みんなで笑い合っていると、気持ちが楽になるよ。
一瞬だけかもしれないけど、悠哉を忘れられる……。
悠哉は今、何してるのかな?
ちゃんと授業頑張ってますか?
──悠哉。
アタシのいいお兄ちゃんになってね。
お兄ちゃんって思えるように頑張るから──
またこぼれかけた涙を隠すため上を向いた。
──悠哉に涙腺、壊されちゃったみたいだよ──
空は、雲ひとつない晴天だった。
アタシの心は、雲だらけで小雨が降り続いていた。
──早く、この空のように青空になりますように──
赤い糸 学校に着くと、4人は静かに靴を履き替えた。
授業中の校舎は、シンと静まり返っている。
まるで、みんなが消えちゃたみたいに静か──
教室に向かってみんな無言で歩いた。
バタバタバタ
後ろから、誰かがうるさく廊下を走って来る。
チラッと振り返ると……。
「……え!?」
担任の教師が怒りに満ちた表情で走って来ていた。
すでにアタシたちとの距離、約10メートル。
「お前ら、何やってんだぁ! !」
「──!?」
「逃げるぞっ!」
アッくんとナツくんの声で、アタシと優梨も走り出した。
このまま廊下を走ると、階段が左にある。
真っ直ぐ行くと行き止まりだから、階段をのぼらなくてはいけない。
また階段だ! キツイ! !
「に……逃げるんじゃない! マクドナルドにいただろ! ハァ、ハァ……乱闘したんじゃないか!? 学校に通報がきたぞ!」
担任教師の苦しそうな怒鳴り声が、後ろから聞こえる。
──バレてる! 絶対捕まるわけにいかないっ! !──
赤い糸 階段が見えてきた。
左に曲がり、階段を駆け上がる。
ハァ、ハァ……。息が苦しい。
前にはヨレヨレしながら走るアッくん。後ろには……。
「あれっ!?」
……誰もいない。アタシは足を止めた。
「ねぇ……アッくん…ハァ…み、みんないないよ~?」
アッくんも足を止める。
「えっ? あいつら真っ直ぐ、行ったのか? つ、突き当たりになるのに忘れてたのかな? ハァ、ハァ」
階段の下から声がする。
「あのふたりはどこ行った!」
「知らない~」
「マクドナルドには行ったか!?」
「行ってないよ~」
アッくんと顔を合わせて苦笑いをした。
「これじゃ、今から教室は帰れないよなぁ。どぉする?芽衣」
「ん……。あっ! 屋上は!?」
朝見た屋上の扉を思い出した。
確か、鍵はかかってなかったはず……。
赤い糸 そのままふたりは階段をのぼり、扉の前に着いた。
走ったり階段をのぼったりしたから、ふたりともハァハァと肩で息をしている。
「えいっ!」
アタシが重そうな扉を開けると……。
扉の向こうには、グリーンの床と真っ青な空が広がっていた。
「気持ちい~」
「だなっ!」
屋上に出て、ふたりは床に寝転んだ。
太陽がまぶしいけど、ほんとに気持ちいい……。
「走ったり泣いたりして疲れたから、こんなに気持ちいいと眠くなっちゃいそうだよ~。枕があれば最高なのに」
「枕、あるぞ」
「えっ?」
横に寝ているアッくんのほうを見ると、片手をチラチラゆらしている。
目が合うとアッくんは笑いながら「ほら、腕まくら?」と言った。
顔が真っ赤になる。
そんなこと、冗談でも言われたことないし……。
「誰も見てないし、枕貸してやるよ☆」
「ええっ!?」
少しとまどいながらアッくんのペースに飲まれて手首の上に頭を乗せた。
「失礼しまぁす……」
は、恥ずかしい。
──今までアッくんを男として意識なんてしたことなかったけど、やっぱりアッくんは男だよね──
赤い糸 「芽衣、手首痛い。もっとこっち!」
アッくんは自分の腕と肩の付け根あたりをポンポンと叩き、その手をアタシの腰にまわした。
そして、頭の下の手をグッと引き寄せた。
「 ! ! 」
「はぃ、完成~」
アタシは目を白黒させる。
だって……。
だって、頭がアッくんの胸にあって、抱き合ってるような、そんな感じだったから──
平然としているアッくんの横顔。慣れてるんだなって思うと、チョット複雑だった。
息がかかるくらい間近なアッくんの顔。
アッくん、肌キレイだなぁ。鼻も高いし。モテるのがわかるかも。
「芽衣っ。見すぎ! 恥ずかしいから見るなって」
「えっ……ご、ごめんっ」
心臓がバクバク鳴る。ほんとに恥ずかしい。
でも……太陽がポカポカして、人肌があたたかくて、ドキドキも心地いいドキドキで。
嫌じゃない……。
──隣が好きな人だったら、最高に幸せなんだろうなぁ。
目を閉じて考えた。
チュッ?
