或《あ》るパーティーの会場で、昔なじみの井田さんにめぐり会った。そのパーティーには、今谷先生や榊さん、大泉さん、加藤さん、そして酔っぱらいの中島さんなどの姿もあった。
「おい、あの谷口の奴が、ルンペンを集めて教会のようなものを作ってるぜ」
今は学芸部長になっている井田さんは、私の肩を叩《たた》いてそう教えてくれた。
「どこで……」
「上野さ。行ってみろよ」
井田さんは手帳に地図を書き、それを切りとって渡してくれた。
そこに光子がいることは明白であった。できることなら、谷口と結ばれて欲しい……私はその大ざっぱな地図を見ながら、突然そう感じた。
「私に小説書いて」
代々木のアパートでの最初の晩に光子が言った言葉を思い出した。
よし、書いてやるよ……私はパーティーの人ごみの中でそうつぶやいていた。光子と谷口と、そして私自身のことを、一編の小説にまとめてやろう。
題名は思いたったとたんにもう決まっていた。聖母伝説である。
単行本『聖母伝説』は昭和五十二年七月文藝春秋社より刊行された。
本書には今日の人権意識に照らして不当・不適切と思われる語句や表現がありますが、作品執筆時の時代背景や作品の文学性などを考慮しそのままとしました。
(角川書店編集部)
角川文庫『聖母伝説』昭和61年7月25日初版発行