「アルコールもいっぱいあるんだけどさ、ここでは飲めないんだよなぁ」
「プッ……アハハッ! ──お酒好きなんだね。うちらはまだ未成年だから、外では仕方ないよぉ」
赤い糸destiny 「そうだよなっ。芽衣もたまに飲んだりする?」
「うん。弱すぎてほとんど飲めないけどねっ。あっ、そういえば優梨が──」
?~?~?~
ふたりの会話を裂くように、携帯の着信音が鳴り始めた。
「……アッくんじゃないの?」
「ちょっとごめんなっ──」
アッくんはアタシに断わり、ポケットから携帯を取り出した。
携帯を開くと、アッくんの顔色が変わった。
悩むような顔で携帯の画面を見つめていた。
「……何かあった?」
「あっ……。なんでもないよ」
?~?~
アッくんは携帯を閉じ、そのままポケットに戻した。
携帯はしばらく鳴り続けた後、静かになる。
だけど──
?~?~?~
すぐにまた鳴り始めたアッくんの携帯。
「……出たら? 急用なんじゃない?」
「大丈夫──」
アッくんは着信音が鳴りやむと、すぐにマナーボタンを押した。
もしかして……電話の相手は麻美チャン?
嫌な想像が頭をよぎったが、アッくんに聞くことはできなかった。
赤い糸destiny ずっと見ないようにしていたことを、目の前に突きつけられたようで不安になる。
アッくんと麻美チャンの関係はどうなっているのかな?
今もポケットの中で携帯が鳴っているんじゃないかと思うと、気になって仕方なかった。
「そういえば、さっきの話の続きは? 優梨が……って話の途中だっただろ?」
「あっ……なんだっけ? ──忘れちゃった」
「そっかぁ」
会話が続かないよ……。
ふたりの間に、重苦しい空気が流れた。
「お先にお飲み物をどうぞ」
バイトらしき若い女の子が、目の前にコーラを置いた。
「あっ、コーラきたね」
「あぁ、そうだな」
アッくんも、ソワソワして落ち着きがないように見えた。
「いただきますっ」
気持ちを切りかえなきゃ──
アタシはコーラをひと口飲んだ。
炭酸が胸にしみて、モヤモヤした気持ちが少しだけ晴れた気がした。
「お腹、空いてきちゃったなぁ」
「オレもっ」
「早く食べたいねぇ」
グゥー……
気持ちが落ち着いたせいなのか、小さくお腹が鳴った。
赤い糸destiny 幸い、アッくんには聞こえなかったようだ。
しばらく話していると気持ちもどんどん和み、アタシの顔には自然と笑みが浮かんできた。
グラスのコーラも残り少なくなり、空腹感がピークに達したとき──
「アツシ、いつものヤツ持ってきたぞ!」
後ろから男の声がした。
それと同時に、美味しそうな匂いがしてくる。
「のぶサン、ありがと!」
「あれ? この子はアツシの彼女なのか?」
か、彼女!?
アタシは顔を上げ、のぶサンの方を振り向いた。
「……は、初めまして」
恥ずかしさで顔が赤くなりそう。
照れながらも、否定はせずに挨拶をした。
「あ、あ……は、初め……ま……」
「えっ?」
なぜか、のぶサンの声は震えていた。
……あれ?
アタシ、なんか変?
のぶサンはアタシの顔を見つめ、呆然としている。
「あ……き、君の名前は?」
「芽衣ですけど……」
「やっぱり!! もしかして、お母さんの名前は……マチ子……じゃないか?」
ドクン
心臓が大きく鼓動を立てた。
顔から血の気が引いていくのが自分でもわかった。
赤い糸destiny 産みの両親
な、なんで……。
なんでこの人が──
マチ子って、お母さんの名前じゃない。
マチ子は、アタシの産みの母の名前だ。
「やっぱり……。あの芽衣チャンだろ!? は、春夫に……春夫に知らせねぇと」
「──あのっ……どういう……こと?」
頭の中が混乱する──
この人は誰?
誰なの!?
