「サイキックだかなんだか知らないが、当たり前の人間の気持ちを、当たり前に理解できる大人になるまでは、優等生|面《づら》をひっこめて、そのでっかい口を閉じておくんだな、俺に言わせりゃ、おまえの方がよほど危険だ。何が人の心を読む、だ。人の心がどんなものかもわかっちゃいないくせに」
慎司は黙っていた。ほとんど死んだように黙り込んでいた。その脱力したような姿勢を横目に見ているうちに、次第に私の頭も冷えてきた。なんと言っても相手は子供なのだ。
「すまん」なんとか、そう言えた。「言い過ぎたよ」
「いいんです」慎司は小さく言った。「高坂さんの言うとおりだ」
私はまだ彼の家の場所を聞いていなかった。尋ねると、ためらっている。
「べつに親御さんにまで怒鳴り散らそうと思って訊《き》いてるわけじゃない。ちゃんと送り届けないと心配だからだよ」
「わかってます。でも、僕もしばらく頭を冷やしてから帰らないと、父さんや母さんに心配をかけちゃうから」
結局、「ここからなら家まで歩いてすぐだから」という、小さな児童公園のそばでおろした。荒川区と足立区の境目あたりで、そばに大きな橋が見え、抜けるような青空を頭に戴《いただ》いて、マンションがいくつも肩を並べて立っていた。
「頭を冷やしたくなると、よくここに来るんだ」
トランクから自転車を降ろし、組み立てているあいだも、慎司ばずっと無言で、私の方を見ようとしなかった。こっぴどくやっつけておきながら、私はそれが気になった。どっちの方が大人げなかったか、今考えると赤面する。
「あの二人の画家のたまご、な」
私が言うと、やっと目をあげた。
「気をつけて様子を見るようにするよ。俺《おれ》も気になるから。ポルシェのナンバーを控えておいたから、住所もわかるだろうし」
慎司はこっくりした。「ありがとう」
別れるきっかけがつかめなくて、私も慎司もぐずぐずしていた。何か座りのいいことを言ってやって別れたかったが、どうにも思いつかなかった。
「じゃ、な」
結局そう一言ってドアを閉めかけたとき、慎司が私を呼んだ。
「高坂さん」
見返すと、慎司は目を潤《うる》ませていた。
「バカやっちゃって、ごめんなさい」
「──もういいよ」
「力の使い方、気をつけなきゃいけないって身に沁《し》みた。よく覚えておくよ。二度とまちがわないように。でもね」
「でも?」
「僕も、好きでこんなふうに生まれてきたわけじゃないんだ」
小さな声だった。
「自分でもどうしようもないんだ。見えるし、聞こえるから、どうにかしなくっちゃと思うんだそれはわかってくれる? 僕の力を信じてくれなくてもいいから、でも、もしそういう力を持ってる人間がいたらどうだろうって、考えてくれる?」
少し間をおいてから、私はちょっと頷《うなず》いた。
「信じてくれなくてもいい。でもね、もしも高坂さんが僕だったら、僕みたいなガキで、まだ世間のことなんかよくわからないのに、見たくもないし聞きたくもないものを知る力を持って生まれちゃったらどうする? 見えるんだよ? 聞こえるんだよ? そしたら──そしたら、自分のできるかぎりのことをして、見たこと聞いたことをどうにかしなきゃって思わない? 高坂さんだったらどうする? 僕と似たようなことをやらないって言い切れる?」
そのとき、嘘でもいいから、答えてやるべきだった。「俺も君と同じようにしたかもしれない」と。慎司はその答えを求めて訊いてきたのだし、そう言って慰めてもらいたがっていたのだから、その慰めさえ与えてやっていれば、あとに続く事件の形は、まったく違ったものになっていただろう。
だが、私はこう答えた「わからないよ」
慎司は目を伏せた。そして、小さく「さよなら」と言うと、去っていった。彼の小さな背中を見送っていると、やっと、取り返しのつかないミスをしたような気がしてきたが、もう、呼んでも声が届かなかった。