饭饭TXT > 海外名作 > 《地球から来た男/最后的地球人(日文版)》作者:[日]星新一【完结】 > 地球から来た男.txt

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作者:日-星新一 当前章节:15400 字 更新时间:2026-6-16 01:47

も説明のつけようがなかった。そのため気が散り、また失敗をし、上役におこられ

た。

 会社の帰り、青年は酒を飲みたいなと思って歩いていた。しかし、その金はない

のだ。つけで飲ませてくれる店もない。その時、前から歩いてきた男に声をかけら

れた。

「あ、ブルギさん……」

「なにかご用ですか」

「まだでしたら、お食事をおごらせていただけませんか」

「ありがたいお話ですね」

「では、どうぞ、どうぞ」

 相手は青年を引っぱるようにして、近くのレストランに連れこんだ。豪華な料理

が出てくる。酒もついていた。

 そのあと、バーに案内された。相手は酒をすすめながら言う。

「最後までおつきあいしたいんですが、あいにくと、もう少しして人に会う約束が

あるのです。申しわけございません。ここの勘定はわたしのつけにいたしますから

、そのあとも、お好きなだけお飲みになって下さい。それでよろしゅうございまし

ょうか」

「なにからなにまで、ありがとう」

「喜んでいただけて、こんなうれしいことはありません。やっとブルギさんにめぐ

りあえたのですから……」

 そのうち、その男は店から出ていった。ひとり残った青年に、そのバーの女が話

しかけてきた。

「ねえ、ブルギさん。ここでもっとお飲みになる。それとも、どこか静かなホテル

のバーへでも行く……」

 いやに親しげな口調だった。

「きみとは前に会ったことがあったっけ」

「はじめてよ。だけど、あなたはブルギさんなんですもの。ねえ、そうしましょう

よ」

「あしたは休日だし、悪くないけど、じつはお金がないんだ」

「あら、ブルギさんがそんなことおっしゃっちゃ、おかしいわ。お金なら、あたし

が持ってるわ」

 女は青年をうながして店を出た。そして、ホテルのバーへ行った。飲んでいるあ

いだに、女は部屋をとり、二人はそこで一夜をともにした。こんなことは、彼にと

ってまったく久しぶりのことだった。青年は感激し、満足した。

 翌朝、彼は女に言った。

「悪いな、こんなことになってしまって。お礼になにかあげたいが、なにもない。

このバッジぐらいしか……」

 青年はそれを与えてもいい気になり、はずしかけた。しかし、女はそれをとめた

「だめよ。そんなもの、いただくわけにはいかないわ。ブルギさんに喜んでいただ

いただけで、あたし、うれしいのよ」

「そうかい。しかし、そのブルギって、なんのことなんだい」

「そんなこと、考えちゃだめよ、もっと陽気にふるまわなくっちゃ、ブルギさんら

しくないわ。そして、ありがとうって言えばいいんじゃないの」

「そうだったね。ありがとう」

 女と別れ、青年は帰宅する。

「もっと注意したほうがいいようだな。あの女はふしぎがっていた。ブルギさんに

なりすましていることがばれたら、楽しめなくなってしまうのかもしれない。しか

し、それにしても、このバッジの威力はすごいな」

 そうつぶやき、あらためて調べてみる。高価な金属でできているのか、よく輝い

ている。花の形をしていて、気のせいか神秘的な感じもする。

 裏面を見ると、89という数字が彫られてあった。なにを意味しているのだろう。

こういう特権階級に属する者が、少なくとも八十九人はいるということなのだろう

か。

 それ以上のことは、まるでわからなかった。しかし、現実にこのバッジは力を示

してくれるのだった。

 青年は会社から出張を命じられた。うまく注文をとれるかどうか、彼にはあまり

自信がなかった。しかし、出かけてみると予想もしなかったことがおこった。相手

が大歓迎してくれたのだ。

「これはこれは、ブルギさんにおいでいただけたとは。で、なにがお望みなのでし

ょうか。ご遠慮なくおっしゃって下さい」

「じつは、少しでけっこうですから、注文がいただけたら……」

「少しだなんておっしゃらず、ご希望なだけ注文いたしますよ」

「でも、そんなにいらないんでしょう」

「そんなこと、関係ありません。ブルギさんのためでしたら、利益なんかどうでも

いいのです」

