饭饭TXT > 海外名作 > 《地球から来た男/最后的地球人(日文版)》作者:[日]星新一【完结】 > 地球から来た男.txt

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作者:日-星新一 当前章节:15384 字 更新时间:2026-6-16 01:47

「だれも、いるわけないでしょ。ひとりごとよ。あたし、ねごとの癖なんてないけ

ど、ひとりごとはよく口にするの。あなたのお帰りがおそいんで、なんだかさびし

くて……」

「先に寝てればよかったのに。ぼくはシャワーをあびてからにする」

 彼はシャワーをあびながら、ひとりうなずく。たぶん、こんなことじゃないかと

も思っていたのだ。これで、くよくよすることもないというわけだ。妻もいま、ど

うせどこかの男性と話していたのだろう。

 どこのどんな女かしらないが、まったく妙な能力を開発したものだ。そして、世

の中、いったん開発されて方法が確立したとなると、それで利益をあげたくなるの

も当然だ。教授料を取って、主婦たちにそのこつを教えたくもなるだろう。べつに

、実害があるというわけでもないし……。

 男は酒を飲み、ベッドのほうへ行く。妻はもう眠っているようだった。男には、

そのからだが電話機に見えてしようがなかった。そばに横たわる。まさか、きょう

は女からかかってはこないだろうな。しかし、こんなことが普及したら、どうなる

んだろう。むかし、ちょっと好意をいだきあった女性は何人かいる。毎晩、じゃん

じゃんかかってきて、寝不足になるなんてことはないのだろうか。おや、いやに眠

くなってきたぞ。どうもおかしい。さっき飲んだ酒。あのなかに妻が睡眠薬でも入

れておいたなんてことはないだろうか。ぼくを眠らせて、どこかの男性とゆっくり

会話を楽しむ。ありうることだ。社会のしくみというやつ、なにかがひとつ進歩す

ると、また一段と複雑になるものなのだ。

  住む人

 そのあたりはひろびろとした、樹木の多い別荘地。交通の便は必ずしもいいとは

いえないが、気候は一年を通じておだやかだった。別荘の建物には豪華なのもあり

、民芸風に地味なのもある。しかし、都会の住宅地とちがって、どの建物がどんな

人の所有なのか、さほど気にする人もない。

 そんななかにあって、林にかこまれた小さな一軒がある。それはまことに小さく

、粗末で、目立ったところはまったくない。通りがかりの人が存在に気づいても、

あ、家があるなと感じる程度で、それ以上の関心を持って近よってみようなどとは

思わない。魅力的なところは、なんにもないのだ。雨戸はいつもしめられたまま。

いったい、利用されることがあるのだろうか。つまり、それはそんなしろものなの

だった。

 しかし、そのなかでは、ひとりの老人が生活していた。

 朝、老人はベッドの上で目をさます。起きあがり、黒いカーテンを引くと、雨戸

のすきま、雨戸の上の横に細長いすりガラスの窓の部分から、かすかに光がさしこ

んでくる。これが彼にとっての朝なのだ。

 そとはいい天気らしい。雨戸をあけてたっぷりと日光をあびてみたいと思うが、

それはできないのだ。そとへ出て、空、植物、山々などを眺めてみたいが、それら

も許されないのだ。といって、外側から|鍵《かぎ》がかけられてとじこめられて

いるわけではない。しかし、やってはならないことなのだ。

 この家のなかで、目立って大きなものがある。ひとつは冷蔵庫、ひとつはテレビ

だ。老人はテレビをつける。画面ではさまざまな人物が動いている。しかし、音声

は出ない。老人はいまいましげにつぶやく。

「三日ほど前に、イヤホーンがこわれてしまって……」

 どうしようもない。しばらくして、老人はスイッチを切る。

 することがないまま、老人は手動式のバリカンでひげを刈る。電気カミソリは音

