饭饭TXT > 海外名作 > 《地球から来た男/最后的地球人(日文版)》作者:[日]星新一【完结】 > 地球から来た男.txt

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作者:日-星新一 当前章节:15396 字 更新时间:2026-6-16 01:47

「本人の運とは関係ないことですね」

「いやな夢を見たあとに、幸運が訪れてくる。実際、そうでなかったら、不公平だ

よ。世の中のバランスがとれない」

「まったく、おっしゃる通りです。そうあってこそ、筋が通るというものです」

「なみなみならぬ努力をして、成功する。これが本来の姿なのだ。真理といっても

いいだろう。わたしは、その血みどろの努力、つらい思いに相当する部分を、夢の

なかに押しこめてしまう方法はないかと、その研究をやったのだ」

「うまくいったわけですね」

「だから、ここで開業するまでになったのだよ。というわけで、いやな夢を見るが

、そのかわりに運勢が開けてくる。それがいやな人には、おすすめできない」

「わかりました。やって下さい。たかが夢じゃありませんか。現実に汗にまみれる

より、はるかにいい」

「では、とりかかるとするか……」

 紳士は机の引出しから、小型の装置を取り出した。コードのはじのコンセントを

さしこみ、スイッチを入れ、青年の頭に当てる。かすかな音とともに、震動が伝わ

ってくる。バイブレーターを使っているような感じだ。それと同時に、耳もとで呪

文がささやかれ、何回もくりかえされた。その相互作用で、効果があらわれるとい

うことなのだろう。

「……さあ、これで、あなたの運命はよくなります」

 その結果が、この連日の夢となったのだ。そして、ききめは、たしかにあった。

喫茶店へのお客は、一日ごとにふえていった。

「まさに驚きだな。こうもすごいことになるとは」

 青年はつぶやく。もちろん、それにともなって利益もあがる。この調子でふえつ

づけるのなら、店の拡張も考えなければならないだろう。

 青年は、からだが熱っぽいような気がし、病院へ寄って診断を受けた。医師が言

う。

「やっかいな病気にかかりましたな。すぐ入院なさって下さい」

 青年は個室のベッドに収容された。

「先生、はっきり言って下さい。どうなんでしょう、重いんですか。長くかかるの

でしたら、それなりの手配をしなければなりませんので」

「きわめて珍しい病気なのです。つまり、まだ治療法が確立していない。残念なこ

とですが」

「すると、つまり、死ぬ……」

「そういうことになります。できるだけのことはいたしますがね。しかし、なるべ

くなら、財産の整理法など、いまのうちに書き残しておかれたほうが……」

「ああ、なんということ。やっとうまくゆきはじめたというのに。とりあえず、妻

や友人と相談して……」

「それはいけません。面会は禁止です。伝染したら大変ですから」

「伝染病なのですか」

「ええ。しかし、ほとんどの人は免疫の体質なので、あまり問題にされないでいる

のです。あなたの奥さまも大丈夫とは思いますが、万一そうでなかったら、不幸を

さらにひろげることになってしまいます。医師としては、それを許すわけにはいき

ません」

 青年は絶望的な気分になった。だれにも会えないまま、ここで徐々に死を迎えな

ければならないとは……。

 そこで、目がさめる。

 この悪夢は、いやに日常的でリアルなのが特徴なのだ。さめてからしばらくは、

なんともいえない不快な感じがする。

 しばらくたって、これはただの夢、いや、逆夢なのだと知る。いいほうにむかう

前兆なのだと自分にいいきかせ、やっとなっとくする。

 事実、仕事は順調なのだった。もうけた金ですすめられるまま買っておいた株が

値上りするという、期待していなかったこともおこった。これも幸運のうちなのだ

