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作者:日-芽衣/译者:王欣 当前章节:15404 字 更新时间:2026-6-23 05:27

その背中は本当につらそうで胸が痛くなる。

だから、アタシはアッくんに何も言えなかった。

ただ、耐え続けるしかなかったんだ……。

そんなある日――

お互いに鬱憤が溜まっていたせいなのか、アタシたちはまた大きなケンカをしてしまった。

ちょっとした意見の違いから、話が大きくなって……。

ケンカなんてしたくなかったのに、気づいたら口論になっていた。

すぐに話は「つき合い」のことに変わり、蓄積した不満が言葉になっていく。

止まらない口調と、傷つけ合うセリフで、ふたりの関係はボロボロになっていった。

「もう、無理だよ。少し離れよう……」

口論の末、アタシは実家に帰るしかなかった。

同じ部屋に住んでいるのにすれ違いの毎日。

同棲しているのに、ひとりの時間ばかりだと、ひとり暮らしよりも寂しかった。

そして、アッくんにも気を使わせる。

このままだと、今日のように、しなくてもいいケンカもしてしまうだろう。

アッくんもアタシを引き止めなかった。

「今の状況だと、別々に暮らすのがいちばんだよな」

悲しそうな表情をしながらも、そう言っていた。

この決断は、ケンカの勢いだけじゃない。

お互い、口にしなかっただけで、きっと心の中では見え隠れしていた想い……。

同棲しているから、アタシはアッくんの帰りを寂しく待つ日が続いていた。

つき合いは仕事のうちだと思っていても、寂しい夜は割りきれなくてつらくなってしまう。

同棲しているから、アッくんはアタシに気を使って、余計に自分を苦しめた。

アタシとつき合いの間で板挟みになるより、今はひとり暮らしの方が気が楽だろう。

今のアタシたちには同棲する楽しさや安らぎより、つらさや悲しみの方が大きかった。

近くにいすぎるから見えてしまい、傷つくことも多い毎日だった。

アタシたちは、同棲する意味がなくなっていた……。

赤い糸precious すれ違い

一緒にいたいけど、ケンカが増えたりお互いにつらいなら離れた方がいい。

ふたりの幸せのため……。

それが、お互いのことを考えて出した、結論だった。

そんな結論は出したくなかったけど、そうしないとアタシたちの仲はおかしくなってしまいそうだったんだ。

別居がつらくないと言えば嘘になる。

そして、この選択は、正しいのか間違っているのかもわからない。

だけど、ほかに方法が見つからなかった。

もっとつらい今の状況から抜け出したかったんだ。

ある程度の荷物をまとめ、アタシは想い出の染みついた部屋を出た。

それでも、挙式の日は刻一刻と、近づいてくる。

これは、挙式まであと2カ月の出来事だった

別居してから、アタシたちは前よりはいい関係が保てていた。

一緒にいたい気持ちはあるけれど、近くにいすぎると気になることが、離れたら見えなくなって、ささいなことに思えた。

それは寂しいことでも、今のアタシたちには最善の暮らしのような気がする。

ケンカをしながら無理に一緒にいるよりはマシだった。

――もちろん、今の生活を送っている限り、アタシたちの未来はまったく先が見えないということもわかる。別居して精神的に楽になったとはいえ、そのことは毎日不安がつのっていくだけだった。

普通の幸せとは程遠いアタシたちの関係。

……早く上司がどこかに行ってほしいよ。

このまま挙式の日になってしまったら、どうしよう……。

悩みが絶えないせいか、相変わらずアタシの体調は悪く、元気を取り戻せなかった。

夏バテも加わり、バイトに行けない日も多くある。

そんな日はベッドに寝そべり、アッくんを想い浮かべながら胸を痛めた。

どうして……

アタシたちは幸せになれないんだろう。

必ず何かが起きてしまうよ。

一緒にいたいのに、アタシたちはいつも何かに引き裂かれそうになる

赤い糸precious 結婚って、夢に描いたような幸せのカタマリではなくて、耐えるものなのかな?

アタシたちが甘かったのかな?

