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作者:日-芽衣/译者:王欣 当前章节:15374 字 更新时间:2026-6-23 05:27

「芽衣! どうしたんだよ」

「泣いてたって海斗クンから聞いたよ。何があったの?」

「えっと……心配かけてごめんね」

謝って、ペコッと頭を下げる。

「何があったの?」

海斗の問いに、アタシは言葉を詰まらせた。

赤い糸destiny 「お父さんが……入院しちゃったんだ。でも、大丈夫!すぐ良くなる病気だからっ。心配かけてごめんね!」

アタシはそう言い、ふたりに笑いかける。

癌ってことは、なぜか言えなかった。

でも……嘘ついてる訳じゃないよ。

お父さんは、すぐ良くなるもん。

癌は、絶対治るから──

放課後、アタシは急いでお父さんのもとに向かった。

バイトがあるから少ししかいられないけど、少しでもいいから、お父さんのそばにいたい。

会わなかった時間を、これから埋めていきたい。

病院でお父さんを見舞い、バイトに通う。

いつしかそんな生活が、アタシの毎日の生活のリズムになっていった。

お父さんの入院費は莫大な金額がかかると聞く。

お姉ちゃんの大学の費用を払って、家にお金はなくなってしまった。

アタシにできることはなんだろう。

……そう思ったアタシは、お母さんとの約束を破った。

バイトを増やして、週5日ほど働き始めた。

赤い糸destiny アタシがバイトを増やして生活費に回さないと、家は大変なことになるだろう。

お父さんの入院費は、家に大きな打撃を与え始めていた。

その証拠に、お母さんは週3回までという約束を破ったアタシに、何も言わなかった。

今日もお見舞いに行ってから、スタンドで働いていた。

最近、疲れが抜けないな……。

「んーーっ」

伸びをして、体をグッと伸ばす。

こうすると、一瞬だけ楽になるんだ。

「芽衣?」

「──あっ。たかチャン……」

たかチャンに見られ、アタシは慌てて笑顔を作る。

「疲れてんだろ? 俺はわかってるから、無理して笑わなくても大丈夫だよ」

「……ハハッ。ばれちゃった?」

「あんまり無理すんなよ」

気遣ってくれるたかチャンに、少しだけ気持ちが休まった。

「俺、ほんと芽衣のことを支えてやりたい。何かあったら、いつでも言えよ」

「たかチャン……」

疲れきったアタシの胸に、あたたかいモノが流れ込む。

赤い糸destiny あの日の告白の返事は、今も保留にしたままだ。

答えを考えているうちに、お父さんが癌になってしまって……恋愛を考える余裕なんて、なくなってしまった。

「親父さんの体調、よくなってきた?」

「……うん。まだ元気にならないけど、もうすぐ元気になるよ。心配かけてごめんね」

「そっか。重い病気じゃなくて、良かったな」

……たかチャン、ごめんね。

こんなにも心配してくれるたかチャンにさえ、アタシは病名を黙っていた。

お父さんが癌だとは、誰にも言えないまま──

癌は、軽々しく口にできないほど恐ろしい病気なんだ。

──だけど、もうそれも終わる。

明日は……待ちに待った、お父さんの手術日だ。

「お疲れ様でーすっ!」

アタシはバイトが終わると、ある神社に向かって走った。

そこは行ったことがないけれど、地元では御利益があると有名な神社だ。

中学のとき、アッくんの部屋にもその神社の絵馬があったっけ……。

そして、お参りしたら願いごとが叶ったと言っていた。

赤い糸destiny 神様……。

本当にあなたがいるのならば、お父さんを助けてください。

存在するかわからない神様でも……今は、すがりつきたかった。

神社に着くと、境内には数人の人がいた。

みんな、必死な顔をして手を合わせている。

アタシは境内に入り、財布を取り出した。

小銭入れを覗くと100円玉が2枚。

そして、10円玉と1円玉が数枚入っている。

アタシは小銭入れに手を突っ込み、すべての小銭を握り締めた。

「神様、お願いします──」

小声で呟き、賽銭箱に歩みよる。

ジャラジャラジャラ──

