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作者:日-星新一 当前章节:15366 字 更新时间:2026-6-16 00:33

ぎり、なんとか飛びこんできた熱線も、冷房装置によってたちまち手なずけられ、

おとなしくさせられてしまうのだ。

 ここはメロン·マンションの七階の一室。湿度の少ない冷えた空気が静かに流れ

、さわやかな空間を保ちつづけている。

 ひとりの少年が机にむかい、ティーチング·マシンで勉強をしていた。スクリー

ンに画像があらわれ、説明と質問の声がし、それに答え、ボタンを押し、訂正がな

され、首をかしげ、うなずき、画像が変って声がし……。

 その少年はおとなしい性格で、どちらかといえば平凡な外見だった。しかし、知

能がおとっているわけではない。ティーチング·マシンを相手に何度もくりかえせ

ば、着実に頭に入ってゆくのだ。自分でもそれを知っている。だから、すでに夏休

みに入ってはいるのだが、こうやって勉強をつづけている。

 少年の父は出勤していたし、母はある会合のため町の中央部に出かけていた。家

にいるのは少年ひとり。気が散らないためか、勉強はいつもより進むようだった。

 少年はやがて机を立ち、キッチンへ行き、冷蔵庫からひえたジュースを出して飲

んだ。それから、長椅子にかけ目をつぶった。頭を休めようというのだった。

 しかし、眠くもならない。なにか考えてみようかなと思い、そのあげく少年の口

からひとりごとが出た。

「いまの世の中でいちばん重要な仕事って、なんだろうな」

 成人し常識のそなわった者は、そういうことをあまり考えない。素朴な疑問を提

出し、その検討に熱中する。少年期の特権であり、娯楽なのだ。他人が見おとして

いる偉大な真理に触れているようで、刺激的な快感が味わえる。しかし、まとまっ

た結論に達することはあまりなく、たいてい途中であきてしまうものなのだが……

 ぼくはコンピューターの普及した、このような時代にうまれてしまったんだ。少

年はまずそう考えた。議論はここから出発させなくてはならない。

 コンピューターにできないことをやる才能。それは重要なことのひとつだろうな

。となると、芸術だろうか。ここまではすらすら考えることができた。まだまだ当

分のあいだは、コンピューターが芸術作品をうみだすことは不可能だろう。もしか

したら、ずっと無理かもしれない。

 しかし、その結論はさほど少年を満足させなかった。彼は自分に芸術的な素質が

あると思っていなかったのだ。もっとべつな答がほしかった。ほかのほうに思考を

のばしてみよう。コンピューター社会のなかでは、どんな仕事が重要なのだろうか

 少年は考えこみ、とまどった表情をした。よくわからなかったのだ。社会のしく

みは複雑であり、彼の知識ではあつかいきれない感じだった。社会生活の体験もな

く、どこから手をつけたものか見当もつかなかった。

 それでも、少年はしばらくあれこれと思いにふけった。だが、依然としてなんの

まとまりもつかなかった。少年は立ちあがりながら言った。

「わからないな。もっと世の中のことを知ってからでないとだめなんだろうか。解

答はひとまずおあずけだ。それにしても、少し暑いなあ。熱でも出たのだろうか」

 彼はひたいに手を当てた。体温計をさがそうとし、室のすみの戸棚をあける。そ

こで少年は不審げな表情になった。いつもなら戸をあけると同時になかの照明がつ

くはずなのだが、いまは暗いままだったのだ。電球がきれたのだろうか。

 彼はそばのスイッチをひねってみた。室の天井の照明がつくはずなのだが、それ

もまたつかなかった。ティーチング·マシンの机に戻ってボタンを押してもみたが

、画像も声も出てこなかった。

「電気がこなくなっちゃったんだな。さっきから暑い感じがしていたのは、冷房が