ろう。

 そのため、店を二階までひろげ、改装もするという計画は、予想より早く実現し

た。従業員も二人やとった。はたしてお客が来てくれるかと心配だったが、それは

たちまち消えた。たえず忙しく、ひまで困るなんてことは、ぜんぜんなかった。

 利益はあがりつづける。そのうち、となりの店の権利も買い、そこでは食事や酒

も出せるようにするか。これだけお客が来てくれるのだ。喫茶だけですますことは

ない。

 青年のところへ、電話がかかってきた。

「いいか、よく聞け。おれは殺し屋だ。まず奥さんを、それから、あんたを殺す。

一週間後にな」

「なんだと、なぜ、そんな目に……」

「そんなことは、どうでもいい。金をもらい依頼されたからやるのだ。おれはプロ

なんだ。決してやりそこなわない。警察へ保護をたのんだって、むだだよ。国賓な

みの警備をしてくれるわけがない。予告なしにやってもいいのだが、あまりにも気

の毒。思い切り楽しむ余裕を与えてあげるってわけさ。おれは自分の腕前に、それ

だけ自信を持っているんだ……」

 電話は切れ、青年の顔は青ざめる。どうやら、防ぎようのないすごいやつの目標

にされたらしい。いったい、だれがそんな依頼をしたのだろう。お客がこっちへ来

すぎるので、商売がやりにくくなった同業者だろうか……。

 そこで目がさめる。

「まったく、この悪夢にはかなわないな。そのおかげで幸運にめぐまれているとは

いえ」

 悪夢は型にはまっていなかった。毎日、なんらかの変化がある。いい形容になっ

てしまうが、いつも新鮮なのだ。そのため、なれるということがない。夢のなかで

、これは夢なのだと気づくこともないのだ。

 そのかわり、店のほうはますます好調だった。お客はつぎつぎとやってくる。そ

のひとりに青年は聞いてみた。

「おいでいただき、ありがとうございます。ついては、変なことをお聞きしますが

、なぜ、この店へお入りに……」

「なぜって、そんなことに理屈をつけられる人って、いるかね。コーヒーが飲みた

くなる。店がある。お客も多い。となると、入りたくもなるじゃないか。それとも

、あまり人が入っては困るのか」

「いえいえ、そんなことはございません。どうぞ、ごゆっくり」

 幸運とは説明のしようもないものなのだろう。それにしても、あの悪夢はもう少

しなんとかならないものだろうか。青年は精神安定剤や睡眠薬をためしてみた。

「あなた、大変よ」

「なんだ。こんな夜中に」

「火事だ火事だって声がするのよ」

「なんだと……」

 ベランダから見おろすと、このマンションの下のほうで炎が動いている。

「このビルだ。早くおりよう」

 エレベーターは動かない。階段をかけおりる。どの部屋からも人が出てきて、そ

の混乱状態といったらない。なんとか五階あたりまでおりた時、下から煙と炎が|

噴《ふ》きあげてきた。

「だめだ。非常口へ出ろ」

 だれかが言う。しかし、そのドアがあかない。みな、ふたたび上の階へと戻ろう

とする。一方、上からも人がおりてくる。押しあいへしあい、どちらも死にものぐ

るい。青年はつぶやく。

「とてもだめだ。かりに屋上まで行きついたところで、そこで焼け死ぬか、飛びお

りて死ぬかだ」

 熱い煙が迫ってくる。もうだめだ……。

 そこで目がさめる。

「やれやれ、これも夢だったのか。だまされまいとは思っているのだが、どうもそ

うはいかないしかけになっているらしい」

 薬で防ぐこともできないのだ。そのかわり、金は依然としてもうかりつづける。

となりのレストランも開業にこぎつけた。そして、それも開店そうそう、かなりの

お客がやってきた。

 青年は眠る時間を少なくしてみようと思った。長く眠るから夢を見るのだろう。

短時間に深く熟睡すれば、夢を見なくてすむかもしれない。ぎりぎりまで起きてい

