「ご、ごめんねっ……。ありがとう……グスッ」
救急車に乗っても涙が止まらない。
あのときはアッくんが死んじゃったって思った。
今、そばにいれることが本当に幸せなの。
アッくんは、体を張って馬鹿なアタシを助けてくれた。
アッくんがいなかったら、アタシは死んでいたかもしれない……。
「……今の事故は芽衣が悪いんじゃないぞ。オレの責任。オレが麻美と会ったせいだからさ……」
「──でも、アタシのせいだよ。あ……あの……やっぱり聞きたいんだけど……。なんで会ったの?」
「最後に1度だけ会ってくれたらオレのことは忘れるって電話がきてさ。芽衣には最低なことをしてたけど、麻美もいいところはあるんだよ。オレを忘れてほかの男と幸せになって欲しかった。ごめんな──」
アッくんは苦痛に顔を歪め、申し訳なさそうにアタシを見つめた。
赤い糸destiny アッくんは病院で全身打撲と擦過傷と診断された。
アタシは足首の捻挫と擦過傷。
「芽衣、顔にガーゼはやばいな! まぁ、オレが嫁にするからいっか?」
「──アハハッ! アッくんこそ、おでこに傷あるじゃん! アタシが責任取ってお嫁に行ってあげるね」
傷だらけの姿を見て笑い合った。
──この日以来、麻美からの電話やメールはなくなった。
その理由は、しばらく経ってから優梨に教えてもらった。
麻美の病気とともに。
──麻美は、中学時代から精神科に通っていたらしい。
そのときは行為障害と診断され、定期的なカウンセリングが続いていた。
そして、アッくんと出会ったころ、境界性人格障害という心の病の傾向があることが発覚したそうだ。
境界性人格障害。
それは、そのとき初めて聞いた病名ではない。
今、通院している美亜と同じ病名だったから……。
境界性人格障害とは、若い女性に多い心の病だ。
心というか性格の病かもしれないけど。
赤い糸destiny とても衝動的で感情の起伏が激しくなる。
そして、気持ちの制御ができなくてリスカや拒食や嘘を繰り返してしまう人もいる。
時には……苦しさから美亜のように薬物に走る人も。
──これが一般的な症状。
麻美の病は、自分でも止められない感情に突き動かされてしまう悲しい病だった。
麻美はあの事故でアッくんを諦める決心をしたらしい。
──そのことを知ったアタシの心中は複雑だった。
麻美にされたことは、今も深い心の傷になっている。
だけどアタシが同じ病にかかったら、麻美と同じことをしてしまうかもしれない。
──好きな人のそばにいられることの幸せ。
そして、好きな人に命賭けで愛される喜び。
みんながそれを味わえたらいいのに……。
人間はみんな、そう思うはずだよね?
愛して道徳を忘れる。
愛されたくて道を踏み外す。
傷つけ……傷つき合いながら本当の愛を探す。
例え相手に彼女がいても、好きなものは好きなんだ。
アタシがアッくんを想っていたように……。
そして、麻美がアッくんを想うように──
赤い糸destiny とても衝動的で感情の起伏が激しくなる。
そして、気持ちの制御ができなくてリスカや拒食や嘘を繰り返してしまう人もいる。
時には……苦しさから美亜のように薬物に走る人も。
──これが一般的な症状。
麻美の病は、自分でも止められない感情に突き動かされてしまう悲しい病だった。
麻美はあの事故でアッくんを諦める決心をしたらしい。
──そのことを知ったアタシの心中は複雑だった。
麻美にされたことは、今も深い心の傷になっている。
だけどアタシが同じ病にかかったら、麻美と同じことをしてしまうかもしれない。
──好きな人のそばにいられることの幸せ。
そして、好きな人に命賭けで愛される喜び。
みんながそれを味わえたらいいのに……。
人間はみんな、そう思うはずだよね?