きかなくなったためなんだろう。だけど、こんなことってはじめてだなあ」

 少年はどうしたらいいのかわからなかった。故障をなおすのは、どこへたのんだ

らいいのだろう。彼は電話機のボタンを押し、電気サービスセンターへかけてみた

。すぐに答がかえってきた。

「ただいま広い範囲にわたって停電中で、ご迷惑をおかけしております。原因につ

いては至急調査中でございます。なるべく早く復旧させるよう努力中ですので……

 もっとくわしく知りたいと思ったが、相手はこの文句をくりかえすばかり。テー

プ録音が回転しているのだろう。三回くりかえしてから「回線がこみあっておりま

すので、お早くお切り下さい」との注意の声がわりこんできた。彼は電話を切った

。停電であることはわかったのだ。

 室内の温度はしだいにあがりはじめていた。汗がにじみだしてくる。室内で汗を

流したことは、少年にとってこれまでになかった。はじめての体験。はっきりと指

摘はできないが不安だった。それをまぎらそうと、無意識のうちにテレビのスイッ

チを入れ、気がついて苦笑いした。テレビも沈黙したままだった。いつもはにぎや

かさを泉のごとく出しつづけてくれるのに。

 少年はそわそわし、あたりを見まわした。こちらの意志によって周囲が静かなの

は好ましいことだ。しかし、いまはそうでない。いかに呼びかけても、まわりの装

置たちは眠ったままなのだ。無礼さをひめて人間を無視しているようでもあった。

 彼は室内をうろつき、小型ラジオというもののあったことに気づいた。ラジオの

スイッチを入れる。かすかな音がした。

〈ただいま停電中です。室内が暑くなりすぎたら、窓をおあけになって下さい……

 そんな注意をくりかえしていた。原因についての説明はなかった。もっと大きな

音にしたかったが、ダイヤルを一杯にまわしてもだめだった。電池が弱まっている

のだろうか。それとも、停電で非常用の電源が使われ、発信電波がいつもより弱い

ためだろうか。

 どこからともなく暑さがじわじわとしのびこんできて、温度はさらにあがった。

少年はラジオの指示を思い出し、窓をあけた。そとの空気もむっとするものだった

。風が流れこんできてはくれたが、それは湿気もともなっていた。肌はべとつき、

こころよいものではなかった。

 窓からは騒音も流れこんできた。人びとの話し声。少年は広場を見下した。そこ

にはかなりの人がいて、右往左往していた。こんな光景もはじめてのものだった。

暑い日盛りに大ぜいが集まるなど、予想もされなかった。

 だれもが汗をぬぐいながら、落着きなく話しあっている。話しあうといっても、

みな質問をする一方で、答えているらしい人はいないのだ。不安をどう処理してい

いのか持てあましているようすだ。

 夕刻ちかい時刻。調理機が動かず、夕食の用意をどうしたらいいのか困っている

らしい婦人。ラジオのない家、あっても電池がきれている家も多いのだろう。室内

にいて、ひとりでただ待つのが心細いのだ。赤ん坊の泣き声。おもしろがってかけ

まわる幼い子を呼ぶかん高い声。

 そのほかさまざまな声が、ざわめきとなって立ちのぼってくる。窓をあけてそれ

を耳にした人は、かり出されるように外へ出て、広場の人たちに加わる。広場とは

、こんな時にこんな役を果たすのだな、少年はそう思った。

 ぎゅうづめの自動車がとまり、それからおりた人も人ごみに加わる。地下鉄もと

まっているのだろう。汗まみれになって歩き、やっとここへ帰りついた人もいるよ

うだ。まわりの人たちから、町の中央部のようすを何度も質問されているらしい。

原始的な情報交換の形だな。少年はいつか学んだことを、ふと思い出した。

 暑さはつづいている。陽は傾き、ビルの影ものびてはいるが、熱気を吐き出す地

面は、さらに温度を高めているようだ。ざわめきは|沸《わ》きたつ液から立ちの

ぼる湯気のよう。涼しさをおびたものは、どこにも見あたらなかった。

