「……嘘だろ? 冗談はやめろよ」
「……」
「悪いところは直すから……浮気や殴ったり……ほんともうしないから……だから──」
もう殴らないって、GWにも言ってたじゃん。
それでも殴ったよね。
信じたいよ……。
だけど、もう無理なんだ。
「別れよう?」
「──嫌だ」
「もう無理だから……決めたの」
揺らぎそうになる決心。
信じたいよ。好きなんだから──
暴力を振るわれる前の頃に戻りたい。
たかチャンを信じていたあの頃に戻れたら、どんなに幸せなんだろう……
「もうダメなの……」
「もしかして……高校で好きな奴でもできたんだろ! ──誰だよ、そいつ! つれて来いよ! !」
たかチャンは呆然としたと思ったら急に苛立って……。
ガシッ
アタシの肩を思いきりつかむ。
赤い糸 ……そう。
たかチャンはいつも妄想が激し過ぎるんだ。
それで暴力を振るって……。
だから嫌なんだよ──
「もう、本当に無理なの! !」
アタシはたかチャンの手を振り払った。
「てめぇ……」
バシッ
「キャッ! !」
たかチャンがアタシの頬をたたく。
「──あっ……」
たかチャンは驚いた顔をしてジッと手のひらを見つめた。
アタシはたたかれた頬に手を当て、たかチャンを睨みつける。
「もう無理だからっ! !」
ヒリヒリと焼けつくように痛む頬。
変わらない。
たかチャンは変わらない。
楽しかった頃の思い出も色あせて……。
アタシの気持ちは限界を迎えていた。
「サヨナラ……楽しかったよ。アタシ、幸せだった──」
「ちょっと待てよ! ! なぁ……考え直してくれよ……」
サヨナラ──
アタシは踵を返し、駅前から走り去った。
──こうして、アタシはたかチャンと決別した。
赤い糸 ……そう。
たかチャンはいつも妄想が激し過ぎるんだ。
それで暴力を振るって……。
だから嫌なんだよ──
「もう、本当に無理なの! !」
アタシはたかチャンの手を振り払った。
「てめぇ……」
バシッ
「キャッ! !」
たかチャンがアタシの頬をたたく。
「──あっ……」
たかチャンは驚いた顔をしてジッと手のひらを見つめた。
アタシはたたかれた頬に手を当て、たかチャンを睨みつける。
「もう無理だからっ! !」
ヒリヒリと焼けつくように痛む頬。
変わらない。
たかチャンは変わらない。
楽しかった頃の思い出も色あせて……。
アタシの気持ちは限界を迎えていた。
「サヨナラ……楽しかったよ。アタシ、幸せだった──」
「ちょっと待てよ! ! なぁ……考え直してくれよ……」
サヨナラ──
アタシは踵を返し、駅前から走り去った。
──こうして、アタシはたかチャンと決別した。
赤い糸 携帯の番号を変える前、1通のメールをたかチャンに送っていた。
アタシの素直な思い。
伝えれなかった言葉を、電波に乗せてたかチャンに送った。
〈ディア たかチャン
昨日は逃げてごめん。電話も出れなくてごめんね。
今まで、ありがとう。たかチャンには、たくさん守ってもらったよね。
イジメられたとき……
寂しかったとき……
アタシの一番近くにいてくれたのは、あなただった。
本当にありがとう。
これから先、一緒にいれないけど……
幸せになって。
アタシたちの関係が壊れてしまったこと、ほんとにつらいよ。
ほかに誰か好きな人なんかできてない。
たかチャンとの未来が見えなくなって、別れようって結論を出したの。
このまま一緒にいたら、いつかアタシはたかチャンを憎んでしまう。
そうなる前に……
幸せな記憶を持ったままで別れたいんだ。
お互いのために……
アタシの気持ち、わかってほしい。
芽衣より〉
……大好きだったよ。
たかチャン。
赤い糸 ──アタシは新しい携帯を手にして、駅前に向かった。
今日は日曜日。
あたたかくなってきた初夏の日差しが眩しくて……
泣きはらした目を細めた。
──日曜なのに、たかチャンが隣にいない。
ヘンな感覚だった。
こんな日々にも、そのうち慣れていくのだろう。
半年後、1年後……。
アタシは、誰の側にいるのかな?
誰かを想っているのかな?
