めてだ。で、どこで採集した種類ですか」
「これほどよく働くのは、ほかのどこにもありません。わたしが苦心して、品種改
良で作りあげました」
「いいにおいがしますね」
「それですよ。そのにおいは、人間には害がなく、虫を引きつける強い作用を持っ
ています。ハエは食料をそっちのけにし、ノミやカは人間にたかるのをやめ、みな
この花をめざします。つまり、うるさい虫のすべてが集まってくるのです。そして
、この葉です。表面がべとべとしていて、そこにとまった虫は逃げられず、たちま
ち消化されてしまいます」
「あとかたもなく、消えてしまうわけですね。うむ。すばらしい草だ。もちろん、
これを作りあげた、あなたの才能もすばらしい」
とアール氏は心から感心した。
「それほどとも思いませんが、ほめてもらうと、うれしくなります」
「けんそんなどしないで、自慢すべきですよ。虫の悩みから、人間を解放したので
すよ。こんな便利な草はない。肥料もいらないし、第一、害虫がつくこともない。
それに美しく、ていさいもいい。どうだろう。わたしにゆずってくれないかな」
「これまでに育てるのは何年もかかり、ちょっと惜しい気もします。しかし、あと
三つばかりありますし、ほかならぬあなたのことです。さしあげましょう。それを
お持ちになってかまいませんよ」
「本当ですか。それはありがたい」
アール氏は大喜びだった。くりかえしてお礼を言い、ウエキバチをかかえて帰ろ
うとした。それを呼びとめて、博士が言った。
「あ、その下にある台も、いっしょにお持ちになってください」
「そんな台なら、うちにもある。それとも、なにか特別な台なのですか」
「そうですよ。ボウフラを育てるのに、必要な器具が入っています」
「なんでまた、そんなものが……」
「夏のあいだは不要ですが、冬になると、その草花は食べる物がなくて枯れてしま
うのです。だから、寒いあいだは、それでカを作って与えなければなりません。ボ
ウフラの育て方は、これに書いてあります」
博士から説明書を渡され、アール氏はそれを読んだ。そして、首をかしげながら
言った。
「たいへんな手間ではありませんか。いったい、この草花は便利なものだろうか、
不便なものだろうか。わけがわからなくなってきたぞ」
夜の事件
そのロボットは、よくできていた。若い女の人の形をしたロボットで、外見から
は本当の人間と見わけがつかないほどだ。楽しそうな表情をしている。だが、頭の
ほうはあまりよくなく、いくつかの簡単な言葉がしゃべれるだけ。しかし、それで
いいのだった。町はずれにある遊園地の、門のそばに立っているのが役目なのだか
ら。
昼間は、とてもにぎやかだ。音楽も流れているし、いろいろな人が声をかけてく
れる。そして、ロボットもいそがしい。
しかし、いまは静かな夜。人通りもなくなり、ロボットはだまったままだった。
その時、とつぜん物かげから見なれない連中があらわれ、ロボットを取りかこん
だ。むらさき色をした顔で、大きな赤い目をしている。あまり感じのいい姿ではな
かった。腰には、武器らしいものをつけている。
「手むかいしても、むだだぞ。われわれは、キル星からやってきた」
と、ひとりが言うと、ロボットはやさしい声を出した。
「遠いところから、ようこそ……」
「いやに落着いているな。われわれは、地球をていさつに来たのだ。まず円盤状の
宇宙船を上空でとめ、そこから望遠鏡で観察した。また、ラジオやテレビの電波を
受信して、言葉をいくらか覚えた。だが、完全な報告書を作るには、地球人をさら
にくわしく調べなくてはならない。そのために着陸したのだ。いずれは、この星を
占領することになるだろう」
「はい。あなたがたを心から歓迎いたしますわ」
「これはふしぎだ。あまり驚かないようだ。ねぼけてでもいるのだろうか。それと
も、われわれを甘く見ているのだろうか。少しおどかしてみよう」
キル星人たちは油断なく身がまえ、ムチのような長い棒を振りまわした。それが
当たったが、ロボットは笑い顔で明るく答えた。
「ありがとうございます」
「どういうわけだろう。なにも感じないらしい。お礼など言っている。ほかの方法
でやってみよう。われわれは、地球人の弱点を発見しなければならないのだ」