が出るので使うわけにはいかないのだ。ひげなど、どうでもいいことだが、日課み

たいになってしまっている。それに、ほかにすることもないのだ。適当にやって、

鏡をのぞきこむ。

「まあ、こんなものか」

 老人といっても、年齢は七十歳ちょっと。自分では、ふけこんだ顔つきとは思っ

ていない。しかし、もはや社会生活ができないという点で、老人であることはまち

がいなかった。

 それから老人は、大型の冷蔵庫をあける。そのなかには、さまざまな冷凍食品が

つまっている。なにかひとつを選んで、電子レンジに入れれば、たちまち一食分が

できあがる。

「とにかく、便利なものだ。冷凍食品の進歩のおかげで、わしもこうして食事の不

自由はしなくてすむというわけだ」

 食べ終ると、ごみ処理機のなかにほうりこむ。食べ残しも容器も粉砕し、乾燥さ

せ、小さな四角い塊にしてしまう。かすかな音は立てるが、そとまでは聞こえない

 食後、老人はそばの箱をあける。なかにはさまざまな薬が入っている。そのなか

のいくつかを口に入れる。栄養のバランスの崩れる心配はないのだ。薬のなかには

、大量に飲めば危険な睡眠薬もある。

「それをやれば、こんな生活を終らせることはできる。わかっているのだが、どう

もその決心がつかない。生命への執着というものは、こうも強いものか。われなが

ら、ふしぎでならん」

 血圧測定器、尿の検査セットもある。それらも使ってみる。なにしろ、時間はた

っぷりある。いつもと同じく、年齢に相応の結果だった。つまり、これといって悪

いところはないのだ。

「まだまだ、長生きするってわけか」

 老人は床のじゅうたんの上にねそべり、金属製の|笠《かさ》の電気スタンドを

つけ、さして明るくないその光で、一か月前の新聞を読む。それにあきると、古い

雑誌を手にする。ほかにすることは、なんにもないのだ。時間はゆっくりとしか流

れていかない。

 きょうは、とくに時のたつのがおそい。老人にとって、月に一度の唯一の来客の

ある日なのだ。楽しい来客というわけではない。しかし、こんな生活をしていて、

話し相手は、なににもまさる貴重なものなのだ。

「ひとつ、湯にでも入っておくか」

 温泉つきであることに、感謝すべきなのかもしれない。どうしようもなく時間を

持てあますと、そのたびに湯に入る。なぜか思考は中断され、いらいらがおさまる

。また、しばしば入浴しているためか、下着もシャツもあまりよごれない。

 あがってから、ビールを飲む。少し酔い、やがてむなしくさめてゆく。少し空腹

を感じ、またも電子レンジで食事を作り、口にする。味を楽しもうとするが、冷凍

食品ではそうもいかない。

 それでも少しずつ時がたち、夕ぐれとなる。そろそろ来てもいいころだ。時には

、なにかのつごうで、一日、あるいは二日おくれることもある。しかし、たぶん、

きょうは来てくれるだろう。

 やがて、少し離れて車のとまる音。つづいて、人の足音が近づいてくる。老人の

顔には、表情がよみがえった。ドアに鍵の音がして、ひとりの男が入ってきた。う

す暗いなかで、男はあいさつをする。

「先生、お元気ですか」

「ああ、来てくれたのだな。まったく、月に一回のきみとの会話がなかったら、わ

しの頭はおかしくなってしまうだろうな」

「わたしは必ずまいりますよ。いままでもそうでしたし、これからもそういたしま

す。わたしの今日あるのは、いや、世の中がなんとかうまくいっているのは、すべ

て先生のおかげなのですから。それを知っているわたしとしては、参上しないわけ

にはいきません」

「そういうことだな」

 老人は自分に言いきかせるようにつぶやく。来客の五十歳ちょっとの男は、いま

ではあいさつにつづく言葉となっているきまり文句を口にする。

「奥さまはお元気でございます。ご子息さまのご活躍ぶりは、テレビでご存知のと

おりでございます」

