「じゃーね!」
ガラガラガラッ
扉が閉まり、車は通りに出て去って行った。
「アハハ……自業自得? ……だって……」
赤い糸 美亜が独り言のように、笑った。
「これってさ……レ……レイプだよね。アタシ……、アタシね……中で出されたよ──」
「美亜も……どうしよう」
体中が痛いよ。
自業自得ってなんだろう。
レイプに自業自得なんて、あるのかな……。
夏休み、最後の夜だったのに、最悪の夏休みになっちゃった。
レイプなんて、他人事だと思ってたのに。
まさか、自分がヤラれるなんて……。
「オェッ……ゲェーッ」
「──み、美亜!? 大丈夫!?」
吐き続ける美亜。
ラブホで、アタシと美亜は命令を聞く生きたロボットのように犯された。
むりやり挿入されて、口にも突っ込まれた。
男たちの精子も、吐き出すと殴られて……。
アタシも一度、飲まされた。
苦くて……臭くって……。
「芽衣……ヒック……もう……グスッ……し、死にたいよぉ……」
泣きながら、美亜が言った。
アタシも、同じ気持ちだよ……。
赤い糸 昔、レイプのシーンがある漫画を読んだ。
こんなことされるなら絶対に舌を噛んで死ぬって思った。
だけど……、
「ねぇ……死にたいけど、怖くて死ねないよ。あんなことされたのに……」
──現実はそう。
怖くて死ねなくて、生きてしまうんだ。
きっと今日の記憶は、一生消えない──
アタシの胸に、深く深く……刻み込まれた傷になった──―
赤い糸 2学期の始まり
アタシと美亜は、駐車場から一番近い日サロに入った。
──一刻も早く、この体を洗い流したい。
日サロなら、シャワーがあるし……。
そして、ふたりはシャワーを浴びた。
体が真っ赤になるくらいにタオルでこすった。
──でも……。
こすっても、こすっても、アイツらの汗が臭う気がした。
……犯された。
頭の中で、何度も繰り返される言葉──
シャワーを浴び始めてから1時間くらい経った頃
「もう帰ろっか……」
アタシはつぶやいた。
ふたりはタンニングをせずに、日サロを出た。
焼かずに帰るふたりを、店員は不思議そうな顔で見送っていた。
日サロを出ると、美亜が目の前のタクシーに片手をあげた。
「一緒にうち行こ?」
「──うん」
ひとりになりたくない……。
ふたりはタクシーに乗り込み、美亜の家に向かった。
明日から、2学期。
学校が始まる。
アッくんがいる毎日が始まる……。
赤い糸 カーテンの隙間から朝日がさして、アタシは目を覚ました。
「あぁ……朝だぁ。──イタッ……」
起き上がろうとしたとき、脇腹に激痛が走った。
……やっぱり、現実なんだ。
殴られて、犯されたんだ──
脇腹の痛みを抑え、タバコを手に取った。
まだ朝の5時かぁ……。
「スゥ──」
タバコを吸うと、落ち着く。
「……んん……。芽衣?」
美亜がベッドの中で体をよじる。
「ゴメン、起こした?」
「……ううん。平気ぃ……」
美亜も体を起こし、タバコに手を伸ばす。
「……もう起きるの?」
「今日から、2学期だし……」
そうか……今日から2学期か。
「行きたくないな……」
「だよね」
学校に行けば、アッくんと顔を合わせてしまう。
まだ、アッくんと顔を合わせたくないよ……。
最近、ムカつきが寂しさへと変わった。
アッくんの愛情がほかの女に向くなんて、信じられない。
赤い糸 時間が経てば経つほど、そう思う。
アッくんからの最後のメールが信じられないよ……。
──つらいから信じたくないだけなのかもしれないけれど……。
ふたりは横になって、タバコを吸い続けた。
……このままずっと、だらだらできたらいいのに。
?~?~?~
久々の優梨からのメールだ。
優梨は2週間前から海外旅行に行っていた。
確か、昨日帰国したはず……。
〈ヒサビサ!マズイお菓子と化粧品のお土産あるから☆〉