実家に帰ってから半月が過ぎた。

連日の暑さで、遊びに行く気力もなく、アタシは家とバイト先を往復するだけの日々を過ごしていた。

アッくんと同棲していた毎日とは違い、今は何か大切なものが抜け落ちてしまったような、つまらない毎日。

時間が経つにつれ、

「別居という選択でよかったのかな?」

と、迷うことが増えてきた。

アッくんは仕事が忙しく、別居してからは2回しか会っていない。

メールだけは毎日欠かさずに送ってくれるけど、回数と文章は少なくなってきた。

結婚式の話も、お互いに言い出しにくい状況。

両親もさすがに、今のアタシたちを心配し始めた。

「このままでいいの?」

両親からそう言われるたび、よく考えて出した結論のはずなのに、心が揺れる。

?…?…?…

そんなある日のバイトの休憩中に、鳴った携帯電話。

メールの相手はアッくんだった。

アタシは休憩室の隅にあった椅子に座り、メールを開いた。

〈上司の異動が来月に早まったよ!

異動になったら一緒にいれるし寂しくさせないから戻ってこないか?〉

「――えっ」

思わず椅子から立ち上がり、もう一度文章を読み直した。

そこには、間違いなくアタシの欲しかった現実と言葉が並んでいた。

嬉しくて、アタシの顔には久しぶりに満面の笑みが浮かんだ。

待受画面になってるアッくんの写真にキスをして、携帯電話を握り締めた。

上司がいないなら、戸惑いも迷いもない。

前のような生活が戻ってくるんだね。

正直、こんなに早く状況が変わるとは思わなかったよ。

……よかった。

また、アッくんと一緒にいられる。

神様は、アタシたちを見捨てなかった。

救ってくれたんだね……。

離れてから、ポッカリとあいていた胸の穴が埋まっていった。

赤い糸precious アタシは夕方にバイトを終えると、そのまま優梨の家に向かった。

実家に帰ってから、遊びに行く気力がわいたのは初めてだった。

体調を崩してからは優梨に会っていなかったし、同窓会以来の再会になる。

「いらっしゃい」

「おじゃまします」

リビングに入ると、梨夏タンがテレビを見ながらアニメソングを歌っていた。

音程は外れまくりだけど、可愛くてやんちゃな歌声。

久しぶりに見た梨夏タンは、髪が伸びてお姉ちゃんっぽくなっていた。

「梨夏タン、こんにちは。

お歌が上手だね」

「めぇちゃん!

りか、りかね……

おねえちゃんになるの」

「そうだよ!

赤ちゃんが産まれたらお姉ちゃんだね」

「エヘヘヘッ」

赤ちゃんから子供に成長するのって、本当にあっという間だなあ。

お話も上手になってきたし、体つきも見るたびにしっかりしていくもんね。

2歳になった梨夏タンからは、もう赤ちゃんの面影は消えてしまったよ。

「日に日に大きくなるし、お姉ちゃんっぽくなってきてるね」

「子供は成長早いよ。妊娠してからは特にそうかな。

あっ……そういえば後で美亜も来るって」

「やった!

久しぶりの3人だね」

「いつも誰か欠けたりしてたもんね~」

学生だったころなら、自然と集まれた3人組。

今日は遊ぼうと約束するだけで、当たり前のように会う時間がつくれていた。

でも、社会人になった今、それまで簡単だったことが難しくなっている。

アタシと優梨はソファーに腰を下ろし、美亜が来るまでの間、いつものように近況を話し合った。

優梨のお腹にいる赤ちゃんが男だったというニュース。

アタシの結婚式の話。

同級生の話題。

そして、話はそのうち、アタシとアッくんが別居してしまったことへと変わっていった。

赤い糸precious 「あたしが口挟むのもどうかと思うけど……ひとりの主婦として言いたいことがあるの」

優梨は梨夏をあやしながら、言いにくそうに口を開いた。

「どうしたの?」

「アッくんとのことだよ。今の考えでいいのかなぁ……って思って」

優しい優梨はオブラートに包んだように、やんわりと言ってくれているが、これは直訳すると「今の考えはよくないよ」という意味だろう。

優梨の言葉にアタシはうつむいてしまった。

最近、似たようなことをお母さんにも言われたばかりだった。

「ねぇ、今の状況ってよくないんじゃない? 結婚したらこんな風に逃げられないんだよ」

「逃げてるって訳じゃないけど……。お互いに話し合って決めたんだよ。来月になったら戻ることに決まったし」

「あたしはふたりの考えは間違っていると思うな。……っていうか、甘いと思う。偉そうなこと言える立場じゃないけど、あたしとナツならそうはしないからさ……。気分悪くしたらごめん」

優梨の言葉とお母さんの言葉がかぶる。

家に戻った日、逃げちゃだめよって、お母さんにも言われたんだ。

アタシたちは逃げるために別居したつもりじゃないし、お互いのために離れたつもりだったけど、周りの人にはそう見えるのかな?