「そうだ。そのテレビだが、イヤホーンのぐあいが悪くなった。ぜんぜん聞こえな

い。音声部分のスイッチを入れたくなるよ」

「そ、それはいけません。さぞご退屈でしたでしょう。車を走らせて、さっそく買

ってまいります……」

 男は出てゆき、一時間ぐらいして戻ってきた。

「……やっている店があって、助かりました。予備として、イヤホーンを二つ買っ

てきました。それに、故障した場合にそなえて、小型テレビの一台も。これで、そ

のご心配はなくなりましょう。どうも、気がきかなくて、申しわけございません。

当然、起りうることでした」

「まあ、いいさ」

「気になってまいりました。となると、冷蔵庫や電子レンジについても考えなけれ

ばなりません。つぎにうかがう時には、小型の冷蔵庫も……」

「そのほうがいいかもしれないな。しかし、ラジオはどうでもいいよ。あれは、な

かなかこわれないもののようだ。かりに聞こえなくなっても、いのちには関係ない

「では、冷凍食品の補充をいたします。ごみを回収いたします。下着とシャツを買

ってまいりました。掃除機でそのへんをきれいにしましょう。いまはわたしが来て

いるのです。音がしても、どうってことはない。もっとも、だれか来たら、すぐか

くれていただきますが。これが一か月の新聞でございます。雑誌も何冊かお持ちし

ました……」

 男はなすべきことを、つぎつぎに片づけた。これで、老人はあと一か月ほど、生

活してゆけるのだ。一段落すると、男はつづけた。

「……あとで新聞をゆっくりお読み下さい。先生の主張なさった、協調精神による

社会改革は、ますます順調に進展しております。とくに、重点主義による福祉計画

の面では、めざましい成果があがり、大衆はだれもが満足感を持っております」

「そうか。けっこうなことだ。こうなったのも、二年前のあの日……」

 と老人はうなずく。会うたびにかわされる例の話となってゆく。わざわざ話題に

しなくても忘れられない事件なのだが、口に出してたしかめあうのが習慣になって

しまったのだ。来客の中年の男は言う。

「先生が政界で実力をたくわえられ、機は熟したと判断され、新しい画期的な方針

を発表なさった。それに対する賛否両論、大変な反響でございましたね」

「ああ、きのうのことのように思い出すな。なにもかも活気にあふれていた」

「マスコミ関係の会見がひとわたりすむと、こんどは各地からの講演の依頼がつぎ

つぎとあった。それらを、いくつもこなしてきましたね。反対派の妨害さわぎもひ

どかったけれど」

「そして、十三回目の講演会の時だ。われわれは、ある地方都市に出かけて、ホテ

ルに宿泊した。ひと晩ぐっすり眠って、休養をとり、翌日の講演にそなえるため…

…」

「その時でした。先生はとつぜん高熱を出された。あれにはわたしも、あわてまし

たよ」

 男は、いま思い出してもといった口調になった。老人は言う。

「あれはけっきょく、ただのかぜだったようだな」

「でしょうね。そのご、健康的にどうということもないのですから」

「つぎの日の講演をどうしたものか、あれほど困ったことはない。病気のため中止

でもいいのだが、場合が場合だ。すべてが調子よく進みはじめていた。水をかける

ようなことは、少しでもあってはならない。しかし、さすがはきみだ」

「いえ、長いあいだ秘書という仕事をしていますと、さまざまな事態を、いつも想

定しているようになるものです」

「それにしても、きみがあいつを飛行機の最終の便で呼び寄せ、なんとか仕上げた

手ぎわはすばらしい。ホテルのベッドのそばに出現させた時には、びっくりしたよ

。わしは、高熱のための幻覚かとさえ思った。なにしろ、自分そっくりの人間を見

たんだからな。よく、あんなことができたものだ」

「バーで知りあったのをきっかけに、いずれなにか役に立つだろうと、時たま食事

や酒をおごったり、金を貸したりして手なずけておいたのです。しかし、当人は知