アタシは手のひらの小銭をすべて、賽銭箱に投げ込んだ。

手を合わせ必死にお父さんを想った……。

──神様、お願いします。

アタシや家族から、お父さんを取らないでください。

やっと壊れた絆が繋がりかけてきたんです。

明日の手術を……どうか、成功させてください。

神様、アタシや家族の願いを、どうか叶えてください。

赤い糸destiny 翌朝──

今日はお母さんの許可もあり、アタシと春菜は学校を休んだ。

「手術は昼過ぎからだけど、早めに行きましょう。おとっ──お父さんのことを、元気づけてあげてちょうだい」

お母さんの声、震えてる……。

いつもしっかりしているお母さんも、今日は不安そうな顔をしていた。

「神社でお参りしてきたからっ。絶対に手術は無事に終わるよ!」

「そうだよ。大丈夫だよ!」

ふたりの娘を交互に見て、お母さんは強くうなずいた。

「そうよね……。お母さんがいちばん動揺しちゃってて、ごめんね」

「大丈夫だって!」

春菜はお母さんの体を抱き締めて、背中を優しくさする。

「春菜……」

「芽衣が遅くまでお参りしてきたんだもん。神様もお父さんを助けてくれるよ」

「──そうよね」

春菜はお母さんから離れ、鞄を手にした。

……きっと、大丈夫。

アッくんだって、願いが叶ったって言ってたもん。

アタシの願いも、神様は叶えてくれるよ。

「じゃあ、そろそろ行きましょう」

お母さんの声に、アタシは鞄を手にした。

赤い糸destiny 手術

病院に向かう電車の中、春菜がお母さんに聞いた。

「お父さんはどんな手術するの? 詳しく聞きたい」

「そうね……。まだ話してなかったわね」

お母さんは鞄から手帳を取り出し、メモを見ながら話し始めた。

「あのね……癌の進行してる状況で、手術が決まるらしいの。お父さんはまだ早期って聞いたでしょ? 2センチくらいの小さな悪性腫瘍だし、リンパ節やほかの臓器に転移もない状態だから、狭い範囲の肺を切除する縮小手術っていう手術をすることになるらしいのよ」

……少ししか切らなくてもいいんだね?

でも、その癌はそんなに簡単に消えてくれるの?

「大丈夫なんだよね?」

「そうよ。本当に早くわかって良かった」

お母さんは、手帳を鞄にしまった。

そして3人は無言のまま、電車に乗り続けた。

アタシは、電車の揺れに身を任せた。

嫌な予感から目をそむけるように、ギュッと目をつぶった。

赤い糸destiny どんな言葉を聞いても、大丈夫って言われても、不安は消えてくれないよ……。

それは、お母さんと春菜も同じようだった。

春菜は落ち着かなそうに、両手で指を触っている。

お母さんは窓の外に流れる景色を、ずっと眺めていた。

最近……、家から自然な笑顔が消えてしまった気がする。

みんな不安そうな顔をして、疲れきっている。

アタシたち3人は、精神的にボロボロだった。

不安な気持ちを消し去るために、お互いを元気づけて、ギリギリのところで、支え合っていた。

病室の前に着くと、急にお母さんは笑顔になった。

「ねえ、ふたりも笑ってちょうだい。私たちも不安だけど、いちばん不安なのはお父さんなのよ……こんな顔してたら、余計に不安にさせちゃうわ」

「……そうだね」

「春菜も笑って」

「お母さん──」

3人は手を繋ぎ、そっと笑い合った。

「じゃあ、開けるわよ」

ガラガラッ──

「こんにちはー」

お母さんが病室のドアを開けた。

アタシたちに気づいたお父さんは、笑顔で迎えてくれた。

赤い糸destiny 「幸子、春菜、芽衣。いつも来てくれてありがとう」

お父さんの笑顔に、アタシの不安が解けていく。

「今日は頑張ってくださいねっ」

「退院したら、お父さんの大好きなお寿司を食べに行こうね!」

お母さんと春菜も、体調のよさそうなお父さんに喜んでいるようだった。

4人は昔のようにたわいもない会話をし、何度も笑い合った。

だけど、手術の時間が近づくにつれ、お父さんの顔色は曇っていった。

「もうすぐ手術だな。俺は、お前たち3人につらい思いをさせてしまった。特に芽衣に対しては、本当に苦しませてしまったよな。すまなかった。今日、謝っておこうと思ってな……」