「ん……!?」
赤い糸 ……え?
柔らかくて、プニッてした。
唇をプニッて指で優しく押されたような感触。
「早く忘れちゃえよ」
「えっ……」
「だからさ、早く悠哉先輩のこと忘れちゃえよ。ずっと頑張って叶わなかったなら、忘れて幸せになんなよ」
クシャクシャと頭をなでられる。猫になった気分……。
「ねぇ、アッくん。今のプニッてしたの、何? 指?」
「ん? キス?」
……キス?
キス……キス……!?
──! !
「エエッ! ! キスっ!?」
バッと起き上がり、体育座りをして両手で唇を押さえた。キスって──
「ごめんっ……なんか芽衣が可愛く見えちゃって……思わずっ」
謝るアッくん。呆然とするアタシ。
「ア、アタシ、初めてキスってゆうのをした……」
「エエッ! !」
今度はアッくんが驚いた。
赤い糸 初めてのモノは、全部悠哉にあげたいと思っていた。
アッくんも、友達として好きだけど、男としては見てなかった。
だけどね……。
腕まくらは嫌じゃなくて……。
よくわからないけど、すごく気持ち良かったんだ。
唇と唇が当たったっていうか……キスっていう行為も
嫌じゃなかった……。
なんでかは本当にわかんないけど……、気持ち良くて、あたたかくて、胸がキュンとしたの。
「アッくん……」
「ご、ごめんなっ。初めてって、知らなくて……」
動揺するアッくんの声を遮りアタシは話した。
「ううん、違うの……うまく言えないけど、嫌じゃなかったってゆうか……」
「えっ?」
「自分でも、わかんないけど……」
話しながら、恥ずかしくなった。
アッくんの目を見ることができなかった。
そしてそんなアタシの口からは、驚くような言葉が出た。
「わかんないから、もぅ……もぅ一度……して?」
──もう一度……してみたい──
赤い糸 頭がボォーッとして、胸のバクバクする音は最高に大きくなった。
自分が何を言ってるのかすら、よくわからなかった。
「芽衣……」
アッくんはアタシを抱き締めて、キスをした。
柔らかくて……優しいアッくんの唇。
愛のないキスは、しちゃいけないのかもしれない。
でも、キスしてる瞬間、満たされる。
──忘れられた。
一瞬だけど、悠哉を忘れられたんだ。
赤い糸 疑似恋愛
それからアタシとアッくんは、頭の中がとろけちゃうくらいに何回もキスを繰り返した。
腕まくらして、抱き合って、キスをして……。
アタシはその間、アッくんに恋をしていた。
アッくんも、アタシに恋をしていたように感じた。
──屋上の魔法──
重い扉は魔法のかかった世界への入り口なのかもしれない。
そして扉から階段に戻ると、ふたりは魔法が解けて友達に戻る。
「暑いなぁ……」
「うん……暑い~っ!」
繋いだ手に汗がにじむ。
「下、降りる?」
「……ま、任せるっ」
下に降りるっていうことは、魔法が解けるってこと。
暑いのはわかるけど、まだ魔法にかかっていたい……。
アタシはアッくんのシャツをつかんで下を向いた。
「下降りて、また放課後に来る?」
赤い糸 その誘いに顔がパアッと明るくなってしまった。
「芽衣、わかりやすいなっ。キスにはまっちゃった?」
「……」
意地悪な質問に頬が赤く染まってしまう。
アッくんは友達だと優しいけど、屋上ではたまに意地悪なんだね……。
チュッ?