「ありがとう。では、お言葉に甘えて……」

 商談は簡単にまとまった。会社に帰ると、上役はふしぎがりながらも、青年をほ

めた。これもまったく久しぶりのことだった。

 青年は毎晩のように酒にありつけた。だれかがおごってくれるのだ。ある日、酔

って帰宅する途中、彼は暗がりで男につかまった。そいつは言う。

「やい、大声を出さずに、おとなしく金を出せ。いやに景気がよさそうじゃないか

「ぼくはブルギなんですよ」

「ブルギだかなんだかしらないが、おれは金さえもらえばいいんだ。痛い目に会い

たくなかったら、財布をこっちに渡すんだな」

 そいつは刃物をちらつかせた。

「わ、わかりました。どうぞ、お気のすむよう、ポケットをお調べ下さい。腕時計

をおとりになってもけっこうですよ。どうか、命だけは……」

 殺されては、なにもかも終りだ。

「そうこなくちゃいかん」

 相手は近よってきた。仕方ない。欲しいものを渡してやろう。しかし、このバッ

ジだけは気づかないでくれるとありがたいのだが。そんなふうに青年が考えている

時、思いがけぬことがおこった。

 だれかがそいつに飛びかかり、投げとばしてくれたのだ。そのうえ、さんざんな

ぐりつけ、気を失わせた。青年はほっとし、その人にお礼を言った。

「ありがとう。おかげでなにも取られなくてすみました。あなた、お強いんですね

。おみうけしたところ、ご年配のかたですね。そいつ、刃物を持っていましたよ。

けがでもなさったら、大変だったでしょうに」

「柔道の心得がありましてね。それに、自分のことなど、考えませんでしたよ。ブ

ルギさんのためということだけが頭にあって、もう夢中で……」

「そうでしたか」

「じつは、さっき、あなたがブルギさんだと知ったのです。しかし、困ったことに

、金の持ちあわせがなかった。それに、こんなおそい時間。おもてなしができない

。といって、あきらめることもできない。運よくブルギさんにお会いできたのです

からね。そこで、あとをつけてきたというわけです。お役に立つことができて、ほ

んとによかった」

 青年はいたるところで、いい目にあった。たとえば、通勤の電車のなか。こう声

をかけてくる中年の女もあった。

「ブルギさんですのね。なにも、こんなこんだ電車にお乗りになることなど、ない

でしょうに」

「仕方ないでしょう。金がないんですから。それに、電車に乗ったほうが、いろい

ろな見聞に接することができるし」

「それもそうですわね。あたしがお会いできたのも、そのおかげともいえますわ。

だけど、お帰りにはタクシーをお使い下さい。こんなところでなんですけど、その

料金のたしにでも……」

 いくらかの金が渡された。その婦人の持ちあわせの金の大部分らしかった。

「じゃあ、ご好意に甘えて。ありがとう」

 青年は受け取った。だんだん、なれてもきた。おれはブルギなんだ。こういうの

を受け取ることが、相手を喜ばすことになるらしい。悪くないことじゃないか。わ

けはいまだにわからないが。

「おや、ブルギさんじゃありませんか。わたしは海外旅行をする予定だったのです

が、用事ができて中止することになってしまった。切符の払い戻しに行くところだ

ったのですが、こんなところでお会いできたのも、なにかの縁でしょう。かわりに

使っていただけないでしょうか」

 などと話しかけてきた人もあった。これはいい機会だ。青年はそれをもらうこと

にした。

「ありがとう。夢のようだ。しかし、むこうへ着いてからが心配だな」

「そんなことをブルギさんがおっしゃっちゃ、おかしい。なんとかなりますよ。な

るはずです。そんな気がしませんか」

「そういえば、そうだなあ」

 その通りだった。いざ行ってみると、不自由なことはなにもなかった。街を歩く

と「ブルギさんですね」と話しかけてくる人があらわれるのだ。青年はうなずく。

「どうぞ、わたしの家へおとまり下さい」

 と、さそわれることもある。

「なにかお買いになりたいものは。お召しあがりになりたいものは……」

 と聞かれることもある。

「見物なさりたいところは」

 と車に乗せられることもある。青年は希望をのべるだけでよかった。それはみな

実現されるのだ。別れぎわに、その国の言葉で「ありがとう」と言えばよかった。

なんだか生神様になったような気分だった。

 ひとまわりして帰国。どうせ、また行く機会があるだろう。青年は会社づとめが

