饭饭TXT > 海外名作 > 《ライズ(日文版)》作者:未知【完结】 > ライズ(日文版).txt

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作者:未知 当前章节:15435 字 更新时间:2026-6-23 02:43

 仕事だと思えばいい、そう言ったのは海堂なのに、今は仕事とはまるで無縁の響きの言葉を吐いた。しかしそれもまた、蓮見には好ましいものに思えた。そんな蓮見の心の変化は反応に如実に現れた。蓮見自身は気付いていなかったが、苦しげだった呼吸にはしっとりとした吐息が混じり、きつく噛んだ唇は柔らかく綻んで赤く色づいた。与えられるものをただ受け入れるのとは違う、自らが欲し、希求する姿勢がそこに生まれ出していた。

 蓮見が海堂に拾われて丁度2週間が過ぎた。

 蓮見はようやくこの屋敷の中のことや、海堂や門脇の仕事をなんとなくではあるが理解できるようになっていた。相変わらず蓮見が海堂を世話することはあまり無くて暇を持て余すことは多かったが、海堂は蓮見がただ傍にいることを望み、蓮見も従順に付き従った。また、元々気立てのいい素直な性格の蓮見に、屋敷で働いている使用人たちもすぐに打ち解け、未だに表向きは客人としての扱いではあったが丁寧さの中に親しみを込めて接する者も増えた。

 蓮見の借金も夜毎の海堂との交接で既に1,400万という大金が消えたことになる。そして海堂から与えられる快楽という名の甘美な蜜は、蓮見の心身を確実に変えていった。ただの年若いだけの、どこにでもいるような平凡でありふれた青年でしかなかった蓮見だが、その物腰には仄かな色香や柔らかさが混じり、それがふとした弾みで時折強く匂い立った。ただそのことに気付いているのは海堂と門脇くらいなもので、蓮見自身は自分のそういう変化には少しも気付いていなかった。規則正しく三食を摂り、海堂と一緒にトレーニングを続けていることで、少し体重が増え顔色も良くなって、随分健康的になったものだという感覚でしかなかった。海堂に抱かれる時の、初々しい恥じらいや遠慮はそのままに、しかし海堂に求められれば請われるまま大胆で妖艶な痴態を見せることも、蓮見自身が気付いてそうしたいと思ってしていることではなく、自然に立ち現われてくるものだった。昼と夜の両方の蓮見を知り得る立場の海堂は、その蓮見の変化を眼を細めて眺めていた。ぎこちなくたどたどしい愛撫は少しずつ海堂の好みのものになり、栄養不良でがさついていた肌はいつの間にかしっとりとした水蜜桃のようになり海堂の掌に吸い付いた。

 蓮見の心の方の変化は、蓮見自身にも分かっていた。仕事をしている海堂の隣で、何をするでもなくぼんやりとそれを眺めるだけだった最初の頃とは違い、何かしてほしいことはないかと常に海堂を気遣い、また頼まれれば嬉々としてそれに従った。それは海堂の役に立ちたい、海堂に認められたいと思う心の顕れだった。快楽に否応なく絡めとられ、何も考えられない状態になって漂う最中でも、蓮見は海堂を求め、全てを受け入れた。海堂がその激しいまでの情熱を蓮見に注ぐことを、蓮見は欲し、喜びと共にそれを享受した。海堂の太陽にも似た熱くて眩い輝きに、蓮見は惹かれ、焦がれていた。もしかしたらそれは、自分もそうなりたいという憧憬かもしれなかった。欲しいものは全てを我が物にすると言いきる海堂に、自分にはない強さと誇りと自信、そしてそれを真実に変えてしまう行動力や判断力そして財力がはっきりと窺え、蓮見は驚きと共に羨望の念を覚えるのだった。

 その頃、海堂のカジノである問題が持ち上がった。違法行為を行っているのではないかという容疑で警察の捜査の手が店に入ったのだ。勿論、帳簿上では一般の飲食店としての出納しか記されてはいないし、会員からの供託金もきちんと管理されているから捜査が入ったとしてもさほど問題はない。本物のカジノを開いているという証拠は、それに参加した会員の証言以外全くないからだ。だが、問題はその後だった。警察の捜査が入ったという噂は確実に会員の足を遠ざけることになる。誰も自分が捕まるような目には遭いたくない。関わり合いになるのを怖れ、避けるのは当然のことだった。結果、店は開店休業のような状態が続くことになり、売上は激減した。