愛して道徳を忘れる。
愛されたくて道を踏み外す。
傷つけ……傷つき合いながら本当の愛を探す。
例え相手に彼女がいても、好きなものは好きなんだ。
アタシがアッくんを想っていたように……。
そして、麻美がアッくんを想うように──
赤い糸destiny destiny…
──それから1年と4カ月後──
「ねぇ、招待状はどうする?」
「あー任せるよ! オレ、よくわかんないし」
「もうっ。じゃあ勝手に決めるからねっ!!」
アタシとアッくんはふたりで結婚式場に来ていた。
先月、アタシは高校を卒業して社会人になっていた。
──事故以来、前にも増してふたりの絆は深まっている。
そして、今は半年後に挙げる結婚式の打ち合わせ中。
あの後も本当にいろいろなことがあった。
アッくんがペアリングをなくしてケンカ。
アタシの浮気疑惑。
ささいな言い争いから別れそうになったこともあった。
だけど──
それも今ではふたりの懐かしい想い出になっている。
「じゃあ、このピンクの招待状にする!」
「……え? やっぱり結婚式といえば白だろ?」
「さっき任せるって言ったじゃん」
カタログを見ながら騒ぐふたりを見て、式場の人は笑いながら言った。
「決まらないならあたしが決めてあげようか?」
「えっ!? 嫌な予感……」
「じゃあ早く決めてっ!」
ふたりにカタログを見せる式場の人とは……大好きな親友の美亜だ。
美亜は、少し前からここで働いている。
赤い糸destiny ふたりをからかう美亜の薬指には、小さなダイヤがついた指輪がはまっていた。
……これは美亜の愛する彼氏からの贈り物。
今でも美亜は病院に通院して心の病と戦い続けている。
彼はずっと美亜を支え続けていた。
「早く結婚しなよ」
「あたしはまだいい! シンくんの仕事が落ち着いたらね」
美亜の彼氏は、シンくんという少し年上の人。
海斗と美亜が結ばれたら良かったけど……恋ってそううまくはいかないモノだ。
海斗は海斗で、入学したばかりの大学生活を楽しんでいた。
「……もうピンクでよくない? 決まらないし」
「まぁいっか。芽衣がそれでいいならいいよ!」
「やったぁ」
アタシは子供のようにはしゃぐ。
その姿を見てアッくんは微笑んでいた──
式場からの帰り道、
「そういえば、式の前に一度ノブさんが会いたいって言ってたよ」
「ノブさん? ……あっ!! イタリアンレストランの!?」
「そうそう。芽衣に大事な話があるってさ」
ノブさんとは、あれから会っていない。
産みの母の話を出されたあの日が最初で最後だ。
赤い糸destiny ノブさんに会えば、また産みの両親の話が出るだろう。
──というより、その話をするために会いたがられている気がする。
結婚が決まった今……知ることは怖いが、1度は産みの両親に会ってみたいという気持ちもあった。
「両親の話かな?」
「それっぽいことを言ってたけど、急だし芽衣は困るよな。断るか?」
「うーん」
返事に困っていると、アッくんはそっとアタシの頭を撫でながら言った。
「いきなりでごめんな。保留にしとくから」
「ううん、アタシこそ逃げてばかりで。会いたい気持ちはあるから考えてみるね」
「わかった。──オレは今から会社に戻らなきゃいけないから、後でまた続きを話そう」
仕事の休憩時間を使って打ち合わせに来てくれていたアッくんは手を振りながら会社へと戻っていった。
「バイバイ!」
アタシは遠ざかる背中が見えなくなるまで見送った。
……高校を中退したばかりのころは、スーツが似合わなかったのにね。
だけど、今はすごくかっこいいよ。
赤い糸destiny あの事故の後、銀行からの融資の話は当然なくなって、アッくんのお母さんはお店を閉めた。
「守れなくてごめん。でも、これで良かったんだよね?息子をダシにしてお金を借りようとするなんて私どうかしてた──」
泣きながらお店の前に立ちつくすお母さんの姿は、今でも鮮明に覚えてる。
そのことが原因でアッくんは学費が払えなくなり、高校を中退して就職する道を選んだんだ。
