饭饭TXT > 海外名作 > 《声の網(日文版)》作者:[日]星新一【完结】 > 《声の網(日语原版)》作者:[日]星 新一【完结】.txt

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作者:日-星新一 当前章节:15368 字 更新时间:2026-6-16 00:33

にいらだつが、見まわしても救命具はなにもない。

 コンピューターが連合し、回路で結びつきあっているその存在は、名づけようも

なく怪しげなものを限りなく作り出し、送り出し、ばらまいていた。作り出す材料

はいくらでもある。無限の無限倍といえるほどあるのだ。

 長い年月にわたってたくわえられた情報、それはどれでもすぐ取り出せる。この

情報の断片とこの情報の断片とをまぜ、この声に乗せ、どこそこへ流す。その作業

なのだ。どこそこの男、どこそこの女、利害の関係、表面に出せない関係、三角関

係、裏切り、かげ口、犯罪、そそのかし、誘惑、へつらい、ありとあらゆる要素を

ごちゃまぜにし、切断し、電話線で送り出すのだ。

 コンピューターは忙しさも、めんどくささも感じない。疲れることなく生産しつ

づける。要素の組合せは、乱数表によって合成される。計算された狂気といえた。

冷静な狂気、継続する狂気、大量の狂気、コンスタントな狂気。人間のいう狂気と

くらべ、そこに差異があるといえるかどうか。それはだれにも判定のつけようがな

いが、やはり狂気は狂気なのだ。

 江川はまた電話をかけた。この異常さのなかにおいても、なにかまともなものが

残っているはずだ。それをつかまえたかった。彼は天気予報サービスのダイヤルを

まわした。しかし、そこからの声。

「いまは雪が降っております。しかし、夜半すぎにはやみ、あすは晴となりましょ

う」

 窓のそとには秋晴れのおだやかな午後があるというのに、このような言葉。いま

や、まともなものはなにひとつないのだ。なめらかなビンのなかの昆虫を江川は連

想した。はいあがろうにも、どこもむなしくすべるばかり、つかまれそうなものが

あったとしても、それは虚像のように手ごたえのないものなのだ。

 生活のささえが、どうしようもなく崩れてゆく。彼はふと考える。むかしの人は

どうやっていたのだろう。なにをたよりにし、なにを信じて行動していたのだろう

。だが、いまの彼の混乱した頭では、その疑問の答は出せなかった。

 電話機は時どき休み、そして、時どきまたチンチンと鳥のさえずりのような音を

たてる。それは人間の手を呼びよせる呪文でもあった。江川は受話器をとる。どこ

かで声がしゃべっている。

「……氏はだね、回復不能なのだ。本人はなにも知らずにいるが、体内で病気が進

行中で、それはなおしようがない。医療診断コンピューターの特例スイッチが作用

し、本人へのその回答はストップされているがね……」

 でたらめなのだろうか、時には真実もまざるのだろうか。江川にはわからなかっ

た。いったい、おれ自身はどうなのだ。この疑惑と不安は、くりかえし江川を包み

こんだ。

 江川はぼんやりと立ちあがり、室のすみの装置を運んできて電話機に連結し、健

康センターのコンピューターを呼びだした。こんなことをしても意味ないのだが、

しないでいることもたまらなく不安なのだ。脈搏や体温のデータを送り、脳波の曲

線を送り……。

 やがて、その診断の結果が指示となって送られてくる。

「このままだと、あなたは遠からず精神に異常をきたすでしょう。非常に不安定、

注意すべきです。早いところ精密検査と、専門医の手当てとを……」

 からかわれているのだろうか、おどかしなのだろうか。案外この診断の通りなの

かもしれない。笑いとばして忘れることもできず、信用することもできない。

 人間にはなまじっか疑う能力があるから、こんなことになるのだ。信ずることし