 室のすみで電話のベルが鳴りはじめた。少年はほっとしたように受話器をとった

。それは外出中の母親からだった。こう言っている。

「そちらのようすはどう……」

「電気がとまっちゃってなんにもできないけど、心配するほどのことはないよ。そ

のうちなおるんでしょ」

「うちでじっとしているんですよ。さわぎに巻きこまれたりしないようにね」

 母親の声は緊張していた。外出さきのそこでは混乱がおこっているのかもしれな

い。どうなのだろう。少年はくわしく聞きたかったが、電話は終ってしまった。自

宅で少年が無事なのを知って、それで母親は安心したのだろう。あるいは、電話を

かけたい人がそばにいて、せかされて切らざるをえなかったのかもしれない。

 母との電話で、少年の心からいくらか不安がうすれた。また、まもなく父親から

も電話がかかってきた。つとめ先の仕事を装置なしで片づけなければならないので

、帰宅がおそくなるとのことだった。

 いちおう安心すると、空腹を感じはじめた。いつもの習慣で冷蔵庫をあけてみた

が、そとと同じあたたかさがみちていた。ジュースを口にしたが、なまぬるさが口

にひろがっただけで、おいしくなかった。料理をしようにも調理機が動かず、少年

はビスケットを何枚か食べ、それであきらめた。

 少年はまた長椅子にからだをのばした。背中が汗でべとつき、いやな気分だった

。涼しさがなつかしくてたまらなかったが、いまはどうしようもなかった。なるべ

くからだを動かさず、彼はさっきのつづきを、ぼんやりと考えた。世の中で最も重

要な仕事は、このような故障をおこさせないことかもしれないな。こんな重要なこ

とはないだろう。しかし、重要な仕事にはちがいないが、いつもは地味で目立たな

いことだなあ。

 そとのさわぎは、さらに大きくなりつつあるようだった。夕ぐれが迫り、それが

いらだたしさをかきたてるせいかもしれなかった。空腹のためもあるだろう。酔っ

ぱらったような叫びもする。不安をまぎらそうと酒を飲んだ人だろう。

 停電という事故で、思いがけなかった空白が生活のなかに発生した。それを人び

とが、思い思いのやりかたで埋めようとしているのだ。いや、積極的に埋めようと

しているのではない。空白が人びとの心から真空ポンプのようにさわぎを吸い出し

、あたりにあふれさせているのだ。

 いつもの整然さとちがい、それは活気があり、魅力的でもあった。少年は広場へ

行ってみようと思った。母親の注意を忘れたわけではないが、近くで見るぐらいは

いいだろう。

 室から出る。しかし、もちろんエレベーターは動かない。階段をおりる以外にな

かった。下の階へと移りながら、少年はさまざまな声を聞いた。

 暑さのため、各室のドアが開けっぱなしになっているのだ。そこから、いろいろ

な人の大声がもれてくる。少年はそっとのぞいてみた。すると、だれもが電話にか

じりつき、なにかをわめいているのだとわかった。

 不安感を訴える声。怒りをぶちまける声。くどくどととりとめなくしゃべる声。

笑いにまぎらそうとする声。各人それぞれの感情をぶちまけていた。受話器のむこ

うには、その話し相手としてやはり同じような人がいるのだ。

 電話線はいま、人間の各種の心の動きをのせ、それを伝えるのにいそがしい。機

能ぎりぎりに働いているのだろうな。少年は、なぜ電話は停電しないのかとふしぎ

に思った。よくわからないが、きっと特別な電源が使われているからなんだろうな

 メロン·マンションを出て広場に行くと、人びとの表情や声にもっとはっきりと

接することができた。少年の顔みしりの人が、少しはなれて大声でどなっていた。

いつもはおとなしい人なのだが、顔をこわばらせ、手をふりまわして、別人のよう

だった。

 その逆に、いつもは軽率な人なのに、あわてることなく他人のせわをしている人