アタシはそのとき、どうしたらいいのかわからなくて、自分のせいじゃないかってたくさん悩んで苦しんだ。
だけどアッくんはそんなアタシに、『芽衣のせいじゃない』って言い続けてくれたの。
その言葉が本当に嬉しかった。
?…?…?…
〈どうだった? あたしも式挙げたいなぁ〉
優梨からメールが入ってきた。
今も、優梨と美亜とアタシの3人は仲が良い。
アッくんや地元に帰ってきたナツも含め、みんなでよく一緒に集まっていた。
優梨はこの春から通信高校に通い始め、育児も勉強も頑張っている。
ナツは夢だったプロサッカー選手になれなかったけど、大好きなサッカーに関わりながら生きている。
そして梨夏も両親の愛を受けながらスクスクと成長していた。
赤い糸destiny 両親といえば……アタシの両親も元気に過ごしている。
お父さんの癌は再発していないし、お母さんも健康そのものだ。
口には出さないけど、仲の良いふたりの姿は、アタシの理想の夫婦像になっている。
もちろん、お姉ちゃんだってすごく元気だよ。
大学生活も悠哉との恋も楽しんでいるみたい。
〈招待状を選んできたから今度サンプル見せるね〉
地元に向かうバスに乗り、優梨にメールを返した。
最近、頭の中は結婚式のことでいっぱいだ。
嬉しくて自然と顔がにやけてしまう。
?…?…?…
〈2次会は中学の同級生から誰を呼ぶ? たかチャンはどうする? 誰を呼びたいか教えて〉
結婚式の2次会の幹事は、優梨と海斗にお願いしてあった。
……たかチャンかぁ。
ずっと会っていないな。
──懐かしい名前に胸がキュンと痛んだ。
たかチャンは、定食屋を継ぐために見習いとしてお父さんのお店で働いているらしい。
1年前に街で見かけたけど、綺麗な女の子と一緒だったから、アタシは気づかないフリをして隠れた。
赤い糸destiny 彼女かどうかは知らないけど、ふたりの姿を見ていたら嬉しい反面なぜか複雑な気持ちになってしまった。
でも、その気持ちは、決して好きっていう感情ではない。
なんだろう?
1度は愛し合った人だから複雑なのかな?
家に帰ると、アタシは真っ先に机の引き出しから封筒を取り出した。
少し黄色く変色している古い封筒。
これは……肺癌の手術を前に、死を覚悟したお父さんが書いた手紙だ。
中には産みの両親のことが書かれている。
「スゥー……ハァ……」
ピリピリピリ
大きく深呼吸をしてから、震える指でゆっくり封を破いた。
封筒の中を覗くと1枚の便箋が入っている。
どんな内容が書かれているんだろう……。
産みの母は亡くなり、父は罪を犯して刑務所に入った。
これには、見たくない真実が書いてあるのかもしれない。
だけどアタシの指は勝手に動き、便箋を取り出していた。
胸がバクバクと大きな音を立て始めた──
赤い糸destiny 「あれ?」
便箋の間に挟まっていたのか、1枚の写真が床に落ちていった。
そっと写真を拾い上げると、そこには若い女性と赤ん坊と幼い男の子が写っていた。
優しそうな女性に抱かれ、満面の笑みを浮かべる赤ん坊。
赤ん坊の頭に手を乗せて、嬉しそうにピースをしている男の子。
「この人が……きっと──」
ポタッ
写真の上にひと粒の涙がこぼれ落ちた。
ここには、あたたかい家族の笑顔がある。
もう二度と見られないあたたかい光景──。
「ウッ……ウウウッ──」
胸が強く締めつけられ、次から次へと涙が溢れていった。
この感情は、なんて表現すればいいんだろう。
悲しくて、切なくて……会いたくて。
記憶の中にすらいないふたりを抱き締めるように、アタシは両手で写真を胸に当てた。
その後、止まらない涙で頬を濡らしながら、お父さんの手紙に目を通した。
そこには、アタシに春菜と同じ年の兄がいると書かれていた。
写真に写っている男の子がそうなのだろう。
赤い糸destiny そして、二度と会えることがない母の眠る墓の住所と父のことが書かれていた。
父は10年以上前に出所して児童養護施設を運営しているらしく、その施設の住所も便箋に書かれている。
「あれ? ここって──まさか!?」
手紙と写真を鞄に詰め、急いで家を飛び出した。