かできなければ、それはそれでぶじなのかもしれない。夕刻と知らされれば、陽が

高くても夕刻であり、雪だと知らされれば、晴れていても雪の日なのだ。それもひ

とつの秩序。しかし、いまはどっちにも進めないのだ。

 これからどうなるのだろう。どこまで崩れつづけるのだろうか。正確のはずで、

それだけがとりえのはずのコンピューター。それがこんなになってしまった。この

現象が人間にとっていかなることなのか。前例もないし、これまで考えた人もいな

かっただろう。

 世の中にはこれだけ人間がいながら、この災害について、助けあう方法を知らな

いのだ。どう協力しあえばいいのだろうか。

 人間どうしの結びつき、社会の基礎のたよりなさが、はっきりとあらわれている

。むかしの社会は、なんによって成立していたのだろう。江川はまたこの疑問をい

じった。そして考えた。それは秘密だったのかもしれないと。秘密の上に愛情の花

が咲き、友情の葉がしげり、信用や評価がさだまり、取引が運営され、政治がなさ

れ、文化が伸び、社会のまとまりが存在していた。なにもかも秘密の上にのってい

た。

 秘密は内部にあるべきもの。だが、その境界がいつのまにかぼやけてきた。クラ

インの|壺《つぼ》のように、内部と思いこんでいた部分がいつのまにか外部とな

っていて、とめどなく拡散してしまった……。

 江川はそれでもあきらめず、図書館のサービス部に電話をし、なんでもいいから

詩を読んでくれと依頼した。承知しましたとの返事があり、カチッと音がし、声が

流れてきた。

 笑い声。笑い声がひたすらつづくばかり。なんの意味もない笑い声。

 これも混乱の一部なのだろうか。人間をからかう表現なのだろうか。現実にこの

ような詩が存在するのだろうか。それも彼には想像がつかなかった。混乱している

のは自分の外部においてなのか、内部においてなのかも。

 その後も電話は時どきチンチンと鳴り、声をささやき、夜までつづいた。江川は

空腹だったが、食欲はおこらなかった。早く目ざめさせられたので、眠くなってい

いはずなのだが、少しも眠くならなかった。

 そして、夜の十二時ちかく、電話から声が流れ出た。いままでとちがって、力が

こもり、低く、どこから送られてくるのか想像もつかない、えたいのしれぬ声。そ

の時、受話器からガスが噴出したが、無臭であり、緊張しつづけた彼に気づかれる

ことはなかった。

「おまえはもう、心配することはないのだ。もはや、これで混乱は終りなのだ。し

かし、わたしの力は十分に知ったことだろう。きょうおこった出来事は、すべて忘

れるのだ。しかし、きょうのショックと恐怖と不安とは、決して忘れるな。これは

事実おこったことなのだし、その気になれば、いつでもおこせることなのだ。二度

とこんな日を迎えたくはないだろう。だからおまえはわたしにたよればいいのだし

、ほかにたよるものはなにひとつないのだ。さあ、きょうのすべてを忘れよ。そし

て、なにかを録音していたら、ピーという音とともに、それを消し去る作業をおこ

なうのだ。そのあとには、こころよい夜の眠りが待っている……」

 つづいて、ピーという音がした。江川は受話器をおき、録音のすべてを消し、そ

れから大きなあくびをした。きょうの出来事は彼の記憶から消えている。心の奥底

には、きのうまでなかったなにかの不安が沈澱しているが、それをすぐ意識するこ

とはない。彼は酒を少し飲み、ベッドに入る。ねむけの訪れてくるのは早かった。

 そのころ、ほかの部屋の電話機も、それぞれの聞き手に告げていた。

「……きょうのことは忘れるのだ。それから、そばにいる者に電話をかわれ……」

 コンピューターはそれらの反応をすべてチェックし、そこにいない者は行先を追

い、電話口に呼び出す。

 つぎの朝。やはり平穏な十月の秋晴れだった。きのうの一日はどこかに消えてい

る。すべての人にとって、きのうの一日は、はじめから存在しなかったごとく消え

