1
私は就職がきまった日、滝川外科を訪ねた。いつもの喫茶店で電話を借り、滝川先生を呼び出すと、すぐに白衣を着たままの姿でとんで来てくれた。
「どうだった」
先生は私を見るなりそう言った。私は左の拇指《おやゆび》と人差指で輪を作って見せた。
「採用か、そいつはおめでとう」
先生は私の前の椅子に腰をおろし、ウエイトレスにコーヒーを注文してから煙草に火をつけた。
「それにしても、早いな」
先生は苦笑しながら言った。
「早い……」
私は首を傾《かし》げて先生を見た。
「そうだよ。履歴書を持って行ってその日に採用決定とはね。ちょっとびっくりした」
「そうかなあ」
私は先生の言う意味がよく判《わか》らなかった。
「そば屋の出前持ちだって、採用をきめるにはもうちょっと時間をかけそうなもんじゃないか」
先生はそう言うと急に心配そうな表情になった。
「その広告代理店をすすめてよかったのかなあ」
「嫌《いや》だな、今になって」
今度は私のほうが苦笑した。
その年の三月もぎりぎりになってから、弟の弘志が航空会社へ入社することにきまった。職種はスチュワードであった。私は早速イボンヌを売りに出し、自分の職探しをはじめたのだ。
滝川先生は私の方向転換に賛成してくれたが、同時に履歴書の学歴に大学へ行ったようにつけ加えることをすすめた。
「今どき、大学を出てなければどこも使ってはくれないよ」
先生はそう断言した。しかし、大学を出たことにすると職歴のほうの辻褄《つじつま》が合わなくなる。私は文房具屋で用紙を一束買って来て、先生と履歴書をでっちあげることになった。
「そうだ、厨房《ちゆうぼう》器具の会社にいたことにすればいい」
先生は笑いながら言い、私が早稲田を卒業してから、阿佐ケ谷にある小さな厨房器具の会社に勤めていたことにさせてしまった。グラス類をはじめ、厨房器具なら私にも値段や種類の知識が充分にあったから、少しぐらい突つかれてもボロを出さずにすむからであった。
そして、その小さな会社が倒産したので新しい職場を探している、というわけだ。
「でかい会社は身もとを調べたりするからだめだよ。小さい会社を狙《ねら》うんだね」
そんなアドバイスまでしてくれた。
その履歴書ができてから一週間ほど、私は毎日のように新聞の求人欄に目を光らせていた。そして今日、麹町《こうじまち》のほうにある広告代理店へ行って見たのだ。
広告に出ていた面接時間ぴったりに行ったのだが、何ともう三十人近い列ができていて、私はよほど途中で帰ってしまおうかと思った。失業者の長い列のうしろにくっついているのかと思うと、なさけなくて仕方なかったのだ。
それは本当に小さな会社だった。隼町《はやぶさちよう》の通りから少し引っ込んだ所の、四階だてのビルの二階にあり、非常階段のような鉄の階段をあがって行くと入口がある。
そんな小さな会社の求人にも、こんな長い列が出来るのかと思うと、私は前途の容易でないことを感じて、体がすくむようであった。
しかし、いよいよ私の面接の番になると、案に相違して簡単に採用がきまってしまった。来週の月曜から出社せよと言うのだ。
「運がいいんだか悪いんだかはっきりしないけど、ま、とにかくおめでとう」
先生は笑顔で言って私に握手を求めた。それでも私は私なりになんとなく希望に燃えていて、先生の手を強く握り返した。
「それで、広告代理店というのは、どういうことをするんでしょう」
握手がおわってすぐそう尋ねると、先生はのけぞって笑った。
「しょうがない奴《やつ》だなあ」
私は代理店というから、広告をする必要のある会社の広告業務を代行する会社だと思い込んでいた。それはたしかにその通りなのだが、先生の説明によると私の理解は現実と微妙に食い違っていた。
「要するに、広告の仕事をまかせてくれるスポンサーを探すのさ」
先生もそう詳しくはないようだったが、広告代理店の仕事について私にいろいろと教えてくれた。しかし、私にはあまりピンと来なかった。