「にゃー」
駅前に着くと、可愛い声が聞こえた。
足元を見ると、子猫が足にじゃれついている。
アタシのサンダルの飾りが気になるらしい。
「……可愛いねぇ?」
子猫が愛しくなり、そっと抱き上げて頭をなでた。
「──芽衣! !」
「あっ! 待たせてごめんねっ!」
手を振りながら、優梨と美亜が歩いて来る。
優梨も昨日、ナツくんと話し合うと言っていた。
ふたりはどうなったのだろう……。
「……あれ? その猫、どうしたの?」
「あっ、この子? さっき、見つけたの。……可愛いからつれて帰ろうかなぁ?」
赤い糸 「ダァメ! ! あっち見てみなよ。母猫が見てるでしょ?」
優梨が道の脇の街路樹を指さした。
そこには子猫と同じ模様の母猫がいて、ジッと子猫を見ている。
「……そっかぁ。ママと離れたら嫌だよね」
『みゃー』
子猫は返事をするように鳴いた。
アタシは地面に子猫を降ろす。
「……なんか、優梨が芽衣のお母さんみたい」
美亜はふたりのやり取りを見て、クスクス笑う。
優梨は優しくほほえんで、
「あたしはお母さんだもん? ねぇ、赤ちゃん?」
そっとお腹をなでていた。
アタシと美亜は顔を見合わせる。
もしかして……。
「ふたりに報告があるの。アタシね、明日休学届を出してくるよ。……お腹の赤ちゃん、産みたいんだ」
「えっ? ナツくんや親に話したの?」
「──うん。てゆうか、ナツとは別れるかも……堕ろしてって言われちゃった。でも、親は説得したよ。ナツがいなくても頑張って育てていこうって言ってくれたの。お婆ちゃんが最近死んじゃったから、余計に命の大切さを考えてくれるのかもしれない」
赤い糸 「……優梨はそれでいいの?」
「うん。──不安だけどね。赤ちゃんには何も罪がないのに、アタシが勝手に殺せないよ……この子はいっぱいいる女の人の中から、アタシを選んでくれたんだもん」
優梨の顔からは、昨日までの迷いが消えていた。
16歳になったばかりの優梨には、たくさんの試練があるかもしれない。
だけど、きっと今の優梨なら、乗り越えていけるよね。
「アタシも……たかチャンとのことを結論出したよ。──別れたっ! !」
「えっ!?」
──驚くふたり。
「……これからは暇になるから、遊んでねっ!」
「……芽衣」
暗くなってしまいそうな気持ちを消すように、アタシは明るく笑った。
「えっと……甘い物でも食べに行きませんか!?」
美亜は戸惑いながらも笑顔を作り、アタシと優梨の肩を抱いた。
「そうだねっ!」
「行こっか!」
3人は近くのケーキ屋に向かって、歩き始める。
赤い糸 「アタシは、優梨のことを応援してるからね」
「──美亜も! ナツにも、優梨の気持ちが伝わったらいいね。それに、芽衣のこれからの人生も応援してるよ☆ たかチャンがいない寂しさ、アタシと優梨で埋めてあげるからっ!」
「そうだよ? アタシたちがいるんだから、寂しいときは一緒にいようねっ。親友なんだから! !」
……最高の友達。
ふたりとも、大好きだよ。
優梨は、頑固だけど、すごく優しくて、素直で真っ直ぐな女の子。
美亜はちょっとおバカさんなところもあるけど、とっても友達想いで、心があたたかいんだ。
このふたりの親友がいなかったら──
アタシは最低な人生を歩み続けていただろう。
ふたりがいたから、アタシは今、こうして笑っていられる。
大好きだよ──
赤い糸 赤い糸
悠哉への恋心は、十数年間の片想いというカタチで終わってしまった。
告白すらできないまま、アタシには黙って忘れるという選択肢しか残らなかった悲しい初恋。
でも……そう簡単には忘れられなかった。
隣の家に住む悠哉の姿は毎日嫌でも視界に入ってきて、忘れるための距離なんかなかったから。
どうして貴方に出会ってしまったんだろう?
どうして貴方の幼馴染みなんだろう?
どうして貴方の好きな人は、姉の春菜なんだろう?