しかし、強い光線を当てても、いやなにおいのガスを吹きつけても同じことだっ
た。
「ありがとうございます」
とロボットはくりかえし、時どき軽く頭をさげる。キル星人たちは、顔を見あわ
せて相談した。
「だめだ。どんな武器を使っても、ききめがないようだな」
「ああ、地球人というものは、こわさや痛さを知らないのかもしれない。めったに
ない強敵だ。うすきみが悪くなってきたぞ」
「いや、地球人は戦うことを知らない、平和な種族なのだろう。こんなにいじめて
も、さっきから少しも反抗しない。こんないい人たちの住む星を占領しようとして
いるわれわれが、はずかしくなってきた」
「いずれにせよ、このまま引きあげたほうがよさそうだ」
その意見にはみな賛成だった。歩きはじめたキル星人たちに、ロボットはお別れ
のあいさつをした。
「もうお帰りになるの。また、いらっしゃってね」
キル星人たちは林のなかにかくしておいた宇宙船に乗り、飛び立っていった。そ
れは高速度で音もなく遠ざかった。空をながめていた人があったとしても、流れ星
としか思わなかったにちがいない。
やがて朝がきて、遊園地には人びとがやってくる。笑い声や叫び声が聞こえはじ
める。ロボットはなにごともなかったかのように、お客から声をかけられるたび、
簡単なあいさつをくりかえすのだった。
「ようこそ……。心から歓迎いたしますわ……。ありがとうございます……。また
いらっしゃってね……」
地球のみなさん
そこは、町でも特に人通りの多い場所だった。ひとりの青年が道ばたで立ちどま
ったかと思うと、とつぜん大声をあげた。
「地球という星のみなさん。やっと、あなたがたとお会いすることができました。
わたしは、うれしくてなりません」
通りがかりの人びとは驚いて足をとめ、いっせいにそっちを見た。その青年はお
となしそうな顔つきで、小さなカバンをさげていた。青年はにこにこ笑いながら、
またもこう言った。
「みなさんといっしょに、この記念すべき日を祝いましょう」
人びとはびっくりして聞いていたが、そのうち、だれかが気がついたように言っ
た。
「あっ、そうか。きょうは四月一日、エイプリル·フールか。冗談を言って他人を
かついでもいい日だった。これはうまくやられたな」
それにつれ、ほかの人たちもうなずきあい、おもしろそうに笑った。なかには、
手をたたく者もあった。それに答えるかのように青年は頭をさげ、さらに声をはり
あげた。
「喜んでいただけて、わたしもやってきたかいがありました。わたしたちの星は文
明が高く、平和的です。みなさんのお役に立てるでしょう。これからは、お望みの
ものがあれば、わたしが連絡して、なんでもとりよせてさしあげます」
しかし、人びとはもう相手にしなかった。
「わかったよ。だが、ここではもう、だれも驚かないよ。その話をしたいのなら、
べつな場所に行ってやりなさい」
と声をかけ、かまわずに歩きはじめようとした。だが、青年はあいかわらず、大
声をあげつづけた。
「わたしが来たことによって、みなさんは、すばらしい生活ができるようになるの
です……」
こうなると、人びとのなかには怒る者もでてきた。
「くどすぎるな。ちょっとした冗談なら楽しいが、こう度がすぎては人さわがせだ
。通行のじゃまになる。警官にたのんで、連れていってもらおう」
しかし、べつな人はこう言った。
「いや、そう悪い人でもなさそうですよ。きっと、頭がおかしいのでしょう。気の
毒な人です。病院へ連れてゆくべきでしょう」
この意見に賛成する人が多く、寄ってたかって青年を病院に引っぱっていった。
青年は、
「なにをするのです。わたしは、みなさんのために来たのです」
と叫びながらあばれたが、ひとりでは、かなうわけがなかった。
その病院には、優秀で熱心な医者がいた。また設備もよく、あらゆる薬もそろっ
ていた。だから、その青年をなおしてしまうのに、そう長くはかからなかった。
医者は青年に言った。
「さあ、手当ては終りました。あなたはまだ、自分がほかの星から来たような気が
しますか」
「いいえ、そうは思いません」
「では、これで全快です。もう決して再発はしないでしょう」
「ありがとうございました。しかし、わたしはどこへ帰ったらいいのでしょう」
