「何かあるのか」
「岩の中のほうは鉄か何かみたい……つるつるしてます」
「何だって」
南川はシャベルを投げ捨てた。
「おりてこい。俺が登って見る」
小野は片足を外して下のでっぱりを探り、苦労しておりはじめた。小野がおり切るのを待ちかねたように南川が登る。
「小野ちゃん、どうしたんだ」
浜田がへたりこんだように尻をついた小野を心配した。
「変なんだよ。なんか妙なことを考えちゃうんだ」
小野は左の掌で、故障した機械でも叩くように、自分の側頭部を叩いた。
「岩がおちて来る。もう少し離れていよう」
浜田はそう言ってあとずさりし、南川を見あげた。
「まるで鏡だぜ、こいつは」
南川が最上部へ登りついて言った。
「どうしてこんなことができたんだろう。浜さん、こいつは人工のものらしいよ。まるでステンレスをコンクリートでかためたみたいだ。つるつるの金属が岩の中にとじこめられているんだ」
「僕にも見せてください」
「すぐおりるよ」
なぜか南川はあわてておりはじめた。
「いてえ。頭がいてえや。あそこへあがったとたんだ……変だな」
「俺もです。何かおかしなことを考えはじめて、自分でもどうにもならないんですよ」
「小野もか」
南川はそう言い、登りはじめた浜田に声をかけた。
「気をつけろよ。何か変だぞ……」
「はい」
浜田はよじ登った。
「ほんとだ、まるで鏡だ。これは時忠の宝ですよ。間違いない」
浜田はホラ、と言って剥離した部分を更に強く引きむしるようにした。
「あっ……」
下の二人が同時に叫んでとびのいた。浜田の手がその部分の岩を引きはがすと、岩片が南川たちのすぐ近くへころがり落ち、その欠け落ちて内部のつるつるの金属面があらわれた部分は、完全な円型で輝いていた。
「鏡だ。浜さん、まん丸の鏡だよ」
浜田は無言だった。ゆっくりとそのほうへ胸をのばし、岩の下からあらわれた真円の鏡面へ右手をあてがってたしかめようとしていた。
浜田五郎の右手がその真円の鏡面の中央にびたりと当てられた。
そのとたん、何かがピカッと光り輝いたようであった。
「と、し、こ……」
浜田が絶叫した。
「あ、あ……」
下の二人は必死で岩から逃げた。浜田のよじ登っている岩が、ゆっくりと前へ倒れはじめたからであった。浜田は岩にしがみついたまま、大地に背を向けはじめていた。岩はゆっくりと倒れ、ズズーンという地ひびきとともに土けむりをあげて粉々に砕けたようであった。
「浜……」
二人とも声をのんだ。倒れたのは巨岩の全体ではなかった。それは巨岩の外皮だけであった。しかし、それだけでも何トンという重さであったに違いない。
そして、土けむりの中に、四角くすべすべした金属のかたまりが輝いていた。その不思議な金属の柱は、しばらく光をキラキラと反射させていたが、やがて頂上部から橙色の光を発しはじめ、その光はすぐ青から鋭い銀色にかわって、金属全体がその色に染まると、すぐに真上へ向かって伸びはじめて行った。
それは、岩にかくされていたつるつるの金属の柱を基部にする、四角い光の柱であった。光は決して消えることなく、どこまでも、どこまでも、宇宙に向かって伸びて行くのであった。
終 章
高村英太郎がその現場へ来ている。科学調査団の団長の資格で来ているのだ。科学者が、一人一人交替に、謎の直方体に対して組まれた木のやぐらへ登って行き、何かを聞くようにそのてっぺんの足場でしばらくじっとしている。
そのつるつるの面に、写真の陰画のような感じで、はっきりと人間の手形がしるされていた。そして、その前で何かを聞くようにじっとしていた人々は、降りてくると高村に向かって、黙って頷くのであった。
「あれは宇宙のある知性体へ向けられた信号なんだ」