「優梨がお土産あるって! 化粧品とマズいお菓子」
「気になるねぇ~。マズいなら、買わなきゃいいのに」
久しぶりに、ふたりの間に笑いが起きた。
「──マズいお菓子を食べに、行きますか?」
「……そうですね☆」
何かキッカケがないと、学校へ行けなそうだった。
今日行かなければ、日が経つにつれ余計行きづらくなっていく……。
優梨からのメールは、いいキッカケになった。
──そして、ある真実も、今日の始業式でわかることになる──
赤い糸 まだ何も知らないふたりは、ベッドから起き上がった。
いつもより化粧と髪をしっかりと決め、ふたりは学校に向かった。
派手な髪の毛は直すか悩んだけど、コータたち3年と仲が良くなったから、そのままにすることにした。
アタシは制服を取るため、美亜と別れて家に帰った。
夏休みは終わったんだ……。
そう強く実感した。
この夏休みは、いろんなことがあった。
嬉しいこと。
楽しいこと。
そして、とても、とても、つらい出来事。
忘れられない夏休み。
制服に着替え、部屋を出る。
よし、行くか……。
玄関に行くと、顔をしかめた春菜が立っていた。
「芽衣……。久々だね」
「……う、うん」
気まずくて、顔を見て話せない。
下を向くアタシに、春菜はキツイ口調で言った。
「芽衣さぁ、そんなに遊び回って楽しい? お母さん、毎晩ご飯も食べずに待ってるんだよ。お父さんとお母さんは芽衣のことで毎日ケンカだし、迷惑なの!」
「……」
──何も言い返せなかった。
赤い糸 春菜はそう言うと、こっちを見ずに玄関を出て行った。
ハァ……。
アタシは重い足取りで学校へ向かった。
「芽衣~~?」
校舎に入ると、何人もの友達に声をかけられた。
派手になったアタシは、見つけやすいらしい。
簡単に挨拶をして、クラスに向かう。
教室の前にはすでに登校していた美亜と優梨がいた。
「あっ! 芽衣~?」
優梨が手を振る。
そして……。
「アッくんもオハヨ! !」
優梨が言った。
アッくん……?
恐る恐る振り返ると、真後ろにアッくんがいた。
1週間ぶりに見たアッくんは痩せていて、目も、少し虚ろだった。
「アッくん……」
「……オハヨ」
アッくんはひと言だけ言い、教室に入って行った。
──アッくん、様子おかしくない?
痩せたな……。
「芽衣、お土産ー! !」
「……あ、優梨。ありがと!」
優梨に話しかけられて、紙袋を手渡される。
アタシはお土産の中身も見ずに、アッくんを見ていた。
赤い糸 「そろそろ始業式に行かなきゃね!」
海外の話をしていた3人は、体育館に向かった。
あれ? いない?
──気がつくと、アッくんの姿はなかった。
気にかけて、目で追ってしまう自分が嫌だ……。
フラられたし、汚れてしまったのに。
もう男はいらない。
すべて忘れよう──
アタシは自分に言いきかせた。
体育館へ向かう廊下で、コータや菜穂さんたちに会った。
「おはよー! 昨日来なかったから心配したぁー」
「──あ、うちら急に用事入っちゃって……」
菜穂さんの言葉を曖昧にごまかすアタシと美亜。
コータたちは残念そうな顔をして、ほかの3年たちと体育館に向かって行った。
忘れていたのに、また気持ちが悪くなる。
はぁ……。
──少し遅れて体育館に着くと、今度は悠哉に会った。
今日はみんなによく会う日だな……。
赤い糸 悠哉は笑顔で話しかけてきた。
「おっ 芽衣! 久しぶりだな」
「あー、悠哉……」
悠哉に会うと、まだ少しだけドキドキしてしまう。
「芽衣、最近遊び回ってんだろ? 春菜に聞いたよ。最近、夜道が危ないから気をつけろよ! 拉致られるとかあるらしいぞっ」
「え……拉致?」
拉致という言葉に、アタシの体は反応した。
昨日の今日で、こんな話されるなんて──
ただの偶然なの?