アタシから初めてキスをした。
今度はアッくんが真っ赤になった。
「意地悪したおかえし! 赤くてタコちゃんみたい~」
「うるせぇよっ」
どちらからともなく、ふたりは手を繋いだ。
名残惜しむようにゆっくりと扉を開いた。
階段はひんやりとした空気が流れ、薄暗かった。
「みんなになんて言おっか?」
「え? キスしたことを言うのは嫌~~! ! 恥ずかしすぎる……」
「芽衣、バカだなぁ。キスは内緒でいいんだけどさ、今までどこにいたとか聞かれるだろ? それの嘘考えるんだよ」
あ、確かに……。そうだよねっ。
もぉ、キスばっかり考えちゃってて……。
階段を降りるにつれ、ふたりの手のひらは離れていった。
指も離れて、距離も開いて……。
魔法が解け、友達に戻っていくふたり。
赤い糸 教室に戻ると、4時間目の授業中だった。
カラカラカラ
静かに扉を開ける。
クラスメイトたちからの視線とヒソヒソ話す声がふたりに集中した。
こーいう雰囲気、かなり苦手……。
「あなたたち、今まで何してたの? 朝いなくなったって、担任の先生も心配したのよ!」
教壇にいる女教師がアタシとアッくんを交互に見た。
どうしよう──
なんて言えばいいのかわからなくて言葉が出なかった。すると、
「朝、オレが体調悪くなって家までむりやり送ってもらってたんです。勝手に帰ってすいません」
アッくんはそう言い、頭を下げた。
「ご……ごめんなさい」
アタシもそう言って、頭を下げる。
でも、この「ごめんなさい」は、先生にっていうよりアッくんに対しての気持ち。
アタシがサボらせちゃったのにかばってくれて……。
アッくん、なんでそんなに優しいの?
赤い糸 席に着くと、隣のナツくんと目が合った。
「あれから大変だったよ~。マックのこと聞かれてさぁ。うまくごまかしたけどねっ」
「階段のぼらないと突き当たりじゃん」
「パニクって忘れて真っ直ぐ走ってたんだよー。芽衣たち、今まで何してたの?」
言葉につまるアタシ。何をしてたか思い出して顔が赤くなる。
そして、夢心地から現実に戻った。急に後悔が襲ってくる……。
アタシ、何しちゃってたんだろう。
屋上で、何したの?
気持ちのないキスして……、何度も唇重ねて。
気まずくて、アッくんのことが見られない。
ナツくんには適当な言い訳をして流した。
考えれば考える程に、自分の軽薄さにあきれてくる。
でも……。
汚い行為かもしれないけど、あのときはすごく満たされたんだ。
アタシ、どうしちゃったんだろう?
自分で自分がわからなかった。
赤い糸 唇を合わせて抱き合ったとき、今まで感じたことのない、甘い幸福感で満たされた。
誰かに一時的にでも愛されて、求められたことが嬉しくて……。
悠哉はアタシを求めてくれない。
悠哉が求めていたのは姉の春菜。
アタシは初めて男の人に求められたの。
キスってどんな感じなのかな。
そう考えたことは何十回もあった。
キスに憧れてた。
キスをしたかった。
そして頭の中に浮かぶキスの光景。
相手は、当たり前のように悠哉だった。
叶わない恋を、夢の中で成就させてたんだ。
好きな人以外とキスするなんて、考えたこともなかったよ。
絶対できない。そう思ってたはずなのに。
赤い糸 今日、屋上で知っちゃった。
好きな人とすら、したことのないキスを……。
相手は違うけど、夢で見ていたキスを。
恋に破れた可哀想な女の子にとっても、キスって魔法なんだね。
キスしてるとき、ふと悠哉を思い出したんだ。
でも、悠哉の顔は頭からどんどん消えて……。
アッくんを好きになって、アッくんに愛されて、キスに没頭した。
悲しい恋を忘れる、恋の魔法。
ほんとは、知らなくてもいい魔法なの。
好きな人を忘れるために、キスを繰り返す。
そんなの、みんなが知ったら汚いと思うよね。
アッくんには、彼女がいる。
それに、経験も多いから、慣れた行為だろう。
好きな人が相手なら、何も考えずにとっても幸せだっただろうな──
こんな自分に嫌気がさした。