よう。

 あけがたちかく、大きな爆発音がした。ベランダに出てみると、上空で風を切る

音がし、なにかが落下し、遠くのビルが強い光とともに爆発した。テレビをつけて

みる。アナウンサーがしゃべっていた。

「戦争です。どこかの国が、わが国にミサイルを発射しはじめました……」

 あわてて妻を起す。

「戦争だ」

「まさか。そんなことが……」

「自分の目でたしかめてみろ」

 高いだけあって、ここからはようすがよくわかった。ミサイルが各所に落下し、

爆発している。道には逃げまどう人たち。

「どうしたらいいの」

「わからん」

 戦争とは広大な野原でやるものとばかり思っていた。あるいは、核爆弾で一挙に

破滅するかだ。しかし、そのどちらでもない。

 とにかく、逃げなければ。といって、どこへむかったらいいのか。見当がつかな

い。人びとも、あてもなく動いている。自分の家から少しでも離れればいいと思い

こんでいるのだろう。テレビの声も、なんの指示も与えてくれない。

 ミサイルの一発が、近くのビルに命中した。その強い爆風で、二人は部屋の奥へ

と飛ばされ、倒れ……。

 そこで目がさめた。

「やれやれ、またも夢か」

 妻が言う。

「ずいぶん、うなされてたわよ。また、悪夢を見たのね」

「ああ、だんだんすごくなる。そこが悪夢の価値なのだろうな。普通のくりかえし

では、刺激にならないからな。しかし、このままだと、やがては頭がおかしくなっ

てしまうかもしれない」

「なんとかならないものなの」

「いや、方法はある。ある人にたのめば、なおるんじゃないかな」

「だったら、そうしたら。なにも、わざわざ妙な夢を見つづけることもないじゃな

いの」

「そうだな。店も大きくなったことだし、まあ、この程度で満足するか。しかし、

きょうはいろいろ仕事がある。あしたにでも出かけるとするか」

 これが一生つづくのだったら、なんのために生きているのかわからない。それに

、耐えられる限界というものもある。そろそろ、そこまで来てしまったようだ。

 その日の夜は、宇宙生物が侵略してくる夢だった。ピンク色の軟体動物が、人び

とを飲みこむのだ。きみの悪さといったらない。さまざまな武器が使われたが、ど

れも効果を示さない。

「もうだめだ、これ以上は……」

 目ざめた青年は叫ぶ。

 そして、いつかの開運術の紳士のところへ行った。店じまいはしていなかった。

「やあ、いらっしゃい。いつかのかたですね」

「はい。おかげで仕事はうまくいきましたが、夢のほうがひどくなる一方。なんと

かして、以前の状態に戻していただけませんか。お願いです」

「いいですとも」

「それを聞いて、ほっとしました。もし断わられたらと……」

「ご心配はいりません。そのかわり、料金は安くありませんよ。二度目にここへみ

えるかたは、みなお金をお持ちのはずだ。じつは、それによる収入が目あてなので

す。そうでなかったら、わたしも商売になりませんからね」

「料金なら、いくらでもお払いします」

 またも、頭へのバイブレーターと呪文とがなされた。

「はい、これですみました」

「ありがとうございます」

 青年は喜びながら帰宅する。きょうからは、いやな夢を見ないですむのだ。酒を

飲み、いい気分で眠りについた。

 美しい女性があらわれた。スタイルがよく、セクシーで、それに言うことがいい

「ねえ、あなたって、すてきなかたねえ。あたし、どうなってもいいわ。お好きな

ところへ連れてって……」

 目ざめてから、青年はつぶやく。

「まったく、久しぶりだ。夢というものは、ああじゃなくちゃいかん」

 楽しい気分で店へ出る。

 その日、なぜかお客は、これまでにくらべて目にみえてへっていた。青年は、い

やな予感がした。

  ゲーム

 ある夜、三十歳すこし前の独身の男が部屋のなかでひとり読書にふけっていると