ばかばかしくなり、やめてしまった。

 家を出て、人の多くいそうなところを歩いていればいいのだ。

「ブルギさんですね」

 と話しかけてくる人があらわれる。そして、なにかしら楽しいことが味わえるの

だ。まったく、こういう権利をほっておくことはない。相手は迷惑がるどころか、

こっちに感謝までしてくれるのだ。

 青年がブルギさんになってから、二か月ほどがたった。道で声をかけられる。

「ブルギさんですね」

「ああ」

「よかった。さがしていたところでした。どうぞ、この車にお乗り下さい」

「ああ……」

 青年はすっかりなれていた。やがて車は、夜の郊外へ出る。彼は聞いた。

「……きょうは、どんな趣向なんです」

「そんな程度のことではありません。もっと重大なことです」

「楽しみだな」

 車はとまり、青年は徒歩で小高い山の上に案内された。そこには祭壇のようなも

のが作られていて、何人かの人物が祈っていた。いっしょに来た男に聞いてみる。

「なにをしているんです、あの人たち……」

「ブルギさんのために祈っているんですよ」

「すまないね、ありがとう」

「いま、世界中のわれわれ信者たちが、同じように祈っているのですよ」

「そうかい、ありがとう」

「では、儀式に移らせていただきます。これをお飲み下さい」

 さし出されたものは、甘ったるい味がした。やがて、いい気分になる。

「なんだか、からだが浮くようだ」

「そうでしょう。ちょうど、満月が真上にのぼっています。あなたを、あそこへお

とどけするのです」

「それは、どういうことなんだい」

「つまり、あなたの心臓を切り取り、月の精霊に犠牲としてささげるのです。太陽

にいけにえをささげる宗教は、大昔からあった。太陽こそ、すべての源泉ですから

ね。昼間だけ働いていた大昔は、それだけでよかったでしょう。しかし、人間は夜

も活動するようになった。だから、月に対してもそれをすべきではないか。そのよ

うな考え方から、この宗教ができたのです。いまから八十九年前、すなわち、あな

たは八十九番目の犠牲というわけです」

「正気のさたじゃない」

「そう思う人もいるでしょう。どの宗教でもそうでしょう。しかし、われわれは信

じているのです。信じただけのことはあるのです。だから、ずっとつづいてきたわ

けですし、信者もふえたというわけですよ。あなたからありがとうと言われた者に

は、すばらしい幸福がもたらされる。そうなのです。だからいま、信者たちが祈っ

ているのですよ。ある人はブルギさんをもてなすことができたことを感謝し、ある

人は近いうちにブルギさんにめぐりあえるようにと……」

「むちゃくちゃな話だ。助けてくれ」

 大声をあげたが、はっきりした声にはならなかった。もはやのがれられない事態

のようだった。薬がきいてきたのか、うきうきするような感じもする。

「お気の毒とは思いますよ。しかし、ささげものは必要なのです。だれかに犠牲に

なっていただかなくてはならない。ですから、思い残すことがないよう、普通の人

が一生に味わう以上に、充分に楽しませてさしあげたはずです」

「それは、たしかに楽しみはしたが」

「でしょう。一年間にわたってですもの」

「なんだって……」

 まだ二か月だと言おうとしたが、それはもう声にならなかった。薬のききめは青

年を完全に支配し、彼を犠牲そのものに変えてしまっていた。

  ある種の刺激

 北のほうの小さな地方都市にある支店。支店長は三十歳のまだ独身の青年だった

。大学の成績もよかったし、入社試験の時も上位だったし、仕事ぶりもよかった。

だから、若くしてこのような地位につけたのだ。もっとも、部下は十名ほど。

 その会社は、全国にこのような支店をいくつもおいている大企業だった。商品の

流通が主な仕事だが、工場もいくつか持ち、何種類かの製品を作っている。創立は

古く、業績も悪くなかった。

 ある日の昼ごろ、本社から電話があった。社長からだった。はじめてのことなの

で、支店長の青年は緊張して答えた。

「はい、なんでございましょう」

「いまから四時間後に、そこへ行く」

「ご用でしたら、わたくしが上京いたしますが」

「いや、そうもいかんのだ。小型機を契約し、そこのそばの空港へ直行する」

「はい。お待ちしております」

 電話が終り、青年は首をかしげた。なんのために社長が来るのだろう。この地方