隣にいる美亜と目を合わせた。
「うちのクラスの女が話してたんだよ。バンに乗った男たちが、むりやり女をふたり拉致ってたらしーぞ。ナンバー見たから通報しようか悩んでるって」
「ナンバー……あっ! 犯人わかるよね!?」
「そーだろ。だからそいつらは捕まるだろーな」
ギュッ
美亜に、強く手を握られた。
手のひらから美亜の気持ちが伝わる──
「悠哉さん……拉致った現場見たのって、誰ですか?」
美亜の突然の質問に、事情を知らない悠哉と優梨は不思議そうな顔をした。
赤い糸 「──アタシも知りたい」
「え……どしたんだよ」
真剣なふたりに驚きながらも、悠哉は名前を教えてくれた。
3年2組。坂井サン……。
この人が、ふたりの恨みをはらしてくれる──
レイプされて警察に行ったって、所詮犯人なんて捕まらない。
それなのに、何されたか話すなんて嫌だった。
だけど──
坂井サンが見てくれたから、犯人がわかりそうだ。
それなら、このまま泣き寝入りなんて嫌だった。
あいつらが許せないよ……。
始業式に出席している間も、頭の中は悠哉の話でいっぱいだった。
「芽衣……何かあった?」
隣に座る優梨が、コソッと言う。
「──えっ?」
「何か、様子が変じゃない?」
「ううん、別に……」
アタシはごまかした。
最近、優梨に隠し事が多いな……。
アッくんのことも話せてない。
親友なのにね──
赤い糸 長い先生たちの話が終わり、始業式は終わった。
「先、教室行ってて! ごめんね」
「……え? ──うん」
優梨に別れを告げ、アタシと美亜は3年の教室に急いだ。
坂井サンと話したい。
3年2組の前で、顔も知らない坂井サンを待つ。
見慣れない下級生のアタシたちを、3年生はジロジロと見ていた。
それでもふたりは、すれ違う3年生の名札を見続けていく──
坂井サンは、まだ来ない。緊張が高まる。
「──あっ! 美亜! !」
「えっ? 来た!? ──ホントだ!」
正面から地味そうな女の子が向かって来る。
胸には、坂井という名札。
「間違いないよね?」
「た、たぶん……」
アタシが答えると、美亜が動いた。
スタスタ歩き、坂井サンの前に立つ。
「え……? あの……」
見知らぬギャルの美亜に行く手を阻まれ、坂井サンは驚いた顔をした。
そして、戸惑っている。
「坂井サンに話があるんですけど」
「……わ、私に?」
坂井サンは不安そうに、アタシたちを見た──
赤い糸 ──あっ!
坂井サンの後ろに悠哉の姿が見えた。
悠哉も気づき、アタシに声をかけてくる。
「坂井にさっきの話?」
「──うん」
アタシは素直に頷いた。
アタシと悠哉が話す姿を見て、坂井サンは少し安心した顔をした顔をして言う。
「悠哉くん……知り合いなの? 話があるって言われたんだけど……」
「彼女の妹なんだよ。聞いてやってくんないかな?」
「そうなの? ──それならいいよ」
坂井サンはアタシたちに聞いた。
「ここで話せる話? 放課後でもいいけど……」
「じゃあ、放課後にまた来ますっ」
「わかったわ」
坂井サンはそう言い、教室に入って行った。
緊張した……。
いっきに肩の力が抜ける。
「じゃあ俺も教室入るから。何があったのかはわかんなぃけど、俺で力になれるならなるからな!」
「うん……ありがと」
悠哉はアタシに、何も聞かなかった。
……何か気づいていたとは思う。
悠哉はいつも優しい。
子供のときから、ずっと……。
この優しさが大好きなんだ。
赤い糸 恨み
放課後、アタシと美亜は坂井サンを迎えに行った。
そして3人で中庭に向かった。
「……時間とらせてごめんなさい」
ペコッと頭を下げるアタシに、坂井サンは初めて笑った。
「アタシ、春菜センパイと同じ吹奏楽部なの。芽衣ちゃんはセンパイの妹なんでしょ? センパイにいっぱい助けてもらったから、なんでも聞いて」