「あ、あのさ。これってどういうこと?」
アッくんが言いづらそうに口を挟んだ。
だけど──
今のアタシの耳には、アッくんの声すら届かない。
のぶサンは料理をトレンチに乗せたまま、慌てて厨房に戻っていった。
「──なぁ、芽衣。どういうこと?」
どういうことって……アタシが聞きたいよ。
ねぇ、どういうことなの?
「アッくん。ねぇ、帰ろ! お願いだから帰ろうっ」
「え?」
「アタシ帰るっ。ごめん──」
慌てて立ち上がり、外に向かって走りだした。
なぜかわからないけど、得体の知れない恐怖に追われている感覚がする。
ここにいたくない──
赤い糸destiny ずっと真実を見ないように生きてきた。
アタシのお父さんとお母さんは、あのふたりだけ。
ずっと育ててくれたあのふたりだけだよ──
アタシは走りながら来た道を戻った。
さっきは怖かった繁華街も、今はまったく怖くない。
というより、怖がる気持ちの余裕すらなかった。
胸の中がザワザワして、のぶサンの言葉に、不安を通りこして恐怖すら感じる。
そう思ったとき──
「──ヒィ……」
喉が変な音を立てた。
──あ、あっ……い、息が吸えない。
苦しくて苦しくて──息が、できない。
「……ゲ、ゲホッ。ゲホッ、ゲホゲホッ……」
息の代わりに、激しく咳が出た。
咳の出すぎで何度も吐きそうになる。
その場に座り込み、背中をまるめた。
「く……苦し……ゲホッ、ゴホッ──」
助けを呼ぼうにも、声すら出せない。
涙と鼻水がダラダラと流れ、頭がパニックになっていく。
苦しいよ……誰か……誰か助けて。
アッくん、助けて──
アタシは声にならない叫びをあげた。
赤い糸destiny 「……い! ──おい、芽衣っ!! 大丈夫か!?」
……ア、アッくん?
走りながら近づいてくる足音がする。
そして……、
「大丈夫か!?」
アッくんはそう言い、背中を撫でてくれた。
……アッくん。
怖かった。
来てくれたことが嬉しくて、苦しさで流れる涙に嬉し涙も混じっていく。
しばらく背中をさすってもらっても、苦しさはまったく治まらなかった。
アタシは咳と吐き気に顔を歪ませる。
死にそうだよ……。
ガサッ──
「過呼吸だ! この袋を口に当てて息をさせなさい」
「は、はいっ。──芽衣! 顔あげて!!」
「ゲホゲホッ……ッ」
……袋?
吐くから袋?
確かにアッくんの前で吐きたくない。
だけど……涙と鼻水で化粧がグチャグチャに崩れている。
こんな顔を上げれないよ──
アタシは首を横に振った。
「け、化粧ゲホッ……」
「馬鹿か!? 早く袋当てろよ!!」
下を向いているアタシの口元に、無理やり紙袋が当てられた。
アタシの鼻水やよだれがアッくんの手についた。
赤い糸destiny 「ほんとごめん。本当にごめんねっ……」
「だから大丈夫だって。治って良かったな」
過呼吸が治まったアタシは、ひたすらアッくんに謝っていた。
顔を拭いたから、化粧もボロボロになっている。
汚いところを見せ、迷惑をかけて……本当に最悪だ。
恥ずかしくてアッくんの顔が見れないよ。
「今日はもう帰ろ。無理させたくないし、休んだ方がいいよ」
「……うん、そうだね」
こんなことになっちゃって、せっかく着たワンピも全部意味がない。
もっと一緒にいたかったのに……。
「送って行くよ」
アッくんはそう言い、道行くタクシーに手をあげた。
「だ、大丈夫。タクシーなんて高いし……」
「バイトの給料が入ったって言っただろ? 心配すんな。それより自分の体を考えろよ」
今のアタシには言い返す言葉もない。
アッくん、ごめんね。
タクシーに乗り込み、家の住所を告げた。
赤い糸destiny 「体は大丈夫か?」
「大丈夫だよ……」
アッくんは、タクシーの中でも優しく声をかけてくれた。
のぶサンとのことは、あえてなのか何も聞かれない。
気になるはずなのに、聞かないアッくん。
アタシの混乱や動揺をわかってくれてるんだね。
その気遣いを嬉しく感じ、胸が痛かった。
ふと隣を見ると、息がかかるほど近くにアッくんの顔がある。
ドキドキドキ──
アッくんの心配そうな眼差しは、アタシの胸を高鳴らせた。
まだ一緒にいたい。
このまま道に迷って、家に着かなければいいのに。
「ここを左?」
「あ、はいっ」
そう思いながらも、運転手に家までの道を教えてしまう。
帰りたくない。
一緒にいたい……。
アタシは、声にならない言葉で語りかけた。
さっきはアタシの心の声を聞きつけてくれたでしょ?