 実は警察の捜査が入ったその裏には例の田宮という政治家の息子が関わっていた。素行の悪さから結局会員資格を抹消されたのだが、それを恨んで、父親の政治家に泣きついたのだ。だが、息子本人はカジノに参加するまでには至らなかった為、会員同士の噂で店でそういう行為を行っているらしいとしか分からず、曖昧な証言しかできなかった。その為、警察としてもただの容疑というだけで実際に違法行為をしているかどうかの確証はなく、それ以上の捜査はなかった。

 海堂はしばらくの間店を閉めることを決意した。会員への通知、そしてそれに伴い脱会する者への供託金の返金手続きなどの煩雑な事務処理を抱え、連日店に通い詰めることになった。

 カジノの狭い事務所で海堂、門脇、支配人の倉田の3人が顔を突き合わせ、今後の対応その他の協議をしている間、蓮見は屋敷にいるようにと言われた。

 蓮見も何か手伝いたかったのだが、実務経験が浄水器の営業やコンビニのバイトしかない蓮見には何をどうすればいいのかも分からないから仕方のないことだった。

 気掛かりではあったものの、一人で屋敷に残っている時間はかなり暇だった。

 その頃には屋敷で働いている給仕の一人で、最初にコーヒーを持って来てくれた若い男、山本とは年齢も近いことから親しく話をするようになっていた。山本も海堂や門脇が不在だと仕事がないらしく、その日はコーヒーとクッキーを持って蓮見の部屋を訪れた。

「暇そうにしてたコック長に作ってもらったんだ」

「へえ、いいな、そういうの勝手に作って大丈夫なの?」

「平気だよ。材料はあるものだけしか使ってないし」

 山本は楽しそうに笑って言った。

 山本を始め屋敷にいる使用人たちは、門脇と島を除けば全員通いなのだそうだ。総勢で20人近い人間が働いている。中には蓮見がまだ顔を知らない者もいた。

 ベッドの傍に椅子を引っ張ってきて、その上にお盆を載せ、蓮見と山本は並んでベッドに腰を下ろした。

「蓮見君も……海堂さんに助けてもらったんだって?」

 山本が聞いてきた。

「うん……借金で、もうホームレスになるしかないってところだった」

「そうか……でも珍しいよな」

「何が?」

 真顔で聞き返した蓮見に、山本は小首を傾げた。

「だって蓮見君はまだお客様扱いじゃん。俺なんかここに来てすぐから給仕の仕事させられてたぜ」

 蓮見はなんと答えていいのか一瞬迷ってしまった。門脇の他には俺の仕事のことはきっと誰も知らないのだ。ましてや、100万のボーナスのことも……。

「そ、そうなんだ……?でも山本君、もう借金は返し終わったんでしょう?それなのに何でここに残ってるの?」

「なんでかなぁ……」

 山本はしきりに首を傾げた。

「自分でも分からないよ。なんとなく居心地がよくってそのまま……って感じ?」

 そしてにっこり笑った。

「海堂さんも門脇さんも、最初はおっかない感じがしたけど、何かと気を遣ってくれたりしてさ。蓮見君もすぐ慣れるよ。それに俺も、同じ年代の仲間がいると楽しいし。こうやって時々はゆっくり話したりもできるしね」

 コーヒーを飲み、クッキーを頬張りながら、他愛もない話をして笑い合っているうちに、外から車の音が聞こえてきた。

「あ、いけね!さぼってるのがバレたらやばいから、俺戻るわ」

「あ、うん……」

 クッキーの残りは食べてくれ、と言い、山本は空になったコーヒーカップをお盆に載せると慌ただしく蓮見の部屋を出ていった。

 少しして、蓮見の部屋の扉がノックされた。

「はい」

 返事をすると、入ってきたのは海堂だった。

 この部屋に海堂が来ることは滅多にないので、蓮見は少し戸惑った。

「あの……何か……?」

 海堂は部屋の中を見回して、ふとベッド脇の椅子に置かれたクッキーの入った鉢に目を止めた。

「……きみはいつの間に山本をたらしこんだんだ?」

「えっ……」

「さっき階段の下ですれ違った。ここに来てたんだな?」

 蓮見は咄嗟に返事ができなかった。もしそうだと言ったら、山本に迷惑がかかるだろうか……。

「ふん……俺だけじゃ足りないという訳か?」

 海堂の視線も声音も冷ややかだった。

「ち、違……」

「そんなに男を咥え込むのが好きか?」

「そんなんじゃ……!俺は何も!……」

 海堂は慌てて首を振る蓮見に近寄るとやおらその腕を後ろに捻り上げた。

「い、痛っ!……な、何を……!?」

「きみの飼い主は誰か、きちんと躾けておくべきだったな」

 海堂は言い、片手で蓮見の腕を捉えたままもう片方の手で自分のしていたネクタイを緩めた。

ライズ 15

 そのまま海堂はそのネクタイで蓮見の手首を後ろ手に縛ると、蓮見をベッドの上に突き飛ばした。うつ伏せに頭をベッドに押し付けられ、蓮見はもがいた。

 いつも多少強引なところのある海堂だったが、今の海堂は普段のそれとは違っていた。殺気立ったような刺々しさが全身から溢れ、蓮見はそんな海堂を見るのは初めてで、面喰らい戸惑いながらも身を捩り抵抗した。