もあった。意外なものだなあ、と少年は思った。このような異変がなかったら、人

のこのような一面を知らないまま、それですんでしまうわけなんだな。

 あばれている人もあった。樹木の枝をへし折ったりして他人に制止され、制止さ

れるのを楽しんでいるようだった。管理人に抗議をしようと叫ぶ人もあり、それに

付和雷同している人たちもあった。食事がくばられるらしいぞと叫んだ者があり、

それにくっついてぞろぞろ動いた連中もあった。しかし、食事をくばっているとこ

ろはどこにもなかった。

 腹がへったと泣き叫ぶ人もいた。一回ぐらい食べなくても死にはしないのだが、

このままずっと食事にありつけないのではとの恐怖にかられているのだろう。うま

れてはじめての空腹の不安は、理屈をこえた衝動となっている。

 少年は人ごみのあいだを抜け、ひとまわりした。めずらしく興味ある体験だった

。しかし、そのうち母親の注意を思い出し、自分の室に帰ることにした。また階段

をひとつずつあがる。どこの部屋でも、電話機にむかって話す声がしていた。双眼

鏡で広場を眺め、どこのだれはなにをしているなどと、だれかに知らせてひまつぶ

しをしている人もあった。

 ラジオは時たま、思い出したようにニュースを流していた。だが、あまり要領を

えないものだった。

〈停電の原因は調査中です。遠からず復旧する予定です。みなさん、冷静に行動し

て下さい。混乱はなんの結果もうみださないばかりか、復旧をおくらせるばかりで

す。地下鉄の通勤者のかたは、大型バスを手配中ですから、静かにお待ち下さるよ

う……〉

 原因はまだわからないらしい。各地で混乱がおこり、通勤者たちが帰宅を急いで

さわいでいるらしいと推察できた。さわぎはさらに大きくなっているのではないだ

ろうか。どの程度に不安がったらいいのだろう。いつもならそれはテレビが教えて

くれる。解説つきでていねいに示してくれるのだ。しかし、いまはそれがない。

 やがて、そとは暗くなった。少年は窓のそばに椅子を運び、それに腰かけてそと

を眺めた。夏の夜のにおいをかぐことができた。植物のかおりと蒸気とがまざり、

なにかがひそんでいるような空気。少年はこれもはじめてだった。エアコンディシ

ョンのきいた飼いならされたような空気ばかりを吸っていたので、すばらしく新鮮

な印象だった。これが夏というものなのだ。

 また、暗さも珍しかった。いつもは夜になると自動的に照明がともり、広場に明

るさのたえることはない。しかし、いまは本当に暗いのだ。そのせいか星がよく見

えた。昼間の空の支配者だった入道雲はどこかに消え、星々がいつのまにかまたた

いていた。

 空は美しかったが、下の地面には人びとのざわめきがつづいていた。群衆のなか

から室に戻った人もあるのだろうが、徒歩でここまで帰りついた人もあり、人数は

いくらかふえ、むしあつい熱気がただよっている。

 広場の一角がぼうっと明るくなった。小さなたき火が燃えはじめたのだ。だれか

が室のなかから持ち出した紙くずかなにかを燃やしたのだろう。こわれた木製の家

具などもほうりこんだかもしれない。

 この暑いのにという感じだったが、人びとのあげる声はなごやかなものに変った

。ゆれる炎が心を静める作用を示したようだ。眺めている少年にとって、それも新

発見だった。

 暗いなかの炎には、郷愁をそそるものがあった。いま広場にいる大部分の人にと

って、郷愁ははじめて味わう感情だろう。郷愁とはこういうものだと教えられたこ

ともない。だが、それがわかるのだった。原始時代、人類の祖先が洞穴のなかで見

つめた火。その時の思いがずっと伝わっているのだろうか。

 暗くてよくはわからなかったが、建物の窓からはやはり人びとがそれを見つめて

いるようなけはいだった。なかにはその印象を電話で他人に話し、気休めに役立た

せている人もあるのだろう。

 だが、少年は少しべつなことを空想した。あそこで燃えている紙。あの紙たちは