今回も……気持ちが伝わらないかな?
──そんなの無理だよね。
一度通じただけでも、奇跡のように嬉しかった。
二度三度って甘えたら、さすがに神様も機嫌が悪くなっちゃうだろう。
赤い糸destiny そんなことを考え続ける間も、タクシーは家に向かって走り続けた。
見慣れた住宅街に入り、窓からはアタシの住むマンションが小さく見えてきた。
「もう着くだろ?」
「そうだね」
タクシーに乗ってから、まともに会話も交していない。
静かな車内には、野球中継のラジオだけが小さく響いていた。
そして──
「ここでいいのかな?」
無情にもタクシーはマンションの前で止まってしまった。
……着いちゃった。
降車をせかされるように後部座席のドアが開いた。
もっと話せば良かった。
まだ一緒にいたい。
だけど、そんなことは言えなくて──
「アッくん、送ってくれてありがとう」
「あぁ。大丈夫だよ」
「また連絡するね」
後ろ髪を引かれる思いを抱えながらも、ゆっくりと足を車外に出した。
「またな」
車内に残るアッくんの笑顔が、まるで永遠の別れのように感じた。
赤い糸destiny 「あ……あのねっ──」
アタシの唇から、思わず声が漏れた。
ドキドキ──
胸が苦しくなってくる。
やっぱり……やっぱりまだ、サヨナラって言いたくない。
離れたくないっ──
アッくんを見つめ、思いきって伝えた。
「あのっ……今日は迷惑かけちゃったし、良かったら家でお茶でも飲んでいかない?」
──い、言えたっ。
緊張のあまり、唇がプルプルと震えた。
そのことを隠すように下唇をギュッと噛んだ。
下を向き、アッくんからの返事を待った。
──少しの沈黙の後、アッくんは財布を取り出して言った。
「じゃあ……。運転手さん、ここで降りるんで……」
──やった! やったぁ!!
その言葉を聞いた瞬間、顔がほころんでしまった。
あまりの嬉しさに、胸が苦しいほどに締めつけられた。
赤い糸destiny こんな顔をしてたら、気持ちがばれちゃいそうだよ……。
見られたくないけど、ゆるんでいく顔を抑えきれない。
……まだアッくんといられる。
その現実に、アタシの頭は幸せでいっぱいになった。
──アッくんは運転手に2000円近い料金を支払い、タクシーから降りた。
タクシーは空車のライトをつけ、あっという間に走り去って行った。
「ありがと!」
「おぅ」
静かな住宅街でふたりきりになり、アタシは恥ずかしくてアッくんの顔が見られなかった。
「お邪魔しますっ……」
「あ、はい! どうぞっ──」
並んでマンションのエントランスに向かった。
……部屋を掃除しておいて良かった。
緊張や恥ずかしさで震える手で、ゆっくりと家の鍵を開けた。
「ただいまっ」
……。
リビングからの返事はない。
電気も消え、人のいる気配はなかった。
赤い糸destiny 「どうぞ。アタシの部屋はすぐ右の扉だから……」
声をかけ、玄関から室内に上がった。
「お邪魔します……」
アッくんはなんとなく気まずそうに靴を脱いだ。
今日はお母さんたちがいなくて良かった。
いたら、きっとからかわれていただろう。
ガチャ──
そんなことを考えながら、自分の部屋の扉を開けた。
アッくんを部屋に招き入れ、静かに扉を閉めた。
「けっこうキレイ好きなんだな……」
部屋に入ったアッくんは、室内をクルッと見渡しながら言う。
──はぁ。
本当にタイミングが良かったよ。
アタシはホッと胸を撫で下ろした。
だけど、ホッとしたのもつかの間だった。
ふたりきりの部屋という密室空間に、こらえきれないほどの緊張が込み上げてきた。
「何か飲む? 麦茶とコーラと水しかないけど──」
「じゃあ、水で。ありがとな」
アタシは口実を作り、部屋を出た。
赤い糸destiny キッチンに着くと、そっと頬に両手を当てた。
手のひらから感じる頬の温度はいつもより明らかに高い。
鏡を見なくても、赤く染まっているとわかった。
「……ふぅ」
今日は、ずっとこんな調子だ。
赤くなったり胸が痛くなったりして。
好きな人に会うときって、こんなに気持ちが揺れるモノだっけ?
