饭饭TXT > 海外名作 > 《夢十夜/梦十夜(中日版)》作者:[日]夏目漱石【完结】 > 夢十夜@txtnovel.com.txt

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作者:日-夏目漱石 当前章节:15401 字 更新时间:2026-6-23 02:38

 敵の大将は、弓の真中を右の手で握って、その弓を草の上へ突いて、酒甕《さかがめ》を伏せたようなものの上に腰をかけていた。その顔を見ると、鼻の上で、左右の眉《まゆ》が太く接続《つなが》っている。その頃|髪剃《かみそり》と云うものは無論なかった。

 自分は虜《とりこ》だから、腰をかける訳に行かない。草の上に胡坐《あぐら》をかいていた。足には大きな藁沓《わらぐつ》を穿《は》いていた。この時代の藁沓は深いものであった。立つと膝頭《ひざがしら》まで来た。その端《はし》の所は藁《わら》を少し編残《あみのこ》して、房のように下げて、歩くとばらばら動くようにして、飾りとしていた。

 大将は篝火《かがりび》で自分の顔を見て、死ぬか生きるかと聞いた。これはその頃の習慣で、捕虜《とりこ》にはだれでも一応はこう聞いたものである。生きると答えると降参した意味で、死ぬと云うと屈服《くっぷく》しないと云う事になる。自分は一言《ひとこと》死ぬと答えた。大将は草の上に突いていた弓を向うへ抛《な》げて、腰に釣るした棒のような剣《けん》をするりと抜きかけた。それへ風に靡《なび》いた篝火《かがりび》が横から吹きつけた。自分は右の手を楓《かえで》のように開いて、掌《たなごころ》を大将の方へ向けて、眼の上へ差し上げた。待てと云う相図である。大将は太い剣をかちゃりと鞘《さや》に収めた。

 その頃でも恋はあった。自分は死ぬ前に一目思う女に逢《あ》いたいと云った。大将は夜が開けて鶏《とり》が鳴くまでなら待つと云った。鶏が鳴くまでに女をここへ呼ばなければならない。鶏が鳴いても女が来なければ、自分は逢わずに殺されてしまう。

 大将は腰をかけたまま、篝火を眺めている。自分は大きな藁沓《わらぐつ》を組み合わしたまま、草の上で女を待っている。夜はだんだん更《ふ》ける。

 時々篝火が崩《くず》れる音がする。崩れるたびに狼狽《うろた》えたように焔《ほのお》が大将になだれかかる。真黒な眉《まゆ》の下で、大将の眼がぴかぴかと光っている。すると誰やら来て、新しい枝をたくさん火の中へ抛《な》げ込《こ》んで行く。しばらくすると、火がぱちぱちと鳴る。暗闇《くらやみ》を弾《はじ》き返《かえ》すような勇ましい音であった。

 この時女は、裏の楢《なら》の木に繋《つな》いである、白い馬を引き出した。鬣《たてがみ》を三度|撫《な》でて高い背にひらりと飛び乗った。鞍《くら》もない鐙《あぶみ》もない裸馬《はだかうま》であった。長く白い足で、太腹《ふとばら》を蹴《け》ると、馬はいっさんに駆《か》け出した。誰かが篝りを継《つ》ぎ足《た》したので、遠くの空が薄明るく見える。馬はこの明るいものを目懸《めが》けて闇の中を飛んで来る。鼻から火の柱のような息を二本出して飛んで来る。それでも女は細い足でしきりなしに馬の腹を蹴《け》っている。馬は蹄《ひづめ》の音が宙で鳴るほど早く飛んで来る。女の髪は吹流しのように闇《やみ》の中に尾を曳《ひ》いた。それでもまだ篝《かがり》のある所まで来られない。

 すると真闇《まっくら》な道の傍《はた》で、たちまちこけこっこうという鶏の声がした。女は身を空様《そらざま》に、両手に握った手綱《たづな》をうんと控《ひか》えた。馬は前足の蹄《ひづめ》を堅い岩の上に発矢《はっし》と刻《きざ》み込んだ。

 こけこっこうと鶏《にわとり》がまた一声《ひとこえ》鳴いた。

 女はあっと云って、緊《し》めた手綱を一度に緩《ゆる》めた。馬は諸膝《もろひざ》を折る。乗った人と共に真向《まとも》へ前へのめった。岩の下は深い淵《ふち》であった。

 蹄の跡《あと》はいまだに岩の上に残っている。鶏の鳴く真似《まね》をしたものは天探女《あまのじゃく》である。この蹄の痕《あと》の岩に刻みつけられている間、天探女は自分の敵《かたき》である。

翻译

做了這樣一個夢。

大概是很久很久以前,或許是兩千多年前的神話時代吧,那時我是個士兵,不幸打敗戰,被當成俘虜強行拉到敵方大將面前。

當時的人們都是高頭大馬,而且都蓄著很長的鬍鬚。腰上繫著皮帶,並掛著棒子般的長劍。弓則好像是用粗藤做的,既沒塗上黑漆,也沒磨亮。看上去很樸實。

敵方大將坐在一個倒置的酒甕上,右手握著被插在草叢上的弓。我看了他一眼,只見他濃密的粗眉連成一直線。這個時代當然沒有刮鬍刀之類的東西。

我因是個俘虜,沒有位子可坐,便在草叢上盤腿而坐。我腳上穿著一雙大草鞋。這個時代的草鞋都很高,立起時,可達膝蓋上。草鞋上端一隅還故意留一串稻草,像穗子一樣自然下垂著,走起路來晃來晃去,是當裝飾用的。