「そんなこと、言わないでよっ。これからまた、4人で楽しい思い出を作っていくんだから!」

「そうだよ!」

お父さんは寂しそうに笑い、目を伏せた。

「俺は、手術なんてしたことがないから……不安になってしまうんだよ。これがお前たちと会える最後なんじゃないかと、どうしても考えてしまうんだ……」

赤い糸destiny お父さん──

ツーンと鼻の奥が痛み、視界がぼやけ始めた……。

涙が出そうになり、必死に耐える。

「……もうっ。あなたは怖がりなんですから。いつもの強気なあなたはどこへいったんですか?」

お母さんは笑顔を作り、お父さんの手を握った。

無理して笑うお母さんの目にも、涙が浮かんでいる。

「あたし、花の水変えてくるねっ!」

こらえきれなくなった春菜は、花瓶を手に病室を出た。

ガサッ──

お父さんは棚から封筒を取り出した。

「なんの封筒? 手紙送りたいの?」

「芽衣は、本当の両親に会いたいと思うか?」

「──え!?」

意外なお父さんの問いに、アタシは言葉をなくした。

……本当の両親?

ジッとお父さんを見つめ、次の言葉を待った。

「ずっと考えていたんだ。この封筒には、芽衣の産みの両親の所在が書いてある。お母さんはもう亡くなっているから、お墓の住所だけどな」

お父さんは、アタシの手に封筒を差し出した。

赤い糸destiny どうしたらいいの?

受けとればいいの?

「お母さん──」

横にいるお母さんを見ると、視線をそらされてしまった。

そしてまた、お父さんと目が合った──

「芽衣だって、もうすぐ大人だ。会うか会わないかは自分で決めなさい。このふたりがいたから、芽衣はこの世に産まれてこれたんだ。幸子……そうだろ?」

お母さんは複雑そうな顔をするだけで、何も答えてくれなかった。

賛成はしないけど、反対もできない。

お母さんの顔は、そんな顔をしていた。

「芽衣、受け取りなさい」

「……」

「いらないなら、捨てればいい。これは私の責任だと思っているから、これだけは受け取りなさい」

グッと差し出される封筒……。

「お母さん……」

「……芽衣に任せるわ。芽衣にとって、あのふたりも両親なのよね」

お母さんはどうしたらいいのかわからない様子で、アタシから視線をそらしたまま言った。

……どうしよう。

この封筒を受け取ることは、今まで育ててくれた両親を裏切ることになるんじゃないの?