ふたつのグラスに氷を詰め込み、冷蔵庫にあるミネラルウォーターを注いだ。
大きく深呼吸をして、乱れた呼吸を整えた。
「落ち着け……。落ち着け、アタシ」
自分に言い聞かせるように呟いた。
?~?~?~
あっ……。
アッくんの携帯が鳴ってる。
アタシの耳には、さっきと同じ携帯の着信音が聞こえてきた。
そういえば、レストランで何度もかかってきた電話は、誰からだったんだろう?
少しだけ心に影がさす。
アタシはグラスを持ち、急いでアッくんの待つ部屋に戻った。
赤い糸destiny 開いたままの扉から、静かに室内を覗いた。
こんな覗きみたいなことはしたくないけど……気になるよ。
アッくんは携帯を持ち、誰かにメールを打っているようだった。
カラン──
グラスの中の氷が溶け、小さく音を立てた。
あっ……やばいっ──
アッくんはアタシの方を振り向き、ボタンを押す手を止めた。
「あっ、ありがとな!」
「ううん、どうぞ」
覗いていたこと、ばれたかな?
鼓動が早まり、手のひらにはジワッと汗が滲んだ。
アッくんはグラスを受け取ると、苦笑いしながらひと口飲んだ。
その様子は不自然で、やっぱり何か変に感じる。
その原因が何なのかはよくわからないけど……きっと今の電話やメールの相手は、さっきと同じ相手のような気がした。
「……麻美チャンからの電話?」
たぶん、そうだよね?
知りたくないけど、知りたいよ。
「……えっ? あ、あの、違うよ。おふくろが……」
突然の問いに、アッくんは明らかに動揺していた。
そして、言葉をかみながらも違うと否定した。
赤い糸destiny その姿は、アタシの言葉が当たった証だよね──
だけど……アタシはアッくんの嘘を信じることにした。
違うって言ったアッくんを見て、信じようって決めたの。
麻美チャンのことを考え、麻美チャンを気遣って諦めてばかりいるのはやめるって決めたんだ。
アッくんが麻美チャンと別れているのは事実。
だったら、今の麻美チャンとアッくんの関係なんか見たくない。
アタシにはアッくんの言葉だけが真実──
「そっかぁ。いきなりごめんね」
「あぁ、大丈夫だよ」
「そういえば! 懐かしい写真があるんだよっ」
アタシは話題を変え、机の引き出しを開けた。
そして、引き出しの奥から中学時代に撮った写真を取り出していく。
「これとか懐かしい! 優梨が──」
アタシの瞳に、写真の奥にあった1通の封筒が映った。
パサパサッ──
言葉を続けられず、持っていた写真も床に落としてしまった。
「……えっ? どうしたんだ?」
今日あった出来事が……頭にフラッシュバックした。
のぶサンの言葉。
産みの母のこと──
赤い糸destiny アタシは封筒を引き出しに戻してから、そのまま思いっきり押した。
バタンッ!!
引き出しは大きな音を立てて閉まった。
……見たくない。
知りたくない。
バクン……バクン……
胸が、いつもと違う音を立て始めた。
「──ッ……」
激しく動きだす心臓。
胸が苦しくなり、アタシはその場にしゃがみ込んだ。
鼓動だけではなく、呼吸も乱れ始めた。
また息ができなくなりそう……。
そんな恐怖を感じ、口元に手を当てた。
「どうしたんだ!? 芽衣、大丈夫か?」
アタシの異変を感じたアッくんが隣にしゃがみ込んだ。
そして……さっきと同じように背中をさすってくれた。
その手のひらからは、優しさや安心感が流れ込んできて……。
「大丈夫か?」
「……」
気持ちが抑えきれなくなっていく。
「ア……アッくんっ──」
気がつけばアタシは、アッくんの胸に飛び込んでいた。
赤い糸destiny アッくんの胸からは懐かしいアッくんの匂いがする。
少しテンポの早い鼓動のリズムが聞こえて……アタシの呼吸はアッくんの音に合わせ、少しずつ楽になっていった。
「ご、ごめんっ」
落ち着いて我に返ったアタシは、慌ててアッくんから離れた。
──アタシ、何やっちゃってるの!?
