抵抗も男の力にはかなわなくて、アッくんの手はアタシの敏感な所へ──
「アッ……アアッ。ンッ──」
アッくんの指の動きに合わせてこぼれる声。
体は感じているのに……。
嫌だ──したくないっ! !
鼻の奥がツゥと痛くなって、視界がボヤけた……。
「……芽衣。わかっただろ?」
「………グスッ。ごめん……」
アッくんは手を止め、アタシから離れた。
そしてベッドに横になって、背を向けた。
赤い糸 アッくんの背中は寂しそうだった。
アタシは乱れた制服を直し、こぼれた涙を拭う。
「別にさぁ、いいんじゃない? 好きになるのは止められないし、お互い好きなんだから……」
「アッくん……」
「やっと自分の気持ちに気づいた?」
自分の気持ち──
アタシは──
「高橋が好きなんだよ」
止まっていたはずの涙が、また溢れ出す。
「ごめんね……」
「謝るなよ。ホント芽衣はニブいなっ」
「いつから気づいてたの?」
「一緒に学校に行った日だよ。オレとだとビビって玄関から動けなかったのに、高橋が来たら笑って教室に向かえただろ?」
「じゃあ、用事あるってゆぅのは……嘘だったの?」
アッくんは何も言わなかった。
その態度が、嘘だったという答えだよね……。
「アッくん──」
「オレ、そろそろ出かけるから……あとさ、もうオレん家に来んなよ。高橋と頑張れよ」
背中を向けたまま、片手をヒラヒラ振るアッくん。
アタシはバッグを持って立ち上がった。
アッくん、ありがとう。そして、ごめんね。
余韻を噛み締めるように、ゆっくり家を出た。
赤い糸 自分の気持ちに気づいてから、たかチャンの行動や仕草が気になって仕方なかった。
──たかチャンの気持ちが気になる。
告白されてからすでに2ヶ月近く経っていた。
友達になれるようにするとも言われている。
今は片思いかも……、遅すぎたのかもしれない。
それに、彼は沙良の好きな人。
そう思っているうちに、1学期が終わって夏休みになってしまった。
夏休みは嬉しいけど、今までのように学校で毎日会うことができない。
夏休み初日──
アタシは美亜の家にいた。
クーラーをガンガンにきかせた部屋で、まったりする。
「優梨はナツとデートらしいよー」
「へぇー? 相変わらず仲いいねぇ」
「うちらは独り身で寂しいですねぇー」
美亜は前につき合いそうになった年上の彼と破局。
最近は自然と彼氏ナシのふたりで過ごすことが増えていた。
学校行きたいな……。
たかチャンに会いたい。
好きになったらいけない人……でも、好きだから。
「あー! 何か楽しいことないかなぁ~。海でも行く?」
「うーん。──あっ!」
海なら自然とたかチャンを誘える。
たかチャンに会える! !
「みんなも誘わない?」
「たかチャンでしょ☆」
……図星。
赤い糸 美亜にはすべて話してあった。
アッくんとのことも、たかチャンへの気持ちも……。
「たかチャンが好きなこと、気づいてなかったの?」と、美亜は笑っていた。
自分で気づかないだけで、周りから見たらバレバレだったらしい。
美亜がみんなに連絡してくれて、3日後に海に行くことになった。
もちろん、たかチャンも一緒だ?
楽しみで、自然と顔がニヤけてしまう。
「芽衣、海でコクっちゃえば!?」
「えっ!?」
吸っていたタバコを落として真っ赤な顔をするアタシ。
「あっ! ヤバッ! 燃えてないっ……良かった……てゆぅか、無理! 無理だよー! !」
落としたタバコを拾いながら美亜のほうを見た。
美亜はニヤッと笑い、アタシの肩をポンポンと叩いた。
「芽衣チャン、動揺しすぎだから~。……でもさ、アッくんの気持ち無駄にするの? 好きな女の恋の後押しするなんて、つらかったと思うよぉ?」
「好きってさぁ……過去だよ、きっと。セフレ状態だったもん」
ていうか、そう思いたい。
アッくんの気持ちから目をそらしたかった。
もし好きでいてくれたなら、ひどいことをしたと思うから……。
赤い糸 あの日から、アッくんを傷つけたかもしれないという罪悪感があった。
その予感を事実にはしたくない。
これ以上、周りの気持ちを傷つけたくなかった。
傷つけたという罪悪感を背負いたくなかった。
沙良を傷つけただけでもつらい。
アッくんの気持ちも傷つけたとしたら、耐えられなかった。
アタシ、ズルいな……。
「沙良がまだ退院してないのに早すぎるよ……」
そう伝えて核心からアタシは逃げた。
美亜は追求してこなかった。
翌日、新しい水着を買いに街中を歩いた。
罪悪感のある恋なのに、好きな人に会えるのは嬉しい。
海で、可愛い水着を見てもらいたい。
アタシは数回試着を繰り返し、レースが裾についた水着を購入した。
可愛いと言ってもらえたらいいな……。
ショップの袋を抱き締めながら、駅に向かって歩いた。
?~?~?~
携帯が鳴っている。
相手は酒井だ。
「はいはぁ~い☆ どうしたの? 海はまだだょん 」
「今、話せるか?」
上機嫌なアタシとは反対に、真面目な酒井の声。
赤い糸 どうしたんだろう……。
海、行けなくなったのかなぁ?