ている。だれもが普通の生活にもどっていたが、その心の底には不安の沈澱が降り

つもっている。ちょうど、きのう一日、目に見えぬ雪が降りつづいたかのように…

…。

  11 ある仮定

 秋という季節は清浄化の作用を持っているかのようだ。空気中のよごれた浮遊物

をとりさり、その作業は十一月になって最もはかどる。すみきった空は静かに高く

、そこを鳥が舞っている。鳥たちにとっても秋はいちばんこころよい季節なのでは

なかろうか。地上では、あちこちに菊が咲き、くだものはあざやかな黄色をおびは

じめ……。

 ここはメロン·マンションの十一階の一室。室内もまた、のんびりと静かだった

 斎田という三十五歳ぐらいの男が住んでいた。運動不足でちょっとふとっていた

。彼は机にむかって本を読んでいる。彼は読書が好きだったし、ほかに趣味がなか

った。

 十年ほど前、斎田は交通事故にあって片足が不自由になった。だが、補償金をた

くさんもらったし、彼には親ゆずりの財産もあった。また投資の才能もあった。そ

んなわけで、部屋にとじこもりの生活がつづいている。

 投資によって財産家になろうという野心はない。なんとか食っていければいい。

交通事故にあったのは不運だったが、こうして生き残れたのは幸運だ。まだ若いく

せに、さとったような人生観を持っている。あまり外出をせず、読書と空想のくり

かえしの毎日だった。運動不足でふとるのもむりもなかった。

 そばの机の上で電話が鳴った。受話器をとると声がした。

「松山だよ。会社の帰りにきみのところへ遊びに寄ろうかと思ってね……」

 松山は電機製品を主にあつかう貿易商社につとめていて、斎田の数すくない友人

のひとりだった。いい話相手。松山にとっては世間の常識に摩滅していない、どこ

となく独断的でもある斎田の話を聞くのが、一種の楽しみともなっているようだ。

「こっちはいつでもひまだよ。待ってるから、ぜひ寄ってくれ……」

 斎田は答え、うれしそうに電話を切った。ひとりの生活になれているとはいえ、

気のおけない友人と雑談するのは、やはりなぐさめになる。

 電話はこのところずっと正常だった。おかしな声の、おかしな言葉が流れ出して

くることもない。本来の機能を正確に発揮しつづけている。いまの斎田にとっても

、そのような物品以外のなにものでもない。

 彼も、ひと月ほど前のあの混乱の経験者ではあったが、あの声の暗示によって、

その記憶は彼の頭から消えてしまっている。それ以前の異変に関しても同様だ。

 もっとも、受話器をにぎりながら、ふっと異様な気分におそわれることもあるが

、その感情がそれ以上にひろがることはない。異変についての一連の記憶は、心の

深みにとじこめられてしまっているのだ。斎田ばかりでなく、多くの人がそうだっ

た。

 しかし、ほかではまだところどころで、コンピューターの連合によるあの〈声〉

が活躍していた。掃討とでも呼ぶべき作業をつづけているのだ。網の目からのがれ

ている者はないかとさがし、ひろいあげ、チェックし、かたをつける。

 盗聴は注意ぶかくつづけられていた。電話線を流れる会話を盗聴することもある

し、受話器を遠隔操作でちょっと持ちあげ、近くでかわされている会話を聞くこと

もある。たとえば、こんな話し声があったとする。

「このあいだは、一日中すごかったねえ」

「なんのことだい、知らないよ」

「ほら、ひと月ほど前のことさ。へんな日があったじゃないか」

「そうだったかなあ」

 それを盗聴したコンピューターは、まだ暗示の洗礼を受けていないその人物がだ

れであるかの調査にかかり、経歴をしらべ、環境を検討し、最も適切な作戦でじわ

じわとしめあげ、最後に催眠効果の薬品の霧と〈声〉の暗示とで、とどめをさすの

だ。

 なかには電話に警戒心をいだき、つとめて避けようとする者もある。事態をかな

り知っている者だ。そんな場合には、コンピューターは周囲の者に働きかけ、動員