らなかったでしょうな。なぜ自分がこう優遇されるのかを。あいつはひげをはやし

ているし、十歳ぐらい若いので髪の毛も多く、ヘアスタイルもちがう。それに眼鏡

をかけている。先生と似ているなど、だれにも言われたことがなかったようです。

会話にぜんぜん出てきませんでした」

「きみのメーキャップの腕は、なかなかのものだな」

「若かったころ、演劇をやってたことがありましたからね。また、会うたびに頭の

なかで考えていましたものね。こいつのひげをそり、眼鏡をとり、髪の毛を薄くし

、スタイルを変え、まゆ毛の形を変え、ちょっとホクロをつければなどとね。です

から、ものはためしとやってみるのに、そう手間はかかりませんでした。しかし、

できあがってみると、われながら傑作と思いましたよ」

「そうだろうな」

 老人はうなずき、男はつづける。

「先生の講演はテープにとってある。それをポケットにしのばせ、あいつは口をぱ

くぱくやるだけでいい。こつをおぼえさせるのに、徹夜までしないですみました。

そして、いよいよ、当日の午後。わたしはあいつと会場へ。控え室では、先生はか

ぜぎみですと、いちおう面会謝絶。会場のようすを見て、演壇をうしろのほうへず

らさせました。少しでも客席との距離を大きくし、替え玉とばれないようにとね」

「それがよかったともいえるな」

「わたしは、はじまってから、はらはらしつづけでしたよ。百パーセントうまくゆ

く自信はありませんでしたからね。しかし、はじまって五分後、あんな形でその心

配が終るとは……」

「見ていて、さぞ、すごかっただろうな。まさか、演壇に時限爆弾がしかけてあっ

たとは……」

「その瞬間は、なにがなんだかわかりませんでしたよ。とつぜんの音と、目もくら

むような炎でしたからね。あんなにすごいものがあるなど、考えたこともなかった

。どこかの国で開発されたものでしょう。爆発だけでなく、可燃性の粘液が散り、

それに火がついたのですから。火だるまとは、まさに、あのことです。木製の演壇

は、ほとんど燃えてしまいましたしね」

 二人の話は、いつもここで熱がこもる。

「会場も混乱したろう」

「いくらかはね。演壇をうしろに移しておいたのがよかったのです。火のほうへ進

もうとする人はなく、出口に近い席から順次に逃げ出したのですから。とくに重傷

者はありませんでした。混乱は、わたしのほうですよ。どう収拾したものか。まず

、その問題です。人びとの前で、先生が爆死したわけですからね」

「きみがホテルの部屋へ飛びこんできた時の顔は、どう形容したらいいのか……」

「わたしの報告で、先生はすぐに判断を下された。死んだことにしようと」

「替え玉を使っていたとなっては、わしの信用はゼロとなり、人格を疑われ、反対

派はさわぎ、二度と人前で主張ができなくなる。そのことがまず頭に浮かんだわけ

だよ」

「わたしはさっそく、帽子とサングラスで先生を変装させ、ひそかにホテルからそ

とへお連れした。まだ熱がおありでしたのに、よくやっていただけました。もうひ

とりだれかがいればと思いましたが、いなかったために秘密が完全に保たれたとも

いえますね」

「ひとまず、きみの別荘へたどりついた時には、ほっとしたよ」

「わたしの人生において、あんなに緊張し、注意ぶかく動きまわったことは、もう

二度とないでしょう。なにしろ、先生の死のニュースが、あっというまに全国に伝

わってしまったのですから。いちばんむずかしかったのは、奥さまとご子息の前で

、さも本当らしくふるまうことでした。しかし、ご子息がマスコミの人たちに、す

ぐにも父の遺志をついで政治活動をやるとお話しになった。そのため、なにもかも

多忙のうちにすぎてしまいました」

「そのころの新聞は、とってあるよ……」

 老人は切抜きをはったスクラップ·ブックのページをめくった。死を報じた大き