「今、野口から電話があったんだ」
「野口って、うちのクラスの?」
「あぁ。あいつ今、大阪の親戚の家にいるから、沙良の見舞いに行ったらしいんだけど……」
「何かあったの!?」
ギュッ
アタシは、抱き締めている袋を強く握った。
嫌な予感──
「沙良、記憶喪失なんだって……」
──え?
き……記憶喪失?
記憶喪失って、記憶がないってことだよね?
「沙良の親に、沙良を転校させるって言われたらしい」
「──ほんとに?」
「こんな嘘つかねーよ。頭ん中、真っ白。マジ訳わかんねーよ……」
「……」
「みんなに電話すっから、また連絡する! じゃあな! !」
プー…プー…プー…
酒井の言葉が理解できなくて、頭の中が混乱する。
アタシは携帯を耳に当てたまま、呆然と立ち尽くしていた。
──どれくらい時間が経ったのだろう。
5分かもしれないし、1時間近く経っていたのかも……。
ドンッ
「邪魔なんだよ! ガキ!」
赤い糸 痛っ……。
人とぶつかり正気に戻り、声の相手を見た。
顔をしかめたヤクザ風な人たちがいる。
「──あっ……すいませんっ」
頭を下げ、足早に歩き出す。
どこへ向かえばいいのかわからないまま、アタシはひたすら歩いた。
まるで、不安から逃げるように──
得体の知れない恐怖が追いかけてくるようだった。
沙良はどうなっちゃうの?
アタシは沙良を傷つけただけじゃなく、大事な記憶まで奪ってしまったの?
信じられない。
信じたくないよ……。
──翌日
担任から電話があった。
沙良が転校すると告げる担任。
やっぱり事実だったんだ……。
明日は海だけど、全然そんな気分になれないよ。
〈ゴメン。明日行けない。家の用事ができたの。〉
アタシは美亜にメールを送った。
気を遣わせないように、嘘をつく。
──しばらくすると、美亜から返信がきた。
〈そっかぁ。残念だよ…みんなに伝えとくね!また近いうちに海いこうね。〉
はぁ……。
アタシ、どうしたらいいんだろう。
神様──
もしあなたがいるのなら、沙良を助けてください。
そして、たかチャンを好きになったアタシを許してください。
赤い糸 涙が止まらない日
考えれば考える程に苦しくなった。
夢にまで沙良が出てくる。
そして、自分を責める──
……忘れられる日はなかった。
食事は喉を通らなかった。
食べても吐いてしまう。
夜も眠れない──
お母さんは心配して、毎日アタシに声をかけてくれた。
だけど、そんなお母さんの言葉さえ頭には入らない。
そんなある日、担任から電話がきた。
きっと、沙良の話だ……。
次は何が起こったの!?
悪いほうに、悪いほうにばかりどうしても考えてしまう。
恐くて体が震える──
しかし、担任は意外な言葉を口にした。
「中川が会いたがってるそうだ」
「えっ?」
担任の言葉の意味がわからなかった。
なぜアタシに?