「そぅなんですかぁ……」
坂井サンはさっきとは違い、優しい顔を見せている。
……それは、きっと悠哉のおかげ。
警戒する坂井サンに、アタシのお姉ちゃんが春菜だってことを話してくれたんだと思う。
中庭に着き、誰もいない芝生に腰を下ろす。
──春にここで、悠哉の気持ちを聞いた。
あれから5ヶ月も経ってないのに……。
いろいろあった。
今はここで、レイプ犯のことを聞くんだ──
「……い? 芽衣? ──芽衣っ! !」
「──へ? ぁ……はぃっ!」
「ボォーッとしすぎ!」
「ご、ごめん」
思わず気持ちが、どっかに行っちゃってたよ……。
美亜にニラまれて、苦笑いでごまかす。
赤い糸 でも、うまくは笑えなくて、顔がヒクヒクと引きつった。
美亜を見ると、落ち着かなそうに手を握ったり開いたりしている。
「──あぁ、もうダメ!」
美亜はバッグを開き、タバコの箱を取り出した。
「タ?タバコ吸っていいですか?」
「ええっ!?」
「中庭はセンセイ来ないんで、多分平気です……ねぇ、芽衣?」
「えっ?」
いきなり話を振られ、困ってしまった。
けれど美亜は返事も聞かず、タバコに火をつけた──
「あ、間違った!」
タバコの葉じゃなくて、フィルターに火をつけてあせる美亜。
美亜の顔色は、どんどん青ざめていった。
あせりを隠すように、新しいタバコに火をつける。
美亜……。
聞くのが怖いんだね。
アタシもだよ──
アタシも坂井サンにひと言断り、タバコを吸った。
「フゥ──」
煙を吸って、ゆっくりと空に向かって吐く。
真っ青な空に、煙でできた白い雲が浮かんだ。
太陽の光が目に染みて、涙が出そうになるよ……。
「……話、しよっか?」
坂井サンが口を開いた──
「……」
話を聞くために来たはずなのに、アタシも美亜も言葉に詰まった。
──知りたいけど、思い出したくない。
まだ整理できてない頭と気持ち……
──でも、ここまできたら、知りたい。
知らなくちゃいけない。
あの男たち、許せないよ……。
「……昨日の夜、見たことを教えてください」
「昨日? ──まさか、バンの男の話……」
「……」
言葉が出ない。
昨日の出来事が頭にリプレイされて──
「その話……あの男の話を聞きたいの?」
震え出した体を押さえ、アタシはコクッと頭を下げた。
坂井サンは、明らかに動揺していた。
「……昨日ね、塾の帰りに見たの。バンに女の子が連れ込まれていて……助けを呼ぶにも人がいないし、巻き込まれるのが怖かった……」
「……ナンバー見たんですよね? 教えてください」
「でも──」
赤い糸 「──教えてください!」
黙っていた美亜が、少し強い口調で聞いた。
「……そ、それは……」
坂井サンは言葉を濁す。
……なんで答えてくれないの?
「なんで言えないんですか?」
「……ごめんね」
「だって──」
坂井サンは下を向いてしまった。
坂井サンの肩、少しだけ震えてる?
坂井サンはフゥと大きく息を吐いて言った。
「誰かにナンバーとかを言うと、同じ目に遭わせるって言われたの……すごく悩んだけど、怖くて……」
「そんな……だって、その男たちとは話してないんでしょ? 誰に脅されたんですか!? ──まさか! ! うちの中学に仲間がいるってことなんですか!?」
黙り込む坂井サン……。
コクンッ
数秒後、坂井サンは頭だけ縦に振った。
「──嘘っ……」
頭から血の気が引いていく──
それって、どういう意味……?
──うちの中学に、バンの男たちの仲間がいる。その仲間は坂井サンが偶然見たことを知って、口止めした。
そういうことなの?
赤い糸 ──でも、あの日、バンの中には、うちの中学の生徒はいなかった。
あの駐車場の周りにも、いなかった。
……誰?
誰なの?