、うしろで楽しげな声がした。

「おい、見てくれよ。こんなぐあいになれたんだぜ」

 だれだって、ぎょっとする。男はこわごわふりむいたが、だれもいない。背すじ

をつめたいものが走る。

「たしかに耳にしたが。しかも、聞きなれたような声だった……」

 狂ってないのをたしかめるかのように、ぶつぶつ言っていると、それはまたも話

しかけてきた。

「ここじゃあ、光のかげんで見にくいかもしれないな。そっちへ回ろう。さあ、よ

く見てくれよ」

 声は移動し、男が目をこらすと、そこには学生時代からの友人の姿があった。時

おり会って、酒を飲み、たあいない会話をかわしあう仲だ。

 しかし、なんと半透明。

「おどかすなよ」

 男はわけがわからないまま、相手の肩をたたいたが、なんの感触もなかった。友

人は笑いながら言う。

「な、奇妙なものだろう」

「ど、どうなっているんだ。す、すると、きみは死んで幽霊に……」

「まあ、ひと口にいえば、そういうことになるだろうな。まったく、奇妙な話さ。

こんなことになろうとはね」

 それを聞き、男の内心のとまどいは、恐怖という形にまとまり、高まった。

「ま、迷わず成仏してくれ。なむあみだぶつ、なむあみ……」

「おいおい、うろたえないでくれよ。成仏なんて、えんぎでもない言葉も使わない

でくれ。なにしろ、成仏できないんだし、するつもりもないんだ。それに、なにも

ここへ、うらみがましくやってきたんじゃないよ。おたがい、長いつきあいじゃな

いか。面白い体験をしたので、それを話したくてやってきたわけだよ。こわがった

りされたら、こっちも困ってしまう」

 どうやら危害を受けるおそれはなさそうとわかり、男はひと息ついた。

「そう言われたって、平然としてはいられないよ。いくら親しくったって、幽霊と

なって、とつぜん出現されてはね。とにかく、びっくりしたぜ。妙な気分だ。いや

に愉快そうな点もふしぎだ。うすきみ悪くもなるじゃないか。もし本当に死んでい

るのだったら、消えてくれないか」

「たしかに、むりもないな。まだ、なんにも説明してないのだから、変に思われて

も仕方がないな」

 のどがからからになっており、男は水を一杯飲んでから、当然の質問をした。

「ところで、いったい、なにが起ったのだ。順序を追って、わかりやすく解説して

くれ。立ってないで、|椅《い》|子《す》にかけたらどうだ」

「体重がないから、立っていてもくたびれたりしないけどね。礼儀としてそうすべ

きかもしれないな……」

 友人は椅子に腰をおろし、話しはじめた。

「……しばらく前だけど、ぼくは失恋し、すっかり気が沈み、失敗をやらかして会

社をくびになってしまった」

「知っているよ。なんとかいいつとめ先はないかと、二、三あたってみたんだけど

ね、あいにくと……」

 その結果かとすまながる男を、友人は制した。

「わかっているよ。就職の容易でない時勢だし、会社をやめさせられたのも、ぼく

のへまのせいだ。きみが気にすることはないよ。失恋については、こればかりは当

人の責任。ぼくがいたらなかったせいだ。いずれも、だれが悪いといった問題じゃ

ない。しかし、ぼくにとっては、かなりの痛手だったぜ」

「そうだろうな。とくに失恋となると、こればかりはどうしようもない」

「つくづく世の中がいやになったね。生きているのも」

「そのあげく、死を選んだというわけか。なんという早まったことを……」

 男は声を高めた。しかし、友人は首を振った。

「早のみこみは、きみのほうなんだがな。そんな時、地味な服装の六十歳ぐらいの

男がたずねてきた。陰気なムードをただよわせているのに、顔は笑っているんだ。

そして、そいつは、自分は悪魔だと言った」

「本物かい」

「もちろん、はじめはなにかの冗談と思ったよ。しかし、そいつの話をいろいろと