赤い糸destiny アタシは戸惑い、固まってしまった。

「芽衣……」

お父さんは封筒を取るように促し続ける。

病気とは思えない強い瞳でアタシを見つめながら──

「……わかった」

アタシはお父さんの目を見て、迷いながらも封筒を受け取った。

……この封筒の中には、アタシを産んでくれた人たちのことが書いてある。

わずか数グラムの封筒が、とても重く感じた。

しばらくすると、何も知らない春菜が病室に戻ってきて、笑顔で大学の話を始めた。

しばらく経つと、お父さんの手術の準備が始まった。

手術室に移動する途中、お父さんが不安そうに笑った。

「頑張ってきてね!」

お父さんの手を握り、アタシは精一杯のエールを送った。

すべての悪性腫瘍を、キレイに消し去ってください。

元気なお父さんに、戻してください。

心の中で神様に何度も祈った。

そしてお父さんの姿は、手術室の中へと消えて行く。

ドアが閉まる瞬間──

「じゃあ後でな……」

そう小さく呟くお父さんの声が、耳に届いた──

赤い糸destiny 手術室の扉の上に、手術中という赤いライトがついた。

お父さんと癌の闘いが、今、始まった。

「頑張って……」

お母さんは手を合わせ、ギュッと瞼を閉じた。

──手術が終わるまでの時間は、とても長く感じた。

大嫌いな数学の授業。ドラマの合間のコマーシャル。

そんなものとは比べられないくらい、長い長い時間に感じた。

アタシは昔、自分で命を絶とうと思ったことがあった。

死のうと思い、車に身を投げてしまった。

あのとき、なかなか意識を取り戻さなかったアタシを、

両親とお姉ちゃんは、こんな気持ちで待っていたのかな。

命って、大事なモノだって気づいたよ。

命が産まれると、みんなが幸せな気分になれる。

そして、生きたくても生きられない人がいるという現実もある。

命って、自分だけのモノじゃない。

まわりの人たちのモノでもあるんだ。

お父さん……。

元気になって、戻ってきてね。

アタシは祈り続けるから。

頑張って闘って、命の灯を燃やし続けてね。

赤い糸destiny ──みんなの祈りは、神様に伝わったようだった。

手術終了の知らせと同時に、医師の顔からは笑顔がこぼれる。

3人の顔もパアッと明るくなった。

「リンパ節や他臓器への転移も見られなく、腫瘍はすべて除去しました。無事に手術は終了しましたよ」

「よ……良かった……」

お母さんの頬に涙が伝った。

溢れる涙を拭くこともせず、お母さんは深く頭を下げた。

それを見て、春菜とアタシも慌てて頭を下げる。

「もうすぐ意識もハッキリしてくると思うので……。早期で癌に気づけて、本当に良かったです」

「ありがとうございます! 本当にありがとうございますっ……」

医師の背中が見えなくなるまで、アタシたちは頭を下げて見送った。

医師が廊下を曲がって姿が消えたとき──

「──ッ!! やったぁ!!」

「本当に良かった!」

アタシと春菜は抱き合って、喜びを分かち合った。

お母さんはホッとして腰が抜けてしまったのか、そのまま地面に座り込んでしまう。

そして、人目も気にせず、嬉し涙を流し続けていた。

赤い糸destiny 絵馬と祈り

手術を境に、お父さんの病状はどんどん良くなっていった。

苦しそうな咳も止まり、お父さんには元気な笑顔が戻っていく。

アタシと春菜には、もうひとつ嬉しいニュースが届いた。

いつものように、家族揃ってお父さんの病室にいたときのことだった。

「お父さんとお母さんね、再婚しようと思うの。あなたたちはどう思う?」

お母さんは恥ずかしそうに微笑み、アタシたちを見た。

お父さんは照れ臭そうに視線を左右に動かす。

「あなたたちが反対なら、再婚はしないわ。今のままでも幸せな関係だと思うし」

「離婚して、春菜と芽衣のふたりには苦労をかけたからな。私たちの勝手で離婚や再婚の話をされても困るだろうが、少し考えてもらえないか?」

隣の春菜を見ると、ニヤニヤと笑いをこらえているようだった。

それを見て、思わず笑ってしまった。

「アハハハハッ」

「アハハッ」

春菜も笑い、病室には楽しそうな空気が流れた──

赤い糸destiny 「あ、あの……」

状況を読めない両親は、戸惑いながらアタシと春菜を交互に見る。

そんな両親に、思いっきり愛を込めて……、

「お父さん、お母さん! 再婚おめでとうっ!」

アタシは笑顔で祝福した。

春菜も嬉しそうに拍手する。

「ありがとう……」

「本当にありがと……」

お父さんとお母さんは、そっと手を取り合った。

パチパチパチ──

ほかのベッドの患者からも、拍手とお祝いの言葉が贈られる。

「これは、生きているから言えることなんだろうが……。肺癌は、俺の人生の転機になってくれたよ。どんなに不幸な出来事からも、幸せは生まれてくるんだな」

お父さんはそう言い、目尻を垂らした。

……アタシもそう思うよ。

お父さんとこんなにも深い絆ができたのは、今までの深い溝があったからだと思う。

いてくれて当たり前だと、お父さんの大切さにも気づかなかった。

失恋したときだって、友だちの大切さがわかったもん。

赤い糸destiny 「今日はもう帰るねっ。バイトの前に、神社でお礼を言ってくる!」

「芽衣っ!」

鞄を手にしたアタシを、お父さんが呼びとめた。

「俺もすぐに退院できるし、4人で一緒に住めば金銭的にも余裕は出るから。無理してバイトはしないでいいからな」

……お父さん。気づいていたんだね。

「そうよ。家庭のために働いてるってわかっていたのに、私は何も言えなかった。苦労させてごめんなさいね」

「もうっ! 家族なんだから、助け合いは当たり前でしょ。でも……バイトはもう減らすね。約束を守って、週3日までにする。じゃあ、また明日!」

アタシは家族に手を振り、病室を出た。

嬉しくて、幸せで──

思わずスキップでもしてしまいそうだった。

神社に着くと、境内で数人の子供たちが遊んでいた。

その横では、神主らしき人が笑顔で立っている。

アタシは絵馬を買い、マジックで書き込んだ。

〈お父さんの手術を成功させてくれて、ありがとうございました!〉

少し字は汚いけど、感謝の気持ちはたくさん込めたよ。

赤い糸destiny 「よしっ!」

絵馬がたくさん掛っている場所に向かい、空いているスペースを探す。

〈彼氏が欲しい!〉

〈合格祈願〉

たくさんの祈りがこもった絵馬が掛かっていた。

──その中でも、ひときわ目立つ絵馬に目がいった。

同じ筆跡の絵馬が、何枚も一カ所に掛かっている。

……あれ?