マンション前でタクシーを拾うと街へ向かう。
「すいません! ノブさんいらっしゃいますか!?」
街に着いたアタシは、開店前のノブさんの店のドアを開けて叫んだ。
すぐに厨房の奥からノブさんが姿を現す。
「来てくれたのか」
「──あのっ! マチ子……ていうか両親のことを教えてください!」
「まぁ、ここに座って。話は長くなるから……」
ノブさんはテーブル席を指差し、手前の椅子に腰かけた。
アタシも言われた通りにノブさんの向かい側に座る。
「聞きに来てくれて本当に嬉しいよ。あの日から、ずっと待っていたんだ。お父さんは私の親友でね、今も芽衣チャンに会いたがっているよ。それに、マチ子の親友だった人も……。会ったことを芽衣チャンとの約束通りに胸にしまっておくのはつらかったからなぁ……」
赤い糸destiny ノブさんはそう言うと、ホッとしたように目尻を垂らして笑った。
そして、すべてのことを話してくれたんだ。
話を聞きながら、アタシは何度も涙を流した──
アタシが産まれる前、父はヤクザ、母はスナックのホステスだった。
ノブさんも当時は父と同じ組のヤクザで、ふたりで母の勤めるスナックに飲みに行ったのが両親の出会いだったらしい。
父?ノブさん?母?母のホステス仲間の夏実サンの4人は次第に仲が良くなり、父と母は恋に落ちて兄を身籠った。
母の両親はヤクザとの結婚に猛反対したけど、母は結婚をせずに兄やアタシを出産した。
祝福されない出産でも、本当にアタシたちを愛して大切に育ててくれたそうだ。
でもそんなある日、父は大きな犯罪を犯して捕まり、裁判で懲役7年と決定してしまった。
残された母は夏実サンと一緒にスナックを開いて働いた。
夏実サンもそのときは未婚の母だったから、ふたりは姉妹のように助け合って店を切り盛りしていたらしい。
しかし、心が弱かった母は、少し後に自殺という道を選んでしまったそうだ。
母の死後、戸籍上は孤児になった兄とアタシは母方の祖母に預けられ、別々の家庭に養子として出された。
赤い糸destiny それが、今の両親との出会いだ。
数年後、父は出所してヤクザをやめて祖母を訪ねたが、祖母はかたくなにアタシたちの居場所は言わなかったらしい。
父は自力で兄を見つけて引き取ったが、アタシはどこにいるかわからずじまいだったそうだ。
「……芽衣チャン、みんなに会ってみないか? お父さんも兄さんも夏実も会いたがってる」
「ウウッ……会いたい……グスッ。父の施設……。アッくんと行ったことがあるんです……ウウッ。会えていたら……。で……でも、なんでアッくんが父の施設を?」
悲しい事実に衝撃を受けつつも、ひとつの疑問を感じていたとき──
息を切らしたアッくんのお母さんが、泣きながらお店に入ってきた。
「アアッ……芽衣! 芽衣だったのねっ!」
泣き叫ぶアッくんのお母さんに抱き締められた。
アタシは……疑問の答えがわかった気がした。
「ずっと会いたかった!! なんで私はもっと早く気づけなかったのかしら……。まさか、アツシと芽衣が巡り合うなんて……。本当に奇跡だわ──」
赤い糸destiny 夏実サンの中に……遠い記憶の母を感じて強く抱き締め返した。
その体はとてもあたたかくて、母のように優しかった。
ドアの方を見ると、アッくんが静かに涙をこぼしていた。
アタシはこのとき、アッくんの涙を初めて見た。
その後──
父と兄も店に駆けつけ、家族3人で抱き合いながらまた号泣した。
父はとても優しそうな顔をしていて、兄は写真の中の母に目元がそっくりだった。
「俺が……俺が、犯罪なんて犯さなかったら、家族4人で、仲良く……。すまん。本当にすまん……。苦労をかけて──」
泣きながら、父はアタシに謝り続けた。
「いいよ……。会えただけで……」
──話したいことは山ほどあるのに、声にならない。
でも、抱き合った体を通して、すべて伝わっている気がした。
3人の間には言葉なんかいらなかった。
『マチ子に会わせたい』という父の声で、みんなは母の眠る墓に向かった。
「芽衣を幸せにします。見守っていて下さい」