聞いているうちに、どうやら、もしかしたらという気分にさせられた。人間ばなれ

した、異様な印象を与えるやつだしね。そのあげく、条件なるものを持ち出したよ

「三つの願いをかなえてやるから、死んだら魂をよこせというやつか」

「ああ」

 友人はうなずき、男は首をかしげた。

「そんな話は聞いたことがあるが、どういうつもりで、そんな手間をかけるんだろ

う。そのへんがよくわからない」

「あれこれ言っていたよ。これはサービスのようなものですとか。平凡な形で人生

を終るより、はるかにいいじゃありませんかとかね。どうせ死ぬのなら、その前に

好きなことをさんざんやってのけ、思い残すことなくというほうがいいんじゃあり

ませんかともね」

「それも理屈だな」

「しばらくやってないので、腕によりをかけてあいつとめますとも言っていたよ。

そのうち、ぼくにも想像がついてきた。けっきょく悪魔はいじわるなのさ。望みを

かなえさせ喜ばせておいて、やがて、おとし穴にはまってじたばたする人間。それ

を見物して楽しむってところじゃないかな。ああいう不滅の存在のやつは、退屈な

んだよ。そこで、ああいうことをやってみたくなるんだと思うな。やつにとっての

、娯楽の一種さ」

「そういうものかもしれないな。しかし、むこうは海千山千、何百あるいは何千人

と手がけてきたわけだろう。つまり、プロだ。それにひきかえ、相手になる人間は

アマチュア。勝負ははじめからついているようなものじゃないかな」

「そういうことになるな。いままでだれかが使った手では、やられるにきまってい

る。大金を手にしたはいいが、ナンバーを控えられている、いわくのある紙幣とか

ね。小額の貨幣でどさりということもあるかもしれない。白昼の街なかで押しつけ

られ、大さわぎということだってある。しかし、ぼくはやってみる気になった。さ

っきやったように、その時はやけぎみの心境だったしね」

「よく決心がついたなあ。で、それからどうした」

 男は好奇心にかられて身を乗り出し、友人はその先を話した。

「よし、応じましょうと答えたよ。そして、三つの条件の実行はたしかなんだろう

ねと念を押した。すると、サタンの大王の名にかけてもと誓いやがった。まあ、途

中であれはうそでしたでは、だれも二度と相手にしなくなるものね」

「まず、なにを要求したんだ」

「あててみるかい」

 友人は笑いながら言った。男は考えようとしたが、ありふれたことしか頭に浮か

ばない。金銭ではなさそうだし。

「ぜんぜん見当がつかない。なんて言ったのだ」

「ぼくを殺してくれ、だ」

「なんだって……」

 まさに、意外そのもの。

「やつもそう言ってあわてたよ。いままで、そんなことを申し出たやつはいなかっ

たらしい」

「そりゃあ、そうだろう。だれだって、もっと現実的なことを持ち出すものね」

「やい、悪魔、早くそれを実行しろと、ぼくは要求した」

 それを聞き、男は目を丸くした。

「よく、そんなことが言えたな。悪魔の力をもってすれば、その実行なんか、そう

むずかしいことじゃないように思えるな。へたしたら、そこで一巻の終りじゃない

か」

「そりゃあ、殺すのは簡単だろうよ。しかし、いいかい。やつには、あとの二つの

条件を実行する責任があるんだ。それには、ぼくがなにかを言えるようにしとかな

ければならない。問題はそこさ。やい、腕によりをかけてとの約束はどうしたと、

こっちは言いたいほうだい。じつは、この段階で相手が平あやまりに出るかと思っ

てたんだけどね。しかし、やはり、さすがだ。やつはなんとか実行したものね」

「どんなふうにだ」

「ごらんの通りさ」

 友人に言われ、男はあらためて眺めなおし、大きくうなずいた。

「なるほど、そして、その姿か」

「つまり、現在のぼくは、死んでいるんだ。死んだ時の気分って、あんなものとは

