ十字路の町が見下ろせるのだった。昼となく夜となく、ぼくは何度そのとっぱずれまでいって、コザの町や向うの勝連半島や、その半島に抱かれた海を眺めたことだろう。ぼくは小さく口笛をふきながら、コザの町の夜景を前にしてうずくまっていた。夜空は町のあかりをうつしてそこだけぼうっと明るくなっていた。目を遠くにやると月明りのなかに、山なみがかさなっているさまがかすかにみえるのだった。
深夜になって帰ってくると、玄関の前の車はなくなっていた。もう父も母も寝床にはいっていた。居間では妹だけがテレビをつけっぱなしにして繕《つくろ》いものをしていた。「叔母さんが小遣いに持たせえと云《い》っち、十ドル置《う》ち行《い》じゃんでエ」
そんなことをぽつりといった。やがて妹も部屋へたっていった。たっていきながら、またこんなことをいった。「待《ま》っちよれや済《す》むるもんによ。せっかく……」
ぼくはひとり居間にのこってテレビをみていたけれど、画面が白っぽく見えるだけでつまらなかった。立っていって、おふくろたちが寝ている部屋でものぞこうかと思ったがじっとしていた。
「おい、ラーメンにいれる卵ないか」 入ってくるなり大原はそういった。「ひとつしかないんだが……」 ぼくはこたつに足をいれて倒れていた。「かしてくれ」
大原は、棚の上の紙袋をまさぐっている。「じゃ、ぼ、ぼくは?」「もう、鍋をしかけてあるんだよ。すぐ、かえすからさ、風呂帰りに買ってくる。いいだろう?」「ああ」「どうしたんだ、近ごろ元気がないな」「そう見えるか?」「えへへ、知ってるぞ知ってるぞ」「なにを?」「お前、あの子が好きなんだろ?」「あの子って?」「かくしても無駄さ、アルバイトの女子大生のことさ……お前」「ラーメンがのびるぞ、早くいきなよ」「お前、あいつの名前知ってるか?」「そんなこと、知らないな」「えへッ、聞かしてやるからな。まってろよ」「い、いいよッ」
大原は卵をもって台所へいき、湯気のたったどんぶりをもって、すぐにもどってきた。「あっちち、うめえ、うめえ。お前さ、あんまり悩まんほうがいいぜ」「ぼくは、別に悩んでなんかいないんだが」「おれさ、あいつとデートしてるんだ」「デート?」「あいつさ、おれがめしをくってるあいだに着がえてさ、おもてで待ってるんだぜ。知らなかったんか? 大急ぎでかっこんでさ、それから駅まで送っていってるんだ」「へえ? 知らなかったなァ」「この前の土曜日は、いっしょに映画みてきたんだぜ、残業しないで出かけていったことがあったろう?」「映画?」「黄色いロールスロイス、あれはおもしろかったな。あ、そうだ、あいつの名前はさ、これだよ」
大原は、ズボンのポケットから、サイフをだした。「手紙をくれといってさ、名前と住所を教えてくれたんだ、ほら」 チョコレートのつつみ紙の裏に、二つの名前が書いてあった。「史子というのが、あの娘の名前か?」「それは妹だよ。写真ももらったぜ、みるか?」
ぼくは、その写真もみた。「ふうん、知らなかったなア、ずいぶん親しいんだね」 テーブルのしたの足は、ぶるぶるふるえている。「三分でめしをかっこんでさ、通りで待ってる、あいつのところへ、とんでいくだろ?
忙しいよおれ。残業がはじまるまでにゃ、もどってこなきゃならないしな。コーヒーをおごってもらったって、のんでる暇もないよ」「おどろいたな。まだ、学生だから……」
ぼくはラジオのほうに手をのばした。体を動かすのにことよせて、ふるえている足を、はなしたかったのだ。「お前のこともきいてたぜ、お前、いなかに子供がいるといったんか?」「ああ、しゃくだったから。結婚してるってほんとう? なんてきくんだもんな。子供は九人もいるといってやったよ」「あれ? お前、結婚してなかったんか?」「まさか!?」「そんな感じがしたんだけどな、おちついてるしさ。それにもう子供がいてもおかしくない年だろう?」「そういったのか?」「うん、嫁がいるかも知れんといっといた」「そうか……まあ、いいや。しかしおどろいたな。まだ学生だから、そんなことはしないと思ってたのに……」「するさあ、どうして学生がデートしていけないんだ!? 大学へいってる女なんてさ」「勉強に忙しくて、デートしている暇……」「ちがうよ、大学にいってる女なんて、たいてい男をみつけにいってるようなもんさ、バカだなアお前」「そうか?」「それにさ、勉強ばっかりしてて何になるんだ?
ちっとも楽しくないじゃないか。お前もさ、いつも本を読んでるようだけど、そんなに本がいいのかあ?」「…………」「何になるんだい勉強して」「何になるって?」「小説家にでもなるつもりか?」「…………」「うへッ、あきらめなよ。大学出たって容易にはなれないらしいぜ。頭ころしてさ、白毛のしわくったじいさんになってからじゃ、楽しみもないだろう?
おれはキックボクシングやりたいな」「キック?」「いま後楽園ジムで募集しているんだ。やりたいなァおれ。まだ流行ったばかりのスポーツだろう。先取りしてさ、金を稼ぎたいんだよ。明日にでもいこうかと思ってるんだ」「いきたいならいくがいい、ぼくは散歩にいきたい」「こんな遅くからか? 寝ちまいなよ」「いや、ぼくはちょっと、そのへんを歩いて、頭をひやしてこよう」「なんだい、頭に血がのぼったのか? ははは」
みんなは伊豆修善寺へいった。一泊二日の旅行だ。そして三日目は日曜日である。続けざまに三日も休めるのだ。ぼくは休みに飢えていた。もうながいあいだのんびり休んだことがなかったように思う。きのうまでは、(みんなと一緒に旅行にいってみようかな)などといっていたのだが、旅行にいっても何もない。温泉につかってどんちゃん騒ぎの宴会をし、一泊しただけでつぎの日はもう帰ってくるのだから。 住込み部屋はがらんどうになった。テレビをつけて騒ぐ者もいないし、ドカドカと廊下をかける者もいない。笑い声や話し声も消えた。何もすることがない。ぼくはひとりもの思いにおちいっている。自分の前途のことをぼんやりと考えている。
昼ごろ、俄雨がふった。温暖前線がのびてきたという、ラジオのニュースがあって間もなく、あたりは夕方のように暗くなり、やがて大粒の雨がふりつのった。小半時もふって雨足は去ったけれど、空はまだ曇っていて風がつよい。 きょうの朝、社長はわざわざ部屋にきて、(なんだお前、旅行にはいかないのか)ときいたので、ぼくは(いきません)とこたえたけれど、そのこたえかたがあまりにはっきりきっぱりしていたので、弁解するようなこともいった。(のんびり休みたいんですが……こんなにたくさんの本を買ってきてしまって……ひとりで東京見物もしたいんです。まだそんなに見てませんし……)社長は(あ、そうか)といって出ていったけれど、とっさのあいだに、自分の気持をすっかり話して、それをわからせるということはむつかしいものだ。ぼくはせっかくの心づくしを無下にことわったようで、申しわけない気持だった。