赤い糸 担任は言葉を続けた。
「今の中川は、何も覚えてないらしい。だが、中川は日記をつけていたらしく、それを読んで会いたいと思ってるそうだ。会うなら入院先の大阪まで行ってもらうことになるが、考えてもらえないか?」
「……」
なんて答えたらいいのか、言葉に詰まった。
返事ができないまま、アタシは電話を切った。
2日後──
悩んだ末に、アタシは新幹線に乗っていた。
行き先は大阪だ。
キッカケはお母さんの言葉だった。
「沙良チャンのためだけじゃなく、芽衣のためにも会ってきたら? このまま沙良チャンが転校して、二度と会えなくなったら後悔するわよ。大好きな友達だったんでしょ? 会って気持ちを整理して、芽衣も沙良チャンも先に進んでほしい……」
お母さんはそう言い、涙を浮かべた。
そして細くなったアタシの体を抱き締めて、声を殺して泣いていた──
アタシはそんなお母さんの姿を見て、決意した。
沙良に会おう。
大阪へ行こう──と。
「次は新大阪、新大阪です」
駅員のアナウンスが大阪に着いたことを告げた。
赤い糸 新大阪で、電車に乗り換える。
15分ほどで病院の最寄り駅に着いた。
「あっつい……」
駅を出ると、蒸し暑い空気に包まれた。
久々に外に出たアタシに8月の日差しはキツい。
近くにいた人に病院までの道を聞き、汗を拭いながら歩いた。
やがて大きな病院が見えてきた。
沙良のいる総合病院──
ドキ……ドキドキ
早まっていく鼓動。
アタシは立ち止まると、落ち着くためにタバコを吸った。
こんなに早く吸い終わるのかと思うほど、タバコはすぐに吸い終わってしまった。
深呼吸をして、歩き始める。
もう病院は目の前だ。
受付で病室を聞き、ゆっくりと沙良の元へ向かった。
聞き慣れない関西弁が飛びかう廊下が、余計にアタシを不安にさせる。
沙良の姿を見ることが恐かった。
気持ちの整理はつけてきたはずなのに──
小刻みに震え始める体を押さえられない。
沙良の病室は、7階の1番奥にあった。
重そうな入り口の扉は閉まっている。
どんな顔で会えばいいの……。
赤い糸 そう思うと、扉が開けられなかった。
扉の前で立ち尽くしてしまう。
「あ、あの……芽衣さんですか?」
後ろから標準語の女性の声が聞こえてきた。
振り返ると、沙良に目元が似た中年の女性が立っていた。
きっと沙良のお母さんだ──
「はい、そうです……沙良さんに会いに来ました。修学旅行のときは私のせいで──」
「違うのよっ! 違うの……少しあっちで話さない?」
沙良の母は、頭を下げようとするアタシを止めた。
そして休憩所を指さし、歩き出す。
アタシは言われるまま、沙良の母の後をついて行った。
休憩所のソファーで並んで座ったふたり。
何を話せばいいのかわからない……。
頭の中が混乱し続けていく。
先に口を開いたのは、沙良の母だった。
「芽衣さん、自分を責めないでほしいの」
「でも……アタシは……」
「私たち夫婦も、最初は芽衣さんを恨んだわ。──だけど、それは間違っていた。沙良の日記を見て、気持ちが変わったの。日記にはあなたへの気持ちがたくさん書いてあった。芽衣さんがどれだけ沙良に優しくしてくれたか、よくわかったわ……」
沙良の母はバッグを開け、ピンクの表紙の本を取り出した。
赤い糸 沙良の日記だ。
前に教室で、沙良が書いている姿を見たことがある。
沙良の母は、悲しそうな顔で日記を抱き締めた。
「沙良は記憶がまったくないの。ケガの理由も覚えてないから、自殺未遂ではなく事故だと教えてあるわ。つらい記憶を無理に思い出させるより、嘘でも幸せな記憶を与えてあげたいと思ってるの」
沙良の母の頬に、涙がひと筋流れていった。
アタシは無言でその涙を見ていた。
しばらく沙良の母と話し、気持ちを落ち着かせて病室の前に戻った。
トントン──
「失礼します……」
相部屋なので気をつかいながら、静かに扉を開いた。
沙良は手前のベッドで雑誌を読んでいた。
「沙良──」
沙良は雑誌から顔を上げ、アタシの姿を見つめた。
「誰? もしかして、クラスメイトの人ですか?」
ニコッと笑う沙良。
その笑顔はいつも見ていた沙良の笑顔で、アタシは泣きそうになってしまった。