での営業活動は、まあまあだ。とくに問題となっている件もない。しかし、社長じ

きじきの電話で、これから来るというのだ。青年は部下たちを集めて言った。

「本社から連絡があった。まもなく社長がここへみえる。失態をさらさぬよう、注

意してもらいたい。わたしは空港へむかえに行く」

 部下たちも緊張した。彼らをあとに青年は車を走らせた。やがて小型機がつき、

なかから社長がおりてきた。七十歳ぐらいで、ふとってはいないが、さすがに大企

業の経営者だけあって、貫録がある。

「よくおいで下さいました。秘書もお連れにならず、おひとりでですか」

「ああ」

「なにか緊急のご用なのですか」

「ああ」

「宿泊の手配をいたします」

「それはいらない。すんだら、あの飛行機ですぐ帰るつもりだ。だから、支店の者

たちに、きょうは残業をしてもらわなければならない。もちろん、そのための特別

手当は出す。やってくれるかな」

「わたくしが指示すれば、みな、どんなことでもやります。日ごろから、社のため

には全力をつくせと機会あるたびに話してあります」

「それはありがたい」

 そんな会話がかわされるうちに、車は支店についた。青年は社長を応接室に案内

する。この支店は、あるビルの一階を借りており、応接室と事務室、それに地下室

の倉庫。それがこの支店のすべてだった。メモを片手に、青年は社長に聞いた。

「ご命令をどうぞ」

「この地下は倉庫だったな」

「はい。商品がつまっております」

「その天井と壁の面積の合計をはかってくれ。そして、それをぬるのに必要なペン

キの量を計算してくれ。色は赤だ。はけ、はしごなども買え」

「つまり、天井と壁とを赤くぬるのですね」

「そうだ。また、コンクリートを砕く道具もいる。床に小さな穴をあけるのだ。細

くて長い鉄の棒も用意してくれ。ネズミ花火が五十ほどいる。そうだ。ビールを三

ダース、料理もここの人数だけ注文してくれ。わかったか」

「わかりましたが、なぜ……」

「理由は聞くな。説明しているひまはない。これは社の方針なのだ」

「はい、すぐにとりかかります」

 支店の者たちは、とまどいながらも、全員で力をあわせ、それをやった。なにし

ろ社長の命令なのだ。すなわち、地下の倉庫の天井と壁が赤くぬられ、床にはコン

クリートを砕いて穴があけられた。青年は社長に聞く。

「この鉄の棒はどうするのですか」

「その床の穴へさしこみ、ハンマーで打ちこんでくれ……」

 それがなされた。社長はうなずいて言う。

「……うまく入ったな。では、その棒を引き抜いてくれ。そして、保存、いや、も

う使うこともあるまい。買ったところへ持っていって、安く引きとってもらえ」

「ネズミ花火はどうしましょう」

「みなで手わけして、つぎつぎに火をつけてくれ」

「はい」

 それは床の上の各所で回りながら、つぎつぎに倉庫内に爆発音を響かせた。社長

は満足そうにそれをながめていた。

「よしごくろうだった。みな、応接室へ集って、大いに飲み、食べてくれ。大いに

さわいでくれ。あしたの出社はおくれてもいい。わたしはこれで帰る。見送りはい

い。タクシーをひろって空港へ行くから」

 そのあと、当然のことだが、だれもが支店長の青年に質問した。

「これは、どういうことなのでしょう」

「つまりだ、社長は倉庫の警備状態を心配したのだ。だから、床のコンクリートの

厚さを調べた。地下から侵入されては困るからな。花火はだ、夜間の侵入者の物音

に反応する警報ベルが必要ではないかということだ。さっそくとりつけなくてはな

らない」

「ペンキで赤くぬったのは……」

「ひとつの実験だよ。はなやかなほうが、なにか効果があるのではないかという」

 正直のところ、青年にもまるでわからないのだ。そのため説明に苦労する。

「しかし、なぜ、この支店で」

「テストというものは、どこかでしなければならない。たまたま、ここが選ばれた

というわけだ。よその支店が選ばれていたら、そこの連中も同じようにふしぎがっ

たろう。ここは小さな支店で、手ごろなのだ。また、緊急命令に対する、社員の反

応ぶりの視察もかねていた。社長はきげんよく帰られた。これもみながよく働いて

くれたからだ。さあ、乾杯して楽しくさわごう。どうもごくろうさま」

 そんな話でみなはなっとくしたが、青年はなにがなんだかわからなかった。とは

いうものの、社長がここの支店の存在を頭の片すみで意識していてくれたことは、

