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第 17 页

作者: 当前章节:2388 字 更新时间:2026-6-23 00:12

「私が専務取締役……」

 瑤子は唖然《あぜん》として邦彦をみつめた。

「ごらんの通りさ。但《ただ》し給料は当分やれないぞ」

「知らないわよ。私なんか専務にしたら潰《つぶ》れちゃうから」

「大丈夫さ。社長がしっかりしている」

 邦彦は笑い、瑤子もつりこまれて笑った。

「前途洋々ね」

 瑤子はキッチンへ戻った。

  5

「ねえ」

 夕食のあと、瑤子は真顔になって邦彦に言った。

「何だい」

「さっき、帰っていらしたとき、何か変だったわよ」

「帰って来たとき……」

 邦彦は少し考え、すぐに、

「ああ」

 と笑った。

「判ったか」

「ええ。変な顔をなさってたわ」

「ギョッとしたのさ」

「なんで……」

「君がドアの錠をかけるようになっていたことを、一瞬忘れたのさ。ノブに手をかけても動かないじゃないか。それで思い出してしまったんだ」

「思い出したって、何をですの」

「もう随分昔の出来事のような気がするよ」

 邦彦はしんみりした声で言う。

「いつものように帰って来たんだ。ノブをまわすとすぐドアがあいて、あの玉のれんの音が鳴り、君が出て来るものだと思い込んでいたよ」

 瑤子はじっと夫の目をみつめている。

「それが、あの時はあかなかった。チャイムを押したが君は答えなかった。それでポケットから鍵を出してドアをあけた。風呂《ふろ》に入っているのかと思ったよ。だって家の中の灯りはみないつも通りについていたからな」

 瑤子は夫の目をみつめたまま頷く。

「コートを着たままこの部屋へ入って君を呼んだ」

 邦彦はあの夜の自分の動きを追うように、視線を移して行った。

「最後にはトイレまでのぞいた」

 瑤子の目に涙がたまりはじめていた。

「俺《おれ》は急いでそこのカーテンをあけ、庭を見た」

 邦彦は瑤子の肩を抱き寄せた。瑤子は夫の胸に顔を埋めて静かに泣いた。

「君のいない家は、変に寒かったよ。両方の腋《わき》の下が寒気《そうけ》だって来るんだ。恐ろしかった。本当にあの時は怕《こわ》かったんだぞ」

「ごめんなさい」

「あやまることはないさ」

 邦彦はしばらく瑤子を抱いていたが、やがて微笑して瑤子の額を小突いた。

「専務が社長に甘えてやがる」

 瑤子が泣き笑いになる。

「変よ、やっぱり。あたしが専務だなんて、人に聞かれたら恥ずかしいわ。それに、この専務さんはいつでも社長に甘えますからね」

「いいさ」

 邦彦は瑤子の体を放し、駅前の書店で買って来た建築雑誌を開いた。

「見ろよ、これを」

「なあに……」

「久彦はすぐに大きくなる。今から増築のプランを練っておかないとな」

「勉強部屋……」

「そうさ。一人にひとつずつ部屋が欲しい。久彦だけでなく、下の子たちにもだぞ」

 瑤子は目を丸くした。

「下の子たち、ですって」

「そうさ。下の子たちさ」

「だってまだ……」

「いずれ生まれるさ。君は例のテレパシーが遺伝することを気にしてるようだが、俺は何とも思っていないぞ。いずれそのうち時代が変り、考え方も変るだろう。ああいう超能力に恵まれた子供たちが、魔女狩りめいた迫害を受けるとは限らないさ。むしろ、貴重な人材として社会の役に立つようになるだろうよ」

「そうだといいわね」

「そうなるさ。心配要らないよ」

 邦彦は雑誌を瑤子に渡すと、立ちあがって玄関へ向かった。

「あら、どこへいらっしゃるの……」

「いや、どこへも行くもんか。ただちょっと庭へ出て、外からこの家を眺《なが》め直したいんだよ。二階だてにするわけだからな。おとなりの日照権を奪ってもいけないし」

 邦彦はサンダルを突っかけて外へ出た。

 庭へ出ると、邦彦はまたあの夜のことを思い出した。意地になって徹底的に庭を調べまわったのである。隣家との境いの、低い竹垣《たけがき》に人が乗り越えたあとでもついていはしないかと、隅《すみ》から隅まで丹念に調べてまわったのだった。

 空にされた苔《こけ》の鉢《はち》をみつけたのはその時だった。

「また苔を育てないといかんな」

 邦彦はニヤニヤしながら呟《つぶや》いていた。久彦が超能力を発揮しはじめたら、その苔が光るだろう。

「たのしみだな」

 邦彦の微笑はいっそう大きくなった。

 屋根のシルエットをもっとよく見ようと、門扉をあけて外の道へ出た。

 カーテンの中に瑤子の動く影があった。

 どの家の窓にも明るい灯がともっている。みな暖かそうな、優しいあかりであった。

 瑤子がカーテンをずらせて、外にいる邦彦を見ようとしているのが判った。

 窓のガラスごしに見える瑤子の顔は、平和な家庭の窓あかりのようであった。

角川文庫『魔女伝説』昭和56年3月20日初版発行

        昭和57年4月10日4版発行

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