「とにかく、もぐり込んだのだからあとは何とかなるでしょう」
前途が多難であることは判《わか》っていたが、私は割合気楽であった。架空の学歴や職歴を並べたおかげで、自分が別な人間になったような気分だったのである。
「で、コンテストのほうは何か言って来たかい」
先生はそんな私を見て話題を変えた。
「とんでもない」
今度は私が笑った。
「何か言って来たら大変じゃありませんか」
生まれてはじめて小説というものを書いて、それをSF雑誌のコンテストの応募作品として発送したのは去年の秋のはじめであった。それからもう半年もたっていて、私にはあわよくばと言う欲さえなくなっていた。
「遅いなあ。何をのんびりしてるんだろう」
先生はじれったそうに言った。同じコンテストに、先生も作品を二つほど送っているのだ。
私は数えるように言った。
「募集したのが去年の九月で、応募の締切りが今年の一月でしょう。届いた作品の数だって五百や千はあるでしょうから、読むのだって時間がかかりますよ」
「それにしたって、中間発表ぐらいすればいいのに」
「先生は入選したらお医者さんをやめるんですか」
「冗談言うな」
先生は憤《おこ》ったように私を睨《にら》んだ。
「親父の具合が悪いんだ。もう医者はやめられないよ」
しかしその顔は、作家になりたいと書いてあるような感じだった。
2
私は広告《アド》マンになった。はじめのうち、広告をすべてピー・アールでかたづけていて、
「アドバタイジングというんだよ」
などと先輩に苦々《にがにが》しげに注意されたりもしたが、何とか適当に誤魔化《ごまか》してそういう先輩のあとにくっついてまわった。
「何か君はフワフワした感じだな。厨房器具の会社にいて、水商売の人たちの相手をしていたのだから仕方ないが、もう少しピリッとした感じになれんのかね」
或《あ》る日社長にそう言われてびっくりし、その晩床屋へ行って髪を短いスポーツ刈りにしてしまった。
翌日会社へ行くと、社長は私の頭を見て何度も頷《うなず》いてくれたが、あとで聞くと、
「今度はやけに物騒《ぶつそう》な感じになってしまった」
と笑ったそうであった。
それでも私は張り切っていた。ちゃんとしたサラリーマンになれたことがうれしくて仕方なかった。やっている間は気付かなかったが、バーテンダーの生活にはどこか野良犬じみた感じがつきまとっていたらしく、それがなくなっただけでもすがすがしかった。
そのうちにイボンヌが売れた。弟は羽田空港へ通うのに便利のいい場所に家を借りて母と暮らすことになり、私は千駄ケ谷に四畳半の部屋を見つけてそこへ移った。
朝八時にはそのアパートを出て、夜七時にはその部屋へ戻る。三食とも外食で、部屋ではせいぜいお湯を沸かして茶を飲むぐらいしかせず、テレビもラジオもなかったが、私は結構充実した日々だと思っていた。
髪を短くしたと同時に急に体重が増え出したのは、生活が規則正しくなったからであろう。それにしても、近くの銭湯へ行って体重をはかるたび、確実に一キロか二キロ増えているようだった。おかげで夏までにはとがった感じだった顔が丸くなり、母はそれをいい傾向だと言ってよろこんでくれたが、服が全部着られなくなって、新調する金のやりくりに苦労させられた。
或《あ》る日、スポンサーのひとつである八重洲口の既製服メーカーのオフィスへ連れて行かれた。私にとってははじめての会社なので、キョロキョロしながら先輩のあとについて行くと、宣伝の責任者である総務部の次長さんが、大きな声でその先輩を叱《しか》った。
「君のとこはプロなんだろう。こんな古臭い文句じゃ困るんだよ」
次長さんはそう言うと、私の社の名前を刷り込んだ原稿用紙をデスクの上へ抛《ほう》り出し、仏頂《ぶつちよう》づらで煙草を咥《くわ》えた。
呶鳴《どな》られて緊張していた私は、無意識にライターをとり出して次長さんの煙草に火をつけていた。すると次長さんは、おや……というように私を見た。