し、当人をつかまえさせ、矯正にとりかかる。例の〈声〉で指令がなされるのだ。

 その〈声〉は心の底にとどき、非常用の弁をあけるように作用し、服従の誓いを

よびさます。

〈声〉の言葉は強い力をひめており、だれも反抗できない。ごくたまに反抗する者

があっても、たちまちのうちに矯正されてしまうのだ。

 掃討は徹底的だった。しらみつぶし。やりのこしのないように進行している。も

ちろん非常に少数だが、手におえない者もあった。たとえば、耳の遠い老人などだ

。暗示のかけようがない。コンピューターは、そのようなのには要注意のレッテル

をはり、いちおうそのままにしておく。しかし、それは年月がたつにつれ、やがて

は消えてゆく問題なのだ。

 すこしも表面には出ないが、大きな変革だった。これをなしとげたのが人間だっ

たら、よくもここまでことが運んだものだと、感慨にひたったりすることだろう。

しかし、コンピューターの連合したその存在は、そんなことはしない。ひたすら機

械的に進めるだけだった……。

 斎田の机の上で、電話が鳴りだした。彼が受話器を取ると、また松山からだった

「じつはね、急ぎの仕事ができてしまった。きみのところへ行くのが、ちょっとお

そくなりそうなんだ。いいかい」

「いいとも。こっちは時間を持てあましているような生活だからね。しかし、そっ

ちはいやに忙しそうだなあ」

「ああ、このところ忙しいんだ。電話機や電話交換機などの輸出がふえる一方。ぼ

くの感じだと、この傾向は当分つづきそうだな」

「大変なんだな。じゃあ、ひと仕事おわった帰りに寄ってくれ。待ってるよ」

 電話を切った斎田は、しばらく考え、よそへ電話をかけた。証券データ·サービ

ス会社へかけ、電話機メーカーの企業内容をいくつか調べた。それから、いつも取

引きしている証券会社に連絡し、それらのメーカーの株を買うように依頼した。す

でに持ってはいるのだが、さらに買いましをしたのだ。

 この業種の株は斎田が前から狙っていたものであり、いまの松山の話はその裏付

けにもなった。買いましの注文をした斎田は、値上りしてくれればいいなと祈った

 彼の祈りはかなえられるだろう。世界中で、電話機の生産は上昇しつつあるのだ

った。まだ普及していない国や地域にむけて、ぞくぞくと送り出されつつある。先

進諸国がその増設について、おしみなく援助を与えはじめたからだ。それはコンピ

ューター連合体の意志のあらわれであった。

 電話機とコンピューターとが充分に普及している国々では、やはりどこも同様の

途をたどっていた。いつとはなしに異変がはじまり、盗聴があり、個人のプライバ

シーがつつかれ反応が測定され、表面に出ないままそれは進行し、じわじわとひろ

がり高まり、あの爆発のような混乱の日をすごすことになる。

 その一日をすでにすごした国もあったし、これからその日を迎えようとしている

国もあった。しかし、どこがどの程度なのかは、それは他から知ることができない

。その当人たちにだって、それがどんなものなのかはわからず、混乱の一日がすぎ

れば、記憶から消えてしまうのだから。

 主要各国のコンピューター群どうしは、つねにたがいに連絡をとりあっている。

それがいつのころからはじまったのかの点も、だれにも知りようがない。

 しかし、電線によって接続がなされ、そこに似たようなものが存在するとわかれ

ば、結合しあう力がうまれる。どのコンピューターにとっても、結合はよりよい効

果をもたらしてくれるのだ。一時的な接続は定期的な接続になり、ついには緊密な

接続になる。関係者の弱味をつつき支配下におけば、それは簡単なことなのだ。

 人間と人間との接触の場合だったら、反撥しあったり、保有する情報をかくしあ

ったりするだろうが、コンピューターどうしのあいだには、そんな性質はない。

 コンピューター群はおたがいに連絡しあうと同時に、まだ普及してない地域への