〈芽衣の親父さんを元気にしてください〉

〈芽衣が幸せになれますように〉

〈優梨が無事に出産しました。ありがとうございます〉

少し癖がある、右上がりの文字。

アタシが大好きだった、あの人の文字……。

「……な、なんで?」

絵馬を手に、立ちつくす──

「その絵馬が気になるのかい?」

「えっ!?」

振り返ると、そこには神主が立っていた。

「その絵馬を書いた少年は、悲しい恋をしている少年なんじゃよ。芽衣さんという少女を想い、何かあるたびにここに足を運んでるんじゃ」

神主の言葉に、アタシの胸はグラグラと揺れる。

どういうことなの?

赤い糸destiny 「よしっ!」

絵馬がたくさん掛っている場所に向かい、空いているスペースを探す。

〈彼氏が欲しい!〉

〈合格祈願〉

たくさんの祈りがこもった絵馬が掛かっていた。

──その中でも、ひときわ目立つ絵馬に目がいった。

同じ筆跡の絵馬が、何枚も一カ所に掛かっている。

……あれ?

〈芽衣の親父さんを元気にしてください〉

〈芽衣が幸せになれますように〉

〈優梨が無事に出産しました。ありがとうございます〉

少し癖がある、右上がりの文字。

アタシが大好きだった、あの人の文字……。

「……な、なんで?」

絵馬を手に、立ちつくす──

「その絵馬が気になるのかい?」

「えっ!?」

振り返ると、そこには神主が立っていた。

「その絵馬を書いた少年は、悲しい恋をしている少年なんじゃよ。芽衣さんという少女を想い、何かあるたびにここに足を運んでるんじゃ」

神主の言葉に、アタシの胸はグラグラと揺れる。

どういうことなの?

赤い糸destiny アタシの戸惑いをよそに、神主の話は続いた。

「彼がここに通い始めてもう2年以上になるかのぉ……。彼は芽衣さんを想い続け、疎遠になってしまったようじゃが、陰ながら彼女を見守り続けておる。──今の時代にも、こんなにも純粋に想い続ける少年がいるんじゃよ」

……なんでなの?