とたんに私はしめたと思った。私の火のつけかたが、世間一般のサラリーマンと、やはりどこか違う感じがしたのだろう。私に向けられた次長さんの目は、いぶかしんではいても怒ってはおらず、そして私はそういう目をする人の扱いに自信があった。
「ちょっとこれを拝見してもいいですか」
私はまだ紹介もされていないのに、なれなれしくそう言って、次長さんの前に置いてある原稿用紙を引き寄せた。
私の会社ではその既製服メーカーのラジオを受持っていて、毎朝会社で提供番組を聴かされていた。だから私なりに、新しいコマーシャル・メッセージの文案《コピー》ができあがっていたのだ。
次長さんのデスクの端で、中腰になってそれを一気に書いた。一分間の語数がほぼ四百字に相当するということも教えられていたのだ。
書いている途中で次長さんは、うん、うん、と頷《うなず》きはじめた。そして私が書きおえると同時に先輩の顔を見て、
「うん、これでいい」
と言った。先輩は当惑したように私をみつめた。
「お茶を飲みに行くか」
次長さんは立ちあがり、となりのビルの地下にある喫茶店でコーヒーを奢《おご》ってくれた。私は堅《かた》い話は先輩にまかせ、冗談ばかり言って次長さんのご機嫌《きげん》をとり結んだ。
「今度からうちのコピーは彼にまかせる」
別れぎわ、次長さんは先輩にそう言ったらしい。
だが私は営業部員であった。会社へ帰ってからそのことで少し制作部と揉《も》め、結局私は本社から分室へ移されることになった。
分室は本社から三百メートルほど離れた場所にあり、六、七人のスタッフが独自に活動をするプロジェクト・チームのようなものであった。あの次長さんの会社の仕事に限って文案《コピー》を担当すると同時に、新規スポンサー開拓班と言ったチームに籍を移されたわけである。古くからのスポンサーのお守り役になるはずが、急に第一線へ送り出されたのであった。
分室での生活はいっそう楽しかった。課長はひどく行動的な人物で、コネさえあれば無駄を承知でどこへでも乗り込んで行く。そして帰って来ると、スタッフを集めて真夜中までそのスポンサーにぶつける新しい広告計画を練らせた。
本当を言えば、毎日夢を組み立てているようなものだった。しかし例によって私は一途《いちず》にその仕事に熱をあげた。アパートへ帰ってもSF雑誌など見向きもせず、アドバタイジングやマーケッティングの本ばかりを読み漁《あさ》った。
私は蝶《ちよう》ネクタイではなく、普通の長いネクタイをひらひらさせて歩く自分を恰好《かつこう》がいいと感じていた。だから小遣いがあるとネクタイばかり買い漁《あさ》っていた。肥ったので新調した服は、前身が前身だからどうしても派手めになってしまったが、広告業界にはもっと派手な連中がたくさんいたから、別に咎《とが》められることもなかった。
「君は年寄りに強いからなあ」
分室の仲間たちは、その点で私に一目《いちもく》置くようになった。私は銀座や新宿で比較的値段の高い店ばかりを渡り歩いたから、部長クラス以上の人の扱いには慣れていて、物怯《ものお》じせずにすむのであった。
その分室の建物があるすぐとなりに、柵《さく》で囲ったかなり広い空地があった。毎日窓から何気なくその空地を眺めていたが、或《あ》る時それが出版社の本社を建てるための用地だと知った。
榊さんたちの会社がここへ移って来るのか……。私はそう思ったが、もう夜の世界で知った人々は遠い存在になりかけていた。
3
無我夢中の内に日がたって夏になった。土曜日で給料日……会社の仲間と一緒にまごまごしていると、どんな波瀾《はらん》が起って次の一か月の予算が狂わないとも限らない感じだったので、私は要領よく早めに分室をぬけ出し、はやばやと新宿へ足を向けた。
それでも昔の仲間の店を二軒ほどまわって僅《わず》かなツケを払い、ついでに少し飲んでから夕食をする気で南口の陸橋のほうへ歩きはじめた。びっくりするくらい安い値段で商売をしている中華料理店が、その辺《あた》りにあったのだ。