ねえ。自分の死体を、自分で見おろしているんだからなあ。妙なものだね、あれだ

けは。それにしても、やつの実力はすごいものだ。いかがです、ご満足いただけま

したかと言いやがった」

「幽霊になったってことは、死んだわけだからな。で、その死体はどこにあるんだ

「どこかに保存してあるはずだよ。いつ、ぼくがもとに戻せと言うかもしれないし

、その可能性は大ありだものね。もっとも、他人に発見されないよう、その注意と

警戒はやっかいらしい。あいつ、顔をしかめて、ぶつくさ言っていた。たぶん本音

だろうな」

 そう話す友人を、男はしげしげと観察した。

「それで、どうなんだ。幽霊になってからの気分は」

「悪くないね。この程度に姿をあらわすこともできるし、場合によっては、まった

く他人の目に見えないようにすることもできる。まあ、なるべく姿は見せないよう

にするよ。あいつ、幽霊になったなんてうわさがひろまったら、あとで困るからな

。その、いつでも戻れるところがみそなんだから。死んだはずなのにと変に思われ

る」

「生きている幽霊ってわけか。で、腹はへらないのか」

「そういう肉体的な欲求は感じないね。苦痛のたぐいは、ぜんぜんないんだ。いい

ものだぜ。しばらく楽しんでみることにするよ。まず、外国旅行。ただでできる。

それから、世の中の実体をゆっくり見学することにしよう」

「のんきな身分だな」

「じゃあ、またな。そのうち来るよ」

 友人の姿は消えた。しばらくし、男はつぶやく。

「やつめ、妙なことをやったなあ。夢みたいな話だが、筋は通っている。ちょっと

、うらやましい気がしないでもないな」

 六か月ほどたち、男のところへ、ふたたび友人の幽霊が出現した。

「どうも、ごぶさた」

 今回は、それほど驚かないですんだ。男は言った。

「やあ、まだやっているのか」

「ああ。世界をひとわたり見てきたよ。これで文章の才能があればなあ……」

 入国や旅行を制限している国、国内で紛争のつづいている国、高度の国家機密を

持つ国などについて、耳あたらしい話題をつぎつぎとしゃべった。

「……しかし、カメラを持っていったわけじゃなし、証拠はないんだから、だれも

信用してくれないだろうな。信用されたら、スパイとしてこき使われる。悪魔の思

うつぼかもしれない。謝礼をもらっても、使いようがないんだからな」

「その悪魔のほうは、どうなっているんだい」

「やつ、しきりにさいそくするんだ。つぎのご希望はなんでしょうかって。いいか

げんでけりをつけ、つぎの人を相手にしたいんだろうな。早くて一日、普通で一週

間、長くて一か月ってところが平均らしいんだ」

「きみのことだから、また難問を持ち出すんだろうな。天国へ行かせろとか」

「いや、それはだめなんだ。最初にいくつか、これこれはだめだと並べたてられた

なかに入っている。なっとくできる形で、ルールがきまっているんだ。女性に関し

てなら、十人以内とかね。世界中の美女をごそっと集めたりしたら、大ニュースと

なり、悪魔にとってもひそかな楽しみでなくなってしまうからな」

「そういうものかもしれない。となると、とりあえず生き返るってことになるな。

そうすると、相手のわなが待ちかまえているわけじゃないのかい」

「たぶんね。しかし、ずっと幽霊でいてもいいんだが、いささかあきたね。自由だ

し、気がねもいらないんだが、自己主張ってものができないからな。ある案は持っ

てるんだ。はたしてうまくゆくかどうか。成功すればもうけもの。だめだったら、

もう会えないかもしれない。といって、いま、お別れを言うのは早すぎるし」

「いやに悟り切った口調だな」

「なにしろ、一回、死んでいるんだ。なまじっかなことは、こわくなくなっている

「しかし、気をつけろよ。相手が相手だ」

「わかってるよ。じゃあ、な」

 友人の姿は笑いながら消えた。