そして、またキスを……。
それ以上の行為を求めてしまう自分に嫌気がさす。
赤い糸 放課後まで、考え続けた。
屋上に行こうかな……。やめようかな。
──放課後。
アタシは屋上のドアを開いてしまった。
「来ないと思った。こっち来たら?」
すでに屋上にいたアッくんは、アタシに手招きをした。
そして、近づいたアタシの腕を引き寄せて、さっきよりも熱くて甘いキスをした。
その日以来ふたりは、ただの友達という関係を壊した。
友達でもないけど、恋人でもない。
ふたりきりのときだけの、恋人。
一緒にいると、好きでもないのに、恋してる感覚になった。
疑似恋愛の始まりだった。
赤い糸 告白
時が経ち、明日からは夏休みになる。
アタシは相変わらず悠哉を避け続けていた。
悠哉との間には、自然と距離が開いていく。
寂しかった……。
悠哉の姿を探してしまう。
そのたびに「やっぱり悠哉が好きなんだ」と気づかされた。
苦しいよ……。
悠哉を忘れられそうもないよ。
そんな未練ったらしい自分が嫌だった。
そのたびに、アタシはアッくんとキスをした。
アッくんで悠哉を忘れられるかなって思ったけど、そんな簡単じゃない。
アッくんといれば悠哉を考える時間が減った。
だけど……。
悠哉を考えたときの胸の痛みが、前より大きかった。
それを忘れたくて、またアッくんでごまかす。
悪循環だって、わかってる──
赤い糸 終業式の前。
アタシと優梨と美亜は廊下に集まっていた。
「やっと夏休み!」
「遊びまくろぉ☆」
「そぉだねぇ?」
ブー…ブー…ブー…
ポケットの中で携帯が震えた。
取り出すとディスプレイには春菜の名前が。
「どぉしたの?」
「ちょっと頼みがあるのぉ~」
姉の春菜からの電話は珍しく、頼みなんてここ何年かされた記憶がなかった。
「何かあったの?」
「ん~悠哉と今日会うんだけどね……」
「悠哉と?」
春菜の口から悠哉の名前を聞き、胸がバクバク音を立てる。
「……あれ? ……悠哉から話、聞いてない?」
不自然で気まずそうな声。
まさか……。
赤い糸 春菜はアタシに話し始めた。
嫌な予感は、的中した。
「恥ずかしくて言えなかったんだけど……昨日から悠哉とつき合ってるんだぁ?」
え? 何、言ってるの?──
頭の中が、真っ白になっていく。
「昨日、悠哉にコクられたの。芽衣に相談してたって悠哉が言ってたから、聞いてるのかと思ったょぉ」
体も声も震えそうになる。アタシは平静を装って、
「そぉなんだぁ。お姉ちゃんも悠哉が好きで良かった」
そう言った。頑張って、言えた。
足がガクガクして立っていられなくなって、壁に背をつけた。
しかし、ズルズルと体は床に滑り落ちていった。
驚いた優梨と美亜が、抱えるように支えてくれた。
赤い糸 「そー言えば昔、芽衣は悠哉が好きって言ってたことがあったよね。もちろん、もう違うよね? 7年くらい経つもんねー。懐かしいよね」
──懐かしい?
アタシは7年前から、今もずっと悠哉が好き。
そう、言いたかった。
でも、口からは違う言葉が出る……というより、出さなきゃ──
「当たり前!」
「だよねぇ~もし芽衣が悠哉を好きなら、つき合うのをやめるところだったよ」
春菜は笑った。
アタシは、笑ったフリをした。
春菜は、つき合うのをやめられるくらいの軽い気持ちなんだね。
アタシは悠哉とつき合えたら、これ以上ない幸せなのに。
欲しくても欲しくても絶対手に入れられない悠哉。
春菜は、スッと簡単に手に入れて……。
ずるいよ──
赤い糸 「お母さんたちにバレたら恥ずかしいから、悠哉とつき合ってることやデートしてること、内緒にしといてねっ! あと、悠哉が学校で浮気しないよーに、見張ってて」
「……うん」
頭の中が混乱していた。
電話を切ると、涙がポロポロ流れた。
携帯を握り締めたまま、人目も気にしないで泣き続けた。
──悠哉は告白しないよね。
春菜も絶対つき合わない。
ずっと勝手にそう思い込んでたよ──
こんなことになるなんて、考えたこともなかった。