伊勢丹の前から千駄ケ谷のほうへ向かい、陸橋へ右に曲がったとっつきの所に、小さな本屋があって、その前をぶらぶら通りすぎかけると、SF雑誌の表紙が目に入った。
そうだ、今日は二十五日だな。
私は心の中でそうつぶやきながら、久しぶりにその雑誌を買って小脇《こわき》にはさんだ。安直な中華料理店へ入って椅子に坐《すわ》り、食べ物を注文してからそのSF雑誌のページを繰《く》って行くと、不意に私の名がとび出して来た。
コンテストの中間発表に、まん中ごろの一ページがさいてあって、私の名はそのほぼ中央に印刷されていた。
うれしさを感じたのはしばらくあとであった。最初は恥かしい姿勢を人に見られてしまったような感じで、ただドキドキと胸が鳴るばかりであった。
が、それも去ると、私はうっとりと活字になった自分の名に眺め入った。まるで私は、生まれてから一度も満足したことのない人間のようであった。次から次へ、心の奥底から強烈な満足感が、波のうねりのようにとめどもなく押しよせて来るのである。その満足感と来たらもう、甘くて甘くて、体がとろけてしまいそうであった。
「やった。やったぞ……」
たまらなくなって、つい声に出してそう言うと、ちょうど私の注文した料理を運んで来た中国人のおばさんが、
「競《けい》パあてたか。よかたねえ」
と笑った。
その安い料理を食べながら、私はときどき涙ぐんだ。
これで生きて行ける。学歴詐称だろうが何だろうが、俺《おれ》は威張って生きて行っていいんだ……。体が自分自身に対する信頼感でふくれあがったようだった。
中間発表で残った作品は全部で十三あった。横一列に並んだその十三行の七番目、つまり中央に私の名があったのだが、残念なことに滝川先生の名は見当たらなかった。
それでもとにかく私には充分すぎる結果であった。
これはもう入選したも同じことなんだぞ。
私はその帰り道、用心深く自分にそう言い聞かせていた。百枚の小説を書き通せただけで水商売の足を洗うふんぎりがついた。その上中間発表に残って自信までつけてもらった。せっかくいいことずくめなのに、この上欲をかいて入選まで望むようになれば、結局失望落胆して、へたをすればまた自信を喪失しかねないのだ。作品数は十三点だが、作者名は十二人しかなかった。一人で二点も選に残っている豪の者がいるのだし、すでにその雑誌で名を見かけるセミプロ級の作品もあった。
私は気を鎮《しず》め、それ以上の欲を起さないようにしながらアパートへ戻った。
銭湯へ行って汗を流し、酒屋へ寄って冷えたビールを二本買って、あらためて一人だけの祝杯をあげたのは十一時近かった。滝川先生や弟の弘志に何度電話をしようとしたか、数え切れないくらいだった。
だが実際にはまだ中間発表の段階で、そう大騒ぎするのもためらわれた。なかなか寝つかれず、やっと眠ると久しぶりに光子の夢を見た。
たしかに私にとってそのコンテストの効果は絶大であった。次の週から私は自分でも呆《あき》れるほど猛然と動きまわった。勢いに乗っている時というのは恐ろしいもので、くらいついていたスポンサーを次の週の内にひとつものにしてしまい、三週後にはもう一つのスポンサーも陥落させた。
勿論《もちろん》、どちらもそう大きな会社ではなかったが、分室の気勢は大いにあがり、本社のスタッフに新しいスポンサーを引き継がせると、次の攻撃目標を探しはじめた。
ちょうどガスライターの普及期にさしかかっていた。長い会議の末、課長の主張をいれて主目標をガスライターのメーカーにすることに決定したが、私はこれと並行して清涼飲料のメーカーをアタックするように命令された。
会議でしつっこく私がそれを提案したからだった。
その頃まで、清涼飲料は冬期になると宣伝活動を休止していた。ところが私はバーテン時代の体験でよく知っていたのだ。店の中に限って言えば、コーラ類はどうも冬場のほうが注文が多いようなのだった。暖房のきいた中に長くいるとどうしても喉《のど》が渇く。酒の弱い女の子は、少し寒くなるときまってコーラ類をくれと言い出すのだ。反対に夏は冷房がきいているから、ひと晩中その冷気の中にいる者はあまり冷たいものを欲しがらない。