「なんで……そう思ったの?」

赤い糸precious 「夫婦ってそんな簡単なモノじゃない気がするから。芽衣とアッくんの気持ちはよくわかるけどね。離れた方が楽なときもあるってわかる。ナツも今日つき合いの飲み会だから、お互いに疲れたり不安になる気持ちだってわかるよ。

……確かに今の上司とのつき合いは多すぎだよね。

だけどさ、夫婦になったらこんな簡単に別居したり戻ったりなんかできないんだよ」

「……うん」

優梨の話は

間違っていないだろう。

アタシは優梨に何も言えなくなってしまった。

「上司が異動になる前に戻ったら? 

ふたりでよく話し合って、うまくやっていく方法見つけなよ。

今の上司がいなくなったって、次にまた同じような上司が来たらどうするの? 

また別居なんてできないでしょ?」

「……そうだよね。最善の方法だって思っていたけど、なんかアタシたちは、結婚や同棲を軽く見すぎていたのかも――」

「強く言いすぎて、ごめんね。

これはあたしの意見だから、間違っていると思うなら

無理して戻らなくてもいいけど……よく考えてみてほしい」

アタシは小さくうなずいた。

どうしたらいいのか、よくわからなくなってしまった。

優梨やお母さんの意見を聞くと、気まずい気持ちになるよ。

痛いところを突かれた感覚さえする。

赤い糸precious それは、きっと心の底で、その事実を認めているから。

そして、逃げていることを最善の方法だと正当化していることに気づいてしまったからだろうな――

アタシの逃げは、ひとりきりの部屋でアッくんの帰りを待つという寂しい夜から逃げたこと。

アッくんの逃げは、きっとアタシの存在を気にしないで上司とつき合うことができるようになったこと。

……アッくんの場合は、逃げじゃなく優しさだと思うけどね。

板挟みになって、本当に大変だったと思うもん。

だけど、

結婚したらそんなことは言っていられない。

「優梨の言う通りだよ。

今、アッくんに電話してもいい?

話したいんだ」

「うん。

いい結果になったらいいね」

アタシは心を決めて携帯電話を手にとった。

何年もつき合っている婚約者なのに、通話ボタンを押す親指が動かなくなるほど緊張する。

電話しようと決めたときの勢いは、どこかにいっていた。

今思えば、

神様はアタシたちを救ったんじゃないような気がした。

アタシたちに試練を与えて、夫婦になれる強さを確かめたんじゃないかな。

ただ、一緒にいたくて同棲を始めた。

家族になりたくて結婚を決意した。

それは、もしかしたら軽率な判断だったのかもしれないけど、間違いじゃないと思う。

幼すぎた行動で、逃げたままになんかはしたくない。

今を乗り越えることができれば、きっとアタシたちの絆は強くなるよね。

そして、もっといい関係を築けるはず……。

プルルルル……プルル――

「はい」

「仕事中にごめんね。

今は休憩中かなって思ってかけたんだけど……。話したいことがあって」

「今なら大丈夫だぞ。どうした?」

赤い糸precious 何から話せばいいのか考えているうちに心臓が激しく動き、バクバクと大きな鼓動を鳴らし始めた。

目を閉じて静かに息を吐き出す。

心を整理する短い間が、とても長い沈黙に感じた。

アタシは少し気持ちが落ち着いたところで、口を開いた。

「急だけど……今晩からまた一緒に住みたいんだ」

「――えっ?」

アッくんは間が抜けたような声を出した。

事情がわからずに驚くアッくんに、アタシは今の気持ちを伝える。

そして……。

「ふたりで決めた話なのに変えてごめんね。

負担にならないようにするから、つらいときも一緒に暮らしていきたいの」

最後にそう言って、アッくんの言葉を待った。

「……」

さっきとは比べものにならない、長い沈黙が起きる――。

重苦しい空気の中、電話の向こうで困っているアッくんの顔が頭に浮かんだ。

……言わなきゃよかったかな?