「自分の家を忘れてしまったのですか。あ、そうそう、あなたはカバンを持ってい
ましたね。あれをあけてみたら、わかるでしょう」
青年のカバンがあけられた。なかに入っているものは、地球ではだれも見たこと
のないような機械だった。たいへん複雑で使い方はわからないが、どうやら連絡用
の通信機のように思えた。医者はあわてて言った。
「さては、あの話は本当だったのか。たのむ、これを使って、あなたの星と連絡を
とって下さい」
しかし、青年はきょとんとした顔だった。
「これは、なんです。どう使って、どこへ連絡しろとおっしゃるのですか」
もはや、もとには戻りそうになかった。
ラッパの音
ある日の夕方。
エフ博士の家にお客がたずねてきて、こう話しかけた。
「このところ、ご旅行だったようですが、どちらへお出かけでしたか」
博士はうなずいて答えた。
「ああ、南方の奥地へ探検にいってきたよ。ジャングルを抜けたり、山を越えたり
、なかなかおもしろい旅だった」
「大がかりな探検隊を引きつれての旅だったのでしょうね」
「いや、わたしと案内人の二人だけだ」
それを聞いて、お客は変な顔をした。
「そんなことは、信じられません。きっと、恐ろしい動物がたくさんいたはずです
」
「ああ、いたとも。しかし、そんなのは追い払えばいい」
「追い払うには、たくさんの弾丸や銃がいるでしょう。それを運ぶだけでも、二人
ではまにあわないはずです」
「いや、銃なんかは使わない」
「いったい、どんな方法なのでしょう」
と、お客は知りたがって身を乗り出した。エフ博士は立ちあがり、となりのへや
から細長い品を持ってきて見せた。
「これだよ。わたしの発明したラッパだ」
そういわれてみるとラッパだが、普通のラッパのように簡単なものではない。先
のほうには小型の電灯がついているし、横には望遠鏡のような形のものがついてい
る。そのほか、複雑な電気の部品らしきものが、たくさんついていた。お客はふし
ぎそうに聞いた。
「これが、どんな働きをするのですか」
「いつだったか、鳥を呼ぶフエの話を読んだ。それにヒントをえて、その逆のもの
を作ったのだ。追っ払うフエというわけだ。もちろん鳥だけでなく、あらゆる動物
にききめがある。ここについているレンズが相手を見わけ、その最もきらいな音を
自動的に出す。つまり、このラッパを相手にむけて吹くと、たちまち逃げてゆく。
電灯がついているから、夜でも使える」
「なるほど。銃とちがって、むやみに動物を殺さなくてすみますね。しかし、本当
にききめがあるのでしょうね」
お客に質問され、博士はちょうど庭先を歩いていたネコをみつけ、それにむけて
ラッパを吹いた。ラッパは犬のほえる音を出し、それを耳にしたネコは、急いで逃
げていった。
「この通り。ネズミにむければネコの声、小鳥にむければタカの羽ばたきの音、と
いったぐあいだ」
「では、こわいものなしの旅でしたね」
「ああ、しかし、こわい目には、旅から帰ってからあったよ。ある夜、物音で目が
さめてみると、となりのへやに泥棒が入っていた。叫んではあぶないし、電話に近
よることもできない。ちかごろの世の中は、ジャングルよりぶっそうだ」
「で、どうなさいました」
「思いきって、泥棒にむけてラッパを吹いてみた。すると、あわてて逃げていった
」
「どんな音が出たのです」
「パトロール·カーのサイレンの音だ」
お客は、ますます感心した。
「すごい働きですね。では、ひとつ、それをわたしにむけて吹いてごらんになりま
せんか。わたしは、絶対に驚かないつもりです」
「そうむやみには使えないよ」
と博士は首を振り、ラッパをしまうために、となりのへやへと歩いていった。お
客は博士の戻るのを待っていたが、時計が鳴って十時を告げるのを聞き、博士に言
った。
「おや、もう十時ですね。わたしの時計は、故障していたようだ。そろそろ失礼し
ましょう」
そして、あいさつをして帰っていった。それを見送りながら、エフ博士は笑って
つぶやいた。
「ラッパが出した音とは気がつかず、帰っていったぞ。お客がなかなか帰らないと
、研究のじゃまになって困ってしまう」
おみやげ
フロル星人たちの乗った一台の宇宙船は、星々の旅をつづける途中、ちょっと地
球へも立ち寄った。しかし、人類と会うことはできなかった。なぜなら、人類が出