大將藉著篝火盯視著我,問我要活亦或要死。這是當時的習慣,每個俘虜都會被問相同的問題。若回說要活,表是願意投降;回說要死,則代表寧死不屈。我只回說,要死。

大將把插在草叢上的弓拋向遠方,並拔出掛在腰上的長劍。此時,隨風晃動的篝火湊巧將火舌轉向長劍。我將右手手掌張開成楓葉狀,手心對著大將,抬到雙眼前。這是表示暫停的手勢。於是大將又收回長劍。

即使在那遙遠的時代,愛情這個東西仍是存在的。我說,希望在臨死之前能和我的戀人見一面。大將回說,可以等到翌日天明雞啼之時。在雞啼之前,必須把戀人帶來。若誤了時辰,我就不能跟戀人見面而走向死亡之命運。

大將又坐下來,眺望著篝火。我交叉著自己的大草鞋,坐在草叢上等候戀人趕來。夜,漸漸深沉。

偶爾會傳來篝火崩裂的聲音。每當篝火崩裂,流竄的火焰即狼狽不堪般地將火舌轉向大將。大將的雙眸,在濃眉之下閃閃發光。篝火崩裂後,馬上會有人再拋下樹枝於火中。過一會,火勢又會啪吱啪吱旺盛起來。那聲音,勇猛得似能彈開黯夜一般。

此時,女人正牽著一匹被繫在後院橡樹的白馬出來。她三度輕撫了馬的鬃毛,再敏捷地躍上馬背。那是一匹沒有馬鞍亦無踩鐙的裸馬。女人用她那修長雪白的雙腳,踢著馬腹,馬兒即往前飛奔。

可能又有人在篝火中添了樹枝,使得遠方天邊顯得幾分明亮。馬兒正朝著這亮光奔馳在黑暗中。鼻頭噴出兩道火柱般的氣息。不過女人仍拼命以修長的雙腳猛踢馬腹。馬兒奔馳得蹄聲都能傳到天邊。女人的長髮更在黑暗中飛揚得宛如風幡。然而,女人與馬,仍離目標有一段距離。

突然,黑漆漆的路旁,響起一聲雞啼。女人往後仰收緊握在手中的韁繩。馬兒的前蹄噹啷一聲刻印在堅硬的岩石上。

女人耳邊又傳來一聲雞啼。

女人叫了一聲,將收緊的韁繩放鬆。馬兒屈膝往前一衝,與馬上的人兒一起衝向前方。前方岩石下,是萬丈深淵。

馬蹄痕現在仍清晰地刻印在岩石上。模仿雞啼聲的是天探女(譯注:又名天邪鬼,佛教中被二王、毘沙門天王踩在腳底下專門與人作對的小鬼)。只要這馬蹄痕還刻印在岩石上期間中,天探女永遠是我的敵人。

   第六夜

 運慶《うんけい》が護国寺《ごこくじ》の山門で仁王《におう》を刻んでいると云う評判だから、散歩ながら行って見ると、自分より先にもう大勢集まって、しきりに下馬評《げばひょう》をやっていた。

 山門の前五六間の所には、大きな赤松があって、その幹が斜《なな》めに山門の甍《いらか》を隠して、遠い青空まで伸《の》びている。松の緑と朱塗《しゅぬり》の門が互いに照《うつ》り合ってみごとに見える。その上松の位地が好い。門の左の端を眼障《めざわり》にならないように、斜《はす》に切って行って、上になるほど幅を広く屋根まで突出《つきだ》しているのが何となく古風である。鎌倉時代とも思われる。

 ところが見ているものは、みんな自分と同じく、明治の人間である。その中《うち》でも車夫が一番多い。辻待《つじまち》をして退屈だから立っているに相違ない。

「大きなもんだなあ」と云っている。

「人間を拵《こしら》えるよりもよっぽど骨が折れるだろう」とも云っている。

 そうかと思うと、「へえ仁王だね。今でも仁王を彫《ほ》るのかね。へえそうかね。私《わっし》ゃまた仁王はみんな古いのばかりかと思ってた」と云った男がある。

「どうも強そうですね。なんだってえますぜ。昔から誰が強いって、仁王ほど強い人あ無いって云いますぜ。何でも日本武尊《やまとだけのみこと》よりも強いんだってえからね」と話しかけた男もある。この男は尻を端折《はしょ》って、帽子を被《かぶ》らずにいた。よほど無教育な男と見える。

 運慶は見物人の評判には委細|頓着《とんじゃく》なく鑿《のみ》と槌《つち》を動かしている。いっこう振り向きもしない。高い所に乗って、仁王の顔の辺《あたり》をしきりに彫《ほ》り抜《ぬ》いて行く。