な見出し、同情、惜しい人材、これからという時、過激な手段への非難、遺志をつ

ぐ子息への支持。それらが書きたてられるなかで、支持者が勢力をふやし、反対派

の声は薄れていった。

「……なにもかも、わしが夢見ていた方向へと進展したのだ。わし自身の手で、そ

れをやりたかった」

「しかしですよ、壇上での爆死という劇的なことがなかったら、こううまくいった

かどうかです」

「それは、たしかだ。あの事件のおかげで、すべてがうまくいったのだ。ところで

、気の毒な目に会って死んだ、あの男のことだが……」

「いまだに、正体不明です。だれにも行先を告げずに出かけてきてくれたのでしょ

う。捜索願いは出ているかもしれませんが、まさかあそこで死んだとは、だれも思

わない」

「もし、かりにだ、あの事件が起らなかったら、あいつの口どめはどうするつもり

だった」

「しばらく、海外旅行をさせようかと考えてました。何か月かたてば、あの時の講

演はおれがやったなどと言っても、だれも信用しないでしょう。あいつがあの地方

都市へ行った証拠はなにもなく、先生が現実に出かけていたことは、たしかなので

すから。それに、あいつはアル中ぎみだったのです」

「その件については、大丈夫というわけか」

「なにもかもでございますよ」

 男は保証した。老人は言う。

「どうだろう。すべてがぶじにおさまったのだし、妻子と会うわけにはいかないだ

ろうか」

「とんでもありません。何回もお話ししたではありませんか。先生は、なくなられ

たのです。そんなことをして、もし、ことが発覚したりしたら、なにもかもぶちこ

わしです」

「やはり、いかんかな。会うのがだめとしても、ここに電話をひいて、それで話を

するというのは……」

「それもいけません。生存なさっていると知ると、どことなく態度が変ります。当

然、墓参などもおろそかになる。奥さまも、ご子息も、お会いになりたがる。どこ

に監視の目が光っているかわかりません。わたしがここへやってくるのさえ、注意

に注意を重ねているのでございますよ」

「どんなふうにかね」

「鳥の鳴き声の録音が趣味ということにしてあるのです。マスコミの連中も、それ

までつきあって、あれこれ取材しようとはいたしません。無意味だし楽しみの妨害

ですからね。また、買い物だって油断はできませんよ。かつて先生の秘書をしてお

り、いまはご子息の相談相手ということで、いくらか顔も知られるようになったの

です。車を走らせる時も、だれかにつけられていてはと、気が気じゃあありません

。このさきにわたしの別荘があるので、まあ怪しまれずにすんでいますがね……」

 男は苦心談をしゃべり、老人は言った。

「それにしても、あれから二年たったのだ。少しは外出してもかまわないんじゃな

いかな。ひげをのばし、サングラスをかければ。ずっと、とじこもりつづけなんだ

ぜ」

「しかし、ねえ、万一ってことがありますからね。なにかのきっかけで、先生の存

在が知れわたったりしては困るんです。交通事故にあう、つまらん事件を目撃する

。そんなことで身もとをたずねられるようなことになったら、一大事なのです」

「整形手術もずいぶん進歩したそうだが」

「いまの段階では、秘密を知っているのは、先生とわたしの二人だけなのです。先

生はしゃべりっこない。わたしもです。人数をそれ以上にふやしたくないんですよ

。医師には患者の秘密を守る義務があるといっても、信用できたものじゃない。そ

れに、看護婦だって加わる。これは内輪の話だがと、しゃべられてごらんなさい。

うわさだけで、もうわたしは身動きできなくなります。先生はうえ死にですよ。整

形のあと、その医者を殺す覚悟でやらなければだめです。しかし、それは発覚の可

能性をふやすことになります」

「そうかもしれないな。となると、わしは一生、ここでのこんな生活か」