困らせてしまったのかも。

そう思うと、次の言葉を躊躇してしまう。

「……ダメかな?」

「ダメっていう訳じゃないけどさ……。

またつらい思いをさせるのが嫌なんだよ。

家にいたらオレの帰りが遅いと不安になるだろ? 

気持ちがわかるから、芽衣とは落ち着いてから一緒に暮らしたいんだ」

アッくんの答えは、別居を決めたときと変わらなかった。

「芽衣が我慢して耐えていた姿を見るのがつらかったんだよ。

好きだから毎日一緒にいたいけど、好きだからこそ一緒にいて苦しめさせたくないって思う。

一緒にいられることより、芽衣が苦しまない方が、オレは幸せなんだよ」

今まで何も言わなかったアッくんが、初めて別居の理由を口にした。

それは、想像以上の思いやりだった。

アッくんが何も言わなかったのも、アタシの判断に任せてくれたんだと、今になって気づいた。

アタシを想い、アタシのために別居を選んでくれた、アッくんの優しさが胸に響く。

だけど、その気持ちに迷いながらも、アタシの決意は変わらないままだった。

別居なんてしちゃいけない。

本当の夫婦になりたいなら、頑張れる。

赤い糸precious つらくても、一緒にいられることが、アタシの幸せなの。

そして、アッくんの幸せにも繋がると思う。

少し遅かったけど、やっと気づけたんだ――

アタシはかたくなに自分の想いを伝え続けた。

その後も、アタシたちの話し合いは結論が出ず、平行線をたどった。

休憩できる時間もそろそろ終わりに近づいてきた。

「……もう仕事に戻らなきゃやばいよね?」

「そうだな。

話の途中でごめん。

今日は9時過ぎには帰れるから、部屋で待っててくれない? 

話し合おう」

「こっちこそ、いきなりこんな話をしてごめんね。

家で待ってる。

頑張ってね!」

アタシは電話を切ると、小さく溜め息をついた。

想いが伝わらなかったこと、そして、アッくんの優しさに、どうしたらいいのか、わからなくなってしまった。

優梨はそんなアタシの姿を心配そうに見つめて言った。

「……大丈夫? 

なんとなく話の流れはわかったよ。

アッくんは優しすぎだよね」

「うん……。

やっぱり、アッくんは優しさでアタシと別居したんだね。

それに甘えて家を出た自分が嫌になってきた」

「そんなことないよ。

彼氏や旦那がキャバクラ行っても平気な人なんて、ほぼいないから……。

信頼していて浮気の心配がまったくなくても嫌だよ。

アタシだって結婚する前なら別居したかもしれない。

でもさ……

それってやっぱりよくない気がするけどね」

今日の夜、

素直な気持ちを伝えてこよう。

いろいろな困難に耐えてこそ、夫婦になれるんだと思えたよ。

結婚は幸せだけじゃないんだね。

今以上に苦労をともにすることは、いっぱいあるだろう。

少し前に見たドラマの結婚シーンで、

「病めるときも、健やかなときもナントカカントカ……」っていう誓いのシーンがあったのを思い出したよ。

今のアタシのままじゃ、誓えないよね?

つき合いが多いから離れるなんて、アッくんがつらいときに支えられる訳がない。

ピーンポーン

「お邪魔しまーす!」

玄関から明るい美亜の声が聞こえてきた。

どんよりとした暗い空気が明るくなる。

「久しぶり~!」

「いらっしゃい」

「美亜、お疲れっ」

簡単に挨拶をすませ、

アタシたちはまた、別居について話し出した。

美亜の意見も、優梨と似ている答えだった。

だけど、

最後だけが違う答え。

「アタシは戻らない方がいいと思う。

もう家を出ちゃってるんだし、今のままでよくないかな? 

お互いに楽なんでしょ? 