アタシの体に、得体の知れない恐怖が襲いかかった──
「……坂井サン。口止めした人は誰ですか?」
「……」
「──もうわかってると思うけど、レイプされたのはウチらなんですよ! アタシは……犯人を知りたいのっ!同じ女なんだから、気持ちわかるでしょ!? ──てゆうか、わかってよっ! !」
美亜は叫びにも似た大声をあげた。
大きな美亜の瞳から、ポロポロと涙が流れ出す。
「もぅヤダ……余計グチャグチャだよぉ。忘れようとしたのに……それなのに……グスッ。思い出させて混乱させて……結局何も言えませんって……だったら、最初から何も言わなきゃいいじゃんっ! すごくヤだよ……」
「……美亜」
……確かに、そうかもしれない。
悠哉に何も聞かなくて、坂井サンから仲間がいるって聞かなかったら──
……忘れようと努力できた。
赤い糸 でも、聞いてしまった今。
忘れるなんて、できない──
アタシは、泣き続ける美亜の背中を優しくなでた。
まるで、傷ついた自分をなでているように……。
美亜の体はヒクヒクと震え、大きな瞳からは大きな涙が溢れ続ける。
「ご、ごめんなさい……」
坂井サンは、申し訳なさそうにふたりを見た。
……誰だって、そんな脅しをされたら怖い。
そんなのわかってる。
だけど──
アタシたちのこの気持ちは、どこに持っていけばいいの?
「私──」
「坂井サン……これ、見てください」
アタシは坂井サンの話を遮り、スカートのホックをはずした。そして、シャツをまくり上げた。お腹が、シャツの下からあらわになった──
「──えっ!?」
坂井サンはアタシのお腹に視線を向け、驚いたように目を見開いた──
アタシのお腹には、昨日殴られたときの大きなアザが濃く残っている。
「ひどいっ……」
口に手を当て、泣きそうな顔をする坂井サン……。
赤い糸 アタシは覚悟を決め、話し始めた。
アタシのため。そして、美亜のため。
「……殴られてむりやりヤラれたの……。膣も切れて、腫れて──すごくつらい時間だった。美亜もそう……。それでも、坂井サンは犯人を隠すんですか?」
坂井サンは口に手を当てたまま、固まっている。
そして──
「……ひどい」
また、独り言のようにつぶやいた。
「助けて……犯人を教えて……」
「──ッ」
坂井サンは、しばらく黙った後、小さな声で話し始めてくれた。
その内容は、信じられないくらいに残酷で、頭を鈍器で殴られたような衝撃──
まさか……。
嘘でしょ?
──美亜とアタシは、中庭を飛び出した。
……昨日のレイプは、計画的だった──―
あの女たちが、知り合いの男に頼んで、ウチらを回させたんだ。
殴ってもいいよ。ボロボロにしてやってって、頼んだなんて……。
──許せない。
アタシたちは、いつもコータたちがいる家に向かった。
赤い糸 今日はみんなであの家に溜まってるはず……。
あの女たちもきっと──
身体中に、怒りと憎しみが湧き出てきた。
頭が怒りに支配されていく……。
ピンポーン──ガチャ
溜まり場の家に着くと、チャイムを押して勝手に玄関を開けた。
「キャハハッ」
「……だよなぁ」
階段の上から、楽しそうな笑い声が聞こえる。
あの女の声も聞こえて……体が震えた。
靴を脱ぎ捨て、階段を駆け上がる──
「……あの女たち、ブッ殺してやりたい」
「……そうだね」
美亜は怒りに満ちた目をしていた。
気持ちは同じだ……。
ふたりは目を合わせ、みんなのいる部屋のドアを開けた。バタンッ! !
中にいたみんなが、一斉にふたりを見る。
「おっ、芽衣ちゃん?」
コータが笑いながら手を振る。
そんなコータを相手にする余裕はなかった──
「──テメェ、ふざけんじゃねーよ! !」
アタシと美亜は、あの女たちの姿を見つけて殴りかかった。
「キャーッ! !」
「──! ! 何やってんだよ! !」
赤い糸 アタシは綾の上に馬乗りになり、髪を引っ張る──
床にあったジュースがこぼれ、灰皿がひっくり返った。
綾の叫び声が響く──
「キャァ──! ! ──何すんの!?」
「考えればわかんだろ! !」
自分が自分じゃないようだった……。
綾が憎い。
こいつのせいで──
美亜もユリの頬を叩いた。
ユリは、マックで美亜にジュースをかけた女だ。
「──ッ! やめろよっ! !」
暴れるアタシを、誰かが背中から羽交い締めにする。
振り払おうにも力が強すぎて……。
「──はなしてっ! !」
アタシは押さえつけられた。
「誰!? 止めないでよっ! !」
「お……おい、どおしたんだよ!?」
後ろから押さえつけているのは、コータだった。
「──ヤメテ! はなして!」
美亜も押さえつけられて、手足をバタつかせている。
「ち、ちょっと……どうしたのよ! ねぇ……」
綾は青ざめた顔で、アタシを見た。
……どうしたって聞いた?