繰り返し答えのない疑問を感じて、この運命を定めた神様を恨んだよ。
本当につらかったんだ。
そんなアタシの心を救ってくれたのは、アッくんだった。
貴方はあんなにも強かった悠哉への愛を、いつの間にか忘れさせてくれた人。
ただの友達という一線をこえ、アタシは貴方の恋人になってすべてを捧げた。
最初は偽りの恋だったけれど、それが真実の愛に変わっていったんだ。
1ヶ月という短い間だったけれど、初めてお互いに求め合えて幸せだった。
別れたあと、アタシは自分で思っていた以上に貴方を愛していたと思い知った。
悠哉のときとは違う大きな喪失感が心を空っぽにしていったんだ。
空っぽなのに、貴方を考えるたびにズキズキと胸だけが痛かった。
そんな状況から抜け出したくて、アタシは悠哉を忘れようとしたときと同じように心を埋めてくれる人を求めた。
気持ちをまぎらわすためだけに、好きでもないコータと体を重ねたんだ。
だけど、愛のないセックスは一時的な心の救いになっただけだった。
セックスが終わったあとは虚しさしか残らなくて、心に傷を作っていっただけ。今はすごく後悔してる。
アッくんはアタシのことをずっと支えてくれたよね。
たかチャンとの恋を後押ししてくれたのも貴方だった。
大好きな甘いチョコレートのように、いつもアタシの心をあたためてくれた。
そんな優しい貴方に甘えてばかりでごめんなさい。
赤い糸 たかチャンとの出会いは、悠哉とアッくんにグラグラと気持ちが揺れ続ける中でだったね。
ただの男友達で、友達の沙良の好きな人。
それだけだったのに、気づけば貴方はアタシの好きな人に変わっていった。
友だちを裏切るなんて悪いことだとわかっていても、自分の気持ちが止められなかったよ。
いろいろなことがあったけど、アタシは友だちを失う代わりに愛を手に入れた。
貴方の彼女になって、深い愛と優しさを知ったよ。
一生側にいたい。離れたくない。
アタシは幼いながらに貴方への永遠の愛を誓った。
そして、その証に貴方の名前を体に刻んだんだ。
それくらいアタシは貴方を愛してるって伝えたかった。
離れてしまった今は、その証も悲しい傷痕にしかならないけど。
貴方に出会えなかったら、アタシはこんなにも深い愛を知ることはなかった。
歪んだ愛だったかもしれないけど、こんなにも愛してくれてありがとう。
暴力さえなければ、もっと貴方の側にいたかった。
どうして貴方は変わってしまったんだろう。
あの大きな背中が、今は遠くからしか見れないことが寂しいよ。
貴方に殴られることはもうないけれど、代わりに貴方に抱き締めてもらうこともなくなってしまった。
楽しかった想い出も色褪せていくんだろうね。
だけど、アタシは2人で過ごした楽しかった日々を、ずっと忘れないでいたいよ。
赤い糸 運命の人は、いったいどこにいるんだろう。
気づかないだけで、もう貴方に出会ってるのかな?
それとも、貴方はまだ知らない土地で生きてるのかな?
貴方を探して、アタシはこれからも恋をするだろう。
「間違ってもいいじゃないの。傷つかない恋なんてないし、傷つけない恋もない。そこで立ち止まったらダメだけどね。そこから学んで、もっと相手と想い合える恋をしていけばいいの。別れは、新しい出会いの始まりよ。それに、別れたって運命の人ならまためぐり会える。赤い糸で繋がっているんだから。私はそう信じてるわ――」
アッくんと別れたとき、お母さんは泣きじゃくるアタシにこう言ってくれた。
今になって、やっと少しずつ意味がわかってきた気がするよ。
アタシはまだ高校1年生だ。
これからも迷い、間違い、愛した人と傷つけ合うこともあるだろう。
でも、きっと……。
小指に結ばれた見えない赤い糸の先で、運命の人はアタシを待っている。
泣いたって苦しんだって、アタシはずっと糸をたどっていくよ。
そして、いつか貴方を探し出すからね――
赤い糸
~destiny~
赤い糸destiny 新しい命
時はあっという間に流れ、どんどん季節が移り変わっていった。
運命の相手を探し、赤い糸の先を辿りながら、芽衣は高校2年の春を迎えていた……。
「あーっ!! 明日から、もう学校だよぉ……。春休みって、あっとゆう間に終わるよねぇ」
「確かに!!」
「……幸せな悩みっ! 学校行けて羨ましいなぁー。早く復学したいよぉ。ねぇ、梨夏たんっ……ママたちは昼間は暇なんでちゅよねぇー」
今日は、春休み最後の日。
アタシは美亜と一緒に、優梨の家に遊びに来ていた。
──たかチャンとの別れから、もうすぐ1年が経つ。
あれから、いろいろなことがあったな。
一瞬だけ、新しく気になる人がいた時期もあったけど。
その人は、中退して学校を辞めていってしまった。
それ以外にずっと胸にモヤモヤと残るふたりの存在──
たかチャンと……アッくん。
たかチャンとは、冬休みに再会した。
別れた後は逃げ続けるように避けてたんだけど、冬休みに開かれた中学の同級会がキッカケになり、今はたまに連絡を取り合っている。
赤い糸destiny またつき合いたいとか、まだ好きだとか、そういう訳ではないような気がするけど……。
よくわからないよ。
あれだけ愛した人だし、嫌いになって別れたわけじゃないから、未練のような物が残っているのかもしれない。
アッくんは、今も麻美と仲良く過ごしている。
あのとき、アタシがたかチャンではなくて、アッくんを選んでいたら……。
アッくんの隣で笑っている麻美チャンの笑顔は、アタシの笑顔になってたのかな?