自分のやってしまった行動が理解できなかった。
あまりの恥ずかしさに、頭の中がパニックになりそう。
「ほんとごめんっ。気にしないでっ!」
「……」
真っ赤な顔に苦笑いを浮かべてごまかそうとするが、アッくんはそれを黙って見ているだけだった。
……怒ってるの?
アッくんの真剣な顔に、戸惑ってしまった。
「あ、あの……」
「あんまり無理すんなって──」
「──え!?」
嘘……でしょ?
赤い糸destiny アタシの体は一瞬にして、アッくんの腕の中に引き戻されていた。
背中に回された腕に力が入り、強く抱き締められた。
「無理すんな! オレの前では我慢すんなよっ!」
「……」
あまりにも突然で……。
いろいろな感情が入り混じり、声が出ない。
アッくんの声が優しく、そして心強く耳に響いていった。
「わかったか?」
コクン──
アタシは「はい」の代わりに首を縦に振る。
「じゃあ、約束な!」
アッくんはそう言うと、アタシの頭をクシャクシャと撫でた。
そして──
ふたりの体はゆっくりと離れた。
?~?~?~
抱き締められた余韻に浸る暇もなく、アッくんの携帯が鳴った。
「のぶサンだ。芽衣、どうする?」
「え……」
思わず体が固まってしまった。
アタシはアッくんの服の袖を掴みながら、泣きそうな顔で首を横に振った。
「嫌って言って……。アタシはまだ、知る勇気がないの」
赤い糸destiny アタシの産みの両親は、親というより、他人に近い存在だと感じていた。
だけど……今、こんなにも気持ちを掻き乱されるのはなぜなんだろう。
アタシの両親は、今の両親だけ。
それに……中学のとき、父は犯罪者だと聞いた。
産みの母も自殺している。
もう、それ以上のことは怖くて聞きたくない。
いつか知らなきゃいけないとしても、今は知ることが怖いの──
「のぶサン、芽衣の話? ……あぁ、もう言わないでほしいんだ。……え? ……無理だよ。かわれる状態じゃないんだ。……また連絡するよ」
アッくんは電話に出たが、少しだけ話してすぐに切った。
アタシはホッとして、掴んだ袖を離した。
赤い糸destiny その後──
今まで誰にも言えなかった話をアッくんにすべて話した。
中学時代にお父さんから聞いた産みの両親のこと。
そして、お父さんは肺癌にかかって産みの両親の所在を文書にして残したこと。
アッくんは、何度も何度もうなずきながら聞いてくれた。
「ずっと誰にも言わないで抱え込んでたのか?」
「こんな話……言えないでしょ?」
「つらかったよな」
アッくんは話しながら悲しそうな視線をアタシに向けた。
赤い糸destiny 「なんでオレは気づいてやれなかったんだろうな……。そんなにいろいろ悩んでいたなんて──」
「ううん、そうじゃないよ。聞いてもらえて楽になったよ。──ありがとね」
ねぇ。
なんでそんなに優しいの?
優しくされればされるほどアタシの気持ちはアッくんに傾いていく。
もう、好きな気持ちが張り裂けてしまいそうだよ……。
「産みの親には、このまま会わないつもりなのか?」
「今はそのつもり。母の方は亡くなっているし、父の方も今はどうなってるのかわからないもん。アタシがどんな人から産まれたのか知りたいけど、気持ちの整理がつかないんだ」
ずっと逃げていた真実を突きつけられ、気持ちが混乱していた。
だけど……いつまでも逃げられないよね。
アタシの体には、記憶の片隅にすらいないふたりの血が流れている。
それは、紛れもない事実──
赤い糸destiny そばにいて
いつか正面からぶつからないといけない壁なんだろう。
「なぁ。オレの知り合いに会ってみないか? おふくろの親友なんだけど、民間の児童養護施設を経営してる人なんだ」
児童養護施設って、親がいなくなってしまった子供たちや、事情があって親元で暮らせない子供たちが生活する場所だよね?