ふざけんな……。
「……ふざけんな! !」
──アタシはヒステリックに叫ぶ。
赤い糸 バンッ
思いきり暴れて、コータをはねのけた。
すぐに、また、綾にまたつかみかかる──
コータだけでは押さえきれないのがわかったのか、ほかの先輩も押さえつけてきた。
「はなしてよっ! !」
「──こっち来いよ!」
羽交い締めにされたまま、廊下に連れて行かれた。
美亜も部屋から出され、別の部屋に連れて行かれる。
「──嫌っ!」
コータたちを振りほどこうと、必死に抵抗する。
バンッ
「嫌ぁーーっ! !」
バコッ
暴れるたび、壁に手足を打ちつけた。
痛みなんて感じない──
「はなしてぇーー! !」
アタシの叫び声が廊下に響いた。
「落ち着けよ! ! 芽衣!」
ほかの部屋に押し込まれ、コータに抱き締められる。
バランスを崩したアタシはコータと一緒に床に座り込んだ。
「ハァ……ハァ……」
部屋に入った途端、体に力が入らなくなって、暴れる気力もなくなってしまった。
息が苦しい。
赤い糸 打ちつけた体も今さら痛くなって──
「ウッ……ウウッ……」
涙が溢れた──
「──芽衣……」
「ウワァ──ッ」
コータに抱きつき、大声で泣いた。
コータ以外の人は、そっと部屋を出て行った。
つらい……つらいよ──
「何があった?」
「ウウッ……フェッ……グスッ……」
戸惑いながらも優しく聞くコータ。
だけど……。
こんなこと、答えられない。
──レイプされたなんて言えないよ。
皮肉にも今いる部屋は、コータと初めて一線を越えた部屋だった。
「……どうしたんだよ」
優しい声が、耳に響く──
「……いつも穏やかだろ? さっきの状況、信じられなかった。芽衣があれだけキレるんだから、何かあったんだろ? 言わなきゃわかんないよ? ……なぁ、芽衣」
コータはアタシの頭をなで、優しく問いかけ続ける。
胸が苦しいよ。
悲しいよ……。
──綾さん、ユリさん。
なんで!?
コータの胸の中で泣き続ける。
赤い糸 そのとき、部屋のドアが開き、隙間から菜穂さんが顔をのぞかせた。
「……芽衣チャン。話したいの……」
「菜穂?」
コータはアタシを抱き締めたまま菜穂さんを見た。
「綾とユリから、事情聞いた……」
菜穂さんの顔が歪んで……目から涙が溢れてきた。
「菜穂さん……」
アタシが話そうとした瞬間──
「──帰るって言ってんでしょ!」
「ふざけんな!」
「あいつが悪いんじゃん! !」
廊下から、ユリと男の叫び声が聞こえてきた。
「──ッ! 菜穂! 何があったんだ!?」
コータは苛立ったように叫ぶ。
菜穂さんはこっちをチラッと見て、下を向いてしまった。
「──逃げんじゃねーよ!」
「キャッ!」
「み、美亜ちゃん! !」
次は美亜のブチキレた声がした。
ユリの悲鳴と、あせる男の声も……。
「──何がどーなってんだよ! ! 菜穂! 早く話せ! !」
コータもキレて、みんながメチャクチャになっていく。
……もう、話すしかない。
「アタシね……」
アタシは下を向き、菜穂さんの代わりに話し始めた──
赤い糸 傷害事件
アタシの声を聞き、コータは菜穂さんに詰め寄るのを止めた。
菜穂さんは下を向いたまま、黙っている。
──言いたくない
そう思いながらも、昨日あったことをコータに話し始めた。
気づけば廊下は静かになっていて、部屋の中には、アタシの小さな声が響いていた。
──レイプされたっていう、告白。
あのときの恐怖や痛みが押し寄せて……ひと言、ひと言がつらい記憶を思い出させる。
話を聞き、コータは呆然としていた。
菜穂さんは泣き続けた。
すべて話すと、コータが目の前に座り込んだ。
「……ごめん。つらい話させたよな……」
「……軽蔑するよね」
「しない──」
……コータ。
本当は違うよね?