 それからしばらくし、男のところへ、またも友人があらわれた。こんどはブザー

を押し、玄関から入ってきた。

 男は迎えて言う。

「やれやれ、命のあるかっこうに戻ったというわけか。どうだい、いまの感想は」

「生きているってことも、これまた悪くないな。意欲ってものがあり、それをみた

す感覚っていうものは、幽霊の時には味わえなかった」

「生活はどうしているんだい」

「なんとか就職できたよ。なにしろ幽霊になってるあいだに、さまざまな企業の内

情をさぐっておいた。重役会議に入りこんだり、機密書類をのぞきこんだり、なに

もかも自由だったからな。希望していた会社の社員になれたのは、そこで難問とな

っていることの解決法を持ち込んだからだよ。一流とはいえないが、将来性のある

会社なんだ。それなりの働きもするつもりだよ。そこの取引先や競争会社の状況を

くわしく知っているんだから。監督官庁の方針までさぐっておいた。これで成績を

あげられなかったら、どうかしている。昇進まちがいなしだ」

 友人はすっかりごきげんだった。男は思い出したように聞いた。

「そういえば、失恋の心の傷はどうしたね。生き返るとともに、それもよみがえっ

たんじゃないのかい」

「まあね。こればかりは、しようがない。しかし、なんとか代りをみつけたよ。こ

んどの会社の部長の娘。なかなかいい子なんだ。ぼくが仕事で手腕を示せば、たぶ

ん結婚にこぎつけられるだろうな。うまくゆくと思うよ」

「悪魔の手をかりずにすんだというわけだな」

「そうとも。条件は三回きりなんだからね。女性を手に入れることなんかで使って

しまっては、むだもいいところさ。それこそ、やつの術中におちいるってわけ。多

くの連中が、そこで失敗しているらしい。絶世の美女だからいいってものじゃない

のにね」

 男はさっきから聞きたかったことを口にした。

「生き返ったことで、きみは二つ目の権利を使ってしまった。あとのひとつはどう

使ったんだい」

「使わないよ。二つで終りさ」

「しかし、そうはいかないだろう。なにしろ相手は悪魔なんだ。ひとすじ|縄《な

わ》ではいかないんじゃないかな。すごいわなをしかけてくるにきまっている。絶

体絶命の状態に追い込まれ、救いを求める。それが実現。そのあとはどうなんだい

。死の不安だけならまだしも、魂を引き渡す約束がある。それがどういうことか、

想像もつかない。いやなものじゃないかな」

「たぶん、そうはならないよ。外国旅行のついでに、どんな先例があるのか、伝説

や記録を調べてまわった。そして、これは新手と考えた上での要求だったのだから

「どう言ったんだ。気になるなあ。教えてくれよ」

「いいとも、悪魔がしつっこく、第二のご希望はというから、きっと実現してくれ

るなと前おきして言ったのだ。いいか、以前のわたしに戻してくれ。しかし、そっ

くりそのままの自分にではない。生き返った新しいぼくは、記憶もなにもかもその

ままだが、あなたの姿を見ることができない、あなたの声も聞こえない。あなたと

会話がかわせないのだ。そういう体質にしてくれとね」

「それがなされたってわけか」

「たぶんね。実体に戻ったとたん、やつの姿は消えていた。そのあと話しかけても

こない。すごい能力だよ。やつにはすべてが可能なんだ」

「すると、第三の権利はどうなるんだろう」

「永久に保留ってとこだろうな。使おうにも、もはやあいつに会えないんだから、

どうしようもない。べつに惜しいとも思わないね。これが適当ってとこだろうな。

あいつ、くやしがって、ぼくのまわりをうろついているのかもしれないな。それと

も、あきらめて別な相手をさがしているか……」

 そのご、その友人には不幸らしきことも起らなかった。昇進もしたし、部長の娘

とも結婚でき、順調な日々をすごしている。