「芽衣?」
「どうしちゃったの?」
優梨たちは泣き続けるアタシの頭をなでたり背中をなでたりしてくれた。
廊下は終業式に向かう生徒たちで溢れていた。
──みんな明日から夏休みで幸せそうなのに。
悠哉も春菜も幸せなのに、なんでアタシだけ、こんなに傷ついて、泣かなきゃいけないんだろ──
赤い糸 優梨と美亜は泣きやまないアタシをなだめ続けてくれる。
次第に廊下からは人の姿が消えていった。
「芽衣~、話せる?」
「だっ……か、から、……グスッ」
何か話そうとしても、まったく伝えられなかった。
つらくて、悲しくて、頭がおかしくなってしまいそうだった。
「このままだと、終業式が始まっちゃうよ~」
終業式まで、あと2、3分しかなかった。
そのとき、教室からアッくんが顔を出した。
「芽衣はオレが見てるよ」
「え? じゃあ、アッくんは終業式行かないの?」
「オレ、もともと行きたくないし、サボる予定だもん?」
優梨と美亜は顔を見合わせ、たずねた。
「芽衣、どうする?」
すると、返事を聞く間もなく、アッくんがアタシの手を握り締めた。
「ちょっと……アッくん!?」
驚く優梨たちを無視して、アッくんは手を引いてアタシを教室に連れ込んだ。
優梨たちは不思議そうな顔をしながら、終業式に向かって行った。
赤い糸 終業式に向かう途中、優梨と美亜が話をしていた。
「最近、アッくんと芽衣、おかしくない?」
「わかる! 美亜も気づいた! ! 最近、サボるタイミングも一緒だし……さっきのアッくんもヘンじゃない?」
「アッくん、ちょ~遊び人じゃん? 芽衣に何かしてたりして」
優梨の言葉に美亜が「絶対ナイよ~」と笑った。
優梨も「だねっ」と笑った。
ふたりはまさか、アッくんとアタシが友達を越えた関係になっていたなんて、夢にも思わなかった。
その頃、アタシはやっと落ち着いてアッくんにさっきの話をしていた。
アッくんは話を聞き、
「つらいな」
と、強く抱き締めてくれた。
「つらいし嫌だょぉ~。全部、忘れたい……もうボロボロだよ」
止まらないグチと涙……。押さえ込んでいた気持ちも溢れ出す。
アッくんはそんなアタシの涙を優しく拭いてくれた。
「芽衣にそんな愛された悠哉センパイは幸せだな。うらやましいな」
「えっ?」
アッくんは目をそらす。
赤い糸 「アッくんだって……彼女に愛されてるじゃん! しかもふたりいるから2倍だよ! ……グズッ……」
愛されてる人に、アタシの気持ちなんか、わかんないよ!
思わず、嫌味も言ってしまう。
「オレが好きじゃないから、意味ないよ」
──どういう意味?──
抱き締められたまま、アッくんを見上げる。
「芽衣がいいから」
──え?──
「芽衣のこと、好きになったかも」
「……嘘? グスッ……だよねっ?」
「……」
気まずい沈黙。教室の中の空気が張りついていく。
アッくんは抱き締めていた手を緩めた。
そしてアタシから離れて「座って話そう」と言った。
アタシは、自分の席に座った。
アッくんはアタシの前の優梨の椅子を後ろに向けて座る。
窓から入る風で、カサカサと掲示物が揺れる音がしていた。
だけどそれ以外、何も聞こえない静かな世界にふたりきり……。
アッくんはアタシの手を握り締め、話し始めた。
赤い糸 「オレ、芽衣のことはずっと友達だと思ってた。あの日、屋上に行ったときも、友達の延長で……深く考えないで、ただ可愛くてキスしたくてキスした。だけど……芽衣とふたりきりで会ううちに、何か変わっていって。彼女に会っても全然楽しくないし、芽衣に会いたくなるんだよ。彼女とキスしても何も感じないし、芽衣の顔が浮かんで……芽衣のことばかり考えてんだ。こんな純粋に女を好きだって感じるの、久々で……最近、どーでもいー女とつき合ってたから。オレ、久々に好きな女ができたんだよ。芽衣の気持ちもわかるし、困るのもわかる。だけど……それでもいいから。オレじゃ、悠哉センパイを忘れられない?」
アッくん……。
そんなふうに、思っていてくれたの?