……たまに、そんなことを考えたりした。
羨ましいだけなんだと思うけど、ふたりを見ると、胸がモヤモヤする。
「明日は梨夏の出産予定日なのに、なんでナツくんがいないの?」
「あぁ、ナツ? ナツは今日、大事なサッカーの試合なの。夜には来るよ!」
優梨は大きくなったお腹を愛しそうに撫でた。
日に日にお腹は大きくなり、明日は優梨の出産予定日を迎える。
お腹の赤ちゃんは女の子で、梨夏という名前に決めているらしい。
【り】は、優梨の梨。
【か】は、ナツくんの夏樹の夏。
赤い糸destiny ナツは、優梨に子供を堕ろしてと言った2日後、学校を休んで地元に帰って来て、
「この前はごめん! 俺に……父親にならせてくれっ!学校辞めて働くから、ふたりの子供を産んでほしいっ!!」
そう言って頭を下げたらしい。
優梨の両親とナツの両親を交えて話し合い、ナツの高校卒業後に結婚することになっている。
……ほんとに良かった。
アタシはその話を聞いたとき、心からそう思った。
「じゃあ……ナツくんが到着するまで3人でいよう!」
「そうだねっ!! 彼氏に電話しよっと」
「ありがと! ──あっ! 今、梨夏もお腹を蹴ってたよ。話がわかるのかなぁ?」
3人(4人?)は、笑い合った。
美亜は携帯を手にすると、嬉しそうに耳に当てた。
美亜には彼氏ができていた。
海斗ではないけどアタシも優梨も前から知ってる人。
「──もしもし、ミツ?」
そう。中学高校と同級生のミツだ。
美亜は海斗が好きなころ、ミツに恋愛相談をしていた。
赤い糸destiny 純粋に恋をしている美亜に、どんどんミツは惹かれていったらしい。
美亜も、いつしかミツに恋の相談はしなくなっていた。
出会ってから長い時間をかけて、先月からふたりはつき合い始めたんだ。
「……彼氏いないの、アタシだけかぁ」
「芽衣も早く好きな人ができたらいいねっ!」
「しばらく無理そうだよー……」
このモヤモヤが消えない限り、アタシは先へと進めない気がする。
でも、このモヤモヤはなんだろう。考えても、その正体がよくわからなかった。
彼氏は欲しいけど、自分をごまかした恋はしたくない。
アタシはそう決め、無理に恋を探すことはしなかった。
「──ッ……なんか今日、お腹が痛いんだよねぇ。お腹こわしたかなぁ? トイレ行ってくるぅー」
お腹をスリスリとさすり、優梨は立ち上がった。
「ヨイショっと……」
大きくなったお腹を抱え、トイレの方に向かって行った。
「いいなぁ。好きな人の子供がいるんだもんね。アタシもミツの子供が欲しいよぉーっ!」
美亜は優梨が出ていったドアを見つめ、羨ましそうに言った。
赤い糸destiny 平凡で……普通の毎日。
失恋や暴力で悩んだ日々から比べたら、これが幸せなのかな?