たしかだ。その点、悪くない感じだ。そんなふうに自分をなっとくさせる以外にな

かった。翌日から、一段と仕事に熱を入れた。

 しかし、なぜあんなことをやらされたのかの疑問についての好奇心は依然として

残り、高まる一方だった。そのうち、なんとしてでも、なぞをつきとめてやる。

 数か月後、仕事の連絡のために青年は上京し、本社へ行った。報告や打ち合せの

話のあと、営業部長に申し出る。

「社長に会わせて下さい」

「わたしを通じてではいかんのかね」

「あの地方の名産品を持ってきましたので、ちょっとお渡ししたいのです」

「それならいいだろう」

 事実、名産品も持ってきたのだ。青年は社長室に入り、あいさつのあと、こう言

った。

「先日はおいでいただきまして……」

「ああ、あの北の支店長だな。あの時は、みなよくやってくれたな」

「しかし、なんのために、あんな仕事をしなければならなかったのです」

「理屈もなにもない。ああしなければならなかったのだ。なにしろ緊急事態だった

のでな」

「とても、そうは思えません。ペンキぬりとネズミ花火ですよ。教えていただけま

せんか。地方紙がかぎつけて、記事にしたがっているのです。そうなると、社長の

奇行ということで、週刊誌にものるかもしれません」

 と青年は、それとなくおどかした。

「それは困るな。なんとか防いでくれ」

「しかし、わたくし自身、わけがわからないことには……」

 社長はしばらく考えていたが、やがてうなずいて言った。

「きみは優秀な社員のようだ。話してもいいが、必ず秘密は守ると誓ってくれ」

「もちろん誓いますよ。決して他人には言いません」

 青年は本心からの声で言った。社長はそれをたしかめ、話しはじめた。

「きみは、ハリの治療を受けたことがあるかね」

「そういう療法のあることは知っていますが、やったことはありません」

「そうだろうな。まだ若く元気で、どこにも故障はなさそうだしな」

「社長はあるのですか」

「ああ、あるとも。この方面にはくわしいのだ。たとえば、食あたりの時、足のう

らの第二指のつけ根のあたりに打つと、すぐにきく。偏頭痛の場合には、足の小指

の先から、太目のハリで一滴の血を取るとなおる。わたしは体験してないが、頭の

てっぺんにハリとキュウをやると、|痔《じ》がふしぎなくらいになおる」

「はじめて聞きました。そんなにきくものですか。いったい、なぜなのです」

「知りたいだろうが、これには理屈もなにもないのだ。さっき言ったようなハリや

キュウをやる人体の部分を、ツボと称する。からだには、ツボがいくつもある。あ

るツボに刺激を与えると、ある症状がおさまる。どう関連しているのかわからない

が、これはたしかな事実なのだ。現代医学でも、ツボとはなにか、なぜきくのか、

その解明にとりくんでいるらしいが、まだ当分はむりなようだ」

「驚きました。そんな分野があったとは。しかし、なぜ、そんなお話しを……」

「これを頭に入れて聞いてくれ。あの少し前、西のほうの支店で、困った事態が発

生した。外国から輸入しようとした品が、港の税関でストップさせられてしまった

のだ。手続きはととのっており、めったにないことだ。もちろん本社から担当の重

役を出張させ、説明させた。時間をかければなんとかなるのはわかっている。しか

し、品物は一刻も早くさばきたいのだ。そこで緊急の処置として、ああいうことを

やったのだ。きみの支店は、その事態解決のためのツボだったのだ。もっとうまく

やればよかったのだが、なにしろわたしもあわてていたので、ああいう形での刺激

となってしまった」

「そうとは知りませんでした。で、効果はあったのですか」

「あったとも。税関の係が自分のかんちがいをみとめて、最優先で処理してくれた

。おかげで社も大損害をまぬかれた」

「とても信じられません」

 しばらくのあいだ青年はぼんやりしたままだった。社長は引出しから何枚かの図

面を出し、青年に見せた。それは前後左右からの人間の絵で、各所にツボが点々と

しるされている。そして、それらの点が線で結ばれていて、ちょうど、何本もの鉄

道の駅の図といった感じだった。社長は言った。

「これが人体のツボだ」

「ずいぶんあるんですね。この何条もの線はなんなのですか」

「これは経絡という。たとえば、消化器系統の病気の時、この経絡のツボのそれぞ

れにハリやキュウで刺激を与えると、症状がとれる。呼吸器系統の時はこの経絡だ