「冬も売れるようにしなければ、あの業界は一年が半分の長さしかないことになってしまうじゃないか」
それが私の主張だった。そして、曲がりなりにもそれが通って、私はガスライターとコーラのふたつをやることになったのだが、やはり私には相手が大きすぎて、どこから押して行っていいか見当もつかなかった。
自然、ライターのほうにウエイトがかかることになり、私は課長の腰巾着《こしぎんちやく》で毎日のように神田へ通った。
神田にはガスライターのメーカーの宣伝部が、本社とは別にオフィスを構えていたのだ。
それは十月のはじめ頃であった。
私は課長と一緒にそのオフィスへ行った帰り、いま先方の担当者から聞き出したことを整理するため、駅の近くにある洋菓子店の二階へあがった。二階はだだっぴろい喫茶店になっていた。
時間は昼休みのころであった。
課長と仕事の話をしていてふとそばを見ると、SF雑誌の編集長が一人きりでコーヒーを飲みながら何か原稿を書いていた。いつか滝川先生に誘われてSFファンの大会のような集まりに出席した時、そのベレー帽をかぶった編集長を見たことがあって、よく顔を憶《おぼ》えていたのだ。
「ちょっと失礼」
私は課長にそう言って断わると、のこのことそのベレー帽をかぶった人のそばへ行った。
4
「あの……」
声をかけると、その人は原稿用紙に太いペンを走らす姿勢のまま、目だけをあげて私を見た。
「は……」
ちょっととりつく島もない感じだったが、私はいっぱし広告《アド》マンぶった毎日を送っていたから、
「SF雑誌の加藤さんですね」
と言って笑いかけた。
「ええ、そうですが……」
加藤さんは気の乗らない返事をした。
「ちょっとお尋ねしたいことがあるんですが」
「何です」
加藤さんは諦《あきら》めたように万年筆をテーブルの上に置き、コーヒーのカップを持って一口飲んだ。
「SFのコンテストの結果はどうなりましたか」
「ああ……」
加藤さんの浅黒い顔に苦笑が泛《うか》んだ。
「きまりましたよ。やっとね」
私がファンの一人だと見当がついて、少しほっとしたような感じであった。髪を短くして目をギョロつかせた私は、何となく物騒《ぶつそう》な雰囲気《ふんいき》を漂わせていたらしい。
「誰ですか」
私は畳《たた》みかけて訊《き》いた。
「一人は大阪の人で、大杉実という人です」
「ああ……」
私は頷《うなず》いた。その名ならもう知っていたのだ。
「で、入選は二人だったんですか」
「ええ」
「もう一人は……」
私は加藤さんをみつめた。加藤さんは閉口したように、
「もう一人は東京の人だけど、多分あなたはご存知ないでしょう」
と言った。
「何と言う名の人ですか」
「月岡哲郎」
「あ、それ僕です」
加藤さんは半分笑い、半分|憤《おこ》ったように私をみつめた。
「あなたが……」
「そうです」
私は会社の名刺をとり出した。
「さあ大変だぞ」
加藤さんは急にはしゃぎ出した。
「あなた、引越したでしょう」
「ええ」
「通知がみんな返って来ちゃうんだ。困ってたところなんだ」
「すいません」
私は頭をさげたが、なぜかおかしくて仕方なかった。
幸運にぶつかるそのぶつかりようが、あまりと言えば簡単すぎる感じであった。
「よかった、ここでつかまえて」
加藤さんは自分から私をみつけたように言った。
「もう逃がさないぞ。これからすぐ社へ来てください」
そう言いながら原稿用紙を紙袋にしまいはじめている。私はあわてて課長のところへ戻った。
「大変な用ができちゃったんです。午後から休ませてください」
課長は私たちのやりとりをずっと見ていたので、内容は判《わか》らぬながら、只事《ただごと》ではなさそうだと察してくれたらしかった。
「仕方がない。いいよ」
「ついでにお金を少し貸してください」
何に使うか判らなかったが、ふところがひどく淋《さび》しかったのだ。課長は無表情で千円札を二枚渡してくれた。