「オレもガキのころ、少しだけ施設にいたんだよ。そこじゃないけどな。その人はいろいろな環境の子供を見てるし、話せば少しは楽になると思うんだ。きっと先に進めるよ。親父さんが誰かわかるなら、早いうちに親父さんに会っておいた方がいいと思うぞ」
戸惑うアタシに、アッくんは優しく笑いかけた。
その顔を見ていると、心がポカポカとあたたかくなっていく。
お父さんがいないアッくんだからこそ、この言葉が出るのだろう。
「不安な気持ちもわかるけどな。でも、芽衣にはオレがついてる。不安なときは、昔のようにそばにいるから」
アッくんの声が不安な胸に、しみ渡っていった。
アッくんがそばにいてくれたら、きっとこの事実にも立ち向かっていけるような気がする。
赤い糸destiny アッくんは、魔法使いのようだね。
あなたの言葉ひとつで、アタシは強くなれる。
そして、幸せな気持ちにもなれるんだ。
……昔のアタシは、アッくんの隣が居心地よくて甘えてばかりだった。
強くなろうと努力しなかった。
──でも、今は違う。
アタシは甘えても、強くなるよ。
そして、お荷物にならないようにしながら、アッくんのそばにいたい。
ふたりで過ごせるように頑張るから。
「……うん。会ってみたい」
「そっか。じゃあ、近いうちに一緒に行こうな」
アタシの顔に、自然と笑みが浮かんでいった。
……アッくん、ありがとう。
強くなるからね。
「──あっ、もうこんな時間か。そろそろ帰るな」
アッくんは壁に掛かった時計を見上げて言う。
時計を見ると、家に着いてから1時間近く経っていた。
「引き止めちゃってごめんね。ありがとう」
名残惜しい気持ちもある。
だけど今は、あたたかい気持ちが胸の大半を占めていた。
またそばにいてもいいんだね。
それがとても嬉しい。
赤い糸destiny この日から、アタシは毎日アッくんに電話した。
アッくんからも毎日かかさず電話がかかってくる。
毎日ふたりで何時間も会話した。
話す内容は、取り留めのない話が多いけど、アッくんと話していると、そんな話も楽しい話に変わる。
早くまた会いたい。
アタシは携帯を握り締め、会いたい気持ちを募らせた。
そして──
いろいろなことがあった夏休みも、明日で終わりを迎える。
「あさってからまた学校だねぇ……」
「そうだな。夏休みってあっという間すぎ!」
「そうだねっ」
今日もアタシはアッくんと電話していた。
こうやって昼間から電話し合えるのも、夏休みだからだよね。
夏休みも明日までかぁ。
「あっ、そういえば、いつ施設の先生に会いに行く?」
そうだ。
行くと決めたんだし、早いうちに行って話をしたい。
それに、そのときは、アッくんに会える。
「……明日は? 忙しいかな?」
明日ならまだ夏休み。
ゆっくり一緒にいれるよね?
赤い糸destiny アタシは期待を胸に、返事を待った。
少しの間の後、アッくんは快い返事をくれた。
「明日なら大丈夫だよ」
「良かった!」
そして、アッくんは言葉を続けた。
「……会いに行ってから飯でも食いにいく?」
「マジで? 行く行くっ」
アタシは歓喜の声をあげる。
明日会えるだけでも幸せなのに、ご飯にも誘ってもらえるなんて……。
すっごく嬉しいよ!