「そうでしたか。それで、ツボとツボとはなんで連絡し、経絡を形づくっているの

ですか」

「それも、現代医学ではまだ不明なのだ」

「本当にきくのでしょうね」

「細菌やビールスによる病気は、現代医学の力を借りなければだめだ。しかし、ハ

リによる麻酔など、現実に成功している。ききめがないものだったら、何千年の年

月を超えて、今日に伝わらなかったはずだ」

「何千年ですって……」

「ハリやキュウの発生は、古代ペルシャともインドともいわれている。大ぜいの体

験のつみ重ねでツボの発見がなされたという説もあるし、インドの|行者《ぎょう

じゃ》が|瞑《めい》|想《そう》にふけり、悟りのような形でツボの存在を感知

したという説もある。それが中国に渡って発展し、さらに日本に移入され、現在に

及んでいるというわけだ」

「そうでしたか……」

 青年は図を何回もながめなおして、感心している。社長は自分で金庫をあけ、一

枚の図面を出して、机の上の経絡の図の上にひろげた。

 それは全国の地図で、各所に点がしるされている。この企業の支店、出張所、直

営小売店、陳列所、工場、寮などの所在地だ。青年は言った。

「わが社の大きさを、あらためて感じます」

 その点々は、経絡のように線で結びつけられていた。普通の業務系統なら、本社

を中心に放射状になるはずだが、そうではないのだ。社長はその線を指でなぞりな

がら言った。

「これがわが社の支店などのうち、ツボの価値を持っているものだ。小さな点のは

、価値のないところだ。つまり、一般的な意味での重要性と、ツボとしての重要性

とはちがうのだ。大きく活動している支店、必ずしもツボとは限らない。どんな事

態の時、どのツボを刺激したらいいかは、かなりむずかしい知識でもあるし、最高

幹部しか知らない」

「いったい、いつごろから、こんな方法がとられていたのですか」

「わが社の二代目の社長だよ。ハリやキュウに関心があった。そのうち、企業とい

う組織体にも、ツボがあるのではないかと気がついた。そんなことへの感覚の鋭い

、ある種の才能の持主だったのだろう。そして、この図面が作られたのだ。この方

針はうけつがれ、新しいツボの発見や、修正がなされ、いまにいたったというわけ

だ」

「すると、この本社にある最新式のコンピューター·システムは……」

「あれはあれで、もちろん必要だよ。現代医学だって、効果はある。カロリー、ビ

タミン、アミノ酸、消化剤、血液検査、心電図、脳波、レントゲン。これらを無視

しては健康の維持はできない。コンピューター·システムはそれに当る。しかし、

それに加えてわが社は、東洋医学的な原理をも導入しているのだ。わが社は他社に

くらべ、一段と業績がいいはずだが……」

「その秘密はこれだったのですか」

「わたしがきみの支店に急行し、あんなことをした時、どう感じた」

「わけはわからないが、社のためにきっと重要なことにちがいないと思ってやりま

したよ」

「そうだろう。テレパシーといえるかどうかはわからない。しかし、その張り切り

が、なんらかの形で、税関とごたごたを起している西のほうの支店への助けとなっ

たのだよ」

「たしかに効果はあった。理解はできませんが、信ぜざるをえませんね……」

 青年の態度は、最初とはすっかり変っていた。彼はこんなことも言った。

「……全国の神社やお寺を調べてまわり、関連のありそうなのを検討し、地図の上

で結んで経絡を作ってみたら、面白いでしょうね。ある神社がそこにあるというこ

とは、一種のツボの役目をはたしているのかもしれない。それによって、なにか神

秘的な興味ある原理が発見できるかもしれない。容易ならざる作業でしょうがね」

 そんな青年を見て、社長が言った。

「わたしは話してしまったし、きみは知ってしまった。きみもこのことを秘密にし

ながら、普通の仕事をつづけるのも大変だろう。どうだ、この部門の仕事をやらな

いか」

「といいますと……」

「もちろん、公然とはできない。社長直属の秘書課のなかに、調査振興係といった

ものを作って、それをやるのだ。社長のわたしが直接に乗りこむと、先日のように

目立ってしまう。きみなら体験者だし、うまくやってくれそうだ」

「やりますよ。まず、なにを……」

 青年は身を乗り出した。社長は地図の上の点々をつなぐ、ひとつの筋を指さした

