饭饭TXT > 海外名作 > 《計画された落とし穴(日文版)》作者:[日]海里【完结】 > 計画された落とし穴(日文版)@txtnovel.com.txt

文章简介

作者:日-海里 当前章节:15381 字 更新时间:2026-6-23 02:41

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一話

「ふむ……」

 男は一つ頷いた。そうして考え込むように目を閉じる。

 開け放った窓からは校庭の喧騒が遠く聞こえてくる。

 一月の冷えた風が室内に入り込み、男の髪を凪いだ。

 軟弱男と思わせるように肩の少し上まで伸びた髪。整った顔立ちをわざと壊すかのようにかけられた黒ぶちのめがね。

 そして学校の授業科目にはそれを使う授業はないのに制服の上から着込んでいる白衣。

 それも薄紫や緑といった決して綺麗とはいえない色で汚れていた。

 腕を組みながら息を吐く。部屋は寒く息が白く染まる。

「やはり」

 男にしては少し高めのよく通る声。そうして男はニヒルに笑う。

 窓の外ではサッカー部が1年と2年にわかれてミニゲームをやっていた。

 その中のFWの1人。やたら声を張り上げて指示している2年生がいる。

 指示できるぐらいだからそれなりにサッカーはうまいのだろう。

 2学年をあらわす青いジャージの背中には「菊池(きくち)」と書かれていた。

 男は4階の教室からこともなくそれを読み取る。

 心底楽しそうな口調だった。

「やはり、彼しかいないようだ」

 顔を伏せて楽しそうに笑ってから校庭にもう一度みやり微笑んだ。

 ――獲物が間違っていないか確認するように。

 夜7時も廻ったところでやっと部活が終わった。

 1月の半ばから部活の時間は夏時間に変わった。

 3年生は引退して今は2学年が部活の中心になっている。

 部活をやっている間は汗をかいていたのに、いつの間にかそれも冷えて、手足がすっかり冷え切ってしまっていた。

「さみーーーぃ」

 1人――菊池更也(キクチ コウヤ)は人気のない道を歩く。

 用具の後片付けですっかり遅くなってしまった。駅までの道のりにはまったく人気がない。

(なんだ?)

 菊池は妙な視線を感じて立ち止まる。あたりを見回した。

 当たりには畑と近くに見える公園とそして住宅街。もちろん周りには誰もいない。

 眉をひそめる。

(誰かに見られているような気がしたんだけど)

 もう一度あたりを見回して誰も居ないのを確認してから肩をすくめた。

 さっさと帰ろう。これ以上体を冷やしたくもない。マフラーを首にしっかり巻きなおす。歩みを進めた瞬間――

「こんばんわ」

 いきなり背後から声がかかった。

 驚いて後ろを振り返るより早く、相手が目の前に姿を現す。

 街灯の弱々しい光が相手の姿を照らしだす。男の顔を目で捕らえて……後ずさった。

 頭の中に一つの言葉が走る。

 ――こいつに関わるものじゃない――

 引いた足を踏み出してそのまま通り過ぎる。

(何も見なかった)

 何事もなかったように通るが、相手がそれを許すはずもなかった。

「おい、待て」

 後ろから足音が聞こえてきて……って聞こえてこない?

 不審に思って振り返る。奴は一歩も進んじゃいなかった。

 警戒心が頭をよぎる。このまま無視して進んでいいものか。

 無言でにらみ合うこと数秒。

「そんなに見つめるなよ」

 相手が恥ずかしそうに顔をそらした。

 ……。

 菊池は半眼でそれを受け止めてから今度こそ踵を返した。

 ――百害あって一利なし――

 頭の中で繰り返す。

 そういうことだった。菊池自身この男にかかわったことはないが、流れてくる噂の数々がそう告げていた。

 曰く『2-Dの御手洗洋介(ミタライ ヨウスケ)は気が狂ってる』

 天才とバカは紙一重だというが、こいつはまさにそれ。

 つまり「バカが天才の知恵をもってしまった」そう言われていた。

 バカと言っても頭の悪いバカではない。いや、それならむしろ良かったのだ。

(とにかく、こいつに関わるべからず)