「や、やめて下さい!俺は何もしていない!」

「ふん……どうだかな」

 海堂が背後で薄く笑った。

「俺の見ていないところでは何をしているか分かったもんじゃないからな。……山本だけか?それとももっと他にもいるのか?」

 言いながら、蓮見の穿いていたスーツのズボンを下着ごと引き摺り下ろした。

 薄い尻を剥きだしにされ外気に晒されて蓮見はさらに身を捩るが、両手の自由も利かず頭を押さえ付けられた状態では大した抵抗にもならなかった。

「嫌!やめ……」

「違う男の味は良かったか?たくさん可愛がられたんだろう?どんな風によがって見せたんだ?」

「そんなことしてな……」

「いやらしく自分から腰を振ったのか?もっと欲しいと強請ったか?」

 言い掛かりをつけるように海堂は執拗に蓮見を責め、蓮見は悔しくて唇を噛みしめた。

 背後でべルトを外す音が聞こえ、蓮見の腰が掴まれ、尻を上げさせられた。

「うあああっ!!」

 前戯も何もないまま、いきなり硬く大きなものが蓮見の体内へ突き入れられる。

「い、痛ッ!!やだ!やめっ……」

 それは蓮見の狭い器官をぎちぎちと引き攣らせながら埋め込まれていった。苦痛と、訳の分からない海堂の理不尽な怒りに対する悔しさとで身体が震え、涙が溢れた。

 いつもなら、自分の満足と共に蓮見にも徹底的に快楽を味わわせる海堂だったが、こんな一方的な、そして暴力的な交わりは初めてのことだった。身体だけでなく、心まで引き裂かれるような激しい痛みが蓮見を襲っていた。

 膣とは違い、元来何かを受け入れるようにはできていないそこは、いくら摩擦を続けても濡れるということはない。滑りが良くなるとすれば海堂の先から滲み出る粘液の働きのみだが、そんなに潤沢に湧き出るというものでもない。ひりつくような粘膜と粘膜の接触は、蓮見だけではなく海堂にとっても辛い筈だった。蓮見の狭い器官の中で抽送を繰り返せば、否応なくペニスの包皮が捲れるように擦れ、裏側の細い一部で繋がっている部分はいつそこから切れてしまってもおかしくなかった。ましてや痛みのせいで蓮見の身体に力が入れば、内側は余計に収縮して海堂をさらに締め上げることになる。

 海堂はあまりのきつさに顔を顰めた。

「……そんなに俺が嫌いか?」

 苦しげな吐息を吐き、海堂は蓮見の背に問いかける。

 蓮見は謂れのない海堂のその言葉が悲しかった。身体が拒むのは当たり前のことなのだ。慣らされないままぎちぎちに穿たれて、快楽を感じることなどあり得ない。第一、疾しいことは何一つしていないし、酷い仕打ちを受けなければならない理由もどこにもない。そして、身体が拒むことが海堂を嫌っているという証拠なのでもなかった。それなのに、疑われ、あまつさえ海堂を拒み嫌っていると、そう海堂に思われていることが蓮見にはとても悲しかった。

 海堂が後ろから手を伸ばし、蓮見の頬を撫でるように触れてきた。

 蓮見はその掌に涙で濡れた頬を擦り寄せ、唇を付けた。海堂の掌は温かかった。自分を苛み、激しい苦痛を与えているにも関わらず、その手は温かく優しかった。

 海堂はいつしか抽送を止めていた。奥まったところに留まり、それ以上動こうとはしなかった。

 そして擦り寄せられる蓮見の頬に無言のまま触れていた。その掌に隠されて蓮見には海堂の表情を窺い見ることはできなかった。

 蓮見もまた何も言わなかった。ただ海堂の掌に縋り、その温かさを感じながら、ひそやかな涙を零していた。

 しばらくの間じっとしていた海堂は、やがてゆっくりと身体を離した。蓮見の中を引き攣らせて圧迫し苦しめていた肉茎はゆるゆると抜かれ、蓮見は大きく息を吐いた。海堂は身繕いをしてから蓮見の両手の拘束を解き、蓮見の足元に丸まっていた毛布を蓮見の下半身に掛けた。ベッドの端に腰を下ろすと、海堂は俯き加減で額の辺りを片手で覆った。先程までの冷やかな刺々しさは消えていた。