現するよりずっと昔のことだったのだ。
フロル星人たちは宇宙船を着陸させ、ひと通りの調査をしてから、こんな意味の
ことを話しあった。
「どうやら、わたしたちのやってくるのが、早すぎたようですね。この星には、ま
だ、文明らしきものはない。最も知能のある生物といったら、サルぐらいのものな
のです。もっと進化したものがあらわれるには、しばらく年月がかかります」
「そうか。それは残念だな。文明をもたらそうと思って立ち寄ったのに。しかし、
このまま引きあげるのも心残りだ」
「どうしましょうか」
「おみやげを残して帰るとしよう」
フロル星人たちは、その作業にとりかかった。金属製の大きなタマゴ型の容器を
作り、そのなかにいろいろのものを入れたのだ。
簡単に星から星へと飛びまわれる、宇宙船の設計図。あらゆる病気をなおし、若
がえることのできる薬の作り方。みなが平和に暮らすには、どうしたらいいかを書
いた本。さらに、文字が通じないといけないので、絵入りの辞書をも加えた。
「作業は終りました。将来、住民たちがこれを発見したら、どんなに喜ぶことでし
ょう」
「ああ、もちろんだとも」
「しかし、早くあけすぎて、価値のある物とも知らずに捨ててしまうことはないで
しょうか」
「これは丈夫な金属でできている。これをあけられるぐらいに文明が進んでいれば
、書いてあることを理解できるはずだ」
「そうですね。ところで、これをどこに残しましょう」
「海岸ちかくでは、津波にさらわれて海の底に沈んでしまう。山の上では、噴火し
たりするといけない。それらの心配のない、なるべく乾燥した場所がいいだろう」
フロル星人たちは、海からも山からもはなれた砂漠のひろがっている地方を選び
、そこに置いて飛びたっていた。
砂の上に残された大きな銀色のタマゴは、昼間は太陽を反射して強く光り、夜に
は月や星の光を受けて静かに輝いていた。あけられる時を待ちながら。
長い長い年月がたっていった。地球の動物たちも少しずつ進化し、サルのなかま
のなかから道具や火を使う種族、つまり人類があらわれてきた。
なかには、これを見つけた者があったかもしれない。だが、気味わるがって近よ
ろうとはしなかったろうし、近づいたところで、正体を知ることはできなかったに
ちがいない。
銀色のタマゴはずっと待ちつづけていた。砂漠地方なので、めったに雨は降らな
かった。もっとも、雨でぬれてもさびることのない金属でできていた。
時どき強い風が吹いた。風は砂を飛ばし、タマゴを埋めたりもした。しかし、埋
めっぱなしでもなかった。べつな風によって、地上にあらわれることもある。これ
が何度となく、くりかえされていたのだった。
また、長い長い年月が過ぎていった。人間たちはしだいに数がふえ、道具や品物
も作り、文明も高くなってきた。
そして、ついに金属性のタマゴの割れる日が来た。しかし、砂のなかから発見さ
れ、喜びの声とともに開かれたのではなかった。下にそんなものが埋まっていると
は少しも気づかず、その砂漠で原爆実験がおこなわれたのだ。
その爆発はすごかった。容器のそとがわの金属ばかりでなく、なかにつめてあっ
たものまで、すべてをこなごなにし、あとかたもなく焼きつくしてしまったのだ。
夢のお告げ
エヌ氏は友人といっしょに、町から遠くはなれた野原の道を歩いていた。二人は
休日を利用し、キャンプを楽しもうとして出かけてきたのだ。健康にもいいし、心
もすがすがしくなる。
「いい気分だな。都会のあわただしさを忘れてしまう。このへんで、ちょっと休も
う」
とエヌ氏は足をとめ、道ばたに腰をおろした。近くにはくずれた石垣などがあっ
た。友人は案内書の地図を出し、それを見ながら言った。
「このあたりには、むかし城があり、はげしい戦いがおこなわれた場所だそうだよ
」
「しかし、落ちついたながめで、そんな感じは少しもしないな。どうだろう、今夜
はここでキャンプをしよう」
「ああ、悪くないな」
意見はまとまり、そこにテントをはった。近くの小川から水をくんできて、夕食
を作った。やがて静かな夜が訪れてきて、二人は眠りについた。
眠っている時、エヌ氏は夢を見た。しかも、はっきりした夢だった。