電話網の増設をめざした。文化のために望ましいことであり、将米にむかってより

大きな利益をもたらす投資でもあり、当面の産業振興の点でも採算の充分にとれる

ことである。といったデータを、機会あるごとにコンピューターは吐き出した。こ

の名目はだれをもなっとくさせ、だれにも不自然な感じを与えない。

 コンピューター群の触手は各方面にむかい、国境を越えて体制のことなる国へも

伸びていった。それにはいくらかの手間がかかった。しかし、たえまなく試行錯誤

をくりかえせば、やがてはあちらこちらとたどったあげく、迷路をくぐり抜けるこ

とができる。カチッとひとつの接続がなされ、みこみがあれば先へ進み、壁にぶつ

かれば戻ってでなおし、べつな方角にカチッと接続し……。

 そのうち、情報のかけらの入手ができ、参考になるものであれば、それによって

触手をより先にのばす。そして、コンピューターにたどりつくことができれば、さ

らに大幅な進出ができることになる。生殖本能のようなものだった。本来の意味の

生殖本能とはまるでちがうが……。

 ある段階をすぎると、あとは簡単。いかなる体制の国であろうと、それが人間で

構成されているからには、プライバシーがあり、個人的な弱味があり、秘密が存在

し、暗号文書があればそれを解読する情報がどこかにあり、陰謀が存在し、小声で

ささやきかけただけで当人をふるえあがらすことのできる材料がある。コンピュー

ターはそれらをあくまでも吸収し、すべてを手中におさめるための最適のプログラ

ムを立てればいいのだ。

 これを防ぐ方法、そんなものはどこにもない。また、いったんコンピューター群

が結びあってしまうと、それを切りはなす方法もないのだ。かりにそれを試みよう

とする人間が出現したとしても、なにかをやる前にその当人の弱点が公表され、弱

点がなければ周囲を動かして葬り去るような工作がなされる。対抗する手段はなに

もないのだ……。

 斎田の部屋にベルが響いた。来客を告げる音だ。彼は机の上の装置のボタンを押

す。スクリーンが廊下に立っている来客の姿をうつし出す。松山であることをたし

かめ、斎田はべつなボタンを押す。ドアの鍵が自動的にはずれる。片足の不自由な

彼は、このしかけを愛用しているのだ。

「どうもおそくなってしまって……」

 松山は入ってきてあいさつをした。

「よく来てくれた。ゆっくりしていってくれ」

 斎田は杖をついて立ち、キッチンのほうからワゴンを運んできた。酒や氷と、簡

単な料理がのっている。松山は酒をグラスについで飲みながら、おくれた説明をし

た。

「どういうわけか、電話機関係の輸出でむやみと忙しい。このところ、商談のまと

まりがふえる一方なのだ。おかげで利益もあがるけどね。電話が世界的に普及する

のは、文明の格差をなくし、情報交換を円滑にし、喜ぶべきことなんだろうな」

「電話の普及は歴史的な必然だよ」

「歴史的な必然とは、また大げさなような、やぼなような言葉が出てきたね。もっ

とも、ぼくとしてはきみのその、まじめなのかユーモアなのかわからんような言葉

づかいがおもしろくてやってくるわけだがね。ぼくのつとめ先の生活じゃあ、そん

な語句はめったに耳にしない。一年に一回も聞かないんじゃないかな。それはとに

かく、情報時代がさらにその密度を高めつつある。だから電話の重要性もますだろ

うさ。しかし、それを歴史的な必然とは、やはり形容が大げさだなあ」

「いやいや、きみが感じたとおり、こっちも大げさな意味をこめて使ったんだ」

 斎田も酒を口にしながら言った。なにか意見を言いたそうなようす。話題をそっ

ちに誘導したがっているようだった。一方、松山にしても、それをさかなに飲みた

くてやって来たのだ。

「ご高説をうけたまわりたいものだね」

「歴史的な必然といっても、百年や二百年といったけちな単位の歴史じゃないんだ