墓前につくと、アッくんは母に語りかけながら手を合わせた。
その隣で、アタシも手を合わせて瞼を閉じる。
……お母さん。
今までずっと来れなくて、ごめんね。
アタシを産んでくれてありがとう。
大切なみんなに出会えたのも、お母さんが産んでくれたからだよね。
いつか、アタシが死んで天国で会えたら……そのときは、そっと抱き締めてね。
赤ちゃんのころの話や、お母さんとお父さんの恋の話や、聞きたいことがたくさんあるんだ。
お母さん……。
もっと一緒にいたかった──
伝えたい思いが涙に変わって流れていった。
「芽衣……」
アッくんは、泣きじゃくるアタシの頭を優しく撫でてくれた。
産みの両親、育ての両親……。
どちらもアタシにとってかけがえのない、大切な両親だよ。
今は、素直にそう思える。
「お母さん……。また来るね」
流れ続ける涙を拭いながら、笑顔を作って墓石に手を振った。
母も、笑顔で手を振り返してくれている気がした。
運命の赤い糸って……きっとある気がする。
お墓参りの後、夏実サンが懐かしそうに話してくれたんだ。
「アツシのファーストキスは芽衣だったのよ。赤ん坊だった芽衣がチュッてキスして、私とマチ子は大笑いしちゃった。そのとき、マチ子が言ったのよ。いつか芽衣とアツシが結婚したらいいねって……」
その話を聞いたとき、アッくんは運命の人だとしか思えなかった。
「マチ子も天国で喜んでいるはずだよ」
父はそう言って、夏実サンとノブさんの肩を抱いた。
アタシとアッくんは、産まれたときから目には見えない深い絆で結ばれていたんだね。
遠回りして、時には切れてしまいそうになりながらも、ずっと繋がっていた、赤い糸。
やっと……、やっとアタシは、赤い糸の先にいた運命の人に巡り会うことができた。
アッくんの手をそっと握ると、アッくんは、強く握り返してきてくれた。
そして、アタシたちは、目を合わせて微笑み合った。
これからも、ずっとずっと、一緒にいようね。
もう、二度とあなたから離れない。
心から、あなたを愛してるよ。
ねえ、アッくん。
あたたかい家庭を築いて、幸せになろうね。
本文中に飲酒?喫煙に関する表現がありますが、これらを助長する目的はありません。
※未成年者の飲酒?喫煙は法律で禁止されております。
※この物語はフィクションです。
赤い糸
~precious~
赤い糸precious 幸せ?
ねぇ、アッくん。
愛する喜び
愛される幸せ
貴方と出会わなかったら、きっと知ることがなかっただろうな。
貴方と過ごす毎日は、キラキラ輝いて……。
1秒1秒が
宝物になっていくの。
いろいろなことがあったけど、今、こうしてそばにいられることが嬉しい。
もうすぐ、
アタシは貴方の妻になるんだね。
貴方の姓になり貴方の子を産み、一生貴方と添い遂げる。
ドジで泣き虫な女だけど、精いっぱい貴方を愛していくからね。
アタシたちの赤い糸は、永遠に切れない絆――
もう何があっても、離れたりしない。
これからも……
よろしくお願いします。
――高校を卒業してから、はや2カ月。
暖冬といわれていた今年の冬は、アッという間に去っていき、GWを過ぎると夏の気配が近づいてきた。
アタシは結婚式の準備に追われ、慌ただしい毎日を送っている。
…といっても式まで時間はあるし、そこまで急ぐ必要はないんだけどね。
楽しみで、ジッとしていられないんだ。
動き回りたくなっちゃうの。
赤い糸precious 周りのみんなも、式や結婚生活に向けて、協力してくれている。
お父さん、お母さん、お姉ちゃん、夏実サン。
美亜、優梨、沙良、ナツ、海斗、悠哉、ミヤビ。
そして……
産みの父と兄も。
ふたりには、ノブさんの店で再会した日以来、頻繁に会っているんだ。
少しでも多く会って、今までの空白の時を埋めていきたいから……。
新しい想い出を築けない母の分も、父や兄と楽しい時間を過ごしていきたい。
ふたりに会ったこと、それから会い続けていることは、今の両親には言いづらかったけど思い切って伝えたんだ。
話すまでは、今まで育ててくれたお父さんとお母さんを傷つけるんじゃないかって不安もあった。