それに、アッくんの希望じゃん? 好きだからこそ……って。

来月上司がいなくなるなら待ってみる方がいい気がするよ」

「そうかな……」

美亜の話を聞き、アッくんの気持ちを考えると、またフラフラと決意が揺らぐ。

本当にアタシってダメな女だよね……。

赤い糸precious アタシは自分の意思がないままだった。

人に流されるばかり。

それに、アッくんの気持ちもよくわかってあげられなかった。

傷つくのが嫌で逃げ、その上コロコロと意見が変わる。

今日、

アッくんに会って、もう一度自分の気持ちを見つめ直そう。

ガチャン

「お邪魔……します」

約束の9時になる少し前に、アタシはふたりの部屋に着いた。

この部屋のドアを開けるのは、家を出たあの日以来、半月ぶりだった。

しばらく部屋を空けていることもあり、自然と他人行儀になってしまう挨拶。

半月前まで、毎日ここで過ごしていたはずなのにな。

部屋の中は真っ暗で、アッくんはまだ帰っていないようだった。

電気をつけて部屋に入ると……。

「……えっ」

アタシは思わず、言葉を失ってしまった。

すぐに目に入ったのは、大量のカップラーメンだった。

シンクの中には空のグラスが溜まり、冷蔵庫の中も、調味料と水くらいしかない。

いつも1輪の花を生けていた花瓶を見ると、枯れたバラが、茶色い花びらを散らしていた。

アタシがいたときに比べ、生活感がなくなった部屋に寂しくなってしまう。

そして、部屋を空けたことが申し訳なくなった。

洗面所にあるピンクの歯ブラシくらいしか、

この部屋に、アタシの面影は残っていない。

無意識のうちに涙が頬を流れていった。

赤い糸precious ポタッ……

ポタッ……

今までの迷いが、涙になって溢れ落ちていく。

このとき――

アタシの迷いは消え、自分の気持ちといなきゃいけない場所に気づいたんだ。

……どうして、家を出てしまったんだろう。

ここを離れちゃいけなかった。

アタシはアッくんのそばにいるべきなんだ……って。

カチャカチャ

約束の時間を1時間ほど過ぎたころ、ドアの鍵を開ける音がした。

アタシは玄関に駆け寄り、アッくんを迎えた。

アッくんの頬は少しこけ、前より疲れが溜まっているように見える。

「おかえり」

久しぶりに口にしたひと言。

同棲中は、当たり前のように毎日言っていた挨拶も、今日はとても新鮮に思える。

「ただいま。遅くなってごめんな」

「大丈夫だよ。ジャケット貸して」

アタシはいつものように、スーツのジャケットを受け取り、ハンガーにかけた。

そして、キッチンへと向かった。

「……あれ? もしかして――」

「うん……」

アッくんは靴を脱ぎ、クンクンとかぐようにしながら、キッチンを覗き込んだ。

「ご飯はまだ炊けてないんだけど、しょうが焼きとサラダ作ったんだ。あ、後は、お味噌汁も……」

「マジで!? 

手料理食べるの、久しぶりだよ……。

本当にありがとな」

アッくんはそう言いながら、本当に嬉しそうな顔で笑った。

そんなに喜んでくれるとは思わなかったから、アタシは少し照れてしまう。

「あと、洗濯してあったワイシャツにアイロンかけておいたよ。

お風呂も用意してあるから入ってね」

赤い糸precious 久しぶりにした家事は楽しくて、部屋の掃除をしているうちに、食事も作りたくなったんだ。

食事を作っているうちに、アイロンがけもしたくなって……。

今のアタシは、アッくんのために何かができることの幸せを感じていた。

「ありがとな。

芽衣がいると部屋の中が全然違うよ。

おかえり……なんて言われたのも久々だしさ」

照れ臭そうに笑うアッくんに、胸がキュンと痛くなる。

同棲を始めたばかりのころ、

こんな気持ちになった気がするよ。

アッくんのために家事をするのが楽しくて、喜んでくれる顔が大好きだった。

でもそれが、いつの間にか当たり前になって、時には苦痛にすら感じる瞬間も出てきてしまった。

慣れていくうちに、いつまでも忘れちゃいけない大切な気持ちを、忘れてしまってたんだ。

気持ちの持ち方ひとつで、全然違うんだね。

「アタシも、

おかえりって言ったときに嬉しかったんだ。

この前まで毎日言ってたことなのにね。

離れてから気づいたよ。

好きな人を迎えられるのって幸せだね」

「芽衣……。

来月からはまたよろしく頼むな」

「来月じゃなくて今日からじゃダメ? 