「あ……あの……芽衣です」
「芽衣チャンなの!? 会えて嬉しい。座ってくださいっ」
沙良はベッドから起き上がり、横にある丸い椅子にアタシを招いた。
赤い糸 見た目は沙良なのに、まるで初めて会う女の子のように感じた。
沙良も少し恥ずかしそうにこっちを見ている。
「初対面なんだけど、仲の良い友達なんですよね? ヘンな感じ──」
「アタシも沙良に芽衣チャンって言われたのは久々。芽衣って呼び捨てで呼ばれてたから……怪我はよくなってきたの?」
ぎこちないふたりの会話。
沙良の頭には白い包帯が巻かれ、腕に痛々しい傷あとがあった。
「あっ……この傷、みっともないですよね。アタシ、ドジみたいで……」
アタシの視線を感じた沙良は、スッと腕を布団の中に隠して苦笑いをした。
ヤバい……。
泣きそうだよ──
アタシは涙を必死に堪えた。
沙良とはもともと気が合ったから、すぐに意気投合していろいろな話をした。
「アタシ、どんな人でしたか? 芽衣チャンと仲が良かったみたいだから、聞きたいと思ってたんです」
沙良は言った。
アタシの頭の中に、楽しかった沙良との思い出が浮かんでくる──
楽しそうに笑う沙良。
遅刻してきて苦笑いする沙良。
そして、たかチャンが好きだとはにかむ沙良──
尽きることがない沙良との思い出。
赤い糸 楽しかった日々が鮮明に甦る。
だけど、あの頃の沙良はもういない──
「沙良は……さ、沙良…っごめんっ──」
込み上げて溢れる涙を押さえることができなかった。
両手で顔を覆い、アタシは号泣した。
「あたしはいい子でしたか? 好きでしたか?」
沙良の問いに、頭をコクコクと縦に振った。
「だ……大好き……ウゥッでした──」
声を詰まらせ、答える。
沙良は嬉しそうにほほえんだ。
そして沙良の頬にも涙がつたっていった──
気がつけば、陽が沈みかけていた。
面会時間の終わりが近づいてくる……。
「最後にひとつだけいいですか?」
「何? 聞いてっ」
「高橋クンは、どーゆぅ人なのかな?」
アタシは動揺し、言葉に詰まってしまう。
「アタシ、高橋クンって人が好きだったんですよね? 気になっちゃって……」
「たかチャンは──いい人だよ。かっこよくて優しくて、すごくいい人……」
「でも高橋クンは、芽衣チャンが好きなんだよね?」
「──え?」
意外な沙良の言葉。
赤い糸 なんで知ってるの?
記憶がないなら、知らないはずなのに……。
「日記に書いてあったんです。高橋クンが好きだけど、彼は芽衣が好きなんだって──。芽衣チャンの気持ちは? 高橋クンのことをどう思っているの?」
アタシは……、たかチャンが好き。
「……好きだよ」
もう沙良に嘘をつきたくなかった。
正直な気持ちを伝える。
「そっかぁ。良かった☆」
「良かったって、意味わかんないよ?」
「だって両想いでしょ? 沙良は失恋だけど、好きな友達の幸せは嬉しいと思う。まだ告白してないの? あたしに気はつかわないでね」
「……告白はしないよ。できないよ──」
「だって、あたしは高橋クンが誰かすらわかんないんだよ? 好きじゃないんだから告白してっ。──お母さん、沙良が書いていた日記取ってください」
同室の患者と話し込んでいた沙良の母は、さっきのピンクの日記を手渡した。
沙良は日記をペラペラとめくり、ある1ページを開いてアタシに渡した。
「ここ、読んで。あたしが前に書いたと思うと恥ずかしいけど、読んでほしいんだ……」
そこには懐かしい沙良の字が並んでいた。
赤い糸 沙良の日記。
書かれた日付は、修学旅行の前日だ。
*****
明日から修学旅行だ。
大好きな高橋クンと一日中、一緒☆
芽衣とアイちんと3人で予定をたてた最終日の買い物も楽しみ。
ほんとは高橋クンとふたりでどこかに行きたいけど。
高橋クンに好かれてる芽衣がうらやましいな。
芽衣は可愛いし優しいし、勝ち目がないよ。
それに、初めてできた沙良の親友だ。
中2までいじめられて学校が嫌いだったけど、芽衣のおかげで毎日が楽しくなった。
好きな人もできて、楽しかった。
アタシは高橋クンより芽衣が大切。
だから、告白してフラれて気持ちを吹っ切ろう。
芽衣は今、誰が好きなのかな?