 運慶は頭に小さい烏帽子《えぼし》のようなものを乗せて、素袍《すおう》だか何だかわからない大きな袖《そで》を背中《せなか》で括《くく》っている。その様子がいかにも古くさい。わいわい云ってる見物人とはまるで釣り合が取れないようである。自分はどうして今時分まで運慶が生きているのかなと思った。どうも不思議な事があるものだと考えながら、やはり立って見ていた。

 しかし運慶の方では不思議とも奇体ともとんと感じ得ない様子で一生懸命に彫っている。仰向《あおむ》いてこの態度を眺めていた一人の若い男が、自分の方を振り向いて、

「さすがは運慶だな。眼中に我々なしだ。天下の英雄はただ仁王と我《わ》れとあるのみと云う態度だ。天晴《あっぱ》れだ」と云って賞《ほ》め出した。

 自分はこの言葉を面白いと思った。それでちょっと若い男の方を見ると、若い男は、すかさず、

「あの鑿と槌の使い方を見たまえ。大自在《だいじざい》の妙境に達している」と云った。

 運慶は今太い眉《まゆ》を一寸《いっすん》の高さに横へ彫り抜いて、鑿の歯を竪《たて》に返すや否や斜《は》すに、上から槌を打《う》ち下《おろ》した。堅い木を一《ひ》と刻《きざ》みに削《けず》って、厚い木屑《きくず》が槌の声に応じて飛んだと思ったら、小鼻のおっ開《ぴら》いた怒り鼻の側面がたちまち浮き上がって来た。その刀《とう》の入れ方がいかにも無遠慮であった。そうして少しも疑念を挾《さしはさ》んでおらんように見えた。

「よくああ無造作《むぞうさ》に鑿を使って、思うような眉《まみえ》や鼻ができるものだな」と自分はあんまり感心したから独言《ひとりごと》のように言った。するとさっきの若い男が、

「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋《うま》っているのを、鑿《のみ》と槌《つち》の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」と云った。

 自分はこの時始めて彫刻とはそんなものかと思い出した。はたしてそうなら誰にでもできる事だと思い出した。それで急に自分も仁王が彫《ほ》ってみたくなったから見物をやめてさっそく家《うち》へ帰った。

 道具箱から鑿《のみ》と金槌《かなづち》を持ち出して、裏へ出て見ると、せんだっての暴風《あらし》で倒れた樫《かし》を、薪《まき》にするつもりで、木挽《こびき》に挽《ひ》かせた手頃な奴《やつ》が、たくさん積んであった。

 自分は一番大きいのを選んで、勢いよく彫《ほ》り始めて見たが、不幸にして、仁王は見当らなかった。その次のにも運悪く掘り当てる事ができなかった。三番目のにも仁王はいなかった。自分は積んである薪を片《かた》っ端《ぱし》から彫って見たが、どれもこれも仁王を蔵《かく》しているのはなかった。ついに明治の木にはとうてい仁王は埋《うま》っていないものだと悟った。それで運慶が今日《きょう》まで生きている理由もほぼ解った。

翻译

風聞運慶(譯注:鐮倉時代著名的佛像雕鑿師)正在護國寺山門雕鑿仁王像,於是於散步時順道繞過去看看,不料在我之前早已聚集了許多慕名而來的人,你一言我一語地議論紛紛。

山門前九、十公尺左右處,有一株巨大的赤松,枝幹橫生,遮蔽了山門的棟瓦,直伸向遙遠的青空。綠松與朱門相映成趣,實為一幅美景。而且松樹的位置絕佳,不礙眼地挺立於山門左端,再斜切山門往上伸展,越往上枝葉幅度越寬,並突出屋頂,看起來古意盎然。想見是鐮倉時代不錯。

可是四周觀賞的人,竟與我同樣,都是明治時代的人。而且大半都是人力車車夫。大概是等候載客無聊,跑到這裡來湊熱鬧。

「好大啊!」有人說。

「這個一定比雕鑿一般人像還要辛苦吧!」又有人說。

「喔,是仁王。現在也有人在鑿仁王啊?我還以為仁王像都是古時鑿的。」另一個男子如此說。

「看起來很威武的樣子。要說誰最厲害,從古至今人們都說仁王最厲害。聽說比日本武尊(譯注:大和國家成立初期的傳說中英雄)更強呢!」另一個男子插口道。

這男子將和服後方往上折進背部腰帶,又沒戴帽子,看起來不像是受過教育的人。

運慶絲毫不為圍觀者的閒言閒語所動,只專心致意揮動著手中的鑿子和棒槌。他甚至連頭也不回,立在高處仔細雕鑿著仁王的臉部。

運慶頭上戴著一頂小烏紗帽般的東西,身上穿著一件素袍(譯註:鐮倉時代的庶民麻布便服)之類的衣服,寬大的兩袖被縛在背部。樣子看起來很古樸。和在四周喋喋不休看熱鬧的人群格格不入。我仍舊立在一旁,心裡奇怪運慶為何能活到現在,真是不可思議。

可是運慶卻以一付理所當然,不足為奇的態度拼命雕鑿著。一個仰頭觀看的年輕男子,轉頭對我贊賞道:

「真不愧是運慶,目中無人呢!他那種態度好像在說,天下英雄唯仁王與我。真有本事!」

我覺得他說的很有趣,回頭看了他一眼,他立刻又說:

「你看他那鑿子和棒槌的力道!真是達到運用自如的境界!」

運慶正鑿完約有三公分粗的眉毛,手中的鑿齒忽豎忽橫地轉變角度,再自上頭敲打棒槌。看他剛在堅硬的木頭上鑿開一個洞,厚厚的木屑應著棒槌聲飛落,再仔細一看,仁王鼻翼的輪廓已乍然浮現。刀法異常俐落,且力道絲毫沒有遲疑的樣子。

「真行!他怎能那樣運用自如,鑿出自己想鑿的眉毛與鼻子的形狀?」我由於太感動,不禁自言自語地說著。

剛剛那個年輕男子回我說:

「不難啊!那根本不是在鑿眉毛或鼻子,而是眉毛與鼻子本來就埋藏在木頭中,他只是用鑿子和棒槌將之挖掘出而已。這跟在土中挖掘出石頭一樣,當然錯不了。」

這時,我才恍悟原來所謂的雕刻藝術也不過是如此。若真是如此,那不管是誰,不是都能雕鑿了?想到此,我突然興起也想雕鑿一座仁王像的念頭,於是,決定不再繼續觀賞下去,打道回府。

我從工具箱找出鑿子和棒槌,來到後院,發現前一陣子被暴風雨颳倒的橡樹,因為想用來當柴火燒,請伐木工人鋸成大小適中的木塊,被堆積在一隅。

我選了一塊最大的,興致勃勃地開始動工,不幸的是,鑿了老半天仍不見仁王的輪廓浮現。第二塊木頭也鑿不出仁王。第三塊木頭裡也沒有仁王。我將所有木頭都試過一次,發現這些木頭裡都沒有埋藏仁王。最後我醒悟了,原來明治時代的木頭裡根本就沒有埋藏仁王。同時,也明白了為何運慶至今仍健在的理由。

   第七夜

 何でも大きな船に乗っている。

 この船が毎日毎夜すこしの絶間《たえま》なく黒い煙《けぶり》を吐いて浪《なみ》を切って進んで行く。凄《すさま》じい音である。けれどもどこへ行くんだか分らない。ただ波の底から焼火箸《やけひばし》のような太陽が出る。それが高い帆柱の真上まで来てしばらく挂《かか》っているかと思うと、いつの間にか大きな船を追い越して、先へ行ってしまう。そうして、しまいには焼火箸《やけひばし》のようにじゅっといってまた波の底に沈んで行く。そのたんびに蒼《あお》い波が遠くの向うで、蘇枋《すおう》の色に沸《わ》き返る。すると船は凄《すさま》じい音を立ててその跡《あと》を追《おっ》かけて行く。けれども決して追つかない。

 ある時自分は、船の男を捕《つら》まえて聞いて見た。

「この船は西へ行くんですか」

 船の男は怪訝《けげん》な顔をして、しばらく自分を見ていたが、やがて、

「なぜ」と問い返した。

「落ちて行く日を追かけるようだから」

 船の男はからからと笑った。そうして向うの方へ行ってしまった。

「西へ行く日の、果《はて》は東か。それは本真《ほんま》か。東《ひがし》出る日の、御里《おさと》は西か。それも本真か。身は波の上。※[#「(楫-木)+戈」、第3水準1-84-66]枕《かじまくら》。流せ流せ」と囃《はや》している。舳《へさき》へ行って見たら、水夫が大勢寄って、太い帆綱《ほづな》を手繰《たぐ》っていた。

 自分は大変心細くなった。いつ陸《おか》へ上がれる事か分らない。そうしてどこへ行くのだか知れない。ただ黒い煙《けぶり》を吐いて波を切って行く事だけはたしかである。その波はすこぶる広いものであった。際限《さいげん》もなく蒼《あお》く見える。時には紫《むらさき》にもなった。ただ船の動く周囲《まわり》だけはいつでも真白に泡《あわ》を吹いていた。自分は大変心細かった。こんな船にいるよりいっそ身を投げて死んでしまおうかと思った。

 乗合《のりあい》はたくさんいた。たいていは異人のようであった。しかしいろいろな顔をしていた。空が曇って船が揺れた時、一人の女が欄《てすり》に倚《よ》りかかって、しきりに泣いていた。眼を拭く手巾《ハンケチ》の色が白く見えた。しかし身体《からだ》には更紗《さらさ》のような洋服を着ていた。この女を見た時に、悲しいのは自分ばかりではないのだと気がついた。

 ある晩|甲板《かんぱん》の上に出て、一人で星を眺めていたら、一人の異人が来て、天文学を知ってるかと尋ねた。自分はつまらないから死のうとさえ思っている。天文学などを知る必要がない。黙っていた。するとその異人が金牛宮《きんぎゅうきゅう》の頂《いただき》にある七星《しちせい》の話をして聞かせた。そうして星も海もみんな神の作ったものだと云った。最後に自分に神を信仰するかと尋ねた。自分は空を見て黙っていた。