沙良が、この前電話で言っていたことを思い出した。
「アタシ、もう記憶が戻らなくてもいいと思ってる。今が幸せだから、つらい記憶なら消えててもいい」
沙良は今も大阪で暮らしている。
好きな人もできたらしく、写メールが送られてきた。
少しだけ、たかチャンに似てる人だった。
──アタシもいつの日か、また誰かに恋をするのかな。
「……ヤバいかも」
部屋のドアが開き、優梨が戻ってきた。
青ざめた顔をして、両手でお腹を押さえている。
「何かあったの!?」
「汚い話だけど、下痢じゃないみたい。何も出ないのに、お腹が痛いの。これって……」
「えっ! まさか、陣痛!?」
優梨は躊躇しながらも、コクンと頭を縦に振る。
「……そうかも。今はお母さんもいないし、病院についてきてくれる?」
「わかった!」
「──うん!!」
部屋の空気が張り詰め、急に慌ただしくなった。
赤い糸destiny アタシは優梨の母子手帳を開き、産院に電話をかける。
「あ……あのっ……」
動揺して、うまく話せなかった。
「ううっ……」
優梨は苦しそうにお腹を押さえ始めた。
──動揺してる場合じゃない!
「中西優梨の友だちですが、陣痛が来たみたいです! 今からそちらに向かうのでお願いしますっ!!」
優梨は不安そうにアタシを見つめる。
美亜はパニックになりながらも、ナツや優梨の両親に電話をかけていた。
3人が産院に着くころ、優梨の顔はさらに青くなり、額から脂汗が浮き上がっていた。
「──ッ……い……痛いよ」
「優梨! 頑張って!!」
「ナツ……ナツはまだ来ないの?」
痛みをこらえ、優梨はまわりを見渡している。
……早く来て!
ナツくん、早くっ!!
アタシは何もできず、ただただ優梨の手を握り締め続けた。
これから優梨は母になるんだ。
梨夏を、この世に産み出してあげるんだ。
頑張って。優梨、頑張って──
アタシはさらに強く、優梨の手を握った。
赤い糸destiny 女性の看護師が来て、優梨のお腹に吸盤のような物を置いた。
「あー……今は5分間隔の陣痛ですね。2分間隔くらいになったら、出産が始まりますよ」
吸盤と繋がっている機械の画面を見て、看護師はあっさりと言った。
そして、笑顔を残し病室から出て行く。
5分間隔?
アタシはよくわからないけど、優梨にはわかったようだった。
「……どうゆうこと?」
「じ、陣痛って……間隔をおきながら来るんだよね。──ッ、ヤバい、来たぁ……アァッ……ウッ──!!」
繋いだ手のこうを、ギシギシと優梨の爪がえぐる。
「──ッ!!」
「い……痛ぁい!!」
優梨は叫びながら苦しそうに顔を歪ませていた。
……どうしたらいいの?
ガチャ──
「優梨!! 大丈夫なの!?」
優梨のお母さんが、息を切らして病室に入ってきた。
そしてすぐに、苦しむ優梨の背中をさすり始めた。
「鼻から吸って、口から大きく吐いて! 練習したじゃない!!」
「お、お母さ……んアアッ……」
ふたりの姿に呆気に取られ、アタシと美亜は立ちつくす。
赤い糸destiny 病院に着いてから、数時間が経過した。
少し前にナツと優梨のお父さんが駆けつけ、病室には緊迫した空気が流れている。
「──ッ!! は、早く……産みたぁいっ!!」
「まだ子宮口が6センチしか開いてないですからねぇ。10センチまで開いたら分娩台に移りましょう。頑張ってくださいね!」
優梨は汗だくになり、唸り続けている。
「じゃあ、また後で来ますね。何かあったら、ここにあるナースコールで呼んでください」
看護師はそんな優梨に笑いかけ、事務的に話しながら部屋を出て行こうとした。
──ちょっと!
もう何時間も苦しんでいるんだよ。
ほんとに大丈夫なの?