 これが学年中――いや学校中の暗黙の決まりだった。

「ちょっと、待てよ」

 そのままいきなり首がしまる。

 喉元を抑えながら視線を返すと、いつ掴まれたのか菊池のマフラーの端を奴が引っ張っている。

 菊池はそれを無言で引っ張り返した。とたん――

「ぐっ……っ」

 その勢いに乗って御手洗が横蹴りを放ってきた。

 よけることも出来ずわき腹の急所にはまり、菊池はうずくまった。

「こ……っのなにすん……」

 痛みをこらえて、顔を上げる。

 ――言葉が詰まった。

「人が話し掛けているだろう」

 御手洗が無表情で見下ろしてくる。

 息を、呑んだ。

 無気味に光る白い刃。それが目の前に突きつけられていた。

「無視するとはどーゆーことだい?」

 ナイフの刃先を突きつけながらそう言う。

「……オレが、悪かったです」

 その時のオレに、謝る以外一体何が言えたというのだろう……?

二話

 誘われて……というかナイフと突きつけられて、近くの公園まで歩く。

 その一角にあるベンチに座らせられ、御手洗が目の前に立つ。

 そうして額にナイフの刃を突きつけてくる。

 ――こいつ絶対頭おかしい。

 そう思っても動くことなど出来はしない。嫌な汗が背中を伝った。

 言葉が出ない。

 御手洗が無言のままナイフを持ち替えた。

(まさか……な?)

 高く掲げられたナイフを見上げ、その行き場を想像して体が固まる。

 そうして御手洗は無表情のままそれを振り下ろした。

 ……カシャコン。

 目を瞑ってその衝撃をうけると同時に、妙に間の抜けた音がした。

 恐る恐る目を開ける。御手洗がオレを見ながら面白そうにナイフを弄んでいた。

 怖々と額に手を当てる。そこに血の色はない。その上痛みなんてまったくなかった。

 御手洗の持つナイフに視線が移る。

 カシャコン。

 御手洗はその刃を自分の手の平に刺して見せた。――否、当てて見せた。

 カシャコン。

 間の抜けた軽い音とともに、刃先は手のひらを傷つけることなく引っ込んだ。

 何度もそれを繰り返して見せて、そのまま制服のポケットへしまう。

 菊池は言葉がでない。

「実は本物じゃない」

 そんなことを言われて、拳を震わせて声を押し出した。

「て……めぇっ……」

 頬が引きつる。

 こんなものに騙されていた自分と、反応を楽しんでるらしい御手洗に腹が立つ。

(なんでオレがこんな奴に遊ばれなくちゃなんねーんだっ)