、自分が燃えるものだなんて、いまはじめて知ったのじゃないかな。紙たちは、自

分がなにかを包むのに使われたり、表面に印刷がなされたり書きこまれたりし、そ

れで人の役に立つということは知っていただろう。しかし、燃えることによって人

に影響を与えることもあるのだとは、いま気がついたというところじゃないんだろ

うか。

 人間もそれと同じようなものだ。異常な状態におかれてみて、はじめて自分でも

知らなかった性格があらわれる。異変にであうことがないと、それはずっとわから

ずじまいなのだ。

 いまはコンピューターの時代。各人についてのデータは、なにもかもすべて揃っ

ているといえる形だ。しかし、それは平穏な状態においてのデータ。完全とはいえ

ないのではないだろうか。それとはべつに、本人さえ知らないデータがかくれてい

るのだ。水面下の岩礁のように、異常に水面がさがらないと出現しないデータが。

 平穏な時の個性が本当の個性なのだろうか。異変にであった時の個性が本当の個

性なんだろうか。このへんの問題になると、少年にはむずかしすぎた。それにして

も、人はそれぞれずいぶんちがった反応をするものなんだなあ。いつもは、そうち

がった生活をしていないのに。いったい、個性って、どこからうまれてくるものな

んだろう……。

 ラジオが小さな声で言っていた。

〈この停電の原因は、送電関係者たちがいっせいに主要スイッチを切ったことにあ

るようです。中央からの指令のまちがいによって生じた結果か、またはべつな原因

か、それについての調査はまだつづいております。いずれにせよ、まもなく送電は

開始される予定です。もうしばらくお待ち下さい……〉

 それを聞き少年はほっとしたが、不審げに首をかしげもした。コンピューター時

代だというのに、なぜそんなことがおこったのだろう。しかし、現実におこってし

まったのだ。なにか手ぬかりがあったんだろうな。

 広場の一角ではけんかがはじまっていた。しかし、それを窓から見て警察へ電話

した人があったのだろう。まもなくパトロールカーがやってきて、投光器で照らし

、とりしずめた。酔っぱらっていた連中は、疲れたのか横になって眠っている。ギ

ターをひきながら歌っている一団もあった。そして、人ごみからはなれ、ビルの屋

上で暗い街の姿を心ゆくまで眺めている者もある。さまざまなタイプがあるのだっ

た。

 そんな光景に、少年はずっと見とれていた。眠くなっていい時刻はとっくにすぎ

ていたが、いっこうにそうならなかった。むし暑さのためでもあったし、興奮のた

めでもあった。空腹はがまんできないほどではなく、時どきなまぬるいジュースを

飲んだ。

 ふと、どこかがさわがしくなった。少年は耳をすませ、それが近くの部屋からら

しいと知った。好奇心がわいてきたし、ようすを見に行くのは、この無為の時間を

つぶすのに適当なようだった。廊下へ出てみる。ここから五つ目ぐらいさきのドア

のへんで、小型電灯の光がいくつか動いていた。

 少年はしのび足でそこへ近づいた。暗いために気づかれることはなかった。警察

の服を着た男が二人いて、部屋の人と話している。

「あなたは電力会社の送電部門につとめておいでですね」

「そうです」

「この停電事故の責任者のひとりとして、くわしく事情をお聞きしたいのです。警

察までごいっしょにおいで下さい。正式の呼出し状を持ってきましたから、いやだ

とはおっしゃれません。いえ、あなたがいけないのだというのではありません。送

電をとめるという事態が、なぜ発生したかをつきとめるためです」

 警察の人にこう言われ、その部屋の男の人は、ぼそぼそと答えていた。なにを言

っているのかは、少年にはよく聞きとれなかった。それを少年は想像でおぎなった

。この停電さわぎのもとに、あの人が関係していたみたいだな。警察の人が連れに