 顔をしかめる老人に、男は言う。

「そのうち、なんとかいたします。じつは、もう少しましな住居を設計させていま

す。ここはまにあわせですから、なにかとご不満も多いでしょう。天井に明り取り

を充分にとりつけたもの。そして、地下室を充実させます。冷暖房を完備させ、太

陽灯もあれば、ステレオもおく。完全防音にしますから、イヤホーンなしでテレビ

を視聴できます……」

「もう少し便利になるとは、ありがたいな。早くたのむよ」

「しかし、わたしが作ったのでは、なんのためにと、ふしぎがられます。だれかに

作らせ、二、三人の手をへてからという方針でやらねばなりません。用心に越した

ことはないのです。もうしばらく、お待ち下さい」

「それにしても、こんな余生をおくるようになるとはね」

 ため息をつく老人に、男はこう言った。

「そこは、考え方でございますよ。先生はすでに、名声と栄光を手になさった。大

げさかもしれませんが、歴史に名をとどめたのです。なにかで先生のお名前の出る

時は、いつも同情的な形容詞がつき、けなす場合はない。そして、ご自分の理想図

の実現を、テレビや新聞でごらんになっていらっしゃる。生きてですよ。こんなこ

とのできた人は、ほかにいますか。すばらしいことではありませんか。それとも、

あの時、爆死なさっていたほうがよかったとでも……」

「それはそうだがね」

「いまの社会の状態に対して、なにかご指示はございませんか。こうすべきだとか

。ご子息はじめ、いろいろな人に、よく聞かれるのですよ。こんな時、もし先生が

存命だったら、どう処理をなさっただろうと」

「そうだな、できれば……」

 老人はあれこれ意見をのべた。この時は、自分がまだ社会的に活躍しているよう

な気分になり、元気づくのだった。

「わかりました。そうなるよう、それとなく努力いたしましょう。先生は栄光につ

つまれながら、現実に社会を動かしておいでなのです。こんな人はほかに……」

 男は腕時計をのぞきこんだ。

「……さて、わたしもそろそろ、おいとましなければ。別荘のほうに電話でも入っ

ていて、おそすぎると変に思われてしまいますから。それに、途中でごみも捨てな

ければなりません。この次に参上する時には、なにをお持ちいたしましょう。ビデ

オ装置などはいかがでしょう。別荘地では、自動振込みにしておけば、電気をどう

使っているのかなど問題にされません」

「退屈しのぎになるものなら、なんでもいいよ。碁盤と詰め碁の本があるといいが

「それはどうですかね。けっこう音が響くんじゃありませんか。それに、強くなっ

てどうなさるんです」

「そんな機会は、ありえないというわけか」

「はい。では、また」

「妻子によろしくとの伝言もできないのだからな」

「くれぐれも、お元気で……」

 男は帰っていった。老人はドアの鍵をたしかめる。車の音が遠ざかっていった。

ふたたび、音と光をもらさないよう注意する、退屈きわまるひとりの生活となる。

老人はつぶやく。

「くそ。あいつめ。あの、替え玉の爆死事件。もしかしたら、あらかじめ、あいつ

のしくんだ計画だったのじゃないのか。演劇をやってたこともあるとか。なにもか

も、うまくことがはこびすぎた感じもする……」

 しかし、それは立証のしようもないのだ。それに、計画的だったとしたら、こっ

ちまで共犯になってしまう。

 ここを出て、なにもかもぶちまけるか。そんな衝動にかられることもある。しか

し、そんなことをしたら、むすこが窮地に立ち、せっかく進展していることがめち

ゃめちゃになり、自分自身、なにひとついいことがないのだ。

 老人は温泉に入り、それからビールを飲む。なにもかも暗いなかでだ。これから

、ずっとこんな日々がつづくのだ。いまいましいことに、やつの健康と無事とを祈

らねばならない。あいつが来なくなったら、どうすればいいのだ。自分でも健康に