アッくんの目を見ると、優しくて悲しい目をしていた。
悠哉に「お姉ちゃんには彼氏いる」って話したとき、悠哉も同じ目をしてた。
叶わないけど好きだっていう、悲しい目。
アタシが悠哉を見る目も、きっと同じ……。
自分を見ているようで、アッくんの目から視線をそらすことができなかった。
赤い糸 満たされない心
アタシはアッくんと自分の姿をダブらせた。
叶わない気持ち……。愛されてないってわかるのに、好きになってしまった悲しさ……。
アッくんはアタシの目を見て、もう一度言った。
「オレじゃ、忘れられない? ダメかな?」
──困るよ。
頭の中が混乱していく。
「わかんない……」
──次第に悲しくなってきた。
アッくんは嫌いじゃないから──
「芽衣がオレとキスしたり抱き合ったりしたのはなんで? そのときだけかもしれないけど、オレのこと想ってくれなかった?」
アッくんの小さく寂しそうな声が教室中に響く。
「キスしたのは……悠哉を忘れたかったから……でも、一瞬しか忘れられなくて……アッくんと別れた後に後悔したこともあったの。アタシ、汚い女だよね。寂しくて、アッくん利用してた」
「それでもいいよ」
「──ッ! ! そんなのダメだよ! つき合ってもアタシ、アッくんを傷つけるっ……」
アッくんに甘えてしまいたい気持ち。でもアッくんとつき合ったら、今よりもっと傷つけてしまいそうな予感。
ふたつの気持ちで心が揺れ動いた。
そしてアタシは……。
赤い糸 アッくんの優しさに甘えるほうをとった。
アッくんは喜んで、抱き締めてくれた。
アタシもアッくんを強く抱き締めた。
──お願い、悠哉を忘れさせて──
アッくんの彼女になって初めてのキスをした。
それは、涙でしょっぱい塩味のキスだった。
だけど優しくて、アッくんの気持ちがたっぷり入ってて。
この人なら忘れさせてくれるかも……。
そう期待させてくれるようなキス。
さっきの迷いが消えていくようなキスだった。
「アッくん、ひとつお願いがあるの。つき合うこと、まだみんなには内緒にして?」
悠哉が好きなままほかの男とつき合うことで、みんなに軽蔑されるのが嫌だった。
ほんとにアタシは勝手だよね。
アッくんはそれを了解してくれて、夏休み明けには話そうねっていうことになった。
赤い糸 終業式が終わったのか、廊下から人の話し声がしてくる。
アタシとアッくんは離れ、またさっきのように席に座ってみんなの帰りを待った。
教室に一番早く帰ってきたのは優梨だった。後ろから美亜も教室に入って来る。
「芽衣~!」
「さっきは泣いちゃってごめんねっ!」
「大丈夫になった? うちら体育館で待ってたけど、芽衣たち来ないから心配したよ」
「泣いてて、行けなかった」
真っ赤な目をして笑うアタシにつられ、ふたりも笑う。
「悠哉、お姉ちゃんとつき合ってるんだって」
「はぁ!?」
「もう、忘れるから。絶対忘れるから……」
忘れるって言葉……。自分自身に言い聞かせるように繰り返した。
また泣きそうになる。
だけど、そのときアッくんが頭をなでてくれて……。
「オレらがいるじゃん! 寂しがる暇がないくらい、夏休みは遊ぼうぜ」
そう言ってくれたんだ。
だから、涙は出なかった。
「だねっ! 遊ぼ!」
「海! 海行こ!」
「うん! ! ありがと!」
そして夏休みが始まった。
赤い糸 初日の朝、アタシはメールの音で目が覚めた。
〈春菜とつき合うことになった!芽衣、ありがとな。〉
悠哉からだった。
〈良かったね〉
と返事をし、眠い目をこすりながらベッドから降り、顔も洗わずに化粧をした。
お姉ちゃんの近くにいたくない。
洗面所やリビングでも、顔を合わせたくない。
昨日も会わないように過ごしていた。
しばらくは春菜の顔、見たくない。
──そんな簡単に割りきれないよ──
アタシは髪をストレートアイロンで伸ばしながら鏡を見た。
冴えない自分……悲しい顔してる。
未練だらけだね。
アタシは貯めていた小遣いを持って、家を出た。
そして、自転車をこいで近所の美容院に向かった。
──3時間後。
アタシの黒髪は、明るい茶髪にたくさんのハイライトのメッシュが入った髪に変わっていた。
……自分を変えたかった。
モヤモヤした気持ちを振っきりたかった。
赤い糸 美容院の帰り、意外な人にバッタリ会った。
「あれ? め、芽衣ちゃん?」
「コータさん、久々ですねっ」
コータは驚いた顔で見つめてきた。
──顔に何かついてる? あ! そうだ!