それにはヨロイを着て、立派なカブトをかぶった武士があらわれた。どこか傷を
うけているようだし、手には鉄でできた箱を重そうにかかえている。そのため、苦
しそうに息をきらし、足をひきずりながら歩いてきた。
武士はあたりを見まわしていたが、そばにだれもいないことをたしかめると、地
面に穴を掘り、箱をなかに入れた。それから、上に土をかぶせてわからないように
し、目じるしにするためか石を置いた。武士はほっとしたような顔で、最後にこう
つぶやいた。
「これでよし。たとえこの戦いで負け、城が奪われても、これさえ確保しておけば
再起をはかることができる」
ははあ、軍用金をかくしたというわけだな。こう考えているうちに、エヌ氏は目
がさめた。
いつのまにか朝になっていた。エヌ氏は友人に、いまの夢の話をした。すると友
人は、驚いた表情で言った。
「これはふしぎだ。じつは、ぼくもそれと同じ夢を見た。ひとりだけならなんとい
うこともないが、二人そろってとなると、ただごとではない。これはきっと、あの
武士の魂があらわれて、ぼくたちに告げたのにちがいない」
「あの箱がまだ埋まっていて、それを発見できたらすばらしいな。しかし、場所は
どこなのだろう」
「たぶん、この近くだろうと思うよ。さあ、さがそう。手にはいれば大金持ちにな
れるのだ」
二人は近所を歩きまわった。そのうちエヌ氏は、草のかげに夢で見たのと同じ石
を見つけ、叫び声をあげた。
「おい、ここらしいぞ」
二人は目を輝かせ、折ってきた木の枝で掘りはじめた。はたして手ごたえがあり
、夢で見たのと同じ鉄の箱があらわれた。しかし、土のなかに長いあいだあったた
め、さびてぼろぼろになっていた。
箱は、たやすくあけることができた。だが、そこにはいっていたのは金ではなく
、なにかをしるした紙だった。友人はため息をついた。
「なんだ、つまらない。ただの書類じゃないか」
「まだ、がっかりするのは早い。武士があんなに貴重そうにかくした品だ。軍用金
のかくし場所を書いた図面だろう。よく調べてみよう」
二人は紙をひろげ、書かれていることを読んだ。そして、顔を見あわせてにが笑
いし、こんどは本当にがっかりした。
しるされてあったのは、火薬の作り方だったのだ。たしかに、むかしは重大な秘
密だったにちがいないが、いまではとくにさわぐほどのものではない。
失 敗
エス氏は、不景気な生活をつづけていた。だが、あまり働こうともせず、ひまさ
えあれば自分のへやにとじこもっていた。室内には設計図だとか、計算に使った紙
とか、機械の部品などが散らかっている。
ある日、たずねてきた友人が話しかけた。
「あいかわらず、機械いじりに熱心ですね。いつまで、そんなことをやっているつ
もりなのです。まともに働いたほうが、いいように思いますがね」
「いや、もうこれで終りです。やっと完成しました」
と、エス氏はとくいそうに、そばの装置を指さした。ランドセルぐらいの大きさ
で、アンテナが何本か出ていて、スイッチもついている。友人は、それをながめな
がら言った。
「それはけっこうでした。しかし、どんな働きをする装置なのですか」
「いま、ごらんにいれましょう」
エス氏はへやのすみにあるテレビをつけた。番組は野球の中継だった。それから
エス氏は、そのそばに装置を運び、スイッチを入れて友人のそばにもどってきた。
友人は目を丸くした。
「これはふしぎだ。テレビの音が急に聞えなくなった。画面のほうは、なんともな
いのに。どういうわけなのです」
「それが装置の働きです。つまり、装置のそばでは、物音はすべて消えてしまうの
です。音だけをさえぎる壁ができ、まわりを包んでいるとでもいったらいいでしょ
う」
エス氏はそばにあったガラスのビンを手にし、装置の近くをめがけて投げた。ビ
ンは床に当って割れたが、音はすこしもしなかった。しかし、装置からはなれた場
所にビンを投げると、それはガチャンと音をひびかせた。友人は感心した。
「どんなしかけになっているのか知りませんが、妙なものを発明しましたね。しか
し、これがなにかの役に立つのですか」
「立ちますとも。たちまち、わたしは大金持ちになりますよ」
「どんな方面に売り込むのですか」
「それはまだ秘密です」
利用法をひとに話せないのも、むりはなかった。エス氏は悪いことに使おうと思