アタシは不安になり、美亜と目を合わせた。
「もう何時間もこんな状態なんですよ!! 優梨の体がもたないんじゃないですか!?」
そのときだった。
ナツが帰りかけた看護師の腕を掴み、つっかかるように言った。
「……あれ? 弟さんですか?」
「子供の父親ですけど!」
「あ……あらぁ。若いお父さんなんですねっ」
赤い糸destiny いら立つナツに、看護師は平然と答える。
「そんなのはどーでもいいんですよ! 優梨はこんなに苦しんでるんですよっ!!」
「夏樹くん、少し落ち着いて! 優梨は大丈夫よ。お産はこういうものなの。何十時間も苦しむ人もいるんだから……優梨なんて、早い方じゃないの?」
優梨のお母さんが横から口を挟んだ。
……さすが出産経験者。
優梨のお母さんの余裕の笑みに、ナツも圧倒されている。
「そうですよ。今は順調です。うまくいけば、今晩中には出産ですから……えっと、旦那様は立ち会いをご希望されていますよね?」
「……は、はい」
「じゃあ、奥様のおそばについていてあげてくださいね。では後ほど」
看護師は笑顔のまま、病室を出ていった。
ナツは複雑そうな顔で、看護師の背中を見つめている。
ポン──
優梨のお父さんが、ナツの肩に手を置いた。
「私もそうだったよ。家内が苦しむ姿を見て、戸惑った。……だけど、優梨は無事に産まれただろ? 女って生き物は強いんだ」
優梨のお父さんにも諭され、ナツは落ち着かなそうに部屋をウロウロと歩き回る。
赤い糸destiny 「あ、あの。出産ってよくわからないんですけど、今はどんな状況なんですか?」
美亜が小さな声で、優梨のお母さんに尋ねた。
「そうよね。学校でも分娩についてなんて、詳しく教えてないわよね」
「アタシも聞きたいです」
「今はね……」
苦しみ続ける優梨の背中をさすりながら、優梨のお母さんは話し始めた。
ナツも病室の隅の椅子に座り、優梨のお母さんの話に耳を傾ける。
「陣痛は、赤ちゃんからのお腹から出たいよってゆうサインなのよ。今は赤ちゃんも優梨と同じように、頑張って外に出ようともがいてるの。陣痛は波があって、痛い時間と落ち着く時間が交互にくるモノなんだけどね。赤ちゃんがお外に近付くにつれて、陣痛の波の間隔はせばまって……優梨の体もそれに合わせて、赤ちゃんを外に出そうするのよ。子宮口ってゆうのは子宮の出口で…今は出口は少しずつ開いていて、赤ちゃんが出られるスペースを作ってあげてるところなのよ。その出口が10センチまで開いたら、優梨と赤ちゃんがふたりで力を合わせて出産という共同作業をするの。……ちょっと、難しかったかしら?」
赤い糸destiny 出産って……すごいことなんだね。
「この痛みはね、女なら乗り越えられるものなの。だから、大丈夫! ねえ、優梨。頑張って赤ちゃんを産んであげようね!」
「──う、うんっ」
優梨は額に脂汗を浮かべながらも、母の声に答えた。
母になろうとする優梨は、とっても強かった。
痛みに顔を歪めながら、
「梨夏ぁ……ママ、頑張るから……」
お腹の我が子に声をかけている。
「3人とも、そろそろお腹が空いただろう。まだまだ産まれそうもないし、ここは私と家内に任せて食事を取ってきたらどうだ? これからもっと大変になってくるから、体力がないとお産まで持たないぞ」
優梨のお父さんは、5000円札を美亜に渡した。
「……すいません。わかりました」
小さな声で呟いたのは、ナツだった。
さっきまでの威勢のよさは、まったくなくなっていた。
「……じゃあ、行こっか?」
「う、うん……ここにいても、今は何もしてあげれないもんね。ご飯食べたら、優梨ママと交代してアタシたちで背中さすろう」
アタシたちは戸惑いながらも、言われるまま部屋を出た。
赤い糸destiny 病院を出て、近くにあった定食屋の戸を開いた。
ガラガラガラ──
「……あぁ、夜なのに若いお客さんだな。奥のテーブルに座ってくれ」
カウンターの中の無愛想な店主に迎えられ、いちばん奥のテーブル席に座った。
「はぁ……」
ナツは椅子に座ると同時に、大きな溜め息をついた。
目を伏せ、明らかに落ち込んでいる。
「ナツくん、どおしたのー? パパになるんだから、もっと嬉しそうな顔して!!」
「そうだよ!『優梨は大丈夫だ』って言われたじゃん。そんなに心配しなくっても」
「……」
今のナツに、アタシたちの声は届いていないようだった。