来たんだから、たぶんそうなんだろう。仲間たちと相談してたくらんだのだろうか

。それとも、だれかの指令を受けてやったのだろうか。ただの事故にすぎなかった

のだろうか……。

 警察の人は連行していった。少年はそこにたたずみ、遠ざかってゆく小型電灯を

見送っていた。

 どこかで電話のベルの音がしていた。くりかえしくりかえし鳴りつづけている。

少年は、それがいま連行されていった人の部屋のなかからだと知った。部屋にはだ

れもいないのだろうか。どうやらそうらしく、ベルは鳴りつづけていた。

 少年はドアの握りをまわし、押してみた。意外なことに、それは簡単に開いた。

鍵をかけ忘れていったのか、停電のために電気錠が働かなくなっていたのか、どち

らかのようだった。少年はなかに入った。

 鳴りつづけているベルのほうに暗いなかを歩き、手さぐりすると受話器にさわっ

た。いけないことだとは思ったが、好奇心は押さえきれないほど高まり、それを手

にして耳に当ててみた。

「おい、まもなくそこへ警察のやつらがおまえを連行にあらわれる。しかし、あわ

てることはないぞ……」

 男の低い声だった。性格のないような口調。感じのいい声ではなかったが、少年

は話の内容に気をひかれ、受話器を耳に押しつけた。この電話をかけてきた人は、

どんな人なのだろう。警察の人が少し早く来すぎたので、ぼくが聞くことになって

しまったようだ。しかし、警察の来るのを予告し、あわてるなと言うなんて……。

 少年は息をひそめ、なにも答えなかった。へんに応答したら、勝手に室に入った

のがばれ、おこられてしまうかもしれないのだ。声は言いつづけている。

「……おまえは命令どおりやってくれた。約束どおりおまえの私生活の秘密はまも

ってやるから、心配するな。それに、警察のことも心配するな。おまえたちを動か

して停電をおこさせたように、警察の人たちを動かしておまえたちをすぐ釈放させ

ることもできるからだ。今回のさわぎの目的を教えてやろう。もし口外したら、お

まえの秘密を他人に公表するぞ。つまり、こんどのことで新しいデータをたくさん

得ることができたというわけだ」

 声はそう言い、電話を切った。少年はそっと受話器をおき、自分の室へともどっ

た。なにか夢のなかにいるようだった。

 少年は長椅子の上に横たわり、暗いなかであれこれ考えてみた。最初のうちは、

驚きのためにあまり頭が働かなかった。なんだかすごく重大なことのようだ。よく

わからないが、個人の秘密をたねにおどかし、むりやり停電をおこさせたようだ。

そして、その力は警察にも及んでいるらしい。

 なにげなく穴をのぞいて、社会の裏側を見てしまったような気分だった。こんな

ことってあるのだろうか。少年はいまの電話の声を思い出してみた。ふざけている

ような口調ではなかった。底しれぬものをひめているような感じだった。

 あれはだれなのだろう。その想像は少年にはまるでつかなかった。しかし、なん

のためにやったのかは、いくらか整理されてきたようだった。声の言っていた最後

の文句。また、少年がさっきとりとめなく考えていたこと。それらが結びついて、

ひとつの形らしきものとなってきた。

 事件をおこすことで、各人の反応がわかり、それぞれの性格が測定される。いま

までのデータだけではわからなかった性格が、より深く判明するのだ。それが情報

となって記録されるのだろう。工場では製品について、熱したり低温にしたり、衝

撃を与えたりして試験をやっているという。つまり、そんなようなことなんだろう

な。

 現代における事件の意味と必要性が、少年にいくらかわかってきた。むかしは、

事件といえばいやなことであり、それ以外のなにものでもなかった。その後マスコ

ミが発達してからは、事件が娯楽の意味を持つようになってきた。事件のニュース

、事件の中継、それらは人びとを楽しませる要素をおびた。それに教訓としての意