髪を染めたんだった──
アタシは少し恥ずかしくなって、目をそらす。
「いーじゃん、それ☆」
コータはアタシの頭をポンポンと軽く叩いて言った。
──まぁ、コータさんはギャル好きだもんね──
「芽衣チャンからメールがこなくてヤダなぁ~」
「えっ?」
コータと連絡先を交換してから、何度かメールがきていた。
でも、悠哉にバレるのが嫌だったり面倒で、ほとんどメールを返してなかった。
「忙しくて……」
何が忙しいんだろ? ヘンな言い訳……。
当てつけで番号交換しただけだから、そんなにコータとメールしたくないんだもん。
「夏休みなんだし、遊んでよ!」
「あ……。えっと……」
戸惑うアタシを無視して、コータはしつこく誘ってきた。
もともと優柔不断なアタシ。
彼氏がいるからとも言えず、なんとなく了解してしまった。
赤い糸 約束を取りつけると、コータは駅のほうに去って行った。
──相変わらず遊び回ってるんだなぁ。
ひとりになったアタシはそんなことを考えながら、優梨の家に向かった。
夏休みのスケジュールは、ぎっしり詰まっている。
カラオケ、海、買い物。そして……。
彼氏とのデート。
彼氏という響き。
慣れないよ。恥ずかしい……。
優梨の家に着くと、優梨が玄関で待っていた。
「芽衣~! どしたの? その髪、いーじゃん?」
そう言う優梨も茶髪になってメイクも派手になっていた。
「みんなやること一緒だよねっ」
ふたりは駅に向かった。
駅前には、中高生に人気のショップがたくさんある。
服を見て、プリクラを撮って……。ふたりは夏休み初日を楽しんだ。
赤い糸 それからもアタシは、毎日のように朝から晩まで遊び回った。
あまり家にいたくないし、ひとりになって考え込んでしまうのが嫌だったから。
7月から8月に変わり、一番暑い時期になった頃、宿題をやっていたアタシの部屋に、春菜が来た。
「芽衣、友達と旅行して外泊する予定ってない?」
「優梨の家と、美亜の家しかないけど……」
「悠哉と海に行きたくて、泊まりに行きたいんだけど……芽衣も一緒ってことにしちゃダメかなぁ? その日、芽衣も友達と夜遊びとかできるし、良くない? 日にちは芽衣に合わせるからっ! お願いっ!」
──もう、一緒に旅行行ったりする仲なんだぁ──
胸がチクチク痛んだ。
「別に……いいよ」
「芽衣、ありがとぉ☆」
春菜が目尻を垂らして笑う。
この笑顔はまるで天使のようで本当に可愛い。
だから昔から、春菜のお願い事は断れなかった。
「悠哉とよく会ってるの?」
「まぁまぁかな~」
「悠哉のこと……好き?」
「えっ? その質問、恥ずかしくない!?」
春菜が顔を赤く染めた。
悔しいけど、可愛くて幸せそうな笑顔。
赤い糸 「高校入ってから悠哉が気になったの」
と、照れながら春菜は言った。
幼馴染みだから失恋は嫌で、悠哉を好きにならないようにしてたらしい。
告白してきた関谷さんとつき合ったのも、そんな理由。だけど、すぐ別れて……。
「悠哉に告白されて、我慢してた分もどんどん好きになっていって……今は大好きだよ」
最後に春菜は言った。
「……良かったね」
適当なつき合いじゃなくて少し安心した。
つらいけど……。
つき合ったなら、ふたりにはうまくいって欲しいよ。
そうじゃなかったら、諦めた意味ないじゃん。
アタシも、アッくんと幸せになるから──
大好きな春菜と、大好きな悠哉には、幸せになって欲しい。
いつかふたりには、心からの祝福をしてあげたい。
今はできないから、忘れられるまでは待ってね……。
そう思えるようになったのは、アッくんの存在のおかげかな?
春菜が部屋を出たあと、アタシはアッくんにメールした。