 蓮見はうつ伏せのまま、海堂のスーツの背中を見上げた。その背はいつもより少し小さく見えた。

「……すまない」

 背を向けたまま海堂がぽつりと呟いた。

「……酷いことをするつもりはなかった。許してくれ……」

 そこにいるのはいつもの自信に溢れた海堂ではなかった。眩い太陽のような輝きに満ちた男が、今はただ項垂れて何かひどく頼りなげな寂しさを纏いそこにいた。

「……思ったより、退会者が多くてな……もしかしたら店の再開は難しいかもしれない」

 蓮見ははっとした。

「……結果的に……田宮はほくそ笑んでるだろう。……俺に打撃を与えられたんだからな」

 海堂は身体をずらし、蓮見を見下ろした。

「……きみが俺以外の男に抱かれたと本気で思った訳じゃない。苛々して難癖を付けただけだ。……本当にすまなかった……」

 蓮見は顔を上げ海堂を見つめた。その頬に海堂はそっと手を伸ばした。

「……涙は……熱いものだな」

 蓮見の濡れた頬を指でなぞりながら呟く。

「……それに……優しいものだ……」

 蓮見は海堂を見つめたまま自分の頬に触れた海堂の手をぎゅっと握り締めた。何をどうしていいか考えもつかなかった。ただその手に触れ、海堂の心に触れたいと蓮見は思った。自分に何かできることがあるとも思えなかったが、居ても立ってもいられないようなそんな気持ちになっていた。

 海堂が自分のことをどう思っているのか、どんな存在だと感じているのか、蓮見には分からなかった。先刻海堂が『飼い主』と称したように、単なる家畜とか愛玩動物のように思っているのかもしれない。それも借金の形(かた)であり、海堂の意思で自由にどうとでもできるペットだ。いや、もしかしたら家畜以下なのかもしれないとも思う。品物とか装飾品の類のようなものなのではないだろうか。しかしもしも海堂がそう思っていたとしても、蓮見はそれでいいと思った。海堂にどんどん惹かれていく自分に気付いてはいたが、その想いを口に出すことは今までもこれからも無いと蓮見は考えていた。なぜならこの関係は借金が無くなれば消滅するものだからだ。蓮見は自由を手に入れてこの屋敷を出る。そこで初めて対等な関係になるのだと思っている。この屋敷で『飼われ』ている間は、対等でなどあり得ない。だから自分の思いを告げることもあり得ないのだ。

 だが今、蓮見は海堂の弱さに触れ、その寂しさを知ってしまった。

 ……店が消える……海堂が苦労の末その手に掴んだ地位や夢が砂の城のように崩れていく……海堂はどんなに辛く惨めな思いに囚われているだろう、それを思うと蓮見の胸も張り裂けそうに痛み、軋んだ。

 最初の頃海堂の生い立ちを聞いた時に感じた言いようのない哀しさがまた蘇る。

 ……海堂は、独りだった。ずっと独りで……今も独りなのだ。

 蓮見は頬に触れた海堂の手を握り締めたまま、ゆっくり身体を起こした。

 海堂に向き合い、見つめ合った。もう片方の手で、蓮見は海堂の引き締まった頬に触れた。

 俺の手は温かいだろうか……そんなことをふと思った。

「……泣いてもいいんですよ」

 蓮見は言った。

「……辛い時や悲しい時のために……涙はあるんです」

 言いながら蓮見の眼からまた涙が零れていた。

「涙は……熱くて……優しい……から……心を……癒すんです……」

 海堂は無言で蓮見を抱き締めた。泣き濡れた蓮見の顔でシャツが濡れるのも構わず、海堂は蓮見の髪を撫で唇を付けた。蓮見は嗚咽を漏らしながら海堂の背に腕を回した。

ライズ 16

 そのことがあってから、海堂は蓮見の外出禁止を解いた。ところがなにしろ蓮見には金がない。海堂に借りることもできたが、蓮見はそうまでして出掛けたいとは思わなかった。だから自由に出掛けてもいいと言われても、暇な時間に広い敷地の中を散歩したり、海堂と一緒にジョギングしたりするくらいなものだった。