もし高橋クンだったら切ないけど、そしたら両想いだし応援しなくちゃ。
こんなに友達のこと思えたのは、初めてだぁ!
それだけ芽衣がアタシに優しくしてくれて、アタシを幸せにしてくれてるからだねっ。
レズじゃないけど、芽衣が大好きだよ!
*****
「さ……沙良ぁ──」
そんなに想ってもらえてたなんて……。
沙良はこんな気持ちでたかチャンに告白してたのに、アタシは何もわかってあげられなかった。
赤い糸 修学旅行2日目の夜、沙良はアタシに話があると言った。
それなのにアタシは眠くて寝てしまって……。
きっとこのことを話したかったんだね。
沙良の気持ちが胸の奥に届いて、アタシは目から溢れ出す涙を止められなかった。
「アタシ、こんな良い子じゃない……っ…沙良に、う、嘘ついて……たかチャンと遊んで…まだ、謝って……ない沙良ぁ……ウゥッ、ごめんねっ……」
泣き崩れるアタシ──
沙良は記憶のない事実に戸惑い、悲しそうな顔でアタシを見つめていた。
──だけど、すぐに沙良は言った。
「何か事情があったんでしょ?」
「……だ、だけど──」
「事情もなしに芽衣チャンがそんなことするなんて思えないよ……そうだよね?」
沙良はすがりつくような目をしていた。
信じているというか、信じたいように見える。
日記の中で見つけた親友に、裏切られたなんて思いたくないんだよね……。
「結果的には沙良を傷つけたかもしれないけど、そんなつもりじゃなかったんだ。芽衣にとって、沙良は大事な友達だから……」
「──良かった」
沙良は安心したように微笑んだ。
赤い糸 「面会時間は終わりですよ」
病室のドアが開き、看護士がアタシに言った。
「もうそんな時間……芽衣チャンはいつまで大阪にいるの?」
「今日帰るんだ。……明日から塾の夏期講習があって」
「そっかぁ……」
沙良は一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐにニコッと明るい笑顔を作った。
「今日は遠くからわざわざありがとう。すごく嬉しかった……退院したらアタシ、大阪のお婆ちゃんの家に住むの。だから次はいつ会えるかわからないけど、芽衣チャンのことはずっと忘れないから──幸せな毎日が残ってる日記、た……宝物だよ。芽衣チャ……ン……グスッ……」
沙良は泣きながら抱きついてきた。
昔と同じ沙良のシャンプーの匂いがフワッと香る。
アタシは戸惑いながら沙良の背中に手を回した。
「沙良……ありがと──」
「幸せになって……」
「沙良……沙良ぁ……ッ」
──病院を出ると、空は薄暗くなっていた。
アタシは涙を拭い、沙良の病室を見上げた。
逆光でよくわからないが、病室の窓に沙良と沙良の母らしき人影が見えた。
沙良……ありがとう……。
赤い糸 海
──翌朝
アタシは朝から塾に向かって歩いていた。
それまでは塾なんて通っていなかったが、アタシもよく考えたら受験生。
推薦は完全に無理だし、そろそろ勉強しないと行ける高校がなさそうだ。
眠さを堪えて近所の塾に向かった。
昨日は深夜までお母さんと話していた。
帰ってから食事を取ったアタシを見て嬉しそうに、涙を流し続けてくれた。
そして、じっくりアタシの話を聞いてくれた。
そんなお母さんの姿を見て、アタシは心配をかけたことを素直に謝った。
お母さんの涙を見るのはつらい。
もう見たくないよ──
塾に着くと、塾に似つかわしくない美亜の姿が目に入った。
ダルそうに椅子に座っている。
「プッ」
思わず吹き出してしまった。
「みぃ~あ! おはよぉっ! !」
「──あっ! ! 芽衣っ! おはよ? 待ってたんだよぉ☆」
ギャルふたり組の姿に、周りの真面目な学生は少し引いている。
だけどそんなこと、ふたりには関係ない。
「来年から高校かぁ。同じ高校に行こうね! 優梨は頭いーから同じ高校は無理だけど、ウチらは似たよーな頭だし?」
「確かにっ。偏差値50が限界! 優梨は偏差値60はあるもんね」