 そんな消息を聞き、男はうらやましがる。

「あいつ、うまいこと、やったものだな。そう要領のいいやつとも思わなかったが

、いよいよとなると、いい知恵も浮かぶのかもしれない。頭は使いようか……」

 そこへ来客があった。地味な服装の六十歳ぐらいの男。

「ごめんください。とつぜん、こんなことを申し上げては驚かれるでしょうが、わ

たしは悪魔でして。お信じいただけるかどうかはわかりませんが」

「信じますよ。いろいろと話に聞いている。存在はみとめます」

「それはちょうどいい。みとめてくれない人に、わたしの力は及ばないのです。で

は、さっそく」

「まあ、少し考えさせて下さいよ。ぼくにだって作戦をねる……」

「そんなことで来たのじゃない。おれはある人を相手に知的ゲームをやり、みこみ

に反して、すっかり負けてしまったのだ。この不愉快さをなんとかしなければなら

ない。その気ばらしをやりたいのだ」

 なんともいえない、いやな気分が男を襲った。そして、気がついてみると、床に

横たわっている自分の死体を見おろしていた。

  戦 士

 その男は四十五歳。かなり有名な企業の課長をしていた。なかなかのやり手でも

あったのだ。

 ある日、会社から帰る途中、話しかけられた。

「もしもし、ちょっと……」

 名を呼ばれた。人ちがいされたのではないらしい。相手は青年。以前に会ったと

いう記憶はない。男は聞いた。

「わたしのことをご存知のようだが、いったい、あなたはどなたです」

「その説明は、いずれのちほど。少しお時間をいただけませんか」

「しかし、紹介もなしとなるとね」

「きわめて重要なことなのです。いかがでしょう。これから、夕食をごいっしょし

ましょう。代金はぼくが持ちます。なんでしたら、お酒もお好きなだけ」

「悪くないな。しかし、ご希望にそえるかどうかは、わからないよ」

「それは、かまいません。お話を聞いていただければ、けっこうなのです」

「じゃあ、きまった」

 男は青年についていった。高級なレストランで食事。青年は見まわして言う。

「かなり、こんでいますね。まず、ゆっくり味わって下さい。お話はそのあとにし

ましょう。内密にしたいことなのです」

「そうかい」

 食事のあと、あるホテルのなかのバーへと席を移した。青年が言う。

「じつは……」

「いやに緊張した口ぶりになったな」

「どうしても、そうなってしまうのです」

「あれだけごちそうになったのだから、どんな話でも聞くよ。いったい、なんなの

だい」

「どう切り出していいのか見当もつかないので、とまどわれるかもしれませんが…

…」

「まあ、話してみるんだな」

「では、そうさせてもらいます。地球外の知的生命体、つまり宇宙人というわけで

すが、それが存在するとお思いですか」

「なにを言いだすか気にしていたが、たしかに妙な質問だ。そうだなあ。さほど真

剣に考えたことはない。なにしろ、毎日の仕事を片づけるだけで大変だからな。し

かし、ねえ、夜の空を見あげると、あれだけ星があるのだ。どこかには、文明を持

つやつだっているんじゃないかな」

「やはり、そうお思いですか」

「商取引をはじめるとでもいうのだったら、心機一転、そいつの性格の研究をはじ

めるだろうがね……」

 男は笑って酒を飲みほし、青年はおかわりを注文した。

「そういう、友好的なのならいいのですが……」

「おい、なんと言った。そんな口ぶりだと、いるみたいじゃないか。すると、すで

に地球に来ているのか」

「そうなんです」

「しかし、新聞で読んだことはないぜ」

「公表したら、どうなります。なにをばかげたことをと怒るやつ。なにかの陰謀の

一端と疑うやつ。信じた人たちは恐怖でおろおろ。大混乱が起るだけでしょう。そ

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