 初めての給料日には、それまでの借金の返済の明細と共に、30万の現金を門脇から手渡された。それを貰っても屋敷にいる限りは必要が無いため却って使い道に困ってしまい、結局はそこから10万だけ取って、残りは借金の返済に充ててもらうことにした。そして、海堂の屋敷に来て初めて、蓮見は一人で買い物に出かけた。とは言え、運転手兼ボディーガードの島が一緒だったが。

 買い物、というのは他でもない、何か海堂にプレゼントしたいと思ったのだ。海堂の誕生日も知らないし、何かの記念とかいうものでもないが、海堂に聞かれたら風神像のお返しとでも言おうと思った。

 いつもの黒塗りのべンツに乗り、島に適当なデパートに案内してもらう。

 島とは未だにちゃんとした会話をしたことがない。いつも制服のように黒いスーツに身を包み、無表情で無口な島は、蓮見にとってはかなり話しづらく気兼ねする存在だった。年齢不詳でその細身の体型からすれば若そうに見えるが、意外に年をとっているようでもあり、何を考えているのかも、そして今までどういう人生を歩んできた男なのかも見当が付かなかった。

 デパートでも、島は影のようにずっと後ろをついてきた。ボディーガードなど自分に必要とは全く思えなかったが、これも島の大事な仕事なのだろうと思いあえて何も言わなかった。

 蓮見は海堂に何をあげようかかなり迷い、デパートの中をひたすら歩き回ってしまった。それでも島は何も言わず、静かに後ろに立っている。内心では呆れているのかもしれなかったが、その表情からは全く何の感情も読みとれなかった。

 蓮見は悩んだ挙句に水晶の付いたカフスを買った。説明を読むと、この水晶は『イシス』という女神の名が付いたパワーストーンで、自己治癒、内なる強さ、目標実現への力を与えてくれると言われ、心の大きな傷を癒し苦難を乗り越える力を秘めたクリスタルなのだそうだ。それはまさしく海堂にこそ相応しい。

 島はその売り場でいつの間にか自分でも何かを買っていた。そしてその小さな包みを蓮見に無言で手渡した。

「えっ……これ……俺に?」

 無表情な島の顔が少しだけ綻んだように見えた。

 屋敷に帰る途中、車の中でその包みを開いてみた。箱の中には小さなサファイアの原石が入っていた。サファイアは蓮見の誕生石だ。それを知っていたのかそれとも知らずに買ったのかは分からないが、説明にはこう書かれてあった。

 『慈愛、誠実、堅固な愛の証、そして持ち主を邪悪なものから守り、不運を寄せ付けず守護する働きがある』

 確かに、俺に合っているかもしれない……と蓮見は思った。

 海堂は店を人手に渡すことを模索しながらも、残った会員をどうするかや、株などに運用していた供託金の回収に駆けずり回る日々が続いていた。勿論貸しビルの収益やその他の投資、美術品の売買などでの利益は確保していたものの、運用できる資金の大幅な減少は海堂の予想以上に大きな痛手となった。屋敷にいた使用人も何人かは解雇せざるを得なくなり、それもまた海堂には辛い決断だった。だが、海堂はめげなかった。蓮見から見る海堂は、それまで以上に精力的に仕事に打ち込み、輝きを取り戻したかのように思える。

 その夜、蓮見は水晶のカフスを持ち海堂の寝室へと向かった。あの辛い仕打ちを受けてからも同衾を続けてはいたものの、海堂が仕事で疲れていることを考えるとどうしても蓮見から抱いてほしいとは言えず、またぐっすり寝ている海堂を起こすのはしのびなく思え、海堂の隣で一緒に眠るだけのことが多かった。それなのに、返済の明細にはただ一緒に眠った夜の日数も入っていて、蓮見は驚き申し訳ないような気持ちになった。

 寝室に行くと、枕元にある小さな洋燈の下で海堂はベッドの上に身を起こし何かを真剣に読んでいた。蓮見に気付くと、ベッドの端に身体をずらし蓮見の場所を空けた。隣に潜り込んだ蓮見に、海堂は読んでいた紙を見せた。それは手紙で、何やら切々と窮状を訴えていた。

「俺が育った施設の経営が悪化して、寄付をしてほしいらしい」

 海堂は肩を竦めて言った。

「まあ個人経営のところだからいつ潰れてもおかしくないとは思っていたがな」

「……寄付、するんですか?」

 蓮見が聞くと、海堂は首を振った。

「……今はそれどころじゃない。それに……あんなところは潰れた方がいい」

 そう言った海堂は少し苦しげな表情をしていた。そしてその手紙を破り捨てるのではなく、丁寧に畳んで枕元に置いた。その様子から、口ではそう言っていても本当は気になっているのだと蓮見は理解した。