 菊池は大声で罵りたい気持ちを抑え込んだ。ここで怒りにまかせたらそれこそ奴の思い通りになってしまうのは目に見えている。

 自分に言い聞かせて、出来るだけ怒りを抑えた調子で声を出す。

「で。オレに何のようだよ」

 いやに低くドスの利いた声になった。

 今まで面識があったわけじゃない。クラスも一緒になったわけじゃない。こいつとは、今日初めて出会ったのだ。

 ぶっきらぼうに聞くと御手洗は頷いた。

「ふむ。いい質問だね。わめくかと思ったが、なかなか頭はまわるようだ」

 御手洗は制服の胸ポケットから一枚の写真を取り出した。

「実はコレ3日前にとったものだ。僕は時々カメラを持ち歩いているのだが……学食で昼食をとっただろう?」

 菊池は訳がわからずも頷く。

 確かに3日前の昼食は食堂で食べた。いつもは購買で買ったパンを教室で食べるのだが、その日は買いに行くのが遅くてパンが品切れになってしまったのだ。

「僕もあまり学食では食べないのだが、たまたま君を見つけたまたま君を撮った。それがこれだ」

 そう言って投げ出されたものを菊池は手にとる。

 その写真には菊池が食堂で昼食をとってる場面が映し出されていた。それと、もうひとつ。

「……なんだよ、これ」

 菊池はうめき声を上げる。御手洗は頷いた。

 写真の中の菊池の後ろに白い影が浮かんでいた。いや、男の顔の様にも見える。

「他にもある」

 そう言ってさらに御手洗は次々と写真をとりだし、菊池に手渡した。

 合計10枚。

「これ……」

「そう。どれも君が食事している時だけに集中して、得体不明の物が写っている」

「……をどうやって撮ったんだ? おい」

 菊池の声が低くなる。よく見れば教室にいるものから、自宅で夕飯を食べている時のもの、その上、自室でカップラーメンを食べている時のものまである。

「おかしいだろ、これ。お前……」

「そんなことより他に思いつくことはないのかい?」

 菊池が問い掛けても、御手洗は取り合わずに言葉を重ねる。だが菊池は引かない。

「”そんなこと”じゃねーだろ――っていうか、さっきお前”食事している時だけ”って言ったよな。じゃ他の時の写真もあるんじゃねーの!?」

 御手洗はあきれたようにため息をつく。

「君はそんな小さな事が気になるのかい?」

「当ったり前だろっ。お前どうやってこんな写真とったんだよ」

 菊池は声を荒げた。御手洗は軽蔑したような視線を送ってくる。

「……君は盗撮というものを知らないのか?」

「それは犯罪だっ!!!」

 馬鹿にしたように言う御手洗に、間髪あけず一喝するとため息と共に不愉快そう顔をしかめた。

「何だ。君は犯罪の一つも犯したことがないのか」

 まるで根性なしと言われたようで菊池の頭に血が上る。

「あるわけねーだろっっ」

「ほーぉぉ。じゃあ君は自転車の二人乗りもしたことがないし、駐輪禁止の場所に自転車を止めたこともない。ごみをその辺に捨てたこともないし、立ち入り禁止の土地に入ったこともない。つまり君は今まで17年生きてきて一度も罪を犯したことがないと」

 御手洗に早口でまくし立てられ上げ、言葉に詰まる。

 犯罪に手を染めた覚えはない。だが、一度もそんなことがなかったと言い切れるほどの自信はなかった。

 御手洗は小さく呟く。

「たかが、不法侵入や盗撮や窃盗を犯したところでなんだというんだか」

「それの何処がたかがなんだっ!!!」

 公園に響くほどの大きさで叫ぶ。

「てめーは警察行けっ。今行け! すぐ行け! むしろ行け!!」

「……せっかちだなぁ」

「てめーに言われたくねーんだよっ!!」

 さらに怒鳴ってからゼイゼイと息をつく。

(なんで、オレが、こんなに怒鳴らなきゃ、いけないんだっ?)

 だが御手洗はしれっとして軽い口調で告げる。

「さぁ、本題に戻ろうか」

 ……疲れる。

 菊池はそれ以上の追及を諦めた。

(――もう、いい。何もいわない。これまでのことは流すからもう……)

 心の底から本気で思う。

(もう、関わりたくない)