って、これを作ったのだった。
その夜、人びとが寝しずまったころ、エス氏は装置を背中にしょって外出した。
そして、前からねらっていたビルに忍びこんだ。忍びこむといっても、窓ガラスを
たたき割って、そこからはいりこんだのだ。だが、装置の作用で、物音は少しもた
たない。
それから、大きな金庫を開けにかかった。合カギもなければ、ダイヤルの番号も
知らないので、ドリルで穴をあけてこわす以外にない。乱暴な方法だが、音の心配
はしなくてよかった。
やがて、金庫をこじあけることができ、なかにあった大金を、エス氏は用意のカ
バンにつめこんだ。しかし、ゆうゆうと窓からそとに出たとたん、やってきた警官
にあっさりとつかまってしまったのだ。
がっかりしたエス氏は、装置のスイッチを切ってつぶやいた。
「わけがわからない。うまくゆくはずだったのに、なぜ失敗したのだろう」
警官のほうも首をかしげながら言った。
「こっちも、わけがわからない。このビルは、窓ガラスが割れると、非常ベルが鳴
りひびくようになっている。管理人がすぐ電話してきたので、パトロール·カーが
サイレンの音をたててかけつけた。そんなさわぎにもかかわらず、逃げもしないで
つかまってしまう泥棒など、はじめてだ」
装置の作用は、そとからの音もさえぎり、エス氏にはなにも聞えなかったのだ。
目 薬
ケイ氏は、ひとりで暮していた。そのへやの机の上には、ビーカーや試験管をは
じめ、化学用の器具が並んでいた。各種の薬品や、植物からしぼった汁を入れたビ
ンもある。
彼は毎日、液をまぜあわせるのに熱中していた。また、振ったり、あたためたり
、ひやしたり、時には光線を当てたりもした。
そして、ある日。ケイ氏はうれしそうな声をあげた。
「さあ、やっとできたぞ。これでいいはずだ」
彼が作ろうとしていたのは、新しい目薬だった。といっても、目の病気をなおす
薬ではない。悪い人を見わける作用を持ったものだ。つまり、これを目にたらして
からながめると、悪いことをたくらんだり考えたりしている人の顔だけが、ムラサ
キ色に見えるのだ。顔をムラサキ色にぬっている人などはいないから、それでまち
がえる心配はない。
「さて、効果が確実かどうかを、たしかめに出かけるとするかな」
ケイ氏はその目薬をさし、外出した。歩きながらあたりを見まわしたが、たいて
いの人は普通の顔色をしている。時たま、かすかにムラサキがかった人がまざって
いる。悪人になればなるほど、色も濃く見える働きがあるのだ。
「なるほど。世の中には、ひどく悪い人というのは少ないものらしい」
こうつぶやいているうちに、濃いムラサキ色の男をみつけた。カバンをさげて、
道ばたに立っている。ケイ氏は、交番から警官を引っぱってきてたのんだ。
「あの男を、つかまえてください」
「しかし、なにもしていない男を、つかまえることはできませんよ」
と変な顔をする警官を、ケイ氏はせきたてた。
「その責任は、わたしがおいます。早く、早く」
警官はふしぎがりながらも、その男のそばに近づき、話しかけようとした。
「もしもし……」
そのとたん、男はあわてて逃げようとしたが、たちまちつかまってしまった。カ
バンを開けさせてみると、なかにはアクセサリーなど大量の金製品があった。それ
を調べた警官は、目を丸くし、ケイ氏に言った。
「これらの品は、このあいだ貴金属店から強盗が奪っていった品でした。おかげで
、犯人をつかまえることができました。店からは、品物をとりもどしたお礼が出る
でしょう。しかし、この男が犯人らしいと、よくわかりましたね。なぜですか」
「いや、そぶりが怪しかったからですよ」
ケイ氏は理由を秘密にし、いいかげんな答えをした。しかし、内心は大喜びだっ
た。発明した目薬の作用も、これではっきりしたわけだ。また、たくさんのお礼も
もらえるらしい。いい商売になりそうだ。これをくりかえせば、お金ももうかるこ
とになる。
こう考えながら、ケイ氏は自分のへやに帰ってきた。そして、なにげなく鏡をの
ぞいて、首をかしげた。なんと、そこにうつっている自分の顔が、ムラサキ色をし
ているではないか。
「こんなはずはない。わたしが悪人であるわけがない。泥棒もつかまえたのだ。ど