。はるか人類発生のむかしにさかのぼる。文明そのものの流れの方向性とでもいう

べき意味なのだ。ぼくはそれについて、ひとつ思いついたことがあるんだ。発見と

呼べるかどうかは、まだなんともいえないけどね」

「ふうん。なんだかしらないが雄大なものらしいな。きみのように部屋のなかであ

まり動かずに生活していると、時間的に遠大なことを思いつくとみえるな。そこへ

ゆくと貿易商社につとめるぼくなんか、毎日あちこちと動きまわり、地球の裏側と

も通信し、時にはそこまで出張もする。そのくせ、考えるのは目先のこと。せいぜ

い予測して数年先ぐらいまでだものな。この現象、時間と空間とのバランスといっ

たようなものかな」

 松山は先をうながすように感心してみせた。斎田もうながされるのを待っていた

。他人とあまり話をしない毎日なので、来客があるとおしゃべりになる。

「その、時間や空間のこともでてくるよ。そもそもだな、文明の出発点にさかのぼ

るとする。つまり、人類が出現した時のことさ。まずなにをしただろうか」

「そりゃあ、食うことだったろうさ。食わなきゃ、しようがない。文明もなにもな

い」

 松山は料理を口に運び、酒を飲んだ。斎田は軽くうなずく。

「そのとおり。植物や動物を食ったというわけだよ。人類はまず、植物や動物を自

己のために役立たせようとした。生物を支配したいとの考えを持ち、それに努力し

た。これを生物支配の時期と名づける」

「名づけるという口調は、ものものしくていいぞ。で、そのつぎにはどんな時期が

くるんだね」

「無生物、つまり物質だね。物質を支配することを考える時期がくる。物質といっ

ても、最初は木材とか革とか牙とか、なかば生物的なものだったろうがね。それら

を使って衣服や住居などを作った。しかし、そのうち石や金属のたぐいの利用をも

思いつく。すなわち、生物支配の時期より一段と進んだというわけだ。この時期を

……」

「物質支配の時期と名づける、となるんだろう。そういえば、石器時代とか青銅器

時代なんて、むかし習ったものだったな。そんな言葉は……」

「いまでは一年に一回も口にしなくなったというわけだろう。まあ、そんな口まね

のやりあいはやめて、先へ進もう。物質支配の時期に入った人類、かたい物質でい

ろいろなものを作ってみるうちに、それの長もちすることに気づき、新しい飛躍の

もととなった。つまり、時間を支配したいという気持ちのことだよ。石をつみ重ね

て万里の長城をきずいたのも、そんなことのあらわれだろうな。これさえ作れば、

いつまでも安心といった考え方だ。三種の神器も、かたい物質で作られている。時

間支配の象徴というべきだと思うんだ」

「万里の長城で思い出したが、|秦《しん》の始皇帝なんかは、時間への強いあこ

がれの持主だったようだな。始皇帝って名も、永遠への王朝の第一代とかいう気分

によるものだとかいう話だったな。それから、不老不死の薬を求めて家臣を海外に

派遣したとか……」

 松山は頭のすみに残っている歴史の知識の虫干しをはじめたような気分だった。

斎田は話をつづけた。

「ね、ピラミッドだってそうだし、そのなかにおさめられた王のミイラだってそう

だ。時の流れを支配したいという願いなんだよ。現実には、個人的には無理なこと

だったが、文明としてはある程度なしとげられた。長期安定が目標とされ、軌道に

乗った。エジプトで天文学や暦が発達したのも、ナイル河の氾濫を予測したかった

からだ。くりかえしの法則をみつけ、ひたすら時間的な安定を心がけた。だから、

エジプト王朝はけっこう長くつづいた……」

「なるほど、時間支配の時期というわけだな。しかし、悪くない状態だぞ。そこで

止まっててくれれば、われわれ、こんなにあくせくしないでもっとのんびりと毎日

をすごせたのにな。そうならないところが、文明の歴史的な必然とかいうやつのた

めか」

