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第二章 波 紋 .17

作者:日-宫部美雪/宫部美幸/宮部みゆき 当前章节:3247 字 更新时间:2026-6-16 01:47

 余談はさておき、そのおりに宮部さんが執筆を引き受けたのが、すなわち本書『龍は眠る』であった。自身も口にするように、宮部さんはわりあい筆が遅いたちだということもあるが、最初から構想を練り直すなどのいきさつもあって、実際に本書が出たのは、それからほぼ二年後のことである。したがって書き下ろしの依頼を受諾した時点では後の日本推理作家協会賞受賞作『龍は眠る』は、それこそまだ影も形もなかったわけだが、足もとに置いた袋の中に、後の日本推理サスペンス大賞受賞作『魔術はささやく』の草稿が文字通り眠っていたことを思うと、何やら不思議な因縁を感じてしまう。

 さてその『龍は眠る』は、超常能力を持って生まれた二人の少年(というより一人は青年)がたどる運命を描いた作品ととらえることができよう。語り手の役割を務めるのは高坂昭吾で、彼は新聞社系の週刊誌配者という設定である。かつては将来を嘱望されたこともあるが、不慮の出来事を機に社内での立場が悪化し、現在の職場にいわば左遷《させん》されてしまった。その出来事の内容は作品の半ばに至って明らかにされるわけだが、彼の心の中に、ある種のわだかまりを残し、これが彼の人物造形に陰影を与えている。

 物語は嵐の晩に車を走らせていた高坂が、稲村慎司という自転車に乗った高校生と出会うところで幕を開く。慎司を車の中へ迎え入れ再び走り出して間もなく、高坂は路上のマンホールの蓋《ふた》が取り外され、大量の雨水が流れ込んでいるのに気づいた。付近に小さな雨傘《あまがさ》が遺《のこ》され、どうやらペットの猫《ねこ》を探し歩いていた七歳の子供が、マンホールに落ちたのではないかと推測される。誰かが故意に蓋を外したのだとしたら、その責任は甚《はなはだ》だ重大といわざるをえない。そのとき慎司が奇妙なことを口走り始める。

 慎司の言によると、彼には通常の人には見えないものを読み取る能力が備わっているとのことであった。他人が考えていることや過去の記憶のみならず、物品に残存する記憶すらわかるのだという。慎司は高坂を相手に、その能力の証明を試みたけれども、高坂としては薄気味悪いばかりで、全面的に信じる気にはなれない。だが、慎司の言葉にしたがって二人の画家志望の若者を訪ね当てたとき、高坂は彼らのそぶりからマンホールの蓋を外した張本人だと確信した。しかしながら、二人が行為を認めないうちに、慎司が性急に子供の転落事故の責任を問いつめたせいで、怖くなった若者たちは全面否定してしまう。これがさらに悪い結果を招き、慎司は心に傷を負うことになった。

 その一方、慎司のいとこだという織田直也が高坂を来訪し慎司の超能力はすべて巧妙なトリックだと説明する。だが慎司は、直也も自分と同じ超能力の持ち主で、それを世間から隠そうとしているのだという。しかも、ただでさえ頭の中が混乱しそうな高坂に、差出人不明の白紙の手紙が相次いたあげく、脅迫めいた電話もかかってきた。誰かの恨みを買ったのではないかと同僚に示唆《しさ》されても、いつこうに思い当たるふしがない。やがてこれが、水面下で進行していた大きな事件につながり、慎司や直也まで巻き込んでゆく。

 すでにおなじみのように、超能力はこれまでしばしばマスコミ各界を賑《にぎ》わせてきた。またアメリカあたりでは、捜査機関が霊視能力者に助力を仰ぐ事例もあるらしい。推理小説としては、霊視者テレサを主人公としたケイト?グリーンの『砕けちった月』あたりが思い出されよう。本書『龍は眠る』では、そうした様々な事象を踏まえた上で、超能力を物語展開の要衝に据えるのみならず、超能力者として生きてゆくことの難しさに焦点が合わされている。世間は興味本位で超能力を取り上げるけれども、もしも超能力者の立場に自分をなぞらえてみたなら、これほど深刻な問題はなかろう。

 超能力を信じるか否かは、ある意味で永遠の命題である。そもそも何をもって超能力と見なすかさえ、議論が一定していない。人間は自分の頭で理解できないものを信じたがらない習性がある。たとえばTVも新聞もなくて、体操競技なるものが全く知られていなければ、十代の女性が高い平均台の上で後ろ向きに宙返りするといっても、誰も信用しないであろう。体操選手を超能力者と呼ぶ人は少ないにせよ、これは万人に備わっている能力ではない。一般人と体操選手との距離を、体操選手といわゆる超能力者との距離と比較することが可能なら、その差は小さいといえば小さいし、大きいといえば大きい。

 過去の推理小説の中に例を求めると、たとえばトニイ?ヒラーマンが描くナバホ?インディアン、アーサー?アップルフィードが描くオーストラリアのアボリジナル、あるいはジェイムズ?マクルーアが描くバンツー人らは、いずれも探偵役として特異な能力に恵まれている。何日も前の足跡は、アングロ?サクソン民族の目には全く見えないが、彼らの目にはちゃんと見えてしまう。近代文明は人類に多くの果実をもたらしたが、代わりに同等の能力を奪い去ったといわれることがある。もしかしたら有史以前の人間は、今では想像もできないほどの能力を保有していたのかもしれない。少なくとも、固有の文字を持たずに文化を培ってきた民族は、文字に代わる情報伝達手段を発達させたはずであろう。

 こう考えてみると、超能力を身近な問題に引き寄せてとらえ直すことも、あながち無理ではないように思えてくる。現代社会の諸局面に出現する正常と異常の価値判断は、長い人類の歴史を念頭に置くと、所詮は相対的なものでしかない。本書『龍は眠る』の中で、超能力の持ち主ゆえに、うまく生きてゆくことができない二人の人物は、そうした相対性を暗示する象徴とも見られよう。彼らとの接触を通して、半信半疑のうちに未知の領域に踏み込んでゆく高坂は、直也の死を食い止められなかった悔悟に悩みつつ、新たな認識に到達することで報われるのである。

 前に述べたように早い時期から宮部さんは、ホラー小説やファンタジーに深い関心を寄せていた。また最近の時代小説『震える岩』においても、超能力が扱われている。これは、作者の関心領域の所在を端的に示しており、もはや持ち味の一つと考えてもさしつかえあるまい。とりわけ本書では、現代社会と超能力との関わりを軸に、より巨大な世界を垣間みせてくれた点に注目したい。

 もちろんそれ以外にも、宮部さんの作品の特色がうかがえるのを無視するわけにはいかない。年少者を描く筆の冴えには定評があるし、構成にはこまやかな神経が行き届いている。また本筋に関係のない会話の部分などに、軽妙な遊び心が涼み出しているのも本書の見どころの一つであろう。悲惨な事件を乗り越えて、新しい希望を予兆するような結末も余韻を残す。本書『龍は眠る』は、日本推理作家協会賞受賞作であるとともに、宮部みゆさの作家活動の節目を飾る作品として、長く語り継がれるにちがいない。

[#地付き](平成六年十二月、文芸評論家)

この作品は平成三年二月出版芸術社より刊行された。

平成七年二月一日 発行

著者 宮部みゆき

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