でも、隠してコソコソ会い続ける方が傷つけている気がして、どちらがいい選択なのかわからないまま、アタシは話しはじめたの。
両親の反応を直接見られなくて……。
下を向いたまま、時々上目づかいでふたりの顔を交互に覗きながらだったけど。
お父さんは目を閉じて、うなずきながらひと言ひと言を噛み締めるように聞いてくれていた。
でも、お母さんはうつむいていて微動だにしなかった。
表情も髪に隠れてよく見えない。
……まだ、言わない方が良かったのかも。
そう思い始めながらも、いまさら話をやめることはできず、アタシはすべてを話しきったんだ。
「黙っててごめんね」
そう言いながらゆっくりと顔を上げると、お母さんと視線がぶつかった。
その顔には、意外にも笑みが浮かんでいた。
「会えてよかった。
明日、一緒にマチ子のお墓へ行きましょう」
お母さんはそう言ってアタシを抱き締め、あたたかい涙を流してくれた。
学生時代からの親友だったお母さんと母。
お母さんは1日も母を忘れたことはなく、お墓参りにも毎月欠かさずに行っていたんだって……。
赤い糸precious 翌日、アタシは約束通りに、お母さんと母のお墓へ向かった。
「マチ子の話をした方がいいのか、しない方がいいのか、今までずっと悩んでいたのよ。
正直に言うと
私のわがままで言えなかった時期もあったの。
マチ子の話をしなければ、芽衣は私たちだけの可愛い子供……。
でも、いろいろな苦労を乗り越えながら気づいたわ。
血の繋りがなくても、芽衣と私の間には家族の絆がある。
そして、マチ子と芽衣の間にも切れない絆があるっていうことに……。
その後もマチ子の話をすることができなかったのは、芽衣を傷つけるんじゃないかって、すごく不安だったからなの」
お墓まで向かう途中、
お母さんはそう言って、また大粒の涙を流した。
……ずっと悩んでくれていたんだ。
お母さんの気持ちが胸を打ち、目頭が熱くなった。
悩ませてごめんね。
そして……ありがとう。
アタシにとっても、お母さんはかけがえのない大切な存在だよ。
大好きなお母さん――
「め、芽衣?」
ギュッ
気持ちが止まらなくて、人目も気にせずお母さんに抱きついてしまった。
アタシは言葉を発する代わりに、お母さんの体を強く抱き締めた。
「お母さん……」
目に浮かんだ涙が頬を伝い、静かに流れ落ちた。
赤い糸precious 伝えたいことがたくさんあるのに、言葉にならなかった。
「芽衣……グスッ。
今までつらい思いをさせて、ごめんねっ……」
お母さんは細い指先で、アタシの頬を濡らす涙をそっと拭ってくれた。
「ううん……
お母さん、ありがとう。
アタシのお母さんになってくれて、ありがとう……」
「芽衣っ――」
とどまることを知らず、ボロボロと流れ続けるふたりの涙。
アタシは子供のころのように、お母さんの胸で泣きじゃくった。
そしてアタシたちは、
目に涙を溜めたまま、母に会いに行った。
途中、小さなお仏花を買い、母の話や結婚の話をしながら墓地まで歩いた。
「春夫さんがヤクザを辞めたことも驚いたけど……。
マチ子から話だけは聞いていた夏実さんが、アツシくんのお母さんだったなんてね。
奇跡というか、必然というか……」
「そうだよね。
私も信じられなかった」
お母さんと夏実サンは、面識はないけど母を通して
名前だけは知り合っている仲だったらしい。
まさか、私の彼氏が夏実サンの息子のアッくんだとは、思ってもみなかっただろうな。
夏実サンもそう。
いまだにアッくんに、
「夢じゃないわよね? 芽衣はマチ子の娘の芽衣よね?」って聞くんだって。
赤い糸precious お母さんと夏実サンは、昨晩長電話をしていた。
その会話の雰囲気は、婚約者の母同志という感じではなくて、
まるで昔からの友達のようだった。
「近々会って、マチ子の話をしましょうね」と、約束を交わしたらしい。
「――あっ!
あそこだよね」
「そうよ。
今日は天気が良くて、よかったわ」
母の眠る墓地が、少し先に見えてきた。
自然とふたりの歩みも速くなる。
「そうだね!