ういうわけだろう」
ケイ氏はしばらく考えていたが、作った薬をみな惜しげもなく捨ててしまった。
「きっと薬の作用が狂っていたからだろう。さっき泥棒をつかまえたのは、ただの
偶然だったにちがいない」
しかし、この薬のききめは、やはりたしかだったのだ。このような発明は、すぐ
に発表して世の中の役に立てるべきものだ。それを自分だけの秘密にしておこうと
いうのは、けっしていい心がけとは言えない。
リオン
エス博士は、植物学者だった。ある日、散歩がてらに動物学者であるケイ博士の
家に立ちより、玄関であいさつした。
「しばらくお会いしませんでしたが、お元気ですか。あいかわらず、いそがしいの
でしょうね」
ケイ博士は喜んで迎え入れた。
「どうぞ、おはいり下さい。やっと研究が一段落したところです。それに、ぜひお
目にかけたいものがあります」
「なんですか」
とエス博士が聞くと、ケイ博士は庭にむかって、
「リオン、リオン」
と呼んだ。すると、一匹の動物がすばやい動きで、へやのなかに入ってきた。
見なれない動物だった。大きさはネコぐらいだが、黄色っぽい色で、しっぽが大
きかった。
大変かわいらしい。それをながめながら、エス博士は質問した。
「こんな動物を見るのは、はじめてです。どこで発見したのですか」
「いや、これは、つかまえてきたものではありません。わたしが作りあげた、混血
の動物なのです」
「なんとなんとの混血ですか」
「リスとライオンですよ。リオンという名前も、それでつけたのです」
とケイ博士に説明されてみると、たしかに、その両方に似ている。エス博士は目
を丸くしながら言った。
「これは驚いた。しかし、なんでまた、こんなものを作る気になったのです」
「最も強い百獣の王ライオンと、小さくてかわいいリスと組み合わせたらどうなる
かに、興味を持ったからです」
「なるほど、さぞ苦心なさったことでしょうね。学問的には、大変な価値があるで
しょう。だけど、なにかの役に立つのですか」
ケイ博士はうなずき、リオンの頭をなでながら答えた。
「立ちますとも。これは両方のいい性質をかねそなえています。つまり、飼い主に
対してはリスのごとくおとなしく、敵に対してはライオンのごとく勇敢です」
「なるほど」
「ごらんのように、ペットとしてもすばらしく、また、普通の番犬よりはるかに強
いわけです。どんな強盗でも追い払ってしまいます。このあいだは探検旅行に連れ
てゆきましたが、これといっしょだと、ほかの猛獣が近よってきません。ライオン
のにおいがするためです。おかげで、夜も安心して眠ることができました」
「便利なものですね……」
エス博士は感心しながら家に帰った。しかし、うらやましがっているだけでは、
つまらない。自分も同じ考え方で、なにか新しい植物を作りあげてやろうと決心し
た。
ところで、どんなのがいいだろう。くだものを食べながら、あれこれと考えたあ
げく、エス博士は目を輝かせて叫んだ。
「そうだ。ブドウとメロンとで新種を作ることにしよう。メロンの実が、ブドウの
ようにたくさんなる植物だ。ブロンと名前をつけてやろう。きっと、もうかるにち
がいないぞ」
エス博士は温室にとじこもり、研究に熱中し、なんとかタネを作りあげた。
「これでよし。早く芽を出せ、ブロン、ブロンだ」
ブロンはどんどん成長した。
そして、ついに実のなる時がきた。しかし、エス博士はがっかりした表情で頭を
かいた。ブドウのように小さい実が、メロンのように少ししかならなかったのだ。
人まねをしても、簡単に成功するとは限らないようだ。博士はブロンの実をもぎ
、つまらなそうに口に入れた。ちょっぴりすっぱい味だった。
ボウシ
その老人は夜の道をとぼとぼと歩いて、町はずれの自分の家に帰ってきた。まず
しい小さな家で、なかには盗まれて困るような品など、なにひとつない。また、出
迎えてくれる者もなかった。彼には身よりがなかったのだ。
その老人は、奇術師だった。しかし、有名ではなかった。ボウシのなかから、ウ
サギやハトや、花や旗などを出してみせる手品しかできない。そう珍しい奇術では
ない。
だから、テレビにも大きな劇場にも出演することができなかった。神社のお祭な
どに出かけて行き、そこでいくらかのお金を得るだけだった。