 或時サローンに這入《はい》ったら派手《はで》な衣裳《いしょう》を着た若い女が向うむきになって、洋琴《ピアノ》を弾《ひ》いていた。その傍《そば》に背の高い立派な男が立って、唱歌を唄《うた》っている。その口が大変大きく見えた。けれども二人は二人以外の事にはまるで頓着《とんじゃく》していない様子であった。船に乗っている事さえ忘れているようであった。

 自分はますますつまらなくなった。とうとう死ぬ事に決心した。それである晩、あたりに人のいない時分、思い切って海の中へ飛び込んだ。ところが――自分の足が甲板《かんぱん》を離れて、船と縁が切れたその刹那《せつな》に、急に命が惜しくなった。心の底からよせばよかったと思った。けれども、もう遅い。自分は厭《いや》でも応でも海の中へ這入らなければならない。ただ大変高くできていた船と見えて、身体は船を離れたけれども、足は容易に水に着かない。しかし捕《つか》まえるものがないから、しだいしだいに水に近づいて来る。いくら足を縮《ちぢ》めても近づいて来る。水の色は黒かった。

 そのうち船は例の通り黒い煙《けぶり》を吐いて、通り過ぎてしまった。自分はどこへ行くんだか判らない船でも、やっぱり乗っている方がよかったと始めて悟りながら、しかもその悟りを利用する事ができずに、無限の後悔と恐怖とを抱《いだ》いて黒い波の方へ静かに落ちて行った。

翻译

我搭上一艘大船。

這艘船日夜無休無止盡地吐著黑煙,破浪前行。船發出很響亮的聲音。可是我不知道這艘船將駛往何方。只是每天可見燒紅火箸般的太陽,從浪底昇上來。昇到高聳的帆柱上空時,會駐足不動,但不一會兒又會超越船身,漸行漸遠。最後再像燒紅火箸浸入水中般,發出嗤嗤聲沉入浪底。每當太陽沉入浪底時,遠方的綠波會滾滾沸騰成酡紅色。大船也會發出震耳欲聾的聲響奮力直追,卻總是瞠乎其後。

某天,我抓住一位船上的男子問:

「這艘船是在往西行嗎?」

男子訝異地觀看了我一會兒後,才回問:

「為什麼?」

「因為看上去好像在追落日。」

男子呵呵笑了起來。然後逕自走遠。

爾後,耳邊傳來一陣喝彩。

「西行之日,盡頭是東嗎?這是真的嗎?日出東方,娘家是西嗎?這也真的嗎?身在浪上,以櫓為枕,漂啊漂吧!」

我循聲走至船首,原來是許多水手們正在合力拉著粗重的帆繩。

我感到非常不安。既不知何時才能靠岸,也不知將駛往何方。只知道船隻吐著黑煙一直前行。巨浪滔天,蒼藍得無可言喻,有時又會化為紫色。只有船身四周總是白沫飛騰。我感到非常不安。心想,與其待在船上,不如縱身海底。

船上乘客很多。但大半是外國人。不過容貌有異。某天,天色陰霾,船身搖晃不定,我瞧見一個女子在倚欄低泣。更瞧見她擦拭眼淚時那條白色手帕。她身穿印花洋裝。看到她時,我才恍悟原來船上悲傷的人不只是我一個。

一天夜晚,我獨自在甲板上眺望星空時,有個外國人走近問我懂不懂天文學。我心想,我正無聊得想自殺了,根本沒必要學天文學。所以我不回話。可是這個外國人竟說起金牛宮上有七姊妹星團的事,又說,星空與大海都是上帝的創作。最後問我,信不信上帝。我只是沉默不語地望著星空。

又有一次,我到沙龍喝酒,看見一個衣著入時的年輕女子,背對著沙龍入口正在彈鋼琴。她身旁立著一個高大英俊的男子,正在引吭高歌。男子的嘴巴看起來大得驚人。倆人的樣子,看上去像是完全無視他人存在似的,也看上去像是忘卻了身置船上之事似的。

我越來越感到無聊。終於下定尋死的決心。因此某天夜晚,趁著四下無人時,斷然縱身躍入海裡。然而……當我雙腳離開甲板,與船隻絕緣的那一剎那,突然感到就這樣死的話太可惜了。我衷心後悔起我做的行動。可是,一切都太遲了。再怎麼後悔,我終究得沉入海底。

只是船隻似乎很高,我的身子雖已離開船隻了,雙腳卻久久都不能著水。身旁又沒有可抓的東西,於是我的身子逐漸逼近海面。我拼命縮起腳,但海面仍一步步向我逼近過來。水面一片漆黑。

然後,船隻一如平常地吐著黑煙,從我身邊駛過。此時,我才醒悟到,即使不知船隻將駛往何方,我仍應該待在船上的。遺憾的是,我已無法實行了悟後的道理,只能懷抱著無限悔恨與恐佈,靜靜地墜落於黑浪中。