汚いアタシを軽蔑したでしょ?
話したことに、後悔が押し寄せる。
「……でも、なんでユリたちに? ──何か関係してんのか?」
コータは理解できずに困惑している。
そのとき、菜穂さんが口を開いた──
「……通りがかりの男じゃなかった。芽衣チャンたち襲ったの、ユリの友達……」
コータの顔がこわばる──
赤い糸 「ど……どうゆうこと?」
信じられないように、聞き直すコータ。
「ユリが綾とグルで、ふたりを襲わせた……」
「──は!?」
「芽衣チャン、ごめんなさいっ!」
「菜穂……全部話せ」
コータは菜穂さんをニラみ、今にもつみかかりそうだった。
菜穂さんは震えている……。
「アタシ……知ってた。昨日、綾から電話がきて……自慢げに、話された。綾とユリが怖くて……誰にも言えなくて……ウウウッ……」
泣き崩れる菜穂さん──
そんな菜穂さんを、アタシもコータも責めることはできなかった。
「ごめ……んなさ……」
菜穂さんは泣きながらも謝り続ける。
だけど……なんでアタシはここまで恨まれてたの?
「……芽衣と美亜を襲ったのはなんで?」
「ユリ、前の彼氏を美亜ちゃんに取られて恨んで……」
──そういえば、マックでユリは言っていた。
男を取ったって、美亜にキレていた。
……じゃあアタシは?
「それに綾はコータの元カノなの……」
そういうことか……。
「ハァ……」
アタシは溜め息をついた。
赤い糸 コータはいきなり出た自分の名前に驚いていた。
「……オレ、関係あんのか?」
恐る恐る、聞くコータ。
「……綾さんは、未練があったんじゃないの?」
菜穂さんの代わりに、アタシが答える。
「オレに?……それはないだろ」
菜穂さんは、首を横に振る。
「綾はまだコータが好きなの。だから……コータと芽衣ちゃんのことを知って、芽衣ちゃんに──」
「──ッ! !」
コータは部屋を飛び出した。
「キャ──ッ! !」
「コータ、やめろ! !」
すぐに綾の叫び声がする。
まさか……。
アタシと菜穂さんは、顔を見合わせて廊下に出た。
美亜も違う部屋から出てくる。
アタシたちは、叫び声がした部屋に入った──
「キャッ!」
部屋の中は、地獄絵図のようだ。
コータは綾の髪を掴み、アタシたちのほうに引きずってくる。
「イタイッ! やめてっ!」
「ふざけんじゃねーよ! !」
バシッ
コータが綾の頬を殴る。綾の口元から赤い筋が流れた。
──怖い。
みんなも固まる。
赤い糸 部屋の入り口で立ち尽くすアタシと美亜に、コータが向かってきた。
「──ッ」
右手は綾の髪をつかんだままだ。
引きずられながら、綾は抵抗もせず、犬のように四足でヨタヨタとアタシたちの前に来る──
綾の抜け落ちた髪が、床にちらばっていった。
服も乱れ、いつものクールな印象はまったくなかった。
グッ
アタシたちの目の前で、コータは綾の髪をはなした。
「キャッ……」
バランスを崩した綾は、アタシの足元でベタッと転ぶ。
「──ヒッ」
思わず後退するアタシ。
「どーしよっか? ブチ回すか、芽衣たちにしたことをコイツにもするか……」
コータは笑った。
背筋がゾッとした。
あんなひどいことをされたのに、今の綾を見ると惨めで何もする気になれなかった。