「なんだ、それは?」

 海堂がふと蓮見の手の小さな包みに眼を止めた。

「あ……これは……その……怜司さんに……」

 蓮見は慌ててその箱を海堂の手に押し付けるように手渡した。

「今日給料日だったから……風神像のお礼です」

 海堂は眼を細めて蓮見を見、そうしてゆっくりその包みを開いていった。中から現れた水晶のカフスを手に取ってしげしげと眺めながら、海堂は呟いた。

「……誰かにプレゼントを貰ったのは、初めてだ」

 顔を上げて蓮見を見つめると真顔で聞く。

「こういう時、なんて言ったらいい?」

 蓮見は海堂を見上げて微笑んだ。

「……ありがとう、です」

 海堂も微笑んで頷いた。

「……ありがとう。大切にする」

 海堂がありがとうと言ってくれた……。蓮見は嬉しくて堪らなかった。それにしても、海堂からお礼を言われたのも初めてのことだったが、他の人にそう言うのもそれまで一度も聞いたことがなかった。もしかして、海堂は今の今までありがとうと言ったことがなかったとか……?そんな訳ないよな、と蓮見は思いながらも、海堂の性格やそれまでの境遇などを考えるとあり得ないことではないと思い直した。

 そのあと蓮見は、借金の返済の明細にただ眠っていた日の分も含まれていると海堂に正直に話した。約束は海堂の満足だからこれでは自分の気が済まないと告げたが、海堂は笑って取り合わなかった。

「あれはきみに無体なことをしたお詫びとでも思ってくれ。それに……朝起きた時にきみが隣に寝ているのは……」

 そう言った海堂は一瞬口をつぐみ、すぐに脈絡もなく続けた。

「……今夜はどうするんだ?」

「えっ……あ……」

 いきなり聞かれて蓮見はどぎまぎしてしまった。抱いてほしいと口に出すのはいつまで経っても恥ずかしく、慣れなかった。

「……100万……頂きたいと思います……」

「もう少し色気のある言い方はできないのか?」

 海堂はふっと笑い、蓮見の頸の下へ腕を入れ、蓮見を抱き寄せた。それだけで、蓮見は身体じゅうが火照りだした。鼓動の高まりと共に自分では意識しないままに、頬や目尻は朱を刷いたように薄赤く染まり、瞳は潤んでえも言われぬ艶やかさを醸し出す。海堂はその潤んだ眼をじっと覗き込み、ゆっくりと赤味の増した唇に口付けた。蓮見は瞼を閉じ、海堂の唇を受け止める。柔らかく熱い、そして少し乾いた唇が重なり、うっすらと綻んだ蓮見の唇をこじ開けてさらに熱い舌が潜り込んでくる。いつもの性急で激しいものとは違う、じっくりと味わうような動きで海堂は蓮見の口腔を舐った。ぞくぞくする感覚が蓮見の背筋を稲妻のように走り抜ける。呼吸は激しく乱れ、蓮見は我知らず海堂の舌に強く吸い付いていた。何度も角度を変えながら、より一層深く互いの内側を弄り合い、そしてそれは蓮見には途轍もなく気持ち良いものだった。混じり合う唾液は最早どちらのものか分からない。けれどもそれはまるで自分と海堂そのものが溶け出して、一体になってしまったかのような感覚を蓮見にもたらしていた。

 舌を絡ませ合ったままで海堂は片手で蓮見のパジャマのボタンを外しにかかる。蓮見はそれを待たずに自らズボンと下着を脱いで足元に押しやった。肌蹴た胸を海堂の掌が柔らかく撫でると、条件反射のように蓮見の身体は震え出す。全身が海堂の愛撫を期待してかーっと熱くなり、雄芯は直に触れなくても疼きだし勝手に昂ぶってしまう。何日か間が開いたことで反応は余計に早かった。

 蓮見はさらに海堂のズボンに手をかける。海堂が腰を少し上げ蓮見と同じようにそれを足元に追いやると、蓮見は手を伸ばし海堂の雄芯にそっと触れた。そこも蓮見と同じだった。熱く猛り、情熱を漲らせ、蓮見が触れるのを待っていた。それを知ると蓮見はさらに嬉しくなった。海堂が自分を求めている、そう思うことがますます歓喜と興奮の度合いを高めていく。蓮見は海堂の雄芯の硬さと熱とを感じながら愛しげに指を絡めて扱いた。互いの唇は尚強く吸われ噛まれて、時折熱く激しい息がそこから洩れた。胸を弄る海堂の指は蓮見の赤く尖った乳首を刺激し、蓮見はその度に喉の奥で喘いだ。