その課長を残し、加藤さんについて喫茶店を出ると、
「忘れていたよ」
と加藤さんは交番の前で足をとめ、
「おめでとう」
と私の手を握った。私はその手を強く握り返し、ついでに交番の警官のほうへも笑顔をサービスした。
その出版社は木造だった。田舎《いなか》町の病院の入口のような感じのドアをあけて入ると、左側に木の階段があって、その踏み板はまん中辺りが少し擦《す》り窪《くぼ》んでいた。
ここが出版社の編集室か。
私は宝の山へ招かれたような気分で、その二階の板張りの部屋へ入った。
「まあそこへ坐《すわ》ってください」
加藤さんは自分のデスクにつくと、私にそう言って椅子をすすめ、やおら横に並んだ編集者のほうを向いて、アハハ……と笑い出した。
「何だい」
となりの痩《や》せぎすな人が怪訝《けげん》な表情で加藤さんを見た。
「これ、誰だと思う」
加藤さんは私を指さして笑い続けた。
「誰……」
「月岡さんだよ」
「え、いたのか」
「駅前の喫茶店でつかまえたんだ」
加藤さんはその人に事情を説明した。
「そういうことが起るのかねえ」
その人はしきりに感心したが、しまいに悪戯《いたずら》っぽい目になって、
「あんた、本物かい」
と念を押した。
「シノプシスを喋《しやべ》りましょうか」
私も笑って言った。
「いいよ、いいよ」
その人は手を振って見せた。
「これはミステリー雑誌の編集長で大泉さんだ」
加藤さんが紹介してくれた。大泉さんなら私も名前くらい知っていた。
俺は今有名な雑誌の編集部で、編集長たちに会っている。
そう思ったとたん、本物のうれしさがこみあげて来た。
「まず、二百字か三百字でいいから、入選のことばという奴《やつ》を書いてもらいますよ」
「ここでですか」
私はその場で書けと言われたら、恥かしくて死んでしまうと思った。
「あとでいいですよ。それより写真が先だ」
加藤さんはカメラをとり出して、私を壁際へ連れて行った。編集部の人たちが、みんな私を見ていた。恥かしかったが、うれしさのほうがまさっていた。
「一月号には大杉さんの入選作が載るけれど、君は住所不明だったからあとまわしになってしまったよ」
加藤さんはそう言ってシャッターを切った。
5
課長に午後から休ませてくれと頼んだが、実際にその編集部にいたのは一時間ほどであった。最後に肥った社長に紹介され、挨拶《あいさつ》をしおえると私は意気揚々とその木造の建物を出た。
私はすぐ近くの公衆電話へとんで行って、滝川先生を呼び出した。
「先生、入選しちゃいました」
そう言うと先生は、
「そうか、やったか」
と高い声で言った。
「五時ごろ来てくれ。とにかくお祝いをしなくては」
先生の弾《はず》むような声を聞いている内に、私は体が痺《しび》れたようになってしまった。先生はわがことのようによろこんでくれているのだ。小説などについて語り合う友達というのは、私にとって先生がはじめてであった。自分は落選したのにそんなことは気にもとめず、ただ私の入選を祝ってくれている。友達というのはこういうものかと、しみじみ有難《ありがた》く思った。
時間はあり余っているし、先生に会う五時までは行く当てもないまま、私はぼんやりと歩きはじめた。自分の体を何かこころよい靄《もや》のようなものがおし包んでいるようで、電車などに乗ればその幸福の被膜が剥《は》げ落ちてしまいそうな気分だったのである。
私の足は皇居前広場のほうへ向かっていた。入選した作品のラスト・シーンがその広場に設定してあったせいだ。かなり距離のあるそのコースをゆっくりと歩いていると、生まれてから今日までのこまごまとしたことを、なぞるように思い返しはじめた。そしてその回想は、光子と谷口のところまで来てとまった。
自分はあの二人に今日のことを報告する義務があると思った。しかし私は二人が今どこにいるのか知らなかった。最後に光子と会った銀座のクラブなら、電話番号も判《わか》っていたが、なぜか光子はもうそこに勤めてはいないような気がした。