 そんな胸中も知らずに御手洗は続ける。

「君が何か不幸なことにでも合うんじゃないかと心配になってね。僕に出来ることが合ったら何かしたい気分なんだ」

「……」

「僕が気付いたのも何かの運命。きっとあの時のあの瞬間は君と僕のためにあったんだろう」

 御手洗はどこか空高くを見上げながら言った。

「……んなことあるか」

 菊池は疲れた口調でそれだけ言うことが出来た。

 公園の木にはフクロウでも住み着いているのか、ホーホーという泣き声が聞こえる。

 でも何故か「アホーアホー」と聞こえて仕方なかった。

「更也、おはよう」

 教室のドアをあけていきなり目の前に御手洗が立っている。

 ここはお前の教室じゃないだろうとか、なんでいるんだとか、どうして入ってくる前にオレだとわかったんだとか。

 それこそ言いたい言葉はたくさんあったが、あえてそれでないものを選ぶ。

「どいてくれ」

 一言告げると御手洗はすんなり道をあけた。

 ……そういやさっき「更也」と呼ばれたような気がする。何故いきなり名前で呼ばれているのだろう。

 嫌な疑問を頭に浮かべつつ菊池は席へ向う。すぐ後ろに御手洗はピタリと付いてきている。

 周りの奴らは驚きと好奇心とそして少しの恐れをいだいて、御手洗の言動に注目していた。

 この男、髪はボサボサだし、メガネは黒ぶちの上にうす汚れてたりするのだが、顔は良かった。

 きちんとした格好をして素面で街を歩けば、逆ナンされるのは必死だろう。

 理知と知性を備えていることをかもし出しているような切れ長の瞳だとか、薄い唇だとか本当に女にもてそうな顔をしている。

(性格は顔に出るもんだと思ってたけど)

 認識を変えなければならない様だ。

 窓際で前から二列目の自分の席に座ると御手洗がその隣に立つ。

 腕組みをしながら一人頷いていた。

 そもそもなんでここにいるかがわからなかったが、無視するに限る。今だってどうせくだらないことを考えているのだ。

 御手洗が嬉しい発見をしたかのように言う。

「更也はつむじが右回りなんだね」

 ……な?

 誰にともなく心の中でぼやく。

 菊池は当然のようにそれを無視する。

 前の席の若菜(ワカナ)が困ったような顔で見ていた。菊池は目線で答える。

(関わらない方がいいぞ)

 そうして会話もないまま――ちなみに一方的に話はされた――始業のチャイムが鳴った。

 が、担任が入ってきて、クススメート全員が席についても御手洗は動こうとしない。

 なぜだか沈黙が教室に広がって、菊池の隣の変人に注目した。

 先生も戸惑ったがすぐ気を取り直す。

「おい、御手ら……」

「どうやらそろったようだね」

 先生の声を遮るように隣の奇人が声をあげた。

 周りの反応などまったくお構いなしに、御手洗はぐるりと確認するようにクラスを見渡す。軽く頷き

「僕は菊池更也の体を預かることにした」

 そう、宣言した。

三話

 はぁ?

 クラスで一瞬ざわめきが起こる。それよりなにより菊池自身が一番驚いていた。

(――こいつ何言ってんだ?)

「したがって、君らはこれより無闇に更也に手を出さないように。口を聞くのは勝手だが」

 そこまで聞いたところで菊池は席を立つ。口を開きかけ

「誘拐、脅迫、拉致、暴力、フクロにするなどのことは控えてもらう」

 机に突っ伏した。

(――誰がんなことすんだよっ!!!)

 菊池はものすごい脱力感に襲われる。

 何処の世界に……いや、あんた以外の誰がそんなことをやるというのだろう。

「はーい。しつもーん」

 やたら明るい声が教室に響く。見ると川越が手を上げてこっちに向って振っている。

 適応力の強い奴……。それを少しだけ羨ましく思う。

「なんだね、川越弘之(カワゴエ ヒロユキ)くん」

 御手洗も別段驚くことなく、川越を氏名で呼んだ。

「もし拉致したい場合はどーするんですかー」

 やたら楽しそうに川越は聞く。もしかしたらこいつの噂を知らないのかも知れないのか?

