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第三章 春の断層.3

作者: 当前章节:2796 字 更新时间:2026-6-23 00:12

 三つ目の頂上を律子は越えた。柚木に背を向け、丸くなった。呼吸をととのえている。精根つきたようにみえた。ほっとして柚木はとなりに横たわった。

 まもなく律子は起きあがった。柚木の下半身にむしゃぶりついてくる。奉仕をはじめた。どうにもならない。柚木は律子を抱きよせて、髪や背中をなでてやった。

「ねえ、どうして。どうしてなの」

 律子は柚木の胸に顔をふせた。苛立《いらだ》たしく柚木を揺さぶった。

「ストレスがたまっているんだろうな。一休みすれば元気がもどるさ」

 ほかにこたえようがなかった。茫然と柚木は天井に向かいあっていた。

 しばらくして律子はベッドをおりた。スーツケースから下着と白いワンピースを出して身につけた。

「ピアノを弾《ひ》きましょうか」

 柚木をふりかえって律子は訊いた。痛々しいほど明るい笑顔である。

 律子はピアノのまえに腰をおろした。寝室からは彼女のうしろ姿がみえる。演奏がはじまった。ショパンの練習曲だった。冴《さ》えた金属的な音が、柚木の全身にひびきわたった。胸のうちで共鳴がおこった。すばらしい演奏だと柚木は思う。しだいに心が澄んできた。律子をあこがれる気持がよみがえった。

 柚木は体をおこして、演奏する律子のうしろ姿をみつめた。彼女の白いワンピースが、夏の白いセーラー服に変りはじめる。高校生の律子がいまショパンを弾いている。やせたおかげで律子のうしろ姿は高校時代のそれにもどった。あこがれで柚木は息苦しくなる。

 いつのまにか柚木は立って、律子に近づいていた。律子の髪や、首や、胸をみつめていた。やがて脚に視線がいった。律子は裸足である。高校時代、音楽室の扉の隙間からみつめたとき以上に刺戟的だった。

 柚木は全裸のままだった。演奏が終るなり律子におそいかかった。音楽教室の扉の外から律子をながめたとき、自分がなにをしたかったのかが、いまになってはっきりとわかった。うしろから抱きかかえて律子を立たせる。ピアノの鍵盤に両手をつかせた。

 ピアノは大きな音を立てた。残響のなかで柚木は椅子をわきへ寄せる。スカートのなかへ手をいれて下着をひきおろした。

 ひとまわり小さくなった尻を、柚木は両掌で抱きかかえた。深い横じわは見えない。柚木はうしろから律子のなかへ入った。律子の体のなかに柚木は突き立った。

 あくる日の午後五時、柚木と律子は大阪のZホテルのプールのなかにいた。

 柚木の加入しているアスレチッククラブの室内プールである。七、八人の男女が温水へとびこんで泳いだり、デッキチェアで休んだりしていた。若者はいない。半数が六十歳以上の男女である。

 情熱にかられるまま、柚木は昨夜、湖畔の隠れ家へ泊った。取引先と麻雀をする。家に電話でそう伝えた。

 けさは朝から湖の周辺をドライブした。二時の新幹線で大阪へ向かった。まだ別れたくないといって律子はついてきた。今夜大阪へ一泊して、あす東京へかえる気でいる。

 北新地のそばのホテルに二人はチェックインした。食事まえの腹ごなしをしよう。いいあって、プールへきたのだ。アスレチッククラブの会員は、三人までゲストを同行できる特権をあたえられている。

 このプールでは、二人とも若者の部類に属していた。元気よく泳いだ。ここを出たあと二人で食事をする。終ったら柚木は家へかえるつもりでいる。だが、なりゆきによっては律子といっしょに泊るかもしれない。もちろん律子もそれを期待している。

 一泳ぎして、柚木と律子は出入口のそばのデッキチェアに寝そべった。柚木は律子に目を向けないようにしていた。化粧を落すと、律子の顔にはやはり年齢があらわれる。肌に生気がない。目じりのしわも濃くなる。

 律子は青いハイレグの水着をきている。尻の下の横じわが、いやでも目につく。うしろからみると、ふとももの内側にもしわが刻まれていた。服を着ているときとちがって、二つ三つしか若くみえない。

 赤い水着の女が外から入ってきた。なにげなく目をやって、柚木は声をあげた。小林あゆみである。中高年の客のなかで、あゆみは一人照明をあびているように若々しく、颯爽《さつそう》としていた。

 あゆみは足をとめて柚木たちを見た。なんや、柚木さんか。彼女は笑った。律子とは顔見知りである。会釈をかわした。

「ママもここの会員なのか。知らなかったな」

「ちがうの。私、ゲストやねん。関口さんにつれられてきたの。おじいちゃん、いまジムでふうふういうて走っているわ」

 あゆみの目が冷たく光った。律子の全身を吟味している。

 口もとに笑みがうかんだ。小鼻のふくらんだ表情になっている。あとで寄ってくださいね。いい残して彼女は水に入った。

 あゆみは二十五メートルプールを平泳ぎで一往復した。あがって、向う側のデッキチェアに寝そべった。こちらに関心のないような顔をしている。だが、目の端で柚木と律子をうかがっているのはたしかだった。

 柚木は外へ出たくなった。だが、プールサイドから去る律子のうしろ姿があゆみの目に映ることを思うと、できなかった。律子が歩くと、尻の下の横じわがくっきりと濃くなる。水着だから、かくしようがない。あゆみは大笑いするだろう。柚木さんも酔狂やわ。あんなおばさんのどこがいいの。つぎに会ったとき、そういうにきまっている。

 律子がばかにされるのは、柚木には耐えがたいことだった。どうにかしなければ。懸命に思案した。やっと考えがうかんだ。律子よりもさらに自分がみっともなくなればよいのだ。そうすれば、あゆみは律子のうしろ姿を見物する余裕がなくなるだろう。

 柚木は立って外へ出た。ジムの受付へいって、ハサミを借りた。手洗に入って、海水パンツの尻に切れ目をいれる。そこをおさえて彼は室内プールへもどった。

「そろそろ出ましょう。腹が減った」

 律子に声をかけて立たせた。

 ならんで出口へ向かった。海水パンツの切れ目を手でおさえなかった。

 けたたましい笑声がきこえた。あゆみがこちらを指して笑っている。足をばたつかせていた。ほかの客も柚木の尻を見ている。

 柚木は不審そうな面持《おももち》の律子の腕をとって室内プールの外へ出た。海水パンツの尻をおさえて、ロッカールームへ向かった。

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