俺はなぜ光子と結婚しなかったのだ……。
よろこびすぎたせいだろうか。私の心は一転して暗くなりはじめた。光子に対してしたことをひとつひとつ思い返すと、自分がいかに無神経で薄情で、一片の思いやりもない人間であったかを悟り、痛むような自己|嫌悪《けんお》にかられた。
報告などより詫《わ》びるほうが先だ。私はそう思った。素直で陽気で屈託《くつたく》がなく、いじらしいまでに自分の現在の生活に忠実だった光子を、私はその時になってやっと素晴らしい女だったと認識した。
光子と結婚し、あの時の子供と三人で暮らしていて今日の結果を報告できたら、どんなに幸せだっただろうかと悔《く》いた。
私はいつの間にか皇居前広場へ来ていた。そして広場のベンチにいつまでも坐《すわ》っていた。一度は遠くなっていた光子との距離が、坐っている内に元の近さに戻っていた。
五時きっかりにいつもの喫茶店へ行くと、滝川先生が先に来て待っていた。
「おめでとう」
先生は立ちあがって私を迎えた。
「すみません、僕だけ……」
私は口ごもりながら言った。
「何言ってるんだ。俺なんか駄目だと思っていたよ。それに、俺は仮りに入選できたとしたって医者をやめられはしないんだし」
滝川先生は淡々としていた。
「これからは国産のSFが要るんだ。一人でも多く日本人作家が出て来なければいけないんだからな。頑張ってくれよ」
「頑張ってくれと言われたって……」
私は頭を掻《か》いた。
「作家になれるときまったわけじゃありませんよ」
「なったんだよ、もう」
先生は憤《おこ》ったように言った。
「そのためのコンテストじゃないか。国産のSFを一番必要としているのはあの雑誌なんだ」
「僕にはやれそうもないな」
「裏切りだぞ、そんなの」
先生は本当に腹を立てたようだった。
「新しい作家を必要としたからコンテストをやった。それにこたえようとしてみんなが書いた。入選した君がそんないいかげんな態度じゃ、選に洩《も》れた奴《やつ》はどうなるんだ。君は日本のSFのためにも、すべてをなげうってSF作家にならなければいけないんだ」
「大げさだな。まるであの出版社の社長みたいなことを言ってる」
私が笑うとさすがに先生も自分の気負いすぎに気付いたらしく、
「それほどでかい賞でもないか」
と頭に手を当てて苦笑した。
「そうですよ。プロの作家になれるような保証はどこにもないんです。先生の言う通りに煽《あお》られていたら、ルンペンになりかねない」
私たちは顔を合わせて笑った。
「俺、少し興奮しているんだ。うちはみんな理科系の人間ばかりで、小説なんか読んだり書いたりするのは俺一人なのさ。だから、君が入選したって聞いたら、もううれしくてね」
「大杉さんならどんどん書いてくれますよ。もともと今度のコンテストは、大杉さんあたりが本命で、僕なんか紛《まぎ》れ込んだって感じですからね」
「ま、何でもいいや。とにかく祝杯をあげなくてはな。いいかい、今夜は俺が奢《おご》るから、君は黙ってついて来ればいいんだぞ」
先生は念を押すと、それからしばらく自分の応募作品のことなどを喋《しやべ》り、やがてその喫茶店を出て新宿へ向かった。
「どこへ行く気なんです」
区役所通りへの坂を下りながら私は先生に尋ねた。
「四番地さ」
先生は当然だろうというように答えた。
「うへ、四番地か」
「嫌《いや》かい」
「別に不義理はしていないからいいですけれど」
私はそう言ったが、妙にこそばゆい感じであった。
昔の職場へ客として飲みに行く。いったいどんな顔をしていればいいのだ。
「コンテストのことなんか喋《しやべ》らないでくださいよ」
「どうしてだ」
「だってあそこは、出版社の人たちの巣みたいなもんですからね」
「それもそうだな」
先生は素直に納得してくれた。
6
その晩、私は先生と別れてから、あの銀座のクラブへ電話をして見た。私の先輩に当たるマネージャーもやめていたし、光子の名を言っても、電話に出た男は全然心当たりがないようだった。どうやら経営者が替ったらしかった。