赤い糸 この塾は地元では有名な塾で、違う中学からもたくさんの学生が来ていた。
高校はこんな風に、知らない人たちが集まって来てるんだよね。
みんなとお別れだし、寂しいな……。
勉強すればする程に、リアルに感じる〈卒業〉の2文字。
「なんか、みんなに会いたくなっちゃった」
塾からの帰り道、美亜がポツンと呟いた。
「わかるっ。卒業なんてまだ先だと思ってたけど、すぐ卒業なんだよねー」
「寂しいねっ。思い出作らなきゃ……」
「そうだね」
沙良のことが頭をよぎる。
積み上げてきた思い出たちが消えてしまうって、どんなにつらいことなんだろう──
「実は昨日、沙良に会って来たんだ……」
「え? そうなの?」
「ゆっくり話したいから、あそこに座んない?」
ふたりは近くにあったコンビニに行き、ジュースだけ買って駐車場の地面に座った。
お金がないときは、駐車場や公園がふたりの喫茶店代わりだ。
「沙良ね……修学旅行前に、たかチャンの気持ちを知ってたみたいなんだ」
「芽衣のこと? じゃあ、なんでコクったの? 全然わかんない……」
美亜の頭の中は、混乱してるようだ。
赤い糸 美亜はアタシからすべて聞き、やっと理解したようだ。
「沙良は、ホント芽衣が好きだったんだね。好きな男より、イジメられてた毎日から救ってくれて仲良くしてくれた友達が大事かぁ……わかる気がするね」
「アタシには美亜や優梨やたくさん友達がいるけど、沙良にはアタシとアイちんだけだったんだよね……」
「たかチャンのことも、芽衣に話したらたかチャンと距離あけたり沙良に気をつかうのがわかったから言わなかったんじゃない? コクってフラれても、そのまま芽衣とは仲良くいたかったんだよ。芽衣のせいでフラれたってなったら、どうしてもギクシャクしちゃうじゃん?」
「……そっか」
「それなのにふたりでUSJ行ってたって聞いて、裏切られてショックだったんだね。きっと芽衣の話を聞けないくらいにパニくって、あんなことしちゃったんだよ。でも、お互いがお互いを大事な友達だと想うからした行動じゃん。それがすれちがっただけじゃん?」
「そうだよね……でもUSJがキッカケでたかチャンを好きになった気がするから、アタシ最悪じゃない?」
美亜はブンブンと首を横に振った。
そして、アタシの目を見て真剣に言う。
赤い糸 「人の気持ちなんて、どーにもならないじゃん。止めようとしても止まらないもんだもん。今の沙良はわかってる。記憶なくさなくても、きっとすぐわかってくれたと思うよ? それに沙良は、芽衣の気持ちどーこーじゃなくて、密会したみたいなことにキレたんじゃん。それを謝って、たかチャンを好きになったことも伝えたんだから……。もぅ、沙良に気をつかって自分の気持ちを押さえる必要はないよ。自分はたかチャンが好きなんだって、素直になっていいと思う! ! 美亜は応援するから☆」
喉が乾いたのか、ジュースを一気飲みする美亜。
美亜はいつも、アタシに必要な言葉をくれる。
「……誰かにそう言ってほしかった。すごい楽になった」
「へへっ☆」
「アタシ、たかチャンを好きでいてもいいのかな?」
美亜はニコッと笑って、頭をクシャッとなでてくれた。
沙良も大阪で、美亜のようないい友達を見つけてほしい。
──きっと見つかるよね。
沙良はアタシの大好きな友達だもん。
沙良とアタシは二度と会えないかもしれないけど、一生心で繋がっていれるよね?
アタシは繋がっていたいよ──
赤い糸 夏期講習は学校へ通うより大変だった。
アタシは毎朝早く起きて、ダルくても塾へ通い続けた。
お金を払ってまで来てるんだから、サボってたらお母さんに悪い気がする。
嫌いな数学はサッパリわからないけど、アタシなりにわかるように努力した。
友達の誘いも断り、家に帰ると毎日必ず予習復習する。
その甲斐あって、夏期講習が終わる頃には1学期の勉強の遅れを取り戻していた。
大変だった夏期講習も終了し、夏休みも残り1週間だ。
今日まで頑張った分、とことん遊んでやるっ?