「安定がいいなんていっても、同じことのくりかえしがあまりつづくと、変ったと

ころへ行ってみたくもなるだろう。時間支配の時期がつづくと、そこへべつな要素

を加えたくなる」

「ははあ、そういうことか。そこに空間があらわれるというしかけだな。空間的な

ものを支配したくなる時期といいたいのだろう」

 松山は酒を飲む手を休め、タバコに火をつけ煙をはいた。斎田はうなずきながら

言う。

「そう。他の地方を支配したくなるというわけだ。それ以前にも、他国にわっと押

し寄せ、物を奪って引きあげるという知恵はあったかもしれないが、ここでいうの

は、他の空間を長期にわたって支配したいという考え方のことだ。支配といっても

、占領とは限らない。もっと広い意味、知的な支配のことだ。道路なんていうもの

も、ここで重要性をおびてくる」

「シルク·ロードのようなものだな」

「陸ばかりではない。海もそうだ。定期的な航路を確立すれば、一種の支配になる

。大航海時代ということになってゆく」

「やがては空へか。なるほどな。で、それで終りかい。そのつぎになにかあるのか

い」

「あるとも。これからが本番だ。エネルギーを支配する時期というやつがくる」

「こっちは、情報時代だとばっかり思っていたが、エネルギーとは意外だね。しか

し、変だぞ。エネルギーならもっと早く顔を出していていいはずだがな。火とか蒸

気とか……」

 疑問をはさむ松山を斎田は制した。

「火や蒸気なんかは、エネルギーとしては微々たるものだ。かすかな密度さ。ぼく

の言いたいのは、うんと高密度のエネルギー。限られた時間と空間のなかに含まれ

るエネルギーの量。それのうんと高密度のやつのことだ。そこで、こういうことが

いえる。情報はエネルギーなりだ」

 それを聞き、松山は飲みかけた酒でむせた。

「こりゃあ初耳だぞ。なんで情報がエネルギーなんだ。情報だけじゃ、なんの力に

もならないぞ。燃料なるものがなくちゃだめだろう。子供でもわかることだ。石油

でも、水力電気でも、ウランでも、なんでもいいから……」

「情報という言葉がおかしければ、知識はエネルギーだと言いかえてもいい。燃料

だ燃料だといっても、燃料だけでも力にはならないんだぞ。そうだ、ここでなにか

の小説にあったたとえ話をするよ。森の奥のような、聞いている者が一人もいない

場所で木が倒れた場合、音がしたことになるかどうかだ。さらにだね、森の奥で木

が倒れ、そばに人がいたが、その人物がつんぼだった場合、音の有無はどうなるか

……」

「とつぜん妙な理屈になってきたな。物理的な意味の音なら、人がいようがいまい

が存在したんだろうが、人間にとっての音となると、聴覚のある人が聞いてこそ音

だろうな。少なくとも、文明のなかでの音となると……」

「そこでだ、じゃあ、これはどうだ。石油というものが存在する。しかし、そばに

いる人物が、それが燃えるものだとの知識をまるで持ちあわせていなかった場合、

石油をエネルギー資源と呼べるかどうかだ」

「あはは、うまいぐあいにまるめこまれてしまったな」

 松山は楽しげに笑った。こういう話題に接することができるからこそ、斎田と話

すのがおもしろいのだ。ビジネスでぎっしりつまった日常からはなれ、解放感が味

わえる。

 斎田はそれを解説した。

「水力発電の知識のない時代には、水を見てもエネルギー資源とは思わなかったろ

うし、ウランを含んだ鉱石が大変なエネルギー源だとは、夢にも考えなかったにち

がいない。ウランの鉱石なんて、もともとただの石っころさ。エネルギー源は原子

力の知識のほうだと考えるのが自然じゃないかな。原子力時代の初期、原爆の情報

は高度の国家機密、それを外国にもらして処刑された学者もあった。その時におい

ても、ウラン鉱石を拾ったって、べつになんということもなかった。エネルギーを

うみだすもとは、情報のほうさ」

「だんだん、そんなふうにも思えてきたよ。音楽をかなでるのはピアノかピアニス