 互いの体温が同じように熱を帯び昂ぶる最中に、蓮見はさっき途中で止めた海堂の言葉の続きがふと気になった。

 海堂に抱かれた後はいつも、立つのがやっとの身体を海堂に支えられながら一緒に風呂に入り(当然のように海堂が蓮見の全身を洗ってくれ)、自分の部屋に戻って眠るというパターンだった。最初の頃、門脇に部屋に戻って休むように言われてからなんとなくそうしてきたのだが、本当はそのままずっと海堂の傍にいたかった。海堂の力強い腕の中で、広く温かい胸にもたれ、普段よりもひどく優しく髪や背中を撫でられる……それはとても心地よく、何かほっとする安らぎがあった。海堂が寝ているその隣で一緒に眠ったのは、海堂の穏やかな寝顔や柔らかい呼吸に、行為の後に抱き締めてくれる時のような安心感や充足感を感じていたからだった。眠っている海堂のすっと閉じた瞼や、薄く引き締まった唇に、理由もなく心がさざめいて、そっと自分の唇を押し当てることもあった。

 朝目覚めた時には海堂の姿はそこになく、大抵は隣の部屋で既にスーツに着替えて仕事を始めているような状態で、海堂がどう思っているのかは聞いたこともなかった。

 今、聞きたい……。海堂が思っていること、自分に対して感じていること……全部知りたい、それがたとえ、自分にとって聞きたくなかった言葉だとしても……。

ライズ 17

 海堂の雄芯を扱く手を止めた蓮見に海堂は唇を離して怪訝な顔をした。

「……どうした?」

 蓮見は顔を上げ海堂を見つめた。

「……怜司さん……俺が隣に寝ていて……どう思ったんですか?」

 海堂は蓮見から視線を反らすとおもむろに蓮見の首筋に唇を付けた。蓮見は一瞬ひくりと身体を震わせたが言葉を続ける。

「……俺のこと……どう思ってますか?……」

 海堂は返事をしないまま、蓮見の首筋を舐り乳首を弄る。そくそくと身体は疼き呼吸も荒いが、蓮見は尚も聞かずにはいられなかった。

「……俺はやっぱりあなたの……ペットでしかないんですか?……」

 海堂の手が止まる。

 首筋に顔を埋めたまま、海堂は言った。

「……何を期待している?」

 海堂が告げた言葉は蓮見の耳のすぐ傍でひどく残酷に響いた。

「自惚れるな。……前にも言った筈だ。……きみは俺の世話係で、ただそれだけだ。……余計なことは考えるな。きみは身体を使って俺を満足させればいい。借金が消えるまで……それがきみの仕事だ」

 海堂は言い、蓮見の乳首にいきなり爪を立てた。

「くっ!」

 鋭い痛みは、そのまま蓮見の心の痛みだった。

 ……あなたは俺を欲しいと言った。俺は全てをあなたに渡した。……身体も……心だってもうとっくに……。だけどあなたは俺から奪うだけで、俺には何もくれないんですか……気が狂いそうな快楽以外は何も……。それがあなたを受け入れるってことなんですか……、欲しいと思ってはいけないんですか……あなたを……怜司さん…………

 言葉にできない蓮見の心の叫びは、海堂には聞こえない。

 聞かなければ良かったのだろうか。聞かないでいたら……なんとなく満ち足りた気持ちのままでいられたのだろうか。

 やがて激しさを増す愛撫の下で、熱く燃える身体とは裏腹に、蓮見の心は氷の刃で引き裂かれたような冷たい痛みを感じて震えるだけだった。

 海堂に蓮見の心の叫びが届かないのと同じように、蓮見にも海堂の心が見えなかった。強く抱き締め、熱い口付けをくれるのに、どうして冷たく突き離すようなことを言うのか。欲情を滾らせ奥を深く抉り、こんなにも激しい快感を自分に与えながら、なぜ拒絶するようなことを言うのか。

 自分だけが、というよりも、誰も、何者も、海堂の内側に入ることはできないような気がした。多分一番近いところにいるであろう門脇でさえも……。

 海堂の生い立ちは両親もおらず施設で育ったらしいことしか分からない。どれほどの闇をその心に抱え、どれほどの苦しみや悲しみを独りで今まで背負ってきたのか、蓮見には分からなかった。しかし海堂が自分を家族のようだと思うのなら……ほんの少しでもいい、海堂の心の痛みや重しを自分にも分けてほしかった。仕事としてではなく、海堂を受け入れ受け止めたかった。癒してあげたいなどという大層な考えなどではない、ただ海堂の心を、少しでも理解し和らげる存在になりたかった。だが今の蓮見には海堂の心は何も見えない。海堂は心の扉を閉ざし、ただの肉欲の捌け口としての自分を求めている……そう感じて蓮見は一層悲しくなった。それなら何も、俺を欲しいなどと言わず、人形のようでいろと言ってくれれば良かった。心はいらない、感情もいらない、ただ傍にいて好きな時に好きなだけ身体を開き、命ずるままに動く人形でいろと、そう言ってくれた方が良かったのだ。そうしたら、こんなに胸が痛むことはなかった。