   第八夜

 床屋の敷居を跨《また》いだら、白い着物を着てかたまっていた三四人が、一度にいらっしゃいと云った。

 真中に立って見廻すと、四角な部屋である。窓が二方に開《あ》いて、残る二方に鏡が懸《かか》っている。鏡の数を勘定《かんじょう》したら六つあった。

 自分はその一つの前へ来て腰をおろした。すると御尻《おしり》がぶくりと云った。よほど坐り心地《ごこち》が好くできた椅子である。鏡には自分の顔が立派に映った。顔の後《うしろ》には窓が見えた。それから帳場格子《ちょうばごうし》が斜《はす》に見えた。格子の中には人がいなかった。窓の外を通る往来《おうらい》の人の腰から上がよく見えた。

 庄太郎が女を連れて通る。庄太郎はいつの間にかパナマの帽子を買って被《かぶ》っている。女もいつの間に拵《こし》らえたものやら。ちょっと解らない。双方とも得意のようであった。よく女の顔を見ようと思ううちに通り過ぎてしまった。

 豆腐屋《とうふや》が喇叭《らっぱ》を吹いて通った。喇叭を口へあてがっているんで、頬《ほっ》ぺたが蜂《はち》に螫《さ》されたように膨《ふく》れていた。膨れたまんまで通り越したものだから、気がかりでたまらない。生涯《しょうがい》蜂に螫されているように思う。

 芸者が出た。まだ御化粧《おつくり》をしていない。島田の根が緩《ゆる》んで、何だか頭に締《しま》りがない。顔も寝ぼけている。色沢《いろつや》が気の毒なほど悪い。それで御辞儀《おじぎ》をして、どうも何とかですと云ったが、相手はどうしても鏡の中へ出て来ない。

 すると白い着物を着た大きな男が、自分の後《うし》ろへ来て、鋏《はさみ》と櫛《くし》を持って自分の頭を眺め出した。自分は薄い髭《ひげ》を捩《ひね》って、どうだろう物になるだろうかと尋ねた。白い男は、何《な》にも云わずに、手に持った琥珀色《こはくいろ》の櫛《くし》で軽く自分の頭を叩《たた》いた。

「さあ、頭もだが、どうだろう、物になるだろうか」と自分は白い男に聞いた。白い男はやはり何も答えずに、ちゃきちゃきと鋏を鳴らし始めた。

 鏡に映る影を一つ残らず見るつもりで眼を※[#「目+爭」、第3水準1-88-85]《みは》っていたが、鋏の鳴るたんびに黒い毛が飛んで来るので、恐ろしくなって、やがて眼を閉じた。すると白い男が、こう云った。

「旦那《だんな》は表の金魚売を御覧なすったか」

 自分は見ないと云った。白い男はそれぎりで、しきりと鋏を鳴らしていた。すると突然大きな声で危険《あぶねえ》と云ったものがある。はっと眼を開けると、白い男の袖《そで》の下に自転車の輪が見えた。人力の梶棒《かじぼう》が見えた。と思うと、白い男が両手で自分の頭を押えてうんと横へ向けた。自転車と人力車はまるで見えなくなった。鋏の音がちゃきちゃきする。

 やがて、白い男は自分の横へ廻って、耳の所を刈《か》り始めた。毛が前の方へ飛ばなくなったから、安心して眼を開けた。粟餅《あわもち》や、餅やあ、餅や、と云う声がすぐ、そこでする。小さい杵《きね》をわざと臼《うす》へあてて、拍子《ひょうし》を取って餅を搗《つ》いている。粟餅屋は子供の時に見たばかりだから、ちょっと様子が見たい。けれども粟餅屋はけっして鏡の中に出て来ない。ただ餅を搗く音だけする。

 自分はあるたけの視力で鏡の角《かど》を覗《のぞ》き込むようにして見た。すると帳場格子のうちに、いつの間にか一人の女が坐っている。色の浅黒い眉毛《まみえ》の濃い大柄《おおがら》な女で、髪を銀杏返《いちょうがえ》しに結《ゆ》って、黒繻子《くろじゅす》の半襟《はんえり》のかかった素袷《すあわせ》で、立膝《たてひざ》のまま、札《さつ》の勘定《かんじょう》をしている。札は十円札らしい。女は長い睫《まつげ》を伏せて薄い唇《くちびる》を結んで一生懸命に、札の数を読んでいるが、その読み方がいかにも早い。しかも札の数はどこまで行っても尽きる様子がない。膝《ひざ》の上に乗っているのはたかだか百枚ぐらいだが、その百枚がいつまで勘定しても百枚である。

 自分は茫然《ぼうぜん》としてこの女の顔と十円札を見つめていた。すると耳の元で白い男が大きな声で「洗いましょう」と云った。ちょうどうまい折だから、椅子から立ち上がるや否や、帳場格子《ちょうばごうし》の方をふり返って見た。けれども格子のうちには女も札も何にも見えなかった。