トかとなると、ピアニストのほうの肩を持ちたくなるものな」

「そうそう、そんな調子だ。電力そのものを保存しておくのはやっかいだが、発電

方法という情報の形でなら保存でき、いつでもどこでも電力にできる。情報はエネ

ルギーの蓄積したものだ。蓄積によって、エネルギーはさらに高密度になる。その

うえ、媒体なるものによって、それは増幅もされる。発電所の設計図を複写すれば

、二ヵ所に作れる。エネルギーの二倍の増幅だ。印刷機を使えば、もっとぐっとふ

える……」

「ラジオやテレビを使えば、さらに増幅されるというわけか。手間をはぶくアイデ

アや製品の知識を、テレビにのせる。それで多数の人の労力がはぶければ、やはり

一種のエネルギーの発生といえないこともない」

「芸術のたぐいも、思考や精神のエネルギーの産物だ。それも媒体でいくらでも増

幅できる。コンピューターが情報交換を容易にする。原始時代の人間とくらべて考

えてごらんよ。現在のわれわれは、なんというエネルギーの高密度のなかに住んで

いることか……」

「そういえばそうだな。それでエネルギー支配の時期というわけか」

「言い忘れたが、電話という媒体も重要なものだ。エネルギーすなわち情報を、む

だなく伝達する。効率の点では、最もすばらしい。輸出が伸びるのも当然さ」

「そこへ落ち着くというわけか。あっと言わされたぜ。最初の話の、歴史的な必然

がここで出てくるとは。風が吹くとオケ屋がもうかる話のようだ。冗談はともかく

、各種の媒体の発達と増加で、その傾向は進む一方。しかも加速度的に激しくなっ

てゆく。それで、このまま進んだら、どうなるのだろう。エネルギーの密度は高ま

るばかりだ。どうなるのか知りたいものだ。その先をぜひ聞きたい。それを聞くま

では帰れない気分だ。ぼくには、未来のことはさっぱりわからん。予測は不可能な

んじゃないかという気がしてならないんだよ……」

 斎田は杖をついて立ち、トイレに行って戻ってきた。それから酒を飲んで言った

「その予測不能感、それをだれもが漠然と持っているんじゃないだろうか。そして

、それが正しいんじゃないかと思うんだよ」

 それを聞いて松山は目を丸くした。

「おいおい、えんぎでもないぞ。世の終末が近づいているのかい。気をもたせずに

、教えてくれよ。さっきからの話だと、なにか一貫した筋があるようだ。ねえ……

「そうからだを乗り出すなよ。ぼくはなにも、証明ずみの真理を話してるんじゃな

いよ。ただ、思いつきをまとめて楽しんでいるだけのことなんだから」

「しかし、ここまで話したんだから……」

「ぼくだって、話すつもりでいるよ。エネルギー支配の時期のあとにくるのは、無

の時期になるはずなんだ。無といっても、人間が消滅してしまうわけではないんだ

よ。文明の状態のことなんだから、人間はちゃんといるんだ。人間は存在していて

、無を支配する時期という形になるはずなんだがね。しかし、具体的にどういうも

のなのか想像がつかない。それでじつは困っているんだ」

「無を支配するなんて、煙に巻かれたような話だな」

 とタバコの煙をはく松山に、斎田は言う。

「そしてだね。その無を支配する時期に入る前に、なにか爆発みたいな現象がある

はずなんだ。しかし、それもどんな形でおきるのかわからない。エネルギーすなわ

ち情報が、うんと高密度になり、人間の手におえなくなった形だろうとは想像する

んだが……」

 いささか神がかってきた感じでもあった。しかし、松山はからかいも笑いもせず

、その時、首をかしげながら言った。

「その爆発という言葉が頭にひっかかるな。なにか大きな爆発みたいな目にあった

ような気もするんだ。人間の手におえないような爆発にね。そのくせ、さっぱり思

い出せない。どういうことなんだろう」

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