泣きすぎたから光が眩しいけど……」
「そうね、フフッ。
芽衣の自慢のお化粧も崩れちゃってるわよ」
お母さんは明るい日射しに目を細めながら、アタシに微笑みかけた。
「確かにっ。
ヤバい顔……アハハッ」
アタシとお母さんは、声を上げて笑い合った。
明るい笑い声が、
真っ青な初夏の空に溶けていく――
産みの両親を知ることに、ずっと反対していたお母さん。
でも今は、
アタシの気持ちを理解して、母の話をたくさん聞かせてくれる。
アタシは、産みの両親も今の両親も大好きだよ。
赤い糸precious お母さんは、自分で産んだ我が子と同様にアタシを愛してくれた。
お父さんとは気持ちがすれ違ってしまった時期もあったけど、今は固い家族の絆で結ばれている。
ふたりがここまで育ててくれたことに、アタシはすごく感謝しているよ……。
血の繋りがなくても、アタシたちは本当の家族なんだって思える。
でも……
父と母がいなければ、アタシはこの世にいなかった。
この血の繋りは、何をしても死ぬまで消せない。
アタシにとって、父と母と兄も本当の家族。
愛する家族なんだ……。
父と兄は、行方不明だったアタシをずっと探していてくれた。
母もきっと、
天国からアタシを見守ってくれていた。
3人にも本当に感謝してるの。
悲しい出来事で、離れ離れになってしまった大切な家族。
そして、それがキッカケで出会えたもうひとつの大切な家族。
どちらかを選ぶ必要なんかないって、やっと気づけたんだ。
赤い糸precious 嘘?
時は流れ、明日は楽しみにしていた同窓会。
アタシは少しずつ慣れてきた家事をこなし、いつもと変わらない一日を過ごしていた。
大きな刺激はないけれど、大きな波風も立たない。
平凡で、幸せな日々。
今日、あえて違いを探すなら、アッくんの帰りが遅いということかな。
でも、仕事をしていればこんな日もある。
アタシは同棲祝いで美亜から貰ったブランケットを膝にかけ、雑誌を見ながらアッくんの帰りを待った。
赤い糸precious 夜11時を少し回ったころ、アッくんが帰ってきた。
無表情だったアタシの顔に、パッと笑みが浮かぶ。
「おかえり!」
玄関まで駆け寄り、スーツのジャケットを受け取りながら言った。
「遅かったね。
いつもの帰宅は9時くらいなのに……」
「あぁ、ごめんな。社長と飲んでたよ」
アッくんが口を開いた途端、狭い玄関にお酒の匂いが充満した。
スーツからも、タバコの匂いが漂う。
「そっかぁ……」
いつもより遅い帰宅の理由は、コレだったみたい。
赤い糸precious 浮かんだ笑みは、いつの間にか消えていた。
部屋に入っていく背中を見ながら、アタシも後に続く。
「はぁ……」
アッくんはネクタイを緩め、溜め息をつきながらソファーに深く腰かけた。
その表情は、いつもよりも疲れているように見える。
「何か……あった?
疲れてない?」
アッくんが心配になって、思わず問いかけた。
だけど……、
「仕事が忙しいし、つき合いも大変でさ。
でも、大丈夫だから先に寝ろよっ」
アタシの心配をかわし、笑顔を作るアッくん。
そう言ったわりに、すぐ言葉とは反対の小さな溜め息をついている。
「……大丈夫?」
「大丈夫だって。
あのさ、ビールだけ持ってきてくんない?」
「まだ飲むの?
1本だけだよっ」
本当はこれ以上飲んでほしくないけれど、今日のアッくんにはとめられない雰囲気があった。
アタシは足早に冷蔵庫に向かうと、缶ビールとグラスをテーブルに置いた。
プシュー
トクトクトク……
静かな部屋に、ビールを注ぐ音だけが響いていく。
「明日は同窓会だから早く帰ってきてね」
「あ……ああ、そうだったよな。
多分早く帰れると思う」
アッくんはぼーっとしていて、スムーズに話が伝わらなかった。
やっぱり、アッくんに何かがあった感じがした。
いつものただ疲れているときの雰囲気とは、明らかに違うよ。
疲れているだけじゃなくて、ほかの何かが……。
赤い糸precious アッくんの様子が気になりながらも追求しにくくて、アタシは再び読みかけの雑誌に目を落とした。
……けれども、さっきまでとは違って集中できなかった。
頭の中を、文字や写真がスウッと通り抜けていく。
「アタシも飲もうかな?」
話したい。
放っておけない……。
そう思って、アタシはグラスを片手にアッくんの隣に座った。
「寝なきゃ明日がつらいだろ? オレに合わせて無理しないで、先に寝てていいよ」
「飲みたい気分なの」
「そっか。
じゃあ飲むか?」
アッくんはアタシのグラスにもビールを注いでくれる。