 代《だい》を払って表へ出ると、門口《かどぐち》の左側に、小判《こばん》なりの桶《おけ》が五つばかり並べてあって、その中に赤い金魚や、斑入《ふいり》の金魚や、痩《や》せた金魚や、肥《ふと》った金魚がたくさん入れてあった。そうして金魚売がその後《うしろ》にいた。金魚売は自分の前に並べた金魚を見つめたまま、頬杖《ほおづえ》を突いて、じっとしている。騒がしい往来《おうらい》の活動にはほとんど心を留めていない。自分はしばらく立ってこの金魚売を眺めていた。けれども自分が眺めている間、金魚売はちっとも動かなかった。

翻译

跨進理髮店門檻時,三、四個穿著白色制服的員工異口同聲地喊著歡迎光臨。

我站在理髮店中央環顧四周,這是一間四方形的房間。兩邊有窗,另兩邊掛著鏡子。數了數,共有六面鏡子。

我坐到其中一面鏡子前,剛坐下椅子就發出噗嗤聲。看來這是張挺舒服的椅子。鏡子清晰地映照出我的臉。鏡中的臉後,可見窗戶,也可見斜後方的櫃台。櫃台裡沒有人。倒是窗外來來往往的行人的上半身,看得很清楚。

我看到庄太郎帶著一個女人走過。他戴著一頂不知何時買回的巴拿馬草帽。那女人也不知何時釣上的。兩人看上去一臉春風得意的樣子。本想再仔細瞧瞧女人長得什麼模樣,可惜兩人已走遠了。

再來是豆腐小販吹著喇叭經過。他把喇叭含在嘴裡,因此雙頰像被蜜蜂螯過似地鼓得腫腫的。正因為鼓著雙頰經過,害我老掛在心上,總覺得他這輩子一直像被蜜蜂螯到一樣。

有個藝妓出來了。臉上還沒上妝。本梳成島田髻的髮型也鬆落了,看起來懶懶散散的樣子。不但睡眼惺忪,臉色也非常蒼白。我向她點了個頭,道了幾句寒喧話,可惜對方老是不出現在鏡中。

然後有個穿著白色制服的高大男子,來到我身後,他手持梳子剪刀,仔細地端詳著我的腦袋。我捻著下巴上的薄鬚,問他:怎樣?能不能剪成個樣子?

白衣男子,不發一言,只用手中的琥珀色梳子輕輕敲著我的頭。

「頭呢?能不能理成個樣子?」我再問白衣男子。

白衣男子依然不回話,喀嚓喀嚓地開始動剪。

我睜大著雙眼,本不想遺漏任何鏡中的鏡頭的,可是剪刀每一響,就會有黑髮落在眼前,擔心黑髮掉進眼裡,只得閉上眼。豈知白衣男子竟在這時開口:

「先生,你看到外面那賣金魚的嗎?」

我回說,沒瞧見。他也就沒再開口,繼續操作著剪刀。突然我聽到有人在大喊危險。趕忙睜開雙眼。只見白衣男子的衣袖下出現一個腳踏車輪子。也看到人力車的車把。才剛看到,白衣男子即雙手抓住我的頭,把我的頭扭向別處。腳踏車及人力車都消失了。耳邊又響起剪刀的喀嚓喀嚓聲。

不久,白衣男子繞到我旁邊,開始剃起耳朵旁的頭髮。頭髮不再在眼前亂舞,我安心地睜開眼。外面傳來粟糕啊、糕啊、糕啊的叫賣聲。賣糕的特意將小杵擊在臼上,配合著叫賣聲拍子在搗糕。我因為只在兒時曾看過賣粟糕的,所以很想再看一眼,可是賣糕小販卻不肯出現在鏡中。我只聽得見搗糕聲。

我將全部視力集中在鏡角。發現櫃台內不知何時坐了一個女子。膚色微黑,濃眉大眼,身材高大,頭上梳了個銀杏髮,穿著一件黑緞白領有襯裡的和服,半蹲半坐地正在數鈔票。好像是十元鈔票。女子垂下長長的睫毛,抿著雙唇,專心數著鈔票,而且數得很快。可是那疊鈔票竟像是永遠都數不完似的。膝上那疊鈔票,看上去至少有百張以上,一百張鈔票再怎麼數應該也還是一百張才對。

我茫然地盯視著女子與十元鈔票。突然耳畔響起白衣男子大聲的吆喝:「洗頭吧!」這正是個好機會,於是我從椅子上站起來,順便回頭看了一下櫃台。豈知櫃台內不但沒有女子的身姿,也沒有十元鈔票。

付了錢,走出店外,我看到門口左側並排著五個橢圓形木桶,裡面有許多紅色的金魚、有斑紋的金魚、瘦骨嶙峋的金魚、肥金魚。金魚販站在木桶後方。他托著腮,目不轉睛地望著眼前的金魚,完全不為四周的喧嘩景物所動。我看了一會兒金魚販。可是在我盯看著他的當兒,他依舊紋風不動。

   第九夜

 世の中が何となくざわつき始めた。今にも戦争《いくさ》が起りそうに見える。焼け出された裸馬《はだかうま》が、夜昼となく、屋敷の周囲《まわり》を暴《あ》れ廻《まわ》ると、それを夜昼となく足軽共《あしがるども》が犇《ひしめ》きながら追《おっ》かけているような心持がする。それでいて家のうちは森《しん》として静かである。