「この経絡に刺激を与えて回ってくれ。このところ、わが企業全般に、気のゆるみ

がみられる。その症状をなおすのだ。こういうことは業務命令や社内報でも努力し

ているが、それだけでは効果はあがらないのだ。急ぐことはない。きみはこの筋の

上の点をたどって、支店や出張所に刺激を与えてくれ。強くなくていい。これは緊

急事態ではない。つまり、体調をととのえるようなものなのだ」

「やりましょう。なんだか巡礼みたいな感じですね」

「そうそう、きみもいいことを言うぞ。たのもしい。まさに巡礼だ。なぜ、ああい

う順序でおまいりして回ると、ごりやくがあるのか、その理由はわからない。しか

し、現実にそれをやる人は多いのだ」

 青年はいったん北の支店へ戻り、事務のひきつぎをして、本社のこの新しい役へ

転任となった。昇進なのか格下げなのかはわからない。しかし、働きがいのある地

位だった。

 青年はまず南のはじの支店へ出かけて、支店長に会った。

「本社からまいりました」

「なにか急用でも……」

「わたし、社長直属ですが、調査振興係という、つまらない地位です。業務の正式

の指令は、それなりのルートがあり、それを乱すわけにはいきません。ごきげんう

かがいに来たようなものです。ところで、あなたは絵をお描きになるそうで……」

「いや、たいしたことはありませんよ」

「社長はご存知ですよ。社の展覧会に出品なさったことがおありでしょう。社長は

あれを、いまだにほめております」

「それは光栄ですな」

「そこで、どうでしょう。あなたが指導して、ここの支店の人たちに絵の趣味を持

たせたら。やがて風格が高まり、それは業績にも反映するでしょう。こと絵に関し

ては、企業内でここの支店が最高だとなれば、みなさんの誇りにもなる」

「そうですな。さっそくやりましょう」

 支店長は張りきる。なかには絵が苦手で、いやがる者もいるかもしれない。しか

し、なんだかんだで一種の刺激を与えたことにはなるのだった。

 人数が三人ほどの、小さな出張所を訪れることもある。

「どうです、景気は」

「まあまあですよ。この地方はおだやかで、ほとんど変化はありません」

「ねえ、思い切って、事務所のなかも外見も、超近代的に改装してみませんか。こ

の地区の人たちは、目をみはって認識しなおしますよ」

「しかし、そう言われても……」

「よく考えてごらんなさい。この出張所は、人数は少ないが、できたのは古いので

す。それだけの重要性はあるのです。おやりなさい。その経費は、わたしが社長に

みとめさせます」

「では、やってみますかな」

 実行に移される。気分は一新し、一種の刺激になるのだった。

 こうして青年は,南から北へと回る。もっとも回るといっても、急ぐことはない

。一か所をすませるたびに本社へ戻り、報告をし、つぎの目標の調査をやってから

出かけるのだ。

 つづけているうちに、気のせいか、企業ぜんたいに活気があふれはじめたように

思えてきた。コンピューター·システムは高性能で完全かもしれないが、それ以外

のまったくべつな方法も必要らしいとわかってきた。

 ある日、青年は社長に呼ばれた。

「一大事が起った。わが社の支店がやられた」

「いったい、なにごとですか」

 社長は地図を指さして言う。

「ここの支店が、強盗団に襲われた。ただの強盗ではない。武器を持ったやつらに

、支店長はじめ何人かが人質にされ、金を要求されている。警察も手が出せない」

「大変ですね。どうしましょう」

 社長は地図のそこからかなりはなれた地点を指さして言う。

「ここにわが社の工場がある。きみはすぐそこへ行ってくれ。そこの工場長を酔い

つぶさせてくれ。彼はかなり強いから、容易でないが、一刻も早くそれをやりとげ

てくれ。工場長が酔ったあげく、あばれてくれればなおいい」

「いったいなぜ……」

「それが、ここの支店を救うツボなのだ。本来なら、わたしか副社長がやるべきな

のだが、外国の関係者との約束があり、行けないのだよ」

「わかりました。すぐ行きます」

 社から直行し、青年はそれをやりとげた。工場長が料理屋で大あばれしたところ

までおぼえている。翌日、二日酔いもいいところだった。頭の痛みもひどい。しか

し、むりをして起き、テレビをつけると、支店を占拠した強盗たちは、警官たちの

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