なんでなのか、わからない。

だってあなたには……。

アッくんには、彼女がいるじゃない──

「その彼は……新しい恋も、してるんじゃないですか?別れてからも……ずっと芽衣さんを?」

プルプルと唇が震える。

胸の鼓動が早まり、胸が苦しいよ……。

「新しい恋に出会っているかはわからんが……彼が芽衣さんを愛しているのは、間違いないじゃろうな。あんなにも深い愛は、そう簡単になくならんよ」

神主はアッくんの絵馬を見つめ、優しく微笑んだ。

「一度、彼とは話したことがあるんじゃ。心の優しい少年じゃったよ。あなたも、彼のように真剣に愛してくれる人と恋をしなさい」

赤い糸destiny 「彼と……彼とは、何を話したんですか?」

「気になるのかい? 彼は……」

バタバタバタ──

「おじいちゃん、遊ぼうよ!!」

「お寺の中に入ってみたい!!」

境内で遊んでいた子供たちが、神主に駆け寄ってきた。

「もう少し待っとってほしいんじゃが……」

「嫌だよー!」

「もうすぐ塾だから、その前に入ってみたいー!」

子供たちは神主の袖を掴み、みんなで騒ぎたてる。

「あ、あの……また来ますね」

「すまないねぇ。今度また話を──」

「おじいちゃん! 早く行こうっ!」

神主は子供たちに手を引かれ、境内の奥へと行ってしまった。

ひとり残されたアタシは、握り締めたままの絵馬に目を落とした。

アッくんの絵馬の横に、そっと自分の絵馬を掛けた。

「……あんな話を聞いちゃって、アタシはどうしたらいいの? 麻美チャンは?」

アッくんの絵馬を見つめ、問いかける。

「ねぇ……」

何度も問いかけた。

──答えなんて、聞こえてくるはずがないのに。

赤い糸destiny 雨の夜

?…?…?…

絵馬の前から離れることができないアタシを、1通のメールが現実に戻した。

〈遅刻しねーように、バイト来いよっ? 帰りは送ってやるから〉

ズキッ──

アタシの複雑な気持ち……たかチャンは何も知らない。

いつもと同じ優しいメールなのに、今日は素直に喜べなかった。

ゆっくりと境内を出て、バイトに向かう。

スタンドに着くと、たかチャンは笑顔でたくさん話しかけてくれた。

ミスをするアタシをかばい、仕事を教えてくれて、いつものように明るく接してくれる。

だけど……その優しさが、アタシの胸を痛めた。

いつもの笑顔が、アタシの心を曇らせていく──

その気持ちに気づいたのか、バイトが終わるとたかチャンが言った。

「……なぁ。今日、何かあった?」

「えっ?」

「いつもと様子が違うからさぁ」

……気づいてたんだ。

自然に振る舞っていたはずなのに。

たかチャンは悩んでいるアタシを気遣ってくれる。

「何もないよっ」

アタシは笑顔を作りごまかした。

赤い糸destiny 雨の夜

?…?…?…

絵馬の前から離れることができないアタシを、1通のメールが現実に戻した。

〈遅刻しねーように、バイト来いよっ? 帰りは送ってやるから〉

ズキッ──

アタシの複雑な気持ち……たかチャンは何も知らない。

いつもと同じ優しいメールなのに、今日は素直に喜べなかった。

ゆっくりと境内を出て、バイトに向かう。

スタンドに着くと、たかチャンは笑顔でたくさん話しかけてくれた。

ミスをするアタシをかばい、仕事を教えてくれて、いつものように明るく接してくれる。

だけど……その優しさが、アタシの胸を痛めた。

いつもの笑顔が、アタシの心を曇らせていく──

その気持ちに気づいたのか、バイトが終わるとたかチャンが言った。

「……なぁ。今日、何かあった?」

「えっ?」

「いつもと様子が違うからさぁ」

……気づいてたんだ。

自然に振る舞っていたはずなのに。

たかチャンは悩んでいるアタシを気遣ってくれる。

「何もないよっ」

アタシは笑顔を作りごまかした。

赤い糸destiny 「今日さ、夜景でも見に行かない?」

チャラチャラ──

アタシの目の前で、バイクの鍵が揺れる。

「別れてから、一度も遊びに行ってないだろ? 気晴らしにもなるし、たまには行こうぜ!」

「……あ、あの。今日はちょっと用事があるの。ごめん」

最近はたかチャンに片寄っていた気持ちが……またグラグラ揺れ始めた。

アッくんへの想いを思い出していってるのに、こんな中途半端な気持ちで遊びになんて行けないよ──

「ほんとごめん。着替えてくる!」

荷物をまとめるアタシの手をたかチャンが掴んだ。

動きを止め、たかチャンの顔を見上げる。

「話があるんだ。少しでもいいから時間作ってくれよ」

たかチャンのまっすぐな瞳──

アタシは迷いながらも、断ることができなかった。

着替えを済ませ、近くのデパートの駐車場へ向かった。

こうやって会うことすら迷ったのに、夜景を見ることなんてできないよ……。

夜景には特別な思いがある。

赤い糸destiny お父さんは、夜景が見える丘で、お母さんにプロポーズしたらしい。

小学生のときに聞いたんだけど、とってもロマンチックだと思った。