注意しなければならない。病気になっても、医師にもかかれない。あまり苦しい最

期でないよう願いたいものだ。そして、だれも葬式をしてくれない。いったい、な

んということだ。

「こんな立場は、どう表現すればいいのだろう。名誉ある無期刑の囚人か。生きて

いる幽霊か。動けない永遠の逃亡者。それとも、おそすぎる埋葬……」

  はやる店

 その青年は小さな喫茶店を経営していた。会社づとめのような仕事がきらいで、

こんな商売をやっているのだった。あれこれさしずされるより、お客におあいそを

言うほうが性に合っていた。

 しかし、とくにもうかっている状態でもなかった。それでも転業を考えないのは

、まあまあ、なんとか暮していけるからだった。マンションの部屋代を払い、妻と

二人、生活してゆくだけのことはできた。

 午前中は妻が店をやり、青年は昼ごろに出がけて交代し、夜まで仕事をする。人

件費を払う必要のない点が気楽だった。

 夜、店をしめての帰り道、暗がりで三人組の男にとりかこまれた。

「いいか、声を立てるな。持っている金を出してもらおう。痛い目にあわせてから

奪ってもいいのだが、できれば荒っぽいことはしたくない」

 どうやら凶器を持っているらしい。

「ま、まってくれ」

 青年はふるえ声で答えた。ポケットのなかには、きょうの売り上げ金が入ってい

る。それをとられたら、えらいことになる。こんな場合にそなえての貯金など、ぜ

んぜんしていなかったのだ。

 逃げるか。それもむりのようだった。抵抗するか。三人が相手では、うまくいき

そうもない。なんとか金を出さずにすむ方法はないものか。相手のひとりが言った

「すなおじゃないな。おい、よくつかまえておけ」

 両側から腕をねじあげられ、口にはハンケチが押しこまれた。そして、げんこつ

が腹部に強烈に命中……。

 そこで目がさめた。青年はひと息ついてつぶやいた。

「やれやれ、夢だったわけか。それにしても、売り上げ金を持ち帰るのは、たしか

に不用心だ。店の戸締りを厳重にし、かくし金庫の丈夫なやつをとりつけ、そのな

かにしまったほうが賢明かもしれない」

 つぎの日の夜。青年は自宅のマンションのベランダに立っていた。ここは十階。

はるか下を走る車の光を見るのが好きで、一種の習慣のようなものになっていた。

 道のすいているのをいいことに、一台の車がかなりのスピードで走ってきて、追

突しかけて急ブレーキをかけ、鋭い音をひびかせた。

 青年は思わず身を乗り出す。そのとたん、からだの重心が手すりを越えた。つま

り、外側へと落ちたのだ。しかし、反射的ににぎった手は、鉄製の手すりの下部を

つかんでいた。よじのぼろうと力をこめたが、学生時代ならいざしらず、腕の筋肉

も弱っている。ふとりぎみということもあり、落ちないだけがやっとだった。

「助けてくれ」

 大声を出したが、応答はない。妻は寝つきがよく、耳に入らないのだろう。叫び

はむなしく、コンクリートの壁面に反響するだけ。地上にもとどかない。昼間だっ

たら、あるいは気づいてくれる人があるかもしれないが、こんな時間では、だれの

目にもふれないだろう。

 下を見る。青年は自分のおかれている事態をあらためて知らされ、ぞっとした。

落ちたら助かるわけがない。下の階のベランダに移ることも不可能だった。

 上へはあがれない。助けもきそうにない。死にたくないの一念で、青年はぶらさ

がりつづけた。もちろん、何回も声をはりあげたが、効果はなかった。しだいに、

手がしびれてくる。足をばたつかせたが、なんの役にもたたない。

 手の感覚がなくなった。一瞬、気が遠くなる。そして、青年は落下しつつある自

分に気づく。

「わあ……」

 そこで青年は目がさめた。ベッドから、ころがり落ちていた。妻が話しかけた。

「どうしたのよ。眠りながらあばれて、うなされながら落ちたのよ。悪い夢でも見