アッくんの邪魔になるなら実家に行くけど、アタシは

やっぱり一緒に住みたいんだ」

素直な気持ちが口から溢れていく。

アタシは、アッくんの一番近くにいたい。

アッくんのそばで支えていきたい。

離れてみて気づいたよ。

優梨やお母さんに言われた言葉に影響されて、戻ることを考え始めたけど、今はそんな理由で言っているんじゃないんだ。

ここに来て、

理屈じゃなく、素直にそう思えたの。

赤い糸precious それから

アタシたちは、同棲についてたくさん話し合った。

アタシを思うがゆえに、反対をするアッくんを説得し、一緒に過ごしたいと訴えかける。

そして――

「……わかった。

迷惑かけるけど……オレも一緒にいたいから」

アッくんのひと言で、アタシたちはまた同棲生活を始めることになったんだ。

アタシは、同棲生活を再スタートさせることになったとき、心の中でひとつの決意をした。

それは、アッくんの気持ちを考えて行動するということ。

当たり前だけど、前まではあまりできていなかったような気がする。

一方通行じゃなくてお互いが思い合えば、きっと何があってもうまくいくと思う。

好きだからこそ、たくさんヤキモチをやいた。

イライラしたし、寂しさから不安になってしまうときもあった。

アタシばっかり、どうしてこんなにつらいんだろうって、毎日思っていた。

だけど……。

アッくんだって、すごくつらかったんだよね。

つき合いに行きたくて行ってた訳じゃなかったし、いつもアタシを想って動いてくれていた。

アッくんがアタシを想ってくれるように、アタシもアッくんを想っていきたいよ。

別居を決めたときは感情に流されて、たくさんのことを忘れかけてた。

アタシは馬鹿だったね。

もう、絶対に繰り返さないよ。

何があっても、逃げたりしない。

ふたりで手を取り合えば、きっとなんでも乗り越えていけるって、心から感じたから――

赤い糸precious あと少し

「行ってらっしゃい」

翌朝、

アタシは明るい笑顔を浮かべ、アッくんを会社へと送り出した。

その笑顔は、前までの作り笑顔ではなく、自然な笑顔。

そして、一生懸命に家事をこなす。

昨日、

話し合いの後、電話で家族と優梨と美亜に今日からまた戻ることを話したんだ。

心配かけて、迷惑かけたことも謝った。

アタシの言葉にみんな、ホッとしているようだった。

その様子に、これでいいんだって背中を後押しされた気がしたよ。

あとね、ひと晩過ごしてみて、やっぱり同棲生活って幸せなモノだって再確認したんだ。

目覚めたとき、隣にあたたかいアッくんの温もりがあって、静かな寝息が聞こえてきたことが、すごく幸せだったんだもん。

一緒に食べた朝食も、とても美味しかった。

久しぶりに食欲がわいて、残さずに食べられた。

アッくんが昨日言っていた話なんだけど……、

「別居して芽衣の大切さがよくわかった。

ひとりの部屋は寂しいし。

家庭っていいよなぁ」

その言葉の意味、アタシにはよくわかったよ。

同じことを考えていたから……。

昨日から、何度も思って心から痛感しているけれど、つらいことから逃げるより、ふたりで頑張って乗り越える方が幸せなんだよね。

それから――

アッくんとアタシは、幸せな毎日を過ごした。

相変わらずつらい夜もあるけど、今は、アッくんの笑顔と優しさで乗りきれる。

赤い糸precious 寂しくても、帰ってきたアッくんに抱き締められると、一気に心が満たされるんだ。

一緒にいられる時間を大切にして、絆を深め合っているから、離れていても信じて待てるようになった。

つらいことより安らぐことが多いから、一緒にいられるのかもしれないね。

安らぐことよりつらいことが増えたら苦しいけど、今はそうじゃないから幸せなんだと思う。

どんな人でも、ずっと幸せで楽しく暮らせる人なんかいないよね。

それに、つらいことがあるからこそ、幸せに気づけて、噛み締められる。

愛する人とつらいことを乗り越え、その中で絆を深めながら一緒にいることが幸せなんだってよくわかったの。

そう思えたのは、式まであと1カ月ちょっとのころだった――

あと少し、気づくのが遅かったら、アタシはすごく甘い考えのまま、アッくんの妻になっていただろう。