 そういえばあいつ、どこか鈍いところがあった。

 御手洗は当然のように頷く。

「うむ。その場合は僕を一度通すように」

 ……はーい。しつもーん。あんたを通したらオレは拉致されてしまうのでしょうかー。

 声に出すことなく菊池は心の中でぼやく。

 川越はさらに続けた。

「もし、それを踏まなかったらどーするんですかー。次の標的にするんですかー?」

 クラスの所々で控えめな笑いが起きる。

 御手洗は少し悩んだ風に見えた。少し首をかしげて

「標的にはしないね。僕は君に興味がわかないし。……そうだね。もし君がそれをしたら、たくさん足のついた生物が君の部屋に大量発生することがあるかもしれない」

 川越はきょとんとした後、さーっと青ざめた。なにか心当たりがあったのだろう。

 そのまますごい勢いで席につく。御手洗はもう一度クラスを見渡す。

 そうして「それじゃ、放課後また」と軽い言葉を残して、唖然とするクラスの奴らもオレすらも振り返らずに出て行った。

 一時間目の休み時間を迎えて前の席の若菜が振り返った。

 クラスの中はさっきの話題で持ちきりだ。視線は感じるが話し掛けては来ない。怖いのだろう。

 オレじゃなくオレに付きまとっているものが。

「……菊池、話してもいい?」

 目を合わせた後、淡々とした調子で聞いてくる。

「ああ……」

 菊池もどこか抜けたように返事をする。

 これが台風の前の静けさならぬ、台風の後の静けさ。

 若菜は黒いやわっこそうな髪をかき上げる。そうしてB5のノートを取り出した。それを見ながら菊池は

「あいつ、休み時間にも来たりして」

 そう呟くと若菜は首を横に振った。

「それはないと思う。たぶん来ないからこそあんなことを言ったんじゃないかな」

「……誘拐するな?」

 ”あんなこと”といわれて一瞬なんのことかわからなかったがすぐそこに思い至る。

 若菜は苦笑する。

「噂には聞いてたけど――すごいね」

 若菜は感嘆のため息をもらした。ノートの中ほどのページを開いた。

「でも結構彼のことがわかったよ」

 そうしてノートを立て菊池に見えないようにしてから読み上げていく。

「御手洗洋介。学年は二学年で僕たちと一緒。身長175、視力両目共に2.0。IQは噂の域をでないけど、180以上」

 それってよくTVとかで、ものすごい天才がだすIQだよな?