アタシは久々に気合いの入ったメイクをし、家を飛び出した。
「あんなに勉強を頑張ってくれると思わなかったわ。宿題も終わってるみたいだし、残り1週間は楽しく過ごしなさい」
お母さんはそう言い、快く送り出してくれた。
今日は美亜や優梨やたかチャンたちとカラオケに行く約束をしている。
夏休みが始まってから美亜以外には会っていなかったから、ほぼ1ヶ月ぶりの集合だ。
たかチャンに会える……。
そのことを今は素直に喜べる。
楽しみで、アスファルトの熱い照り返しさえ心地良い。
赤い糸 カラオケ屋の前に、酒井と拓弥クンが立っていた。
アタシは走ってふたりに向かっていった。
「ひさびさぁー!」
アタシに気づいた拓弥クンが手を振りながら叫んだ。
酒井が走り寄ってくる。
「ハァ、ハァ……元気だった!?」
「おぅ! ! 沙良に会いに行ったんだろ? 俺も行ったよ! 芽衣が来て嬉しかったって言ってたぞ☆」
「マジ!? 嬉しいーっ!」
酒井の話によると、沙良の記憶はいつ戻るかわからないが怪我は順調に治ってきているそうだ。
退院も間近らしい。
「良かった……」
「だよな! ──あっ、美亜! !」
「美亜ー!」
遠くにド派手な美亜の姿が見えた。
また日サロで焼いたのか、かなり黒くなっている。
「あち~っ! みんなはまだ!? 遅いんだけどぉっ」
「美亜も遅刻なんですけどっ。あとは、たかチャンと優梨とミツだよ」
4人でしばらく待つと、優梨が謝りながら走って来た。
あとはたかチャンとミツだけなのに、なかなか来ない。
せっかく可愛く化粧をしたのに、汗で崩れてきちゃうよ。
ドタキャンなの?
時間が経つにつれ、不安になる──
赤い糸 待ち合わせから30分が過ぎた。
しびれを切らした拓弥クンがミツの携帯に電話をかける。
「おいっ! 遅ぇーよ! ……えっ? マジ? ……うん……うん。わかった! !」
電話を切った拓弥クンは、明るい顔でみんなに言った。
「今から海までドライブだってよ! ミツの兄貴たちと俺らでバーベキューだって!」
「マジ? たかチャンも?」
「おう! 今、車で向かってるって!」
「ちょー楽しみ!」
「やったぁ! !」
みんなから歓声がわきあがる。
アタシも待たされたイライラや不安が一気に吹っ飛んだ。
テンションが上がっていく☆
──しばらく待つと、2台の車が現れた。
ミツの兄の悟ニィと、友人の章サン。
そして、なぜかあの人が乗っていた。
「菜穂サン!?」
「芽衣チャンだぁ! 美亜チャンも! ! 久しぶりぃー」
菜穂サンは車から降り、ふたりに抱きついた。
「知り合い?」
「うん! 可愛い後輩☆」
悟ニィの声に答える菜穂サン。
菜穂サンとアタシたちは一時期気まずくなったけど、また仲良しに戻っていた。
最近は時間が合わず、なかなか会えなかった。
久々の再会に盛り上がる3人。
赤い糸 悟ニィの車には菜穂サン?アタシ?美亜?優梨が乗り、章サンの車にたかチャン?拓弥クン?酒井?ミツが乗った。
2台の車は海に向かって走り出す──
悟ニィの車はベンツだ。新しい革の匂いがする。
ミツの父は大手商社の社長で、母はエステサロンを経営してるらしい。
この車は母からのプレゼントだと悟ニィは言う。
そして、菜穂サンと悟ニィはつき合っているそうだ。
彼氏がいるとは聞いていたが、まさかミツの兄だとは思っていなかった。
「悟と章サンは高3で、あたしと同じ高校なんだぁ? 誕生日がふたりとも早いから、免許取ってるの。悟の運転、上手でしょ☆」
助手席に座る菜穂サンは後部座席に振り向き、少し照れながら言った。
菜穂サンの顔はゆるみっぱなしで、悟ニィが大好きなんだなって伝わってきた。
──1時間後。
「海だぁー!」
駐車場に止まった車から降り、浜辺に向かって走った。
太陽の光をキラキラと反射する広い海と、雲ひとつない青い空──
最高に気持ちいいっ! !
「待ってー」
「芽衣、早すぎっ!」
アタシは後ろから追いかけてくるみんなに手を振り、一番乗りで浜辺に駆け込んだ。
赤い糸 今の時期はクラゲがいるから、海には入れなかった。
それは残念だけど、波打ち際で遊ぶのも楽しい。
しばらく遊んでから、女の子たちはバーベキューの下ごしらえを始めた。
慣れない包丁で野菜を切り、鉄板に油を引く。