たんじゃないの」

「ああ、そうなんだ。しかし、それでいいんだ……」

 一週間ほど前、常連のお客のひとりが、青年にこう話しかけた。

「わたしがこの店を利用しはじめてから、けっこう日がたつが、いっこうにぱっと

しないな。満員になったことなど、ぜんぜんない」

「申しわけありません。しかし、こういう商売は、お客さまに入っていただかない

ことには、どうしようもありませんからね」

「コーヒーの味が悪いわけではない。サービスがゆきとどかぬということもない。

場所がとくに悪いとも思えない」

「せいいっぱいやってるつもりなんですが、だめなんです。どうしたものでしょう

 首をかしげる青年に、お客は言った。

「どうだ。わたしの知人で、開運のまじないをやっているやつがいるが、そこへで

も行ってみるか」

「そんなものがあるんですか」

「わたしはそういうのにたよるのがきらいで、現状に満足しているから体験したわ

けではないが、けっこう人がきているらしい。なんだったら、やってもらったらど

うだ」

「こうなったら、なんにでもすがりますよ。いまのような営業状態がずっとつづく

のでは、うんざりです」

 教えられたところへ出かけてみる。なんと、それは新築の高層ビルのなかの一部

屋だった。明るく、スチール製のキャビネットが並び、まじないという言葉の持つ

怪しげなムードなど、ぜんぜんない。

「やあ、いらっしゃい」

 デスクのむこうの中年の紳士が、にこやかな表情で声をかけてきた。高級な服装

をしている。青年は言った。

「あまり神秘的じゃありませんね」

「だれもそう思うらしい。お望みのように仕上げてもいいのだが、わたしは実績主

義なんでね。お客さまの期待にこたえられれば、それでいいだろうというわけさ。

そして、現実にこうして仕事をつづけていられる。それがなによりの裏付けと思わ

ないかね」

「はあ。で、高いんですか、料金は」

 紳士は青年に|椅《い》|子《す》をすすめて言った。

「そう気にすることはない。景気のいい人なら、こんなところへ来るわけがない。

高くしたら、やっていけないよ。つまりは、人助けだ……」

 高級ウイスキー一本分ぐらいの金額だった。青年は身を乗り出す。

「それぐらいなら、お払いできます。だめでもともと。や、これは失礼」

「なに、かまわんよ。ききめについては、いずれわかる」

「しかし、どんなふうにやるんですか」

「わたしは長いあいだ研究し、ある|呪《じゅ》|文《もん》を発見した。それを

となえることによって、あなたの運勢がいい方に変る」

「いやに簡単なんですね。それでききめがあるのなら、こんなうまい話はない」

「そうだ。仕事や生活が確実によくなる。ただし……」

 と紳士が言い、青年は聞いた。

「なにか代償がありそうですね」

「そうなのだ。いやな夢を見る。やむをえない副作用ということだな」

「夢ですって……」

「むかしから、夢と運勢との関連について、多くの人がとりくんできた。わたしも

そこへ目をつけた。そして、自分を含めて、多くの人から統計をとった」

「どんなことがわかったのですか」

「夢には、|正《まさ》|夢《ゆめ》と|逆《さか》|夢《ゆめ》とがある。正夢

とは、いい夢が実現すること。逆夢とは、その反対。いやな夢を見て気にするが、

現実にはその反対にいい結果となる現象だ。そこがどうなっているかを、徹底的に

調べてみた。すると、逆夢のほうが圧倒的に多い。楽しい夢を見て、その通りにな

ったなんて例は、あまりないんだな」

「そういえば、そうですね。ぼくも夢のなかでは、何回も成功者になっていますよ

「もっとも、親しい人の死を夢に見て、その通りになったという例は多い。しかし

、これはテレパシーの作用で、夢とはちがうものなのだ」

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