 菊池は疑いの表情を若菜に向ける。

「あながち嘘ともいえないんだ。理数系は毎回満点。文系は特に目立つのはないけど。国語の理論なんかは得意」

 つまり計算が得意だったり、頭がまわったするわけだ。

 妙に納得できた。

「それと、さっきまでのことで分かったことがあるんだ」

 菊池はノートを閉じた。空いた手を堅く組む。

 ――実は目の前のこの若菜晴彦(ワカナ ハルヒコ)は独自の情報ネットをもっている。

 そりゃ、一介の高校生だからそんな社会に通じるものではないが学校のことならかなりの情報がある。

 元々性格は温和。菊池とはニ学年になってからの付き合いだったが、若菜の怒ったところをみたことがない。

 いつもおっとりしていて、それで目を光らせている。といっても目つきがキツイわけじゃない。

 目が細めでいつも笑っているような印象を受けるのだ。やわらかな気性からか、男女の友達もかなり多い。

 そして、そーゆー友達の会話から情報を収集していくのだ。ただの何気ない会話。

 今日は何をしただの。あのアイドルが好きだの。若菜がメモなんかをしてることはなかったが、一度話したことは菊池が忘れてしまったことでも覚えていた。

 そーゆー細かなことをデータにしていると前に一度だけ聞いたことがある。

 話上手の聞き上手。それでもって、それを相乗効果する記憶力。

 そしてその情報を欲しい人に教える。それをされても周りが怒らないのは役に立つからだ。

 好きな人の誕生日。あるいはジーンズの安い店。広告の入らない地域の情報も教えてくれることがある。

 ――だから昨日頼んだのだ。「御手洗洋介」の事を教えて欲しいと。

 ちなみに情報量はお金で払うのではなく、反対に若菜にいくつか質問される。それは教えてもらう情報に左右されて、

 昨日答えたのは……10ぐらい? 普通が2、3つだから結構多いほうになる。それだけ奴のことを調べるのは大変なのかもしれない。

「どんなことがわかったんだ?」

 若菜は真面目な表情で頷く。

「菊池のことをよく知ってるのがわかった」

 ガク。机についていたひじがずれる。

 若菜は心外だともでも言うように顔をしかめる。

「ちょっとバカにしたでしょ」

「いや、そんなこと」

 あったりするけど。

 心の中の言葉が通じたように、若菜がぺちっと菊池の額をたたいた。

「さっき教室に居た時だけど。彼15分ぐらいしかいなかったんだ。そして僕の記憶が正しいのならこのクラスに来たのは初めて」

 若菜は気を取り直して話始める。その声が妙に意気揚揚として聞こえるのは気のせいか?

「彼、菊池がくる10分ぐらい前に来たんだ。教卓の椅子に腰掛けてずーっと目を瞑っていた。それでいきなり、いきなりだよ? 目をあけたかと思うとドアの前に歩いてき立ち止まった」

「だから?」

 話の筋が見えない。

「つまりそのすぐ後に菊池がドアを開けたんだよ」

 つまりオレが来たのがわかってドアの前にたったっていうのか?

 そんなことあるはずない。

「ただの勘か偶然だろ?」

「勘じゃないよ。菊池が教室に入ってくるホームルーム開始5分前って一番人が入ってくる時間なんだよ。クラスの1/3はその時間に登校して来るし」

「へぇ」

 菊池はその5分前以降に教室に入ったことがないからわからない。

「なのに、いきなりだよ! ……あ。そうか」

 若菜はひらめいたように声を上げた。

「もしかして足音?」

 何かに思い当たったのか若菜はそんなことを言う。わからない、という表情をすると若菜は説明を始める。

「だから足音で菊池に気付いたんじゃないかって」

 菊池は眉根を寄せて黙る。

(それならまだ偶然の方が可能性があるんじゃないか?)

「菊池って少しズッたように歩く癖があるだろ? だから制服の裾擦り切れてるじゃん」

 若菜は言葉を重ねる。言われてみるとその通りで裾は擦り切れている。

「そ! それと時間かな。彼立ち上がる前、チラッと腕時計に目をやったんだ。それで確信したんだよ、きっと。足音と時間が一致してるから!」

「それって超人的な聴力じゃね?」

「でも……じゃないと説明がつかないだろ? それか、もしかしたら何か特別な力を持ってるのかもしれない……」

 若菜はうっとりしたように目を細めた。

 ……なんかその表情はやばくないか?

 慌てて若菜に話し掛ける。

「で、結局普通じゃないんだろ?」

 嬉しそうに笑う。

「彼の噂があれだけ出回ってる理由が分かった気がするよ」

「そう?」

 どうでもいいと思って気のない返事をすると、どうとったのか若菜は手をぎゅっと握ってきた。

「菊池も認めなよ。彼はきっとクラス全員の……いや全校生徒の名前を覚えてるに違いない」

「それはいくらなんでも無理だって。それに暗記力は大してないとも言っていたじゃんか」

「そんなこと言ってないよ。ただ成績ではそれが現れていないみたいだけど」

 若菜は感激したように言う。

「そして特徴から苦手なものまで――すごい。まるで人間記憶宝庫だよ」

 若菜はひどく感激したように言葉を紡いだ。

 若菜も記憶力が桁外れにいい。自分をも越える人物にであって感動したのかもしれない。

 でもその対象が御手洗じゃ……なんと言ったらいいのか。

(唯一あげる若菜の欠点て……)