南川が、そばのテントのところで、駆けつけて来た雑誌社の男に言っている。
「彼らは、この地球の人類が、いずれ滅亡してしまうことを予測していたんだ。そして、ここにその監視装置というか、測定装置というか、そういうものを据えつけたんだ。まさに人智をこえた仕掛けさ。宇宙人は地球の人類を、多分救ってくれるつもりなのではないだろうか。とにかく、彼らは人類が破滅ギリギリへ近づいたとき、あの装置が信号を発するようにしたのさ。そして、その時期を知る仕掛けというのが、なんと人類自身の中にかくされていたんだ。嘆き鳥の痣を持った浜田五郎がそれだ。彼らは日本人の血の中にそれをセットしたんだ。いや、運命の中にと言うほうが正しいのかな。知るべもない高度なメカニズムで自分たちの破滅の時をこの装置に告げて作動させる人間が生まれるよう仕組まれていたのさ。浜田は何も知らずに生まれ、生き、恋をし、そして必然的にここへ追いやられて死んだんだ。彼が辿った人生は、すべて宇宙人のセットしたこの装置へつながっていたのさ。平凡で、ただおのれの生命をその日まで慎重にながらえさせ、ここへ来て人類の滅亡を告げて死んだのだ。遺体とあそこの手形を照合したら、まさしくあれは浜田のものだったよ。調査団がいま、一人一人あそこへあがっているだろう。あそこへ行くと、宇宙人の我々に対する事情説明が聞けるのさ。いや、聞けるというのは間違いだ。いきなり理解させられるんだ。この件に関するすべてがね」
「本当だとしたら、恐しいことだな」
記者は言った。
「滅亡はいい。仕方ないし、我々もうすうす感じていたことだ。しかし、ある血統の中に、何千年か何万年か知らないが、そんなような時限装置が仕掛けられるなんてな。宿命論は正しかったんじゃないか」
「そういうことになるな」
南川も頷いていた。
「あの人は死んでしまった……」
高村家へ戻った敏子が、そう言ってまた泣いている。あの、自分でも抑制し切れなかった烈しい衝動のようなものが、すっかり影をひそめていた。
「あたしはあの人のために生まれた女だったんだわ。あの人を、あそこへ追いやるための……」
泣きじゃくっていた。
傍に高村英太郎が立って、それを悲しげに見おろしていた。
「自分を責めるのはよしなさい」
高村は言った。
「みんな、あの装置のせいだったんだ」
離婚も恋愛も、そして最後の浮気も、すべてが、嘆き鳥という一羽の鳥のなせるわざだったのである。しかし、その嘆き鳥が果してきた、今日までの役割は、人々にどんな運命を与えていたのだろう。
「一人の浜田五郎を生むために、各時代の何人かの男女が、自分ではどうにもならない力にあやつられていたのだ。そして、お前はその最後の一人だったのだ」
すると、敏子は顔をあげて言った。
「違うわ。それだけじゃないわ」
「どうしてだ」
「風呂屋のおじさん、南川さんたち、そしてお父さん……。みんな彼をあそこへ追いやるために働いていたのよ」
「…………」
高村はギョッとしたように敏子をみつめた。
「そうか。そうだったな。でも、もうおわった。いったい宇宙人は、人類をたすけてくれるのだろうか。たすけるとすれば、いったい誰と誰を……。みんなではあるまい。こんなに増えてしまったのだからな」
U・F・Oは、すでに未確認の物体ではなかった。それは、人類に対してさしむけられた、他の知性体のものであることがはっきりしていた。
それこそ、人類すべての嘆きの象徴なのではないだろうか。
本書には今日の人権意識に照らして不当・不適切と思われる語句や表現がありますが、作品執筆時の時代背景や作品の文学性などを考慮しそのままとしました。
(角川書店編集部)
角川文庫『平家伝説』昭和49年9月30日初版発行
昭和58年11月30日21版発行