味がすこし。

 そして、コンピューター時代のいま、事件は新しいデータ、新しい情報をうみだ

すという意味を持つようになったのだ。

 すべてが平穏では、情報は発生しない。しかし、事件がおこると、変化した環境

のなかで、人はさまざまな反応を示す。情報はより広く、より深く、より多様にう

まれ、それは採集され、将来のために準備されるのだ。事件の必要性はここにある

。事件はおこらなければならない。おこらなかったら、おこさなければならない。

 こんなようなことを、少年は考えた。おひるすぎに頭に浮かんだ疑問が、こんな

ところで結論めいたものになってしまうとは。こんな考え方でいいのかなあ。少年

は声に出さずつぶやいた。いまの社会でいちばん重要な仕事とは、事件をおこす人

ということになってしまう。新しい情報を発生させることで、各方面がそれで利益

をえる。へんなしくみだなあ。ぼくが成人となる未来には、コンピューター以上の

ものができ、さらにべつなしくみがうまれてくるのだろうか……。

 暗いなかで、少年はじっとしていた。からだも疲れたし、頭も疲れた。時間が流

れてゆく。

 ふいにあたりが明るくなった。停電が終ったのだ。すべてが生気をとりもどした

。窓をしめると冷房がききはじめ、むし暑さは薄れていった。テレビはつき、冷蔵

庫は仕事をはじめ、ティーチング·マシンのランプもついた。なにもかももとどお

りになったのだ。広場にも照明がつき、人びとは散っていた。

  8 反 射

 窓のそとには八月の午前があった。きらめく陽の光は無意味と思えるほどあらゆ

る物にふりそそぎ、残り少ない夏をさらに充実させようとしていた。ビルの屋上の

プールでは、子供たちがさわいでいる。地上の広場の樹ではセミが休むことなく鳴

きつづけている。

 しかし、室内には暑さも騒音も入ってこない。ほどよく乾いた空気がすずしく動

いているだけ。室のすみの水槽のなかでは、大きな金魚たちがものうげに泳いでい

る。あの金魚たちは夏というものを知ってるのだろうか。

 ここはメロン·マンションの八階の一室。池田という四十五歳の男が住んでいる

。住んでいるというより、ここが彼の事務室だった。ドアの外側には〈深層心理変

換向上研究所〉と書いた看板が出ている。

 その文字から、うさんくさく怪しげなものを連想する人もあることだろう。しか

し、その想像は当たっていない。妙な語感は外国語を直訳してしまったためだ。そ

して、この分野における彼の才能も、またたしかなものだった。すなわち、人を催

眠状態にみちびく技術にすぐれていた。

 彼は学校を出てからこの方面の勉強をかなりやり、正式にここで開業してからほ

ぼ十年になる。治療の過程で他人の過去の秘密を聞き出せるわけで、悪用しようと

すればできないこともなかったが、池田はまだそれをやったことがなかった。これ

からもそうだろう。現在の経営は順調、つまらないことでそれを棒に振るのは損だ

し、発覚して逮捕されるぐらいばからしいことはない。

 悪事を働いてみたって、少人数を相手ではつまらないではないか。もし何万人、

何十万人を相手にやるのならべつだろうが……。

 電話がかかってきた。池田は電話機のボタンを押す。高声スピーカーに切り換え

られ、椅子にかけメモを持ちながら会話ができる。

「先生、あたし内山でございますの」

 電話は三十歳ぐらいの女の人の声。ある資産家の夫人で、ここのいいお客だった

。池田はあいそよく答える。

「これはこれは、お元気ですか」

「ええ、あたし、いま高原の避暑地の別荘に来ておりますの。散歩をしたりテニス

をしたりの毎日で……」

 白カバの林や、夏の草いきれを池田はふと思い、うらやましく感じた。いかに冷

房はきいていても、ここにはないものだ。

「けっこうですね。で、どうなさいました」

「健康的な環境なんですけど、なぜかよく眠れないの。眠っても変な夢を見るし。