 一つの考えに没頭するとまわりが見えなくなることだよな。

 きっと今話し掛けても、答えは返ってこないだろう。

 菊池は複雑な思いで若菜を見た。

四話

 2時間目の休み時間、若菜はまだ考え事に没頭しているようだったので菊池は窓の外を眺めていた。

 そこに顔見知った1年いるのを発見してベランダに出る。強い風が吹いていた。

 手すりから下を見下ろすと、声をかけるより早く校庭にいた1年が菊池に気付いた。

「菊池せんぱーい」

 声をあげて手を振ってくる。1学年でよくつるんでいるところを見かける3人組。

「次、体育かー?」

 3階のベランダから大きな声で叫ぶと「そうでーす」と返ってくる。

「先輩、今日の部活なにやるんスかー?」

 さっきと違う1年が声を上げる。

 菊池は答えようとしたが、口を閉じる。

(御手洗に会うことになってたんだっけ)

 一方的な約束だったが違えるのも余計な災厄が降りかかってきそうで出来ない。

「今日でねーやー」

 考えてから1年にそう返す。すると批判の声が聞こえてくる。

「ずるいっスよー」とか「つまらないー」とか、その反応がどこか嬉しくて苦笑いを浮かべる。

「明日はいくから、サボんじゃねーぞー」

 大声でそれだけいうとチャイムがなって、1年はトラックの方へ走っていった。

 ……明日。

(明日は部活でれるよな?)

 ふいに不安が湧きあがった。

「で。奴の打開方法は?」

 昼休みになってやっと若菜が落ち着いたので話を切り出した。

「――うん」

 若菜は購買で買ってきた焼きそばパンを口に含みながら言う。

「いろいろ調べたんだけど、方法は一つしかないと思うんだ」

 ゴクンと口に入っていたものを飲み込む。指を立てて一言。

「抵抗しないのが一番」

「はぁ?」

 思わず異論の声をあげる。

「なんだよ、それ。全然解決策になってないじゃん」

 若菜は困ったように笑う。

「でも本当にそうなんだ。今まで彼に関わった人一年と半年強で30人近く」

 ……あいつそんなに人をおもちゃにしてんのか?

 学校全体のクラスが3学年5クラスで15クラス。てことはクラス平均2人はあいつに関わってるってことか?

「それでも大げさに広まるのは一部だけ。その中二割が重症で7割は軽症――と言っても怪我をしたとかじゃないよ。精神的に与えられた傷ね。あとの一割は何もなかった人たち」

 何もなかったって場合もあるのか。若菜は言葉を続ける。

「二割の重症者の全員が彼に逆らったり抵抗したりした人。でもその中9割が3日以内に彼に頭をさげる。青い顔して怯えた調子で」

「……」

 それはどういうことを示すのだろうか。

 具体的な想像は浮かばなかったが、どんな思いをさせられたかは想像がついた。

「下手に抵抗するより、大人しく従った方が被害は少ないんだ。一度関わったらその後二度と関わることはないようだからさ。菊池もある意味運がいいんだよ。今が2学年で受験時じゃないだけ」

 菊池はうなる。

 ――運は良くても喜べることじゃない。

「でも奴の気がそれまでに治まらなかったらどうするんだよ」

 若菜は口を開いてから何かを思い出そうとするが思い出せなかったのか、渋い顔になって机の中からノートを取り出す。

「あ。そういえばなんで菊池って彼に狙われてるのさ?」

 若菜は思い出したように聞いてくる。

「あー、心霊写真?」

 それで身を守るとかそんな理由だったと思う。

「心霊写真……超常現象か」

 何故か考え込むように口元に拳を当てた。

「……若菜?」

 呼びかけるとハッとしてから照れたように笑った。

「……と話を戻すね。今までの彼の拘束期間は最短が1時間。長くて2ヶ月」

「それ拘束っていうのか?」

 1時間なんて、友達と談笑してても軽く過ぎてしまう時間だ。

「いうんじゃない? 軟禁されたみたいだし」

「軟禁?!」

 若菜はなんでもないように続ける。

「これは一日軟禁された人の話だけど。その人曰くひげの伸びが速かったんだ」

 数秒の間が空いて

「……だから?」

 言葉を返す。

 なんでひげが伸びるのが早いと軟禁されるんだ?