 肉体の苦痛は意識しなければいつかは忘れる。けれど心の痛みは、意識しなくてもいつまでも膿んで……深く消えない傷痕を残すのだ。

 きっと海堂の心には俺よりずっと深い傷がある。裂けた、あるいは焼け爛れ引き攣れた傷がある。……それを埋めることは……俺には無理なのだろうか……。

 張り詰めた蓮見の雄芯が弾け、奥まったところに海堂の熱い飛沫を受けながら、蓮見は遠いどこかでそれを見ている自分を感じ、何かやり切れないような虚しさと、焦るような苛立ちとを同時に覚えていた。

 翌朝、蓮見は海堂と顔を合わせるのが辛くて、朝食も摂らず部屋でぼんやりしていた。だがお世話係として海堂の部屋に行かない訳にもいかず、仕方なくのろのろと着替えをしていると、部屋の電話が鳴った。

 出てみると門脇からだった。

「私と怜司様とで今から出掛けます。蓮見様は今日は休んでいて構わないそうです」

「はい、わかりました……」

 蓮見は電話を切ってほっと溜息を吐いた。

 スーツに着替えようとしていたのを止め、ジーンズにTシャツと赤いチェックのシャツを羽織った。鬱々とした気分をどこかで発散したくなり、蓮見も一人で出掛けることにした。

 昼食もいらないと言おうと食堂に行くと、島が朝食を摂っているところだった。てっきり海堂たちと出掛けたものと思っていた蓮見は少し驚いた。島がいるいうことは門脇が運転しているのだろう。車はべンツの他にも何台か所有しているからどれに乗っていったのかは知らないが、今日もまた島に車を出してもらうことになるなと思い、蓮見は島に話しかけた。サファイアをくれた島が意外に優しい男なのだと分かったことで、なんとなく親しみも湧いていた。

「島さん、俺も出掛けたいのでまた付き合ってもらえますか?」

「……はい」

 島は落ち着いた低音で答え、朝食を終えると立ち上がった。

 蓮見は給仕の一人に昼食はいらないことを告げ、島と一緒に食堂を出た。

「今日は……どちらに?」

 珍しく島が聞いてきた。

「……そうですね……なんか人があまりいなさそうなところ……海……海に行きたいです」

 蓮見が答えると島は相変わらず無表情なまま頷いた。

 10分後、蓮見が表に出ると用意されていたのは深い緑色の小さくて可愛らしいミニクーパーだった。海堂の趣味とはかけ離れているようにも思えたが、運転するところを想像するとなんとなく微笑ましい。島は助手席のドアを開けて待っていた。その時になって初めて島がいつもの黒いスーツではなく、普段着らしいものを着ていることに気が付いた。スーツと同じような黒っぽい服装だったので全然気付いていなかった。そうか……島も今日は休みになったんだ……蓮見はそのことに思い当って島に申し訳ないような気になった。

「す、すみません……島さんも今日休みだったんですね……俺、ちっとも気付かなくて、車を出してほしいなんて……」

「いえ……運転するのは好きですから」

 島はそう言ってさっと運転席に座った。

 ミニクーパーの助手席ではいつものべンツの薄暗い後部座席から見る景色とは全然違い、視界が開けて明るく感じられた。車は軽快に繁華街を抜けさらに進み、2時間ほどで漁港の近くに着いた。漁港とは言っても、賑やかな大きなところではない、釣りをするのに良さそうなのどかで静かな場所だった。

 蓮見は車を降りて海に突き出した防波堤へと歩いた。島もその後ろをついてくる。

 海面からは結構な高さがあり、周りには人もいなかった。堤防の端まで行ってそこから海を見渡した。防波堤の先は外海だ。海は穏やかに陽を照り返し、きらきらと漣を湛えて澄んでいた。天気が良いせいか寒さはそれほど感じなかった。蓮見は海を見ながら大きく深呼吸をし、それからその堤防に脚を投げ出して座った。無言で隣に腰を下ろした島に、蓮見は独り言のように声をかけた。

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