そこで先生にお電話したのよ。先生に治療していただくと、いつもさっぱりし、効

果てきめんですものね。費用はいまお払いしますわ」

 電話が銀行に接続し、内山夫人の口座から池田の口座へと料金が移され、その確

認の報告があった。池田は彼女に言う。

「では、いつものようにRS錠をお飲みになり、長椅子に横たわって楽な姿勢をお

とりになって下さい」

 RS錠は鎮静剤の一種で、心の殻を開く作用を持っている。しかし、その分野で

経験をつんだ人の指示が加わらないと、的確な効果をあげることはできない。彼は

重々しさのなかに親しみをこめた口調で言った。

「目をお閉じ下さい。あなたはしだいに眠くなります。やすらかな気分。わたしの

声だけが聞える。それ以外の音は聞えなくなる。いま、あなたは過去にもどりつつ

あります。あなたは時間の束縛をはなれ、時を自由に動ける……」

「はい、それができます」

 女の声は池田への信頼感をおびはじめた。

「では、あなたがいやでたまらないと思っている時点でとまって下さい。こわがる

ことはありません。わたしがついています……」

 女はしばらくためらったあげく答えた。

「はい。いまその時になっています」

「どんなことが起っていますか」

「電話ですの。いやな電話がかかってきて……」

 不快げな声。池田は質問を進めた。

「それについてくわしくお話を……」

「だれだかわからない、へんな声なの。そして、どこで調べたのか、結婚する前の

あたしの男友だちのことについて、あれこれ言うの。記憶銀行の自分のメモを読ま

れているようにくわしく。卑劣なおどかし……」

「それで、どうしろと言われたのです」

「ご主人は酒を飲むとだらしなくなるそうだが、どの程度なのか教えろって。あま

り名誉なことじゃないけど、身をもって守るほどの秘密でもないから教えたけど、

ああいうふうに強制されるのっていやなものよ。どういうつもりなのかしら」

「わかりました。悩みのもとはそれだったのですね。いいですか。あなたはわたし

の言葉を信じている。わたしの言うのが正しいのですよ。あの電話はですね、わた

しがかけたものです。だから、気にかけることはないのです。わかりましたね」

 と池田は言った。そんな電話をしたおぼえはないが、これが療法なのだ。彼女は

すなおに答える。

「はい。あの電話は先生からでした」

「よろしい。それでいいのです。ですから、あの電話のことは安心して忘れてしま

いなさい」

「はい……」

「では、これからあなたは現在にもどり、目ざめます。いまのわたしとの会話はす

べて忘れ、ブザーの音とともに、こころよい気分で目がさめます……」

 池田はブザーを鳴らした。高い音がひびく。それは電話のむこうの内山夫人の耳

に伝わり、女の口調が変った。催眠状態からさめたのだ。

「あ、先生、もうすみましたの……」

「ええ、すみました。悩みのもとは消え、今夜からのんびりとお眠りになれましょ

う」

「ありがとうございました。先生もこちらへ遊びにいらっしゃいませんか」

「仕事があって、そうもいきませんので。それでは、お大事に」

 かくして池田はひと仕事を終えた。彼の治療とはこういうことなのだ。催眠状態

に相手をおき、過去の体験のなかの、精神に対して最も障害となっている問題点を

みつける。そして、それを消してしまうのだ。消すというより、無害なものに変形

させるというべきかもしれない。たとえば、いまのように。

 ある場合には、それは夢だったのだとの暗示を与える。しかし、前後に関連した

体験となると、ちょっとやっかいだ。くふうして適当に変形させる。それが池田の

才能といえよう。いやな体験であっても、それが将来いいほうに作用する可能性も

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