 家には若い母と三つになる子供がいる。父はどこかへ行った。父がどこかへ行ったのは、月の出ていない夜中であった。床《とこ》の上で草鞋《わらじ》を穿《は》いて、黒い頭巾《ずきん》を被《かぶ》って、勝手口から出て行った。その時母の持っていた雪洞《ぼんぼり》の灯《ひ》が暗い闇《やみ》に細長く射して、生垣《いけがき》の手前にある古い檜《ひのき》を照らした。

 父はそれきり帰って来なかった。母は毎日三つになる子供に「御父様は」と聞いている。子供は何とも云わなかった。しばらくしてから「あっち」と答えるようになった。母が「いつ御帰り」と聞いてもやはり「あっち」と答えて笑っていた。その時は母も笑った。そうして「今に御帰り」と云う言葉を何遍となく繰返して教えた。けれども子供は「今に」だけを覚えたのみである。時々は「御父様はどこ」と聞かれて「今に」と答える事もあった。

 夜になって、四隣《あたり》が静まると、母は帯を締《し》め直して、鮫鞘《さめざや》の短刀を帯の間へ差して、子供を細帯で背中へ背負《しょ》って、そっと潜《くぐ》りから出て行く。母はいつでも草履《ぞうり》を穿いていた。子供はこの草履の音を聞きながら母の背中で寝てしまう事もあった。

 土塀《つちべい》の続いている屋敷町を西へ下《くだ》って、だらだら坂を降《お》り尽《つ》くすと、大きな銀杏《いちょう》がある。この銀杏を目標《めじるし》に右に切れると、一丁ばかり奥に石の鳥居がある。片側は田圃《たんぼ》で、片側は熊笹《くまざさ》ばかりの中を鳥居まで来て、それを潜り抜けると、暗い杉の木立《こだち》になる。それから二十間ばかり敷石伝いに突き当ると、古い拝殿の階段の下に出る。鼠色《ねずみいろ》に洗い出された賽銭箱《さいせんばこ》の上に、大きな鈴の紐《ひも》がぶら下がって昼間見ると、その鈴の傍《そば》に八幡宮《はちまんぐう》と云う額が懸《かか》っている。八の字が、鳩《はと》が二羽向いあったような書体にできているのが面白い。そのほかにもいろいろの額がある。たいていは家中《かちゅう》のものの射抜いた金的《きんてき》を、射抜いたものの名前に添えたのが多い。たまには太刀《たち》を納めたのもある。

 鳥居を潜《くぐ》ると杉の梢《こずえ》でいつでも梟《ふくろう》が鳴いている。そうして、冷飯草履《ひやめしぞうり》の音がぴちゃぴちゃする。それが拝殿の前でやむと、母はまず鈴を鳴らしておいて、すぐにしゃがんで柏手《かしわで》を打つ。たいていはこの時梟が急に鳴かなくなる。それから母は一心不乱に夫の無事を祈る。母の考えでは、夫が侍《さむらい》であるから、弓矢の神の八幡《はちまん》へ、こうやって是非ない願《がん》をかけたら、よもや聴《き》かれぬ道理はなかろうと一図《いちず》に思いつめている。

 子供はよくこの鈴の音で眼を覚《さ》まして、四辺《あたり》を見ると真暗だものだから、急に背中で泣き出す事がある。その時母は口の内で何か祈りながら、背を振ってあやそうとする。すると旨《うま》く泣《な》きやむ事もある。またますます烈《はげ》しく泣き立てる事もある。いずれにしても母は容易に立たない。

 一通《ひととお》り夫の身の上を祈ってしまうと、今度は細帯を解いて、背中の子を摺《ず》りおろすように、背中から前へ廻して、両手に抱《だ》きながら拝殿を上《のぼ》って行って、「好い子だから、少しの間《ま》、待っておいでよ」ときっと自分の頬を子供の頬へ擦《す》りつける。そうして細帯を長くして、子供を縛《しば》っておいて、その片端を拝殿の欄干《らんかん》に括《くく》りつける。それから段々を下りて来て二十間の敷石を往ったり来たり御百度《おひゃくど》を踏む。

 拝殿に括《くく》りつけられた子は、暗闇《くらやみ》の中で、細帯の丈《たけ》のゆるす限り、広縁の上を這《は》い廻っている。そう云う時は母にとって、はなはだ楽《らく》な夜である。けれども縛《しば》った子にひいひい泣かれると、母は気が気でない。御百度の足が非常に早くなる。大変息が切れる。仕方のない時は、中途で拝殿へ上《あが》って来て、いろいろすかしておいて、また御百度を踏み直す事もある。

 こう云う風に、幾晩となく母が気を揉《も》んで、夜《よ》の目も寝ずに心配していた父は、とくの昔に浪士《ろうし》のために殺されていたのである。

 こんな悲《かなし》い話を、夢の中で母から聞いた。

翻译

這個社會逐漸動盪不安,眼看戰爭即將爆發。好比遭遇空襲無處可歸的無鞍馬,不分晝夜地在住家四周狂奔,而走卒們也不捨晝夜地猛追馬隻一樣混亂。可是在住家中卻呈現一片死寂。

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