そして、子供ながらに憧れていた。

いつか結婚を意識した彼氏ができたら……最初に、夜景を見に行きたい。

アタシの中で夜景を見に行くという行為は、とても神聖なモノだった。

駐車場はガラガラで、ほとんど車がなかった。

距離をあけ、たかチャンと少し離れた場所に座る。

「親父さんの病気……良くなって良かったな」

「うん。いろいろ心配かけてごめんね」

カチッ──

たかチャンはタバコに火をつけ、空に向かって煙を吐いた。

「芽衣も吸えば?」

「……ううん。やめたんだ」

「えっ?」

「肌荒れするって聞いたことあるし……」

本当はお父さんが肺癌になったことが原因だけど、それは、まだ言えなかった。

途切れ途切れになる会話の中……たかチャンのタバコを吸う音だけが、闇に響いた

赤い糸destiny たかチャンは短くなったタバコの火を消しながら言った。

「俺さ……。芽衣のタバコ吸ってる横顔が、すっげぇ好きだったんだ。似合わねぇのに、口尖らせてタバコくわえて……」

たかチャンは懐かしそうにそう言うと、また新しいタバコに火をつけた。

「吸いすぎだよっ」

「……これ吸ったら、さっき言ってた話するから。忙しいのに時間取らせてごめんな」

たかチャンの手は、少しだけ震えているように見えた。

時間がゆっくりと流れて……タバコを吸い終わるまでの数分間が、何十分にも感じた。

気づけばアタシの手には、冷や汗が浮き出ていた。

胸も息苦しくなってくる。

アタシ、緊張してる──

自分を落ち着かせるように、ギュッと手を握り合わせた。

パチッ──

たかチャンは、短くなったタバコを遠くに向かって指で弾いた。

タバコは宙を舞い、コンクリートの地面に当たり、火種が小さな花火のように飛び散っていった。

赤い糸destiny 横を向くと、たかチャンと視線がぶつかった。

それをキッカケに、たかチャンはゆっくりと話し始めた。

「急かすつもりはないんだけど……。この前の返事は決まった?」

返事って……この前の告白の返事だよね?

「絶対に幸せにするから……もう一度、やり直そう。昔約束したように、18歳になったら結婚してほしいんだ」

たかチャンの視線が、まっすぐにアタシを捕えた。

緊張していた胸が、さらに鼓動を増して──

「芽衣は俺のこと……どう思ってる?」

「ア、アタシは……」

頭の中が混乱して整理できない。

アタシは……たかチャンが好き。

だけどアッくんのことも──

絵馬を見るまでは、たかチャンに強く惹かれていた。

やり直して、またつき合うことも考えた。

だからキスだって……結局はしなかったけど、してもいい覚悟を持っていたはずなのに。

「ア、アタシは……」

「……うん」

真剣なたかチャンの姿。

アタシはあなたに……

赤い糸destiny 傷つける事実でも……曖昧な態度はできない。

もう、たかチャンの返事をはぐらかせないよ。

こんなに大切にしてくれる人に、嘘はつけない……。

「ごめん……。アタシ、たかチャンは好きだけど……ほかにも気になる人がいるの」

……言ってしまった。

たかチャンの顔が見れなくて、アタシは視線をそらす。

「……それでもいい」

「え?」

「気持ちの二股になったって、そばにいてほしい。俺は芽衣とずっと一緒にいたいんだ。もう離したくない」

「──ッ! ダメだよっ」

「嫌だ……」

抱き寄せられるアタシの体。

「そんなのダメ……。思わせぶりなことしてごめん。たかチャンといて、気になる人を忘れた時期もあったけど、やっぱりその人を忘れられないの……」

「──芽衣っ!」

体を離そうとすると、さらにたかチャンの腕の力は強まり、アタシはきつく抱き締められた。

痛いほどに伝わるたかチャンの気持ち──

「それでもいい! 一時期は忘れられたんだろ!? 完全に忘れてもらえるように、俺が頑張るから」

赤い糸destiny ドンッ──

「──ごめん!」

アタシは耐えきれず、たかチャンの体を思い切り押した。

悲しそうな目をして、たかチャンはアタシを見つめる。

「……俺は芽衣じゃなきゃダメなんだ」

「アタシは……こんなに中途半端な気持ちでつき合うなんてできない。本当にごめん。たかチャン、ごめんね」

アタシは鞄を手に、駐車場から逃げ出した。

「──芽衣! 待てよ!!」

「ごめんなさいっ!!」

背中に響く声を無視して、振り返らずに走り続けた。

目から、どんどん涙が溢れだしてくる。

……アタシはどうして、絵馬を見てしまったんだろう。

アッくんのことは忘れたような気がしてたのに……。

アッくんに傾く気持ちが止められないよ。

──絵馬なんか見なかったら、たかチャンの胸に、飛び込めたかもしれなかった。

たかチャン……。

あんなにも愛してくれているのにごめんね。

優しいたかチャン。

いつも元気をくれたたかチャン。

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