「気になったんじゃない? 一日拉致される。被害者が言うにはただただ観察されただけ。手足は縛られたけど他には何もされなかった」

 それは……本当にひげが見たかっただけということか?

「飯とか、どうしたんだよ」

 素朴な疑問を投げかける。

「それは普通に食べてたみたいだよ? 特に変なものも食べさせられなかった。一日経ったらそれで解放」

「わけわかんねぇ」

 菊池は頭を抱える。

 ひげの伸びを調べるために一日拘束?

 この日本はそんな不条理が許されるのか? 許されていいのか?

「で。一時間の方は、一時間ずーっと朗読」

「はぁぁ?」

 若菜はじれたように繰り返す。

「だから、朗読。現代語の教科書を延々と」

「……何の意味があんの?」

 朗読ってあれだよな。声に出して読む。

「被害者に聞いたところ。思い当たる節が一つだけあったらしい」

 朗読をする原因?

 菊池は若菜の言葉を待つ。

「授業の時に先生がその人のことを褒めたんだって。一言”お前は発音がしっかりしていて上手いな”って。その日の放課後に敵襲」

 ……若菜、敵襲って言い方は……。

 さっきから微妙に――被害者だとか重症だとか――言い方が大げさになってきている気がする。

「放課後一時間、ずーーっと息をつく暇も与えずに朗読させる。被害者は彼の怖さを知っていたから素直に従った。それで一時間で終わり」

 たったそれだけのことで一時間拘束……

「……そんなことが日常的に行われていて、学校側で問題にならないのか?」

「うーん。実際先生に持ち込んだ人もいたみたいだけどね」

 若菜はノートをめくる。

「その先生が次の授業に行方不明。次に現れた時はまったく耳をかさなくなった」

 ……。

 言葉がないとはまさにこのことだ。

 まるで漫画か何かの世界で、悪い政府が事実をどんどんもみ消しいく作業を思い出させる。

 その上、あいつ先生をも脅迫してるのか? これじゃ――

「ただやられるだけじゃないか」

「そこなんだよね。確かにモンクをいう人もいたんだけど、何かお返しをもらってる人もいるみたいで」

「お返し?」

「そ、一日拘束の彼なんかは、女の子を紹介してもらって彼女が出来たって」

 拘束された代わりに女を紹介してもらう……。

「はーーーー。じゃあ若菜と同じようなことをしてる訳だ?」

 そう聞くと若菜はちょっと顔をしかめる。

「僕なんかじゃ歯が立たないよ。僕は人と話すことでやっと情報を入れてるんだよ?」

「奴もそうだろ?」

 人を脅して情報を盗む。

 いわば若菜の質悪い版じゃん。

「違うでしょ。彼の場合そんなことをしてるなんて聞いたことないし。さっきの彼女が出来た件だって、たまたま女の子が御手洗のところへきて御手洗はその子を紹介しただけなんだから。大したことはやってない。いろんな人に聞いても彼がやった様な、やってない様なって歯切れが悪かった」

「じゃあ関係ないんだろ?」

 菊池は顔をしかめる。なんだかさっきから微妙に矛盾してないか?

「でも偶然は続かないものでしょ。これはまた別のケースなんだけどさ一年の美術部の女子が彼の獲物にされたんだ。確か自画像を書けとかそんな内容。女の子は彼にその条件として「100万円」と言った。無理を言って逃げようとしたんだね」

「まぁ当然だな」

 なんでいきなり顔も知らない奴にどんなことを頼まれなければいけないのか。

「自画像を書け」などとあいつ何様のつもりなんだ?

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