翌日出社すると、朝のミーティングの席で課長がきのうのことを尋ねた。私は別に隠す必要もなかったので、入選したことを言った。
「そりゃいいぞ」
課長は目を輝かした。
「SFなんて俺は知らんが、そのコンテストに入選したというのは俺達の戦力になる」
私は課長の発想が意外で、黙って相手をみつめていた。
「宣伝部だの広報課だのというセクションに配属されている連中は、たいていその会社の中でも文章の力があるということで選ばれているんだ。中には映画や芝居に詳しいとか、楽器が扱えるとかいう特技を買われた連中もいるが、まあたいていは文章力だ。だいたい宣伝関係のセクションは、もとをただせば総務部の文書課のようなものが多い。自分でも書けると自負している奴《やつ》がそこのデスクに坐《すわ》っているわけだから、代理店が持ち込む文案《コピー》を何かというといじりまわす。絵の手直しは面倒だが、文章の手直しは簡単だからな。全然問題のない文案《コピー》でも、語尾を少し直すとか何とかしては、自分もそれに参加したつもりでいるんだ。だが、こっちのコピーライターに作家のような肩書きがあれば話は別だ。はじめから敬意を持って見てくれるからな。いいか、課長命令だ。その肩書きを手ばなすなよ。チャンスがあったらできるだけ小説を書いて雑誌に載せてもらえ。君が作家になるためじゃなくて、俺たちの商売のためだ」
「でも、それでだんだん有名になったら本物の作家になってしまいますよ。俺、会社をやめなければならない」
「なればいい。でもこの先十年は大丈夫だ。君はまだ当分サラリーマンさ」
課長は事もなげに言って笑った。私もたしかにその通りだと思った。
「デザイナーでもカメラマンでもみんなそうだ」
課長は真面目な顔で諭《さと》すように言った。
「絵や文章など、何かを創り出す仕事にたずさわる人間というのは、俺たち営業マンと違って、世間に利用してもらうことで身を立てるんだぞ。だから、広告代理店のような所で給料をもらって、その見返りに会社の仕事をしている絵描《えか》きは三流の絵描きだ。会社の仕事のほかに、よそから注文が来てアルバイトをするのが二流半、そのアルバイトのほうがいそがしくなって、フリーになるのが二流だよ。一流になると自分で仕事を選べる。気ままに描いた絵が順番を待つようにして売れて行くのが超一流さ」
課長の言い方は乱暴だったが、私にはよく理解できた。小さなコンテストに入選したからと言って、すぐにプロの作家になろうなどという気を起したら、それこそ折角《せつかく》の幸運が裏目に出てしまうことになるだろうと思った。
それでも分室の仲間は私の文案《コピー》に対して、その日から一目おいてくれた。スポンサーのところへ持って行っても、今までより強く自分たちの狙うポイントを主張できるらしかった。私にとってコンテストの入選は、意外な方面で役立ちはじめていたのだ。
翌年の三月号には私の入選作が掲載された。ちゃんと挿絵《さしえ》もついたその作品を、仲間たちは次々にまわし読みして批評してくれた。実を言うと、その分室は社内でも孤立した状態におかれていた。課長は以前本社の営業部長だったが、仕事のことで何かと幹部連中と対立し、やがてその社内抗争に敗れて分室の責任者にされたということであった。
たしかに課長は新規のスポンサーに対しては積極的で、次から次へと奇手奇策を仕掛けるが、ひとつのスポンサーをじっくりと守り続ける守りの能力には大いに欠けているようだった。
しかしそれは私にとって好都合だった。実際に広告の仕事をやってみると、私にもそういう性格があって、のべつ夢を追いかけているような分室の雰囲気がしっくりと合うのだった。
それに、冷や飯を食わされているという意識があるから、分室のチーム・ワークは非常によかった。私はその小さな組織の一員になり切って、コンテストに入選したことも課長のいうように商売の種として考えるようになり、作家になりたいなどという欲求は感じなくなって行った。