アタシたちの夫婦生活もうまくいくはずがなかった。

今もまだ、未熟なところがたくさんあるだろうけど、これからアッくんとともに成長して、本当の夫婦になっていきたいと思うよ。

あともう少しで、アタシとアッくんは式を挙げて、戸籍上でも家族になる。

いつの日か、アタシたちの血を分かち合った、新しい家族も誕生するんだよね。

その日が楽しみだよ。

……ねぇ、アッくん。

赤い糸precious 家族

季節はめぐり、うだるような暑さが続いた夏の後には、心地よい風が流れる秋がやってきた。

たった1カ月前までは蝉の声でうるさかった空も静けさを取り戻し、おだやかな夕暮れ時の赤い空には、蝉の代わりに赤とんぼが飛び交っている。

街を行く人々も衣替えをして、肌寒そうに手を擦り合わせている光景も時折見られるようになった。

もうすっかり夏らしさは陰をひそめ、この街は秋一色に染まっている。

アタシにとって今年の秋は、今までとは違う特別なモノだった。

ただ自然と移り変わってきた去年までの秋ではない。

半年間、待ちに待って迎えた季節……。

「早くしろよ! 遅刻するぞ!」

「ええっ……あと少しっ!!」

アタシとアッくんは朝から大騒ぎで荷物をまとめていた。

今日は、大安の日曜日。

ついにやって来た、結婚式の日だ。

この日を迎えるまでには、本当にいろいろなことがあった。

浮かれすぎて現実が見えなくなったときもあれば、不安を覚え、怖くなってしまったときもあった。

いろいろなことがある中で、やっとたどり着いた、今日という日。

「胃薬どこだっけ……」

「そんなに飲む気?」

「2次会で潰れる予感するし――」

アタシは鞄に胃薬の瓶を詰める。

今日の2次会は、

かなり嫌な予感がしていた。

優梨たちは梨夏をお母さんに預けて、式より2次会に向けてやる気出しちゃってるし。

さっき届いたメールには、美亜が今日のためにテキーラを3本買い込んでいたという情報が書いてあった。

アタシたちが思っていた以上の人数が2次会に集まり、祝ってくれるらしい。

それは嬉しいことだけど、お酒に関しては恐ろしいこと。

「未成年は飲むな!」といつもは怒るノブさんも、今日ばかりは目をつぶってくれるみたい……。

お酒が弱いアタシは結婚式の余韻に浸る暇もなく、酔っ払ってしまうんだろうなあ。

想像すると、苦笑いをしてしまう。

ピンポーン

「タクシーじゃねぇの!? 芽衣、早く用意して」

「ええっ……う、うん!」

呼んでいたタクシーがアパートまで着いたようだ。

……そうだ、とりあえず用意しなきゃ。

笑っていられる余裕なんか、今のアタシにはないじゃん!

2次会のことを考えていたら、思わず手が止まってしまっていた。

慌てて手を動かし始めたアタシを見かねたのか、用意を終えたアッくんも手伝いに入ってくれる。

「ごめんねっ!」

「だから昨日のうちに用意しろって言ったのに!」

「……だよね」

本当は昨日のうちにする予定だったんだけど、

春菜と 悠哉と飲んだ祝い酒で予想外に酔ってしまい、何もせずに寝てしまったんだ。

前もって用意して準備万端にできなかったことを後悔しつつ、アタシは部屋の中を行ったり来たり。

今のアタシたちをほかの人が見たら、ロマンチックな結婚式の朝とは到底思えないだろう。

二日酔いにならなかったことだけが、せめてもの救いだった。

慌ただしくいくつかの物を鞄に詰めこみ、アッくんに声をかけた。

「遅くなってごめん! ありがと! もう行ける!」

その言葉をキッカケにして、ふたりはアパートの部屋を出た。

赤い糸precious 「……ッ」

外に出た瞬間――

アタシはキュッと瞼を閉じた。

再び開いた目に映るのは、雲ひとつないライトブルーの澄み切った空。

そして、大空で眩しく輝いている太陽だった。

「天気、最高にイイな!」

「うん、

晴れてよかった!!」

秋晴れの、あたたかい日射しを浴びながら、アパートの前に待つタクシーに手を上げた。

ガチャッ

「西野です。お願いします」

運転手に式場の場所を告げ、アタシたちはタクシーに乗り込んだ。

胸はワクワクとおどり、今から起きることを考えると自然と笑みが浮かんでくる。

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