「本当に芽衣は飯が大好きだよなっ。つき合ってたころだって、飯に誘うと喜んでたし……」
鈍感なアッくんは、懐かしそうに言った。
アタシの言葉の裏にある気持ちには、まったく気づいていない様子。
アタシはお茶でもなんでも、アッくんに会えるたびに喜んでいたんだよ。
ただ、アッくんのお誘いはご飯が多かっただけ。
あなたに会えるっていう約束が嬉しいんだよ。
赤い糸destiny ……そう思いながらも、まだこの気持ちは伝えることができない。
アタシはすねたフリをした。
「そんなに食いしん坊じゃないもんっ!」
「アハハッ。しっかり食って太れよ。明日はこってり系の中華だなっ!」
「もぉっ……。ほんと意地悪」
怒ったように言っても、心の中のアタシは、顔を緩ませて笑っている。
その後もしばらく話し続け、キャッチが入ったというアッくんの言葉をキッカケに、明日の約束を交してから電話を切った。
──電話を切ると、すぐに時間を確認した。
まだ夜の7時。
間に合いそうだっ!
そして、急いで外出用の服に着替える。
「ちょっと行ってくるね!」
急がなきゃ間に合わないっ……。
アタシはすっぴんのまま、家を飛び出した。
向かう先は街にあるファッションビル──
2時間後──
「ただいまっ」
帰宅したアタシの肩や腕には、3店のショップの袋がかかっていた。
赤い糸destiny ちょっと奮発しちゃった。
でも、気に入るものがあって良かったよ。
アタシはベッドの上に袋の中身を広げる。
タグがついた服や靴で、ベッドの上は埋まっていった。
「明日はコレとコレを合わせて、このパンプスを履こうかなぁ」
明日のことを想像すると、思わずニヤけてしまう。
この前は最悪な姿を見せちゃったから、次は可愛い格好で会いたい……。
これらは、そう思って急きょ揃えた物だ。
化粧も髪も完璧にして、少しでもいいから、アッくんの気持ちを惹きたい。
アタシは鏡の前に立ち、買った服を1着ずつ合わせる。
そして明日の服が決まると、前のようにバッグの中にハンカチとポケットティッシュを詰めた。
早く明日にならないかな……。
用意が進むにつれ、会いたい気持ちが強まる。
自然と胸が高鳴り、小さく痛んだ。
?…?…?…
メールを知らせるメロディが流れる。
赤い糸destiny 「はぁい……え?」
目に飛び込んできたのは、〈死ね〉という文字だった。
嫌いとかの次元じゃなく、怨みさえも感じさせる言葉。
テンションがいっきに落ち、夏なのに背筋が寒くなった。
こんなメール、誰からなんだろう。
アドレスを見たが、そこには知らないアドレスが表示されていた。
返信しようかな?
でも……こんなメール気持ち悪いし、余計に酷い返事が返ってきそう。
少しだけ悩み、メールを消去した。
見なかったことにしようっと……。
アタシは気持ちを切り換え、ケータイ小説を読み始めた。
だけど、すぐにメールの文章が頭に浮かぶ。
……あぁ、もう!
誰なの!?
ベッドの上に携帯を放り投げ、リビングに向かった。
翌朝──
目が覚めると、すぐにアッくんの顔が頭に浮かんだ。
──アッくん、おはよ!
心の中で呟き、心地よくベッドから起き上がった。
赤い糸destiny あっ、そういえば……。
携帯が視界に入り、アタシは昨日のメールを思い出した。
パチッ──
画面には、受信メール1件と表示されていた。
嫌な予感がして、すぐにメールを開いた。
〈おはよ。明日から学校でだるいよなっ。夜、電話する!〉
それは海斗からのメールだった。
胸を撫でおろし、新しい服を抱えてバスルームに向かった。
シャワーを浴びていると、いろいろなことが頭に浮かんできた。
今日は、浮かれてばかりもいられない。
産みの両親の話をして、気持ちの整理をつけなきゃいけないんだ。
そのことは不安だけど、アッくんと一緒なら、きっと大丈夫だよね。
?~?~?~
アッくんと約束した時間になると、電話が鳴り始めた。
「もう着くから、時間になったらマンションの下に降りてこいよ!」
「わかったぁ」
──今日はドタキャンじゃなくて良かった!
すでに用意は終えているが、鏡の前で最終チェックをした。
赤い糸destiny マンションから出ると、そこには笑顔のアッくんが待っていた。
駅に行って、電車を乗り継ぎ、目的の児童養護施設に向かった。
施設に着くとすぐ、アタシはびっくりしてしまった。