どうしたんだろ……。
「ねぇ、ナツくん? 聞いてる?」
「……ハァ。なんか、自信なくなっちゃったよ。『俺がついてるから安心して産め』って言ってたのにさぁ……実際、俺がいちばん不安なんだよな。こんなんだし、学生だし、ちゃんとした親父になんてなれんのかな」
ナツは悔しそうに頭を抱えた。
何もできなくて、下を向いたままのナツを見つめた。
赤い糸destiny 「お客さん、注文は決まったかい?」
店主がカウンターの奥から声をかけてきた。
アタシは壁に貼られたメニューを見る。
「アタシは肉野菜炒め定食でっ!」
「あ、あたしは……生姜焼き定食にしようかな? ナツくんは?」
「俺、食欲ないから……」
どんどん落ち込んでいく様子のナツ。
そんなナツに、店主はぶっきらぼうに話しかけた。
「……さっきの話聞いてたけどな、あと何時間かで子供が産まれるんだろ?」
「はい……」
「この店には、お客さんたちみたいな人がたくさん来るんだよ。みんな不安なんだ。最初から完璧な親父なんていない」
ナツはうつむいていた顔を、ゆっくりと上げ始める。
「子供と一緒に成長して、少しずつ親父になっていけばいいだろ?」
「でも……」
「俺はそうだった。かみさんは腹に子供ができたときに母性がわいたらしいけどな。俺は実際に子供を見るまで、あんまり父親の実感がなくてな。出産中は不安になって、酒飲んでごまかしたよ。ハハッ……」
店主は固い表情を崩して笑った。
つられるようにナツも笑い、少し安心したのか、メニューを見始めた。
赤い糸destiny 「……じゃあ、親子丼にしようかな」
出産のときに、親子丼?
「ベタだねぇ……アハハッ!」
思わず笑ってしまった。
「ふたりとも笑うなよー! 親子丼って気分なんだってば! そうっすよね、親父さん!」
「まぁな」
店主は少しだけ微笑むと、また無愛想な顔に戻って料理を作り始めた。
「最初は怖かったけどあの人ってけっこーいい人じゃない?」
「わかるっ」
美亜が声をひそめて話しかけてきた。
ナツもふたりの会話に、強くうなずいた。
食事を終えて病室に戻ると、さっきまでいたベッドの上に優梨の姿はなかった。
そして、優梨の両親もいない。
「どうしたんだろ?」
「もしかして何かあったんじゃ……。ナースセンターに行ってくる!!」
ナツはそう言い残し、病室から飛び出していった。
「大丈夫なのかな?」
「まだ出産まで時間はかかるって言われたよね?」
アタシは不安になり、美亜と顔を見合わせた。
赤い糸destiny バタバタバタッ──
「はぁ、はぁ……」
すぐに息を切らしたナツが戻ってきた。
「どうだった!?」
「も、もう……分娩室に、入ってるって!!」
「ええっ!?」
「お、俺……立ち会うから……もう、行こっ!!」
「う、うん!」
「行こう!」
3人は病室を出て、分娩室に向かって廊下を走った。
──優梨、頑張って!!
廊下の突き当たりを曲がると、目の前に優梨の両親とさっきの看護師の姿があった。
分娩室と書かれた扉の中からは、苦しそうなうめき声が聞こえてくる。
「ご主人、早くこちらへ!」
「は、はいっ!!」
看護師はナツに声をかけ、扉の中に連れていった。
「もうすぐ梨夏が産まれるわよ」
「少し早まったけど、大丈夫だから──」
優梨の両親に声をかけられ、アタシと美亜は壁際にあった椅子に座った。
「ウワッ……アアアッ!!」
「大丈夫! 頑張って!」
廊下には、優梨のうめき声が響き続けている。
赤い糸destiny 深夜2時を少し回ったころだった。
「アアアアーーッ!!」
「頑張れ!!」
そんな優梨とナツの声と一緒に……。
「………オギャア……オギャア、オギャア──」
「──ッ!!」
天使の……可愛い天使の声が──
その場にいたみんなに聞こえてきたんだ……。
ガタンッ──
「産まれたか!!」
「産まれましたね!!」
優梨の両親は立ち上がり、嬉しそうに手を取り合った。
梨夏が、産まれた。優梨がママになった……。
アタシは固まってしまい、椅子から立ち上がれなかった。
隣の美亜を見ると、頬にはひと筋の涙が流れていた。
「美亜ぁ……産まれたんだねえ──」
「うん……良かったぁ……グスッ……」
「泣かないでよぉ……アタシまで泣いちゃいそうだよっ」
鼻の奥がツーンと痛くなり、同時に視界もぼやけて、アタシの瞳からも、あたたかい涙が溢れだした。
ガチャ──